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欲望(1966) のクチコミ・感想
作品情報
タイトル名 欲望(1966)
製作国英,伊,米
上映時間111分
劇場公開日 1967-06-03
ジャンルドラマ,サスペンス,ミステリー,小説の映画化
レビュー情報
とても哲学的な映画ですね。真理の追究、意味、関係的と現象的、そういったことが要素としてあると考えられます。「人間は意味を求める動物である」とヴィクター・フランクルは言いましたけど、証拠や死体が消失する様はまさに意味の喪失だと言えます。トーマスは写真を並べて物語を構成し、意味付けを行う。それで殺人事件だと判断して、自分で公園に行って死体を見つける。だけど写真は盗まれ死体も消えてしまう。意味がなくなってしまった。それって不条理でしょう。現実というのは不条理の世界ですから。その後のギターを壊して、その破片を手に入れて外に出たら捨ててしまう、ていうのも、要するにあのライブハウスの中では貴重なものだという意味付けが、外へ出たらなくなって単なるゴミに変わってしまう。現実の不条理さを端的に表していると思う。その後で友人と死体を一緒に見に行ってくれと誘い、写真を撮ろうとする。これは現象的と関係的の要素があります。例えば、幻覚を見たら、それは関係的にはその幻覚で見えているものはないものだと言う事になるけど、現象的に言ったらあることになる。幻覚が見えている人にはそれは実存するわけです。トーマスは、自分の見たものは実際に存在するものだと証明するために、友人を誘って、写真を撮ろうとした。関係的証拠を求めた。だけど、断られ、一人で見に行ったら死体は亡くなってた。自分の見たものは果たして本当に存在したといえるのか?「誰もいない森で木が倒れたら音がするか?」というおきまりの哲学的問題がありますけど、この場合は、物的証拠がない場合、自分の見た殺人事件は、死体は、本当にあったと言えるのか?裁判だったら物的証拠がなければ裏付けがないので存在しないことになっちゃう。ラストの見えないテニスもそういう要素を含んでるし、最後は主人公がさーっと消えて終わる。あの最後によってこの問いが観客に向けられる。この主人公は、実際に存在したと言えるのか?例えば、世界には60億を越える人間がいるけれど、あなたはそのほとんどの人と出会ったことはない。出会ったことがない人を存在しているとどうして言えるのか?この映画は真理を求めようとして意味を喪失してしまうなんとも不条理な映画です。だから僕がこうやってこの映画に意味付けをしても、この映画はするりとその意味付けをかわしてしまう!まるで救い上げようとしても、手からこぼれおちる水のように。
あろえりーなさん 8点(2004-07-24 03:10:14)(良:2票)
その他情報
作品のレビュー数 40件
作品の平均点 6.80点
作品の点数分布
000.00%
100.00%
237.50%
325.00%
425.00%
5410.00%
637.50%
7717.50%
81025.00%
9512.50%
10410.00%
作品の標準偏差 2.28
このレビューの偏差値 52.30
※この作品のどの当たりの点数に位置するかを表した値
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