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《ネタバレ》 冒頭、2階の部屋の窓からカメラが飛び出してそのまま地面に降り、子供を迎えに来た母親の表情を捉える---という演出が目を引きはするのですが、単にそれだけだったら、撮影技術は今の方が上な訳で(とは言え「この時代の映画の映像」を「こういう形で見せられる」ことへ驚きがあることもまた確か、ですが)。しかし、このカメラワークを皮切りに、時代を超えたような意表を突く演出を挟みつつ、テンポよく物語を綴っていく手際の良さは、これはもう間違いなく、見事なものです。もしも、この作品を一度見てピンと来なかった、と言う方がいたら、絶対に二度三度見直した方がよい、とお勧めしたいですね。誰もが確実に満足できる、とまでは保証できませんが・・・。
カメラが2階から降りる前に、天井に吊るされるランプが描かれるように、このシーン、夕暮れなんですね。街角に灯がともり、警官が訪れた家でオヤジと会話中、屋外に見える隣家にもポッと灯が灯る、という、時間の推移。その一方、この家の2階では、「夕方なのに」今頃になって布団でモソモソ起き上がろうとしている小汚い男。カメラがその表情を捉えると、無精ヒゲだらけでおよそスターらしからぬ顔のバンツマが登場する、という仕掛け。1階での警官とのトボけたやりとりに対し、2階のトボけたバンツマ、という何ともユーモラスなオープニング。 この冒頭から、芝居小屋での騒動~少年との出会いとその父の死~少年とその母との交流(無法松の過去、運動会)~成長した少年(成長しない無法松)~祇園太鼓~~と話が流れて、この辺りから検閲でカットされたらしく、ちょっと繋がりの悪いまま、唐突に無法松が死んでしまい、ここまでの作品のテンポの良さからすると本当にもったいない!と思うのですが、後述するように、その違和感を超えるような感動が、ここにはあります。 冒頭の次に来る「芝居小屋での騒動」のエピソードで描かれる、芝居小屋の中の空間的な広がり、これなんかは、撮影技術の上がった今の映画でもなかなか見られない、特筆すべき描写ではないでしょうか。とても印象的です。ここで大暴走するのも無法松なら、水戸黄門モードの月形龍之介に説教されて大反省するのも無法松。バンツマは月形龍之介とほぼ同じくらいの年齢だと思うのですが、まあ実に落ち着きのないこと。「無茶をする人」と「でも非は素直に認める気のいい人」を足せば、普通は後者の印象が勝つと思うのですが、そして実際、物語も後者の無法松を描くのですが、どうもバンツマが演じると、妙に前者のイメージも印象に残って、映画の最後まで何となく、危うさのようなものが漂ってます。単なる善人ではない、「型に嵌らない存在」としての、無法松。 で、ある日、怪我をした少年を助けた無法松。少年の家を訪問し、父親と意気投合するも、父親は体調が急変、帰らぬ人となってしまう。というあまりに性急すぎる展開ではあるのですが、ここでも絶妙な演出がそれを支えており、医者を呼びに行く無法松、玄関に残された少年の母親、それをクレーンで上部から捉えたカメラが、二人が去った後も回り続け、やがて映像はそっと墓地のシーンへ変わっていく。テンポがいいと同時に、余韻があるんですね。 少年との交流が始まり、その母との交流が始まります。無法松の人力車に乗っている最中にほったらかしにされてしまう客のパントマイムが、サイレント映画を思い起こさせたりもして。 で、、、やがて少年は成長していき、無法松もそれに戸惑うことも多くなってきて、時代に取り残されたような「古い人間」になってくるのですが、祇園太鼓のシーンではそれが、肯定的に描かれます。もはや叩くことができる人もいなくなってきた様々な打ち方を彼が披露し、それを遠くでどこかの爺さんが、感動して周囲にも「よく聴いとけ」と言いながら耳を傾けている。まさに、繋がる瞬間、ってヤツです。 この太鼓のシーンの描写がこれまた、実にダイナミック。カメラは右に左に躍動し、波飛沫の映像やら、雲がモクモクと湧く映像やら、といったイメージも挿入されたりして、今どきのミュージックビデオに引けをとらない斬新な音楽映像となっています。時代を超越してますね。 この後、物語の上では唐突に無法松は死んでしまう・・・というか、死んじゃってる、ので、ちょっと収まりが悪いんですね。だけど、過去の思い出のようなシーンが次々に、多重露光を駆使した映像によって綴られ、そして、時間の流れを示すように作中で何度も登場した人力車の車輪の映像が、ここでついに、動きを止めてしまう、それを見れば、物語が飛ぼうがどうしようが、彼の死を感じずにはいられません。だから、違和感が無い、というか、違和感を超える感動。 映画前半の登場人物がラストで再登場し、物語を締めくくりますが、何だか誰も歳くってないような(笑)。 【鱗歌】さん [CS・衛星(邦画)] 10点(2025-06-28 09:58:30)(良:1票)
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