みんなのシネマレビュー |
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ネタバレは禁止していませんので 未見の方は注意です! 【クチコミ・感想】
30.ルキノ・ヴィスコンティを語る上で外すことができない大変重要な作品である。ネオリアリズムを描いてきたヴィスコンティがデカダンスを全面に押し出して貴族の崩壊を描いた力作である。バート・ランカスター演じるファブリッチオがタンクレディに未来を託し、自らは貴族社会の崩壊、終焉が来たことを実感するわけだが、これは貴族出身だったヴィスコンティの貴族に対する愛や別れを意味するものだと感じた。デカダンスを描いた最初の作品であるが、この後の作品になるにつれ、後姿や、視線のズーム、深層と表層の対比といった主題は強まっていくのである。 【たましろ】さん 8点(2004-02-08 21:15:40)(良:3票) 29.《ネタバレ》 冒頭からニーノ・ロータの荘厳な音楽に、何か只ならぬ物語の幕開けを予感させる。個人的にガリバルディについてはあまりよく知らなかったのですが、それでも政治的変化による社会混乱によって翻弄される一家の一大叙事詩ということで大いに楽しめました。行動力の強いシチリア貴族演じるアラン・ドロン、特に前半部分の眼帯を付けた彼の姿はまさにベスト・オブ・ドロンと呼ぶに相応しい凛々しさです。大人の味わいを感じさせるバート・ランカスターは、劇中の「シチリアが2500年の間植民地だったのは我々の責任であり、我々は疲れ果て力尽きたのだ」という台詞に彼の人間性が集約されているような気がします。又、後半部分の随所に広がる美術の数々はヴィスコンティならではの豪華絢爛ぶりで、無駄な字幕を読んでいて見過ごすのが勿体無いほどの美しさです。 【かんたーた】さん [ビデオ(字幕)] 9点(2004-11-11 21:19:45)(良:2票) 28.ちょうど時代の転換期に生き、変革の必要性を十分に理解しながらも自分は旧体制側の人間だと自覚している公爵の姿が孤高で切なくて胸を打つ。これまで通りの生活が永遠に続くと思っている様子の単純な公爵夫人や、新しい時代の象徴であるがやや品位の欠ける中産階級との対比が見事。 【みねこ】さん 9点(2004-01-10 23:32:46)(良:2票) 27.《ネタバレ》 タイトルの「山猫」とはシチリア一帯を統治するファブリッツィオ家の紋章。劇中においても「獅子と山猫は去り、ハイエナと羊が生き残る」という台詞が出てきたこともあり、没落の象徴をタイトルに持ってきたことがよりタイトルに深みを感じさせているように思えます。 既に語り尽くされていますが、やはり後半の舞踏会の豪華絢爛さは素晴らしく、この映画の主題を踏まえて言うならば、最後の輝きを解き放つが如くの一大シークェンスでしょう。 貴族社会が時代の流れと共に地に落ちゆく様とバート・ランカスター演じるファブリッツィオ自身の老いとをシンクロさせることによる相乗効果で、主題となるストーリーがより引き立つような感じが出ていて面白く、しかも映画の終盤に進むにつれて、それが徐々に色濃くなりながら語られているところが凄く印象に残りました。(特に、小部屋にまで入り込んで来た数珠繋ぎでダンスをする若者の輪の中に躊躇いもなく溶け込んでいったタンクレディらと、動きの激しいダンスのそばを独りで歩く公爵の後ろ姿との対比!) 一方のタンクレディは、時流に順応する才を持つまさに次世代の担い手として相応しい男として描かれ、アラン・ドロンは他の出演作での貧しい中で苦労しながら生きる役よりも本作のような気品のある役でこそ彼の本領が発揮されると思いました。 またアンジェリカの方はと言えば、美しいとしか彼女を称賛する言葉が出てこないというのと(“美しい”以外には何もないというストーリー設定だから、当然と言えば当然ですが)、彼女が登場するシーンの時にはBGMが優雅な曲調に変わっていたのが誇張が過ぎる感じがして気になってしまいました。 やはり何と言っても、豪華絢爛さばかりが注目されがちな部分はありますが、広大な丘陵を一面に見渡すショットや、埃まみれの家で若者二人が密かに愛し合うシーンなど、オープニングクレジットから芸術的な場面が目白押しで、ヴィスコンティらしくどのシーンにも妥協を感じさせない力強さを感じました。 【もっつぁれら】さん [映画館(字幕)] 7点(2013-02-03 02:45:41)(良:1票) 26.静かな祈りの時間に、次第に高まってくる外の騒がしい声。この人の映画は、下り坂にかかる者の前に、不吉の影がよぎるところから始まる。闖入者たちはしかし次の時代の主流であり、それを公爵自身が一番よく知っている。だからといって潔く滅びようとするわけでもなく、けっこううまく立ち回ろうともする。そこらへんの複雑さが、また魅力にもなる。カルディナーレに対する恋情(と言うより欲情か)を自覚し、翻弄されていることも自覚している苦さ。ここらへんの演技が見事。階級的衰退と、個人としての体力の衰退とが重なっている。しかもこの娘、自分のとこの小作の孫なのだ。衰退にある程度抵抗はしながら、全体そういう流れなのは仕方がないと、最後は受け入れてしまうだろう自分を納得する広さも持っている。タンクレディが赤シャツ隊に入るのを微笑んで見送るように。すべてを受け入れ、時の流れを肯定し、しかしやはり前時代の人間としての孤独に入っていくというところでラストの感動があるわけ。革命のさなかに悠々と決められたとおりに避暑に出かける人物が、冒頭で神父に盛んに毒づいていた人物が、敬虔な祈りを捧げるの。いつもながら人物の配置が美的。必ず控えている人物がいたり、奥で優雅に刺繍している娘がいたりする。そしてカーテンのそよぎ。 【なんのかんの】さん [映画館(字幕)] 8点(2012-07-07 10:01:32)(良:1票) 25.《ネタバレ》 この映画は人間の美しいものに対する嫉妬と、自分が年老いてしまった事への哀しさ、空しさ、それこそがこのヴィスコンティ監督が描こうとしてた世界、それはこの監督の他の映画でも見られるように人間はいつかは必ず年老いて死んで行く。その前に一度だけで良い。歳の離れた美しい女性と踊りたい。美しい者への嫉妬と憧れ、その両方をきちんと描くことによって生まれる感情、全てを包み隠さずに見せる監督の演出、人生の儚さ、厳しさ、若くて二枚目の甥が若くて美しき娘との結婚、二人が優雅に踊っている場面を見て、いったい何を思うか?自分が甥と同じようにもしも、若かったらという思いがバート・ランカスターの演技からひしひしと伝わってくる。アラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレの二人の姿には誰もが自分が彼ら、彼女らのように若くてかっこ良くて、美しかったらと思うに違いないほどそれを見るバート・ランカスターの公爵の気持ちは男なら理解出来るであろう!年老いた者にしか解らない哀しさ、同じ監督の「ベニスの死す」のあの老人と重なって見えてくる公爵の姿、アラン・ドロンが見つめる眼の前でクラウディア・カルディナーレにワルツを一緒に踊りませんかと言われた後の嬉しそうな表情が忘れられなくなりそうなほど本当に嬉しそうである。人生という名の元に老いていく者の辛さを痛烈に描くこのヴィスコンティ監督の視線の中には厳しさが物凄く伝わってきて、そういうものを何一つとして包み隠さずに描き切るという所がこの映画の凄さであるような気がしてならない。 【青観】さん [ビデオ(字幕)] 8点(2010-02-26 19:17:48)(良:1票) 24.”現状を守りたければ、変わらなければならない””獅子と山猫の時代は終わった、 あとは、ハイエナと羊が残るのみ。 ... ”地方の郵政貴族の没落と21世紀の日本国を予見したような傑作です。 【Waffe】さん [ビデオ(字幕)] 10点(2005-09-13 03:59:00)(笑:1票) 23.3時間6分の完全復元版を見ました。前半はシチリアの美しい情景を、後半は社交界の豪華絢爛な美をバックに、貴族出身のヴィスコンティ自身が投影されているだろうサリーナ公爵を通して、貴族の衰退と自らの老いをリンクさせながら描いてゆく。繁栄すればその後には衰退がある、生きていれば老いてゆく、というヴィスコンティの哲学とも言えるテーマの中で、平民の血をいれるという変革を決断し自由奔放な若きタンクレディに跡を任せるという潔さがまさに滅びの美学。しかしそこには葛藤がある。葛藤を隠して踊る堂々としたワルツの美しいこと。葛藤とは無縁のような性格のタンクレディが新しい時代に相応しいというのもどこか皮肉であるが、情勢によって立場をころっと変えてしまうタンクレディは誰からも好かれる好青年であり、その印象の良さはことさら強調される。若さと老いの対比である。 後半の舞踏会では、本物の貴族の家を使い、食器から装飾品までもがシチリア貴族のものを提供されたものらしい。そこまで拘ってはたして映像で伝わるのかどうかはわかりませんが、風前の灯火のごとく光輝く美がたしかにありました。この「美」の部分だけでも見る価値あり。 【R&A】さん [映画館(字幕)] 8点(2005-04-08 19:39:42)(良:1票) 22.巨匠ビスコンティが落ち着きのある手慣れた筆致で、移りゆく時代を理解しながらも受け入れる事の出来ない封建領主の心情を見事に描ききったさすがの一本です。ヘルムート・バーガーは出ていませんが、アラン・ドロンもクラウディア・カルディナーレもとても綺麗だし、バート・ランカスターの渋く、抑えた演技は当然の如く絶品です。私としてはビスコンティを初めて見るなら、むしろこれを薦めたいですね。それから家族の肖像を十分に堪能していただいて、次に地獄ではまって下さい。 【GRAY GHOST】さん 9点(2003-04-13 03:26:57)(良:1票) 21.高級料理店に行って スープを頼んだら、味が薄かった感じ。まあ繊細な味を楽しめってことなんでしょうけど、私みたいな馬鹿舌には理解できませんでした。 何事も起こらない長回しが多すぎて「それ削れば半分に出来るだろ」とか思っちゃいます。まあ制作当時とは時間の流れ方も違うと思いますが。 クラウディア・カルディナーレはどこかで見た気がしましたが、「ウエスタン」に出てましたね。目ヂカラが凄い。 ああ、「ベニスに死す」の監督さんだったか・・・一番キライな映画のひとつだったわ。 【くろゆり】さん [CS・衛星(字幕)] 5点(2021-12-14 18:05:01) 20.《ネタバレ》 ビスコンティでは、これが一番分かりやすくて、好き。 前半では、シチリア島からのイタリア統一を掲げていた革命軍から、国軍へと 転身したタンクレディ(ドロン)とアンジェリカの恋。 (アンジェリカの笑い声がヒステリックで怖い・・) 後半は、その革命軍の有志を討った男と貴族たちの宴。 ここで主人公のランカスターは、日和見な連中の中にいて、孤独を感じる。 貴族の没落を描くことの多いビスコンティは、ここでは退廃ではなく、 新時代になったことで旧体制との関わりの強かった貴族の没落を描く。 ここでランカスターはボソッとつぶやく。 「山猫と獅子は退き、ジャッカルと羊の時代が来る。 山猫も獅子もジャッカルも羊も自らを地の塩と信じている」と・・ 題名の山猫は、ランカスターら貴族のことである。 誇りあるが、孤独な老貴族の後ろ姿に、映画冒頭の 引用文が思い出される。 「現状を保つには、変わるしかない」 いつの時代も変わらないですね(寂) 【トント】さん [ビデオ(字幕)] 7点(2020-10-25 23:45:45) 19.どこがいいのかわからない映画。絢爛な舞台、豪華な登場人物。歴史の一時期を切り取った変わりゆく時代。 どれも退屈さから免れることができなかった。 退屈でも、その退屈さすら好きな映画はあって。「マルメロの陽光」などは静かに時間が流れる退屈さに眠りを誘うけど、寝てしまったあとで見直したいと思えた。 「山猫」はストーリーがあるだけ、そのストーリーに興味をそそられない分退屈。 フェリーニの映画で流麗さがいつの間にか沁みこむようなニーノ・ロータの音楽でさえ居場所が無いように思えた。 バート・ランカスターは魅力的だったけど、ドロンもCCもイマイチ。 【omut】さん [DVD(字幕)] 3点(2019-11-02 15:51:18) 18.観てて、「斜陽」という言葉が脳裏に浮かびます。時代の流れの中で徐々に滅びゆくものたちの、最後の輝き。。バート・ランカスターはガッシリしてるし、アラン・ドロンは若々しいし、クラウディア・カルディナーレはキャピキャピしてるんだけど、ここに描かれている「旧時代の貴族社会」そのものが年老いてて、もう、先は無いんだなあ、という想いが湧いてきます。 そもそも舞台がシチリア島で、屋内には確かに豪奢な貴族社会があるけれど、一歩外に出て見りゃ、ハッキリ言って、 ド田舎 なワケです。しかしそのド田舎にも、時代の移り変わりの不穏な動きが、徐々に伝わってくる。こんなところに兵士の死体が。 映画後半に展開される舞踏会。貴族らしい豪華さはあるけれど、何やら老朽感めいたものも散見されます。冒頭の昼のシーンでは窓が開けられカーテンが優雅に揺れていたけれど、夜の舞踏会では窓が閉められ、その中でバート・ランカスターやアラン・ドロンが汗だくになっている。その姿が、何やら病人めいたものすらも感じさせて、あーこりゃもう先は長くないなあ、と。 ラストで去り行くバート・ランカスターの姿が何とも寂しくって、本作と言い、『カサンドラ・クロス』と言い、こういうのが似合う人ですなあ。 【鱗歌】さん [CS・衛星(字幕)] 8点(2019-04-07 09:15:48) 17.《ネタバレ》 あのヴィスコンティの佳作。ワルツのシーンだけでも、大満足。退廃的な美学を扱ったら、この人以外にいません。政治家の小沢一郎氏の好きな作品だそうです。それは、年老いたる主人公と自分(小沢氏)を重ね合わせてのでしょう。でも、周りに悪魔的な魅力を放つドロンがいるでしょうか?アラン・ドロンの悪魔的な魅力・カルディナーレの野性的な魅力も満喫できます。 【にけ】さん [映画館(字幕)] 8点(2018-12-21 15:18:44) 16.扇子を一斉にパタパタさせる貴婦人たち、イタリア語ペラペラの叔父と甥。感想としてはその程度しか残りませんがお二人は吹替えだとか。舞踏会の蒸し暑さだけは伝わってきますが・・・ 【ProPace】さん [CS・衛星(字幕)] 4点(2018-07-29 22:56:09) 15.ひたすら美麗に彩ってはいても、登場人物が何がしたいのかはさっぱり分からない。話が前に進まないのは何かの前振りかと思っていましたが、最後までそのままでした。 【Olias】さん [CS・衛星(字幕)] 3点(2018-06-25 03:02:46) 14.やっと鑑賞することができました。あのワルツのシーンに心酔わされました、いい余韻です。この退廃的な臭いに対する嗅覚はヴィスコンティならですよね。 【HRM36】さん [映画館(字幕)] 7点(2013-08-26 11:03:56) 13.《ネタバレ》 アラン・ドロン出演の貴族恋愛ドラマ、高い評判、これは期待大と思って観ましたが全く引き込まれる場面なく終わってしまいました。180分がかなり長く感じました。もっと年食ってから観るべきでしょうかね。 【獅子-平常心】さん [地上波(字幕)] 5点(2013-01-13 01:01:15) 12.豪奢で華麗な舞踏会など転換期の貴族社会を描いた壮麗な映画だけれども、コッポラが「ゴッドファーザー」でマフィアを貴族のごとく描いたのは、この作品の影響もあるのかと。 音楽もニーノ・ロータ、老主人公の自己陶酔も共通しており、貴族もマフィアも民衆から隔絶した一族なのが似かよっていて、あれが好きな方が同じ匂いのするこれも好まれるのは当然。 原作がシチリア貴族、監督ヴィスコンティも貴族の末裔とあって、生粋の貴族意識が見られるが、それを演じるのが見目よきアメリカとフランスの男優でイタリア語吹替なのは、些細な事かもしれないが興がそがれる部分もあり。イタリア式憂愁がお好みでないと耽溺できないかもしれず、バート・ランカスターの涙はいかにも…な気がし、ドロンはやんちゃな青年貴族という印象。 鑑賞前は山猫とはドロンかカルディナーレのことかと思っていたが、そうではなかった。 最後にファブリツィオが本懐を遂げられたのはよかったと思う。 天上に輝いていた日が落ちてゆく物語には、残照こそが相応しいのであるから。 【レイン】さん [CS・衛星(字幕)] 7点(2012-05-09 07:00:01) 11.この映画にもう少し早く出会っていたかった。 【みんな嫌い】さん [DVD(字幕)] 9点(2011-10-30 01:48:20)
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