41. オーケストラの少女
《ネタバレ》 いかにもアメリカ的な能天気な作品です。社会のどこかに眠っている本来なら輝く才能をもった人材が適材適所で活躍して人々賞賛を得ることができれば経済恐慌も不景気もなんのその、という考え方は本当にそうあってほしい理想です。結局、現実では大恐慌後のアメリカはルーズベルト大統領のさしがねで暗号を解読してあらかじめわかっていた日本軍による真珠湾攻撃看過して戦争へ突入することによって失業問題などを解決するしかなかったのですが。。。失業音楽家たちが大指揮者ストコフスキーの家に忍び込んで体当たりで演奏を披露してストコフスキーを否応なしにとりこにしてしまうというようなおとぎ話で何もかもうまくいけばいいですよね。この曲(リストの「狂詩曲(ラプソディー)第4番」)もパトリシアが最後に歌うヴェルディのオペラ「椿姫(ラ・トラヴィアータ)」のアリアも難曲中の難曲のようで、正式のコンサートマスターや声楽専門の教師なしに演奏したり歌ったりできるというのも正におとぎ話です。現実と正反対の夢を見させてくれた指揮者ストコフスキー(本人)とパトリシア役の女優さんに喝采! [DVD(字幕)] 10点(2015-12-14 14:00:11) |
42. 容疑者Xの献身
「石神は人を殺さない。殺す前に殺さなくてもいいように解決策を見つけるだろう。」という湯川。一見幾何の問題に見える関数の問題にはまってしまったんですね。全編を通じて堤真一の演じる不器用な数学者の演技にはまってしまいました。でももし石神が数学者ではなく、昨今の法律家大量生産のせいで仕事にあぶれて安アパートに住むしかない弁護士だったら落ち着いて「靖子さん。あなたがやったことは正当防衛。それが立証されれば無罪。悪く転んでも過剰防衛で微罪ですよ。」とアドバイスしたはずなんですけれどね。こんなこと法律の素人のわたしでも言えるけれど数学者には言えないのでしょうか?どんなに好きな相手でも正当防衛以外で人殺しをしたら百年の恋も冷めるし、逆を言えば恋が冷めないのなら優秀な弁護士に依頼して無罪を勝ち取る余地が十分にあるはずです。最初のニュースと爆発現象を説明する湯川のかっこよさ、雪山から見る広大なパノラマ、そして堤真一の好演のせいで点数は甘めです。 [DVD(邦画)] 8点(2015-06-22 07:02:47) |
43. 汚れなき悪戯
《ネタバレ》 市場に積まれたリンゴの山の中程からマルセリーノがひとつを掴んだせいでリンゴの山が総崩れに、そして驚いた家畜の牛たちが暴れ出して市場全体がドミノ効果のようにめちゃくちゃになるシーンを何十年も昔、子供の頃に見た時には見過ごしていました。そして、周囲の大人達に冷たくされた寂しさの中でマルセリーノと屋根裏の痩せたおじさんとの交流が始まるのですが、それは子供心にただただ不気味にしか感じられませんでした。 今、大人として鑑賞してもやはり不気味さは拭えません。中南米系のカトリック教徒は奇跡を信じて例えば涙を流したことのある彫刻みたいなものを拝んだりしますが、カルチャーの違いかわたしには到底理解できません。劇中のフランス兵の帽子の形からナポレオン時代(19世紀前半)以降の物語だと推測できますが、マルセリーノの死因は奇跡ではなく心臓麻痺とかじゃなかったんでしょうか?まあ、今なら明らかにもなるし話題にもなるそういったことは不問に付して神様の意思といった宗教がらみの要因だけを問題にするとしても、12人の父親よりも1人の母親のほうがいいというマルセリーノの願いがいとも簡単に叶えられるのは、市場の騒動の件で一時的に冷淡になっていたとはいえ、マルセリーノを一生懸命育ててきた修道士さん達にとってはあまりにも不公平です。 でも鑑賞後にわたしは「人は皆、理由があって生まれ、理由があって死ぬ。」というある宗教家の言葉を思い出しました。乳幼児のうちに天に召される者は周囲の人間に何かを教えて去っていくのだそうです。マルセリーノが修道士達に何を教えたのか、宗教の違いを超えて考えてみてはどうでしょうか? [DVD(吹替)] 10点(2015-06-08 00:02:25) |
44. 単騎、千里を走る。
《ネタバレ》 北京オリンピック開会式のプロデューサーを務め、その後の作品で潤沢な資金やエクストラを駆使して「昔の心意気はどうした!」と揶揄されたチャン・イーモウ監督のまだ擦れていない頃のお涙頂戴もの作品です。別に日中両国をまたがなくても、とかツッコミどころはありますが高倉健と仕事をしてみたかっただけなのかもしれません。でもプロの日中ガイドと少し話しが混みいるとしどろもどになるガイドの二人を配して言葉が通じないことからくるドタバタもあり、最後は言葉を越えてわかり合うようにもっていくところなど、心憎いストーリーでした。リーの仮面の下での涙は唐突に感じましたが自分の子供のために動き回れる高田(高倉健)に対する羨望と囚われの身の自分に対する自責の涙だったのですね。高田がガイドを介して伝えた決断はリーとヤンヤンの父子両方にとって妥当なものだったと思います。高倉健さんは昨年亡くなりましたが「チャン・イーモウ監督、高倉健が元気なうちに撮れて良かったね。」と言いたい一作です。雲南省の風景がとても綺麗でした。 [DVD(字幕)] 7点(2015-02-12 08:00:51) |
45. テルマエ・ロマエⅡ
ちょっとマンネリかな。本来、ローマの奴隷文明で可能になった数々の考案を電気文明の私たちが真似している部分も多いはずで、それを逆にしたことで前作は笑いをさそったのに、ルシウスがアイデアに行き詰まると現代日本にタイムスリップするのも「またか!」といった感じになってしまいました。前評判だった力士の登場も、特に曙と琴欧州についてはストーリーにあまり絡んでなかったし、プッチーニのオペラ、ツーランドットからの「誰も寝ない」もトリノ五輪開会式でのパバロッティの熱唱、同五輪女子フィギュアスケートで荒川静香さんが逆転金メダル獲得した時の演技曲、前作でルシウスが皇帝に表彰された時のBGMと続いてわたしにとっては今回四度目の感動シーン(?)での採用ですっかり食傷気分になってしまいました。やはり脚本がイマイチです。今回、オペラ以外からのBGM選曲は新鮮でまた、アケボニウスのいでたちやコロセウム、草津温泉の風景など、視覚的にはたっぷり楽しめました。 [DVD(字幕なし「原語」)] 6点(2015-01-24 04:19:35) |
46. カラマゾフの兄弟(1958)
個性的な禿髪で多彩な役柄をこなすユル・ブリンナーのファンは多いはずなのに本作品ではわたしが一番のりです。どうしても先に見たフジテレビ版と比較してしまうのですが、フジテレビ版では次男が主人公に近いのに対して本作品ではユル・ブリンナー演じる長男が中心です。特筆したいのはグルーシェンカを演じたマリア・シェルという女優さんで金髪がきらきら輝いて圧倒的な存在感と魅力がありました。フジテレビ版のグルーシェンカ(久留美)はちょっと暗すぎです。そう言えば長男ミーチャ(ドミトリー、満)もフジテレビ版では軟派すぎました。原作に重ねた場合、次男がちょっと年を取りすぎに見えるほかはすべての配役に関してこちらのほうがわたしが得たイメージに近いです。全編、言葉は英語ながらロシアの雰囲気がよく再現されていると思います。 [DVD(字幕なし「原語」)] 7点(2014-09-12 08:29:27)(良:1票) |
47. カルテット!人生のオペラハウス
《ネタバレ》 エンドロールを見てわかりました。台詞がない登場人物の音楽家は全て往年のクラシック音楽界のスターなんですね。この人たちに担がれたダスティン・ホフマンがとってつけたような元夫婦のオペラ歌手のお話を仕立てたみたいです。これがいい意味でも悪い意味でもこの作品の正体のようで、大のクラシック音楽ファンとして超甘の点数を献上しますが映画ファンも納得させる作品にしあげられなかったのが返す返すも残念です。みなさんラストシーンで四重唱者が姿を見せないことを大きな減点要因にしていらっしゃいますが、加えて四重唱の歌手たちがみんな体力気力芸術性ともに油が乗り切った年代の人たちなのも瞭然で、ラストがストーリーから完全に浮いてしまっています。高音がひび割れても低音に力が入らなくてもいいから年配の歌手を使うべきでした。以上に増して「往年の完成度は達成出来なくても歌うことはやはり楽しいね。」というようなメッセージを脚本・台詞で体現することも映画ファンを惹きつけるためには必須です。 [DVD(字幕)] 6点(2014-07-28 00:02:21) |
48. アイーダ
お色気たっぷりで肉体美を見せつける女優として有名なソフィア・ローレンの天賦の美しさにもまして彼女の女優としての努力と才能を見せつける作品です。マリア・カラスに匹敵する実力を持つオペラ歌手の吹き替えに合わせた口パクは完璧で音楽の修養が稼業の中心になっている歌手とは比べようがないほど奴隷の身に余んじる悩み多き高貴な姫君の役柄を表情やしぐさを含めどんな要素を取っても、また大写しになっても完璧に演じ切っています。音楽も凱旋行進曲など超有名なもの目白押しでソフィア・ローレンとオペラファンの両方に必見の作品になっています。もちろんソフィア・ローレンの美貌と肉体美に酔いしれても結構です。劇場で見る術もなく、劇場で見たらさすが古色そうぜんのスペクタクルになってしまうかもしれないので点数は少し辛目です。 [DVD(字幕)] 7点(2014-05-23 03:06:42) |
49. テルマエ・ロマエ
厳しい意見が多いですがわたしは期待以上に楽しみました。何よりもこの作品は質の高いコメディーなのです。(個人的なきまりでコメディーは8点が最高点なのででスミマセン。)主人公の建築技師ルシウスは生没年も不詳で歴史上有名な人物ではありませんが、日本人の市村正親や宍戸開が演じたハドリアヌス帝やアントニウス帝は残されている胸像彫刻にそっくりだし、ローマ時代の装束トガを着て闊歩するローマ市民たちや古代ローマの市街など正にわたしが見たかったシーンでした。今までに制作された古代ローマを舞台とした映画は「クオヴァディス」や「ローマ帝国の滅亡」など悲劇しか思い浮かばず、またこの時代(紀元二世紀の五賢帝時代)の少し前を背景にした「ベン・ハー」や「クレオパトラ」もローマを舞台としているわけではありません。本作品を見て、日本の製作者と俳優陣が高い文明を誇った古代ローマ人の日常を描く作品を作ってくれたことに感謝感激しています。わたしが笑った箇所のほとんどは本歌取さながらのオペラ音楽BGMと切っても切れないシーンでした。ルシウスと真実がタイムスリップする際の「蝶々夫人」のアリア「ある晴れた日に」、エンド・ロールで人々が風呂でくつろぐ場面での「アイーダ」の凱旋行進曲、そしてルシウスが皇帝に表彰されるシーンでの「ツーランドット」の「誰も寝ない」等々、異文化に対する憧れと尊敬、そして対抗心がこの作品を面白くしています。蛇足ながら最後の曲はイタリアの中下層階級出身で国葬並の葬儀とともにこの世を去った歌手パバロッティの「人生のテーマソング」で、トリノ五輪の開会式ですい臓がんに侵されていた彼が(口パクではありましたが)「Vincero! Vincero!(勝つぞ!勝つぞ!)」と高らかに歌った曲(+荒川静香さんの金演技曲)でもあります。笑える、あるいはシリアスなストーリーに時代考証、音楽、美術すべてを盛り込んだこういう作品が日本でさらに制作されることを期待しています。 [DVD(邦画)] 8点(2014-01-22 14:10:27)(良:1票) |
50. にがい米
シルヴァーナが地元の女だということは誰の口からも語られません。でもラストシーンでの農場の人々の彼女に対する態度(詳しく書くとネタバレになりますが)や彼女のフランチェスカに対する屈折した心情やワルターを巡るライバル意識などから容易に想像がつきます。イタリアは国家として統一された頃から地方格差や貧富の差が大きく、その事実はおそらく現在でも変わってはいないと思われる国ですが、その事実を統計数字などではなく、まだ見ぬ都会に対するせつない憧れや男女の恋で表現してしまうなんてイタリア・ネオリアリズムはすごいと思います。 [DVD(字幕)] 9点(2013-11-13 05:04:49) |
51. アンナ・カレーニナ(2012)
グレタ・ガルボ、ヴィヴィアン・リー、岩下志麻の日本版(NHKドラマ)の三つとどうしても比較してしまいます。NHK銀河テレビ小説だった日本版はもう見ることはできないけれど、これが一番好きでした。キーラ・ナイトレイの知的な風貌は不倫にのめりこむ奥様には向いていないと思うんですけれどね。女優として同じくらい知性を感じさせる岩下志麻が演じたアンナは非の打ちどころのない夫に対して「あなたが構ってくれないからよ。」という主張をしていたし、ヴィヴィアン・リーのアンナは情念と妻や母の地位を守ろうとする理性との葛藤を鬼気迫るほどの迫力で表現していました。もっとも、これは夫役のキャストに負うところも大きいです。本作の夫役も十分真面目で堅実な雰囲気を出していましたが(あくまでも主観的な意見ですが)ヴィヴィアン・リー版と岩下志麻版では中年の魅力がもっとたっぷりの俳優さんが演じていたように思います。本作の最初のほう、アンナとウロンスキーが出会う舞踏会の踊りの振り付けが全然社交ダンスっぽくなく、インドかアラビアのダンサーのように上半身(特に腕)の複雑な動きに終始していたのが良く言えば官能的、悪く言えば場違いでキモかったです。 コスチューム部門アカデミー賞に輝いただけあって視覚的効果は抜群でした。 [DVD(字幕)] 6点(2013-10-28 09:21:09) |
52. 夏の嵐(1954)
ヴィスコンティ監督の作品の中では未熟という意見もありますが、なんのなんの、荘厳なBGM、貴族の邸宅の内部、ヴェニスの風景、戦闘シーンなど全て秀逸です。憎みあう敵味方の間に生まれた愛情というのはシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」以来、何度も文学や演劇の作品で表現されてきましたが、この作品では中盤頃からアップになるリヴィアの表情、特に眉間に深い皺が刻まれたハイミスの彼女の年輪とオーストリア軍人フランツの小悪魔的な童顔が何か単なる敵味方ではない、新旧勢力の象徴のように描かれている気がします。とろけるような官能を描き切ったこの作品は新旧交代をよりリアルかつ重厚に描き切った後年の「山猫」の布石になっていると思います。 く知られているようにシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」では愛し合う二人の恋は死によって完結しますが、本作品の似て非なる結末も新旧対立という観点からいろんなことを考えさせます。 [DVD(字幕)] 9点(2013-10-27 08:07:56) |
53. 炎上
「新平家物語」でさわやかな好男子としての平清盛を演じた市川雷蔵が醜い吃りの学僧をどうやって演じるのか興味津々で鑑賞しました。さわやかな目鼻立ちなど暗い演技で消えてしまう演技派俳優の面目躍如たるものがあります。原作は何度も読み返しましたが主人公が金閣寺に放火する経緯を明らかに書いたのでは面白味がなくなるし、主人公が破滅に進む経緯が丁寧に再現されていなけれは読む価値がなくなるそのバランスとお語り口がすばらしい作品です。映画のほうも負けてはいません。 [DVD(邦画)] 9点(2013-07-22 07:57:36) |
54. 25年目の弦楽四重奏
《ネタバレ》 アカデミー助演男優賞に輝いたディアハンターは未見ながら、キャッチミーイフユーキャンで主人公の父親役を演じたクリストファー・ウォーケンを見ただけで深い精神性を表現できるすごい俳優だと思いました。当方、大のクラシック音楽ファンでもあります。で、結果から申し上げますと、一挙両得を狙った映画館での鑑賞はわたしとしては見事に期待はずれでした。焦点が四重奏者とその中の夫婦の娘にバラけてしまい、チェロ奏者兼音楽学校講師のウォーケンの深みのある演技も彼が登場する(わたしとしては)数少ない場面でしか見ることができませんでした。わたしを含めた観客がエンドロールの結構後のほうまで残っていたのは音楽が思っていたほど堪能できなかったからその埋め合わせだったと思います。病気のせいで弦を正確に押さえられなくなった、つまり人前での演奏に耐えることができなくなった苦悩はビオラと第二バイオリンの夫婦のすれ違いの比ではないと思うので残念です。わけがわからないのは四重奏者夫妻の娘と第一バイオリン奏者との恋愛で、先生に「君には弦楽四重奏はまだ早い」と言われて落ち込むわけでもなく、先生の芸術性に感服して好きになってしまったわけでもないらしく、しかもいい年したおっちゃんの第一バイオリン奏者が教え子の部屋に忍び込むなんでますますわけがわからなかったです。かたやウォーケンが演じるチェロ奏者は演奏者としてのキャリアは終わっても音楽教師として生きる道が残っているわけで、このあたりをもっと描いてほしかったです。四重奏者夫妻が自分の娘の英才教育を独身のオタクっぽい同僚に任せたのも不自然で、どうせ同僚に任せるのなら技術面の指導は別楽器なので期待できなくとも音楽性抜群かつ既婚者のチェロ奏者に任せればこんな変なことにはならなかったのにと、変な感想で締めくくらせていただきます。あと、ニューヨークの美しい冬景色をたっぷり堪能しました [映画館(字幕なし「原語」)] 6点(2013-07-02 09:56:09)(良:1票) |
55. ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮
素顔はさわやかな北欧好男子のミケルセンが髪型とメイクで精いっぱいのブ男として登場。ミケルセンが演じる医師ストルーエンセは20年はかかるはずの人道主義諸制度(疫病を防ぐための上下水道の建設、裁判制度の確立、言論の自由、公務員による拷問の禁止等々)を二週間で構築しようとする間違いを冒したと評される人物で残されている肖像画で見る限り結構イケメンです。若くて宮廷になじめない王妃を手玉にとって自分のやりたいほうだいのことをやったような悪評も彼にはありますが、この作品の中では次期国王となる男子を生んだ後は国王に冷遇された王妃とデンマークの将来を語るうちに自然に愛情が芽生えたように描かれています。両方とも事実だったような気がします。現代では当然と受け止められている制度が確立されるまでにこのような人物のこのようなエピソードがあったということを教えてくれる秀逸な作品で全編の映像がとても美しかったです。 [映画館(字幕)] 9点(2013-04-04 07:23:57) |
56. アルゴ
はらはらさせられるサスペンスの表面の下に今でも存在するイラン・シーア派イスラム政権対する疑念・・・つまり公務員としてビザ発給などの業務に勤しむ罪のない人々を裁判などでその可否を公に対して問うこともなく四百日以上も監禁してしまうような社会、そういった極端な行動に出る民衆をコントロールできない政府は果たして国際社会で他国と対等に扱われるべき近代的な意味での法治国家なのかという疑問が起こるのをどうすることもできなかった。アメリカCIAの工作はカナダ大使館に身を寄せた6人の大使館員を救出するための緊急措置として取られたものだが、偽のカナダ旅券の発行をカナダ政府に要請するという通常ならば非合法な手段を取ることによってこのような非合法事態が起きた際の対策の在り方を明確に示唆している。アカデミー賞にノミネートされた音響・美術などが優れた他作品を抑えてある意味で地味なこの作品が作品賞に輝いた理由がわかるような気がする。 [映画館(字幕なし「原語」)] 8点(2013-03-13 01:41:26) |
57. 白痴(1951)
映画会社の都合で大幅にカットされてしまったことが返す返すも残念な作品。特に悲劇のヒロイン那須妙子を演じた原節子の真に迫った演技は「原節子は美貌だけのダイコン」あるいは「いつでも意味不明な薄笑いを浮かべて演技する女優(注:わたしが知る限りでは小津安二郎監督の作品ではそうでも黒沢明監督の作品ではそうではありません。多分、小津の指示で作らされた表情だと思います。)」などの酷評を払拭して余りあるものです。原作未読で鑑賞した後、目下原作を約半分読破したところですが、優れた文学作品というものは優れた映画監督と俳優の手にかかると背景、音楽などが文字による説明の欠如を補って原作と対をなす別種の芸術作品になります。もしも、松竹映画会社が先々ディレクターズカットのDVDなるものが一般家庭で堪能されるようになるとわかっていたら・・・編集前のフィルムが全て残されていたら・・・黒沢に編集のチャンスが再度与えられていたら・・・その作品は10点満点になっていたと思います。嘆いても甲斐のない幻の作品と本作品それのみに対する大方の鑑賞者がつけている点数のちょうど真ん中の点数を進呈します。 [DVD(邦画)] 8点(2013-01-12 12:48:37) |
58. デジレ
《ネタバレ》 英語の原題 “Desiree”を見た時、この単語は英語の”desire(熱望する)”のフランス語の過去分詞で「熱望された女」を意味し、ナポレオンが跡取を産ませるために苦労を共にした妻ジョセフィンを離婚して一緒になったドイツ貴族の娘マリア・ルドヴィカ(フランス名マリー・ルイーズ)のことなのかと思いました。映画の内容として当たらずとも遠からずですが実は題名はナポレオンの初恋の人で彼に終生愛された女性の名前で、ヨーロッパ史上こんな人がいたとはそれまで知りませんでした。冒頭はまるで若草物語、そして田舎娘が婚約者を追ってパリに行く話・・・そしてストーリーは歴史の波に乗ってあれよあれよという間に展開します。ナポレオンの戴冠式など同題のダヴィドの絵が動いているような華麗さ!!特記したいのはデジレの夫ベルナドットの寛容さと賢さです。デジレに近づいたのは婚約者に振られた田舎娘への同情からだったかもしれませんが、その後ナポレオンを愛し続ける妻を許し、包容し続け、ナポレオンの将校として戦略上か政治上でかで誤りを犯した際は妻のとりなしでお咎めなしで終にはその自由主義の言動と人望が中立国として歩み始めていたスェーデンの王室の目にとまり、夫婦そろって国王の養子となりましたが、二人の直系の子孫が今、世界最高の学術賞ノーベル賞の授与式でのメダル授与役として毎年世界中に存在を示しているわけです。かたや跡継ぎほしさのあまり苦労を共にした妻と別れてドイツ娘と結婚したナポレオンは跡継ぎに恵まれはしましたが、自らの失脚と死の後、学究肌で真面目だったその子はドイツとフランスの両国から疎まれ監視され、不遇のうちに早逝してボナパルト朝は途絶えました。歴史っておもしろいです。 何を演じてもセクシーなマーロン・ブランドと対照的なベルナドット役の控え目な演技が光っています。 [DVD(字幕)] 7点(2012-12-12 04:02:25) |
59. 千年の恋 ひかる源氏物語
酷評が多いけれど、そんなに目くじら立てることはないんじゃないかと・・・今から千年前に書かれ、日本が世界に誇れる世界初の近代文学だとか吹き込まれている上に高校の古典の時間や大学入試で油を絞られた記憶から辛い点数がつくんじゃないかと思います。光源氏と明石の君が熱帯魚が泳ぐ海中でダイブの追いかけっこするシーンとか目いっぱい楽しんだんですけれどね。本作の欠点は長いことだけです。目を楽しませる色彩や豪華な衣装・背景や耳に心地よいシンセサイザー音楽なんて一時間半以上続けて見ると食傷気味になります。で、かく言う当方はイアン・マックラン監督兼主演で戦車が突進し軍用機が空を舞う「リチャード三世(シェイクスピア原作、上映時間104分、本サイトでの平均点8.75)」の大ファンです。リチャード三世にあげた点数と同じ9点をあげようとも思ったけれど、質的にちょっと落ちる「ロミオ+ジュリエット(シェイクスピア原作、レオ様主演、本サイトでの平均点5.54)」にわたしがつけたのと同じ点数にしておきます。「シェイクスピアと紫式部を差別しないでください!」というのがわたしの切なる願いであります。 [DVD(邦画)] 6点(2012-09-29 12:35:52) |
60. ゼロの焦点(2009)
《ネタバレ》 松本静張生誕100周年記念特売(中国語字幕付)というDVDセットを期待して買って見てがっかりしました。その昔十朱幸代主演でNHKで見た同作品が非常によかったせいもあります。十朱幸代版は一、二回ぽっきり放送のTVドラマだったのでこのサイトには載らないんですね。松本静張は新婚7日目でお嬢さんの主人公が社会の暗部に目覚めていくという重厚なテーマを描きたかったのだと思います。十朱幸代版では主人公は最後までお嬢さんっぽさが抜けないもののきちんと推理したり検証したりしたのに、このバージョンではその過程もすっ飛ばして簡単に犯人との対決にもっていってしまって残念です。それにしても元米軍兵相手の暗い過去が以前のバージョンではずしりと重たい過去の事実に見えたのがこのバージョンでは「それがどうした。」と言いたくなるほどの重みしか感じられなかったのは脚本や演出のせいでしょうか、それとも良家のお嬢さんまでが援助交際とやらをする現代の風潮のせいでしょうか? [DVD(邦画)] 4点(2012-08-08 03:48:31)(良:1票) |