1. 東京おにぎり娘
《ネタバレ》 主人公の直江まり子(若尾文子)は、自宅でテーラー直江を営む父・鶴吉(二代目中村鴈治郎)と弟の三人暮らし。テーラーは新橋の裏口から歩いて2~3分という好立地にあるのだが、鶴吉の頑固さのためか、客はさっぱり来ない。 まり子は新宿で料理屋を営む鶴吉の妹のところへ時々手伝いに行く。妹と直江家族の関係は良好だ。 まり子には、劇場に勤める五郎(川口浩)という幼馴染がおり、今でも二人で食事をするほどの仲だ。鶴吉の妹や五郎の家族も彼らの結婚を望み、まり子には「五郎がアツアツ」、五郎には「まり子がアツアツ」と互いに吹き込む。だが、彼らは「立ち合いが合わない」と結婚に踏み込もうとしない。 新宿を歩いていたまり子は、車に乗る村田幸吉(川崎敬三)に声をかけられる。村田はかつて鶴吉の下で修業していたのだが、鶴吉の機嫌を損ねて追い出されていた。そんな彼が、今は自ら「テーラー村田」を開き、成功していたのだった。 商売を立て直そうと、まり子はテーラー直江を改装、鶴吉の仕事場を二階に残し、「おにぎりの店 直江」を開店する。近所の三平(ジェリー藤尾)に手伝ってもらい、おにぎり屋は大繁盛。久々に店を覗いた、かつての鶴吉の常連客・田代社長(伊藤雄之助)は、成長したまり子の美しさを見てお近づきになろうと、鶴吉に服作りを依頼する。 ある日、鶴吉はみどり(叶順子)という若いダンサーを五郎から紹介される。彼女は鶴吉とその愛人だった芸者との間に出来た子供だった。五郎の仲介でみどりとの再会を果たす鶴吉。始めはギクシャクしながらもお互いに積もる気持ちを伝え、みどりは涙を流す。 五郎との外食中、まり子は「結婚してほしい」とプロポーズをする。だが、五郎はそれを断る。五郎はみどりが好きだったのだ。みどりとの結婚を鶴吉に認めてもらうと五郎は話す。 鶴吉に内緒にしていたが、おにぎり屋の改装費を出してくれたのは村田だった。まり子は村田と食事し、そこで村田に迫られるがまり子は拒絶する。お詫びをする村田。鶴吉と村田は仲直りし、まり子は村田と神社に参拝するのであった。 なぜあらすじを細かく書いたのかというと、本作のプロット及びそこに関連する登場人物の関係性の複雑さが本作の魅力の一つだからだ。脚本段階でプロットが練り込まれた作品なのだろう。 本作が制作された昭和36年当時の東京の風景や風俗がカラーでみずみずしく映し出され、描かれているのも本書の魅力の一つだ。 人の手のぬくもりが感じられる建物や看板、レトロな魅力を持つ自動車(当時はかなり高価で珍しかったはずだ)、着物と洋服が混在した人々の服装などは観ているだけでタイムトラベルをしているようで楽しい。 当時の風俗に関しても同様だ。月賦で買い物をした店の店員が集金にやってくる(そしてそれから逃げたり、難癖をつけて支払いを引き延ばそうとする)ところや、そこでけっこう乱暴な言葉のやり取りがなされているところ。おにぎり屋の営業中にまり子の手を握ってしまう田代社長や、それをあっさりといなすまり子。おにぎり屋に入ってきた乱暴な酔っ払いを暴力で追い出す三平。そして、腹違いの妹の存在を打ち明けられても驚きの少ないまり子から隔世の感と同時に、いつの間にか忘れてしまったかつての日本が見えるのだ。 そこで生き生きと飛び回る若尾文子もすこぶる魅力的だ。古風だがはっきりした顔立ちに、豊かな胸とキュッと締まった腰回りは、ひたすら婀娜っぽく美しい。 では本作が映画として魅力的かというと、残念ながらノーだ。何故かと言うと、観ていてワクワクしないからだ。 具体的に言えば、作品全体があっさりし過ぎている。プロットは複雑なのだが、そこに対立がない。状況がスムーズに運び過ぎるのだ。たとえば鶴吉の頑固さは描かれるが、破天荒には程遠い。結局はまり子の思うままだし、みどりに対する態度も頑固さゆえの深みが感じられないのだ。もしかしたらこれは、頑固親父が荒っぽく立ち振る舞えた時代ではなくなっていたからなのかもしれない。 あとこれは僕の完全な主観なのだが、まり子よりもみどりを選んだ五郎が分からない。叶には悪いが、どうみても若尾の方が魅力的なのだ。 制作陣は、脚本の段階では「意外で面白い」と思ったのかもしれない。だが、撮影を経ると映画には別の側面と言うか、俳優や女優という新たな要素が加わるのだ。今回ほどそれを強く意識したのは初めてで、そこにはもちろん、映像や音声をフィルムに定着させて完成させる監督の力量も大きく影響するだろう。 本作の結論。脚本はなかなか練り上げられているが、撮影以後で作品にさらなる魅力を付加出来なかったようだ(もちろん若尾の魅力は横溢している!)。残念ながら凡作と言ってしまっていいだろう。 [DVD(邦画)] 5点(2020-08-31 03:01:56) |