261. バッド・バディ!私とカレの暗殺デート
《ネタバレ》 土台となる物語の様式は「身分違いの恋愛」です。『ローマの休日』や『ノッティングヒルの恋人』に同じ。好き同士。されど相手は別世界の人。このラブストーリーの結末は「諦めて別れる」か「どちらかが住む世界を変えて結ばれる」の二択。現実世界では前者が多い気がしますが、映画ではハッピーエンドが好まれるので後者のパターンを結構見かけます。本作もその一例。今回のケースは、殺し屋がカタギになるか、カタギが殺し屋になるか。一見カタギになる方が好ましいように思えますが、実はそちらの方が厄介です。殺し屋は殺しが仕事。しかし足を洗った瞬間から「仕事」は「罪」に変わります。勿論効力は遡り。贖罪は不可能なので、人生の門出に重い十字架を背負う羽目になるでしょう。しかし、カタギが殺し屋になる場合は違います。主人公はぶっ飛んでおり、躊躇なく人を殺せました。オマケに殺しの才能まである。まさにお似合いのカップルです。当人が良ければ問題ありません(ただし身内なら死んでも止めますけど)。これは観客の心情にも沿うもので、『ルパン三世の泥棒を咎める者はいない』理論が、殺し屋にも適用されると考えます。このあたりの気配りはさらに丁寧で、男は金さえもらえれば誰でも殺す非情な男ではなく、殺しを止めたいと思っている善人設定でした(だから依頼人は殺してもいいという理屈は謎ですが苦笑)。主役2人とも好感度が高く、ブラックラブコメとして優秀な一作だと思います。 [インターネット(吹替)] 7点(2021-10-05 21:16:33) |
262. ヴィヴィアン武装ジェット
《ネタバレ》 島田角栄監督作品は『PLAN6 CHANNEL9』で"体験済み"。氏のやり口はある程度分かっていたつもりですが、それでも本作の"やりたい放題ぶり"にはあ然としました。まともな感性で正面から向き合うと、精神をやられる可能性大です。ブラック&シュール&チープ&クレイジー。これぞサブカル系ナンセンスラブコメディの極地でありました。邦画史上最も有り難みのないおっぱいが拝める特典つきです。基本は主演を務めた鳥居みゆき嬢の持ちネタそのままと思っていただければ間違いなく、彼女の笑いを理解出来る方なら楽しめるでしょうし、そうでないなら、あるいは彼女のネタを知らないのであれば、鑑賞回避が無難と考えます。何らかのメッセージを汲み取ろうと努力するだけ無駄な気がしますが、深読みしたり、共感したりするのは自由ですので、勇気のある方(もしくは暇な方)はチャレンジしてみるのも一興かと思います。ただしちゃんと現世に戻って来られる保証は出来かねますのでご注意ください。結末だけは良かったと思います。あのラストは紛れもなく「救い」でした。大体3点満点の映画と思ってくださればよろしいかと。 [インターネット(邦画)] 5点(2021-09-29 17:14:30) |
263. 引っ越し大名!
《ネタバレ》 史実に照らして「エピソードの妥当性」を検証する知識は持ち合わせていませんし、娯楽時代劇にそんな野暮は不要でしょう。ですから、時代劇の体裁を借りた「現代サラリーマン人情話」と捉えて感想を述べます。 今回の「本社移転計画」の本質は、「人員整理」&「コストカット」でした。会社を存続させるには避けて通れぬ重要課題。そんな一大プロジェクトを任されたのが主人公です。彼の役職は「資料室長」で、本来ならこんな重責を任される立場ではありません。彼の役目は「スケープゴート(生贄の羊)」でありました。不平不満・恨み辛みの引き受け先。責任をとって腹を切ってくれれば、その後の作業がやり易くなる目論見です。酷い話ですが、手柄を立てるより、ミスをしないのがサラリーマンの処世術。貧乏くじを引かされるのはいつも弱い立場の人間です。ただ、幸いな事に彼には協力者がいました。「引っ越し虎の巻」の提供、金策の下準備、そして精神的サポート。実に多くの人々の助力により、大事業は成し遂げられました。それは、彼の善良な人間性が生んだ奇跡であったと考えます。同僚が一時解雇を受け入れてくれたのも、商人が大金を融通してくれたのも、主人公の頼みだったからこそ。事務遂行や指揮命令力だけが「仕事の力」にあらず。「あの人の頼みなら聞いてやるか」も立派な技能の一つであり、往々にして「努力して獲得する」のではなく「最初から身についているもの」だったりします。 当初、主体性や積極性に欠けるように見えた主人公ですが、次第に見事なリーダーシップを発揮しました。これは「ポジション(役職)が人を創る」典型的なパターンかと。ただし今回は極めて稀なケースと知るべきでしょう。少し背伸びが必要な仕事を与えるのが、人を育てるコツ。背伸びどころか、ジャンプしても届かないような大仕事を与えても、普通は潰れるのがオチです。幹部もそれが分っていたから主人公を「スケープゴート」扱いした訳です。彼の基礎能力の高さ(とりわけ人柄の良さ)と、豊富な社内人材の活躍により「瓢箪から駒」が生まれました。実際「マツダイラナオノリ株式会社」(ドラッグストアみたい!)社員の団結力は目を見張るものがありました。これも社長の人徳のうちでしょう。社長の失策により会社は傾きかけましたが、会社を持ち直させたのも社長の力と考えます。 前述したように、本作は時代劇の体裁を借りた現代サラリーマン話。終盤の「チャンバラ」は特典です。ただ、このオマケが悪くない仕上がりでした。毎度おなじみ大名行列に付き物の大槍が、実戦で活用されるシーンを拝めて得した気分。オマケって、こうじゃなくちゃね。 [インターネット(邦画)] 7点(2021-09-24 18:54:29)(良:2票) |
264. サイレント・トーキョー
《ネタバレ》 「日本を戦争が出来る国にする」という首相発言に対する憤り。平和ボケ極まれる日本国民に向けた警鐘。今回の爆破テロ事件は、主にこの2点が動機と思われます。大きく括れば、世界平和を望むが故のテロと言えましょう。主義主張と行動が噛み合っていないように感じますが、目的達成の為の手段として「テロリズム」を許容する立場であれば、何ら矛盾はないのだと思います。大事の前の小事。日本語本来の意味での「確信犯」です。ただ、今回の犯人に「政治的信条」があったとは思えません。犯人の胸の内にあったのは、今は亡きあの人に対する深い愛情でした。 長い年月をかけ熟成された亡き人に対する想いは、「故人の意思を受け継ぐ」かたちで顕在化したと考えます。ただし、「本当に爆破テロが故人の意思であったか」は議論が分れるところかと。故人が爆破知識を犯人に授けたのは「この技能を役立てて欲しい」でありました。伝統工芸の職人が弟子に技術を伝承するように。老舗のうなぎ屋が秘伝のタレを後継ぎに託すように。自分が消えて失われてしまうのは、その対象が希少で有益であるほど、それを獲得するのに費やした労力が大きいほど、耐え難いもの。自死を決意していた者にしてみれば、自身が持つ爆破知識が受け継がれれば、それで満足だった気がします。もし戦争になったら、この知識を役立てて欲しい程度の話。しかし受け継いだ方からすれば、そうは行きません。「秘伝のタレ」を家庭内で消費するなど許されません。「宝の持ち腐れ」は罪だからです。犯人は、受け継いだ技能を最大限発揮する場をずっと探していたのでは。冒頭に述べた動機は後付けであり、キッカケに過ぎないと考えます。あの人が病んだのは、非情な現実に心が耐えられなかったから。テロリストを育成する気などハナからなく、後に起こる「必然の悲劇」を予想できなかったからと考えます。甘いですか。甘いかもしれません。 もし現実に、本件のような予告爆破テロが日本で起きたとしたら。昨今のコロナ対策の現状を見る限り、あれほど大勢の野次馬が溢れかえるとは思えません。危険だから近寄るなと言われれば、近寄らないのが日本人です。鉄道も運休するでしょうし。実際には渋谷駅周辺はスカスカだと思います。ただ、立ち入り禁止の規制範囲は結構あんなものかもしれないと思いガクブル。爆破規模は、毎度お馴染み「想定の範囲外」であり、首相が責められるべきはテロリストと対話しなかった事ではなく、立ち入り禁止規制区域が適正ではなかった事だと思います。 [CS・衛星(邦画)] 6点(2021-09-21 19:56:00)(良:2票) |
265. 食べる女
《ネタバレ》 古書店を営む文筆家・餅月敦子を中心に、彼女を取り巻く女性たちの人生を「食」と「性」に焦点を当てながら描く群像劇。特筆するエピソードはなく、日々の生活の「あれやこれや」が淡々と綴られます。刺激的な展開で惹き付けるタイプの作品ではない為、必然的に役者の演技に目が行きます。残念ながら本職俳優とタレント俳優の力量の差は明らかでした。おそらく両者の中間に位置するであろう「小泉今日子」や「ユースケサンタマリア」に中和剤の役目を期待したのでしょうが、あまり効果的では無かったように思います。 タイトルに違わず「美味しそうに食べる」シーンは随所に見られました。これは傍から観ているだけで幸せを感じるもので、敦子が言う「美味しいものを食べている時と、好きな人とセックスしている時が一番不幸から遠ざかる説」は概ね真実なのでしょう。 「食」をテーマに掲げるに映画にしては「料理」の見せ方に拘りが感じられません。料理の魅力をきちんと伝える「画」が不足していたと思います。献立のセンスが良かっただけに、尚更勿体ない気がしました。献立とは裏腹に、センスを感じなかったのがエンディングです。まるで漫画。エンディングの選曲も含めて「急にどうしちゃったの?」という感じ。そもそも終点が定まっていない物語なので締め方が難しかったのかもしれませんが、雑な味付けだったと思います。 [インターネット(邦画)] 5点(2021-09-19 18:52:24) |
266. とんかつDJアゲ太郎
《ネタバレ》 立志→小成功→挫折→葛藤→特訓→勝利。これは青春スポコン映画の黄金パターン。本作のような非スポーツ系にもこの絶対無敵の方程式があてはまります。ただし、特訓が派手で分かりやすいスポーツ競技に対し、文化系の訓練は見た目に地味です。さらに芸術系となると、技能向上をどう表現したらよいのやら。では、クラブDJの場合はどうでしょう。私の認識では、ツマミをいじって、レコードをキュキュキュキュやって、フロアを盛り上げるのがDJの仕事(本当は何をしているのか知りません)。もちろん楽曲知識や操作テクは必要でしょうが、一般的な技能習得法など見当もつきません。主人公が弟子入り志願をしたオイリーさんは、当初「そんなもん独学だ」と一蹴し、子弟関係を結んだ後も「フロアの客を具体的にイメージしろ」程度のアドバイスのみ。結局は「経験」と「センス」がモノを言う世界と思われます。これを前述した方程式の「特訓」に落とし込むと、「指たて伏せをする」「洋楽を24時間聴きまくる」「小箱100件武者修行」のような表現になるかと。分り易い。でも汗臭い。そして重苦しい。クラブDJのイメージとはかけ離れてしまいます。そこで本作では、「とんかつ屋」の下積みをそのままDJ修行に置き換え、軽やかに仕上げました。とんかつを揚げるのも、フロアの客をアゲるのも同じという理屈。もちろん詭弁です。しかし的外れでもありません。両者に共通するのは「お客さんの笑顔がみたい」。果たしてとんかつDJは、とんかつ屋修行で身に付けたスキルを武器に、フロアの観客に最高のグルーヴを巻き起こしました(調子乗って使ったけど、グルーヴってなんだ?)。オチもまた良し。アゲ太郎よ、DJである前にとんかつ屋たれ。まずは本業で一人前になること。そのとんかつ道はDJにも続いているに違いありません。 最初に『とんかつDJアゲ太郎』なるパワーフレーズを耳にしたのは、伊集院光の深夜ラジオだったと記憶しています。氏のフェイバリットフレーズ『岡村孝子のうどんの歌』と同じ悪ふざけかと思いきや、本当に漫画が存在するとは。さらに映画化と聞いて驚いたものです。しかも実際観てみるとキワモノではなく、正統派の青春映画で2度びっくり。タイトルで先入観をもってはいけませんね。それにしても、とんかつ美味しそうでした。本作鑑賞後、馴染みのとんかつ屋に走ったのは言うまでもありません。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2021-09-16 22:20:23) |
267. 映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット
《ネタバレ》 前作の劇場版で『賭ケグルイ』の正体は分かったつもり。本シリーズを楽しむコツは単純です。「理屈を言うな」。私の感想文をお読みいただければ分かるように、本来理屈こき(それでいて理論的に物事を考えられない)で、頭の固い中年男性が観るような映画ではありません。どうしても荒唐無稽な設定や、ゲームとして成立していないギャンブルに、文句の一つも言いたくなります。しかし、そこは我慢。というか、理屈のスイッチを意図的に切ればよいのです。さすれば「面白い」とは言えないまでも「楽しめる」ことが分りました。最初のギャンブル「黒色限定ポーカー」の無法ぶりは論外ですが(ああ、こういう事を言っちゃ駄目)、メインとなる「ロシアンルーレット」はなかなか見応えがありました。ルールは簡便で、戦略も立てやすく、それでいてギャンブル性高し。ボードゲームとして商品化出来そうな完成度だと思います。とはいえ、本コンテンツのセールスポイントはやはりキャラクターの魅力になるのでしょう。浜辺美波ちゃんの美しさは際立っていますし、お気に入りの森川葵さんもノリノリでした(完全に『ワイルドスピード』仕様でしたね笑)、中川大志さんのオッサン風キャラもツボ。優秀な駒は揃っているので今後もシリーズ継続が期待できそうです。劇場で観たいかと問われるとアレですが。前作より2点アップです。 [インターネット(邦画)] 5点(2021-09-16 22:18:21) |
268. ファンファーレが鳴り響く
《ネタバレ》 高校生が現実から逃げ出す場合「引きこもり」や「家出」をするのが通例ですが、光莉は実行に移す気力がなかったため「人殺し」に走ったと考えます。矛盾するようですが、持久力を必要とする「引きこもり」より、瞬発力で可能な「人殺し」の方が、ハードルが低かったのだと思います。また月並みではありますが「猫殺し」が予行演習となったのも間違いないでしょう。果たして光莉は、自らを窮地に追い込むことで、強制的に現実逃避を実現しました。ちなみに彼女は「世の中を変えたい」と口にしますが、これは行為正当化の口実と考えます。自分自身を欺ければ、理由は何でも良かったのでは。明彦にしてみれば完全にとばっちりですが、危ないところを助けてもらった恩(実際は逃避のキッカケを与えただけ)、そして彼もまた逃避願望があったことから、彼女の尻馬に乗りました。ヒロイズムの勘違いもあったでしょう。彼は、なまじ「良い子」であったが故に判断を誤ったと考えます。2人の凶行は常軌を逸しており、彼らの中で「現実感」は皆無だったと思われます。現実逃避をしているから当たり前。まさに夢見心地。シンメトリーな橋脚下シーンが印象的です。「夢」と「現」。2つの世界を私たちは行き来しています。どちら側に居るのか、ときどき不安になりませんか?タイトル「ファンファーレ」はパトカーのサイレン音のこと。目覚まし時計が鳴り響きます。夢から目覚めた2人には、「新しい現実」が待っています。 冒頭のダンスシーン、死んだ猫のツクリモノ感は、本作が「寓話」であることを匂わせます。また殺人の導火線として「猫殺し」エピソードが必須でした。いじめ。腐った大人たち。様々な「言い訳」を駆使して、どうにか荒唐無稽な「人殺しロードムービー」を成立させています。これほどショッキングかつ現実離れした内容にせずともテーマを語ることは可能だったはずで、商業戦略的に刺激過多にした感は否めません。特にアパート襲撃はやりすぎでした。喩えるなら、どこぞのバラエティに出てくる激辛料理。味や栄養が二の次になる料理に、何の価値があるのかと。料理人として、それでいいんですか?と思うのですが。園子温監督あたりの悪い影響もありそうです(決めつけ失礼)。 エピローグについて。2人が犯した罪に対して適正な罰が与えられた形跡はありません。「心神耗弱」「未成年」。減刑に使われたであろう刑法の「チートカード」は悪質で、光莉が忌み嫌っていたはずの「社会のルール」に守られた無慈悲な結末と言えるでしょう。『殺すのなんて簡単なんだからね』は、犯罪加害者には適用されません。とはいえ、映画は因果応報に厳しい世界です。明彦には「報い」が待っていました。当然光莉にも、しかるべき報復があると考えてよいでしょう。守るべき者が出来た今、より厳しい仕打ちが予想されます。その時、彼女は初めて自らが犯した罪と向き合うのかもしれません。明彦の同僚は「罪を背負って生きていけ」と述べました。そう、これが私たちの社会が望む「更生」の姿であります。令和日本版『ボニー&クライド』で描かれたのは「破滅」ではなく「絶望」でした。 [DVD(邦画)] 6点(2021-09-16 01:28:39) |
269. 聖女/Mad Sister
《ネタバレ》 (シュワちゃん主演の『コマンドー』のネタバレを含みます。未見の方はどうぞ名作『コマンドー』をご覧になってから、本文をお読みください) 本作の類似作品に『コマンドー』を挙げたいと思います。ご存じA・シュワルツェネッガー主演の大人気アクション映画。娘を拉致された主人公は、僅かな手がかりを頼りに敵のアジトを探り当て、武装集団を相手に単身大暴れします。主役をマッチョからお姉さんに、娘を妹に替えれば本作の出来上がり。ただしテイストは真逆でした。韓国製サスペンスはバッドエンドがデフォルトですが、それにしてもこれでOKなの?という感じ。何が気に入らないって『リアリティ』の扱いに一貫性が無いことです。例えば『コマンドー』にリアリティなど微塵もありません。娘の居場所の手掛かりは都合よく繋がりますし、最終的に一人で武装小隊を壊滅させます。あり得ないバカさ加減。でもバカが一貫しているので何の問題もありません。そういうルールのエンタメだから。ところが本作では、妹を探す過程は『コマンドー』以上にトントン進むのに、最後になって妙なリアリティを発揮します。バカでもシリアスでも構いませんが、ノリには統一性を持たせてください。また、カタルシスが無いのも問題です。感情の赴くまま行動する主人公に対して、普段ルールに縛られて生きている私たちは『憧れ』や『爽快感』を感じるもの。でもそれは目的達成が大前提です。目的が達成しなければ、どんな大活躍も『徒労』に変わります。骨折り損のくたびれ儲けは、実生活だけで十分です。救出劇の体裁になどせず、純粋に復讐劇の方がすっきりした気がします。 [インターネット(字幕)] 5点(2021-09-16 01:27:28) |
270. EXIT
《ネタバレ》 地震、津波、ハリケーン、火災。災害系パニック映画はこれまで数多く作られてきましたが、本作の災害は「有毒ガス」でした。それも自然由来ではなく、テロリストが作った生物兵器。殺傷力が高く、即効性・持続力に優れ、皮膚に触れてもアウトな代物。都市部が広域に汚染され、人々は窮地に陥りました。充満するガスの中を潜り抜けて避難するのは基本不可能なので、ガスを避け、高い場所を目指し、救助ヘリを待つのが唯一の生き残り策となります。そこで元山岳部・ボルダリング経験者の主人公が八面六臂の活躍を見せました。 特筆したいのは「説明責任」を果たしていること。単に「山岳部」の肩書で主人公の身体能力の高さを処理するのではなく、「これくらいの事ができますよ」と事前にアナウンス。超絶アクションに最低限のリアリティを持たせています。サバイバルで必要な物資の調達過程も抜かりなく。本編では伏せられたハイライトシーンの顛末は、エンドクレジットにさりげなく差し込むオシャレな演出。唯一「ん?」と思ったのは、予備校生に救助ヘリを譲ったところ。定員オーバーだから諦めたのでしょうが、ダメ元でチャレンジすればよいのにと思ってしまいました。でもそれだと、同じ状況を繰り返す事になるのでクドイ印象を受けたはず。クライマックスに向け、よりスピーディな展開が求められる中でリアリティを捨てる判断をしたのだと思います。エンタメとして正しい選択でありました。 パニック映画の器に、サスペンス、アクション、ラブストーリー・家族愛・コメディ・パロディ(タイタニック)を盛った豪華仕様の幕の内弁当。満腹・満足・間違いなし。掛け値なしに面白く、万人におススメできる秀作でありました。 [インターネット(吹替)] 9点(2021-09-10 20:38:52) |
271. エクストリーム・ジョブ
《ネタバレ》 大筋は『こんなはずじゃなかった』系コメディ。基本バカ設定ですが、人生の悲哀がスパイスとして絡んでくる王道の人情ドラマでもあります。刑事映画必須のアクションパートも上々でした。そして何より、主役となる麻薬捜査班が秀逸。5人のキャラクターバランスの良さは、ザ・ドリフターズのよう。高木ブーと仲本工事がいるから、志村と加藤が活きるワケです。長さん、いや班長が困る様子がイチイチ可笑しくて。お人形は顔が命。そしてコメディはキャラが命。人物造形の味付けは抜群でした(キムチ味か?いやカルビ味だ!)。ほぼ完璧ともいえるコメディドラマ様式で、物語中盤まで大いに笑い転げました。このままの勢いでラストまで突き進んでくれれば10点間違いなしだったのですが、マフィアの事務所が移転したあたりで失速したように感じます。悪評の流布~フランチャイズ化による転調で、今までの楽しいリズムが崩れ、グダグダになってしまいました。この変化を取り入れるなら、最終的に『人気回復、フランチャイズ成功』まで持っていかないと軸がブレます。本職蔑ろで商売に精を出してしまうギミックが物語の肝ですから。班長にはずっと「こんなの初めてだ~」で電話に出て欲しかったなあ。また、敵役のキャラクターが弱いのも気になります。極悪非道でも、オトボケ路線でも構いませんが、マフィアの親玉にも5人に負けない熱量が欲しいです。敵役のキャラが際立っていれば、クライマックスのカタルシスも倍増したでしょう。惜しい。実に惜しいです。とはいえ、本作は久々に現れたポリスコメディの秀作に違いありません。5人の活躍をもっと観たいです。ぜひ続編を作ってくださいな。ちなみに日本語吹替え版を鑑賞しましたが、お顔と声が合っていません。でもミスマッチ具合が逆に面白くて。コメディだから許される妙かもしれませんが、心地良い素敵なお声に聞き惚れてしまいました。 [インターネット(吹替)] 8点(2021-09-06 20:57:40)(良:1票) |
272. 人狼ゲーム デスゲームの運営人
《ネタバレ》 本作は、桜庭みなみ、土屋太鳳ら新進気鋭の若手俳優の熱演と、巧みな脚本で人気の劇場作品『人狼ゲーム』シリーズ最新作。今回は初めて男性が主役であり、プレイヤーではなく運営側にスポットを当てた異色作です。偶然プレイヤーの中にかつての教え子を見つけた主人公が、彼女を助けようと奔走するお話。当初は運営なんだから難なく助けられるのでは?と考えましたが、そう単純でもないようで。ゲームはWEB配信されており衆人環視。仮にそんなのお構いなしに救出しても、口封じされては意味が無いと。なるほど。逆に言えば、ゲームを規定通りクリアさえすれば、約束どおり報酬が支払われ開放されるということ。正直眉唾ですが、少なくとも運営末端レベルの認識はそうなのでしょう。で、彼女を生き残らせるための作戦が、本ゲームの裏で極秘に進行します。他のプレイヤーからしてみれば『とんでもない話』ですが、何となく流せてしまうのは、この程度の『出来レース』や『依怙贔屓』は現実社会で日常茶飯事だからです。残念ながら。また、主人公が見返りなく破滅のリスクを背負った点も、彼を許せる要因となっています。2人は血縁でもなければ、恋人友人でもありません。一時の家庭教師と生徒など、他人と変わりません。赤の他人の為に彼は命を懸けました。だから嘘臭いとか偽善だとは思いません。中村倫也主演の『人数の町』、昨今のコロナ感染予防に対する姿勢、あるいは某メンタリストの発言にしてもそうですが、人は顔が見えないとただの数字に変わります。いくらでも鈍感になれるもの。でも本当は一人ひとりに人生があり、決して軽んじられものではないはずです。顔見知り程度だとしても、主人公の中で眠らせていた『想像力』と『倫理観』を呼び起こすのに十分な刺激だったのだと思います。 さて、物語は意外な結末を迎えますが、ヒント・伏線の類はきちんと提示されており、注意深く観察していれば主人公より早く『真相』に辿り着く事も可能だったと思われます。サスペンスとして上質な証。ただし、冷静になればなるほど、プレイヤーの人選や事前準備等に疑問が湧くのも事実。そんな設定上の粗を有耶無耶にしてしまうのが『早仕舞い』でした。真相を明かしてから終幕まであっという間。整合性をとるだけでなく、観客を煙に巻くのもテクニックのうち。今回も脚本は良い仕事をしていたと思います。 深夜ラジオのネタコーナーなど、レギュレーションを守らないぶっ飛んだネタのウケは良いですが、同時にコーナー終焉が近いことも意味します。今回の変則仕立ては、その事を強く意識させるものでした。 [DVD(邦画)] 7点(2021-08-31 19:35:11)(良:2票) |
273. ダウト~嘘つきオトコは誰?~
《ネタバレ》 エンドクレジットを眺めておりましたら、原作:『恋愛シミュレーションアプリ』なる文言が。なるほど、道理で無茶な演出があるワケです。相手を指さして『ダウト!』とか、失礼にも程があります。私ならそのカワイイお指、へし折っちゃいますよ。なんてね。 占い師に誘われて参加した一泊二日の婚活パーティ。主人公にアプローチをかける男性は10人です。年収1000万円以上の高身長イケメン揃い。このあたり女性向け恋愛シミュレーションゲームの要素が色濃く投影されています。そんな恋人候補のうち、実に9人は嘘つきで、残り1人が運命の人だそう。運命云々は抜きにしても、地雷率の高さは異常であります。謎解きミステリーの側面もあるようですが、主人公は大した推理もせず次々と嘘を看破していきます。本格ミステリーを望む気はありませんが、それにしても大雑把な処理でした。ちなみに各人の嘘とは「マザコン」「既婚者」「アイドル好き」「DV」「婚姻歴」「極道」「借金」「ストーカー」「結婚の意思なし」「結婚詐欺師」でした(あれ?10個ある)。「死んでも無理」「犯罪」案件から「隠さなければよかったのに」までレベルは様々ですが、個人的に見過ごせないのが「アイドル好き」でした。婚活パーティの場で聞かれてもいないのに「アイドル好き」を公言するのは普通に馬鹿。ガチ恋ならいざ知らず、常識的なファン活動なら全然問題ないでしょうよ。と抗議したいところですが、奥さんから「年間3回まで」と釘を刺されているLIVEに年5回も6回も遠征していた私が喚いても何の説得力も無いのですけど。ちなみに「アイドル好き」はその後「拉致監禁犯」に進化したので、主人公が奴を切り捨てた判断は正しかったことになります。 過去の恋愛経験から「嘘。ダメゼッタイ」だった主人公ですが、「相手を思いやる嘘もある」と宗旨替えした模様。今回のケースがそれに該当するかどうかは要審議ですが、どんな嘘も絶対悪とする価値観がしんどいのは確かです。いずれにせよ、年収や職業といった外的条件だけでなく、価値観の擦り合わせは結婚生活では必須条件なので、その方を選んで正解だと思います。お幸せに! [インターネット(邦画)] 4点(2021-08-30 19:27:25) |
274. ザ・ハント(2020)
《ネタバレ》 何者かによって拉致され、殺人ゲームなり殺し合いなりを強要されるパターンは、今やバイオレンスホラー『定番』設定のひとつ。本作の場合、12人の男女が森の中に集められました。武器の支給あり。事前アナウンスはなく、いきなり銃撃されハンティングゲームの開始です。そもそもB級映画仕様のお話。理念やメッセージ性はハナから期待していませんし、むしろあると面倒くさい。重要なのは純粋に“サバイバルゲームとして面白いか否か”です。その点、社会風刺の色合いはあるものの、ゲーム自体のパワーバランスや公平性に問題はなく、途中ルール変更もありませんでした。このあたり結構テキトーな作品が多いので一安心。ゲーム開始直後の緊張感は素晴らしかったですし、後に判明するハンティングゲームが開催された経緯も馬鹿らしくて好みでした。 もっとも、本作最大の魅力は主人公クリスタルのキャラクターに違いありません。見た目は完全に脇役のそれ。派手な美人タイプではありません(失礼)。しかし、表情が実に“そそる”のです。眉を顰め、口を歪ませ、いつも少し不機嫌そう。これは理不尽な殺人ゲームに強制参加させられたからではなく、彼女の標準スタイルでしょう。現状に希望も絶望も抱いていないが故の平常心。だから注意深く観察し、的確な判断が下せるのだと思います。最初の立ち回りやアシストグリップを握っての一撃、その容赦の無いアクションに痺れました。ちなみに役者さんの名前はベティ・ギルピン。本サイトの人物登録が無かったので調べたところ、主にTVドラマ畑で活躍されている女優さんのようです。お名前覚えましたよ。実は3回ほど続けて鑑賞しています。それだけ彼女の不機嫌そうな顔が魅力的だったのです(決して立派な胸に惹かれたワケでない事だけはご理解ください)。物語の性質上、続編は難しいと思いますが、クリスタルのキャラクターを本作だけに留めておくのは勿体ない話。別作品に出張して登場してくれないかしら。アンチヒーローな刑事役とか、ピッタリだと思うのですが。 [インターネット(吹替)] 9点(2021-08-30 19:24:18)(笑:1票) (良:1票) |
275. ファーストラヴ(2021)
《ネタバレ》 星空を見上げ、なんて自分はちっぽけな存在なんだろうと感じる事があります。今抱えている悩みが小さなものに思えてきます。本作で多数挿入される『都市の遠景』からも、これと同じ効果を感じました。コトの大小は相対的なもの。たとえば、象は大きいの?小さいの? 環菜や由紀の抱えるトラウマの正体が明かされても、私はさほど大きな傷とは思えませんでした。性虐待の中では軽微なほう。世の中にはもっと辛い思いを抱えて生きている人がいる。おそらく2人もそう考えたのだと思います。これは心理的負担を軽減する知恵ですが、使用法が簡便なゆえに、致命傷をかすり傷と誤認する事があります。彼女らが心に負った傷は、自身が思うよりずっとずっと深いものでした。ここに相対的判断の落とし穴があります。心臓を一突きされた人に比べれば、お腹を刺されたくらい大丈夫、とはなりません。もし傷の深さを正確に把握していれば、もっと早く適切な治療を受けていれば、悲劇は防げたかもしれないのに。幼い子が最初に助けを求めるのは親です。親子関係が機能していないのは、子の成長にとって不幸以外の何物でもありません。 日本における臨床心理学の社会的位置づけは、カウンセラーである由紀自身が何ら治療を受けていない事からも、絶望的に軽視されている事が伺い知れます。2人のトラウマに共通するキーワード『性虐待』についても社会的認識度は低く、世界基準だとアウトな事例も日本では容認されていたりします。文化的な側面もありますし、何でも世界(結局は欧米のこと)が正しいはずありませんが、私も娘を持つ父として素行には気を付けたいと思いました(タイムリーにも、某ロックバンドのアルバムジャケットの赤ちゃんモデルが、性的搾取を理由に訴えを起こしたそうです。超有名な裸の赤ちゃんがプールで泳いでいるもの。何でもありだな!)。 事件の顛末について。殺意を認定するも情状酌量により懲役8年の実刑。妥当な判決に思えます。救護を放棄した責任は重く問われるでしょう。もっとも、彼女にしてみれば、親からされた事をそのまま返したかたち。ピンチに何もしなかっただけ。『因果応報』ですから、個人的にはノーカウント(痛み分け)としたいところではあります。環菜には、罪と向き合い、きちんとカウンセリングを受けて、社会復帰する事を望みます。父親もきっとそれを望んでいるでしょうから。 [インターネット(邦画)] 6点(2021-08-26 18:48:50) |
276. 志乃ちゃんは自分の名前が言えない
《ネタバレ》 タイトルは主人公、吃音症の女子高生・志乃を指すもの。彼女と“音楽好きなのに音痴”なクラスメイト加代との友情を描く物語です。2人ともコミュニケーション能力に難あり。各々が自認する短所が足枷となって、他者との関わりを拒んでいる状態です。傷つくのが怖い。そんな2人が惹かれ合ったのは必然であったと考えます。面白いことを書いてみろと振られ『お〇〇〇〇』と書く勇気。そしてそれを正解とする度量。『踏み出す勇気』と『相手を理解する心』が2人を結び付けました。加代は志乃にメモ帳を与え、志乃は加代に歌声を贈ります。2人は互いに補い合う関係であり、双方にメリットがある“ウインウイン”の間柄でした。 ところが『空気読めない君』が割って入ってきた事で、その関係に変化が訪れます。これは当然の化学反応。『与える』=『受け取る』で均衡が取れていた2人の『心のエネルギー』が第三者によって分散されるのですから。それでいて見返りが無い(感じられない)。志乃にしてみれば、損しかありません。これを防ぐのが『排他的友人関係』です。私たちが集団生活をする上で、最初に獲得する対人関係術と言えましょう。このスキルを未習得であったが故に、2人は入園児と同じ『みんな仲良く』精神を発揮してしまったと考えます。もちろん孤独の辛さを誰よりも知っている2人だからこそ、彼に情けを掛けたワケですが、人助けをするだけの余力も技術も2人は持ち合わせていませんでした。これまで対人関係スキルを磨いて来なかったツケが露わになった結果とも言えます。 一度壊れた友人関係を再構築するのは非常に困難です。それでも加代は志乃と親友でありたいと願いました。いや音楽ユニットを組む『仲間』でしょうか。彼女が文化祭で披露したオリジナル曲は、いわば志乃へ宛てたラブレター。想いの丈をメロディに載せます。初ステージで披露するのに、どれほどの勇気が必要だったでしょう。自身の短所をさらけ出す覚悟に胸が震えました。果たして彼女の捨て身の告白は、志乃にも届いた様子。彼女もまた自身の胸の内を吐露したことで、大きな一歩を踏み出せたようです。 しかし、エンディングに2人が寄り添う姿は描かれません。友人関係が再構築された様子はなく、以前と同じ孤独な戦いを強いられている事が示唆されます。しかし絶望する必要はありません。彼女らはもう知っているから。他者と関わらない安らぎより、遥かに勝る幸せがあることを。閉じた世界に甘んじるより、開かれた世界で沢山の喜びを探そう。恥をかき、傷ついたことで、彼女らは大きな武器を手にしたはずです。自己肯定感さえあれば、人生は、戦える。 [インターネット(邦画)] 8点(2021-08-25 18:53:42)(良:2票) |
277. ラブ&ポップ
《ネタバレ》 パネルクイズなら、映画ジャンル10点クラスのイージー問題。本編映像のうち、どこでもいいので10秒も流せば、すぐに庵野秀明監督とわかる特徴のある画で溢れています。であるがゆえに、私は開始5分で挫折仕掛けました。少々煩わしい。そういう意味では、劇場作品としては成立しても、家庭視聴には向いていないかもしれません。 時代は1990年代後半。主人公は女子高生。当時の世相や風俗を記録した資料的な価値もあり、公開から20年以上たった今、当時を懐かしむというより新鮮な心持で鑑賞する事ができました。この先、10年20年後とさらに価値を増すのでは。 特筆すべきはエンディングです。生き急ぐ女子高生の、愚かさと切なさ、そして力強さが集約された見事なエンドロールでした。カラオケ歌唱も素晴らしい。ずっと見ていられます。これは『私の優しくない先輩』と双璧を為す邦画史に名を残す名シーンと考えます。 それにしても仲間由紀恵が美しいこと。まさにブレイク前夜の原石のようです。 [インターネット(吹替)] 8点(2021-08-19 07:56:04) |
278. 水曜日が消えた
《ネタバレ》 (ネタバレしています。ご注意ください) 類似設定ですぐに思い出されるのはSFサスペンス映画『セブンシスターズ』です。こちらは一人の身分を7人姉妹が曜日ごとに分け合っていましたが、本作では一人の男性の中に7人の人格が宿ります。キッカケは自動車事故による脳損傷。それぞれの人格は曜日ごとに出現しました。主人公の人格は「火曜日」さん。そんな7人の共同生活にある日変化が訪れます。それがタイトル「水曜日が消えた」の意味です。 水曜日が消えて得をしたのは火曜日でした。火曜休館の図書館へ行ける。一泊旅行だって可能。今まで諦めていた人生の選択肢が広がります。7分の1から7分の2へ。この先にあるのは7分の7の世界。本来の人生を取り戻すチャンスが到来しました。しかし彼は、いや彼らは、思いもかけない未来を望んだという結末でした。 本作のテーマは「多様性を尊重する共生社会」や「基本的人権の尊重」であると考えます。これらスローガンはあらゆる機会で(特に国際社会において)私たちが目にするものであり、理念に反対する者などいないでしょう。しかし、いつまでもスローガンであり続けるのは、一向に実現しないからです。典型的な「総論賛成各論反対」の部類。自身の利害と関係ないところでなら「素晴らしい」「どうぞどうぞ」なのに、いざ当事者になると「でもだって」「それは困る」に変わります。だからこそ、己が不利益を受け入れた7人の決断は尊く、心を打たれるのだと思います。誰だって7分の1の人生なんて御免です。7倍のスピードで老化すると考えたら気が狂いそうです。しかし、それでも彼らが“損な人生”を選んだのは「足る事を知った」からと考えます。欲をかかず、現状を肯定できれば、そこに幸せがあるということ。ここに「共に生きる」精神の本質がありました。もっとも、これは「悟り」の境地なので、誰もが受け入れられるものではありません。それに欲が私たちの文化文明を進化させてきたとも言えますし。参考になるのは、共生は相互不可侵の原則に基づくこと。7人は曜日の垣根を決して超えません。一緒のパーティなど一生しません。でも彼らの仲は険悪ですか。これをポジティブに捉えられれば、きっと世の中は少し良くなる、いや「生きやすくなる」気がします。 作風はサスペンスでありながら、その中身は正統派ヒューマンドラマ。当初思っていたのとは大分違いましたが、良い裏切りでした。中村倫也は、ふり幅のある役がよく似合います。 [インターネット(邦画)] 8点(2021-08-16 18:55:22) |
279. 人数の町
《ネタバレ》 (ネタバレあります。ご注意ください) 『人数の町』の住民は、拉致されたり、脅されたりして集められた訳ではありません。彼らは望んで囚われの身となりました。辛く苦しい境遇にある者からすれば、自由が制限されようとも、衣食住と身の安全が保障される生活は十分魅力的だったことでしょう。さらに責任を問われぬ人生はストレスフリーです。もちろんこの選択が愚かなのは明らかですが、追い詰められた人間は選択を誤るもの。それに契約書の中身も読まずにサインする者が、詐欺を回避できるはずもありません。『自由』と『権利』を奪われ、『個』であること、責任を取る事を放棄した者たちの集合体『人数の町』の本質とは、何も残せず、何も積み上げられず、時間だけが無為に過ぎてゆく『虚無』そのものでありました。自覚はなくとも、彼らはみな“緩やかな自殺”あるいは“死刑囚”を選んだと考えます。『人数の町』が用意した居場所とは『棺桶』だった訳です。それに気づいた主人公は脱出を試みたものの、一度手放した『自由』と『権利』の再獲得は叶わず。それもそのはず。チャレンジする『自由』や『権利』も既に無いのですから。それでも足掻いたことが功を奏したようで、棺桶からは抜け出せたよう。彼は『死刑』を免れ『無期懲役刑』に服することが決定しました。 所謂『脱獄もの』の一面がありながら、大した下準備もなくあっさり主人公は『人数の町』(というより収容所かな)を抜け出します。おいおい、ここが見せ場なんじゃないの?サスペンスとして緩くない?と不思議に思いましたが、そもそも住民は『死に体』『詰んだ状態』という意味だったのですね。『非人道的な所業』を彼が世間に告発すれば何とかなる気がしないでもありませんが、“これら全てがこの世の仕組み”だとすれば、抗う術などない道理と言えましょう。それにしても住民が課された作業が実に興味深い。新薬の治験、身代わり投票、偽装テロやネットのバズり・炎上の社会的価値(効果)は理解できますが、パイプの栓回しって一体何だったのでしょう。あまりにシュール。“この世には意味が分らぬ仕事がある”の比喩かしら。『世にも奇妙な物語』の一篇として30分くらいで纏められていたら、語り継がれる神回といったところでしょうか。 [DVD(吹替)] 7点(2021-08-13 18:46:12) |
280. ワンダーウーマン 1984
《ネタバレ》 DCコミック『ジャスティスリーグ』で突出した人気を誇るワンダーウーマンの活躍を描くソロシリーズ第2作目。今回は1984年のアメリカが舞台です。1984年といえばロサンゼルスオリンピックが開かれた年。当時私は12歳でした。その前のモスクワ五輪は日本が不参加でしたから、私が記憶に留める最初のオリンピックというワケ。開会式のロケットマンやカールルイスの9.99など今なお鮮明に脳裏に焼き付いています。そんな1984年のアメリカは、現在より遥かに人々に活気があふれていたと感じます。その時代の色彩や空気感の再現はお見事でした。そんな1984年にダイアナが戦うのは、世界征服を企む悪の怪物ではなく、“人々の欲望”という概念でした。なるほど、この題材ならば当時のアメリカが舞台としてうってつけでしょう。個人的にはアメコミで観念的なアプローチは勘弁して欲しいのですが、アメコミヒーローものって結構こういうのが好きなのですよね。『そんなわけあるかい』な甘々で力業な結末も、アメコミの大らかさで許せてしまうから不思議です。というより、本作のダイアナちゃんは前作にも増して美しくエレガントで、ゴールド聖闘士さながらのコスチュームも私世代的にたまらなく、些細な粗は気にならないのですけども。ガル・ガドット様がワンダーウーマンを引き受けてくださるうちに、どんどん新作を作ってくださいな。 [ブルーレイ(吹替)] 8点(2021-08-10 21:29:17) |