321. 君たちはどう生きるか(2023)
《ネタバレ》 『君たちはどう生きるか』。同名の小説あり。 前情報一切なしでの劇場公開。といってパッと思いつくのは『クローバーフィールド(2008)』だろうか? 当時はまだAndloidが出る以前の世の中。みんな携帯電話を持っていて、記録媒体はビデオカメラ。情報化社会はまだまだ発展中の時代でしたね。 スマホがあればいつでもどこでも最新の情報が手に入る世の中。それこそ、聞きたくない情報までリアルタイムにキャッチしてしまう世の中で、この映画で解っているのは「タイトル・制作会社・監督・鳥人間らしき画」だけ。 「小説知ってるけど、読んでないんだよな」「何観せられるんだろう?」「そもそもアニメだべか?」 周りから知らされるより、自分の目で確かめたい。と思ったので公開初日に観に行ってしまいました。 感想は…大丈夫です。安心しました。迷っている方はいつものように観に行って良いと思います。 以降ネタバレを含みます。公開スタイルを尊重すると、まだあんま書かない方が良い時期。と考えるので、観た人向けです。 こんなの読むより観た方早いです。(そのうち気が向いたら清書します) この映画の一番伝えたいことが、この公開スタイルだったんじゃないか?と思えます。興味がある人、観たい人だけ、お金を払って観ればいいだけなんです。観ればわかることを、ネットをポチポチして、事前情報を探る。恐らく「失敗しないように」「お金と時間を無駄にしないように」なんだろうけど、その検索行為こそ、初見の楽しさや驚きを奪う失敗と、時間の無駄なのかもしれません。 それはネットに溢れる情報も一緒で、スマホで簡単に見られる、地球の裏側の刺激的な場面。身近に感じていた芸能人の死の詳細。誹謗中傷の応酬を見て、負の感情を刺激して、不必要に自分の心を痛めつける行為と一緒かもしれません。でもそれは誰に頼まれたでなく、自分で選んで、見てしまっているんですね。 生活環境の大きな変化。周りと衝突。かまに注目。理由を隠すから勝手に想像し、動きます。でもいしで大きくしました。よくある通過儀礼は大事件に。 「もっと素晴らしいもの」。それを聞いてから『 』。でした。でもそんなややこしい解釈を考えるより、純粋に物語を楽しめる作品です。 [映画館(邦画)] 7点(2023-07-15 13:35:46)(良:1票) |
322. インディ・ジョーンズと運命のダイヤル
《ネタバレ》 “Dial of Destiny”邦題ままだけど、どうして今さら『と』を付けたのか?それならいっそ『インディアナ…』にしちゃっても。なんて思う今日この頃。 満を持して創られた前作でコテンコテンにされたから、本作に新たな何かを期待する層も少ないだろうと思う。もうただ、私達を熱狂させた往年のシリーズがここで終わる。その時に一緒に立ち会う。どんな出来であっても暖かく見守ろう。そんな決意で劇場に足を運んだ人が多かったんじゃないかな? パラマウント山からの~…無いんだ。それでもOPの若いインディに期待が高まる。あのクオリティで表情豊かに動けるなんて、スゴい時代になったものだわ。ナチスとの追い駆けっ子が懐かしい。役者の顔を貼り付けた実写アニメとも言えなくもないけど、CGって良くも悪くも安心感があるね。 現代パートに戻って、老いたインディのパンツ姿。あぁ、これからこの御老体が、体を張って冒険するのかと思うと、興奮よりいたわりの気持ちの方が強く湧いてくる。だってハリソンってウチのママンと同じ年なんだもの。 徐々に明かされるインディの現状。なんか、低評価だった前作の存在を否定するような、そんな今の生活なのね。 老いたインディ。家庭環境の変化。アンティキティラが時空と関連するオーパーツと来たから、インディの環境が変わるのかなぁ?なんて想像は立ちました。 懐かしいサラー登場。そのうちショート・ラウンドやウィリーも出てくるんだっけ?(※出ません。この映画の情報を極力シャットダウンしてたので、無関係な雑音をキャッチしてました。) 実際に走る姿は痛々しいけど、アクションはそれなりに自然に観えました。これもCG技術の賜物なんでしょうけど。トゥクトゥク走らせたり崖を登ったり。老体に鞭打つインディの活躍を、興奮するでも冷めるでもない、不思議な気持ちで見守っていました。 私がまだ若かった頃、映画は映像娯楽の中でもかなり共通認識の高い方に分類されていたと思います。新作が出る度に熱狂したスクリーンの中のスーパーヒーロー。新作が公開されると即劇場に足を運び、ビデオが出るとレンタルして何度も観る。もちろんインディ・ジョーンズは誰もが知るスーパーヒーローの一人で、演じるハリソン・フォードもまた、誰もが知るハリウッドの大スターでしたね。 今では映画は、数ある映像コンテンツの一つでしか無くなり、ハリウッドの大スターといえば、'90年代から活躍していた人ばかりです。 何年も前にヒットした作品を、当時の設定、当時の俳優のまま、リブートすること無く創って、終わらせる。シリーズを終わらせるために眠りから起こされるスクリーンの中のヒーローたち。 本作を観て、良し悪しは別にして、今のスタイルの映画という文化が、いよいよ変わる時が近づいているのかなって、そんな気持ちになりました。 [映画館(字幕)] 6点(2023-07-10 23:13:20)(良:2票) |
323. スーパーマン(1978)
《ネタバレ》 “Superman: The Movie”はデイリープラネット社のレイン記者が“A FRIEND”と名乗る超人的能力を持つ人物に付けた名前。地球人としての名前は『クラーク・ケント』で、その正体はクリプトン星人の『カル=エル』。 '50年代前後に、何度か映画化やアニメ化、ドラマ化を経て、決定版として本作が創られた感がありますね。電話ボックスで変身しようとしたら公衆電話(スタンド)化してたなんて、時代を感じさせる遊び心も感じられます。 ストーリーを完全再現する方向性なのか、我らが知るスーパーマンが登場するまで50分も掛かります。クリプトン星の滅亡からクラーク・ケントの学生時代、両親との別れなんかが描かれるんだけど、ゾッド将軍の追放とか、本作だけだと意味不なシーンも入ってますね。 アメコミ変身ヒーローの王道作品で、ジョン・ウィリアムズの有名なスコアも映画を盛り上げます。そして何よりスーパーマンのヒーロー性・真面目なキャラ設定も、王道一直線って感じです。 王道のスーパーマンに比べたらバットマンは根暗。フラッシュ・ゴードンはウスノロ。スパイダーマンはいけ好かないマイペース野郎… 子供向け変身ヒーロー映画の王道作品なんだけど、時代に沿って取り入れたのが“お色気要素”。ハスキーボイスでキュートなロイスに、劇場に子供を連れてきたお父さんも釘付けです。 路上強盗を蹴り倒すロイス。スカートからスラリと伸びる足を収める絶妙なカメラ位置。 そう来たらヘリコプターからぶら下がるロイスを見上げる視線に期待しないわけがない。見えそうで見えない演出がニクいですね。 シースルー・ドレスに夜空の散歩。そうか、ピンクなのか。 ミス・テシュマッカー(吹き替えだとのび太の声だった)もシースルー・ドレス。大サービスでプールにドボン。子供向けなのにミス・テシュマッカーの胸が。 でもキスシーンの可愛さに、普段なら目くじら立てるお母さんも大満足。わかるわその気持。 スーパーマンのピチピチのコスチュームが、水に濡れてハッキリ観えるムキムキのボディライン。そういやピッタリした赤いパンツもセクシーです。 この映画をキッカケに、後のアメコミヒーローの映画化に、必要不可欠な要素(お色気)が決定した!と言っても過言ではないでしょう。 この流れで書くけど、カル=エルって性格歪んでます。 ロイスが派手なスーパーマンに惚れてるのを知っていて、地味な友人クラークを演じて、ロイスの心を探って楽しんでます。 ここに来て、必要性が不明だったクラークの学生時代、アメフト部で虐められていた描写が、彼の性格が歪んだ理由として見事に立ち上がってきます。 う~ん…スーパーマン=アメコミヒーロー映画の王道。…なんて安易な言葉で片付けちゃいけない、闇の深さを感じますねぇ。 [地上波(吹替)] 7点(2023-07-10 14:36:16) |
324. 男はつらいよ 奮闘篇
《ネタバレ》 シリーズ7作目。この当時のタイトルって、内容とかと関係なく、取り敢えず付けてたんだろう。前作から3か月後の'71年4月の公開。 嬉しかったのが母お菊と坪内冬子の再登場。寅さん世界は“サザエさんループ”してたのか?って思いかけていたところで、二人の登場で時間の概念がきちんと刻まれてたんだな。って…私の中でね。 寅の1年ほど前の手紙から整理してみる。オープニングで集団就職が出てくるから季節は春だろうか?3月くらい?浦安の節子さん(5作目)は去年の夏。幼稚園の秋子先生(4作目。春子の言い間違い?)が1年くらい前で、散歩先生の夏子さんは、そのもう少し前(2作目、このとき寅が初めてお菊と会ってる)。 名前の出てない冬子(1作目)はお菊と出会う前。お志津(3作目)は、寅の旅先の事だからおいちゃん達は詳しくは知らない。夕子(6作目)はついこの間… さぁ寅のお嫁さん候補は誰だ??私はお志津の事だと思いました。大きなヒントとして『住所が書いてない』こと。浦安と湯の山温泉以外だったら柴又のとらやに住んでそう。お菊と関係改善された直後の3作目ということもあり、お志津の可能性大かと…ハガキの消印が気になるところ。 本作では『頭が薄い』花子がマドンナです。今の世の中では考えにくい思い切った表現だけど、キャラ設定で頭が薄そうな喋り方するあのタレントが毎日テレビに出てくる今の世の中も、それはそれでどうかと思うけど、花子は都会に出て頑張って生きてきて、アテもなく逃げ出してます。 今までの寅と同年代のマドンナに比べ、花子はまだ子供。演じる榊原るみもまだ20歳。40歳手前設定の寅も流石に接し方が違いますね。純粋で汚れていない花子からは“守ってあげたいオーラ”が出ています。 とらやのみんなは反対するけど、寅と花子は今までのベスト・カップルな気がするなぁ。世間が2人をどう見ようと、どんな子が産まれようと、2人が一緒になるのは、ベストな気がするけどなぁ。福士先生と一緒に青森に帰るけど、それは寅と結婚しても出来たんじゃないかなぁ? 中学で家を飛び出した寅。まだ幼いさくらの面倒をロクに見てやれなかったかつての自分。寅はきっと、まだ子供の花子に妹のさくらを重ねたんだと思います。今度はきちんと面倒見ようと、そんな決意があったのかも。 そう思えたから、事故とはいえ、寅がさくらをぶったのはショックだったけど、自分の決意を全否定された寅の悲しい気持ちも、なんか解るなぁ。後から手紙で謝る不器用さは寅らしいかも。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2023-07-10 13:19:53) |
325. インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国
《ネタバレ》 “Kingdom of the Crystal Skull”邦題まま。 19年ぶりにインディ・ジョーンズが帰ってくる!きっと素晴らしい作品になるだろう!…なんて期待したファンは少なかったと思う。3部作としてきちんと終わっていたシリーズを、今さら掘り起こして、何を観せたいんだろう? ハリソン・フォードももう66歳。主演本数から、ハリウッドスターとしては第一線を退いていたのに、往年のアクションなんて無理だろう。そうは思っていたんだけど…予告編が出てくると、あの音楽、帽子を拾うインディの影。やっぱワクワク感が勝ってしまう。オリジナルキャストによる正当な続編に、やっぱり期待してしまう。 でもやっぱ宇宙人は違うわ。インディの世界の謎を解く鍵は“神話の考察”と“考古学”で、インディでも解けない謎の最高位は“神の存在”だと思うんだ。 実在するオーパーツとしてクリスタル・スカルを持ってくるのは面白いし、インディの世界観として正しいんだけれど、結論が“私達が宇宙人と認識するもの”なのはあまりに安直。「(彼らが向かった先は)宇宙じゃない、宇宙と宇宙の間の空間だ」とかそんな取って付けの説はどうでも良くって、スカルの集合体のデザインがモロにグレイと呼ばれる宇宙人で、彼らの乗り物が空飛ぶ円盤。神話とか考古学とか関係なく、宇宙人を信じる人たちの共通アイコンそのまんまなのにガッカリしたのさ。 『神に似せるため子供の頭蓋骨を縛る』とかってリアリティあるオカルト説が出てくるんだから、その路線で、過去のスカル信仰を暴いて、それでいてちょっぴり謎(神の存在)を匂わせて落としてほしかった。 時代が進んでナチスをソビエトにしたのはいい。スパルコ大佐もなんか格好いい。アメグラな世界観も良いし、核実験だって時代を象徴するアイテムとして納得してる。だけど本作に至るまでに、インディがCIAの前身組織に属して政府のためにスパイ活動をしていたなんて、その設定必要?もしかしたら宇宙人以前にこの設定にガッカリしたかも… マリオン再登場は嬉しかったな。だけど家族揃ってわらわら冒険するのが、前年公開のナショナル・トレジャー2と被っちゃったんだよね。 シャイア・ラブーフ。この当時スピルバーグの映画にやたらと出ていた気がする。当時はゴリ押し感が強く感じられたけど、いま振り返ると、映画界の今後のために新しいスター俳優が必要だったんだな。 [映画館(字幕)] 5点(2023-07-10 12:00:49) |
326. サイコ(1960)
《ネタバレ》 “Psycho”『精神病質者』。'60年の日本で“サイコ”って言葉がどれだけ通じたか知らないけれど、原題をそのまま使うとは思い切った決断だったと思います。憶測だけど、この映画の影響で“サイコ”という言葉が日本で浸透したんじゃないでしょうか? 私が小さい頃、テレビで放送される映画はカラー作品ばかりで、これだけ有名な作品でも放送されることはなく、高校に入ってから、レンタルで観たんだと思います。でも観る前からテレビの『ホラー映画特集』とかで、この映画のハイライトシーンは観ていました。 サイコのハイライトといえば『女の悲鳴』シーンと『母親登場』シーン。 DVD特典の当時の予告編から『シャワー中に女性が悲鳴を上げる』シーンがあることは、当時の観客も知っていたと思います。 だけど有名な『母親登場』は、御存知の通りこの映画の最高機密となっていて、きっとリアルタイムで観た人は、意外な犯人に驚いたことでしょう。物言えぬ母親の画。女装したノーマン。最後の精神科医の説明が、一般人の疑問の隙間を埋めてくれます。そしてリアルな母親の死体のショックからクールダウンする時間を与えてくれます。素晴らしい。 映画を観る前から結末を知っている私が、この映画で驚いたのは、序盤からノーマンではなくマリオンが主役で、彼女の突発的な犯罪を、映画のおよそ半分を使って、しっかり追いかけたことです。こんな映画だったなんて知りませんでした。 だけどクライム・サスペンスだとしたら、マリオンの犯罪はあまりに愚図愚図です。具合が悪いと会社を早退したのに路上で会った社長に笑顔。仮眠のつもりが寝過ごして警官に起こされる。逃走の車を買い替えるところをその警官に見られ、試乗もしないで700$もの大金をキャッシュで出す。宿帳に偽名で書いたのに、うっかり実名を伝えてしまう。成功の見込み無しの犯罪。 私にとって予想外だったクライム・サスペンスは、有名な『女の悲鳴』を境に主役が入れ替わり、殺人映画に。そして当時の人にとって予想外だったであろう、サイコ・スリラーに様変わりします。 つまりこの映画の本当に凄いところは、『母親登場』の最後ではなく、その最後に至るまでの過程の方にあるのでしょう。愚図愚図なマリオンの犯行と、4万$の行方にヒヤヒヤし、今度は異常な母親の犯行を隠すノーマンの気持ちになって、マリオンの死がバレないかとハラハラします。だからこその、そして最後は…。になるんですね。 沼から引き上げられる車のトランクには、序盤のキーアイテムの4万$と、後半のキーアイテムのマリオンの死体が一緒に入っています。そのトランクのアップで終わるのもまた、一本の映画としてのパッケージングの上手さ爆発です。 [ビデオ(字幕)] 9点(2023-07-04 22:21:03) |
327. 男はつらいよ 純情篇
《ネタバレ》 シリーズ6作目。どこがどう純情篇なのだろう?こっちこそが望郷篇じゃないの?なんて思ったり。 男はつらいよは、'69年8月、単独作品として公開されたところ、好評で続編を創り、それも好評でシリーズ化。それでも5作目で完結したのが1年後の'70年8月。凄いハイペース。そこからまだまだ引き伸ばして創った作品が本作のよう。DBで言えばセル編か?'71年1月の作品。 出だしから行きずりの女を助ける寅。彼女を抱かない理由を優しく言い聞かせるのが格好いい。五島に行ってからも女と父親の板挟みになりつつ、故郷について自分の思いを話す寅。随分と大人な言い方で“シリーズ化に際し人情モノに全振りしてきたか?”って思ったくらい。 だけど柴又に帰ってくると、博とタコ社長の板挟みになって、出先で見せた大人なところを発揮せず、有耶無耶に投げ出して、無責任に酒宴に参加してしまうのが、何だかなぁ…だわ。 本作のメインが朝日印刷の現状なのかな?博が居ないと経営が厳しいこと。タコ社長の奥さんと小さな子どもたち。従業員慰安レクの舟遊びのショボさ。大変だな梅太郎さん。 おばちゃん「この人ね、私のいとこの嫁行った先の主人のメイの、夕子さん」こういう『…要するに、誰?』ってなる冗談話好き。だけど、ついこの間まで春子先生(3作目)に間貸ししていた部屋をまた間貸し。時間軸とか気にしちゃいけない作品なんだろうけど、寅さんって大学時代の私より故郷に帰る頻度高いわ。 最初と最後の宮本信子&森繁久彌の親子の話は良かったけど、長期安定シリーズに入るための低空飛行か、単独作品としては際立ったものを見つけにくい作品でした。 [CS・衛星(邦画)] 5点(2023-07-02 15:36:54) |
328. インディ・ジョーンズ/最後の聖戦
《ネタバレ》 “Last Crusade”『最後の十字軍』。もちろんインディ最後の冒険として“聖戦”訳もアリですが、聖杯の兄弟最後の生き残り。もしくは十字架兄弟団を指したものと思われます。 公開当時は2作目が最高傑作で、本作はイマイチ。なんて言われていたと思います。私の評価は逆で、1作目の雰囲気を回復させ、シリーズ最終作として詰め込めるものを全部詰め込んだ傑作だと思っています。やっぱナチとの追い駆けっこがテンション上がります。 私にとってインディは、大学教授の静の面と、冒険家としての動の面。神話や伝説といった過去ファンタジーと、ナチズムの台頭という現代の脅威が、うまい具合に織り混ざってこそ産まれた傑作だと思っています。 冒頭、リバー・フェニックスが若きインディを演じるサービス満点のプロローグ。冒険家インディがどのように誕生したかが詰め込まれた、ショートムービーのような満足感があります。ヘビ嫌い、ムチ、アゴの傷、帽子。このたった10分ほどの最初の冒険で、インディのアイデンティティを全部詰め込んできました。そして“最初に手にした宝物は悪者に奪われる”のも3作共通。この十字架の奪い合いから現代に戻る繋がりも“インディ、あの日から今日まで、ず~~っとこんな冒険をしてたんだな”って、観るものに伝えるやり方がメチャクチャ上手い。 同じくハリソンの出世作の前日譚で、似たようなことをやってたけど、私はあっちは駄目でしたね。 お父さんはショーン・コネリー。無敵のインディが苦手とする人物を出すのも上手いと思います。特定の動物が苦手、女好きという、親子らしい共通点…インディそんなに女好きだったっけ?って思ったけど、まぁ楽しめました。ジェームズ・ボンドばりに傘やペンで敵をやっつけるのも期待を裏切りません。 ナチとの追い駆けっ子。第二次大戦映画が廃れていた当時、キビキビ動くバイクや飛行機はとても見応えがありました。あと飛行船にヘンテコな戦車。戦車はドイツ軍のものではなく、第一次大戦中のイギリス軍のマークⅧって車体の、トルコ軍が長年改造して使用した版らしいです。へえぇ~。ナチの秘密兵器じゃないけれど、インディらしさ満点。 今回ヒトラーまで出てきます。祭壇にはヒムラー、ゲーリング、ゲッベルス(左端はカイテルか?)も居ますね。式典の豪華さと本を焼く市民の熱狂が伝わります。細かい話ですが、十字架兄弟団とナチの戦闘シーン。手榴弾を投げて落ちてきた敵に追い銃撃でとどめを刺すなど、スピルバーグ、こういうトコでコツコツと戦争映画の練習をしてたんだなって思えました。 700年以上生きている騎士と聖杯の秘密。境界の中だけ効力があるなんて、不死伝説の落とし所としてとても綺麗です。聖杯を博物館に収めるために持ち帰りたいインディに対し、生涯を掛けて聖杯を研究してきたヘンリーが「諦めて手を掴め」と諭すところ。この場面、いっつもホロっと来てしまいます。 インディ「(今回の冒険で)父さんは何を見つけたんだ?」ヘンリー「私か?illumination(解明)だよ。」宝物を私利私欲に使う悪党と、人類の宝として残したいインディ。そして聖杯の存在と、その奇跡を見ただけで満足なヘンリー。深いです。 サラーとブロディ、ジョーンズ親子の4人が夕日に向かって馬で駆けていく終わり方。絵的に安直に思えるけど、「他に夕日に向かって走る終わり方の映画ある?」って言われるとパッと出てこないので、これはこれで素晴らしい大団円でした。 そういえば本シリーズは、スピルバーグ初の続編監督作品でしたね。 [ビデオ(字幕)] 9点(2023-07-02 14:32:09) |
329. ジョン・ウィック:チャプター2
《ネタバレ》 2作目ともなると、どういう映画か解っているぶん、素直に楽しめました。ジョン・ウィックの無双。技のキレ。銃撃の正確さ。華麗さ。全てが前作より増していたような気がしました。 もう飽きるくらい多彩なガンアクションが長時間堪能できます。ジョンにアッサリと殺されるあいつら、それなりに訓練を受けたマフィアとかなんだろうけど、あぁも簡単に死んでしまうんだな。 ジョンの体術と銃さばきをミックスした、流れるようなガンアクションを観ていると、一部マニアに人気があった“ガンカタ”が頭に浮かびます。燃えよドラゴン張りに『鏡の間』をクライマックスに持ってくるところからも、“銃を使った格闘技”を再び世の中に浸透させようという意図があったのかもしれませんね。なんで前作でピンとこなかったんだろう? 陰ながらジョンを助ける役で、ローレンス・フィッシュバーンが登場したのには、おぉ~~~ってなった。きっと次作で活躍するのかな?犬は無事かな? この映画の世界は殺し屋があまりに多すぎるのと、ジョンと同等の殺し屋が出てきたために、ブギーマンの絶対優位性が薄れてしまった気はするけど、1→2の時より続きが気になる創り&終わり方だったのは好感。 [インターネット(字幕)] 6点(2023-06-28 23:31:51) |
330. メジャーリーグ
《ネタバレ》 スポーツ物の映画って当たり外れが大きく、特に野球モノというと、突出した作品が生まれにくいのかもしれません…なんでだろ?野球を題材にした漫画は名作もたくさんあるのに、映画やドラマとなると極端に数が少なくなる。考えたら1試合3時間近いのに、それを約2時間の映画に収めるのは、やっぱ難しいのかな? そんな映画には不向きっぽい野球映画のなかでも、このメジャーリーグは、スポーツコメディとして王道と言える面白い作品だと思います。 インディアンズは本当に弱いチームだったみたいですね。当時常に最下位争いしてるようなチームで、そんなチームを取り上げて、本拠地移転という危機を創り出し、クセのある選手たちが集まって、さぁどうなるか?って映画です。 チームのグズグズ感。新オーナーの悪女っぷり。どんどん劣悪になるホスピタリティ。チームのダメダメ感がよく出ています。 日本のスポ根モノと違って、別にハードなトレーニングで強くなるわけではなく、能力のある選手たちが自分の力を存分に発揮して、勝利を掴んでいく展開。選手たちの歯車が噛み合って、スーパープレイがジャンジャン出てくる後半の展開。オーナーのボード作って試合に勝つたびに、1枚づつ衣装を剥がしていく悪ノリ具合。嫌いじゃないです。 今でもスポーツニュースの定番曲『WILD THING』、インスト曲『Pennant Fever』は観ていて&聞いていてテンションアゲアゲ。リッキーに気合を入れるロジャー。徐々に球が走るリッキー。塁に出たウィリーの「9フィート先さ」は鳥肌モノの名セリフ。そしてジェイクの予告ホームラン。最後の1試合に、野球の醍醐味を全部詰め込んできた。 もうね、この一作で全力投球。この題材のオイシイ所は全部出し切ったと思います。 [地上波(吹替)] 7点(2023-06-26 10:02:21) |
331. 花嫁の父
《ネタバレ》 “Father of the Bride”邦題まま。リメイクを観たばかりで、本作の存在を後から知って、観たいなぁと思ってたらBSでやってくれた。ありがとうBS!で、期待通り面白い作品でした。 コメディの中でも“HowToもの”とでも言うんだろうか、結婚式の晴れの舞台の舞台裏。誰もが直面したであろう、豪華さと比例して出ていく底なしの金額の恐ろしさ。出費で削るところは削るとしても、どこを削ればいいんだろう?という楽しさは、万国共通なのかもしれない。 娘の結婚が突然過ぎて、相手のアラ探しをするけど何も出てこない不満。娘の連れてきた男を信頼して落ち着いてる妻にも不満。自分が心配だからって妻まで心配にさせるなんて、良い意味で人間臭くて、良くも悪くも器小さくて、とってもリアル。親同士の話し合いで、酔っ払ってついつい余計な事までべらべら喋るのも、緊張から開放された感も上手い。 招待客1人に付き3.75ドル。1950年の1ドルっって幾らなんだろ?日本円で360円だけど、当時の貨幣価値を考えるとラーメン1杯20円…そりゃ家族で膝を合わせて招待客の取捨選択するわ。1500ドルで駆け落ちの打診なんて、本心じゃないの解るけど、そこまで悩んでる感がとても良く出てる。 ハティ叔母さんのセンス悪い時計から「送り返して!」の流れも綺麗。リメイク作と本筋は変わらないんだけど、やっぱり面白い。自分が式をメチャクチャにする悪夢も、何か本当にそんな夢見そうで怖い。その直後結婚式を不安がるケイを慰める姿が涙ぐましい。自分だって怖いのに。 あれだけ盛大な式のお金を出して、式の当日まで裏方並みに準備をして、教会で花嫁を渡したら、それで役目が終わる。 あぁ、父って偉大。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2023-06-26 09:18:11) |
332. 男はつらいよ 望郷篇
《ネタバレ》 シリーズ5作目。本作でシリーズを終わらせる予定だったそうで、1作目に回帰するように寅&登コンビ復活です。ここまで順番に観てきた印象では、共通のお約束はあるけれど、各作品個性が出せていてマンネリ感はなく、寅を中心に登場人物を深掘りしていくようで面白いです。 本作は寅がテキ屋をやっている姿は出てきませんが、テキ屋を生業とする者の生き様、仁義が描かれています。正吉親分の死をキッカケに登の兄貴分としてピリッとした空気を創り出してます。旅館で登に酒を注ぎ、自分には注がせないで父親の話を始める寅。兄弟の杯を割り、泊まり客に凄んで見せる寅はまさにヤクザ者。前作で子供と一緒に歌ってた寅とは一転して、寅がどんな世界で生きているかが観えてきます。 本作のタイトル・望郷篇。最初ピンとこなかったんだけど、寅次郎の心の拠り所と考えるとストンと落ちました。 本作ではさくらの出番も増えてます。むしろ前2作の出番があまりに少なかった(山田監督の陰謀?)んだけど。本作では生まれ故郷の柴又に帰ってきた寅と、それまでのテキ屋として生きてきた寅。それぞれの世界で寅の拠り所となっていたのが、柴又の妹・さくらと、テキ屋の弟分・登でした。 最後、いつものように柴又を後にする寅。訪ねてきた節子に『いつものことだから』という顔を見せるさくら。一方で朝里の海岸で偶然にも登と出会って、嬉しそうに仁義を切り合う寅と登。これまた『いつものこと』なんだろうな。と思わせる、素晴らしい終わり方でした。 あ、私が生まれるちょっと前の札幌と小樽と共和町の景色も楽しめて、テンション上がりました。あの頃までSLが走ってたなんて思わなかったわ。旅館に貼られた札幌五輪のポスター。そうかそんな時代か。札幌はオリンピックを境に急速に発展したんだろうな。 当時の小沢駅周辺、末次旅館のある風景の味わい深さ。ロケ地を回る個人サイトの写真と見比べると、今の小ざっぱりとしてしまった北海道の田舎の寂しさが、なんか私にとって望郷って感じです。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2023-06-26 08:39:00) |
333. インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説
《ネタバレ》 “Indiana Jones and the Temple of Doom”『インディアナ・ジョーンズと悲運の宮殿』。シリーズ2作目。本作から『インディ・ジョーンズ』がタイトルに出てきます。なぜかレイダースより1年前が舞台です。真ん中から上映し、前日譚、後日譚って流れはスター・ウォーズみたい。 幼い頃、レイダースがあまりに面白かったので、インディの名を冠した本作は、きっともっと面白いに違いない!!…って思ったんだけど、まず時代設定がとても古く感じました。前作の近代的な時代設定から、時代の良く解らない上海、そしてもっと良く解らないインド。出てくる兵隊(ブランバート大尉のイギリス軍)も、ちょっと昔な感じに観えてしまって。前作のVS軍隊のリアリティと打って変わって、何でもアリなファンタジー世界に思えてしまいました。 ショート・ラウンド。自分と同じくらいの歳の子供が大活躍するのが、当時のマセガキの私はシラケてしまいました。ハッキリ行って、ウザい。だってあの子の蹴りで大の大人が倒せるとは思えないんだもん。この辺り、SWのイウォークと同じ匂いを感じてしまった。ルーカス発案なのかなぁ? 子供が活躍する一方で、ダークな世界観が不釣り合いに思えます。カブト虫や猿の脳みそ食べたりとか、かなり悪趣味。そして私はこの映画で虫が駄目になりました。小さい頃はトノサマバッタとか掴めたのに。デパートの世界の昆虫博とかも見に行けたのに。それまで意識していなかった“踏むと潰れる”“身体を這い上ってくる”ってのが気持ち悪く思えてしまって、虫もう駄目!!って。 一番違和感が大きかったのは、世界中を駆け回った前作と違い、中国からインドの宮殿に入って、そこを出たら映画が終わるところから、行動範囲の狭さに物足りなさを感じました。またロケよりセット内の撮影が多く感じられるのと、まだ技術的に未発達な特撮に頼りすぎているのも、前作との大きな違いに感じました。トロッコとか、水攻めから崖に逃げるとことか、当時のテレビだと特撮がしょぼく観えてしまって… なんかメチャクチャに書いてますが、今は結構気に入ってます。上海のダンスシーンは賑やかだし、グロい晩餐会も虫だらけの洞窟も味があってイイ。洗脳されたインディが、どうして火を当てると正気に戻ったか謎だけど、そこからのマッチョな大活躍はスカッとします。特撮も当時ほどチャチに観えなくなってます(脳内補完?)。吊り橋で敵に囲まれて刀を振りかざすインディの格好良さったら無いね。これぞハリウッドの生み出したヒーローって感じです。 [地上波(吹替)] 7点(2023-06-26 00:05:29) |
334. 汚れた英雄(1982)
《ネタバレ》 あまり良い映画じゃない…とは聞いていたけど、バイクレースのシーンは思いっきり合格点な格好良さです。ローズマリー・バトラーの主題歌がまた映画に合ってて、懐かしくて格好いいんだわ。 ストレートを3台並んで並走するシーンなんて、どうやって撮ったんだろう?って思ったら命がけで撮っていてビックリ。車載カメラと思わしき映像や、コーナーを攻めるバイクを正面からアップで捉えた映像なんて、素晴らしいじゃないですか。レースシーンのこだわりは、まさに和製2輪版グラン・プリ。 ハリウッド俳優並みの二枚目・草刈正雄のおケツをたっぷり堪能できるこの映画、彼の脇を固めるのか、奥田瑛二と浅野温子が演じる緒方夫婦。見せ場は少ないけど、まだ売出し中の2人が観られたのは、ちょっと嬉しい。 木の実ナナ。この当時もう彼女の存在は知ってましたよ。子供の私から観て、クワッとした髪型の、性格が強そうな大人の…女性。まさか脱いでるとは思わなんだ。ウチのママンよりは数歳若いけど、この映画の彼女のあの使い方が正しいのかどうか、どうにもこうにも良く解らない。うぅ~~ん… え、レベッカ・ホールデン?ナイトライダーのエイプリルだよ凄い!!これは嬉しくも懐かしかったわ。あと黒部進(ウルトラマン)と団時朗(帰ってきたウルトラマン)がどこかに出てたんだ?どこだよ見逃した。 さて、バイクの映像は凄い格好いいんだけど、冒頭から15分以上も淡々とレースシーンが続くから、正直飽きてしまう。 北野はすでに巨万の富を手に入れていて、プール付きの豪邸に住んで、優雅な日常を送っている。いくら国内最高峰の2輪レーサーとはいえ、あそこまでの暮らしを手に入れるのは難しいだろうに、金持ち女にくっついて援助してもらって、今の北野があるんだろう。 こんな、ハングリーさを向けるべき方向を間違ってる人が、最終レースでもあんな結果になってしまう。あんな序盤飛ばしすぎても、あんなアクシデントがあっても、結果はあぁなるんだよ。人生ってなんだろうね? そして最後のテロップ。え?あ、あぁそうなんだ…って感想にしかならないよ。 [インターネット(邦画)] 4点(2023-06-22 23:37:09) |
335. 新・男はつらいよ
《ネタバレ》 前作に引き続き、山田監督作品じゃない寅さん。前作の舞台が寅の旅先が中心だったのに対し、本作の舞台はほぼ柴又。前作同様、さくらはあまり出てきません。なんか3作と4作でワンセットになってる印象です。 今回のマドンナがとらやに下宿するというのも、前作の寅が旅館に住み込みで働いていたのと対になってるのかな?って。 ここに来て思ったのが、オープニングで寅が、悪びれもなく赤の他人に迷惑をかけるシーン(本作ではバスで窓側の席の乗客を押しのける)を入れてくるんだけど、当時は純粋に“笑い”として入れてたんだろうな。って。自転車の列が土手からコケたり、寝てる人の頭をカバンで小突いたり。オープニングのこの場面はね、どうにも「寅次郎、酷っ…」って思ってしまうわ。 前作でとらやのツケで大盤振る舞いしたからってワケじゃないだろうけど、競馬で大当たりしたお金で、おいちゃん夫婦と一緒にハワイ旅行に行かせようとします。ここから先の展開はまるでこち亀を観てるかのよう。悲しいやら情けないやら、追い打ちを掛けるように泥棒まで入ってくるなど、ドタバタしたコメディ要素が満載でワクワクしました。 本作の影の主役はおいちゃんとおばちゃん。青いJALのカバンを下げたおいちゃんとおばちゃんの嬉しそうな顔。慣れないカタコト英語。ハワイに行けなくなってからの二人の言い分なんか、とても人間臭いリアリティを感じました。最後も寝たふりで寅を見送るところが、寅の親代わりなんだなぁって微笑ましかったです。そういや今さらだけど、おいちゃん夫婦には実子が居ないのかな? 春子の父の死は、もっと話の筋に絡めてもって思ったけど、重たくなるから抑え気味にしたのかな。会沢という友人の訪問が突飛に思えたのもあって、とらや住み込みという好条件な割に、マドンナの印象が薄い。春子に近づくためとはいえ、幼稚園児と一緒になってはしゃぐ寅が可愛いです。 [CS・衛星(邦画)] 6点(2023-06-21 23:45:32) |
336. 華麗なるギャツビー(2013)
《ネタバレ》 “The Great Gatsby”『偉大なるギャツビー』。オリジナルは観ていませんが、レッドフォードにディカプリオ。主演俳優の美しさから邦題は『華麗=(The Brilliant)』の方にしてみたんでしょうかね?ジェイの繊細さが滲み出ていますが、タイトルとしては一代で富を築いたスーパー金持ちギャツビー氏って方に掛かってる、The Greatなんだと思います。誰が監督か特に意識しないで観てるうちに「これ、○○監督かな?」って特徴ある監督っていますよね。バズ・ラーマンとティム・バートンはすぐ解る気がします。 さて、謎多き大金持ちのギャツビー氏。そんな人が隣人だとニックでなくても興味が出てくると思います。ただね、彼がパーティを開く理由、そこに住む理由が紐解かれるたびに、ギャツビーを形成する鎧が剥がれていき、丸裸になる頃には、過去の恋に生きる単なる臆病な男になってしまいます。デイジーの過去の恋愛までを否定させるでなく、それを受け入れた上で新たな交際を始めるならともかく…なところです。 嫌になっちゃって「トムもうここに居たくない!」って叫んじゃうデイジー。あぁこれが最近学んだ“蛙化現象”か。ここからサスペンスっぽくなるけど、最後の方、ニックからの電話にスンとした顔して執事を見上げてるデイジーがまたとっても印象深い。これが、まだデイジーにも未練があって、会場に行きたいけど、でもトムが…ってなら物語としてアリだけど、彼女の感情の中で、完全に終わったんだなぁ~って顔。悲しすぎる。 華麗なるギャツビー役がディカプリオで良かったのか、ちょっと疑問です。やはり彼の美少年全盛期に比べ、顔つきがふっくらして、目には迫力があります。貧しい生まれで、戦場を生き抜き、禁酒法の裏社会で財を築いた偉大なる人物の顔つきはしていますが… [CS・衛星(字幕)] 6点(2023-06-12 21:48:34) |
337. 大脱走
《ネタバレ》 “The Great Escape”『偉大なる脱出劇』。Greatには『大量の』なんて意味も含んでますが、もう『大脱走』で充分ですよね。 私が観たのは'87年の放送でしょうか?カラッと陽気な古き良き戦争映画として、また脱走モノとしてのハラハラドキドキ&ワクワクを存分に楽しみました。そしてスティーブ・マックイーンの格好いいこと。バイク・スタントのシーンはもちろんの事、独居房で独りキャッチボールする姿がとても格好良かったです。 物語は大きく分けて、収容所生活とトンネル掘り。脱走とその後の2部構成です。単純だけどこの構成が素晴らしい。 オープニングで誰もが知る大脱走マーチと共に、捕虜収容所に向かうドイツ軍のトラックを映します。ここから脱走計画実行まで、ず~~~~~っと収容所の中の話になります。例えばヒルツとアイブスがどんな風に捕まったのかとか、ウェルナー(白イタチ)が、どこでカメラを手に入れたかとか、想像すると笑えそうだけど、収容所の外の話は一切描写しません。 2時間ほど、ずっと収容所とトンネル掘りからの決行当日。息を殺しての脱走劇。この後半1時間に、一気にヨーロッパの風景がなだれ込みます。どこまでも続く牧草地帯、雄大なアルプス山脈、古風な市街地、戦時中とは思えないお洒落なカフェ…収容所で貯めに貯めたストレスが、まるでヨーロッパ観光でもするかのように、開放感となって一気に炸裂します。 実話をモトにしているものの、架空・創作の部分がまた良い味付けになっています。アイブスとヒルツ。トンネル王のダニーとウィリー。偽造屋コリンと調達屋ヘンドリーの友情が、映画らしく印象的に描かれています。またヒルツのバイクチェイスといい、飛行機強奪といい、史実に忠実にするのではなく、後半に向けて娯楽映画としての醍醐味を加える、良い味付けに思えます。 脱走の常習犯を一箇所に集めたにしては、随分と簡単に手に入る物資。あんな大規模なトンネルを3つも掘れたり、密造酒が飲めたり、ドイツの収容所の緩さが、ほのぼのとした当時の戦争映画らしく思えます。そして当時のドイツがゲシュタポのような“悪の象徴のナチス”と、ルーガー所長ら“普通に国を守る軍人さん(国防軍)”が混在していたことが、きちんと描かれています。 脱走した76名のうち50名が殺害。ヒルツもヘンドリーも運良く国境警備の国防軍に捕まったようだけど、ゲシュタポに捕まった捕虜は全員殺害されたようです。史実や原作は解りませんが、緩い警備体制で脱獄成功というヘマは国防軍におっ被せて、ビッグXら脱走常習犯の捕虜を公的に殺害する。というのが、ゲシュタポの目的だったのかもしれませんね。 最後は独居房に響く独りキャッチボールの音と、何か言いたげなドイツ兵(4回とも同じ兵隊さん)。カラッと陽気な古き良き戦争映画だけど、単なる娯楽に終わらない深みも味わえました。 [地上波(吹替)] 10点(2023-06-12 17:48:13) |
338. 男はつらいよ フーテンの寅
《ネタバレ》 フーテンとは、瘋癲と書いて…精神疾患の意味??とんでもない事を知ってしまった。 順番に観て3作目。監督は違いますが、さほど作品としての違和感や、キャラクターの破綻なんかは感じませんでした。きっとTVシリーズで既に車寅次郎というキャラクターが一人歩き出来ていたからでしょう。 一人歩きと言えば、本作は寅次郎の日常、日本中を旅する姿がメインとなっていて、お馴染みの柴又へは一度しか行ってません。そのため寅次郎のフーテン具合がよく伝わる作品となっていて、ある意味面白かったです。 家族写真のさくらを奥さんだって見栄を張る寅。博と喧嘩になって、あっさり負けて呆然としている寅。染子の父の気持ちを代弁し、その父に対しテキ屋として最大級の礼儀を示す寅。普段は馬鹿で子供だけど、テキ屋の世界に長く居るだけの人物であることを観せてくれてます。最後の桜島行の船での口上の実演なんか、定番だけどやっぱり聞き入ってしまう。 このシリーズをキッカケに、フーテンという言葉の本来の意味から、何ものにも縛られない、自由気ままな暮らしをする人物。みたいな意味が書き加えられたそうな。 マドンナとしてお志津が配されていますが、彼女との恋の駆け引きは今回殆どなく、お見合いから駒子夫婦の復縁に必要以上に大盤振る舞いさせたり、信夫と染子の駆け落ちを後押ししたり。自分の為でなく人の為に奔走する寅次郎が印象的でした。 でもそこはフーテン。無断でとらやのツケでご馳走用意したり、ハイヤー呼んだりと、どこかズレてるんだけど、さくらの「でもお兄ちゃん、別に悪い事した訳じゃないもんね」って一言と、大晦日に駒子夫婦も招いているおいちゃんに、ホッとさせられました。 『ゆく年くる年』がとらやのモノクロテレビから、お志津の家のカラーテレビへ。これだけでお志津が裕福で不自由のない暮らしに入ったことを表す手法はお見事。 [CS・衛星(邦画)] 6点(2023-06-07 22:40:53) |
339. オールウェイズ
《ネタバレ》 “ALWAYS”『いつまでも』。ピートとドリンダがシャンパングラスにビールを入れて乾杯するときの、ドリンダのセリフです。 リチャード・ドレイファスと“煙が目にしみる”と言えば『アメリカン・グラフィティ』を連想するけど、使われたのはロン・ハワードとシンディ・ウィリアムズのダンスシーンでした。 まだCGが普及していない時代、飛行機の映像は遠景の実機か模型で、コックピットは別撮りのパイロットのバストアップ映像が多かったと思います。トップガンでもそう。でもスピルバーグ映画の飛行機は、中に人が乗ってる感が良く出ていますね。本作も例に漏れずで、飛行機越しに中のパイロットを観せたりと工夫が見られます。 あと、とにかくホリー・ハンターがちっちゃくて可愛い。ベッドで小さく丸まって寝てるトコなんて子供のようだし、アルに抱っこされるドリンダの画はまるで少女と特大テディベアみたい。 さて、ドリンダとテッドの恋を見守るピート。さぁここからどうなる?死者がかつての恋人のもとに現れるファンタジーものとして、どうも後半がバタバタしています。ピートとドリンダが惹かれ合う理由付けがイマイチ弱い気がします。レイチェルなんてその後が無いから噛ませ犬扱い。そしてドリンダが独断で飛んだのも突飛に感じました。あとハップはもう一度くらいピートのもとに出ても良かったかと思いました。だってピートの気持ちをわかってあげられるのってハップだけだし。 本作の目玉は、映画に出なくなって久しいオードリーの、最後の作品ということ。永遠に若いスクリーンの王女・オードリー・ヘップバーンが、今現在の年齢を重ねた姿を残したこと。 スピルバーグは本作で“歳を重ねても可愛い女性”を撮りたかったんじゃないだろうか?ケバケバしい厚塗り化粧の若造りしてるオバサンではなく、ナチュラルで可愛い大人の女性。それが当時60歳のオードリー・ヘップバーンであり、31歳のホリー・ハンターだったんじゃないだろうか? …こう書いてみて、当時の2人が案外若いことに驚いてしまう。今の60歳とか31歳とか、スゴい若いよね。でも平成元年の頃31歳はオバサン呼ばわりだし、60歳は思いっきりお婆さん扱いだったように思う。 いつまでも可愛い大人の女性。美魔女とは違う魅力。阿川佐和子や安達祐実の事を、一部ネットで“ロリババア”と言うらしい。もちろん褒め言葉として。 オールウェイズはスピルバーグが時代を先取りして創った、ロリババア映画のさきがけだったのかもしれない。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2023-06-06 22:24:19) |
340. カリートの道
《ネタバレ》 “Carlito's Way”邦題まま。 逮捕前のカリート・ブリガンテの武勇伝についてはあまり語られないけど、もうアル・パチーノってだけで大物のマフィアでカリスマ性があったんだろうって想像できますね。そんな男が5年ぶりにシャバに戻って、カタギとして生きようとする。 時代が変わってベニー・ブランコのような(カリートから見て)チンピラが大物を気取っている。サッソが言う「彼は20年前の君と一緒じゃないか。」おそらく街もマフィアの世界も何も変わっていなくて、カリートの居ない間に時間だけが過ぎただけ。悪党は次の時代の悪党に代替わりし、古い悪党は沙汰される。ただカリートは自分の進むべき道を考え、ただそこに向かって進もうとしていた。 昔からの仲間、ラリーン、クラインフェルド、サッソ、パチャンガ。昔の仲間に大なり小なり裏切られるカリート。ここだっておそらく昔と何ら変わっちゃいない。カリートの価値観、進む道が変わっただけ。 クラインフェルドのクズっぷりが素晴らしい。カリートの刑期を短縮させるなど、それなりに有能な弁護士なんだろうに、突発的な行動が後先考えてなくて驚く。だけどトニーの脱獄の手助けがフランク一人だけって、マフィアって人材不足なのか?あれじゃクラインフェルドだって暴走するわ。でもカリートを道連れにする意味が…何かさせるつもりじゃなかったのかな? オープニングから撃たれるカリート。この場面がどこで出てくるのか?と思ったら一番最後だった。この映画で結末を映画のアタマに持ってきた意図が私には良く分からず。パチャンガがあの場面でカミングアウトする意図も私には分からず。ただカリートの脱出劇の緊張感。『楽園への脱出』看板と踊るゲイルの美しさは『ユー・アー・ソー・ビューティフル』と相まってとても美しかった。さすがデ・パルマ。 ブロードウェイを夢見ていたゲイルは、ストリッパーに身を落として働いていた。想像と違う現実のゲイルに、カリートは少なからずショックを受けたはず。 サプライズでゲイルに会いに行き、格好つけて帰ろうとしたときのゲイルの言葉。ドアチェーンを引きちぎるのは、想像していた自分の姿とは違ったはず。 最後の夕焼けの海岸で踊るゲイルは、あくまでカリートの理想とする将来像。自分抜きにでもバハマで幸せに暮らすゲイルを想像してのことなんだろう。 だけどきっとゲイルはバハマには行かないはず。カリートが死に、何のツテもなく身ごもったゲイルが、見知らぬ土地で一人生きていく未来は想像できない。マフィアの世界から足を洗おうとしても抜け出せなかったカリートと一緒で。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2023-06-04 22:43:57) |