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今、この瞬間もそう望む人がいればこそだが、望む人さえいればいつまでも映画は消えないという、その切なる祈りに見えました。終始この映画から観えるのは「映画」そのもののように思いました。メタファーとしては、例えば他人の恋沙汰を「覗き見」するその行為そのものであったり、「ぺらぺら漫画」であったり、「機関車が迫ってくる様」など、もはや“=(イコール)”で結び付けてもまったく遜色のない映画の原型が散りばめられています。それらの進化系が現代映画なのだということを改めて痛感すると共に、サイレント期の名作映画がスクリーンに映し出された瞬間、映画好きのぼくの心は激しく興奮を覚えました。一瞬流れた「セブンチャンス」や「月世界旅行」をシネコンのあの巨大スクリーンで全編通して観ることができたらどれだけ幸せだろう、などと妄想してしまいました。また、サイレントや白黒映画に一切の興味を持たぬ人があれを目の当たりにするとどんな気持ちになるのだろうという、素直な疑問も覚え、それと同時にどうか「観たい」と思って欲しいと祈ってしまいました。つまるところこの作品の目指すところがそれであることを感じずにはいられません。現代映画とは比較にできぬほど、“映画”本来の面白みに溢れていた黎明期の作品群を観たいと望む観客が増えれば増えるほど、それらの作品のリバイバルが観れるのでは?という希望を抱いてしまいます。つまりそれが映画を朽ちさせない後押しになるのです。
現代映画は過去の作品群の積み重ねのその先っぽに存在しており、その先っぽを存分に楽しむには、引用元である下に埋もれてしまっている作品を知る必要が出てきます。“歴史を知る”というのはその文化を楽しむのと等しく、それを知るだけで今そこにあるものの“見方”がガラリと変わるのだと思います。この作品は映画のその重要な“映画史”を観客に刷り込ませた歴史的に見てもとても重要な作品になったのではないかと思います。しかしながら、作品そのもののドラマ部分とそれらの祈りが噛み合ってなさが尋常じゃないので、その意味でアカデミー賞作品賞を争っていた「アーティスト」に負けたのは頷けますが、あのロボットの描く事、あるいは描かせることも映画のメタファーになっている構造は結構好きでした。 【ボビー】さん [映画館(字幕)] 7点(2012-05-10 18:52:55)
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