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2321.  麦の穂をゆらす風 《ネタバレ》 
最初のうちは、明確な敵に対決していく何の迷いもない義勇軍の時代。訓練もどこか戦争ごっこのようなのどかさを伴う。しかしそのかつて訓練をしていた緑の野で仲間を処刑してから、ドラマは陰惨さを帯びてくる。ああローチの世界に入っていくな、と思う。敵の輪郭が崩れ、仲間の輪郭と溶け合い出す。やがて協定への妥協派と否定派への分裂、義勇軍は正規軍と反乱軍として対決する。これはアイルランドの特殊な物語ではなく、歴史上どこにでも見られた悲劇。ローチ監督自身すでに「大地と自由」でスペイン内戦を舞台に描いたテーマだ。何度描いても色あせぬテーマであることが哀しい。国家の哀しみ、民族の哀しみ、名前を知っているもの同士が殺し合う哀しみ、抵抗のための組織が組織のために弾圧を始めてしまう哀しみ。この映画では反復が効果を挙げている。冒頭のイギリス軍に銃で脅される場面が、終盤ではアイルランド正規軍によって反復される。密告を勧める場面も反復される。立場を変えて反復されることのやりきれなさが、この映画を底で支えている怒りだ。でもいったい何に対して怒ればいいんだろう。
[DVD(字幕)] 8点(2007-09-09 12:46:43)(良:3票)
2322.  機械じかけの小児病棟 《ネタバレ》 
舞台は英国のひんやりとした空気に包まれている島だけど、どこか監督スペインの南のカトリックの空気も混ざってきている。死者の世界との近さ、そのことを登場人物たちが当然のように納得してしまうあたり。また音楽にコーラスが入ってくると、それだけでミサを連想してしまうもので。しかしこの外はひんやり・内に熱い情念って、ポイントになるナースの存在そのものでもあるんだな。憎悪によるたたりよりも、愛による迷いのほうが怖い。闇の黒よりも、閉鎖病棟の、深海の底のような緑のほうが怖い。
[DVD(字幕)] 6点(2007-08-27 10:57:41)
2323.  楽日
映画館て、スクリーンの虚構の中でのみ時間が流れ、観客の時間はひたすら停止している。そのためひとたび客が廊下に出たりトイレに入ったりすると、そっちのほうが現実なのに、何かに対して息を殺しているような奇妙な時間が流れ出す。それを狙った映画なのかどうかは知らないが、あの感じがよく出ていた。映画館の客席以外の雰囲気の味わい。シネコンなど最近の映画館が失ったのは、この周縁の空間だろう。映画以外の目的で来る不真面目な客は減ったかもしれないが、幽霊も滅多に出なくなった。
[DVD(字幕)] 6点(2007-08-25 11:09:38)
2324.  007/カジノ・ロワイヤル(2006) 《ネタバレ》 
アタマのほうの工事現場でのアクションは見事だった。ほとんどアクションのためのアクション、その無意味さはすぐれたミュージカルのダンスシーンに限りなく近く、しっかり堪能した。ところがメインのカジノシーンになると、なにしろ展開しているのはカードの記号と数字の意味だけなので、映画としての膨らませようがなく、途中に付け合わせのような襲撃やら蘇生物語まで入れてなんとか活性化しようとしているのは涙ぐましいのだけれど、かえって散漫になっただけだった。そもそも2時間10分を越えて活劇映画であり続けるのは難しいんじゃないか。
[DVD(字幕)] 6点(2007-08-23 12:10:25)
2325.  マッチポイント 《ネタバレ》 
アイルランド男は、最初のうちはおごられることに敏感に抵抗していたけど、しだいに裕福な生活に取り込まれてしまう。もひとつ踏ん張りがきかなくてテニスプレイヤーを諦めた経歴。いっぽうアメリカ娘は、とことん踏ん張ってしまう方。イギリス人になれなかった二人の異邦人の、英国の豪奢に対する二通りの反応が悲劇を呼ぶわけだ。いったいこいつ何を企んでるのか、と見てるほうがハテナのままで展開していく犯行シーンにワクワクした。人生は運に左右されているが、運がよかったからといって幸福になれるとは限らない、いう結末。
[DVD(字幕)] 7点(2007-08-21 11:22:05)(良:1票)
2326.  変態村 《ネタバレ》 
う~む、撮影は美しい。屋外はブリューゲルの如く、屋内はフェルメールの如く、格調高く迫っている。でもやってることは、ほれ、なにしろ変態村だから、なんて言うか…、とてもヘン。自分のことを、宿の亭主がしだいに妻と思い込み出していると気づく主人公(男)の不安、殺されるかもしれない、いうホラーではなく、愛されるかもしれない、いうホラーなの。亭主が「さあ人生をやり直そう」なんてしみじみ語りかけてくるんだもん。この登場しないグロリアという妻は、女だったのかなあ男だったのかなあ。どうも男色村らしいんだけど、だとすると、ちょうど映画開始後1時間めのところで意味ありげにチラッと出てきた赤かっぱの子どもたちを産んだのは誰なんだ? あれは幻想?
[DVD(字幕)] 6点(2007-08-19 12:15:43)
2327.  硫黄島からの手紙 《ネタバレ》 
アメリカ人の手による日本軍の映画ということで、兵士というものの国籍を越えた普遍像が描かれるのではないか、という期待があったが、けっきょく類型像に終始してしまった。理性的タイプと狂信的タイプの役割分担。地下壕の閉鎖された暗がりの中では狂おしかった中村獅童が、敵戦車もろとも爆死せんと、抜けるような青空の下で横たわっているうちに生き残ってしまう、なんてタイプからハズレていく人物のエピソードをもっと突っ込んでみれば、兵士が立たされている状況の普遍に到達できたかもしれない。戦場とはそもそも理性的であることが意味を持たなくなってしまう場なのではないかなあ。栗林中将の含蓄ありげな言葉より、一兵士が皮肉をこめて戦友の死を語った「あいつは名誉の赤痢で死んだんだよ」の方が心に響く。
[DVD(字幕)] 5点(2007-08-11 11:15:07)
2328.  胡同のひまわり
もう我慢できぬと家から出てこうとするせがれに、父親が「今日からずっと私はおまえから離れない」と宣言するのがすさまじい。明治の自然主義文学も鬱陶しいお父さんを描いたけど、でもあれは家の重さがその背後にあって、せがれの抵抗にも悲壮味があった。こっちのお父さんはフートンの長屋住まい、重厚な背景がなくて、せがれの父親見る目には哀愁が混ざっちゃう。文革で奪われた夢をせがれに託すその一途さ・まっすぐな頑固さが、少なくとも当事者でない観客には悪くないのだ。地震のときに消えた子猫が、二十数年後、開発で壊されていくフートンの瓦礫の上を歩いてた成猫につながっているのか。フートンを守っていた精霊のようでもあり…。
[DVD(字幕)] 6点(2007-08-09 11:16:33)(良:1票)
2329.  ハード キャンディ(2005)
映画を見てるときって、ふつうはまあ正義の側に立って鑑賞するものでしょ。そうだとだいたい最後は勝つから。でもこれ、男と少女、どっちが正義だか分かんないの。被害を受けてるのは明らかに男の方だけど、少女の言い分に理があるのかないのかが不明で。その宙ぶらりんの緊張が、珍しい体験でした。しおらしい顔してた少女の顔に不敵な笑みが浮かんでくるあたりのゾクゾク感ったらない。これはもうどっちの側に立って 見てるのでもなく、自分のひいきチームと関係ない決勝戦を、反則なんでもありの痛快なルールで観戦してるようなものか。怖~い怖~いお医者さんごっこの話。それにしても、舞台では一人芝居というジャンルがあるのに、劇映画は最低二人登場しないと成り立たないのはなぜなんだろう。舞台は演者と観客が反応しあう場なのに対して、映画は観客が演者をこっそり覗いてる場だからなのかな。
[DVD(字幕)] 7点(2007-08-07 12:17:30)
2330.  ヨコハマメリー
あぶくのような人たち、っていうと悪口になってしまうのかな、でも都市ってものは、そういうカタギでない人たちによって都市の味わいを与えられている。メリーさんもそうだけど、かつて名物だったホール根岸屋にたむろしていたという元愚連隊のおじいさんがすごくいい。「あそこの客はやくざが半分、刑事が半分だったよ」っていうその根岸屋は、黒澤明の「天国と地獄」でヤクの受け渡しシーンのロケをした店だそう。あの映画の記憶もまざってきて、あぶくのような人たちをも十分抱え込んでいられたかつての混沌とした港町の奥深さが、殺風景な駐車場になってしまった根岸屋の跡地に一瞬感じられた。
[DVD(邦画)] 6点(2007-08-05 12:20:57)
2331.  ククーシュカ ラップランドの妖精
映画においてセリフは、説明になりすぎるなどととかく評判の悪いものだが、こういうアイデアもあったのか。言葉が通じ合わない世界を表現するのも、セリフがあってこそなのだ。互いに理解できぬ3種類の言語が飛び交い、誤解を重ねながら暮らしていくことのおかしみ。指をさしても違ったものを見てしまうし、身振り手振りもそれぞれの思い込みで勝手に了解していく。まあこの世とはこんなものではないか、それでもどうにかやっていけるではないか、いう不思議な安堵がここにある。副題に災いされて危うく見逃すところだった、副題はラップランドのバベルとすべきでしたな。
[DVD(字幕)] 7点(2007-08-03 12:22:00)
2332.  夜よ、こんにちは
本筋とはあんまり関係ないとこだけど、老いたパルチザン闘士たちが過去を懐かしみつつ歌った革命歌が、ロシア民謡カチューシャのメロディだったところが嬉しい。映画見てると、違う国では意外な曲が意外な歌われ方をしていることによく出あって、なんかそういうこと知ると嬉しくなる(クリスマスソング「もみの木」を四拍子にすると日本の労働歌になり、韓国映画「シルミド」ではそれが革命歌として歌われてた、とか)。同じメロディからまた新たな性格を発見するヴァリエーションの喜び。この歌、吹きすさぶ嵐に向かってすっくと立ってるような悲壮感に満ちていて、この映画見てしまった後では、カチューシャはもう革命歌にしか聞こえない。
[DVD(字幕)] 6点(2007-07-31 12:24:40)
2333.  嫌われ松子の一生
なにか切羽詰った状況に立たされると、もうとにかくその場から逃れるために、あとでさらに面倒なことになると分かっていても、つい嘘をついてしまう性格、…分かるなあ。追いつめられると、そんなことでしのげるとはぜんぜん期待もしていないのに、ついおどけた顔をしてしまう性格、…これもしみじみ分かっちゃうなあ。徹底的に己れを殺して流されていく人生、彼女はそういう人生を積極的に選んだのかもしれない。ミュージカルとしては刑務所の場がノッてたと思うけど、この監督は川の土手を描くときが一番いいんじゃないか。
[DVD(邦画)] 7点(2007-07-29 12:20:16)(良:1票)
2334.  親密すぎるうちあけ話
ひょんな偶然から美人の訪問を受け、なんか騙されてるんじゃないか、大仕掛けな罠なんじゃないか、という不安につきまとわれる税理士。恋愛心理の疑心暗鬼をたどっていれば、そのままサスペンス映画になってしまう。だからこれ、ヒッチコックの「めまい」に音楽が似てたのも、偶然じゃないかもしれない。子どものころのおもちゃが守る部屋に閉じこもって、こわばって美人に対する主人公が、けなげというか何というか。この監督の映画でしばしば見られる、男の純情を強調するための退行現象。鼻につきそうなぎりぎりのところでうまくユーモアに溶かし込んでる。サンドリーヌ・ボネールにああ優雅にタバコ吸われちゃ、男なら誰でもこわばって退行します。
[DVD(字幕)] 7点(2007-07-27 12:27:30)
2335.  心霊写真 《ネタバレ》 
心霊写真の楽しみは「どこかなーどこかなー、あっ、いたー」っていう空間への集中、ホラー映画の楽しみは「でるぞーでるぞー、わっ、でたー」っていう時間の切迫。もともと種類の違うもので、心霊写真を題材とする映画では怖さをどう配分するのか、と思ってたが、まあごく普通のホラー時間が経過していくのだった。ただ終わりのほうで、数枚のスチール写真をパラパラめくるとその動画のなかで霊体が動いて見えてくるってのがあって、ここで写真系の怖さと映画系の怖さがちょっと重なりかけたか。
[DVD(字幕)] 6点(2007-07-25 12:19:05)
2336.  グエムル/漢江の怪物 《ネタバレ》 
ゴジラは戦争の不安が凝り固まって生まれたものだったが、これは何かというと、都会の通り魔だね。人々が襲われているのを、バス(?)の車内からおばさんが見下ろしてるカットが変にリアル。これって安全地帯から通り魔を目撃してる目でしょ。最初のほうで、橋からの飛び込み男が怪物を目にするエピソードがあったけど、アメリカ軍のクロロホルムより、ああいう自殺者の世間に対する怨念を食って怪物は成長したんじゃないか。だから休日の河原で屈託なく楽しんでる人々を見ると、ついムシャクシャして。だもんでこれ、ゴジラのような国民共有の災厄にはならないで、被害者の家族の物語になってしまうんだ。
[DVD(字幕)] 7点(2007-07-23 12:28:26)(良:1票)
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