421. 他人の顔
《ネタバレ》 半世紀前の映画にも関わらず、あまりにスタイリッシュなオープニングと武満徹による美しいワルツに心を鷲掴みにされる。攻めの姿勢で独創的な映像と診察室のセットを作り上げ、"仮面"における理屈めいた自己分析と会話によって紡ぎあげられていく展開に古臭さは感じられない。誰もが人間見た目が全てと言わんばかりにレッテルを貼り付けられて生きている。より良く見せようとSNSで素を偽るのと同じ。だが、そんなもの建前で自己に帰結したら何もない。内面の劣等感を偽りで埋めようとしてもどうにもならないことが、他人として妻を誘惑して寝たことで証明してしまう。所詮は"仮面"という演技で構築された夫婦生活なのだから。顔を失った男が新たな顔を得た自由と引き換えに行き場も自分自身も失い孤独に陥る皮肉な結末は、現代の文明病に通じる普遍さと先見性があった。 [インターネット(邦画)] 7点(2018-09-23 12:19:47) |
422. シクロ
《ネタバレ》 昔から気になっていたが、実際見てみると、"見た"という現実が満たされただけだった。'90年代当時の高度経済成長真っ只中のホーチミンの闇社会を描いた本作はヴェネチア映画祭で最高賞に輝いた。では、どうして評価されたか? 闇社会に片足を踏み入れた少年と、既にその世界に染まった男の対比。少年の姉の一途な想いと、売春をさせて見て見ぬふりをしていた男の対比。3人が純粋さと残酷さの狭間に葛藤する様をひたすら映し出し、何を考えているか観客で補完してください、というフランス映画らしい作りではあるが、「それで?」という感じです。ただ、ジャンルは違えど、監督の純粋さが貫かれているのは分かったし、レディオヘッド好きなのも分かった。ラストの民謡を弾く子供たちの純粋さが、これからのベトナムを作り出す希望のように思えた。 [インターネット(字幕)] 4点(2018-09-13 00:13:51) |
423. アントマン
ダメダメな等身大の主人公が敵とやり合う展開は相変わらずだが、ヒーロー映画に陥りがちな力のインフレ、スケールのインフレに食傷気味な今日において、小型化という突出した設定を巧く脚本に活かしていて飽きさせない。見ていて記憶に残る映画ではないが、アベンジャーズとあまり絡まない分、それほど複雑にならず気楽に見られる。大衆迎合の娯楽作品としては具体点といったところ。 [地上波(吹替)] 7点(2018-09-10 22:43:02) |
424. キャプテン・フィリップス
《ネタバレ》 行き過ぎたグローバリズムの歪みを描く、グリーングラス監督らしい骨太な映画。たった数人の海賊が巨大なタンカーを占拠する過程にリアリティあり。脚色を加えても、船長と海賊のリーダーに奇妙な友情が芽生えることも、ラストで対面することもない。その腹八分目さが丁度良くも物足りなさを感じるのは野暮か。豊満な体格のトム・ハンクスと酷く痩せこけたバーカット・アブディの対比がテーマを鮮烈にさせる。ちなみに船長は規約違反のショートカットにより、多額の損害を被った運輸会社から訴えられている。何もかも合理的に突き進んだ行動で高くつくとは皮肉な話だ。 [映画館(字幕)] 7点(2018-09-08 01:42:57)(良:1票) |
425. メアリと魔女の花
《ネタバレ》 水準は程々で気軽には見れるけれど、テレビスペシャルで十分な出来。原作の児童書(未読)がある以上、設定が似ていても仕方ないが、ポノックらしい個性が見当たらないため、古巣だったジブリの劣化コピーに見えてしまう。コンプレックスを乗り越えるあたりだってほとんど『思い出のマーニー』だ。あれだけ騒いでも、魔法大学の教師、生徒、箒管理人のクラナガンが何かしらの行動を起こさない、赤い家の住人もモブ同然の扱いなので背景に奥行きが出ず、ドラマが平坦で何も残らなかった。一定時間だけ"インスタント魔女"になれる設定は面白そうなのに勿体ない。嫌で独立したのに、レガシーにしがみつく矛盾。完全に調理する側、宣伝する側に問題あり過ぎ。 [地上波(邦画)] 4点(2018-09-08 01:34:09) |
426. 君の膵臓をたべたい(2017)
《ネタバレ》 原作未読。リア充の学生向けかな? 日蔭者が人気者のヒロインに突然好かれる、ライトノベルのような世界観。難病ものにありがちな結末を外す展開は意外でも、全体的に手垢に塗れたラブストーリーで、それ以上のものはない。ヒロインの親友とその夫の件も、期間限定の恋愛で得た主人公の件も、予想できてしまい白けるばかり。好かれる理由がヒロインと適度に距離を置くからで顔も良かっただけの話。共病文庫を拾って読んだ人がお局なオバサンだったらどうするのだろう? どこか遠い目で見てしまった。 [地上波(邦画)] 4点(2018-09-08 01:27:06) |
427. カメラを止めるな!
予告編或いはレビューを見たら本作の面白さは半減する。だからといって37分ワンカットとその後の展開に新鮮味があるわけでもない。なのに、もう一度見返したくなる。チープなようでいて、全てが計算された脚本の勝利と言える。ストップボタンの押せない映画館だからこその共有感で、テレビ放送なら絶対に感動できないだろう。今後、多くのオファーが舞い込む映画愛が迸る若き才能が、粗製乱造で買い叩きの邦画業界に潰されなければいいが・・・ [映画館(邦画)] 8点(2018-08-29 00:55:21) |
428. リメンバー・ミー(2017)
《ネタバレ》 この一年間で二人の親族を亡くした。 双方ともかなりの高齢で疎遠になっていて面会する機会を失ってしまった。 だから主人公の曾祖母の設定が現実の二人と重なって切なくなる。 死者の国が舞台であるなら尚更だ。 しかし予想に反して、現代文明とほとんど変わらない明るく陽気な雰囲気の都会でユーモアの連続が重い雰囲気を緩和してくれる。 それでも覚えている生者がいなくなれば、その住人もいつかは本当の死が訪れる運命。 たとえエルネスト・デラクルスが悪人だとしても、後悔と苦悩を持った複雑なキャラクターであれば物語に深みを与えていたはず。 家族がいたかもしれないし、単純な悪役に落とし込まれるのは短絡的ではないか。 記憶も命の灯も消えていくであろう曾祖母への"リメンバー・ミー"。 分かり切った展開であるはずなのに見終えて初めてじわじわ心に広がって涙する。 死ぬ前にこういうことができたミゲルは幸せだ。 全てがミゲルみたいな幸せな家庭だとは限らないが、その人が生きていた証を残すことが、生きている人ができる善行かもしれない。 [ブルーレイ(字幕)] 9点(2018-08-12 21:54:55) |
429. スリー・ビルボード
《ネタバレ》 「怒りは怒りを来す」。そこからどう抜け出すかが本作のテーマだろう。三枚の看板から始まった波紋から、事なかれで終わそうとする警察とそれでも闘い続ける遺族の母親。善と悪の二元論では決まらない、灰色の人たちの鬱屈は多くの人たちを傷つけていく。だが、そこまでいかなければ腹を割って向き合うことができなかった。対立するミルドレッドもディクソンも言動が極端で感情移入すら許さない。しかし、署長の手紙とぶつかっていく過程で少しずつ穏やかになっていくのは印象的だった。愚かで弱くてどこか愛おしい。完璧な人間なんていない。どこかで答えを見つけなければならない。そこらへんがリアルだとは思うが、そういうモヤモヤを求めたくない、痛快な娯楽大作みたいに白黒つけた明確な落とし所を求める人には向かないだろう。二人の行く末は明るくないが、最初の二人とは明らかに違っていて、決して暗くないはずだ。 [DVD(字幕)] 6点(2018-08-12 13:08:15) |
430. ハッピーエンド(2017)
《ネタバレ》 ある意味、『愛、アムール』の精神的姉妹作に位置付けられそうな本作。状況がよく分からない状態で話が進んでいくうちに一枚の地図が出来上がる。誰もが見せたくない裏の顔を持ち、血の繋がった家族と言えども所詮は他人。移民問題で山積みのカレーから目を背けるように、苦悩する一人ひとりに本気で向き合うつもりもなく、祖父と孫娘だけは表面で取り繕うだけの家族の異常さを見つめている。過去に人を殺め、自殺念慮を持っていたという共通の秘密が二人の唯一の居場所であるかのように。入水自殺を図る祖父とそれを撮影してSNSに公開しようとする孫娘、割り込むように助けに入る父と叔母。死という"ハッピーエンド"を映画は許してもらえない。あれをきっかけに家族は崩壊へ突き進むのか、本気で向き合ってやり直すのか、ハネケはSNSの炎上のように問いかける。今までと比べればかなりマイルドな作風だが、狙っている感に何を今更な感じで前作ほど心を動かされない。 [DVD(字幕)] 5点(2018-08-12 00:23:58) |
431. ガールズ&パンツァー 最終章 第1話
最終章は全6話の中編で構成されているとのことで、まだまだ始まったばかりなのか盛り上がりには欠ける。新キャラが次々登場し、いつも通りの緩急に富んだ空気は心地良いけれど、それだけ観る者のハードルが上がったとも言える。大多数の魅力あるキャラクターを限られた時間内に立たせるのがもっと難しくなるから。これからエンジンがかかろうとしたときにこの切り上げ方だが、あの展開なら次回も期待できるだろう。 [DVD(邦画)] 6点(2018-08-11 23:36:50) |
432. ヴェラ・ドレイク
《ネタバレ》 まるでドキュメンタリーのように描かれる淡白な演出は、堕胎という深刻な問題を扱っている故か。キリスト教が重要な立ち位置を根強く残す時代、ごく普通の中年女性が善意で行っているそれは、倫理的に許されるものではないが、性暴力による望まぬ妊娠であるものなら、妊娠した女性も生を受けてしまった子供も不幸になるだけだろう。その命に価値があるか否か、綺麗事で片付けられないことをヴェラ・ドレイクは理解しているかは分からないが、罪に対して無知だとしても救いたい気持ちは本物なのだろう。奇跡が起きるわけもなく、法は容赦なく彼女を裁く。彼女の帰りを待ち続ける残された家族のショットが善意の対価、喪失の大きさを突き付ける。現在でも女性蔑視の構図は変わらないまま。老いを受け入れたような達観さのあるイメルダ・スタウントンは名演。 [DVD(字幕)] 5点(2018-08-10 19:41:53) |
433. オデッセイ(2015)
《ネタバレ》 地球外のサバイバル劇にユーモアを交えたところが異色である以外はとりわけ普通のSF。 本当にリドリー・スコットの映画かと思うくらいに物足りない。 如何にして水と食料を確保するかの前半をなかなか魅せるも、 後半は話が一気に飛ぶため孤独や体調不良に追い詰められる感じが伝わりづらく、 救出でも器具がガタつくフラグが立っているのにトラブルなく成功してしまうため、 もう少しハラハラさせる要素が欲しかった。 帰還を待っている群衆の存在も過剰で必要なし。 英米中のみという中途半端さでてっきりギャグでやっているのかと。 最近は中国に媚を売らないとヒットを望めなくなってきてるのかな? 時代の流れを感じる。 [地上波(吹替)] 6点(2018-08-10 19:32:26) |
434. ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション
監督が己の個性を押し殺して、ひたすらトム・クルーズの活躍に徹する職人技を堪能する。組織が解体される前作と同じシチュエーションが気になるが、大逆転するのは分かっているのに、自分も仲間も一巻の終わりと思える絶体絶命の安心感の無さが良い。その真剣勝負はスタントシーンにも通じる。ある意味、私生活で破綻しているからこそ、無理なスタントで死に急いでいる気がしてならない。 [地上波(吹替)] 7点(2018-08-10 19:28:45) |
435. M:I-2
全シリーズにおいて、毎回違う監督の中で特にジョン・ウーの個性が強く、同時に好みが分かれるだろう。前作と比べても、別物と言ってもいいくらい戸惑う。とことん派手にやっていても、既視感だらけの空虚なアクションが続く。これでは007と大して変わらない。許容の範囲内のアクションでチームプレイありきなのがスパイ大作戦なのだから。 [地上波(吹替)] 3点(2018-07-31 23:26:01) |
436. アーティスト
《ネタバレ》 サイレントのスターがトーキー映画の住人になるまで。CG全盛の時代を逆行する白黒無声と、当時なかったメソッド演技法を用いる辺りに瑞々しさが光る。仰々しさより情感が広がる。"BANG"の字幕が流れる演出も当時では絶対に出来なかっただろう。ある意味でサイレント映画へのラブレターでもあり集大成でもある本作だが、期待ほどの感動には至らない。確かにテンポ良く見られるし、自分の突き通したい信念と大衆迎合との剥離に苦悩して転落する、そのアーティストの矜持を描いた物語は映画通好みであれど、ベタでオーソドックスな恋愛要素が絡まるとむしろ先述の技巧と噛み合わない事態になってしまう。入れないとサイレント映画らしくないというジレンマ。完成度は高く試みは評価するも、誰向けなのか分からない。当時の監督・俳優が見ていたらどう感じたのだろう? [映画館(字幕)] 7点(2018-07-31 23:11:31) |
437. 英国王のスピーチ
吃音を克服した英国王のお話・・・と言えばそれまで。過程を丁寧に堅実に見せる。王室が日本よりも開かれ、企業に例えるあたりが目から鱗。兄が王冠を投げ出し、国家の命運を望まずにして任されてしまったジョージ6世の苦悩の重さが伝わる。良く出来ていて面白いと思うが、悪く言えば、ご年配向けであまりにも優等生すぎる。万人向けには違いないが、決定打になるような切れ味とインパクトが欲しい。 [映画館(字幕)] 7点(2018-07-31 22:09:26) |
438. プラトーン
《ネタバレ》 ベトナム戦争で行われた米軍の蛮行と狂気を描いた力作は他にもあるが、従軍経験のある監督の目線で描いているだけに貴重と言える。戦闘以外の細やかな日常描写にも隅々にリアリティが行き渡る。戦争の無い世界だったら理想の上司として愛されていたエリアスは、人間であり続けるために理想との狭間に苦しみ麻薬に逃げる。そう、常識も倫理も通用しない戦場ではバーンズのような冷酷な人間が生き残り、成果を上げているのが現実。生活のため、愛国のため、ただ人殺しするため・・・行き着く先は彼らを掌で踊らす国家に対する怒りと憂いである。内省はあれど同じことを延々と繰り返すアメリカ。それは、軍需なしでは維持できない、武器を放棄すれば無慈悲に潰される、虚勢で築かれた国家の病理そのもの。ジレンマに揺さぶられながらも、非人道的行為の真実を伝え、ダメなものはダメと言えない国に未来はない。 [DVD(字幕)] 8点(2018-07-31 22:01:24) |
439. リリイ・シュシュのすべて
ケータイ小説を彷彿とさせる、中二病観念的残酷青春映画。負のエネルギーが充満する要素が中学生たちに重くのしかかり、美しい田園地帯が残酷さを際立たせる。自分にはリリイ・シュシュはいなかったが、生き甲斐と言えるもの、居場所があったから、自殺したくてもそこから免れた。映画に幸せや救いを求めるのなら見ない方が良いだろう。現在の中学生はこれ以上に残酷で虚無感に満ち溢れた、救いのない世界を生きている。理解できない、融通が利かないから目を背けるしかない。そういう無責任を監督は観客に突き付けたかったのではないか。「じゃあどうすればいいの? 答えをすぐ映画に求めるなよ」みたいな禅問答。私もまたそこから目を背けた傍観者だ。悲しくて救いがなくても、死が救いという場合もある。沖縄編は冗長でいらない。 [DVD(邦画)] 4点(2018-07-24 21:34:32) |
440. 切腹
《ネタバレ》 不気味で緊迫感のある白黒映像と音楽に引き込まれ、全編にわたり武士たちの冷徹な眼差しが死線と向き合わせる。金をせびりにきた老いた浪人が切腹されることになり、そこから二転三転して、社会派ドラマにもギリシャ悲劇にも通じる普遍性のあるストーリーが展開される様は見事。貧困で飢えと病に苦しみ死んでいった娘とプライドを捨てた挙句武光で切腹された婿のために、武士道の虚飾を引き剥がす復讐劇に強烈なカタルシスを感じた。誇りある武士道なんて所詮嘘っぱちと言わんばかりに、あまりに残酷で壮絶で、そこまでしても変えられない無常感が最後まで貫く。何もかもぶち壊した果てに、何事もなく取り繕うだけで終わる理不尽さ。空洞になった社会における人情と倫理を問いかける重厚なまでの後味の悪さが残る。痛切な傑作。 [DVD(邦画)] 9点(2018-07-24 21:06:09)(良:1票) |