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《ネタバレ》
TVシリーズ含め、過去作からずーっと観て来て「凄い作品だなー」と思いながらも、同時に何度もガッカリして来たエヴァ。 庵野さんを脳髄と心に植え付けられたのは「トップをねらえ!」からで、あの能天気かつ「カッコイイと思ったものは全部入れちゃえ!」的な作風が好きだった。 岡田斗司夫さんによって明るく能天気に始まったシリーズだったけど、やっぱり4話以降の後半は(庵野監督の持ち味だろう)「ダークな終末」で終了した。 よく「後半は暗い」との談を聞く。 そして、「好きだったのは前半(の能天気部分)だ」とも。 能天気とは強烈なインパクトの塊だ。 けど、「芸人的なお笑い」もそうだが、能天気に広げたものを、テイよく収束させるのはメチャクチャ難しい。 そして、(ダークであれ)渾身の力で収束させたモノに「前半の明るさが良かったのに…」と、言うならば(ユーザーの批判なら仕方ないけども)プロとして代案を持たねばならないのに、それもないままなのが至極残念だ。 さて、ガイナックス(だった頃の)の、明るい岡田斗司夫とダークな庵野監督との関係。 「オネアミスの翼」、「トップをねらえ!」…そして「ナディア」を観てると、次第に岡田さんとの距離感も開き、庵野さんの独壇場となっている。 特に、エヴァンゲリオンは「庵野さんの好きにしていい」と始まった作品だから、本人の持ち味のひとつである「ダーク」さに、傾倒して進行した。 さて、「ダーク」とは「闇」……庵野さんはダークだ。 庵野監督は、幼児の頃から、ずーっと「好きなモノ」を追いかけつつも、ダークを受け入れて過ごしたのかも知れない。 女性や人間関係の面倒な部分はさておき…ウルトラマン、ゴジラ、仮面ライダー、ファイヤーマンなどのカッコいいモノを追いかけてきた庵野さん。 エヴァはTV版から旧劇場版は、間違いなくダーク。 そして、ファンからは、その暗さに「ナニコレ?」の判定を下された。 そして新劇場版シリーズの「序」は、作風の構成がストレートで「あれ?…庵野さん(いい意味で)変わっちゃった?」と思ったけど、「破」から…特に「Q」は…ダークだった。 この上ないダークを纏い、庵野監督はいったい、この話をどこに向かわせようとしてるんだろう?なんて考えた。 それ以前に「精神と身体、大丈夫かな?」と(勝手に)心配したまま、色々と新劇場版のストーリーを全体論で検証した。 そんな中…新劇場版を最初から見直して「Q」での渚カヲルの言葉に驚愕した。 そうか、この世界は何度も何度もやり直してるんだ、と。 過去のダークな世界も、庵野さんは受け入れて、やり直しの世界の一部にしたんだ、と。 ――素晴らしい。 己を肯定して物語を進め、人生も進めている。 本当に素晴らしい。 自分を否定したくなる箇所は、人間なら誰でもあるだろう。 ――それを隠すのも人。 ――それを正そうとするのも人。 けど… ――それを受け入れて自分の武器にする。 クリエイターにとって、これは至難の業だと思う。 俺は、仲間によく言う。 「本物のクリエイターになったら、性癖から頭の内容、心の器量まで、喜怒哀楽、嘘すら全部ダダ洩れになるぞ。」と。 けど、エヴァという作品で己を晒し、ボロボロになりながらも、最後の大円団まで導いた庵野監督。 いま思えば…… 碇シンジは、庵野さんの冒険体なのだろう。 ダークに過ごした自分を、あのシンジの身体で、ありのままにアニメーションの世界で闊歩させたかったのではないだろうか? そして、碇ゲンドウは…素の庵野さんだろう。 あの「人を受け入れない姿勢」や、心を開かないダークなところも…そして、人の拒んででも通したい野望も含めて。 何故か、ラストのゲンドウとユイの抱き合ってるシーン…あの美しさが胸を突き、ただ感動が溢れた。 碇シンジと碇ゲンドウの親子関係。 過ちも後悔も…過去を全部認めた上で、共に未来へと進む。 それこそが、新世紀に続く道なのかもしれない。 冬月が言った…「マリは、イスカリオテのマリア」と。 なら、最後のシンジとマリが走ってゆくシーン。 マリがマリアならば…あの、シンジは「ヨゼフ」となるのだろう。 ならば、きっと結ばれるはずの2人なのだ。 きっと、シンジとマリから生まれるだろう約束の子は「イエス」…。 彼こそが本当の新世紀に進むと信じる。 最高のリスペクトと…そして、安堵の気持ちを持ったままエヴァを見送りたい。 全ての、やっと繋がったエヴァに…ただ、万感の思いを込めて…有難う。 庵野監督、本当にお疲れさまでした。 【映画の奴隷】さん [映画館(邦画)] 10点(2021-03-11 10:19:26)
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