1. ふるえて眠れ
《ネタバレ》 米国は日本と異なり、「家柄」だの「家を守る」だの「ご先祖様」という意識は希薄なのだろうが、さすがにこれだけの豪邸を代々受け継いできた家系となると、そうやすやすとは手放すわけにはいかないだろう。ただ、この物語では、「家を守る」意識よりも、過去にその邸内で起こった殺人の記憶が家を手放さないようにと主人公を呪縛している。 そうした観点からこの傑出したスリラー&サスペンスを観ると、より面白い見どころが掴める。 今作では孤独で病的な老女を演じたベティ・デイビスがいつもより一歩二歩引き気味の演技。そう感じさせるのは、もう一人の主人公オリヴィア・デ・ハヴィランドの腹黒さをたたえた偽善者キャラがメリハリの利いた演技で大いにインパクトを放っているせいだろう。この人は年輪を重ねることで、どこかいわくありげな美貌と才気という稀有な存在感が際立ってきている。そしてアグネス・ムーアヘッドの鬼気迫るファナティックな芝居が物語に毒のある花を添えている。 一件落着したかにみえたラストでベティがみせる狼狽した表情が、観る者にまだ残る謎を投げかけてハッとさせる演出も心憎い。 観る回を重ねるごとに色んな発見が出てくるという意味でも必見の作品だ。 [DVD(字幕)] 9点(2025-03-13 02:22:51) |
2. 仇討(1964)
《ネタバレ》 これほどまでに冷徹なリアリズムに徹しつつも「物語」としての面白さを堪能できる時代劇はそうない。 一般に「仇討ち」というと、「私怨」に基づいた「討つ者=善」「討たれる者=悪」という図式でとらえがちである。だが、今作を観れば、「仇討ち」が幕府や藩主の許可により行われるまでの過程には、仇討ちを果たさなければ互いの「お家」の面目を損なうという価値観、そして藩としての威厳や秩序を守ろうという保身的思考がはたらいているのが如実にわかる。 さらには家督相続が至極大事とされる武家社会にあって、主人公のように二男以下に生まれた者は能力や人格に関わらず当家に無卿の「部屋住み」という肩身の狭い立場に置かれ、挙句の果てには口減らし的に他家に婿養子に出されてしまうという悲哀。 結末の「仇討ちイベント」もそうした武家社会に孕む理不尽な「お家大事」の論理が無用の犠牲を生むのである。仇討ちの助太刀として動員され、斬られた武士たちはまさに犬死にそのものだ。つくづく武士の家なんぞに生まれないでよかったと胸を撫でおろしてしまう。 あえて注文をつけるならば、本作が無類の剣豪ヒーローを主役とするものではなく、武家社会の非道に翻弄された挙句に無残な最期を遂げる悲哀を描くものと考えれば、いかにも「THE武士」という屈強なイメージ満々の中村錦之介より、兄役の田村高廣、あるいはあまり出番のなかった小沢昭一のような「武士」の匂いの強くない役者を主人公にしたら、一層深みのある物語になったのではないか、などと思ったりもした。 [インターネット(邦画)] 10点(2025-02-23 02:35:56) |
3. 日本春歌考
《ネタバレ》 3度目の鑑賞。 受験のため上京してきた7人の男女高校生。そのうち中心に描かれる男子4人が受験会場のそばで出くわした「紀元節復活反対」デモに対するシニカルな反応に、この映画のコンセプトは表れた。 彼らの念頭にあるのは性欲であり、大人たちがふっかけてくる政治の話題にはほとんど興味がない。否、興味がないというより、大人が押し付けてくるイデオロギーへの嫌悪感から、担任教師から教わった猥歌で対抗するのである。 つまり、この映画の主題は「政事」vs「性事」という人類史における「現実」との向き合い方をめぐる対立ではないか。 何しろ男子高校生たちの性欲の標的となる「469」(受験番号)の姓は「藤原」である。したがって、彼女を凌辱しつつ歌う猥歌は古代日本国家における一大権力者にして、その後の日本社会において「血筋」や「家柄」という価値観を至上のものとして根付かせた元凶に対するプロテスタント・ソングという意味が込められているのであろう。そうした精神は反戦フォーク集団の偽善的な「革命」のスローガンにも向けられる。 ことに青春のニヒリズムの権化というべき荒木一郎の存在感が素晴らしい。だが、そんな彼が同級生・金田の歌う「慰安婦」の歌の意味に真っ先に気づくという感受性を持っていたりするのが面白い。 戦後日本の「民主主義」における旧態依然さや、隔靴搔痒ぶりに対する大島渚の反抗的主張が最も色濃く煽情的に表現された作品ではないだろうか。 [DVD(邦画)] 10点(2025-01-31 06:37:54) |
4. 切腹
《ネタバレ》 二度目の鑑賞になるか。 天下泰平の徳川時代。いくさがないのはよいことだが、それによって武士の「兵士」とぢての矜持が失われていった。加えて幕府による容赦ないお家取り潰し政策で江戸には食い詰めた浪人が溢れていた。彼らが窮余の一策として講じたのが「切腹詐欺」。腹を切る気など毛頭ないのに、大名の藩邸に出向いて「禄を食むこともかなわず、窮状に陥るばかりで、このままでは武士としての面目が立たないから・・・」などと理由をつけて切腹をしたいので庭先を貸してくれ、と願い出る。藩邸側としては神聖な庭先を血で汚されるのは御免なので、浪人に適当な扶持を与えて引き取ってもらうという対応をとらざるを得ない――という流れを見込んでの「切腹詐欺」が横行していたのは、「侍」としての倫理の退廃を反映するものであった。 本作はそうした「武士道」のあり方はもちろんのこと、「切腹詐欺」を逆手に取られて竹光による屈辱の切腹を強いられた息子の仇討ちに藩邸に乗り込んできた主人公への家老の冷徹な対処にみる官僚主義をも痛烈に風刺している。この一作で「天下泰平」とは裏腹な武家社会における矛盾や非道がよくわかる。 それにしても仲代達矢は撮影当時まだ二十代だろうが、この満座を圧する貫禄は凄まじい。その仲代と火花を散らす家老役の三國連太郎の緩急自在の演技も素晴らしい。観終わってつく溜め息の深いこと。 [DVD(邦画)] 10点(2025-01-26 01:53:44) |
5. にっぽん昆虫記
《ネタバレ》 2度目の鑑賞になる。 東北の寒村で生まれ育ち、東京に出て女工となった女が不倫、新興宗教、売春経営・・・と次々と身を持ち崩していくかにみえて、図太くがめつく生きていくさまを激動の近現代史を反映しつる描く力作。 泥水をすすり、血を吐いて七転び八起きの人生を歩んできた主人公・とめだが、そこは今村作品だけにそれほど悲壮感はなく、むしろユーモラスささえ醸し出しているのは、左幸子の飄々として太々しい存在感に負うところも大きい。 せわしない商業主義の下、大の大人たちが騙し騙されというまさに生き馬の目を抜く都会の人間模様。それは明治大正あたりで時計の針が止まってしまったような前近代的な風土の色濃く残る(近親相姦も含めて!)、とめの故郷との絶妙なコントラストになっている。 そして魑魅魍魎のひしめく都会に母を追って出てきた信子が肉体を武器にパトロンからまんまと大金をせしめ、自分の夢を実現する資金に充てる。つまり、世間を出し抜くという点で一番上手をいったのが、ウブな小娘であった信子というのも面白い皮肉である。 こうして、いかに人間が欲深くて往生際の悪い「動物」であるかを赤裸々にえぐり出すことで、とどのつまりはタイトルにあるように「昆虫」並みに地を這うかのごとくしぶとく生息している存在なのだという痛烈なメッセージはしかとインパクトを放って、脳裏に焼き付く。 [DVD(邦画)] 10点(2025-01-16 01:23:05) |
6. 太陽がいっぱい
《ネタバレ》 何遍観ても色褪せることのないサスペンスの名画である。主人公の不遇の生い立ちと、内に秘めたギラギラした野望は、まさにアラン・ドロンの実人生が投影されているかのようである。理不尽な社会の格差に抗い、おのれを解放する意味でもあった殺人劇。富と美女を手に入れ、完全犯罪を成し遂げて美酒に酔う主人公を待ち受ける大どんでん返し。とにかく、欲深さと繊細さが入り混じって、いろんな意味で危険度いっぱいのドロンの魅力あっての作品であり、男でもドロンの虜になること請け合いである。 [DVD(字幕)] 10点(2021-01-24 19:41:25)(良:1票) |
7. コレクター(1965)
《ネタバレ》 これほど有名な作品でありながら、あらすじを聞いて二の足を踏む作品もないであろう。自分自身がそうであった。今回、ようやくDVDで鑑賞した。観終わって率直に思った。もっと早く観ておくべき作品であった。そして、何度でも観たくなる作品である。 巨匠ウィリアム・ワイラーがなぜこのようなエキセントリックな犯罪作品を、しかも新人に近い若手キャスト二人を起用して製作したのか?実に興味深い。 貧困と孤独を背負って育った主人公フレディが画学生のミランダに対して抱く、ソフトでいてねちっこい征服欲。その背景にみえるのは、英国における階級社会の軋轢であったり、インテリに対する不信であったりする。例えば、ピカソの絵の解釈をめぐり、こんな絵は駄作だと唾棄するフレディに対し、傑作だと反論するミランダ。フレディはそれを権威になびいているだけだと一蹴するところは、“わかったつもりで優越感に浸っている”インテリの欺瞞性を衝いているようで面白い。いずれにしても、普段なら鼻も引っかけられないインテリ学生をここぞとばかり論破(?)することで権威や流行を貶め、留飲を下げているかのようだ。だが、現実にこんな風に紳士面を脱ぎ捨てて突然キレる男と二人きりで暮らさなくてはならないミランダの恐怖は想像を絶するだろう。その豹変ぶりを物凄い眼の演技で表現するテレンス・スタンプが素晴らしい(本作でオスカーを獲っても不思議ではないのに、ノミネートすらされていないのは首をかしげる)。 衝撃の結末には、「この世に悪が栄えたためしはない」という言葉が空々しく聞こえる。否、フレディはそれほどの「悪」ではないのかもしれない。ワイラーはフレディをおぞましき精神異常者として描いてはいないのである。例えば、フレディがミランダ誘拐に成功して喜びのあまり雨の中を駆けずり回るシーンは、サスペンスに不似合なほんわかしたBGMが流れ、まるで青春映画のひとコマのようですらある。ごくわずかではあるが、フレディの冗談にミランダが吹き出すシーンなどは、友好的なムードになるのかなと思わせたりもする。察するに、ワイラーは、誰もがフレディのような欲望を潜在させていることを暗示しているようにも思える。恐るべき青春映画である。 [DVD(字幕)] 10点(2021-01-11 17:41:33)(良:1票) |
8. 地獄に堕ちた勇者ども
《ネタバレ》 ナチズムと戦時体制における人間の狂気と退廃をさまざまなキャラクターを通して毒々しく描き出す。権謀術数の果てに繁栄を掴み取ったかに見えた「勇者」たちが、ふとした運命のいたずらであっけなく「地獄」に堕ちていく。そのひとつひとつの破滅の姿が美しく映えれば映えるほど、そこに人間の底なしの愚かさがさらけ出されるという、ヴィスコンティの美学が凝縮されている作品である。 事実上の主人公といってよい、ヘルムート・バーガー演じるマルチンの一貫した狂いっぷりが見事としかいいようがない。この、およそ天下国家などよりおのれの欲望にしか関心を向けない人間が権力を握ってしまうところにナチズムの恐怖と悲劇があったのではないか。 [DVD(字幕)] 10点(2020-08-10 19:07:42) |