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21.  エクソダス:神と王 《ネタバレ》 
旧約聖書の出エジプト記の項、映画表現としては、どうしても過去の『十戒』との対比で観てしまう。この映画の最初に描かれるラムセス二世とヒッタイトとの戦いで、旗を翻して突き進むラムセスの戦車隊を捉えた構図の美しさといい、スピード感や躍動感の動的表現も見事。改めてリドリー・スコットの職人的手腕に感心してしまう。  モーセを演じたクリスチャン・ベール。この人、いつも発声が口蓋に消音装置でも付けているかの様なくぐもり声で、同じモーセを演じたチャールトン・ヘストンと較べてカリスマ性には欠けるが、肉が削ぎ落ちた容貌は、シナイ半島の砂漠に追放され飢餓状態で彷徨い歩くシーンなど「マニシスト」同様、極限状態に陥った人の痩躯が妙に似合ってしまう。  面白いのはナイルが血の色に染まったという記述を、科学的見地から納得できる様に考えての事か、ナイルワニが狂ったように突然、舟上の人間を急襲し、みるみる河が血で染まっていくシーンに驚愕。更には共食いが始まり、河の生物という生物が相争い、血を流すのだ。かくてナイルの河が全面的に真っ赤っかにと…。確かに、何で血の色にと考えた時、合理性で、こんな描写になったのかもだが、却ってあり得なさに呆気にとられてしまう。  さていよいよクライマックスの、ヘブライの民を率いたモーセが、紅海を渡る海割れシーンを、リドリー・スコットはどう描写するのだろうかと興味はあったが、まさかセシル・B・デミルに倣って、紅海を真っ二つにはしない筈との予感は当り、稀なる特異な引き潮現象で渡る事が可能になったという、またしても科学的合理性で説明。十戒を刻んだ石版も、モーセ自身が自らせっせとノミで彫っているシーンで、流石に笑わずにはいられなかった。そりゃ映画『十戒』の様に、神がレザー光線のようなもので、一瞬に刻んで出来たというのでは納得し難いのも事実。  旧作との本質的な違いを挙げると、「十戒」での、奴隷として被害を受けるだけの、気の毒で善なる無力なヘブライの民の側面を強調したのに対して、本作のヘブライ人は、私有財産もあり、エジプト人に対して武力抵抗の構えをみせるなど、好戦的側面も描いているところは新鮮。ユダヤ人の被害者意識と選民意識が如何にして培われたのか、こうした映画を観ても旧約聖書にその源泉があるのが解る。  情報不足で曖昧な記述から、それを映像化する時、信仰心のあるなしの違い、解釈の違いが人それぞれであるのが最も興味を惹くところ。そういう意味で、案外楽しめ面白かった。
[ブルーレイ(字幕)] 6点(2016-07-24 10:30:15)
22.  処女の泉 《ネタバレ》 
米、映画『ヴァイキング』を観ていて興味深いのは、彼等ヴァイキングが暴れ廻っていた頃の10世紀前後のスウェーデン人は未だ、神オーディンの名を高らかに唱えているのに、時代背景が16世紀である、この映画の中で密かに神オーディンの名を小声で唱える者は、召使女のインゲリが只ひとりという少数派に転じている事。  カリンは父テーレと母の愛を一身に受け、美しい無垢な娘として成長。その愛娘を、遠くの教会にまで寄進の品物を届けさせる使いに出す程の敬虔なキリスト教信徒。その道筋でカリンは他所者に無残にも殺されてしまう。神は何もしてくれず、真実、神は存在するのかとする、テーレの信仰心の揺らぎを描く。  一方、オーディンを信じるインゲリが生き残るという不条理に混乱する。横溢するキリスト教への不信、だがカリンの遺体の頭があった、その箇所から泉が湧き出すという奇跡で神の存在を再び確信し、信仰への迷いを吹っ切るというラストは、神の不在、信仰への疑念をテーマにして、如何にもイングマール・ベルイマンらしい作品である。テーマとは別に、映像のセンス、特に照明が優れる。光と影の劇的効果、今日的視点で見直しても力強く、美しい作品であるのは確か。
[映画館(字幕)] 7点(2016-07-23 09:54:48)(良:1票)
23.  サウルの息子 《ネタバレ》 
今日、アウシュヴィッツは絶滅収容所として広く認知される。ナチの犯罪性、反人倫的行為を糾弾する映画や本に、ドキュメンタリー映画を含め、過去幾度観たことだろう。またかと思い、正直もう結構と思ってしまう。それに実際はユダヤ人だけがガス室に消えたわけではなく、ロマ(ジプシー)やドイツ人であっても精神障害者、思想犯とされた人々の多くも、方法の違いはあるにしろ同様に殺されているのだ。ロマの人々は、ユダヤ系の様に組織力と発信力がないが為に、自分達の受難を語れないでいるし、それにユダヤ人のように、遺恨を民族結束や利益に結びつける思念も持ち得ない。  では本作を観て、何か過去の映画にはない、別の新しい側面があったかと問えば、カメラワークと狭い視点から来る圧迫感と閉塞感、それはもう独特。主人公の後頭部辺りにピントを合わせ、手持ちカメラで何処までも彼の後を長回し撮影で追従する。この様にカメラが主人公の後ろ姿を長回しで追いかける映画に、既にハリウッド製の『バードマン』が有ったが、これは画面比率が横長で、しかも超広角レンズを使用しているので、彼を取り巻く周辺描写も充分に併せ撮影している。それだけでなくカメラは時折、奔放にぐるりと彼を捉えたまま回転したり、空を捉えたりもした。本作の様に、至近距離の対象にピントがあると、魚眼か超広角レンズでなければ背景は概ねボケるが、そこが狙いでもあるのだ。  ゾンダーコマンドである、ユダヤ系ハンガリー人のサウルが主人公。彼はドイツ兵を補佐し、同胞をガス室に入れるのが役目。ドアが固く閉じられた瞬間、異変に気づいた密閉室から叫び声やドアを叩く音がする中、残された衣類から宝石や貴金属などの遺留品を掻き集める作業に移る。次にガス排出を終えたガス室に入り、中から遺体を引きずり出す作業を終えた後、ガス室の壁面や床に残る血痕や排泄物などを、綺麗に洗浄する作業を黙々とこなす。サウルの視界の前方で繰り広げられている惨状の全てが、ピンぼけ状態のまま、付随的な一部として写り込んでしまったかの様に撮影されているのだ。  映像として極めてショッキングな筈の遺体群すら、曖昧で不鮮明な像として捉えられている。それでも、人間の肉体が持つ量感のあるフォルムと、ピンク掛かった色情報とともに衰えず、却って想像力も働き非常に強烈なものだ。洗浄作業に伴う摩擦音と狭い視野からくる閉塞感で息苦しくなってくる。この様に、サウルを含む一群のユダヤ人達が、同胞を殲滅する為の補助作業に携わってしまった、直視したくない忌まわしい過去を追った本作は、独自性という点では、ハリウッド製のユダヤ人収容所ものと一線を画し、著しい違いがある。◆本文は自分ブロク掲載文の一部に手を加え、書き直したものです。
[ブルーレイ(字幕)] 7点(2016-07-19 18:50:58)
24.  クロノス(1992)
ギレルモ監督のデビュー作らしく、既に晴天下での明朗快活な世界とは真逆な、暗闇の中の微弱な光に惹かれるかの様な世界観を描いている。これもまた、深い夜の闇世界にだけ生きられる、ドラキュラを始祖とする吸血鬼系譜の、不老と血に纏わるお話。  もはや生者とは言い難い、皮膚も腐ちて凄まじい醜態に成って尚も、孫娘の無口なアウロラが、お爺さんに変わらぬ信頼と愛情を示すところが何とも言いようがない。ロン・パールマンの異形ぶりも影が薄くなる程の、恐ろしげな骨董商のヘススに、どんな時も、常に付き従っているアウロラは、幼女なのに不思議な退廃感を漂わせていて、大きな存在感を示し印象的。
[DVD(字幕)] 6点(2016-07-18 06:43:56)
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