1. ベルリン・天使の詩
《ネタバレ》 子供は子供だった頃──。 ノートで書き出したシーンから始まる詩は、 確実に死を迎える人間になることを選んだ天使に開かれた世界そのものである。 美しいモノクロで紡がれた天使と人間のメルヘンチックなラブストーリーであるものの、 舞台がベルリンであることに大きな意味があるように思える。 かつて多くの子供たちも命を落とした第二次世界大戦の記憶が風化していき、 いつ戦火が上がるか分からない冷戦の象徴であるベルリンの壁が東西を分断している。 この舞台装置が本作を唯一無二の独特の雰囲気へのし上げている。 人々の悩みや想いを読み取れる、太古の時代より生きていた天使たち。 だが、彼らは人間に触れることもできず、ただ見守ることしかできない。 生きる喜びとは無縁の、無機質でモノクロな世界が眼前に広がっている。 やがてブランコ乗りの女性に恋をしたダミエルは、限りある命を持つ人間になることを選ぶ。 モノクロからカラーに移り変わり、存在の重さを知り、色を知り、コーヒーの温かさを知り、 好奇心というスポンジで新たな驚きを吸収していく。 それは詩で描かれていた子供たちの世界そのものだ。 先輩にあたる元天使が刑事コロンボでおなじみのピーター・フォーク本人役なのが良きアクセント。 この人が天使から俳優になった経緯を想像したくなる。 一度見ただけでは理解できたとは言えない。 眠気に襲われるときもあるだろう。 だが、寂しさによって自分自身を認識できたからこそ、誰かに心を開ける。 きっと楽しいことばかりではない、醜く汚い現実を知ることになっても、 前向きに歩いていくことのメッセージが感じられるヴェンダースの人生賛歌。 ふと思い出して見たくなる一本の一つに加わった。 [インターネット(字幕)] 7点(2024-10-22 22:32:22) |
2. 蛇の道(2024)
《ネタバレ》 1998年のオリジナル版と筋書きはほぼ同じ。 オリジナル版を難解にさせていた数学教師の設定から精神科医に変更されたことで、 分かり易く洗練された演出で生まれ変わったリメイクのお手本。 主人公を男性から女性に変更した理由。 凄惨な過去で心が壊れた女とその過去から逃げ続けようとする男たちの対比を、 循環性の象徴である"ウロボロスの輪"に例えたのだろう。 何度も読み上げられる娘の死、繰り返される復讐行為が廻りに廻って日常になっていく。 だが、男たちは馴れ馴れしく、常に都合の悪い話をはぐらかそうとする。 女は延々に廻り続ける生き地獄から絶対に逃がさない。 結末における芯の冷え切った台詞の数々がそれを象徴している。 オリジナル版と比べてダミアン・ボナールの影が薄く、 むしろ柴咲演じる主人公の掘り下げが増えたことを考えると合点がいく。 蛇のように低体温でじわじわ嬲っていく主人公の果てしない闇と虚無が視線から発せられるラスト。 全てが終わっても心穏やかに過ごせるわけでもなく、西島演じる患者のような末路を迎えてしまうのか。 復讐という名のウロボロスの輪に囚われ続けなければ生きていく理由を失ってしまうのかもしれない。 見ていて答え合わせしている感じは否めないが、 黒沢清の作風がフランス映画と親和性があり、ヨーロッパで評価されている理由に納得した。 [映画館(字幕)] 7点(2024-06-14 22:44:02) |
3. 蛇の道(1998)
《ネタバレ》 セルフリメイク公開記念でYouTubeで期間限定配信されていた。 劇場公開されたもののすぐにVHS化して、Vシネマ(=低予算の極道もの主体)のイメージが強いようだが、 黒沢清の無機質で不条理あふれる世界によって異色の作品になっている。 何せ主要登場人物の背景が台詞でぼんやり明らかになるくらいで、 幾何学的な数式を教える新島の元には何故か幼い少女から高齢者まで集まっている不可解さ。 何度も繰り返され反復される、殺された娘の死因を述べる死亡報告書はただのルーティンに変わり、 静かに不安を煽る演出は杞憂に、行方知れずの男の居場所を淀みなく突き止める破綻した展開も、 まるでストーリーを何度も繰り返して知っているかのように。 娘を殺された宮下は被害者遺族であるのだが言動にどこか違和感があり、 裏社会と繋がりがあること、そして新島の教え子である少女への眼差しに、宮下もそういう"嗜好"だったのだろう。 新島にとってスナッフビデオに関わっていた宮下も、自身の娘の敵討ちの一人。 実の娘のスナッフビデオを見せられる地獄は彼にとって奥底に否定しがたい性的対象だったはずだ。 そこから場面が一転して、新島と宮下の出会いが再度描かれて映画は終わる(微妙に台詞が違う)。 もしかしたらそれぞれの理想のシナリオを求めて、ループしているのではないかと言わんばかりに。 '90年代後半はセカイ系やメタ要素が幾分流行っており、捻りに捻ってモヤっとした感がある。 26年経った現在の価値観で如何にリメイクとして調理していくか、黒沢清の手腕を見届けたい。 [インターネット(邦画)] 6点(2024-06-05 22:41:25) |
4. ベイビー・ブローカー(2022)
《ネタバレ》 全編韓国語、韓国人俳優で構成されながらも是枝監督の底流を感じさせる。 赤子の人身売買は犯罪行為であるが善悪を二分にはできない複雑さを、 並行的に描かれるペ・ドゥナ演じる女性刑事スジンの視点も含まれていて新鮮だった。 非常に日本的な映画なので、韓国的な激しさを求めると期待外れかもしれない。 時折、話の分かりづらさもあり、訴求力が過去作ほどではない。 「捨てるくらいなら産むな」 「生まれてきてくれてありがとう」 相反する二つの台詞。 前者は正論であるがソヨンの事情を知るうちに、 キャリアのために子供を持てなかったスジンの心境に変化が起き、 後者は問題を抱えた疑似家族だからこそ己の存在を肯定できたのだろう。 自業自得で血の繋がった家族から縁を切られたサンヒョンを除いて。 この矛盾が作品に深みを増している。 僅かに繋がりかけていた二つの物語が終盤についに繋がる。 ウソンは、スジン夫婦と服役後のソヨン、最後の養子縁組の夫婦による、 たくさんの親(=社会)によって育てられていくのではないか。 サンヒョンとドンスは彼らに関わることはできないが、ウソンの未来を守ることができた。 大団円ではないにしろ、想像の余地を委ねる監督らしい綺麗な着地点だ。 [インターネット(字幕)] 5点(2023-09-23 14:33:45) |
5. ペパーミント・キャンディー
《ネタバレ》 「あの頃に戻りたい」。 もう時は戻らないのに。 消えることのない後悔の中、数日前でも、数週間前でも、数年前でも同じことを言っているのだろう。 初恋の娘がくれたハッカ飴と決まったレールを走り続ける列車をキーワードに、 自殺するまでの男の20年を、アルバムを最後から捲るように遡っていく。 彼の人生には初恋の女性の幻影を常に追い求めていたように感じる。 だったら、除隊後に彼女への想いを打ち明け、成就すべきなのに。 もし、罪のない女子高生を誤って撃たなかったら… 「その手で幸せにする権利は自分にはあるのか?」と己を偽り、彼女を遠ざけ、 それでも空疎さを埋めるために他の女と寝ても、金と名誉を追い求めても一向に満たされなかった。 最終章(20年前)の幸福な時間が冒頭(現代)の悲壮さをより際立たせる。 兵役時、踏みつけにされたハッカ飴が、 当時の軍事国家によって矯正された優しい男の人格とリンクする。 後の『オアシス』で知的障害者を演じたソル・ギョングの振れ幅の大きい演技力の高さに感嘆する。 ハッピーでもバッドでもない独特の余韻に、イ・チャンドンの他の作品をもっと見てみたくなった。 [インターネット(字幕)] 7点(2023-03-18 00:38:27) |
6. ベルファスト
《ネタバレ》 『ROMA/ローマ』に影響を受けているのか、モノクロで監督の半自伝であることも共通している。 ただ、『ROMA/ローマ』のような灰汁の強さはなく、事情をよく知らない少年の目線で描かれているので、 複雑な社会情勢を調べなければならないという敷居の高さもない。 むしろサッカーに興じ、少女との淡い初恋、万引きを唆されたりと、 緊急事態が日常になっている中で懸命に生きる少年とその家族を活写しているところに重点を置いている。 ただ、劇中劇だけパートカラーで、劇伴もここぞと効果的に挿入される、その演出にあざとさを感じてしまう。 わざわざモノクロで描かないといけない理由が全く感じられなかった。 芸術性の高い作りが少年の溌溂とした物語とチクハグで合ってない。 これが作品の没入感を割いているように感じた。 短い出演時間ながらも最後をかっさらうジュディ・デンチは流石と言ったところ。 [インターネット(字幕)] 5点(2022-08-13 22:15:47) |
7. ベニスに死す
《ネタバレ》 テレビ放送のため、かなり削っていると思うが何てこともない。枯れたオッサンが有望な美少年に恋心を抱くだけの話。互いを意識しているのか、一方的なだけなのかニアミスしたまま映画は終わる。正に憧れで終わるあたりに、凡庸な芸術家のまま人生を終わっていく醜い中年と、手の届かない世界に漂う少年の美の対比が際立つ。上流社会の退廃的美学を被せて、これぞ芸術と名作らしく見せているようで底が浅く見えるのは、学の足りない自分がその境地に至っていないからか。ここまで徹底して、何も手に入れられなかった老いぼれが醜く描かれると長生きしたくない。 [地上波(字幕)] 4点(2020-03-21 00:30:15) |
8. ペット
他の意見と同様、動物版『トイ・ストーリー』と見て取れるが、ただの劣化コピーだった。人間の気持ち次第で飼われるのも捨てられるのも"愛玩"動物の宿命。そこに一歩踏み込んだ展開がほとんどなく、脇のキャラクターたちの活躍も乏しい。背景同然で何体かは削れる。むしろ必要以上に街にパニックを起こしていて、擬人化するにはリアリティの範囲から外れた設定にがっかり。 [地上波(字幕)] 4点(2019-08-09 22:22:05) |
9. ベルヴィル・ランデブー
過度なまでのデフォルメ、頑なに最小限に抑えた台詞、シュールでブラックユーモアに富んだ展開と、フランス産アニメーションの意気込みが感じられる。日本にもアメリカにもない独創性で癖の強い作風ながら、老婆の大活劇が主体であるため難解なわけでもない。とにかくリズミカルな音楽が今でも耳に残るくらい素晴らしい。この世界観にもっと浸りたいと思ってしまうからこそ、夢から覚めたような寂しげなラストがより余韻を引く。 [DVD(字幕)] 8点(2019-04-28 00:43:24) |
10. 別離(2011)
《ネタバレ》 誰が悪く、誰に責任があるのか。言葉の応酬が繰り広げられ、家族を守るための嘘が双方の傷口を大きく広げていく。追い出した際に階段まで転げ落ちたのか、それ以前に自動車と接触していたのか、家政婦の流産の原因は明かされることはない。そう、真の主人公は、高度成長で一見普通に生活しているように見えて、イスラム教による厳しい戒律が根底にあるイランだということ。息苦しく閉鎖的で下手に身動きしたら状況を拗らせる複雑な社会構造が垣間見える、ありのままのイランの姿。国外脱出する母親と、イランに残る父親のどちらを娘は選ぶのか。断絶を象徴するラストカットに沈黙する。 [映画館(字幕)] 8点(2018-06-20 19:13:53) |
11. ベンジャミン・バトン/数奇な人生
《ネタバレ》 画に対するこだわりが随所に感じられるも、言わなければデヴィット・フィンチャーの映画だとはほとんど気付けないだろう。アメリカの現代史とリンクする点では『フォレスト・ガンプ』に近いが、ベンジャミンは表舞台に立つことはない。逆行していく男の人生をあたかも普通の人たちと同じように淡々と綴っていくだけだ。特に時間という概念が強調される。少しの誤差でデイジーには違った人生があったかもしれないし、互いの適齢期が交差したときに生じるささやかな日々ですら愛おしく感じる。だからこそ終盤、歳を取るごとに若者になっていくベンジャミンと老けていくデイジーの対比が孤独感を増していくようで切なかった。彼はいろんな人々に出会い、その人たちもどこかで影響を受けて、それぞれの人生を生きていく。時が経つに連れ、余韻という水が喪失感を埋めるように少しずつ心を満たしていく。そんな作品。 [DVD(字幕)] 7点(2018-03-31 20:57:04) |
12. ベイビー・ドライバー
《ネタバレ》 冒頭の逃走シーンで鷲掴みにされた。プレイリスト前提で組み立てられたような絶妙な構成に、疾走するカーアクションが一体になる。それだけでない。意表を突いた展開で、冷徹なボスと対峙するかと思ったら二人のために義侠心を見せ付け、最後の対戦相手が一見寡黙で常識人らしい犯罪者だったりする。今までのエドガー・ライト作品とは違いシリアス要素の強い本作だが、瑞々しいクールな演出は磨かれている。全編音楽で組み立てられているようで、ある意味で主人公の逃避にリンクしているとも言える。『トゥルー・ロマンス』みたいに逃避行するわけでもなく、現実を受け入れ、自分の罪を償い、まっさらになってシンデレラの元に帰るラスト、悪くない。 [DVD(字幕)] 8点(2018-02-11 22:48:55) |
13. ベアーズ・キス
冒頭、しんしんと降り積もる雪原を歩く少女と熊のアニメーションに、その物語に引き込まれた。章ごとに挿入されるその演出が、お伽噺であることを一層強調する。青年に変身できる熊と少女の寓意に満ちた情愛と対比するように、厳しい現実によるサーカスの衰退が影を落とす。ある終焉を迎えた熊と少女の選んだ顛末が、「そうきたか」とこれまた寓意的で不思議な余韻が残った。 [DVD(字幕)] 7点(2017-01-27 00:39:42) |
14. ベニーズ・ビデオ
《ネタバレ》 豚の屠殺映像を一旦巻き戻し、繰り返し再生される冒頭。「これが現実だ」と言わんばかりの映像を編集できる"神の能力"に浸るベニーの危険性を暗示させる。映像というフレームの中でしか現実を実感できない彼は、衝動的に少女を殺しても、その行為は零したミルクをふき取る行為と同等にしか映らない。頭を丸めたり、両親にビデオを見せるのも、罪悪感や贖罪からではなく、第三者に見せることによって現実を実感したい渇望によるものだろう。そこに普通の人間とサイコパスの隔絶した溝を深める。両親もまた普段からベニーの接し方が分からず擦れ違うばかりで、殺人の隠蔽もエジプト旅行もベニーのためというより、事なかれ主義や自己保身の側面が強い。一線を超えてしまった両親に殺人を無かったことにされ、再び現実を実感できなくなったベニーが、今度は警察にビデオを突き出す顛末に、今日のメディアの情報を現実だと鵜呑みにしている大衆と重なるのは自分だけかな。『セブンス・コンチネント』同様、衝撃的で先見性のある題材だが、後半の尻すぼみは残念。原題が英語であり、主役が『ファニーゲーム』の青年と同じであることを考えると、現実と虚構の境目が曖昧になっていく世界にセットで警鐘を鳴らしているよう。 [DVD(字幕)] 5点(2015-05-19 00:22:11) |
15. 北京原人 Who are you?
『北京原人 (または勘違いかつ疑問すら抱かなかった主要スタッフこそ)Who are you?』が正しいタイトルでは? しかし、ジャンルに"エロティック"と銘打った奴、出てこい(確かに胸露出はあるけどさ) [ビデオ(邦画)] 1点(2015-04-22 20:59:24) |
16. ベイマックス
《ネタバレ》 前作の『アナと雪の女王』に辟易していたため食わず嫌いだったが、意外にも大当たり。硬派なマーベルのテイストを見事にディズニーの世界観に溶け込ませることに成功しており、これほどの熱狂と感動に包まれるとは思っても見なかった。日本に対するディテールもしっかりしており、往年のロボット及び特撮ヒーローへの敬意が払われ、当作品への本気が伺える。黒幕のミスリードが象徴するように復讐の連鎖を如何に断ち切るか、ややご都合主義とはいえ、生前の兄の映像で上手く切り抜ける。努力というものをよく知っている教授が、失敗を繰り返しながらもベイマックスを完成させた兄の姿を見ていたら、ダークサイドに堕ちなかったかもしれない。日本テイストを最高の形で再現させ、尚且つ面白い"ジャパニメーション"をディズニーという米国のアニメスタジオが成し遂げてしまった。宮崎頼りのジブリの衰退を見ても分かる通り、近い将来、日本のアニメが必要とされなくなる時代が来るかもしれない。 [映画館(吹替)] 8点(2015-02-15 17:57:21)(良:2票) |
17. ペルセポリス
《ネタバレ》 イラン版ちびまる子ちゃんって感じ。主人公のマルジは生意気で可愛げもない感情移入とは程遠いキャラクターで、恐らく原作者の自虐や自戒を含めた描写だろう。これによって祖母の「いつも公明正大に」の台詞が際立ち、単に彼女の成長物語としても見れるものとなっている。モノクロでしか出来ない表現を惜しげもなく使い、宗教で凝り固まったイランをデフォルメに風刺、日本やアメリカとは違う独創性があった。裕福な家庭だからできることなのだが、自らのアイデンティティーに悩み、欧州との溝に打ちのめされて戻ってきた彼女が、閉ざされたイランから再び飛び出し、新天地のフランスで「イランから」と自信と誇りを持って言う。彼女の強い決意と希望が感じられた。 [DVD(字幕)] 8点(2015-01-17 11:15:11)(良:1票) |