81. 洲崎パラダイス 赤信号
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。すばらしい。他には見たことがないような非凡な傑作。 これは「入り口」の物語なのですね。赤線地帯の内側の様子は一コマも出てきません。何もかもが外側のギリギリの地点で繰り広げられる。そのことが、煮え切らない付かず離れずの男女の物語を何ともいえずスリリングにしています。 主人公の二人は突出して魅力的というわけでもないし、物語がそれほど面白いわけでもなく、原作を読んでみようという気にもならないけれど、やはり内と外の境界という絶妙な設定が効いていて、そこを出入りする人々や、その周辺で働く堅気の人々や、土砂を運ぶトラックや、水辺でボート漕ぎに興じる人々や、たわいもなく遊ぶ子供まで、すべてがスリリングに見えてしまって飽きません。 撮影所の技術に裏打ちされているとは思うけれど、まるでヌーベルバーグのようなしなやかさと軽さもあります。川島雄三の技ありの一本。 [インターネット(邦画)] 9点(2022-08-25 03:21:02)(良:1票) |
82. 花筐/HANAGATAMI
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。 最晩年にこれだけ瑞々しいアマチュアリズムと実験精神を炸裂させる自由度はなかなかスゴイ。黒澤明のカラー作品のようでもあり、鈴木清順の大正シリーズのようでもあるけれど、書き割りっぽい合成映像を多用した画面やポリフォニックな音響はかなり演劇的であって、むしろ寺山修司の映画を思わせるところがある。 20才の矢作穂香から42才の長塚圭史までを「同年代の若者」とした大胆な試みにも違和感はなく、それぞれのキャラ立ちもしっかりしていて、そこには大林宣彦の俳優起用の巧さをあらためて感じます。音楽の使い方にも彼流の美学が徹底している。 戦争の予感のなかで死んでいく若者たちを描いていますが、反戦色が強いというよりも、むしろ破滅の美学のなかに陶酔しているように見える。そういう傾向も鈴木清順や寺山修司に近似しています。 [インターネット(邦画)] 8点(2022-08-22 02:04:21) |
83. 蒲田行進曲
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。面白くないわけではないけど、好きかと言われると好きではない。 兄貴やら親分やらへの忠誠のなかで生きることしかできない芸能ゴロツキの破滅型の人生を、つかこうへいの在日パワーと深作欣二のヤクザパワーを掛け合わせながら、ひたすら力業で押し切ってる感じで、最終的には安っぽいメロドラマの域を出ない。 つかこうへいの戯曲が、当初の予定とはちがって、松竹ではなく東映の話になってしまったらしいのだけど、なぜ『銀ちゃんのこと』というタイトルのまま東映で映画化しなかったのかが理解できない。まあ、そんなタイトルじゃヒットしなかったのかもしれないけれど。 和田誠のデザインしたタイトルをバックに「蒲田行進曲」を歌ってみたものの、実際には松竹蒲田とは何の関係もないし、桑田佳祐のお洒落な歌を挿入してみたものの、実際には湘南とは何の関係もないし、どこまでいっても東映京都の芸能ゴロの話だというところに不可解なモヤモヤが残ってしまう。 [インターネット(邦画)] 7点(2022-08-18 21:20:34) |
84. 大魔神
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。素晴らしい!美しい傑作。 大映時代劇の様式的なドラマの文体こそが、特撮部分のリアリティを裏支えしています。「ゴジラ」や「ウルトラマン」のようなサイエンスフィクションの場合、特撮のスペクタクル部分に比べて、ドラマ部分が説明的すぎて弱いのが常だし、その結果としてリアリティを損ねがちだけど、そういう意味では本作の神話的なリアリティのほうが優っている。怪物の15尺(4.5メートル)という大きさにも臨場感と緊迫感があり、巨大すぎてかえってドラマ世界から乖離してリアリティを損ねたりはしていない。鉄鎖を用いて怪物の捕縛を仕掛けたり、枯れ木を乗せた荷車を燃やして火攻めにする戦法なども、よく考証されていると思う。 結末はやや呆気なく、欲をいえば城下の平穏な暮らしが再建されるまでを描いてほしかったけれど、84分であっさり語り終える簡潔な筆致こそが叙事詩的なリアリティにふさわしいのかもしれません。市川雷蔵の「眠狂四郎」や勝新太郎の「座頭市」のような時代劇美学と比べられることもあるでしょうが、わたしはむしろ溝口健二の「雨月物語」や「近松物語」に匹敵するような叙事詩的な説得力を感じました。 [インターネット(邦画)] 9点(2022-08-12 00:11:34)(良:1票) |
85. パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。すこぶる痛快で面白かった。ただし、パガニーニの伝記的な半生を知る目的で観ると、ちょっとアテがはずれますが。 これはあくまでイギリス人の監督がロンドンを舞台にして、英国のロックスターに類型的な破滅型の人生を19世紀のイタリアの音楽家に投影してケン・ラッセルに捧げた、きわめて現代的かつ英国的な英語の映画です(製作はドイツで主演もドイツ人だけど)。主人公に群がる女の子たちにもロック全盛時代のグルーピーの姿が投影されていると思う。 たしかに史実からエピソードを引いたところはあるでしょうが、ここに描かれている話はまったくの創作というべきだし、19世紀のイタリアらしい雰囲気はどこにも感じられないし、パガニーニの音楽に特有の異教的な感覚にも乏しい。 とはいえ、敏腕マネージャーが無名の演奏家の才能を引き出しつつ、社会規範を逆撫でするような悪魔的演出と炎上商法によって全欧的スターにまで育てたのだという解釈は、いわゆる「パガニーニ伝説」を理解する上で合点が行くところもあるし、第4コンチェルトの二楽章を扇情的なテーマ曲に仕立てたアイディアもなかなかだと思います。 [インターネット(字幕)] 7点(2022-08-03 19:09:05) |
86. ガメラ3 邪神<イリス>覚醒
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。 「柳星張」と呼ばれる南の「朱雀(イリス)」を北の「玄武(ガメラ)」が封じているという風水的な設定。それを代々守ってきた旧家が「守部」だったりするのは面白い。イリスの味方をする少女の姓が「比良坂」で、ガメラの味方をする少女の姓が「草薙」ってのは、さしずめ「出雲と大和」(ヤマタノオロチとスサノオ)の関係ですね。 しかし、手塚とおるの台詞によれば「ガメラもイリスも古代文明が作り出した生物兵器」とのことで…。どうりでガメラはUFOみたいに空を飛ぶと思ったし、イリスは造詣がロボットみたいで、ヱヴァンゲリヲンよろしくコックピットに少女を格納したりするし…。つまり、これは怪獣映画というよりもロボット映画なのですね。そういう意味では『シンゴジラ』より『ヱヴァンゲリヲン』の原型といったほうが正しいかもしれません。特撮も、やはり遠景の美しさに対して、近景で見る怪獣の造形があまりにメカニカルで嘘っぽい。唯一、渋谷駅構内でガメラとイリスが倒れ込むクローズアップのショットだけはリアリティがありました。 [インターネット(邦画)] 6点(2022-07-02 01:18:39) |
87. 時をかける少女(2006)
《ネタバレ》 さぞかし現代的にアップデートされてるかと思いきや、そういうわけでもなく、むしろSF的な要素を排して素朴な青春ドラマに回帰したという印象。かけがえのない出会いや人生への愛惜というテーマは基本的に変わっていない。それだけ原作の物語が普遍的だという証なのだろうし、はじめてこの物語に触れる世代にはこの内容でも十分なのでしょう。ただ、年寄り側の立場からいえば、もうすこし驚かせてほしかったというのが正直な感想です。 ひたすらタイムリープを繰り返すだけの展開はやや退屈で、やはり叔母の芳山和子の過去や、彼女が修復していた絵画の謎に踏み込む展開が見たかった。「もう一人の男子」(本作では津田功介)の役割も十分に効果的とは言いがたい。作画についても、物語についても、可もなく不可もなしといった出来。 [地上波(邦画)] 6点(2022-07-02 00:46:06) |
88. 話の話
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。「25日・最初の日」「ケルジェネツの戦い」「キツネとウサギ」「アオサギとツル」「霧の中のハリネズミ」「話の話」の6本。とくに最後に2本には、まるで自分自身の体験だったかのような強烈な既視感。不安や焦りをともなったノスタルジー。もしかしたら昔どこかで観たことがあるのかしらと疑ってしまう。 「話の話」は、一見すると脈絡のないイメージの連なりのようでありながら、何度か見ていると内在している物語が見えてくる。赤ん坊をあやす子守歌。端っこに寝ていたら子供のオオカミが脇腹をつかまえて森へ連れて行ってしまう。そんな子供の狼がいつしか主人公になって、子供の視点から大人たちの世界を巡っていく。 大きな牛と縄跳びをした時間が終わるように、木の上でカラスと林檎を食べた時間も終わってしまう。旅人が海辺を去り、漁師の父が海へ出ていったように、母とベンチで話し込んだ父も見知らぬ場所へ行ってしまう。エンジンを噴き上げる自動車。木の葉を吹き飛ばす列車。戦争で引き裂かれる男女。 現在のアパートに残っているのは、足踏みミシンのブランコと、焼け焦げた木の枯葉と、茎の生えたジャガイモ。風に巻き上げられてくるまったテーブルクロスのように、テーブルから盗み出した詩人の譜面もくるまって赤ん坊に変わる。海岸で詩人と猫が書いていたのが、ほかならぬ自分の子守歌だったのかもしれない。 [インターネット(字幕)] 7点(2022-07-01 17:26:11) |
89. 殺人遊戯
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。オシャレでユーモアもあって、カッコよくて、安定的に面白い。大野雄二の音楽も相俟って、まるで実写版のルパン三世のようにも見えます。 ただし「蘇える金狼」もそうだったのだけど、なぜ最後に女を殺すんでしょうね。この結末がいただけない。脚本の必然性の有無にかかわらず嫌悪感をもよおします。そのせいで最後のおちゃらけたシーンも後味が悪く見える。村川透×松田優作のコンビによる作品は国際的な評価に値すると思うけれど、こうした「女の扱い」はその足枷になるだろうと推察します。 [インターネット(邦画)] 6点(2022-06-13 21:56:25) |
90. 殺人の追憶
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。非常に嫌な内容だけれど、映画の力量は認めざるをえない。思えば『パラサイト』でも、地下世界の不気味な広がりを観客に想像させたまま終わっていましたが、本作でも、草むらに潜みつづける犯人を想像させたまま未解決に終わっている。 最後に残されるのは強烈な不快感。それは犯罪そのものへの不快感でもあり、デタラメな捜査への不快感でもあり、この物語が悪の所在を示さないことへの不快感でもある。それらが綯交ぜになったまま、観客は何ひとつ解決しない不快感のなかに叩き落とされます。 フィクションのなかで物事が解決してしまう爽快感ではなく、むしろ何ひとつ解決しないリアリティのなかへ突き落とすことが、この非凡な監督の真の狙いなのだと思い知らされました。高評価にふさわしいとは思うものの、あまりにも不快なので7点でご容赦を。 [インターネット(字幕)] 7点(2022-06-10 02:38:22)(良:1票) |
91. かくも長き不在
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。パルムドール受賞作とのことですが、正直言って面白くありませんでした。アンリ・コルピは編集の専門でもあるというのだけど、意図のよく分からない唐突なカットやカット繋ぎが散見され、はたして映画表現として優れているのかどうか疑問に感じます。抑制された叙述の中で何が描かれるか期待したものの、総じていえば、記憶喪失をネタにした通俗的なメロドラマという印象しか残りません。わたしは成瀬巳喜男が苦手なのですが、自分の価値観と国際的な評価が乖離する点でも、成瀬の映画と似たものを感じます。 [インターネット(字幕)] 6点(2022-06-09 00:36:20) |
92. サムライ(1967)
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。 雰囲気はやたらとカッコいいのですが、はたして脚本が緻密といえるのかどうか。Wikipediaに詳しいストーリーが書いてあって、それを読んだら納得できた部分もあるけど、映画を観ただけではそこまで読み切れません。のみならず、たとえば「いくらアリバイが完璧だとしても、あっさり警察に確保されるってどうなの?」「黒人ピアニストの偽証を疑うなら、警察はまず彼女を捜査すべきでは?」「いくら車だけ乗り換えて地下鉄の構内で尾行を巻いても、同じ場所に出入りしてたら意味ないでしょ」「四方八方から銃を撃ったら周囲の客に流れ弾が当たるのでは?」などのツッコミどころは払拭されません。 主人公は、なにやら鳥と心が通じ合ってる設定のようですが、はげしく鳴きながらバタバタしてる鳥を見ても、たんに「カゴから出たがってるのかなあ」と思うだけでした。手乗りインコだったら、もうちょっと説得力があったかも。 新渡戸稲造の本から一部分だけ引用すると、このように「サムライ=寡黙・無頼な生き方・死を潔く受け入れるダンディズム」みたいな解釈になるのでしょうけれど、これは忠義の武士というより時代劇に出てくる浪人や渡世人のイメージに近い。まあ、新渡戸の理念そのものが彼自身の「創作」だろうと思うので、フランス人の解釈を笑ったところで仕方のないことだけど。 [インターネット(字幕)] 6点(2022-06-03 08:22:36) |
93. 暗殺のオペラ
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。 非凡でした。これまで観たものはイタリア国外を舞台にした作品が多かったので、あまりベルトルッチに「イタリアらしさ」を感じていませんでしたが、本作では存分にイタリアらしさを味わえました。奇天烈なユーモアとバイタリティ。支離滅裂なエロスの匂い。そこはかとない暴力性。なぜかドキュメンタリーのようになる会話。そして画面が美しいので、いちいちそれに目を奪われて困ってしまいます。 密告・裏切り・陰謀が渦巻き、誰もが加害者にならざるをえないファシズム時代の小さな町の過去へ沈潜していく内容ですが、殺人手法はヒッチコックの「知りすぎていた男」みたいでした。まるで日本の夏のように、蚊取線香が出てきたり、やたらとスイカを食べたりするところも興味深かった。 [インターネット(字幕)] 8点(2022-05-25 05:50:23) |
94. 小さい魔女とワルプルギスの夜
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。たぶん原作のメッセージは「大人たちの善悪の基準に惑わされず、自らの良心に従いなさい」ということなのだろうけど、この映画を観るかぎり、異教の象徴である汚い魔女を退治する勧善懲悪物語のように感じられてしまう。ファンタジースペクタクルとして技術的にはよく出来ているけれど、内容的にいってミヒャエル・エンデのような深みに乏しいし、ドイツらしさもとくには感じられない。音楽がスメタナ風なのは何故なんでしょうか? [インターネット(字幕)] 6点(2022-05-20 06:06:48) |
95. この子の七つのお祝いに
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。 前半は、増村保造らしい明快で力強い演出が好感触だったけど、真相が明らかになっていくほど話のつまらなさに興味が減退しました。犯罪の背景になっているエピソードは、たんに「混み入った事情」という程度のもので、とりたてて心に訴える内容でもなく、社会的なメッセージ性があるわけでもない。本気で近現代史をテーマにするならば、大陸からの引き揚げ者の苦難にもっと焦点を当てるべきでしょう。お人形やら童謡やらの取ってつけたようなホラー演出は、陳腐にすぎて失笑しか出てこない。わざわざ映画化するほどの題材とは思えません。 自分でこの仕事を引き受けて脚本も書いたのだから仕方ないけれど、これが増村保造の遺作であり、なおかつ代表作のように思われているとしたら哀れです。映画作家というよりも、たんなる職業監督としての仕事でしかないように思う。やはり当時は、市川崑や増村保造のような名匠でさえ、角川の凡作のために従事しなければならなかったのでしょうか? [インターネット(邦画)] 6点(2022-05-19 18:51:30) |
96. テリー・ギリアムのドン・キホーテ
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。現代的に解釈した「ドン・キホーテ」の設定を借りて、さながらフェリーニの「8 1/2」みたいなことをやろうとしたんでしょうか? 映画人としての贖罪と同時に、性懲りもない映画愛・映画賛歌をテーマにしているようです。 壮大に突き抜けたホラ話に期待したものの、じつは意外に真面目な内容だったので、やや窮屈に感じないでもありません。凝りに凝った緻密な作品なのは分かるけど、いまひとつ面白みに欠けるのは、きっとテリー・ギリアムのなかに本質的な意味での「ラテンの血」が流れていないからでしょうね。ラテンの作家が醸し出す「滑稽と哀愁」みたいなものが英国人のテリー・ギリアムからは滲み出てこないのです。やはり英国人の真骨頂は達観したブラックユーモアであって、いくらスペイン人の真似をしようと思っても超えられない壁があるのだと感じました。 [インターネット(字幕)] 7点(2022-05-14 02:41:02) |
97. ボヴァリー夫人(2014)
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。美しい画面でつづったダイジェスト映像という印象です。原作のあらすじを知るには好都合ですが、物語に没入させるほどの細部の魅力には乏しい。人生の「退屈」というのが大きなテーマなのだけど、この映画自体が「退屈」から逃れられていないように見える。妻を主人公にしていますが、やはり夫の視点を軸にしたほうが物語としては面白くなるような気もします。以前、オリヴェイラの「アブラハム渓谷」も観ましたが、あらためて他の映画と見比べてみたいし、原作にも触れてみたくなりました。音楽はミニマル風で、マイケルナイマンにも似ているけれど、わたしはこちらのほうが好みです。 [インターネット(字幕)] 6点(2022-05-13 14:33:17) |
98. エール!
《ネタバレ》 GYAOの無料動画で視聴。とても良い映画! 社会的弱者を必要以上に美化することなく、安易なセンチメンタリズムや扇情的な演出にも溺れず、あえて露悪的なほど俗っぽく滑稽に描いていますが、それがかえって好感触。フランスらしさはあるけれど、フランス映画っぽい難解さや気取ったところはなく、気安い海外ドラマのような演出がむしろ功を奏しています。父親も母親も、まるで子供みたいに感情むき出しだったりしますが、そこにもオーバーアクションにならざるをえない聾唖者特有の必然性とリアリティを感じる。大袈裟なサクセスストーリーではなく、ささやかな巣立ちの物語になっているのも良い。 歌唱シーンで無音になる演出には、困惑するほど複雑な思いを呼び覚まされました。親自身は子供の能力を理解できないのですよね。実際のところ、障害があろうとなかろうと、世代間の価値観の違いから子供の能力を理解できない親は世間にありふれているわけだから、その意味ではとても普遍的な物語になっています。 主人公は16才の高校生なのですが、学校が自由な雰囲気だし子供たちも大人っぽいので、初潮の話が出てくるまではてっきり大学生かと思いました。家族や友人とあけすけにセックスの話をしたり、男女で抱き合って激しい内容のラブソングを歌ったり、幼い弟がセックスをはじめたりするのにも驚きます。日欧の文化の違いを痛感しました。 [インターネット(字幕)] 8点(2022-05-11 07:18:57) |
99. 崖の上のポニョ
《ネタバレ》 まったくの幼児向け作品だと思って何の予備知識もなく観たのですが、実際にはトトロ以上に難解な要素をはらむ内容でした。端的にいえば、トトロが「森」の物語であり、ポニョが「海」の物語ですね。人間は、切り開かれた陸上世界にしか関心をもちませんが、トトロを見た子供はきっと「森」のことを考えるだろうし、ポニョを見た子供はきっと「海」のことを考えるでしょう。フジモトは人間を憎んでいましたが、意外なことにグランマンマーレは人間に寛容だった。グランマンマーレがリサに何を助言したのか分かりませんが、おそらく彼女の目的は、宗介とポニョを通して、人間と海を調和させることなのでしょうね。 アンデルセンの人魚姫を下敷きにしていますが、あえて「人魚/マーメイド」などの言葉は用いずに「人面魚/半魚人」といったバケモノを意味する日本語を使っています。ここにはおそらく2つの意味がある。ひとつめは、ポニョの存在がたんなる空想ではなく《魚類⇒両生類⇒哺乳類》といった生命史を内在させている点で人間と同じだということ(そのためポニョが人間になる過程でカエルのような形状になります)。ふたつめは、アンデルセンの人魚姫が最終的に「人間」になるのに対して、ポニョはあくまでも「半魚人(半分が魚)」だということ。宗介はそのことを理解するようにグランマンマーレから要請されます。この結果、宗介は、もはや海を「他人ごと」でなく「自分ごと」として捉えねばならなくなる。ここに本作のもっとも重要なメッセージが感じられます。 宮崎駿の諸作品を考えるうえで興味深いモチーフもたくさん散りばめられています。フジモトとポニョの物語は、父を否定する娘の物語であり、これはどちらかといえば宮崎吾朗の作品に共通している。フジモトは地球の生命史を原初からやり直そうと試みていますが、ここには「ナウシカ」との関連性がうかがえます(フジモトはなぜ日本人の名をもつのでしょうか?)。陸上では、港町に暮らす船乗りの家族の生活が営まれてており、ここには「コクリコ坂」との関連性がうかがえます。グランマンマーレは「granma(太母)」と「mare(海)」の造語だと思いますが、ディズニーの「モアナ」に出てくる《テ・フィティ》に似ていますし、これが日本の《観音》に比定されるのも興味深い。冒頭の海中シーンは、まるでヨーロッパのアニメーションのように幻想的でしたが、半神半人の川の女神《ワルキューレ》を描いたワーグナーの歌劇を海に置き換えた感じもあります。 2008年の映画ですが、まるで大震災の死者からのメッセージのように読み取れてしまうのは予言めいていて驚きでした。波の描写は、北斎の《Great Wave》を思わせます。 [地上波(邦画)] 8点(2022-05-08 16:36:17) |
100. 風花(2000)
《ネタバレ》 「あ、春」の最後でヒヨコを孵化させたように、この映画の最後でもカエルが冬眠から覚めます。しかしながら、そんな暖かいエンディングとは不釣り合いなほど、そこにいたるまでの物語にはただならぬ寂しさがある。黒沢清の「岸辺の旅」が本作を意識しているようにも感じます。 「雪の断章」にしろ「風花」にしろ、何故その原作を選んだのか、その動機がよく分からないのだけど、たんに個人の人生を描きたかったのではなく、むしろ物語の舞台である北海道に対する個人的な愛憎や、あるいはローカルな感傷や、あるいは鎮魂めいたものを表現したかったのじゃないかと思えてくる。開拓から「120年」というセリフが執拗に繰り返されたりしますよね。相米慎二にとっての(実質的な地元である)「北海道」が、何かとてつもなく寂しくて悲しい場所のように感じられます。 「翔んだカップル」や「台風クラブ」や「ションベンライダー」は純粋に"文体の面白さ"を語ることのできる映画であり、それゆえに評価が高いのだろうけれど、「雪の断章」や「風花」は"文体"という観点では語りにくい部分がありますよね。逆にいうと、相米個人の本質に触れる内容であればあるほど、純粋に"映画の文体"だけを追求することができなかったんじゃないかしら? わたしは「雪の断章」や「風花」について考えるとき、相米映画を"文体"だけで語るのは限界があると感じます(→この件については、黒沢の「岸辺の旅」との関係もあわせて、ブログのほうで詳述することにします)。 やさぐれた男女の物語ですが、美男・美女の主演ということもあって、映像だけ見るとまるでトレンディドラマのように"キレイ系"の作品に仕上がっているのは意外。美しい映画といえないこともないけれど、これも叙情が先行してしまった結果のように見える。なお、大友良英の音楽は「これでいいのかな?」と感じるほど主張が強かったですね。 [インターネット(邦画)] 8点(2022-04-30 06:35:09) |