1. ワルキューレ
《ネタバレ》 ヒトラーは爆死したのである。 ヒトラーは死んでない、という情報は、ゲッペルスらが仕掛けたハッタリである。 爆発の後、ヒトラーは一度も画面に姿を現さない。 そして、ヒトラーが本当に存命なら、ゲッペルスが服毒自殺の準備なんかするシーンは必要ない。 なにより、受話器から総統の声が流れる短いシーンに満ちた異様な緊迫感が、逆にこのシーンに潜む虚構性を示している。人はフィクションと手を組まねば、物凄くなることはできない。「ユージュアル・サスペクツ」で描かれたのも、その「フィクションの物凄さ」だった。 「ワルキューレ計画」は、ある意味ではちゃんと成功したのである。ちゃんとヒトラーを吹っ飛ばした。しかし、その後の情報戦で失敗した。軍隊にヒトラーは死んだと信じさせれば大佐の勝ち、生きていると思わせればゲッペルスの勝ちである。ところで大佐にとって重要なのは、ヒトラーの現実的な生死である。爆発成功の後の情報合戦において大佐を支えたのは「爆発をこの眼で見た」という一事だった。一方ゲッペルスにとって大事なのは事の真贋ではなかった。彼はフィクションに賭けた。もし大佐に、ヒトラーが生きていようと死んでいようとヒトラーは死んだと言い切る神経があれば、「ワルキューレ計画」は完成したのだ。 情報戦を司るのは通信室の女子従業員たちである。「ワルキューレ」とは北欧神話で「戦死者を選ぶ乙女」という意味らしいが、通信室の女子従業員たちこそ、この映画のワルキューレなのではないだろうか。 冒頭の「これは史実に基づく物語である」というテロップのウラには、たんに史実をドラマ化せざるを得ない昨今のハリウッドのネタ不足を曝す以上の含みがあり、観客のミスリードに一役買っている。 この映画は、「ワルキューレ計画」はなぜヒトラーを殺すことに成功しなかったのか、全然描いてないがそんなものは描いてなくて当然である。だって反逆者はヒトラーを殺すことに成功しちゃったんだから。 この映画は、なぜヒトラーを殺すことに成功したのに首都掌握に失敗したのか、という問いをもって「ワルキューレ計画」を描き出す。描き方はなんつーかストレートすぎてナンだが、実はその問いは、前提からして結構イカレてる。実はすごく面白い映画なんじゃないかと思う。 副題を付けるなら「珍説!ヒトラーは死んでいた!?」とかなんとか。 [DVD(字幕)] 8点(2009-10-28 17:16:27)(良:1票) |