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【製作年 : 1940年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
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21.  レベッカ(1940) 《ネタバレ》 
ヒロインに魅力を感じず、前半は退屈でした。レベッカ(以下R)の存在感は抜群だったが、新夫人は名前も無い(Jと仮称)。何かあるとすぐ不機嫌になるマキシム。いつもおびえているJ。シャワールームからの突然のプロポーズ。シンデレラ物語のはずなのに、幸せを微塵も感じさせないカップルの誕生です。マキシムは家名を重んじてRと離婚しなかったのに、どうして両親も何の後ろ盾もない庶民の娘と結婚したのでしょうか。庶民の娘が上流階級の家に後妻に入ってもやっていくのは大変だという無駄な知識が得られました。貴婦人になるのは大変なんですね。マキシムはRを憎んでいたのに肖像画やRの刺繍入りのものを目に付くところに置いてくのはどうしてだろう。Rのことを思い出させること言うと不機嫌になるくせに。矛盾している。舞踏会の衣装騒動は大げさでしょう。夫に叱られ、泣いて、ダンバース夫人に文句を言うと「家から離れなさい。生きている理由もない。飛び降りたら楽よ」突拍子もないですね。Rの存在を風に動くカーテン、船の遭難を霧で表現するなど光る演出がありました。Rは殴られ、倒れ、工具に頭を打ちつけて死んだ。頭蓋骨に外傷がある。2月後に見つかった溺死死体は判別不能でしょう。マキシムは余計なことをせずに死体を放置しておけばよかったのです。事故死とされるでしょう。又は海へ転落したと見せかければよかった。船を沈める必要はないはずです。理性を失っていたのでしょうか。Rは癌で余命が少ないことを知ると、夫に他人の子供を妊娠したと嘘をつき、自分を殺させようとした。愛憎が混沌として捻じ曲がっていたのでしょうか。理解不能、サイコです。「幸せな二人を見たくない」という理由で屋敷に火を放ち自殺したダンバース夫人もサイコ。Rに同性愛の感情でもあったのでしょうか。後半二転三転する展開に拍手。ホームレスのベンにだけは心が和みました。いい味出してます。えっ、オスカー受賞!R同様理解不能。
[DVD(字幕)] 7点(2009-09-26 04:17:46)
22.  悲しき口笛 《ネタバレ》 
サトウハチロー曰く。「近頃、大人の真似をするゲテモノの少女歌手がいる。近頃でボクの嫌うものはブギウギを唄う少女幼女だ。消えてなくなれとどなりたくなった。吐きたくなった。いったい、あれは何なのだ。あんな不気味なものはちょっとほかにはない。可愛らしさとか、あどけなさが、まるでないんだから、怪物、バケモノのたぐいだ。」 確かに子供らしい声ではないし、妙に大人びた歌唱法が鼻につく。それよりも歌詞が問題だ。「夜のグラスの酒よりも もゆる紅色色さえた 恋の花ゆえ口づけて 君に捧げた薔薇の花 銅鑼のひびきにゆれて悲しや 夢とちる」こんな歌詞を12歳の子供に唄わせた大人の事情が知りたいものだ。“大人の真似をしてブギウギを唄う少女”から脱皮させたい意図があったにせよ、度が過ぎるのではないか。いったい子供から子供らしさを取ったら何が残るのか。作曲家の兄が出征前に、12歳の妹に残した歌としても不自然だ。 映画は、復員者の兄と戦争孤児の妹との再会を「すれ違い」の手法で描く。何度か会いそうになるが、すれ違ってしまう。観客はその度に溜息をつく。偶然が重なり過ぎると興ざめだし、あまりすれ違わないと興が乗らない。その匙加減が難しい。本作品では偶然が重なりすぎている。バーのウエイトレスの京子を中心に物語が回る。無銭飲食の「兄」を京子が助け、「妹」を京子が家に引き取り、トラックを運転していた「兄」が京子の父を轢きそうになり、麻薬組織に捕まった京子を麻薬組織の一員になっていた「兄」が助け、「妹」がキャバレーで唄っているのを京子が発見し、「兄」との再会を果たす。結末は誰の眼にもあきらかなので、それをいかに感動的に演出するかが監督の手腕の問われるところ。その点、本作はいかにも凡庸。脇物語として、堤琴家で音楽としてはクラシックしか認めない京子の父が、かわいい「妹」のために舞台で堤琴を奏でるようになるというのがあるが、これもあっさりとして演出で、感動には至らない。空襲の余塵の残る横浜の様子と、若々しい原保美のアクションが観れたのが収穫。
[DVD(邦画)] 6点(2013-11-11 11:25:18)
23.  静かなる決闘 《ネタバレ》 
軍医の藤崎は野戦病院での手術中に誤まって梅毒に感染した。手袋を途中で脱いでおり、明らかな医療過誤である。婚約者美佐緒と6年間も婚約しているが結婚の意思はない。結婚すれば梅毒が感染ってしまう。それでも真実を言えないのは、もうすぐ完治するではなかというかすかな希望があり、事実をありのままに美佐緒の性格からすれば「いつまででも待ちます」と言うに決まっているからだ。結局父が真相を知り、婚約は破棄する。女性を抱きたくても抱けない懊悩。藤崎は病気と同時に良心とも戦っている。◆長い婚約の理由が知りたい。戦時中は子孫繁栄を第一とし、出征が決まってからあわてて結婚することも珍しくない。五年間も出征していたのか。◆藤崎はどうして梅毒のことを父親に話さなかったのかということ。二人は同じ医者どうしでもある。適格なアドバイスが受けられた筈だ。又それだけひた隠しにしているのに、見習い看護婦峯岸には治療薬を注射している姿を隠さない。二人が話す声を父親が立ち聞いて、初めて知れた。不自然である。藤崎が本当に誠実ならば婚約者に真実を話すだろう。 ◆藤崎の苦悩は察してあまりある。恋愛の末、結婚と考えていたら戦争にとられ、結果若い身空で梅毒もち。終戦で帰ってきても、結婚どころか、完治するまで性交渉は出来ない。完治もいついなるかわからない。しかし彼は医者という職業に身をおいていることで救われる。自分を不幸だと思うが、周囲に彼が助けなければならない患者が常にいるからだ。人を救う職業の人は高潔になる傾向がある。◆藤崎と対照的に描かれるのが中田。梅毒の感染源だ。中田は藤崎のアドバイスを無視して、療養に努めず、結婚。妻は感染し、死産となった。死児見せられて正気を失う。◆峰岸はダンサーだったが、客の子を孕む。男には逃げられ、堕胎する金もなく、自殺未遂。藤崎にひろわれ、看護婦見習い。最初は人生に幻滅していたが、藤崎の生き方に心酔。子供を育て、看護婦になる道を選ぶ。◆主題としては、不運にして不幸を背負った場合に真の人間性が問われるということ。良心に則って人間として正しい道を進むのか、自棄を起し、堕落の道を進むのか。藤崎は前者であり、結果として峰岸を立ち直らせた。後者は中田であり、妻も子も健康も失った。美佐緒も不幸だが、結婚が決まり希望がある。ヒューマニスト黒澤監督の面目躍如。ただ演出が大人しく、弾けていない。
[ビデオ(邦画)] 6点(2011-10-02 22:08:20)
24.  わが青春に悔なし 《ネタバレ》 
野毛という人物がよく分らない。性格や思想は分るが、肝要の行動、「運動」の様子がわからない。大学で教授が追放さたのに反発し、集会やデモを起こすが、音声は無い。野毛は何度か逮捕され、偽転向して、経済研究所を立ち上げたが、その裏で何をしていたのか?彼は左翼運動家で共産主義革命を夢みていたのか?単純な反ファシズム、反政府の自由主義者なのか?それともアナーキスト?野毛は日本を救いたくて、それは戦争を回避する事らしい。具体的に何をしたのか?スパイ?彼が働きかけるのは日本の政財界、軍部に対しての筈だ。日本の機密を米国やロシアに流していたのか?だがそれなら却って戦争の契機になる場合がある。単純に共産思想を吹き込んでいたのか?それがスパイ行動とどうして結びつく?そして10年間両親に会っていないのはどうして?連座を恐れていた?何をしていてのかさっぱり分らない人物に共感はできないし、彼の妻であることを唯一の矜持にして生きていく幸枝にも共感できない。ちなみにゾルゲは二重スパイで祖国を売った。 ◆最初は幸枝は理屈ばかり云う野毛を煙たがっていた。だが野毛が転向するとがっかり。野毛を追って東京に行くも何年も会わず。自立した姿を見せたかったのだ。会うと「秘密があるのね。それをわたしに下さい」と逆プロポーズ。幸枝は野毛の人間性に惹かれているようです。 ◆野毛は逮捕されてから登場しなくなる。彼の行動や信念が正しいと漠然と描かれているだけだ。彼の試みは失敗して、彼は英雄ではない。代わりに幸枝が讃えられる。だが幸枝の信念は夫を信じることだけだ。野毛の信念は明らかにされてない。彼が本当に正しかったのか疑問は残る。野毛は幸枝を巻き添えにしたくなくて、運動の事は何も話さなかった。裁判でも明らかにされなかった。二人の間には断絶がある。幸枝は野毛の表の顔しか知らず、ただ直観的に正しいと信じているだけ。幸枝は野毛の理解者ではなく信奉者だ。「夫は正しかったと信じたい」一念だ。何とも煮え切らない脚本だ。◆「野毛が逮捕されたときの検事が糸川」はありえない。二人は知り合いなので担当になる事はない。◆川を渡る学生を最初と最後に登場させてのシンメトリー構造。黒澤映画特有の粘着質な演出が、田植場面で初めて登場した。幸枝の静から動への変化。野毛父の沈黙から怒りの爆発。目ぼしい場面はいくつかあります。 
[インターネット(字幕)] 6点(2011-10-02 01:22:06)
25.  虎の尾を踏む男達 《ネタバレ》 
この映画は能楽『安宅(あたか)』を原作として制作された。筋はほとんどそのままで、地謡の部分をニュージカル仕立てにしている。エノケンの強力を加えてコミカルにしてある他、エノケンが飛び六方の真似事をするなど、歌舞伎の「勧進帳」の影響も強い。黒澤流古典の換骨奪胎で、枯淡な能舞台をそのまま映像に写したような静かで落ち着いた趣がある。淡麗な水墨画の巻物を見るようだ。歌舞伎では見得を切ったり、六方を踏んだり、大袈裟な演出で観客を惹き付けるが、本作ではあくまで抒情的演出を貫く。弁慶の勧進帳の披瀝と山伏問答の場面は実に見事。役者としての品格がある。現在この役を演じきれる役者がいるだろうか?◆戦時中は検閲官がいて、監督は常に彼らと丁々発止やりあっていた。やれアメリカ的だ軟弱だと文句をつけられ、様々な理由を以て企画した作品、脚本がことごとく中止決定となり、半ばヤケになって、遂に誰にも文句のつけようのない古典に題材を求めた。フィルムや予算の制限があり、ロケは撮影所の裏山でするという簡易方式。シーンも3つしかない中編。元々次の作品につなげる為の中継ぎの意味しかなかった。一種の逃げである。監督は無意識の内に自分を判官に見立て、判官贔屓に自らの心を慰めていたのではないかと想像する。撮影中に終戦を迎え、間もなく完成したものの、今度は「主君への忠義」の内容がGHQコードに触れ、発表禁止扱いに。つくづく運の無い作品である。◆まだ駆け出し監督にとっては経験を積んだという意味が大きいだろう。初めての時代劇。エノケン強力のキャラは、「乱」の狂阿弥につながる。山中の場面は「羅生門」の予習。機転で関所を通る場面は「隠し砦の三悪人」にも出てくる。経験がよい財産になっているのだ。 
[インターネット(字幕)] 6点(2011-10-01 02:10:31)
26.  アンナ・カレニナ(1948) 《ネタバレ》 
アンナは貴族の妻として平穏な暮らしを送っていた。愛する息子にも恵まれていた。運命のいたずらで、そんなアンナが青年将校ブロンスキーと恋に落ちる。初めて知った燃え上がるような恋。アンナは全てを捨ててブロンスキーの元へ走る。だがその代償は大きかった。夫は離婚してくれず、息子とも会えない。ブロンスキーの子を宿すが流産して、生死の間をさまよう。アンナの夫の寛大な態度にショックを受けたブロンスキーは拳銃で自殺未遂する。二人は出奔し、ヨーロッパを旅行したが夫を裏切り、子供を残したきた思いが心に影を落として楽しめない。帰国したアンナは夫に内緒で息子に会うが、夫に見つかり、離婚は絶対しないと宣言される。二人は社交界からも見放され、孤立を深める。精神的に追い詰められた二人の心は離れて行った。アンナは二人が初めで出会った駅で自ら電車に轢かれ死亡する。 ◆アンナは優雅で美しく、誰にも優しく寛容で、何自由なく暮らしている貴婦人でした。それが不倫の恋に落ちます。総てをなげうっても悔いの無い情熱的な恋でした。しかしすべてがうまくいかず、アンナは顔に悲愴さを漂わせ、皮肉屋で、打ち解けない女になります。そしてブロンスキーの心が離れていったのと悟った彼女は死を選ぶのでした。二人だけでなく、アンナの夫の苦悩も描かれています。他に、ブロンスキーに婚約破棄させられた娘が幸せな結婚生活を送る事。不倫は秘されているうちは明るい噂話に過ぎないが、大っぴらになると非難を招く事。アンナは兄の不倫の仲裁にやってきてブロンスキーと出会うが、そのときは不倫をたしなめる役だった事等皮肉たっぷりです。汽車の事故を最初に見せる伏線もうまいですね。ドラマティックな展開はあるのですが煽情的に描かれておらず、あっさりと進み、見ていて少々退屈ですが、文豪の長編をダイジェストで見せてくれるだけでもありがたいと思いましょう。ビビアンとローレンス・オリビアの実生活での「ダブル不倫、結婚、破局、精神を病むビビアン」もこんなだったのかという穿った見方もできます。ある意味貴重かもしれません。
[DVD(字幕)] 6点(2011-09-23 20:07:30)
27.  酔いどれ天使 《ネタバレ》 
刑務所帰りのやくざ岡田のキャラが中途半端。怖さや凄みが感じられない。ギターを上手に弾いたりさせるからだ。悲劇を盛り上げるためには岡田を冷徹な敵役にする必要があった。 ◆舎弟の松永は岡田を殺しに行ったが、動機が釈然としない。親分が松永の縄張りを岡田のものにしたのが原因だ。だが松永の病気の体では土台やくざ稼業は無理だ。それに恨むなら親分を恨むべきだ。ここは岡田に悪逆非道の振る舞いをさせて、正義感に芽生えた松永が岡田を諭しに向かい、勢いで殺し合いになるという展開にすべきだった。それなら松永に同情できるし、収まりが良い。 ◆眞田医師のキャラは個性が強く、良くできている。酔いどれ天使を自称。正義感が強い。病気を憎み、悪を憎み、悪を作り出す環境を憎む。一方で若いころ放蕩したことへの自責の念が強く、お酒が手放せない。松永と似たもの同志だ。だから同情も反発も強い。 ◆一方松永の掘り下げが弱い。生い立ちややくざになった経緯を示すべきだろう。しんみりと過去の境遇を漏らす場面があってしかるべきだった。どうしてあんなに退廃的で、死に急ぐ生き方をするのだろう。居酒屋の女との関係も描けていない。女はどうして松永に優しくするのか。どういう関係であったのか。描きこみが足りない。松永にはっきり足を洗って、田舎に引き籠ると言わせればよかった。どうでないので、ラストシーンで悲しくならない。悲劇になりきっていない。 ◆松永と好対照の女子高生を出したのは良かった。松永の生き方が浮き彫りになる。ただあんな病院で結核が治るかどうか疑問である。レントゲンもないのだから。 ◆中途半端な内容になってしまったのは、脚本の植草圭之助とそりが合わなかったからだろう。黒沢は徹底したやくざ嫌い。一方植草はやくざに同情的で、環境が悪いのであり、本人ばかりの責任では無いと主張。植草は幼馴染で大の親友なので切ることはできなかった。やくざの愚かさ、怖さ、苦悩といったものが全く伝わらない平凡な作品になっている。 ◆感心したのは最後の殺し合いの演出。松永が飛び込む。誰もいない廊下。女が逃げ出してくる。三面鏡に移る松永の姿。恐怖にゆがむ岡田の顔のアップ。構図が次から次への決まる。音楽を廃し、時が止まったような印象を与える。黒澤監督の初めての芸術的な演出と思う。夢のシーンも超現実的で印象深い。
[ビデオ(邦画)] 6点(2011-03-06 07:17:39)
28.  ダンボ(1941) 《ネタバレ》 
ダンボはしゃべれない。母親のジャンボも歌えるけどしゃべれない。きっと製作者が、表情で母子の愛情を表現しようと意図したからでしょうね。表情はとても豊かで、成功しています。「泣かないで」の歌の場面は愛情あふれてましたね。耳が大きいせいで仲間はずれにされるダンボ。ネズミがいなかったら、どうなっていたでしょう。どうしてネズミはダンボの味方になったのか?道義に厚い性格なんでしょうね。子供のころ一人ぼっちの思いをしたのかな。カラスへの演説は実感がこもっていましたね。カラスも根はいいやつらでよかった、よかった。■ダンボの耳が大きいことが奇妙がられて、仲間にも人間の子供にもばかにされる。大人にピエロにされて、高い場所から飛び降りさせられる。しかし耳で飛ぶことが出来、立場逆転、一躍人気者になる。逆転の発想、ワンナイトサクセスです。しかし考えてみれば、その栄光もサーカスの一員としての成功でしかない。人間に使われたままで本当の幸せ・自由があるのか?幼いダンボにはまだそんな発想もないんでしょうね。今は母親のもとで楽しい日々を過ごしてください。■蛇足ながら、父親はどうなってるんだと気になります。あと「ダンボ」って悪口だったんですね。酒を飲ますのはまずいと思いました。
[DVD(吹替)] 6点(2010-03-04 22:49:28)
29.  若草物語(1949) 《ネタバレ》 
明治元年に書かれたオルコット女史の自伝的作品。作中の次女ジョーが作者。父不在の家で、母と四姉妹が貧しいながらも愛情に満ち、幸せに暮らす様子がみずみずしく描かれる。クリスマスに自分たちの欲しいものを買ったが、母親のみなりのみすぼらしいのを見て、母へのプレゼントに替える。年に一度の豪華な朝食を赤ん坊が生まれたばかりの貧しい家にわけてあげる。継ぎ当てのドレスで隣人ローレンスとこっそり踊る舞踏会。ローレンス老と四女ベスの年齢を越えた友情。ジョーは大切な髪を売って、母が父の入院先に行く旅費を作る。ベスは貧しい家の赤ん坊の看病をして猩紅熱にかかる。O・ヘンリーの「賢者の贈り物」のような心温まるエピソードが続きます。が、恋愛になると話は別。長女メグの恋愛は、一目ぼれのブルックの愛を受け入れるだけの定型。エイミーに至っては恋愛部分を全てカット、ヨーロッパでローレンスと結婚して戻ってきます。ジョーはローレンスと友情を育んでいましたが、その愛は拒みます。彼女は作家になりたいという情熱を持ち続けていましたが、それを理解してもらえないと悟ったから。傷心のまま、作家修行を兼ねてニューヨークへ家庭教師の仕事に就きます。そこで価値観を同じくするベアと知り合い、創作上の助言を受けたりしながら、清い愛を育みます。が、ベスの容態が悪化し、看病の為、帰省。最愛の妹ベスは亡くなります。ここが最大の泣かせどころなのですが、割愛されてます。ジョーはベアの助言に従い、大衆に媚びずに自分の本当に書きたいことを書いた本「わたしのベス」を仕上げます。エイミーとローレンスがヨーロッパから帰宅した日、ベスが出版した「わたしのベス」を持って現れます。著者に知らせずに勝手に出版していいんでしょうか。それはともかくハッピーエンドです。父親が戻ってきたにも関わらずほとんど出番がなく、違和感あり。前半は四人がバランス良く描かれていますが、後半は完全にジョー中心で、一貫性を欠きます。ジョーは長女の結婚に大反対でしたが、いつの間にか喜んでます。その経緯が不透明。原作と三女と四女が入れ替わっていますが、それは幼い容姿の四女が結婚するのは不自然だから。原作では数年経ちますが、映画では1年くらいです。後半にアラの目立つ脚本です。
[DVD(字幕)] 6点(2009-10-04 19:06:46)(良:1票)
30.  一番美しく 《ネタバレ》 
昭和18年、14歳以上未婚女性を対象に勤労奉仕団体である女子挺身隊が創設。昭和19年には年齢が12歳に引き下げられ、強制動員となる。徴用期間は1年ほど。女学生も動員され、授業はほとんどなかった。多くは寮生活をしながら工場に通い、ときに3交代の過酷な勤務もあった。勤労奉仕といってもちゃんと給与は出た。昭和19年には既に食事事情が悪かったが、映画では省略されている。本土空襲が本格化する前のため、防空服や防空頭巾の着用はない。まだ国家としての威厳が保てており、ほとんどの国民が戦争の勝利を信じていた。女優を実際のニコン工場で働かせており、ドキュメンタリーとしては大変貴重で、そのぶん娯楽性は薄い。映画に出てくるスローガンや歌詞から軍需増産(戦意高揚)のための国策映画であることは明らか。人物の人間性はさほど表現されておらず、軍国主義の模範的な言動に終始する。イヤな人物は一人も登場せず、理想化されている。今日の観点から見れば、滑稽なほど生真面目だ。ただ当時の人はこの映画をみて素直に感動したと思う。そういう教育(洗脳)を受けていたこともあるが、感情移入する要素がふんだんに盛り込まれており、後の黒沢映画の豊穣さを予感させてくれる。映像も美しい。「一番美しく」は、自我を捨て、身を国家に尽す姿こそが最も美しいという意味だろうか。だが、一番美しい少女時代を犠牲にし、国のために捧げる彼女らの姿を憐憫のまなざしで表現しているともとれる。監督は戦後すぐに「わが青春に悔なし」という反戦映画を作っていることから、戦争には反対であっただろう。黒沢監督はただ映画を愛し、ひたすら映画に打ち込んできた、その結果がこの映画。当時は国策に準ずる内容でなければ、製作が許可されなかった事情を考慮すべきだろう。映画としての出来を云々するより、後に有名になる黒沢監督の手により、すぐれたセミドキュメンタリー風の映画が残されたことに感謝すべきなのかもしれない。    
[DVD(邦画)] 6点(2009-07-02 23:51:20)
31.  ミニヴァー夫人 《ネタバレ》 
戦争の悲劇を題材にしているが、反戦映画ではない。戦意高揚映画の範疇に属するのだろうが、正面切って戦争を扱っているにしては手ぬるい内容だ。 題材として二本の柱がある。ミニヴァー家の息子ヴィンとベルドン家の娘キャロルの結婚と薔薇の品評会である。 二人が出会って、結婚に至る経緯、ベルドン夫人という障壁、幸福な新婚生活の様子等は端的によく描けている。 しかし、最大の悲劇であるキャロルの機銃照射による死は眠るようなものであり、ヴィンの悲嘆にくれる様子や涙は映さない。 品評会で優勝したバラード駅長の死に至っては描かれることはなく、神父の口から死んだと報告されるだけだ。 ミニヴァー夫人最大の危機である逃亡ドイツ兵との遭遇も、あっけなく相手が気絶してしまうという幕切れで、緊張感が持続しない。 どこか現実味に欠け、喜劇めいてさえいる。戦時中のことゆえ、検閲を配慮してのことだろうが、これでは伝わるものが弱い。 物語がぶつ切れになっている憾みもある。 冒頭でミニヴァー夫人の買った帽子、ミニヴァー氏の買った車が後の話に活かされていない。 家政婦と、戦争が始まったとき真っ先に出征していった彼女の恋人が、その後登場しない。 ミニヴァー氏が船を避難させる作戦に参加するが、その詳細が描かれない。 仔細だが、気になることがある。薔薇の品種の名前をつけるのに、知り合いの夫人の名前をつけるものだろうか?勘違いされそうに思うが。又、キャロルが品評会にバラードの薔薇を出品させないように、ミニヴァー夫人にバラードの説得を依頼するが、これは筋違いだろう。直接バラードに伝えれば済む話だ。ろくに話もしたことない人の家に乗り込んで、厚かましい依頼がよく出来たものだ。上流者階級とはこういうものなのだろうか。品評会に出品が二つしかないというのも張り合いが無い。 脚本に一本筋が通ってない上に、戦争の本質にまるで触れようとしない“綿で包んだような”内容では感情移入のしようがない。
[DVD(字幕)] 5点(2014-09-01 22:27:21)
32.  心の旅路 《ネタバレ》 
腑に落ちない点が多い映画。 第一次世界大戦中、ある戦場で砲撃を受けたショックで完全な記憶喪失となった軍人がいた場合、軍服の階級章や認識票、聞き取り調査などで、遠からず所属軍隊や氏名が知れると思う。負傷して顔が変わってしまったという事もないのだから、軍隊ならすぐに該当人物を探し出せるはずだ。まして兵ではなく、将校なのだから、照会はたやすいだろう。軍としても将校が行方不明になったら、当然調査するはずである。家族からの問い合わせもあるだろう。すぐに記憶喪失の軍人にたどり着くと思う。軍人も、新聞に写真を載せて家族探しをしてもらえばよい。次に記憶喪失。自動車事故で記憶を取り戻したが、逆に記憶喪失中の三年間の記憶を失う、というのは作り事めいている。たとえそうだとして、過去を知りたいのなら、新聞者に頼んで自分探しをすればよいではないか。妻は心配してホテルと夫の向かった新聞社に問い合わせただろう。新聞社なら写真を掲載して人探しをするだろう。最もありえないのは、妻が名前を変えて男の秘書になること。失踪した夫を発見した妻が、そんな手の込んだことをするだろうか?過去を思い出して欲しければ、名乗り出るのが一番だ。家に連れて帰れば記憶を戻す助けになるだろう。記憶が戻るまでそばで待つなんて非現実的。更に、婚約者が式直前にあっさりと身を引くのも作り事めいている。輪をかけて不自然なのは、男が秘書に結婚を申し込むこと。結婚しても女は正体を明かさない。二人で暮らしていた家がそのまま残っている。13年間も借り続けているのも不自然だ。そんな金はなかったと思う。桜の枝ぶりも13年前と全く同じで、冬なのに桜が満開というのもね。結局、おかしな行動をする人たちを延々見せられたという印象。
[DVD(字幕)] 5点(2013-09-14 05:59:26)(良:2票)
33.  海外特派員 《ネタバレ》 
時は第二次世界大戦直前、米国新聞記者の特派員ジョーンズは、欧州に戦争が勃発するかを探るため、和平の鍵を握るオランダの外交官ヴァン・メアへの取材を命じられる。平和団体の指導者フィッシャーがメアの歓迎パーティを開き、そこでフィッシャーの娘キャロルと知り合う。和平会議の直前、ジョーンズの目の前でメアが暗殺される。暗殺者を追って水車にたどり着くと、そこにはメアがいた。殺されたメアは替え玉だった。真相は、ドイツのスパイ組織が条約の秘密条項を聞き出そうと、メアを誘拐したのだった。この時点で見る気がだいぶ失せた。メアそっくりさんを使ったところで、死体がメアでないのは司法解剖を待つまでもなく、家族がみればすぐに判明すること。わざわざ替え玉を作って殺す理由はない。かえって証拠を残すようなものだ。風車の向きが飛行機との暗号なんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。スパイ組織なのだから、ちゃんと無線を使いなさい!無理に面白くするための不用意な作為が見える。その後ジョーンズはキャロルと婚約し、キャロルの父のフィッシャーが黒幕と分かるという安っぽい三流サスペンスの道をまっしぐら。ヒッチコックらしく丁寧で上品な作りで、おしゃれな会話やユーモアに溢れているが、脚本が悪いとどうにもならない。恋愛は無理やり、監禁されているメアが居場所がすぐにわかったり、捕まっても拘束されなかったり、目撃証人がいるのに警察がフィッシャーを捕まえなかったり、フィッシャーが逃亡する飛行機に簡単に同乗できたりと非常に甘い。特に監禁部屋からの「人形落ち」にはがっかりさせられた。あれぐらいのアクションができないものか。キートンを見習ってほしい。結局メアが秘密をしゃべり、戦争が勃発。すべての努力は水泡に帰す。その後もおまけがあって、飛行機が勘違いでドイツ軍艦に砲撃されてしまう。砲弾が壁を貫き乗客に当たるが減圧しないというリアリズムのなさ。海に不時着するとフィッシャーが自己犠牲で海に飛び込み、都合よく米国戦艦に救助される。緊張感や真実味はみじんも感じられない。
[DVD(字幕)] 5点(2012-12-22 13:34:58)
34.  キー・ラーゴ 《ネタバレ》 
これといった見所もなく、淡々と過ぎて、最後に不満の残る映画だ。舞台装置は面白い。南国フロリダの小さな島の小さなホテルに、脱獄した二人のインディアン、退役軍人フランク、戦争未亡人、ギャング一味、ボスの女、副保安官と役者が揃ったところで嵐が襲来し、密室劇となる。最も不満なのはボスに凄みがないところ。コメディアンめいた顔で、よくしゃべる。身を隠していたはずなのに、自分の正体を積極的にばらしてしまうし、偽札の取引現場も筒抜け。髭が生えてないのに髭を剃らせたりする。部下もほんわかしたムード。人質を拘束せず自由にさせているので、生か死か、という緊張感がない。隙がありすぎるのだ。嵐の中、敢えて取引を急ぐ理由が説明されないので違和感で一杯。一度の取引なのに、一週間もホテルを借り切る理由は何だろう。それもアル中の女を連れてくるとは。フランクは「私の人生は考えることとやることがいつも逆なんだ。理性が負ける」などと気取っているが、結局はギャング五人を容赦なく殺してしまう。それもボスの女がボスから盗み取った拳銃を渡してくれたおかげだ。英雄的な行為にはみえない。ボスが副保安官を射殺したが、これは副保安官から仕掛けたからだ。二人のインディアンは無実の罪で保安官に射殺される。なんとも後味が悪い。フランクに言いたいことは、戦死した部下の遺族の経営するホテルを訪れるのなら、あらかじめ電話しろということ。元少佐なら、それくらいの常識は持ち合わせていてしかるべき。ちなみに撃たれた副保安官が階下へ落ちる場面が省略されていて残念である。嵐の場面では、しなるヤシの木にピアノ線がみえて萎えた。戦争未亡人も「火の玉」になりきれずに終了。
[DVD(字幕)] 5点(2012-12-11 02:52:36)
35.  破れ太鼓 《ネタバレ》 
前近代的な家父長制度の残滓のような父親が主人公。家でも会社でも高慢不遜な態度は変わらない。根は悪人ではないが、苦労性のせいで自分の価値観を家族に押し付け、暴力を振るい、意のままに操ろうとするので、家族の不満は爆発寸前である。ひと波乱起きて、ばらばらとなった家族が再生していく物語。極めて記号的な人物描写のオンパレードで退屈だ。理想的な大団円はリアリティに欠け、軽佻浮薄な印象はぬぐえない。主人の傲慢さに耐え切れずに三ヶ月で辞めた女中が戻ってくることでも証明される。コメディとしてみても、笑える場面はわずかだ。宇野重吉が恋人役というのが一番笑えた。へたな歌を何度も聞かされて、気分がめいった。 会社の資金融資が目的で、お金持ちと結婚させられそうになった長女は、婚約破棄して、貧しい画家と恋人関係になる 父親の会社で、自分に合っていない仕事をさせられている長男は、知人との共同出資による新事業を始め、成功する。 忍耐強く夫に仕え、耐え続けてきた妻は、家を出て長男の仕事を手伝う。 父親は、資金繰りが悪化した会社が倒産し、隠退を決め込むが、苦労続きだった自らの半生を思い起こし、憤りを感じる。 長男の新事業が軌道に乗ったおかげで家族が再生されるが、事業資金は母親が出したものであり、本当の意味で長男は自立していない。長女が結婚を断ったのが原因で会社が倒産し、長男の新事業がうまくいったので父親ががそこの顧問に収まるなど、展開が短絡すぎる。あれだけ傲慢で頑迷だった父親が、すぐに悔悟、改心するわけがない。長女と妻に成長はあったが、残りの3家族は最後までどっちつかずだ。 
[DVD(邦画)] 5点(2012-11-24 00:09:56)
36.  素晴らしき日曜日 《ネタバレ》 
あまりに貧しく、惨めな境遇のため夢を失いかけていた男が、恋人の一途な愛と励ましを受け、本来の自分の姿と夢を取り戻す話。男の心の再生譚である。お金はないけど、精一杯休日を楽しもうとする二人に惨めなことが起る。貸室を見に行くが家賃が高すぎる、草野球でホームランを打って饅頭代を弁償、友人(キャバレー社長)を訪ねるとタカリ扱い、戦争孤児に現実を見せつけられる、雨になる。名曲公演に行くが切符がダフ屋に買占められる、文句をつけたら暴行を受ける、恋人を下宿に連れこむが逃げられる。恋人と仲直りして喫茶店に入るがぼったくられ、お金が不足。だがここで不思議が起きる。あまりに惨めな体験と酷い珈琲を飲まされたおかげで、男は二人で喫茶店を開くという夢を思い出し、意地でも実現させる気になったのだ。落ちるとこまで落ちて上昇に転じたわけである。ふっきれた男は今日の埋め合わせをしようとする。聞けなかった公演の「未完成を」想像で聞こうというのだ。男がタクトを振ると二人の心の中に確かに音楽が流れだした。奇跡が起きたのだ。 ◆男がどんなに惨めな生活をしているのかは言葉で語られるだけで実感が湧かない。最低でも職場の場面が必要。冷静に考えれば、仕事はあるし、友達はいるし、恋人はいるしで、戦争孤児の何倍も恵まれている。戦争孤児は家もないのだ。男が唐突に指揮者のまねをするが、クラッシック好きだとか、元音楽家等の伏線が必要。未完成の場面は音を消しても楽しめる。 ◆ヒューマニスト黒澤は、社会の底辺でもがく庶民の姿を繰り返し描くが、これはその最初。悲惨な環境から善の道、悪の道どちらにも進むのが人間。黒澤は常に暖かい目線で彼らを見守り、どうすれば善の道へ進めるのかを考えさせる。社会の底辺を描いた作品が「酔いどれ天使」「どん底」「赤ひげ」「どですかでん」、そこから派生した善と悪の対照を描いたのが「野良犬」「天国と地獄」「悪い奴ほどよく眠る」 【告白】この映画を見て素直に感動できる人を尊敬します。間違いなく心がきれいな人です。数多ある恋愛映画の中で最も魅力に乏しいヒロイン。男があの女に欲情し、接吻や貞操を奪ったりしようとするのを見て、本当に男が惨めに思いました。別れた方が幸福なのでは?こんなひどい事を思ってしまった私にはこの映画を語る資格などないのだと思います。私の心は未完成そのものです。
[地上波(邦画)] 5点(2011-10-03 22:44:11)
37.  ハワイ・マレー沖海戦 《ネタバレ》 
東宝が海軍から依頼され、海軍賛美・国威称揚・戦意高揚を目的として作られた生粋の国策映画。それにも関わらず、毒々しいプロタガンダはさほど見られないので現代でも安心して鑑賞できる。「スマートな海軍さん」と親しまれていた海軍のイメージを大切にしている。何と言っても円谷英二による日本初の特撮映画として有名。特撮の出来は大変良い。◆海軍飛行予科練習生、練習航空隊の訓練ぶりが詳細に描かれているのも興味深い。飛行機や軍艦の実物が登場し、記録映画としても大変貴重。◆海軍から依頼されたにも関わらず、実際の空母等の資料はほとんど提供されなかった。これに対して東宝側は憤慨したらしいが、当時空母赤城、加賀、飛龍、蒼龍はすでにミッドウェー海戦で撃沈されており、その事実は国民に隠されている状況だったことを考えると海軍の対応は無理もないと思われる。◆優秀な兵士を育てるコツは、死ぬことを怖がらせないこと。精神論、大和魂を強調する教育方針。「自分のことごとくは、かしこくも大元帥陛下のために捧げ奉ったものである。そう肚をくくれば、何も怖くは無くなった」当時多くの人がこの言葉を信じたことだろう。戦争は必然で、国や天皇のために命を捧げて発奮、戦争に勝利しさえすれば、家族は幸福になれると信じていた。単純な論法である。◆家族は淡々と描かれる。姉や妹は主人公のことを気にかけているが、母親は「海軍にやった以上もううちの子ではない」と気丈に軍国の母ぶりを発揮。少年の夢にも現れない。それ以上は検閲があるので描けない。
[DVD(邦画)] 5点(2011-01-25 04:10:55)
38.  續・姿三四郎 《ネタバレ》 
三四郎の活躍際立たせるためには敵を魅力的に見せる必要がある。桧垣兄弟がそれである。道場にやってきて壁板を突き破って帰って行く。ここは挨拶代わりなのでこれでよい。しかしその後がいけない。門人を次々を闇討ちするも、その姿を見せない。倒された門人の姿を見せる。観客に敵の強さをアピールしないでどうする?「想像させる」のはよいが、「想像させるだけ」では手抜きだ。格闘技を描く場合、相手がいかに強いか、どんなに凄い技をもっているか、どんなに厳しい練習をしているかを見せることで観客の気持ちは否が応でも盛り上がる。対して迎え撃つ三四郎が猛練習等を通じて、新しい技を編み出すなり、新心境に達するなどして試合に臨むのが常套。これらが一切無い。最後の決闘場面まで桧垣兄弟の空手が見れないのでは、決闘が盛り上がる筈がない。もっと言うと、勝つのは三四郎に決まっているのだ。観客の誰もがそれを知っている。故に期待させ、気分を昂揚させる演出がどうしても必要だ。◆かてて加えて、唯一技を見せた檜垣弟が決闘に参加しない。観客を馬鹿にするにも程がある。能楽の弱法師をイメージした異形の出で立ちで登場、時折奇声を発する。「あいつの残忍さには手を焼いた」「奴は本当の病気だ」と兄が語る伏線があり、どれほど凶暴な人物かを期待をさせておいて、「決闘しません」では納得がいかない。始末書ものだ。「三四郎の笑顔を見て改心しました」など噴飯ものである。あれだけ粗野、凶猛に描いておいて、笑顔がオチ。「負けた」などというが決闘していないのである。三四郎の天真爛漫さなどに何も感じないのがこの男の気質だ。◆納得いかないのは他にもある。三四郎の押し掛け弟子になった形の左文字。脇物語は彼の成長物語かと思わせておいて、後半ぷっつり出なくなる。ダメ脚本の典型だ。大きな伏線を張って置きながら、回収出来ていない。破門の件もそうだ。破門はどうなったのか?恋愛は?何もかも投げっぱなし!◆格闘技ものとしてもう一つの欠点は三四郎と敵の力量がありすぎると事。闘いは伯仲してこそ見ごたえがある。ボクサーとの格闘を前にしても三四郎に何の緊張もない。当たり前に登場し、当たり前に勝つだけ。賞金がいらないなら返せば良いものを非礼にも敗者に渡す始末。負けた相手にお金を恵んでもらってどんな気持ちになるだろうか。人間失格である。桧垣兄弟との決闘前にしてもほとんど練習しない。
[ビデオ(邦画)] 4点(2011-10-04 22:45:19)
39.  誰が為に鐘は鳴る 《ネタバレ》 
165分版で鑑賞。内容は不出来。先ず主人公のロバートという人物が不自然。スペイン内戦なのにアメリカ人。外国人のこのこやってきて、命をかけて共和国派に肩入れする理由が希薄。そしてこの人が英雄的行為をしないんですね。線路爆破では倒れた仲間を助けずに射殺。橋爆破作戦で山岳ゲリラを仲間にするが、リーダーシップが取れない。味方が敵と交戦しているのに見殺し。変態のパブロに言われ放題。パブロに裏切られ、起爆装置を失くす。「女と一緒にいる時間はない」などと言う舌の根も乾かぬうちからいちゃつき放題。戦場であんなことされたら憎まれますよ。士気が保てない。ロバートが英雄的人物として描かれてないので、クライマックスも盛り上がらない。最後は自己犠牲というより自業自得。◆作戦がよくわからない。そもそも山岳のあの橋を爆破するのは敵の補給を絶つため。飛行機の奇襲攻撃と同時に爆破せよとの命令だが、その必要はなく、確実に夜に爆破すればよい筈。ロバートは敵の動きを味方に知らせ、橋を爆破しても意味が無いと言うが、どうして?手紙を見た将軍は、この奇襲は失敗するというが、どうして?すでに敵の多くが橋を渡ってしまったということだろうか?まだ戦車は残っていたけど。味方に連絡するのに7時間!無線はないのか。もやもやしますね。山峡に小さな橋があって、それが戦術的に大きな意味があるとは思えないんですよ。そのあたりの説明がない。そんなに重要なら大人数で実行すればよいのに。橋一つ爆破するのに駄目男達がぐずぐずしているだけの映画に思える。やれ雪が降ったらどうだとか、パブロを殺せとか、殺したら逃走出来ないとか、ピラーは醜いとか、手相が悪いとか、パブロが味方を殺すとかぐだぐだですね。作戦に無関係のことや仲間割れを描いてばかり。ストレスはピークに達します。雪はだいぶ積もったけど、1日経つと嘘のように消えてしまうのは手抜きですか?◆恋愛部分についてはそこそこの出来ですが、女が泣きながら辛い過去を告白しようとしているのにそれを止めるのはどうかと思う。見る側のストレスになります。全て聞いてあげないと気が晴れないでしょう。話すことが癒しになるのだから。「もういい、いやな忘れるんだ」はアドバイスとしては失格です。両親が殺され、暴行された女なのに尻軽女っていう印象です。「初めてのキスよ」は絶対嘘。原題の「鐘」は教会の死を知らせる鐘のこと。
[DVD(字幕)] 4点(2011-09-24 06:10:30)
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