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《ネタバレ》 凸やんは何者なのか?凸やんは何故死なないのか?作中の謎に明確な回答が得られぬまま、物語は幕を閉じます。本作の楽しみ方は、解釈を求めぬスタンスで正しいと思います。不思議な余韻を楽しむ映画。これから記載する内容は、私個人の勝手解釈。裏付けはありません。それを承知でお読みいただければ幸いです。 凸やんの正体について。浅野の胸に第3の乳首が在った事から、彼は凸やんで間違いありません。『鈍獣』の作者も鉄橋で本人が認めたとおり。しかし浅野は当初、小説家ではないと言い張りました。数々の思い出も忘れたといいます。嘘でしょうか?なら、何故嘘をつく必要があったのでしょう。彼は、本当に何も知らなかったのだと感じました。あの時の凸やんは、凸やんではなかった。別の人格。江田の指摘どおり、鉄橋で亡くなった凸川君(子供相撲の西の横綱)ではないかと。江田と岡本の証言によれば、凸やんと凸川君はよく似ていたといいます。浅野が凸やんの人格でも、凸川君の人格でも、江田らに区別はつかないでしょう。そしておそらく凸やん自身も、自覚をしていません。小説家としてのペンネームも凸川。凸川君を死なせてしまった後悔の念が、小説『鈍獣』を生み、凸やんの中に凸川君という別人格を作り出した。凸の反対は凹です。両方合わさって正方形。凸やんにとって凸川君という人格は、正気を保つための凹だったのではないか。鈍獣のキャラクター(角のある獣)も図案化すれば“凹”。凸やんが死ななかったのは、凸川君が既に死んでいるから。人は二度死ねません。あるいは“凸川君を死なせたくない”という思いが、浅野を不死身にしていたのかもしれません。「もうお終い?」そう問い続ける凸やん。「まだ終わってないよ、ウルフ」と江田。この会話に隠された本当の意味に、心が沁みました。 いろんな想像や解釈が出来る映画は自分にとって良い映画です。ただ、コメディ要素が豊富なワリには、笑うに笑えぬもどかしさを覚えました。凸やんと江田、岡本の友情を示すエピソードがイジメに思えてしまったのが、乗り切れぬ原因だったかと。役者陣はみなお見事でした。
【目隠シスト】さん [CS・衛星(邦画)] 7点(2012-01-01 00:00:01)(良:1票)
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