1. 海がきこえる<TVM>
《ネタバレ》 拓と里伽子の意識の外で、恋愛が行われているところが良い。二人とも、高校時代の最後までお互いの気持ちに無自覚なんですね。 この映画のように、好意というものは、青春の真っ只中や諍いの中では、無意識の中に閉じ込められていて、自分では気づきもしないものなのかもしれない。しかし、一旦井の外にでたり、違う角度から眺めたりすると、抑えられていた感情が意識となって心の中に立ち現れてくる。失って初めて分かるという感覚や、視点を変えることで分かる感覚ですね。それを、ハワイや東京などというように場所を行き来することで表現しているのだと思います。 井の中の蛙という言葉があるが、大人になるということは、井の外に一歩踏み出すということであり、そしてその出てった先の周りには、それより大きな井が存在している。小さな世界からの脱出を、子供の頃から延々と繰り返すことで、人は大人になっていくということを、この映画は雄弁に物語っている。当たり前のことだけど、これに気づけたのは、けっこう大きな収穫でした。 ジブリの中では、キャラクターの動きが少ないから、キャラクターの生命力が感じられないはずなんだけど、不思議とひとつの世界が成立しているのは、土佐弁という強力な武器を携えることと、写実的なアニメーション、キャラの心情を丁寧に描出しているからこそだと思う。ここで書くのもあれですが、コクリコではこの部分を感じれなかったですね。作品にとって生命力というのは欠かせないものなんじゃないかな。 この作品で残念だったのは、ラストにかけて説明的になっていったこと。ラストの拓の心情吐露でずっこけました。電車に乗らずに、逆のホームに駆けていく描写だけで良かったと思う。 [DVD(邦画)] 7点(2011-09-15 05:13:24) |
2. カサブランカ
《ネタバレ》 ラズロが先導して、フランス国家を歌い、ドイツ軍の歌をかき消すシーンが、なんといってもこの映画の一番の見所だと思います。ラストの余韻もよいですが。あれを見せられると、結婚という形式的な束縛もあったにせよ、イルザがなぜラズロを選んだのかが分かります。かっこいい男とはまさにラズロのことですよ、奥さま方。戦意喪失し、キザな男全開だったリックも、最後の最後に「本当の意味でのかっこいい男」になりますね。彼のかっこよさは、クライマックスへ向けて変化する前の彼ではなく、ラストから、違う物語で続いていくのです。帝国主義から、自由を奪い返す為の、語られなかった物語の中で。 [DVD(字幕)] 8点(2011-09-15 05:07:22) |
3. いまを生きる
《ネタバレ》 キーティングの教えは、人間とは自由であるということだったと思う。それは、嫌なことから逃げ出せ、嫌いなものからは逃げろというような自由ではなく、自分の中で吐き出される感情を、正しい形でアウトプットする方法を教えたかったのだろうと思う。 スポーツやバンドをやってる人は、何も考えずとも思春期特有の鬱屈した感情が蒸発していくもんだろうけど、そういう術を知らない子供達にとってはひどく重要な問題だ。環境的に束縛されていても、アウトプットする手法さえ知ってれば、そう簡単に追い詰められることはない。 芸術家は負のエネルギーを、創作活動にぶつけることができる。 内部にたまったものを形にするという方法さえ知っていれば、感情の捌け口として、内部のエネルギーを外に逃がすことができるのだ。ブログ、レビュー、SNSなんかも同じ。 どこまでも、自分の内なる世界にとどまっているだけでは何も生み出さない。 外に向かってアウトプットすることで、他者と出会い、他者の価値観に触れ、それを認識することで自分というものが分かってくる。新しい発見がある。この映画では詩作という方法で、友人同士が自分の内的世界を外に向かって吐き出し、ぶつけあっていく。何と平和的で生産的な方法だろうか。 では、なぜ友人は死んだのか。 彼の失望は、舞台での成功を褒められなかったことよりも、陸軍学校に送られることよりも、親に愛されていないことをはっきりと自覚したからだと思う。自分の中で、そんなはずはないと気づかないふりをしてきた感情、親のロボットになることで愛されていることを確認していた感情が、そうじゃなかったんだと、意識する形で現前と姿を現してきたのだと。子供たちにとっては、親の言いなりになることよりも、それを自覚する瞬間が一番の恐怖なんじゃないか。 キーティングは、感情を外に表現することを教えた。しかし、彼の根底は、両親という基礎によって形作られている為に、その感情を知ってしまったら、もう、自己表現することも、家を飛び出すことも、口論することさえ空虚なものに感じられてしまったのだろう。 親がやることは、安全な道を強制的に歩かせることではなく、安全な道を歩けるように上手に軌道修正させて導いていくことだと思う。この映画は、もちろん青春映画なのだけど、青春時代を過ぎ去った大人たちに向けられた映画でもあると思う。 [DVD(字幕)] 8点(2011-09-15 04:53:45) |
4. ヒア アフター
《ネタバレ》 3つのストーリーが同時進行で語られ、物語の最後で交錯するという作り。満足度はまあまあでした。ストーリーが、収束に向けて角度を変えていく過程が遅く、娯楽作を期待して観ると、終盤まで退屈するかもしれません。また、ひとつの物語としてのパワーも、最近のイーストウッドの作品を期待して鑑賞に臨んでしまうと、多少見劣りしてしまうかも。[以下ネタバレ] 後ろばかりみつづけていたジョージは、物語の最後の最後で、初めて未来のヴィジョンを見る。同じものを信じている相手とは、心を共有でき、希望を見出せるということ。 だが、それは逆に言えば、同じ人間でも信念の価値が違えば、世界は隔てられてしまうと言ってるようでもあり、それが真実だとしても、一抹の寂しさを感じさせる部分ではある。少年は母の胸に飛び込んでいくが、分かり合ったとはいえないし、青年と女性もお互いを慰めあうしか、この現実世界を生きる術はないというようにも見えてしまう。社会とのつながりのなかで、どう葛藤や対立を乗り越えていくのかを期待して見てたので、観賞後のカタルシスはあまりなかったというのが本音。三つのストーリーとも、内部では問題を解決できずに、外部でお互いを補完し合うような感じですね。 外の世界が広がっていることを感じるということは、問題解決の際にすごく現実的だと思うのです。例えば、いじめや差別という問題でも、同じような境遇の外にいる人たちで、「団結しあう、共感しあう」といったことが、勇気や力を与えるのは事実でしょう。しかし映画ですから、もう少し魔法を見せてくれても良かったという気がしないでもないです。 ただ、こういう非科学的なものを信じる人達の物語を見せられることで、より身近に感じることができたのは事実でした。また、近頃の群像劇で描かれがちのテーマである、宗教という概念とは少し距離を置いているのも良かったです。結局のところ、神様よりも、「人間」を一番信仰しているということが、この映画からは伝わってきます。それが神への陶酔と同じ様な包容力を帯びていて、温かい気持ちにさせられました。 [映画館(字幕)] 7点(2011-02-19 21:18:26) |
5. 潮風のいたずら
《ネタバレ》 映画の途中、恋人達の伝説の話を聞いた時点で、「ああ、この話がラストの伏線で使われるんだな」というように先が読めてしまうし、船の上で汽笛がなった瞬間に「あーくるぞくるぞ」と身構えてしまうのですが、主演のゴールディ・ホーンが海に飛び込む前に見せる、「アルトゥーローォォォ」の演技が実にいいんですよね。あの瞬間のためにこの映画を何度も見てると言っても、過言ではないかもしれません。レスリー・ディクソンの脚本は、娯楽作としてはハズレが少ないと思います。さて、リメイクはどうなることやら。 [ビデオ(字幕)] 8点(2010-11-24 04:10:36) |
6. 殺人の追憶
《ネタバレ》 ラストシーンのソンガンホのアップ、好きです。2次元の映画の世界に陶酔していた観客を、唐突に現実の世界に引きずり戻す社会的メッセージの凄まじさ。もしかしたら、映画館の隣の席でポップコーン頬張りながらこれを眺めているかもしれない犯人と、主人公が対峙する瞬間。当時韓国の映画館でこれを見ていた観客達は、震え上がっちゃったんじゃないかなあ。チェイサーでは途切れてしまった、追う者の執念というか、社会的メッセージの糸がこちらの世界にまで繋がっているのを感じる映画でもあります。こういう作品が出てくるくらいなんだから、韓国社会ってのは、あの時代よりも今のほうが、警察への怒りが蓄積されてんのかな。ストレスは溜まりますが、心に残る映画だと思います。 [DVD(字幕)] 8点(2010-11-24 04:04:19)(良:1票) |
7. ボーイズ・オン・ザ・ラン
《ネタバレ》 田西君は誕生日の夜にデリヘルのおでぶちゃんと抱き合ってました。自分は誕生日の夜に、この映画を見てしまいました。すごい偶然です・・・。嫌になるくらい。 この映画の田西君はほんとうにかっこ悪かったと思う。 最初のうちは上から目線でくすっとなるんだけど、段々と自分と目線がシンクロしてきて、痛すぎて途中で見るのが苦痛になった。 どうにかして彼女を取り戻そうとする田西君。色々な作戦に出ます。 結婚式のスピーチも自分に酔ってる節があったと思う。 殴りこみに行く事だって、彼女の為というよりも、情けなくて無様な自分の自尊心を傷つけられたことに怒ってた節があったんじゃないかなと思う。彼女は、それを無意識的に感じてたんだと思う。だから届かなかった。 最後、お漏らしまでして無様の底辺の状態になった田西君。 駅のホームで初めて、自分を捨てて彼女にぶつかっていきます。 最後の最後に、かっこつけや、ナルシシズムなんか捨て去った本音の言葉を吐くのです。 それが、彼女の胸を打ったんだと思う。 言ってることは、卑猥で下劣でどうしようもないけれど、今まで見た映画の、どんな「愛している」という言葉より、弾丸のように胸に届いてくる愛の告白だと思った。 かっこいい男とは、無様な自分をさらけ出して、それでも勇気をだして前に走っていく奴のことなんだな。 ラスト、街を疾走していく田西君は、ナルシシズムに溺れたままのタクシードライバーのトラヴィスなんかより、最高にかっこよく見えました。 [DVD(邦画)] 8点(2010-11-24 02:41:09)(良:2票) |
8. プレシャス
《ネタバレ》 スカーフをプレシャスと似た境遇の子供に渡すシーンから、鏡のシーンを挟み、母親との決着をつけるまでのシーンの連なりは、食い入るように見てしまった。連鎖の阻止、自己の確認、捨てるという一連のプロセス。巨大な支配を潜り抜け、彼女は自由になった。母子3人で歩き出す彼女の足取りは、どっしりとしていて希望に満ちているようにも思えるが、待ち構えているのは苦難ばかりである。一歩ずつ、ゆっくりと歩んでいくしかない。母を捨てるという決断。その選択肢があるということを提示してこの物語は終わる。逃げることも許されるんだよと。 しかし悲惨ですね。色々な段階が逆で、父を捨てる瞬間は、処女とともに奪われ、母を捨てる瞬間が、子を産む痛みよりも先に来る環境なのだから。 中盤に登場する半世紀前のI have a dreamの演説がこんなにも空しく響く映画もない。 と、ここまで書いて、あの演説をネットでもう一度読んでみて鳥肌が立ちました。中身ちょっと似ているではないですか。あの時代はアメリカ社会に向けた意味合いが強かったと思うのですが、今は構造がかなり変わってきてるのかな。(舞台は80年代ですが)この映画、黒人監督による黒人社会に向けたメッセージ的意味合いの方が強いんではないでしょうか?この映画では、プレシャスに暴力を行使するのは、すべて黒人なんですよね。暴力の連鎖をコミュニティの内部から食い止めようではないかという気概が感じられます。マライアの起用はアフリカ系とのハーフだからいいのかな? [DVD(字幕)] 7点(2010-11-16 17:46:33) |
9. 告白(2010)
《ネタバレ》 子供を叩き治す超スパルタ教育映画にも見えました。現実感覚を喪失した状態に陥っちゃうと、自分の痛みをなくし、他人の痛みも分からなくなり、殺人やったり、いじめやったり、リスカやったり・・・。とまあ、こんな人間沢山いるのではないでしょうか。物語の最後、主人公の少年が、内的世界から現実世界に舞い戻ってきた瞬間に、鼻血を流す描写が秀逸。HIVの伏線が効いてくるわけです。少年の嘘も黙秘も吐くふりも通用しない、生理的反応。現実感を喪失した世界で一番信じられるものです。本当に起こったことのように感じさせることが重要であって、実際に起こったかはあまり重要でない気がします。演出含め、結末さえも不確実に描いちゃうから上手いです。観客自身も、映画の中で起こっている胡散臭い世界から、後半につれていつの間にか痛みを感じることができるという物語の構造も良し。エヴァあたりから一気に量産された感のある、現実感覚を喪失した自分をモチーフとした作品群の流行に喝をいれた、インパクトのある快作だと思います。 [映画館(邦画)] 8点(2010-11-16 17:38:11) |
10. ロード・オブ・ドッグタウン
《ネタバレ》 幼馴染みが成功して、それぞれバラバラの道を歩き出す。新しい仲間や、価値観に触れ、歯車が少しずつずれてしまった彼等は、不仲になってしまう。青春映画でありがちな展開です。そして、どうやってその離れていった距離を埋めるのかなと眺めていると、ほぼ葛藤は描かれずに、昔みんなで楽しく過ごしたあの頃のように、プールの中をスケボーですべるだけ。離れていた心が、自然とあの頃に帰っていく。言葉なんかいりませんよね。このあたり、すごく共感できます。彼等の住んでいた街、犯罪の横行する薄暗い街は、スケボーに乗って滑走する瞬間だけは、輝いて見えていたのではないかなあ。スケボー文化の自然発生と、その黎明期を見れるという点では貴重な作品でした。 [DVD(字幕)] 6点(2010-11-14 20:13:15)(良:1票) |
11. (500)日のサマー
《ネタバレ》 恋というものの残酷さを、見せ付けられた。なぜなら、失恋によって人は、それまで築き上げてきた人間性を木っ端微塵に打ち砕かれ、自らを見つめなおす機会を、強制的に提供されるから。その意味で、サマーが心を占有した500日を研究対象のように、時系列をバラバラにして振り返っていったこの構成は、成功していると思う。トムのように、失恋したら、(○○)日の○○という形で、自分を振り返ることは非常に重要だろう。誰しもが、恋の"ごっこ"を繰り返して、自分を知り、愛を学んでいくのだと思う。トムの場合、別れた原因は、深い関係を結んでることから外見的な問題ではない。つまり、内的な問題で、ナルシシズムからの脱却以外に道はないんだと思う。自分>サマーなんですね。彼女に理想の女性像をあてはめ、価値観を決め付け、運命の女の幻想に恋してただけ。その為には、まずは自分を捨て現実を見つめることから。運命の相手なんて後からついてくる。 映画を総じて、アメリカの文化的アイコンが散りばめられていて、細部まで楽しめる作りだった。趣味という点から人物を掘り下げているのも○。自分はThe smithがきっかけとなり、恋に落ちるトムを見せられて、どっぷりと引きずり込まれてしまった。映画の全体的な雰囲気も良い。アメリのように、お洒落な要素である特定の観客をひきつけ、食虫植物のように食らいついてくるんだから、やられたという感じです。指摘されてる方もいましたが、まさに現代版アニーホール(より身近になってる)ですね。現代の男は、より繊細になってるのかなあ。 [DVD(字幕)] 8点(2010-11-14 19:46:02)(良:1票) |
12. 疾走
《ネタバレ》 干拓地という、言ってみれば”海の生物の墓場”が、美しく撮られていたことにまず感動した。そして、鬼ケンと茜は、生き物の匂いを充満させていて、その殺伐とした雰囲気に良い味を添えていたと思う。 シュウジにとって、沖で出会った人たちとのふれあいと、その地を踏みしめて走る瞬間だけは、生の実感に溢れていたのではないか。 この映画における、学校で起こるいじめと、社会で起こっている部落差別には差がないと思う。暴力の執行者である、いじめっ子、ヤクザ。それらを静観するクラスメート、噂をする住人。犯罪者の弟だからとか、沖に住んでいる人だからとか、そんな理由で暴力がまかり通る。閉塞した土地では、それほどに血や土地は重く、自分より、上なのか下なのかで暴力の方向は決まる。人類史とは、血とともに、暴力を継承してきた歴史でもあるのだと思う。 ではそのような暴力に立ち向かうためには、どうすればいいのか。シュウイチのように下層に継承するか、シュウジのように上の階層の人間を殺すのか、はたまたエリのように心を殺して耐え抜くのか。神父の弟が問うたように、己の肉体を殺すという選択肢もある。しかし、その答えは、これだけではないはずだ。人間と犬は、きっと違う。 兄が家を出て行く瞬間の、「早く家に入らないと風ひくぞ」のシーンはぞっとするほど怖い。兄との繋がりが断ち切られた瞬間を、シュウジが皮膚感覚として感じる瞬間だから。同時に、両親との別れがほぼ描かれないことも怖い。言語を捨てたシュウジの放った遠吠えは、観賞後もずっと頭の中を反芻して離れなかった。 [DVD(邦画)] 8点(2010-10-30 18:12:05) |
13. レインマン
《ネタバレ》 ベガスでのシークエンスは正直いらない。浮いてる。山は浴室での兄弟のシーン。すべてが気づきの瞬間に収束すれば良かったのにな。そこだけが惜しい。最後の別れは、やっぱり列車でしかありえないと思う。車でも、飛行機でも、徒歩でもない。レールの上を只管まっすぐにつっ走ることしかできなくて、稀に駅で人が乗り降りする列車。彼にぴったりだ。 [DVD(字幕)] 7点(2010-10-19 01:33:41) |
14. ドニー・ダーコ
《ネタバレ》 暗い青春を過ごす者にとっては、暗い時代がどこまでも続いているように思える。学校という空間の閉鎖性ゆえに、ある者は引きこもりになり、ある者は自殺を試み、そしてある者は、精神を病む。だが、ある時何かに気づけば、一変して世界が輝いて見える。そう、外にも世界は広がっているのだ。 この映画は、「闇」を見れば、自己犠牲の悲しい物語。謎に支配され抜け出せない。しかし「光」を見れば、妄想から抜け出す、希望に満ちた物語。その二重構造は、まさに、青春映画の傑作にふさわしい。ここではこの映画の光の話について。 映画の冒頭、主人公は目覚める。現実世界と離れて妄想世界に逃げ込み、そこで目を覚ましたことの表明だ。つまり、妄想の世界の住人になった。この映画がすべて妄想の産物だとしたら、映画の中で、起こっていることは、こうなって欲しいと創造主が思っていることや、非科学的な現象ばかりでも良い。タイムトラベル(過去に戻りたい欲求)、母親に愛されたり、いじめっ子に屈しなかったり、片思いの相手が自分のことを好きだと言ってくれたり。願望やトラウマなど潜在意識がドラマ化したもので構成される。 この妄想の創造主は、その後、自分の精神的世界の中で、現実に戻る方法を見つける。つまり自我を取り戻すこと。恐怖セラピーのビデオの女は、鏡の中を覗けば、そこには自我が居たと言った。主人公が鏡を覗いたとき、そこにはウサギがいた。その名もフランク。 終盤で、主人公は、地下室の中に導かれる。地下室とは心の中のメタファー。そこで彼がやったこと。 フランクを殺すこと(過去の自分との決別) そして、恐怖の克服(いじめられた恐怖に正面から戦いを挑むこと)、 愛の克服(愛を求める対象を適切に選べるようになること) その後、彼は自己犠牲の死を遂げる。 妄想の世界では、自己犠牲の死というものが、まったく違う意味を持つ。 肉体の終わりではなくて、妄想の終わり、新しい世界の始まり。 なぜラスト3人が手を振っていたのか。母親、好きな子、少年時代(?)に別れを告げたと解釈することもできる。 この映画の光は、アイデンティティを獲得する物語。 孤独な妄想世界に別れを告げる壮絶な戦いの記録。 鬱屈した青春に捧げる魂の鎮魂歌。 妄想から目を覚ましたこの世界の創造主は、ベッドから起き上がり、新しい人生を始めているのではないだろうか。 [DVD(字幕)] 10点(2010-10-16 15:43:32) |
15. 赤い糸
ケータイ小説原作。ドラマともに未見。触れ込みによると3600万人が涙したそうです。某レンタル屋のランキングに入っていたので借りました。予想以上にローティーン向けの映画。内容にツッこむ気すら起きないのですが、ギチギチに詰め込まれたストーリーなのに、最後にかけてだけがスカスカです。あれでは、泣けません。さらに問題なのは、この映画では完全に完結していないことです。エンドロール後にto be continuedって…ふざけてます。調べたら、連続ドラマの後半9、10、11話で完結だそう。その後に及んで、ドラマのDVDはVol.4【第8話+第9話】 Vol.5【第10話+第11話】という売り方をしている為に、少なくともあと2本借りなくてはなりません。あら不思議、興味本位で借りた1本の映画が3倍に化けるのです。なんという…(苦笑) 面白い映画だったら良かったのかもしれませんが、内容も残念だったので、ドラマまで見る気にもなれない。宙ぶらりんにされたまま、怒りに任せて新規登録させて頂きました。原作を読んでない人やドラマを見てない人が、どんなものかと期待して借りるのはオススメできません。また、桜庭ななみ目当てで見たら酷い目にあうので注意。なんなんだあの扱いは・・・。 [DVD(邦画)] 1点(2010-02-14 00:29:01) |
16. ハンサム★スーツ
《ネタバレ》 うすら寒いコメディが氾濫してる邦画において、この作品は中々の出来。この手の、主人公が何か重大な秘密を抱えて右往左往する話ってのは、下手をうたない限りハズレないですね。変身だったり、女装だったり、入れ替わり物だったり。ハラハラドキドキで思わず笑ってしまう。自分もガールズコレクションのくだりは全てにおいて、下手糞だと感じました。あそこで、テンションがきれちゃいました。デトロイトメタルシティも同じような所でつまずいてたっけ。最後のオチは良かったですが、そのネタ晴らしをカッコ良く処理して欲しかったです。ちょっと説明しすぎ。大島って、あれが地なんだろうけど演技には見えないよなあ。そこらに住んでるおばちゃんが、映画の中に迷いこんできてるみたいだ。 [地上波(邦画)] 6点(2010-02-13 23:51:59) |
17. グラン・トリノ
《ネタバレ》 味わい深い映画だ。反戦に通ずる「現代アメリカの恐怖の克服」の物語が裏で流れていると感じた。マイケル・ムーアは、ドキュメンタリーで「恐怖による病的な自衛が暴力(銃)をうむこと」に対しての警鐘を鳴らしたが、イーストウッドは同じことを物語に溶け込ませて表現し、その克服法を示している。 この作品の厚みは、筋を面白く語りつつ、様々なメタファーらしきものを原始的な行為を交えて配置してることにある。神の前でアメリカを憂う所から始まり、芝生(国土)を守る争い、貰った食べ物を食べる行為、祈祷師に現状を覗かれ、そしてモン族の土地の心臓部でもある地下室(心の中)へ導かれる。その最深部でウォルトにとって救世主とでも呼ぶべきタオが佇んでいる。彼だけは民族の風習を押し付けない。固くなだったウォルトの心は、受容され、知恵(技術)を伝えることで、解きほぐされていく。物語の中盤では、反対にタオを自分の暗い地下室(心の中)に少しずつ招き入れる。冷蔵庫(重荷)を共に運び出し、大事にしまっていた勲章(罪)を継承し告白する。そしてそのままタオを、地下室に閉じ込めてしまう。大事な宝物でもしまっておくかのように。この物語が発するエネルギーの源泉は、寓話的空気感がありながらも娯楽的に筋を通している所で、神秘と慈愛に満ち溢れていると思う。上映中はストーリーとイーストウッドの花道的な意味で泣けて仕方がなかったが、無意識の視覚的イメージにも感情を大きく揺さぶられていたことが分かる。もちろん演出に拠る所も大きい。 クライマックスの復讐のシーンでは、住民(世界)の面前で恐怖の克服をどう解決したのか判明する。そこに神父(宗教)は立ち会えない。それができたのは、銃(暴力)でもなく、神への懺悔でもない。ウォルトはタオと協力して冷蔵庫(重荷)を運び出し、神父にではなくタオに対して告白した。そして恐怖を克服し殺されてしまったけれど、悪は罰せられ、勲章とグラントリノを残した。後者が何のメタファーだたのかを考えると、この作品はきちんと答えを示してくれたことが分かる。反戦的で、すんでの所で宗教への不信を表明する隠された物語は、アメリカ人によるアメリカ人の為に作られているものなのかもしれない。 [DVD(字幕)] 10点(2010-02-12 08:42:49) |
18. イースタン・プロミス
《ネタバレ》 いまいち食い足りなさが残る作品でした。無駄がないというよりも、ドラマのお膳立を省きすぎているので、のめり込むことはできなかったというべきか。狙ってやっているのでしょうが、どの人物にも深く感情移入させる作りにしていないです。そういう浅いドラマでも作品の総体として何かが伝わってくるのならいいのですが、それも弱い気がします。人物描写は上手く自然に出来ているので、それを活かす局面が観たかったです。サウナでの死闘は一見の価値ありかと。 [DVD(字幕)] 6点(2010-02-10 19:39:19)(良:1票) |
19. チェイサー (2008)
《ネタバレ》 映るもののほとんどが暗くじめっとしていて雰囲気がある。映画の舞台が車が行き違うこともできないような狭く入り組んだ坂道に隣接するところで、これだけで奇妙なゾクゾク感に襲われてしまった。殺人の追憶では徹しきれていなかったが、この映画は痛烈な公権力批判を行っている。杜撰な犯人のさらに上をいくお粗末な警察と検察が主人公の行動を阻んでいく。終盤で、主人公が犯人を殺そうとする瞬間に警察が踏み込んでくるというのは陳腐かもしれないが良かった。私刑さえも許されなかった主人公と被害者達のやりきれなさだけが残る。ただし、その後のシーンにそれ以上踏み込んだものがなかったのが残念。社会的メッセージよりもエンタメを選んでしまったという印象。主人公の心理に迫る深みや、観賞後に残るものも余りない。事件から5年ほどしか経っていない重い事件をモチーフにしているわりに軽すぎる気がした。エンタメとしては良作、社会派としては凡作といったところか。実際の事件はカニバリズムなども絡んできてもっと凄惨で、犯人と警察に対する憤りばかりが募ったと記憶している。被害者遺族に警察が足蹴りしたなんて報道もあったし。犯人の心理を掘り下げていかなかったのは個人的に○。不気味さが漂っていた。妙にあっけらかんとしている所や、行き当たりばったりな所も怖い。 [DVD(字幕)] 8点(2010-01-31 19:36:08)(良:1票) |
20. イントゥ・ザ・ワイルド
《ネタバレ》 パッケージの爽やかさとロードムービーという情報のみで借りたのだが、かなりヘビーな内容。主人公が口にすることは一見強くて意志のある人間にも見えるが、彼のとった行動は愛情欲求の裏返しでしかないのだと思う。彼に生の実感がないのは、安全が満たされすぎて生の実感がわかないという豊かな社会における特権的欲求というよりも、親からの愛情欲求が満たされてない所から生じているように見える。故に、荒野で死の危険と隣り合わせになっても解き放たれることはない。旅の過程で温かい心の交流もあり、心を開いていけるチャンスはあった。しかし、彼はいつもあと少しの所で踏みとどまってしまう。表層的な接触しかなく、深部ではつながっていない。嫌われるくらいなら、いっそのこと親密にならないほうがいいし、荒野に行けば訳の分からぬ物足りなさは満たされると思っている。だから逃げる。物語の最後、彼が出した答えには考えさせられた。生の実感というものは、人との関係性の中で見つかるもので、荒野で見つかるものではない。他人と共有する、楽しさや一体感などの見えない感覚の中にこそあるのだと思う。独りで身の危険を冒して得る生の実感は常に虚しさと隣り合わせなのですね。彼はアラスカで独りになるんじゃなくて、行く宛ても無い旅を続けて色々な人ともっと交流していくべきだったのだろう。彼が命を懸けて、親の愛情、そして人間の愛情に飢えていることを自覚したのがとても切ない。 [DVD(字幕)] 8点(2010-01-16 09:01:08)(良:1票) |