1. 生きものの記録
いわゆる超大作ではないだろうし、黒澤映画の中では時間が短い方だから、と気楽な気持ちで観始めた。だが、内容やテーマが想像以上に多重的で重く、観終えたあとの気持ちはとても重苦しい。この作品にある、原水爆への恐怖心から家族総出でブラジルへの移住を進めようとする主人公の立ち振る舞いのようなことは、たとえここまで大きな問題でなくとも、我々の生活のどこかにあるのではないか、と思う。僕自身の経験で言えば、こんなことがあった。10年ほど前に、仕事関係の会の有志で、軽く山登りをしようと計画したときのことだ。そういった試みは初めてのことで、ピクニックのようなコースを歩くことになったのだが、保険や安全装備などを必要以上に心配して、そういったフォローをとことんまでしようとする、一人のメンバーに辟易したことがあった。当時は、僕がそのリーダーに担ぎ出されていて、その行為に対して、そこまで心配しなくていいのでは、と消極的反対をしたのだが、そういった心配は正論と言えば正論だと、ほかのメンバーは誰も表立っての反対ができず、結果、リーダーとして、そのフォローに大変な負担を強いられたことがあった。それ以後、僕は山登りを計画しなかったし、とっくに交代した歴代のリーダーも、山登りを一度も行おうとしていない。そしてもちろん、そのメンバーは今も会に在籍している。僕自身のこういった経験からも、過剰な善意による、結果的な迷惑行為を止めるのは大変難しい、と強く思うし、それゆえに、この作品での、そういった問題を正面から描いたことによる重さに、すっかり参ってしまったのだ。しかし、この映画の重いところはそれだけにとどまらない。そういった迷惑行為がエスカレートすることによって、結果的に家族の生活基盤までもが崩壊してしまう。その崩壊に至るまでにも、主人公の、妾を含めた複雑な家族構成や、そこから見え隠れする人間の醜さがじっくりと描き出されていくのだ。確かに、それによって、この映画のドラマ性はさらに深みを増し、映画の完成度はさらに上がっている。だが、皮肉なことに、それが、観ている僕の心をますます重くしてしまうのである。上映当時の興行成績は良くなかったそうだが、それは、エンターテインメント性に欠けた、この映画の重さのためなのではないだろうか。徹底的に救いのない内容であるため、何度も観たい映画ではないが、ドラマ性のある作品を観たいという人にはお薦めしたい、非常に良く練り込まれた作品だと思う。 [ブルーレイ(字幕)] 8点(2016-05-05 16:25:43) |