1. ダムネーション/天罰
《ネタバレ》 タル・ベーラのスタイルが確立した記念碑的作品だという。 閉塞感たっぷりのモノクロ映像に、長回しによる横移動の流麗なカメラワークが、 繰り返される滑車の連なり、陰鬱な雨、疲弊した労働者たちの刹那的なダンスと気怠い音楽によって、 観念的で異様な空間に変えていく。 タイトルは直訳すると宗教的な意味合いの「天罰」であり「破滅」を意味する。 台詞にところどころ隠喩が含まれ、生活のために違法な仕事を請け負う夫に、 激しく拒否しながらも惰性的に不倫を続ける人妻、 そして従順すぎる元カノを突き放した過去のある身勝手な主人公と、 抜け出すことのできない負のスパイラルに人は犬畜生と同然なのか。 雨は"洗い流す"という意味合いもあると思ったが、これですら罪を洗い流せないのか。 [インターネット(字幕)] 5点(2024-08-13 08:33:12) |
2. TAR/ター
《ネタバレ》 天才指揮者の罪と罰。 カリスマの皮を被ったモンスターなのか、はたまた男性社会に矯正された哀れなモンスターなのか。 毅然さの裏側で脆く孤独なリディア・ターの重層的なキャラクター性をケイト・ブランシェットが的確に表現。 架空の人物とは思えない立体的な人物像で迫ってくる凄みに、3個目のオスカーを取っても誰も文句は言わないだろう。 遠い昔とは違い、カリスマだから暴挙が許される時代ではなく、ネットで拡散され一気に名声を失ってしまう恐怖。 彼女は弟子の死に向き合うことなく、その傲慢さが仇になって自滅してしまった。 歴史に残るアーティストでも人格破綻者なのは珍しくないが、その功績を重罪によってかき消す権利はあるのか。 誰もが正義という刃物を持っている自覚を持たないといけないはずだ。 彼女は東南アジアで再起を図る。 その仕事内容は人気ゲーム『モンスターハンター』のオーケストラ演奏会で、観客は皆そのコスプレをしている。 落ちぶれてもなお権力の残骸に縋り付いているのか、原点に立ち返って新たな"発見"をするかは分からないが。 しがらみから解放され、タダでは起きない芸術家としての揺るぎない自信と探求心に、 趣味で絵を描いている私にとって、その矜持に共感してしまうラストだった。 [映画館(字幕)] 7点(2023-05-19 23:20:01) |
3. ダイ・ハード
ワンシチュエーションもので孤軍奮闘、小ネタも伏線回収も華麗に決めていくアクション映画の佳作。 絶対無敵でもなく、愚痴も弱音も吐きまくるマクレーン刑事の人間味、 対する紳士的で冷酷無比なテロリストの高純度なキャラクター性が完成度を高めている。 [地上波(字幕)] 7点(2023-03-31 23:53:47) |
4. タミー・フェイの瞳
《ネタバレ》 '70年代~'80年代にかけてテレビ伝道師として多額の献金を受け、贅を尽くした夫婦の栄光と転落を妻のタミーの視点で描く。日本は基本無宗教なので胡散臭いの一言に尽きる。だから無名に等しく道理で日本では劇場未公開なわけだ。当初は純粋な理念や信仰心に篤かったのかもしれない。だが、金と権力が絡むと綺麗事ではいられなくなり、体面を装うために身動きが取れなくなる。華やかになればなるほど、夫婦はすれ違い、内面がボロボロになっていき、最後は没落というシンプルすぎる展開。しかし、アメリカではキリスト教は社会に強い影響力を持つ、切っても切れない関係であり、格差が激しい故に弱った心につけ込みやすい、対立に利用しやすい側面もあるのだろう。メディアによって宗教がエンタメ化していく皮肉さ。なんて人間はグレーな生き物なのか。富む者も貧しい者も性的マジョリティも性的マイノリティも救われる権利がある。その共感力が強すぎた故の悲劇なのかもしれない。過去の人になった彼女は、常に厚い化粧の中に孤独や悲しみを抱えている。それでも立ち上がり、ゴスペルを歌い上げる姿に惹かれてしまった。そこにジェシカ・チャステインにカリスマ性が宿った瞬間だった。アカデミー賞受賞は納得だ。 [インターネット(字幕)] 7点(2022-04-14 23:57:18) |
5. ターミネーター3
《ネタバレ》 こんな続編は見たくなかった。無駄に派手なだけのアクションに、違和感ありまくりのコメディ描写と、素人目でも冒涜されたと思っても仕方ない。ダメ人間になったジョン・コナー役も完全にミスキャスト。ただ、時代に適合できなかった青年が救世主としての自覚と成長を感じさせる、バッドエンドすれすれのラストを評価する向きは分からなくはない。荒廃した未来から来たカイルの息子である以上はこうならざるを得ないわけで・・・。ターミネータの冠を使わず、完全なパロディとして製作されていたら違っていたと思う。 [地上波(吹替)] 3点(2021-08-06 22:34:23) |
6. ターミネーター2
《ネタバレ》 30年経っても色褪せないのは、現在でも通用する特殊効果だけではなく、前回で悪役だったT-800の立ち位置に他ならない。サラ・コナーとの敵対と、ジョン・コナーとの疑似的な父子関係とも取れる友情。その歪な三角関係で生命金属のT-1000に立ち向かうのだから、面白くないわけがない。人間性もないようなT-800が交流を通して、どこか人間味を感じさせるあたり、そしてサラが仇だったT-800との和解に深い感動を覚える。発端となったチップを壊しても、未来からカイルとの間にジョンが存在する限り、あの戦いは終わらないだろうと思いつつも、この先の物語は見たくないくらい完璧なラストだったとしか言いようがない。 [DVD(字幕)] 9点(2021-08-06 22:18:31) |
7. ターミネーター
《ネタバレ》 低予算だから。ジェームズ・キャメロンが無名だから。シュワルツェネッガーがターミネーターだから。この三つが見事に揃ったからこそ無機質な暴力性を直に感じることができる。人間味を一切感じさせない、どこまでも追ってくるT-800を前に、サラ・コナーを守り抜こうとするカイル・リースの頼りなさに最後まで緊張感が持続する。しかし、この吊り橋効果でジョン誕生のきっかけになり、荒廃した未来が避けられないのがやるせない。それでも戦い続けるしかないサラ・コナーの宿命に深い余韻を生む。 [DVD(字幕)] 8点(2021-08-06 21:53:48) |
8. 第9地区
《ネタバレ》 「エイリアンが差別される側という設定のモキュメンタリー映画」。そのことを念頭に見ていたため、主人公の腕から徐々にエイリアン化して人間に追われる逃亡劇、そしてエイリアン親子との熱きバディものへと変化あふれる展開が面白い。グロテスクな造形のエイリアンに感情移入させても抱き着きたくない距離感も良く、人種問題とリンクする見事さ。これがアカデミー脚色賞候補に上がった理由だろう。ラストカットには美しさをも感じてしまった。 [映画館(字幕)] 8点(2021-06-15 22:57:15) |
9. 第三の男
《ネタバレ》 数年ぶりに視聴。名画と言われる理由は分かる。光と影のコントラストに、陰影に富んだ煙の描写、ところどころにハッとするショットを見ても、名作たらしめている雰囲気が伝わってくる。短い出演ながらオーソン・ウェルズの悪漢ながらも人間味を醸す演技が魅力的。ところが全体のストーリーに緊迫感がそこまでなかった。メインテーマは名曲だけど、どこか牧歌的で映画に合っていない。部分的に使った方が効果的だったかと。また、主人公が事件に首を突っ込む理由が弱いというのもある。長年会わなかった"親友"のためにここまでできるのか。ヒロインにはフラれたとしても、社会的責任で追い込まれる要素がない。そういうのもあって、雰囲気としては超一級だけどサスペンスとしては物足りないかもしれない。 [インターネット(字幕)] 6点(2021-01-01 20:33:15) |
10. 太陽がいっぱい
先にリメイク視聴済。緊迫感あふれるサスペンスより、犯罪青春映画という側面が強い。台詞が少ない分、アラン・ドロンの抱えている灼けるような野心と月夜のような深い闇が際立つ。陽を浴びる側になった青年に訪れる、まさかの呆気ない幕切れが鮮烈。 [DVD(字幕)] 6点(2020-04-28 18:27:14) |
11. 旅猫リポート
いい加減にしろ。一瞬、TVドラマの特番だと思った。猫をダシにしたよくあるお涙頂戴もので、映画でしか作れないものが見当たらない。人間を描きたいのか、猫を描きたいのかはっきりしないまま、悲劇の押し売りを並べているだけ。下手したら動物を扱う必要すらない。これを感動と履き違えているのだから尚更タチが悪い。一番不快なのは、動物の気持ちが分かっているかのような強引なナレーションが無意味に耳触りで騒がしい。この手のドラマではひたすら作為の塊、製作関係者の自己満足しか感じない。それなら動物中心のファンタジーに振り切るか、ナレーションなしの方がマシだった。ただただ傲慢で中途半端に人間が割り込むからこうなる。 [地上波(邦画)] 1点(2019-09-05 08:18:34) |
12. 立ち去った女
《ネタバレ》 4時間に及ぶ上映時間に、コントラストの強い鮮明なモノクロ映像を固定カメラの長回しで綴る。敢えて劇的な展開を排除し、ゆったりとしたテンポで下手したら何も起こらないまま終わるため、この地点でハリウッドのフォーマットに毒されている人は脱落するだろう。同監督の作品でも5時間~10時間は当たり前で長編ではかなり短い方だが、必要以上の情報量を制限した平易な作りが観る者に思考の余裕を与え、ホラシアの行く末を見届ける。弱き貧者たちに無償の施しを与え、情報源から復讐のチャンスを伺う様はさしずめ『親切なクムジャさん』に近いものを感じる。しかし前述した通り、復讐劇の顛末はあっけない形で幕を閉じ、貧者たちも住む場所を失う。そう、フィリピンの非情な格差社会への怒りと、神なき世界でも失わない人間の尊厳がテーマなのだろう。冒頭と終盤に朗読シーンがあり、ペドラは良心の呵責から声を詰まらせ、ホラシアはその先の希望を求めて去っていく。息子が見つかるとは限らない。地面に散らばった捜索届のように、行き場のない想いを抱えながらも、それでも人生は続く。その失われた時間が重くのしかかる228分。不条理でどうしようもない虚しさが募る一方、貧者との交流を見る限り決して絶望ではないだろう。 [DVD(字幕)] 6点(2019-05-16 19:22:46)(良:1票) |
13. 他人の顔
《ネタバレ》 半世紀前の映画にも関わらず、あまりにスタイリッシュなオープニングと武満徹による美しいワルツに心を鷲掴みにされる。攻めの姿勢で独創的な映像と診察室のセットを作り上げ、"仮面"における理屈めいた自己分析と会話によって紡ぎあげられていく展開に古臭さは感じられない。誰もが人間見た目が全てと言わんばかりにレッテルを貼り付けられて生きている。より良く見せようとSNSで素を偽るのと同じ。だが、そんなもの建前で自己に帰結したら何もない。内面の劣等感を偽りで埋めようとしてもどうにもならないことが、他人として妻を誘惑して寝たことで証明してしまう。所詮は"仮面"という演技で構築された夫婦生活なのだから。顔を失った男が新たな顔を得た自由と引き換えに行き場も自分自身も失い孤独に陥る皮肉な結末は、現代の文明病に通じる普遍さと先見性があった。 [インターネット(邦画)] 7点(2018-09-23 12:19:47) |
14. ダンケルク(2017)
《ネタバレ》 MX4Dを体験したくて観賞。大スクリーンとシートのアトラクション演出による迫力と緊張感の相乗効果はあまり感じられなかった。物語性を排除し事態のみに絞った潔い構成の中に、時空間の異なる陸海空の視線を一つの点に集約させる離れ業をやっている。その割には技巧に溺れて、"戦場に放り込む"部分が弱い。どうしても同じシーンを別々に見せるわけだから、いつ殺されるのか、死んでしまうのかという緊張感が半減する。そして昼夜を操ることもできないため、コロコロ変わる視線を追ううちに集中力が切れて散漫に、駒のようにしか動かない群像劇すらどうでもよくなる。ダンケルクに関する知識がないのが大きいかもしれないが、それでも"既視感の寄せ集め"という印象が強く、そこからオリジナリティを生み出せなかったノーラン監督の限界が垣間見えた。王道で描いても退屈になりそうなところが。ガチャガチャいじくり回して、意義のある撤退をしておしまい。33万人を救った感動的な事実を提示しても、エモーションのない、無味無臭の戦争映画である。 [映画館(字幕)] 5点(2017-09-11 19:05:01) |
15. 太陽を盗んだ男
《ネタバレ》 ハリウッドと対等に張り合える大スケールの現代活劇はこの作品だけだ。ただ原爆を作りたかった教師の虚無感が、物質に溢れかえった仮初めの平和に投げかける。自分の存在意義は何なのか。ナイター中継を最後まで見たい薄っぺらさか。常軌を逸した刑事と対峙することで生きる実感を浴びたかった男の悲しさがエネルギッシュに突き刺さる(同時に死ぬのが恐いヘタレというのもリアル)。現在の承認欲求をめぐる事件に通じるものがあり、実際に大量の始末書を書かされた撮影手法(ゲリラ撮影)のそれとリンクする。菅原文太の不死身っぷりには笑ってしまうが、長谷川監督も相当エキセントリックだ。この作品をきっかけに監督は干されてしまったようだが、傑作を一つでも残せただけ羨望の的だろう。存在意義や生きる理由など問わない方がかえって幸せになれるかもしれない。悲惨で辛い現実を目を背けずに日々闘っている人間からすれば普通に生きられること自体がありがたいのだから。「日本は甘ったれているのだ」と。 [DVD(字幕)] 9点(2017-07-03 19:47:26)(良:1票) |
16. ダム・キーパー
《ネタバレ》 「親父は暗闇から身を守る方法を教えてくれなかった」。最後のナレーションが象徴しているように、こういう状況が過去に一度もなかった(かつて忘れ去られた)のだろう。温かい手触り感の残る映像と残酷な現実との対比、主人公が置かれている状況とダムで守られている平和な町との対比が、当たり前のように暮らせている尊さとすぐ壊れてしまう危うさとは紙一重なんだと。転校生のキツネに裏切られたと思っていたことが、実は彼のために闘っていたということも紙一重。替えの利かない存在の大切さを誰かが気付いたとき、彼の明日が少しでも打開されていくことを願わずにはいられない。 [地上波(吹替)] 7点(2017-06-19 21:28:48) |
17. ダラス・バイヤーズクラブ
《ネタバレ》 差別主義者のロクデナシがHIV患者の救世主になるまで。確かに品行方正ではなく、HIVになったのは完全に自業自得。ただ、根は悪くないのだろう、意外にも図書館で猛勉強して問い詰めたり、強がってても死の恐怖を感じたりする。そして差別主義者が差別される立場に回ることによって、人として忘れかけたものを取り戻していく姿は、皮肉にも成長物語として見れなくもない。実際は生きることで手一杯で、気が付いたら体制側との戦いを支えてくれる仲間がいた程度かもしれないが、結果的に多くの人を救うことになり、単純な善悪では片づけられない爽快感があった。マコノヒーとレトの骸骨のような窪んだ目の奥から発する強い眼差しが、痩せこけた肉体に魂を宿し、生への執着をフィルムに焼きつける。かつて傍観者として他者を嘲笑していた男が、今度は参加する側として危険なロデオに身を投じる。精一杯生きた彼を誰が嫌味を言うことができようか。 [映画館(字幕)] 8点(2016-10-17 20:33:02)(良:1票) |
18. 誰も知らない(2004)
《ネタバレ》 実在の事件の再現映画ではない。でなければ、携帯電話も最新型マーチ(当時)もワンピの食玩も画面に写さないだろう。現在でも都会のジャングルで"誰も知らない"無戸籍児が存在する、その生存証明を描いているに過ぎない。電気も水道も止まる、髪は伸び、服も汚れてみずぼらしくなる、末っ子の娘が死んでも彼らを捨てた母親が知ることもない。誰かに知られたら、児童保護施設関係者によって引き離される。それでも今日生きなければ明日がない。そんな心情を挿入歌が代弁していた。"宝石"という生存証明は誰によってもたらされるのか? 孤立死が当たり前になっていく現在、過去の無名の個人に関心を持たないように、無責任に叩くだけで何もしないように、誰も自分のことで手一杯でいつの世も無常だ。 [DVD(邦画)] 9点(2016-06-16 21:29:27) |
19. ダークナイト ライジング
《ネタバレ》 前作のようにヒース・レジャーには頼れないし、完結作というプレッシャーの中で、綺麗にまとめられた数少ないシリーズではないだろうか。160分を超える上映時間を感じさせない編集技術に、かつて下手だったノーラン監督のアクション演出は堅実で、してきたことは無駄ではなかったと感嘆させられる。ヒースほどではないにしろ、後釜のトム・ハーディの熱演は素晴らしかった。ジョーカーの野望をベインが完遂し、ラーズ・アル・グールの娘も交わり、3部作がモザイクのように絡まっていく。バッドマンの冠が外れてダークナイトとしたことで、アメコミヒーローの域を超え、一本の映画として記憶に残るだろう。悪は絶えないが、マスクを被れば誰もが守護神になれる。希望は誰の心にもあるということを提示してくれる。8点は3部作として採点。 [映画館(字幕)] 8点(2016-05-16 20:52:34) |
20. ダークナイト(2008)
《ネタバレ》 ヒース・レジャーの歴史に残る怪演は彼の死というフィルターなしでは語れない。それだけ複雑な気持ちにさせられる。如何なる善人も悪に身を堕とすことを実証させようとするジョーカーは性悪説で厭世主義の権化だ。戦争や凶悪犯罪は一向になくならない、むしろ「人間とはそんなものだ」と彼のようになれたらどれだけ人生が楽か。しかし、如何に下らなくても勝負に負けても信念を貫くバッドマンの姿に今のアメリカと重なる。そう言い繕わなければ国家も尊厳も人生の意味がなくなり永続できなくなる。だからこそ理性で自制して、我々は不条理な社会と戦っている。屈服すればトゥーフェイスのようになってしまうだろう。とにかく期待値が高すぎた。緊張感のないかったるいアクションシーンに、リアリティを求めるほどリアルでなくなる矛盾。重厚なテーマも完全にヒース・レジャーがいたからこそ成り立つもので、全て彼に喰われてしまっているから、それを除くと秀作以上の点数は付けられない。エポックメイキング的な存在であることには否定しないが。 [映画館(字幕)] 7点(2016-05-16 20:47:37) |