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1381.  蜘蛛女のキス
話の本筋よりも、中に出てくるナチ映画の印象が強く残っている。善玉としてのナチ、悪玉としてのレジスタンス。そういう設定ってのは観たことがなかったんで、ああそうか、ナチの側からすれば、こういうのいっぱい作ってたんだなあ、と実に新鮮な驚きの面白さを味わった。といって「歴史は相対的なものでなんでもアリなのだ」と思ったわけでもなく、「ナチが正しかったかもしれない」と説得されたわけでもない。ただけっこう深いところで自在感を味わえ、私の中で貴重な体験となった。でも映画でそういう体験をすることはときどきあり、『国民の創生』には善玉としてのKKK団が出てきた(実は映画ではぼやかしているが「風と共に去りぬ」の原作にも出てくる。主要登場人物の某が後半善玉のKKKとなって、読んだときはビックリした)。その点日本の国策映画はあんまり「敵」に興味がなく、いかに日本の兵隊さんが苦労をしてるかってところがポイントなんで、そういう驚きはあんまりない。『支那の夜』には怪しげな抗日運動家が出てきたなあ。おっと脱線。で、このことと映画『蜘蛛女…』のモチーフの「裏切ること」ってのとどう関係があるのか、私には分からなかったけど、「思想」というものの不確かさってとこで何か通底していそう。スパイとスパイダーって、語源的になんか共通してるのか。
[映画館(字幕)] 6点(2010-05-30 12:06:28)
1382.  フランケンシュタイン(1994) 《ネタバレ》 
ケネス・ブラナーって、舞台は知らないが、映画では役者としても演出者としても、あんまり才を感じないなあ。一人浮いてた。トム・ハルスやロバート・デ・ニーロはちゃんと映画の俳優だなあと思った。音楽を延々と垂れ流すのも困ったもので、なにかしばらく間違って予告編を見せられてるんじゃないかと思ったもん。カットとカットのつながりがそんな感じなんだ、尻が座ってないってのか。まあ18世紀末の実験室はこんなものかという面白味はありましたが。原作尊重ということで、主人公が博士なのか怪物なのか揺れてたみたい。やはりこの話の面白さは、怪物が怪物にされていく過程にあるわけで、博士の科学論などは脇に回してもよかったんじゃないか。つまりフランケンシュタイン博士が出しゃばりすぎた。「フレンド」を求める孤独こそ中心に来るべきだった。と、ここらへんはこちらの好みに引き寄せた愚痴だが、セットの大階段をあまり生かせなかったのは明らかに監督の罪。醜くなったものが自殺しちゃうってのは、一般人にとって都合が良すぎる展開だなあ。改めて思ったのは、怪物に名前がないのは大事なポイント。まだ名付けられない新しいものってのは、すべて怪物視される可能性があるんだ。
[映画館(字幕)] 6点(2010-05-29 11:56:16)
1383.  女が階段を上る時 《ネタバレ》 
高峰秀子は、木下作品で明るくしっかり、成瀬作品で暗く不貞腐れ、と松竹と東宝で昼と夜を繰り返してたって印象があるが、今度「自薦十三作」で何を選んだか興味があった。そしたら断然「夜」の成瀬の勝ち。木下作品で選ばれたのは『二十四の瞳』一本だけで、ほかの作品のコメントでも、『喜びも悲しみも幾年月』は「演ってて面白くなかった、優等生すぎて」とか『永遠の人』は「脚本があんまり陳腐なんで」など、まるで成瀬映画の登場人物のようにグダグダ言ってる。もちろんこのコメントは演技者としての評価なわけだけど、高峰が木下作品の役にあまり満足していなかったのが分かって面白い(一観客としては木下の高峰も好きよ)。で成瀬作品で選ばれたのが三本、つねづね思い入れをエッセイなどで語っている『放浪記』と、公的な最良作『浮雲』の二編と本作。ちょっと意外な気もしたが、これでは彼女が“衣装”でスタッフに名を連ねており、そんな点でも思い入れが深いのかも知れない。いかにも成瀬的な、すがれ気味のバーの雇われマダムの話だが、脚本が黒澤映画の菊島隆三で(たぶんこれ一回きりだと思うが)どうもいつもと違うゴワゴワした手触りになっている。そのせいかどうか、高峰を含む女優陣よりまわりの男優たちの適材適所ぶりが光った。常連客の関西の実業家中村鴈治郎、銀行の支店長森雅之、こういったいかにも銀座のバーに出没しそうな男に混じって、加東大介が場違いの客として誠実そうにニコニコしている。また彼女の実家が佃島で、銀座の近くでありながらひなびた感じが漂い、そこにうだつの上がらない兄の織田政雄がピタリとはまる。ヒロインが病んだとき佃島に見舞いに来るのは、森ではなくその風景にピタリとはまる加東の方。加東はさらにひなびた、上流の千住のお化けエントツの近くに住んでいることもあとで分かる。子どもの三輪車がうるさく回るそのお化けエントツの見える荒涼としたシーンは、シュールな美しさが漂った。こう男優たちが東京の地理にふさわしく配置されているのが面白く、そういった非銀座的な男が絡むシーンが光るので、単なる風俗映画に閉じてしまっていない。
[DVD(邦画)] 7点(2010-05-28 12:14:23)(良:1票)
1384.  ディスクロージャー 《ネタバレ》 
アメリカ映画のいいところは、どんなモチーフ扱っても「個人の組織への抵抗」に絞られていくとこ。悪いところは、それが類型化しても平気ってとこ。セクハラの話というと、だいたい内容が決まってしまいがちなものだが、それをちゃんと根元の「公と私との混同」いうところまでさらってから話を作っている。どんなモチーフからも普遍性を導こうとする。これはハリウッドの美点だと思う。一週間のストーリーってのも締まってていい。一度目の解決のあとにもう一波乱、ってのもサービス精神。「将来のある男と、過去のある女ね」なんて、セリフも練る。まことに類型に収まる典型的なハリウッド映画だが、こういう安定を味わいたい気分のときもあるのだ。話の根底にあるのは、台頭する女性にますます募らせる男の被害妄想か。
[映画館(字幕)] 7点(2010-05-27 12:04:57)(良:1票)
1385.  男はつらいよ 拝啓車寅次郎様 《ネタバレ》 
出来の悪いときでも、やっぱりいいなあと思わせる一瞬がこのシリーズには必ずあり、それで許せてしまう。長浜での祭りの最中、満男が牧瀬里穂に「付き合ってるのいるの?」などとウジウジしてると、人込みの中からフラリと寅が現われて「いたっていいじゃねえか、そいつと勝負するんだ」と言って、また人込みの中に消えていくところ。このシリーズのカンドコロを押さえている。満男が社会人になっていて、さくらの結婚で始まったこのシリーズが一世代経過する時が近づいていたわけだ。寅が満男の会社に挨拶に行こうとした顛末を電話語りにしたことで哀愁が出た。ここで叱られたせいで、あんまり甥の恋愛に積極的に関わるまいと自制しているのか、寅はもっぱら説教専門、牧瀬とはあまり絡まない。かたせ梨乃の旦那が来たとき、神戸浩は「じ、じけんです」と言って寅のもとに走った。アタマとオシリの小林幸子は不要。
[映画館(邦画)] 7点(2010-05-26 12:03:07)
1386.  ジャンヌ/薔薇の十字架 《ネタバレ》 
戴冠式があって、政治的な汚れが彼女に迫ってくるわけ。ふとヴィシー政権下のパルチザンを連想した。男装の罪というのが、なにやら深い。女装すると牢番に嫌がらせを受けたなんてこともあり、まあそれだけのことかも知れないが、一度女装に戻ってから、また自分の意志で男装となり、死を選ぶ、ってなにか意味深そう。彼女のパラノイアの重要な部分に「男装」があったのではないか。ヨーロッパ中世における女性の位置についての考察が必要だろうが、国の解放と女装からの解放が、彼女のなかではパラレルだった。火あぶりを怖れ、ラスト炎のなかで「イエス様!」と叫んで映画は終わるのだけど。人々が中世の薄暗さのなかにいる感じは随所で出ていたが、どうもサンドリーヌ・ボネールは最後まで非中世的で(またあえてその効果を狙ったようにも見えず)、しっくりこなかった。
[映画館(字幕)] 6点(2010-05-25 11:56:52)
1387.  ジャンヌ/愛と自由の天使
この監督がなぜジャンヌを映像化しようとしたのかは分からないが、戦闘シーンの覇気のなさなどはいかにもヌーベルバーグである。自分から志願するところから始まって、パラノイアとしてのジャンヌを描きたかったのか。ふと天草四郎を思い、日本のヌーベルバーグと言われた大島作品とつながった。信仰家というのはどこかパラノイア的な頑固さがなければならないものなのだろう。周囲も、最初のうちは信仰による尊重もあるのだろうが、やがて彼女のパラノイア的純粋さの魅力に帰依していく経過。橋の攻略、最初は失敗し、次の攻略の前に樹下で祈るシーンになぜかグッときてしまった。やっぱりスペクタクルよりこういう場の方がいい。ええと、これ二本通しで観てノートはまとめて書いてあるので、一本目はここらへんまでか。
[映画館(字幕)] 6点(2010-05-24 11:59:00)
1388.  愛を読むひと 《ネタバレ》 
彼女の秘密とドイツの歴史との絡み具合がよくわかんなかった。どうも私のなかでピントがピタリと合わない。時代の罪と個人の罪の関係、とか、本当の意味で違う時代を裁けるのか、といった話だけなら、日本にも引き寄せてよく分かるテーマなんだけど、そこに彼女の秘密が入ってくると、かえってぼやけて感じられた。法廷のシーンはいいんだよ。最初にハンナの声が入ってきて、次に遠景の彼女が見えて、という段取りもいいし、裁判長もそう権威的でなく、いかにも戦後の「ナチズムを反省した市民」の代表って感じで、彼の正義感もよく理解できるようになっている。そこで時代の溝が、映画として生きている。個人にとって歴史というものの冷酷さが感じられた(ただほかの元女看守たちはやや造形が雑だった気がする)。法廷のシーンは緊迫していた。でもあの「秘密」によって、話のポイントがずれて縮む印象。なんか重要な点を理解し損なったのかなあ。住まいを定めるときとか、仕事に就くときとか、どうしたってそれを世間に隠し通せない場面が今までにもたくさんあっただろうし、そもそもこの法廷に至るまでの裁判の過程で、告発する側も弁護する側も、それに気がつかないってのは不自然なんじゃないか、やたら書類にサインさせる社会で。それほどいいかげんな裁判だったのかも知れないけど。いや、そういう女性の物語としてそれだけで完結してるのなら作品の設定枠として受け入れられるんだけど、歴史の悲惨に絡んでくるとなると、疑問。
[DVD(吹替)] 6点(2010-05-23 12:05:33)(良:1票)
1389.  他人のそら似
「こりゃウディ・アレンだな」と思って観ていたら、先にキャロル・ブーケに言われてしまった。出来上がったあとで批評で言われそうなことを先に作中で指摘しといて「もちろん、そのことを踏まえてそれの上を狙った作品なのだよ」と言い訳を用意したよう。喜劇役者はどうしてこう自意識過剰になるのだろう。有名人ならではの不安ということもあるが、他人過剰社会では普遍性を持つ不安か。そっくり男の田舎のあれこれ、有名人が来たというので人だかり、障害の息子に会ってくれ、言われてキャロルが行くと、かわいくない中年男、立ち上がる奇跡、主よみもとに近づかんの合唱、このあたりはなかなか。ただ終わりがダラダラして、うまい着地点をつかみ損なったよう。フランス映画頑張れというメッセージになって、しらける。
[映画館(字幕)] 6点(2010-05-22 11:54:30)
1390.  残菊物語(1939)
最初は溝口って、まだるっこしくって苦手だった。もっぱら画面の美しさや長回しの楽しさを見てた。黒澤や小津みたいにストレートには熱狂できなかった。でこれが転換点だったな。やってることは新派の男女悲劇なんだけど、その男女の関係が違って見えた。名古屋のシーン、簾越しに見守る友人、奈落で祈るお徳さん。陰影の凄味も効いてるんだけど、この舞台上の菊之助とそれを下で支える女の情念の関係、「一歩下がって陰で支える女の道」ってモロ新派的なところだが、男が地下の女に支配されているとも見えたんだ。芸術家と批評家の関係でもあったんだけど、それよりもケモノと調教師に思えた。そうしたら、今まで観てきた溝口作品の多くも、調教師とケモノの物語に思えてきて、突然溝口作品がスーッと心に沁み込んできた(まあ溝口の男はケモノってほど猛々しくはないんだけど)。世間とか社会に対する調教師とケモノコンビの意地の物語。古めかしい女と男の物語でありつつ、その二人が一緒に世間と戦ってる能動的な物語にも見えてくる。これが一体になっている。本作のラスト、男の出世のために身をひく、と同時に、もう調教師は必要なくなった、という厳しい自己認識が女にある。以前の下宿を再訪するシーンの美しさは、その厳しさもあってノスタルジーがより磨かれているんじゃないか。
[映画館(邦画)] 8点(2010-05-21 10:16:49)
1391.  白い馬 ЦАГААН МОРЬ(1995)
観光映画よりは踏み込んでいるけど、内側からモンゴルを観察したというほどのドキュメンタリー精神はなく、まあ「留学映画」とでも呼んでみましょうか。モンゴル人の心に直接触れてるという気にはなれないが、短期旅行者の傍観よりはいい、ってとこで。雄大な風景と対比させるような、病気の子どもの目に映る狭い青空。町の図書館のシーン。あるいはロングで、バイクのラマ僧と移動百貨店トラックが道でよけあうとこ、などいくつか印象に残るシーンがある。それらがこじんまりと納まってしまうところが物足りないが、それがこの作家の資質なのだろう、新しい歌を歌おうとせず・新しいものを発見しようとせず、しかしそういうものが好きならそれでいいではないか、という大らかな気にはさせる。観ているほうにもモンゴル的大らかさが伝染していて。ラストのナーダムは、揺れる画像の合い間にロングの揺れない画像を入れてほしいところ。
[映画館(邦画)] 6点(2010-05-20 11:57:43)
1392.  彗星に乗って
例の銅版画風タッチはやや控え目ながら、すっとぼけた語り口の妙には、やはり乗せられてしまう。一つの都市ごと彗星の引力に引っ張られて移ってしまうという設定からして、そうとうオカシイ。バラバラになって吸い上げられた建物が、また順番に積み上がっていくのが傑作。そのまま日常生活が何となく続いてしまうのがオオラカでよろしい。なんでも原作では女性を巡る二人の男の争いが話の中心になっているらしいが、それが映画では国家の争いに拡大され、そのぶん人間の演じる愚行に対するおかしみは倍化された。植民地支配を正当化したがる者に向けられた、東欧の視点。進化して後ろ足で歩いている魚がやがてイノシシになっていく。火星が近づいて世界の終わりになるというときに、一時的にユートピアが訪れるというあたりの風刺。海蛇の胴体がうねうねと続いているシーンの静かな美しさは、彗星に吸い上げられるシーンの激しい美しさと好対照。この人の奥行きのない世界は、影絵の世界に近いのではないか。崖から主人公が落ちるとことか、城壁からロープでヒロインを下ろしていくシーンなんか、影絵の雰囲気。一枚の絵葉書にすべてが還元していく締めくくりで、変なところもすべて納得してしまう。
[映画館(字幕)] 7点(2010-05-19 11:59:50)
1393.  ミラノの奇蹟 《ネタバレ》 
大風が吹くあたりまでは文句のつけようがない。日向ぼっこのシーンなんかはイタリア映画の真骨頂。『終着駅』もそうだが、この監督は大勢の人を細かくスケッチしていくのがうまい。占いでヨボヨボのおじいさんに、あんたは将来大物になれると約束したり、風船売りが飛ばされそうになると仲間があわててパンを食べさせてやるとか。ネオ・リアリズムから寓話へと踏み出している。面白いのはイタリアの映画監督って、リアリズムから出発して、みなリアリズム離れのそれぞれの個性に踏み出していっちゃうこと。デ・シーカはメロドラマ作家として洗練し、まだリアリズムの精神を残しているほうだが、フェリーニはああなっちゃうし、ロッセリーニは神がかる、ヴィスコンティはかえって後で初期の作品を観て「この人ネオ・リアリズムやってたんだ」と驚かされたくち。で本作だが、後半は鳩の魔法のいろいろ。ラストを寓話として逃げたと取るか、現実に対する壮烈な批判と見るのか。カトリックの国であることも関係しているのか。ネオ・リアリズムだけでは映画として狭くなっていってしまうという気持ちもあったかも知れない。この飛躍はイタリア映画史にとっても重要なものだっただろう。
[映画館(字幕)] 8点(2010-05-18 11:59:01)
1394.  象を喰った連中 《ネタバレ》 
戦後のすぐのころの日本の「公式な名作」って、ちょっと民主主義啓蒙臭が強く、それはそれで時代の高揚感の記録にもなっているのだが、やや固い。そこいくとベストテンに入ってないような映画は自然体というか、『東京五人男』とか『銀座カンカン娘』とか、作品自体で自由な時代の喜びを歌ってて、捨て難い。本作なんか、民主主義啓蒙とは関係なく、教訓を得ようとするなら「得体の知れない肉を食べるときは必ず火を通そう」ってぐらいで、この年の吉村の代表作としては『安城家の舞踏会』を押す方が正しいとは思うけど、こっちの肩に力が入ってない感じも好きなんだなあ。日守新一がズルッと鼻水を垂らして一同が緊張するとこ、原保美が田舎に帰って母親とモーツァルトの子守歌をデュエットするとこなんか、かなり当時として新しい笑いの取り方だっただろう。安部徹が奥さんと気を紛らそうと観に行った劇場で踊り子の歌が象にかわるとこ、神田隆のピクニックの最中「象なんか食べるのは大馬鹿ですよ」と奥さんに言われたり。当時一番喜ばれたのはこの軽い笑いなんじゃないか。人々は民主主義の旗を振り回されるより、この軽くなった自在感を楽しみたかったんじゃないか。そして後世の者にとっては、みなが「得体の知れない肉」を食べていた時代の空気を体感できる。
[映画館(邦画)] 7点(2010-05-17 12:02:41)
1395.  のんちゃんのり弁 《ネタバレ》 
岸部一徳に「あんた見てるとタダで弁当配りそうだ」と心配させる小西真奈美のキャラクターがピタリ合ってる。真剣になるとおかしくてかわいい。弟子入り志願のとことか、夫とのケンカのとことか、絶対演技過剰なんだけど、なんか彼女だと許せてしまう。そうそう、あとホテルの駐車場で息を確認するとことか。料理の才があったというのは、つまり彼女が家庭の人だったということで、問題は自分の才能が金銭に換算され得るという可能性に気がつかなかったこと、あるいは金銭を請求する交渉から逃げていたということ。ああそうか、昔の時代劇ではよく深窓の姫君が身をやつして町に入りシモジモの暮らしを体験するってのがあったが、あれとどこかでつながってるな、この話。ヒロインの「子どものような手」は姫君の手でもある。それは金銭を請求する手にならなければならない。旦那に慰謝料を請求せず、岸部一徳にはタダで働かせてください、と叫んだり、下町江戸っ子のきっぷのよさ、ってのは、どこか「まだ子ども」ってところがある。最初の保育園で配った弁当代は向うからやってきた、岸部に労働代の封筒を提示されてから「お金下さい」と言った、自分はお姫様のままだった(言っただけでも進歩)。だからラストは本当なら、「お弁当、おいくら」と尋ねられて、値段をはっきり言うセリフでカットってのが正解だっただろう。彼女の将来、前途洋々には見えないが、一緒にハラハラしてやろう、というぐらいの気にはさせる。最初、町に帰ってきたヒロインをおばさんたちが騒々しく取り囲む場で、うるさい下町人情ものなのかと心配したが、そうではなくあれは下町の鬱陶しさを描いていたのだった。本当の「下町の人情」ってのは、岸部がハラハラしながらも見守るところに出ている。写真館がやっていけなくなる今現在の下町の厳しさもちゃんと描かれていた。今までサバのミソ煮はスーパーで調理されてるやつをもっぱら買ってたが、これを見たらつい自分でやってみたくなり、やってしまった。切断面から煮崩れした。それと小骨は前もって取っておかなくちゃいけないんだな、きっと。
[DVD(邦画)] 7点(2010-05-16 12:08:41)(良:2票)
1396.  激流(1994) 《ネタバレ》 
けっきょくボートだと漕ぐだけで工夫のつけようがないんだよね。製作者としては「川下りなんてのはなんか目新しいものが出来るんじゃないか」と思って作り始めたんだろうが、旦那を先遣隊にして小細工はしたものの、どうしても本筋は淡泊。まあ映画ってのは疑似体験させるって役割もあるので、そのレベル。でも実際に川下りしたほうが面白いだろうなあという気になる。ラストのケヴィン・ベーコンの「俺を撃つと悩むぜ」とか、いろいろ説得しようとするあたりのネバッとした感じ。相棒のデブの小心ぶりも、定型ではあるが大事なとこ。観客をちょっとホッとさせ、また主ワルを際立たせる。ちゃんと犬と子どもも出る。M・ストリープのアクション映画という珍しさの価値。気になるのは、非白人は、あっさり殺されてかわいそうな役になること。こうなること多いんだよね。パニックものやSFなんかでも、チームのなかに非白人がいると、しばしば「皆に感謝される勇気ある犠牲者」になる。いい役だろ、と与えておいて、実質最後に白人が生き残るための捨て石・厄介払い、って感じがする。無意識の底では、大団円のときは白人だけで祝いたい、と思ってるんじゃないか。って、これ被差別妄想かなあ。
[映画館(字幕)] 6点(2010-05-15 11:53:52)(良:1票)
1397.  パパは、出張中! 《ネタバレ》 
そのパパは決して前向きの反体制闘士ではなく、ちょっとダラシのない普通のパパ、隣人としての庶民の代表。そこに夢遊病を絡めたことで味わいが深まっている。隣りの女の子が死んじゃう場面なんか、「ちくしょう、こんな仕掛けで泣いてたまるか」とは思っても泣けてしまった、これには「夢遊病」も効いてるんじゃないか。吐く息も白い道を犬と歩いて、女の子の家に行っちゃうとこ。そのまま女の子のベッドの脇に入っちゃう。それを見守るドクター(女の子の父)の気持ちがしみじみと伝わってくる。この子が年ごろになるまでに死んでしまうのかあ、といった感慨。そういう庶民のドラマがあるのでテーマが生きてくる。政治向きの題材扱うと、日本では目を吊り上げて取り組むけど、外国ではこうユトリをもって扱ったりする。なんか日本では「取り組んでる」ってことを主張したいみたいのが多く、かえってあちらの映画のほうが、より題材を咀嚼していた忍耐の長い時間の経過が感じられて、厳しい印象。
[映画館(字幕)] 7点(2010-05-14 12:00:40)
1398.  南極料理人 《ネタバレ》 
ちょっと『刑務所の中』を思った。ルポルタージュ的作りもそうだが、「拘束された男たちのかすかな自由を求めての退屈消化の日々」といった内容も似ている。エピソードの並列になるので、一本の物語としての印象は弱まってしまうが、面白いエピソードは面白い。南極に行くことになった経過をササッと描いた部分、強引な「おめでとう」に対して「家族と、相談させてください」と反復する場は笑った。中盤はダレ気味で、このままいくと低評価になるかというとこで、屋根の上に上げるべき娘の歯を地球の奥深くに落としてしまうエピソードがいい。家庭的なものが非家庭的・極地的な穴に吸い込まれ、ベトベトのカラアゲという着地点にきれいに決まり、ノスタルジーがやるせなく立ちのぼってくる。ラーメンの話もいい。家族と離れ、男だけで暮らしている若干切なさの混じった滑稽。画面の中の体操の、女性のかすかな背中におおーっとどよめきが起こる。逆に自分たちも画面の中に納まり、ぎごちなく家族に姿を見せる。日常から遠く離れた極地での日常的な調理という視点が、遠く離れた二つの世界を暖かくつないでいる。観終わって伊勢海老のフライは食べたくならないが、ラーメンは食べたくなった。
[DVD(邦画)] 7点(2010-05-13 12:01:26)(良:1票)
1399.  ザ・ペーパー 《ネタバレ》 
新聞社ものってジャンルがアメリカ映画には厳として存在し、これは民主主義の国ってことで理解してもらいたいのだろうが、あの新聞社内のゴチャゴチャしてる活気がアメリカ人好みで、かつ映画向きってことなんだろう。ときに時間に追われる緊張も出せるし。あるいは編集会議シーンのおかしみ。高邁なジャーナリズム精神と商売との接点。弱点としては、黒人が無実だという確信が安易すぎないか、とか、ラストの殴り合いはやや無理がないか、とかあるけど、この後半の次々と畳み込む展開から病院に皆が集まってくるあたりが楽しい。失敗させるために派遣した新米が仕事をこなす、から、病気の編集長まで、企業としての新聞社の幅を見せていてよろしい。
[映画館(字幕)] 7点(2010-05-12 11:51:19)
1400.  処女の泉 《ネタバレ》 
少年が加わっていることで陰影が濃くなる。娘と対になるイケニエ役か。事件のあと雪が降り始め、罪の意識にさいなまれておどおどし、その晩地獄の恐怖に包まれ、やがて娘の母にすがるも投げ殺されてしまう。娘の死も惨めだったが、彼の死もあまりにも惨め、このむごたらしい何ら肯定的な光のない事件を、神は沈黙して見過ごし、その後で泉を湧き上がらせるわけだ(全編を通して火と水が対置されている)。おそらくこのズレに話のポイントがあるのだろう。復讐に至る場の緊張はすさまじい。娘の服を犯人どもに見せられた母の反応、叫び出したいのをじっと抑えたハラの演技が凄く、歌舞伎を思わせた(「先代萩」の政岡に通じるような)。知らされた父も、清めの湯を沸かすための樺の樹を捻り倒すロングのシーンで心情を見せる。朝を告げる鳥のさえずりが凶々しく、さらに家畜の鳴き声も加わる時間経過の描写。おもえば『羅生門』と似たような森の中の事件を扱い、仏教国とキリスト教国の違いが話に出ていた。というか温帯の濃密な照葉樹林と、寒帯の針葉樹林の違いか。顔の上で枝の影と血の流れが重なったりする効果。この監督にしては珍しくストレートな作りで、最初にスクリーンで観たときはちょっと物足りなく思ったが、のちにテレビで観たときは復讐シーンでのめり込まされ、これはこれでやはりベルイマンの映画なのだった。
[地上波(字幕)] 8点(2010-05-11 12:04:15)
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