161. 第三の男
《ネタバレ》 これは凄い。まさしく「噂に違わぬ」という映画でした。重厚な物語を、優しく柔らかい音楽と、ところどころに配されるユーモラスな演出で中和して見せてくれていますけど、やはり内容は非常にシリアスですね。トリックを凝らした脚本もよく出来ていますが、何といっても圧巻なのは、ハリーライムという極悪人をめぐる3人の心情を描いた人間表現の凄さ。こんな展開になるんですねえ…。予備知識をもたずに見たので、ラストシーンでは、思わず感嘆の声をあげてしまいました。直後に2度目を見ましたが、非常に緻密な作りになっているのをあらためて再認識。ヨーロッパ映画の実力を見せつけられました。ちなみに、HollyとHarryの名前が対比されてますが、何か意味があるんでしょうか?また、55年になってヒッチコックが“ハリーの死体”をめぐる喜劇を作っていますけど、これも何か影響関係があるのかしら? それから蛇足ですが、私がレンタルしたart stationというメーカーのDVDでは、字幕の翻訳ミスならぬ「タイプミス」と思えるような箇所がいくつかあり、ちょっと雑な仕事だなぁという印象をもちました。もちろん、作品の評価とは関係ありません。 [DVD(字幕)] 9点(2011-06-13 00:24:41)(良:2票) |
162. スティング
《ネタバレ》 ラグタイムの音楽とともに描かれる、猥雑ながらも洒脱な感じのシカゴの町はとても魅力的だし、演出も見事で、役者の演技も素晴らしい。楽しめる映画ではある。ただ、こういう「技巧的な脚本」をどう評価するかについて、私はちょっと微妙ですね…。カラクリを弄するあまり、人間描写の深みはほとんど感じられないし(たまたま一緒にレンタルしたのが「第三の男」だったので、つい比べてしまったってのもある)、観客に疑問をもたせたまま、最後の最後まで真相を明かさないわけですが、最後になってすべての疑問が晴れるのかというと、けっこう色んなモヤモヤが残ってしまう。見終わった後であれこれと振り返ってしまうぶんだけ、かえって脚本の疑問点が浮かび上がってしまうんですね(脚本の緻密さという点でも、つい「第三の男」と比較してしまいました)。たとえば、サリーノは自室ではフッカーを殺害しなかったわけですが、なぜ白昼堂々、通りの真ん中で、ボディガードにも目撃された状況の中で殺害を試みるのか解せないし、ボディガードの側から見れば、それ以前にも殺し屋を排除しなければならないシチュエーションはあったんじゃないかとも思えてくる。あと、これはよく指摘されることだと思うけど、ロネガンは殺し屋のサリーノを差し向けてまでフッカーの殺害に固執しているのに、目の前にフッカーがいることには最後まで気づかないんですね。フッカー殺害の進展状況については報告が逐一あがってきているはずだし、直近の者もいつも傍にいるんですが、誰も目の前にいるのがフッカーだと気づかないのは、ずっと不自然に感じるわけです。その疑問が最後まで晴れない。むしろ、正体がバレた上で、あらためてフッカーとロネガンが手を組むという展開のほうが納得しやすいんじゃないかと思えます。そのほうが、ラストの「死んだフリ」も効果的に生きる気がするんですね。そうじゃないと、レッドフォード(フッカー)はいつまでたっても殺し屋に追われ続けるんじゃないかしら?と心配になります。 [DVD(字幕)] 6点(2011-06-12 23:12:54)(良:1票) |
163. サウンド・オブ・ミュージック
《ネタバレ》 修道院で手がつけられないほどのお転婆で、なおかつ自然児でもあった主人公が、厳格な父の規律に縛られて生活している子供たちを解放してあげようと奮闘する前半。そして後半では、人間らしい気持ちを取り戻した子供たちの父親が、今度は市民たちを規律で縛ろうとするナチスに抵抗して、祖国オーストリアに培われた自由な文化や誇りを守るために、その支配下から逃れようとする。前半部と後半部の、このテーマ上の有機的なつながりが、あまりに歌や踊りに比重が置かれすぎるためか、やや見えにくくなってしまってる気もする。前半は楽しいのに後半が暗くて重たいだとか、逆に後半は見応えがあるのに前半部が漫画じみているだとか、あるいは、お転婆な設定のわりに主人公はかなり理知的なんじゃないの?とか、そのへんが破綻してるように見えてしまっても仕方ないかも。とはいえ、ミュージカルが苦手な私でもとりあえず楽しむことはできました。なによりトラップ大佐がとても魅力的!実際のオーストリアでは、ナチスの併合に対する抵抗はそれほど強くなかったらしいし、トラップ大佐の人物像がよくもわるくも現実とずいぶん違っているとかいう話もあるらしいけど、かりにそれらがフィクションだとしても、祖国の文化や自由を愛し、芸術的な素養にも富んだ誇り高い男性像はとても素敵で、素直に惹かれました。前妻を失った彼の傷心が、なぜ子供たちを規律で縛ることになってしまったのか、そのあたりの彼の心情を少し垣間見せてほしかった気もしますが・・。大佐を演じたクリストファー・プラマーが当時若干36歳だったというので驚きです。 [DVD(字幕)] 6点(2011-06-04 12:11:23)(良:1票) |
164. トウキョウソナタ
《ネタバレ》 家族全員に襲いかかる(かなりお笑いじみた)それぞれの破滅。戦場、留置所、ひき逃げ、強盗による連れ去り。そんな「プチ破滅」をくぐり抜けて、辛うじて帰還した家族たち。もともとあった問題は何も解決していない。夫はたいした仕事に就けないし、妻が生き甲斐を得たわけでもないし、長男が家に帰ってきたわけでもない。けれど、何となく、戻ってきた家族たちは生きる力を獲得したようにも見える。あるいは、家族の安らぎを再発見したようにも見える。あまりに「家」のシーンが美しすぎるので、中流の設定のわりに上等な家に見えてしまうほどなのですが、それは、この映画が「家」というものに対して肯定的であるがゆえなのでしょう。したがって、「プチ破滅」から帰還した親子がふたたび食卓を共にするシーンこそ、実質的な結末と考えてよいのだろうと思います。とはいえ、綺麗なピアノの演奏を終え、家族3人が衆目の中を歩き去ってゆくラストもまた(これも笑えるんだけど)、なかなか気の利いた演出になっていました。あえて言えば、作品のメッセージがやや「内向き」だというふうに見えなくもない。戦争、心中、自殺といった死があふれる世界から、辛うじて自分たちだけが家へ逃げもどり生き延びる、という物語ですからね・・。 [DVD(邦画)] 7点(2009-08-16 23:43:01) |
165. ションベン・ライダー
まぎれもないアクション映画ですね。抽象的で映像的な架空のアクションではなく、本物のリアルなアクションが、あらゆるシーンで炸裂しているさまを目撃できます。河合美智子の長い手脚とその運動能力の高さは、現在の彼女からはとても信じられません!『翔んだカップル』における鶴見辰吾と甲乙つけがたいほどの素晴らしさがあります。「イジメっ子を救出するため」というより、むしろ「監督にOKをもらうため」だけに、ワケもわからず死物狂いで運動し続ける彼女たちの必死さがビシビシ伝わってくるので、なんとも言葉にならない感動をおぼえます。男の子のように動き回った河合美智子が、最後の主題歌で切ない少女の心境を歌うあたりには、相米独特のロリコン趣味を感じますが、ちょっと惹かれます‥。のちのオーロラ輝子さんからは想像できないような、儚くも、正しい美しさにあふれています。『台風クラブ』の世界観がちょっと苦手だったので避けていた作品ですが、これは痛快でした。 [DVD(邦画)] 9点(2009-02-03 13:59:52)(良:1票) |
166. Little DJ 小さな恋の物語
この監督の映像には、やっぱりエロスがあります。冒頭の広末も色っぽかったし、子供でさえ、この監督が撮るとエロティックになる。ただ、いかんせん作品の題材がこの監督の作風に合っていないと思う。この監督は、子供を撮るよりオトナを撮ったほうがいいし、のどかな田舎を撮るより、猥雑な都会(せめて地方都市)を撮ったほうがいい。優等生の子供よりも、品行の悪いオトナを見せてほしい。真っ直ぐな純粋さよりも、やや歪んだ欲望を魅力的に映してほしい。この物語で撮るとしても、神木君じゃなく、麻由子ちゃんを中心に据えて語るほうが良かったのでは・・と思います。麻由子ちゃんの視点から、少年(神木君)の儚い生の一瞬の輝きとか、病室の人々の様々な悲哀を眺める方が、監督のもつ映像の美しさや独特の湿度感を生かせたのではないでしょうか。劇中に出てくるシュガーベイブやキャンディーズなどの曲も、監督の作風からはいまいち浮いています。 [ビデオ(邦画)] 5点(2008-11-11 14:23:59) |
167. 翔んだカップル オリジナル版
これは力のある映画ですねえ。映画の力に満ちている、というより「映画の力」以外のものを全く何も使っていない(笑)。その潔さというか、大胆さというか、投げやりな感じがスゴイです。原作は読んでいませんが、おそらく、1話分のエピソードをワンシーン(さすがにワンカットではない)で撮るというように説話を積み重ねているんだと思います。前後関係を補足することなく、各エピソードをワンシーンの役者の動きだけで描いて、それが終わると唐突にまた次のエピソードをワンシーンで描く。こちゃこちゃした編集は一切無し。ブツ切りのシーンを数本並べただけで出来上がり、みたいな。細かい設定が知りたけりゃ原作のマンガでも読んどけよ、みたいな。アイドル主演のマンガ映画なんぞを、細かく丁寧に構成する気なんか毛頭ねえんだよ、みたいな(笑)。ある意味、オリジナル脚本のとき以上に、相米のオレ流が炸裂している気がします。薬師丸ひろ子の演技も、鶴見辰吾の演技も、本当に生きていて、これまで見たものの中では最良でした。個人的には、歌がダサいとこも好きでした。 [CS・衛星(邦画)] 8点(2008-11-11 13:45:12)(良:1票) |
168. 檸檬のころ
たとえ退屈で地味な田舎の風景であっても、それを濃密な情感によって表現できてこそ映画の力だと思う。けれど、この作品では、退屈なものを本当に退屈なまま表現してしまってる。多用される沈黙には意味らしきものを感じない。「ただ淡々と描く」と言えばもっともらしいけれど、そうした手法だけに依存しても、それによって表現すべき必然性が伴っていなければ意味が無い。たしかに映像はそれらしく撮ってあるけれど、外見だけ映画らしく繕ってしまったような悪い例。 [DVD(邦画)] 5点(2008-10-26 14:49:55) |
169. ゲゲゲの鬼太郎(2007)
高尾が舞台?の映画ということで興味もってましたが、たしかに高尾ってあんな感じです(笑)。楽しかったので、6点。ねずみ男と目玉おやじは素晴らしいし、微妙にトンチンカンで先の読めない(≒読みようがない)展開も楽しいし、「世界が寛容であるためには間が抜けていることも大事だ」という妖怪ならではのメッセージは得心させるものがあった。ただし、演出はちょっと不満がある。導入部は、もっと怪しげにグイグイ物語世界に引き込んだほうがいい。事務的に前提を並べるだけでは、子供映画としてもツマラナイと思う。また、B級の安っぽさってのは、ワザとらしいほどの「味わい」があってこそだと思うけど、その点が意外に淡白というか、平板で物足りない気がする。そして役者についていえば、室井滋や神戸浩のように「いかにも妖怪らしく」演じる人もいれば、 寛平や獅童や西田のように、ことさら「妖怪風」を出すでもなく、フツーに演じる人もいる。でも、やっぱり私は紋切り型なくらいワザとらしく演じてもらったほうが楽しめるなぁ、と思います。 もっとも、「妖怪らしさ」ってのも、じつは人間らしさと同じように、時代とともに変わるものかもしれませんけれど。 [地上波(邦画)] 6点(2008-07-09 17:34:51)(良:1票) |
170. バリー・リンドン
《ネタバレ》 なるほど。物語がシンメトリーになっているんですね。素朴で勇敢なアイルランド人の成り上がりの前半生/巧緻で傲慢な似非貴族の没落の後半生。一部と二部はまるで別の映画でした。一般に、技術的・美術的な側面から、後半部の映像が高く評価されているみたいですが、どちらかというと前半のほうが面白かったです。純朴で勇猛なアイルランド人の、愚かしくも愛すべき人生をユーモアをこめて描くのかと思いきや、後半はそういうことじゃなくなっていくわけですね。主役のライアン・オニールは、前半部ではアイルランドの純朴な青年役がピッタリだと思ったのに、後半では存在感が物足りなくなってしまった気もする。現地では、「そもそもアメリカ人俳優にアイルランド人気質は表現できない」との批判もあったようです。結局のところ、これは大きい映画だったのか、小さい映画だったのか分からない。いわば、もっとも偉大な表現によって、もっとも卑小なものを描いたってことなんでしょう。面白くて、見応えがあって、造りも完璧なのに、いつもテーマの核心部分が“空虚”なのが、どうしようもなくキューブリックらしさだなと思います。最後は、善人も悪人も、アイルランド人もイングランド人もドイツ人も、死んでしまえば皆同じ。きっとこの監督にしてみれば、過去の人も未来の人も、原始人も暴力野郎も、死んでしまえば皆同じなんでしょう。 [DVD(字幕)] 7点(2008-01-27 19:09:32) |
171. TAKESHIS’
《ネタバレ》 たけし映画のエッセンスの集大成のような作品。たけしの映画的欲望を好き勝手にぶちまけた感じ。たけし映画のマニアにとってみれば、そのマニア的欲望を満足させてくれるアイテムがいっぱいです。でも逆に言えば、これは過去のたけし映画の引用だけで出来ているような映画だから、とくに目新しさも無い。ですが、そうした《たけし的エッセンス》が物語に拘束されることなく無造作に並べられているため、かえってその本質が露骨に明け透けになってるとも言える。とくに、従来のストーリー作品だったら単にカタルシスとして消費されかねない、たけしの暴力性の部分が、この作品の中ではその「動機」を明らかにしてしまう。それはアメリカ映画のように誇らしい動機ではなく、むしろ惨めったらしくて、日本人なら目を背けたくなるような醜さをさらけ出したもの。その露骨さを物語のエンタテイメント性で覆うこともなく、完全に開けっ広げにしてる。そうした意味でも、これはネタばらしの映画。わたしは、これ以後の作品をまだ見ていませんが、こんなのを作っちゃったら、その後やることなくなっちゃうんじゃないかなあと思う。ちなみに“キタノ・ブルー”がこの作品であんまり青くないのは意図的なんでしょうか? [DVD(邦画)] 5点(2008-01-18 03:03:11) |
172. 花とアリス〈劇場版〉
岩井俊二という人は、「映像作家ではあっても映画作家じゃない」という理由から、事実上、映画ジャーナリズムの本流からは黙殺され続け、評価の対象にすらなりにくい作家です。実際この作品でも、“映像世界”を作ることには長けてるのに、“映画”として語るべきものを何ももってない。でも、そのことは承知の上で、その「うまさ」に最上級の点数をつけたくなってしまいます。8ないし9点つけてもいい。そのくらい、うまいです。映像、音楽、シークエンスの作り方、セリフ・・・、それらのイミテーションを巧みに重ねて、限りなく映画に近い表現を実現できてしまう。ヘタな映画なんかよりずっと巧い。だから、観ている最中はすごく満足できる。だけど、それにもかかわらず、この映像世界と現実世界との間にはまったく回路が開かれておらず、見終わったあとは、不気味なくらいに何も残らない。徹頭徹尾、円環的なメルヘン世界に自閉して終わる。いわば2時間強の、上質のコマーシャル・フィルムを見てるようです。 [DVD(邦画)] 7点(2008-01-14 20:24:06)(良:1票) |
173. キャンディ(1968)
『トミー』とか『ロッキーホラーショー』などの病弱で陰鬱な英国ロック映画にくらべて、このアメリカ的な逞しいロック・カルチャーのほうが、わたしの趣味には合う気がしました。はじめのうちはブニュエルを見るような気分で楽しんでいたんですが、どのシークエンスにおいても、その諧謔的表現が結局は「エロ」に行き着いてしまうので、さすがに途中からは飽きました。ブニュエルに見られるような20世紀初頭の諧的的精神や革命文化は、ある程度はロックの精神にも受け継がれているかもしれないけど、やや多様性に乏しいし、重みにも欠ける。ひっくり返すべきものが単純すぎて軽いんだと思う。 [DVD(字幕)] 6点(2008-01-13 17:23:33) |
174. バブルへGO!! タイムマシンはドラム式
ずいぶんよく出来てる映画だなぁ、というのが印象です。脚本も上手いし、作りも凝ってる。同じホイチョイ作品の『私をスキーに連れてって』は、わたしの人生の中でも、もっともつまらなかった映画のひとつなのですが、まさにホイチョイこそがバブルそのものだったわけで、いわば、この映画は『彼女が水着にきがえたら、泡ごとバブルに連れてって』というセルフパロディであると同時に、そこにはホイチョイ自身のバブルに対する反省意識が見てとれてしまう。もしかしたら当初の狙いは、バブルの楽しさと豊かさをもういちどスクリーンの上に蘇えらせようってことだったのかもしれないけど、さすがに倫理的にも政治的にもバブルを全肯定はできないって感じが、この映画を、微妙に堅実かつ地味なものにとどめています。タイトルからしても大当たりはしなそうなこの映画に、あえてホイチョイが取り組んだのだから、彼らなりの使命感があったのではないでしょうか。これがホイチョイの転機になればいいですね。 [地上波(邦画)] 6点(2008-01-13 05:10:36) |
175. 渋谷区円山町
《ネタバレ》 少女たちの無邪気で短絡的なエロスはとても魅力的だし、渋谷の街並みにもエロスがあった。とくに沈黙するシーンでのこの監督の意図はいつも明確で、そのつどいちいち官能がある。ただし、少女たちにとても色気があったのに対し、大人たちのエロスは全然ダメ。少女にやすやすと振り回される若い教師はいささか馬鹿っぽい。そして残念ながら眞木大輔は演技が下手。のみならず、(ふかわりょうはともかくとしても)たとえばラブホテルのフロントや街角のミュージシャンに至るまで、登場する大人がいかにも幼稚。せっかく女の子たちがみんないい演技をしてるのに、彼女らを取り巻く大人たちには知性も陰影もなく、深みのある色気なんて皆無に近い。まあそれが今の日本の風景だといわれればそれまでだけど、現在の日本社会の欠陥は、映画表現にとっても根本的な欠陥にならざるをえないのでしょうか。 [DVD(邦画)] 6点(2008-01-13 04:23:05) |
176. メゾン・ド・ヒミコ
《ネタバレ》 「愛はあるのに欲望がない」と「愛はないけど欲望だけがある」という2つの関係の狭間で泣いてしまう柴咲コウちゃんは、なんだか滑稽で笑えるんですけど、最後は《メゾン・ド・ヒミコ》の優しくピュアな愛情に包まれて幕を閉じる、ささやかで微笑ましいメルヘンに仕上がってます。男が美しくて女がブス・・、これもまさにメルヘンですね(笑)。ゲイを扱った映画ですが、シリアスで閉塞的な結末になるのを避け、むしろ無垢な愛情を信じられるようなナイーヴな物語になってます。男は男でなく、父も父ではなかったけれど、そこにはたしかに愛情があったという、これって、やや浮世離れはしてるものの、ひとつの理想なんですね。ただし、「父の死」と「母の真実」の部分は、もっと強いインパクトで描かないと、ラストに結びつけるためのエピソードとしては弱い気がしました。技術的な面では、昨今の日本映画としては上出来です。コウちゃんのキャラがややテレビ的というかマンガチックな印象があるけど、海辺に建てられた《メゾン・ド・ヒミコ》の美しさが魅力的だったので全体として満足できました。「編集にミスがある」という指摘もあるようですが、わたしが見るかぎり初歩的なミスは無いように思います。 [DVD(邦画)] 7点(2007-12-29 23:41:17) |
177. 悲情城市
映画史に叩きつけたとんでもない傑作。と同時に、侯孝賢の作品の中では特異なほど密度の濃い映画でもある。彼の他の作品に比べて、ここには画面の外側に広がりを感じさせるような余裕がないし、時間の流れの中にも、ゆったりとしたものを与える余裕はない。それどころか、逆にこの映画の画面と時間の枠の中には、実際に描かれるエピソードをはるかに超えた大きな歴史の背景や出来事、あるいは壮絶な人間の関係や感情が、すべてギッシリと詰まっていて、映画の重圧感が物凄いです。まさに「歴史」というものの映画的表現があるとすればこれだと思わせるような力技。個人的には『童年往事』のようなゆったりとした作品のファンだったけど、さすがにこれは、好みの問題がどうあれ傑作だと考える以外にありませんでした。呆然とさせられるくらいに映画が凄かっただけ、エンディングがS.E.N.S.の音楽だったのは安易な感じがしたけれど。 [映画館(字幕)] 10点(2007-09-07 03:38:47) |
178. 恋文日和
「イカルスの恋人たち」を演出した永田琴恵という監督は、ほかに成人向け作品なども撮っている人らしいのですが、映像のつくりがとても官能的。4作品の中でこれだけが突出した印象を残しました。死者が恋人にビデオレターを残すという話は使い古されたものだし、“手紙”をモチーフにしたストーリーとしても、収録4話の中で一番ひねりのないものなんだけど、それだけに演出と映像で見せる官能がストレートに出ていました。とくに中国人役で登場する當山奈央というミュージシャンの美しさが際立っていて、この配役はちょっと驚きでした。大衆食堂のシーンなど印象に残る美しい絵がいくつかあったし、画面の上下を逆さにするなどの工夫した映像も、きちんとした意図を感じるものでした。映画的な話法としても、この作品がいちばん安定してたように思える。 「イカルスの恋人たち」が7点、他は4~5点ぐらいです。 [DVD(邦画)] 7点(2007-09-04 02:19:29)(良:1票) |
179. ラストタンゴ・イン・パリ
《ネタバレ》 中年のゲスおやじ、ブサイクな田舎娘。その、リアリティにあふれる生々しいエロス。こんなにも暴力に満ちあふれた性の行為を、これほどまで美しい映像で魅せてしまっていいんでしょうか?この美しさはちょっと犯罪的じゃないのでしょうか・・? でも実際は、ここで繰り広げられる暴力的なエロスは、たんなる“性欲”なんてものではなかった。「名も知らぬ男にレイプされそうになったので撃った」という言葉によって消去されてしまう彼らのエロスというのは、ほとんど“存在そのもの”だったと言っていい。それは名前とか身分によって示される表向きの存在とは違う、もっと切実に自らの生を根拠づける何かだったし、それゆえにお互いにむさぼるように求め合ったものだった。ラストは、ある意味、わたし自身が撃ち抜かれてしまいました。おそろしく悲しい映画。きわめて格調の高い映像美に、救いがたい下品さが共存することで、悲しみがいっそう深まっているように思います。傑作。 [DVD(字幕)] 9点(2007-08-31 02:32:55)(良:1票) |
180. オペレッタ狸御殿
《ネタバレ》 いろんな意味で予想と違いました。まさに“狸にばかされた”って感じです。 かつての大正から昭和初期(戦前)を舞台にした清順作品と同様、美と享楽のためには暴力を愛することも厭わない「安土桃山」という時代設定は、やっぱりファシズムの臭いをそこはかとなく漂わせてたし、オダギリジョーの美しさを引き出すためにも、この耽美的な時代設定は正解だろうと思った。けれど、実際には、オダギリジョーは期待したほど美しくない。色気にも乏しい。それどころか、終盤になって美空ひばりが登場するやいなや、物語は、戦後=昭和的なヒューマニズムによって救済されて、前半部のファシズムの臭いなんてキレイさっぱり洗い流されてしまう。そして人の良い「狸ばかり」が巣食う戦後日本の、平和かつ人情にあふれた価値観が、高らかに肯定されつつ謳いあげられて、すっかりハッピーエンドなんですから、もう鈴木清順のことを「大正時代の人」なんて呼ぶことはできません。チャン・ツィイーの美しさがこんなにも「狸っぽい」なんて驚きです。まあ、キツネにばかされる陰鬱さに比べたら、狸にばかされるバカっぽさのほうが人情味もあって楽しいし、キライじゃありません。狸のおかげで、まるで日中戦争なんて無かったかのように思えました。それから、唐突過ぎるカットの割り方、羞恥心のないズームアップなどをあらためて見てたら、清順の映像感覚って、もともとポルトガルっぽいところがあるんだな、なんてことも思った。 [DVD(邦画)] 7点(2007-08-29 04:21:26) |