2. ラスト サムライ
そもそも侍魂とはつまり愛国心である。 そんなもの現代日本人の中にどれくらい残っているのか? 観客も、制作者たちも、侍魂を「命を懸けて自分の意志を貫く」くらいのシンプルな構造で 捉えているのだろう。だから勝元たちの戦う理由がわからない、という根本の空洞が生まれる。 「国の行く末を案じて命を懸ける」という感覚は、完全な個人主義に染まってしまった 今の日本では理解できないものだろうし、理解しろというのが無理な話である。 敗戦国の日本は戦勝国の米英によって、愛国心を抜き取られる教育を受けてきたのだから。 では日本の観客が「侍魂に共感した」と勘違いしたものの正体はなにか? それは渡辺謙や真田広之の魂ではないか。彼らの奮闘に感動し、彼らの死そのものを悲しんだのではないか。 散っていく男の美学。日本人をカッコよく描いてくれてありがとう、という感謝の涙。 私はこの映画をその視点で観たし、その意味ではよい映画だったと思う。 しかし米国人に侍魂を教わるほど腐ってはいない、と胸を張って言える日本人で私はありたい。 日本人のアイデンティティーを口にするだけで煙たがられる現代日本において、 こんなレビューを書いている私は、ただの異端なんだろうな。 6点(2004-06-04 22:16:33)(良:2票) |