みんなのシネマレビュー |
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ネタバレは禁止していませんので 未見の方は注意です! 【クチコミ・感想】
12.《ネタバレ》 井筒監督作品をちゃんと見るのは今作がはじめてな私にとって、イメージ通りの「らしい」という部分もあったが、それに加えて、心理描写の細かいところを描くのがうまいなと感じた。映画にはあまり登場しないが、現実には多く存在する主人公勇気(福徳の演技)の存在が特に素晴らしい。ただ、途中からラストをどうまとめるのか気になりながら見ていたが、ふたりのユウキだけに留まっているところが非常に残念だった。 【コショリン】さん [DVD(邦画)] 7点(2010-11-30 04:00:21) 11.《ネタバレ》 井筒監督のケンカシーンのお約束として報復(やったやつは必ずやられる) がありますが、その先に誰かが死んでしまいとてつもない後悔が生まれてしまうという展開だったのが、 初期井筒作品の「ガキ帝国」のラストシーンでした。 本作はそのガキ帝国の続きを観る作品。 人を殺してしまった「勇気(ジャルジャル・後藤淳平)」と 友を見殺しにしてしまった「ユウキ(ジャルジャル・福徳秀介)」の 葛藤を描いた作品です。 まず本作のとにかくストイックな描写はそんな中盤の殺人シーンを 事細かに・・・ まるで私達がその場に居合わせたかのような臨場感で描ききってみせるトコロにあります。 リンチされゆく3人。 殴られる・・・死なない。 ゴルフパットで殴られる・・・まだ死なない。 バットで殴られる・・・まだ息してる。 直視する事が出来ないシーンの連続。 しかし・・・本当の不幸はここから。 今度は殺した者達の葛藤。 報復への怯え、仲間への不信感、将来への絶望感。 描かれる圧倒的な不幸。 そこでもがく勇気・・・。 恋人とつかめるはずだった幸せ。 でも彼の犯した罪はあまりにも重い。 ラストのアパートの廊下での勇気の姿に心打たれないはずがありません。 言い方は失礼ですがとても井筒作品とは思えない 何か格調高い映画を観たような気分にさえなってしまいます。 井筒バイオレンスの臨界点・・・ それは暴力という行為のその先にあるとてつもない不幸。 それを描ききった本作は近年の日本映画には決して類を見ない 反暴力映画だといっても過言ではないと思います。 個人的には誇張でも何でもなく 「パッチギ」と並肩するもう一つの井筒監督の代表作になると思います。 【吉祥寺駅54号】さん [映画館(邦画)] 8点(2010-07-12 21:16:19)(良:2票) 10.《ネタバレ》 井筒監督がアメリカン・ニューシネマが好きなのは良く知ってたけど、これはその意味でよく出来た和製”アメリカン・ニューシネマ”ですね。 変な話なんだけど、見終わったときに「俺たちに明日はない」と「ダーティー・メリー・クレイジー・ラリー」を思い出したんですよ、なるほど、井筒監督作品に無くてはならないバイオレンス、セックス、アンチヒーロー、反社会性というのはアメリカン・ニューシネマが原点なんだな、と。そう考えると、井筒監督が興したと云われる、ヤンキーを扱った映画というのは昨今のヤンキー映画とは全く意趣が違うんです。単純に暴力を描いた映画ってのが昨今ではポンポンと出てくるけど、明らかに性質の違う映画であるというのを実感させられた想いがあります。 それと、いつも思うのだけど、井筒監督っていうのは、若い役者の使い方が本当に上手いです。多少オーバーアクトになってる所もあって、それがなんでもないシーンだと現実に引き戻されてしまうのですが、バイオレンスシーンで起きていることが多くて、その場合、狂気との相乗効果を生み出しているんだよね。あたしがバイオレンスシーンを苦手としているのはやたらと血が飛び散るとか、痛そうとかそういう部分にあるのだけど、この映画に関しては痛そうとかいうのもあるけど、それ以上に本当に怖いんだよね。絶対にあんな目には遭いたくないと思わせる部分が強いんです。観ていてそういう気持ちになれば多分、監督の思惑通りの反応なんだと思います。 起承転結がきっちりと決まっている映画に慣れていると、この映画っていうのは表情に衝撃が走る(というか、辛い)かもしれないです。とにかく最後の最後まで救いの無い映画だから、ジャルジャルが主演という理由だけでこの映画を観に来たジャルジャルのファンは、多分、とんでもない映画を見せられた(騙された)と思うだろうね(笑)。 色々な意味で物凄く好き嫌いが分かれる映画だと思います。でも、この映画に関して言えば、それでいい映画ではないでしょうか? あたしはバイオレンスものは苦手としてるのだけど、それでも見てよかったと思える様な映画でした。 アメリカン・ニューシネマファンなら絶対にオススメします。 【奥州亭三景】さん [映画館(邦画)] 10点(2010-07-12 01:48:12)(良:1票) 9.誤解を恐れずに結論めいたことを言うならば、これは井筒監督のキャリアの集大成にして、2010年現在、撮られるべくして撮られた正統派青春映画の傑作だ。■「大人」になり切れないまま、肥大した自意識と破れかけた夢だけをズルズルと引きずつつダラダラとした日常を無為に生きるユウキは、今という時代を的確に映すキャラクターになっている。彼や、もう一人の主人公・勇気を取り巻く若者たちもまた、自意識を持て余し、それを刹那の享楽や他者への攻撃性へと変えて行く。■劇中では暴力と憎悪が連鎖し、加害者と被害者は場面ごとに立場を逆転させていく。事態はただ悪化するばかりで、そこには一人の勝者もない…そんな身も蓋も無い現実が、実にリアルに、シビアに描かれる。前作「パッチギ!LOVE&PEACE」の公開時、監督は「実はHATE&WAR(憎悪と争い)が裏テーマでもある」という主旨のことを語っていたが、本作ではそのテーマがいっそう明確に語られている。■また、主役のジャルジャル(福徳秀介・後藤淳平)を始め、本作の主要キャストにお笑い芸人が起用されているが、彼らの演技が非常に素晴らしい。過去の井筒作品でも同様のキャスティングがされたもの(ガキ帝国、岸和田少年愚連隊など)がいくつかあるが、本作はその中でもそれが最も成功したものと言える。■なお、本作ではかなりリアルな暴力シーンも含まれており、それがR15指定作品となった要因のひとつでもあるのだが、その擬斗を担当しているのが「パッチギ!」シリーズで非常にエモーショナルな「どつき合い」を演出した秋永政之であることも特筆しておきたい。単に「暴力的」というのではなく、暴力を振るう側の「おびえ」など、細やかな心理描写を伴ったその演出は、もっと評価されてしかるべきだと思う。 【ぐるぐる】さん [映画館(邦画)] 9点(2010-07-10 19:26:09)(良:2票) 8.《ネタバレ》 ラジオから流れ出した軽快なエンディング曲『SOS』がドラマの哀切と一種の対位となり、効果を挙げる。その70年代の曲調が映画に陽性の余韻をもたらすかと思いきや、最後に再びラジオ音源へと戻ることでシビアな現実への回帰をダメ押しする。空疎感と厳しさと温かみが綯い交ぜとなった絶妙なバランス加減。または夜のアパート、後藤淳平とちすんが語り合う静かなシーンで、突然後藤の腹が鳴って二人は笑う。その悲喜の組み合わせが何とも言えぬ切ない情感と人間味をさらに引き立てる。『のど自慢』の秀逸なバリカンのシーンを思い起こさせるような、泣き笑いの結合の演出はいまだ健在だ。それは、各々の役者が独特な個性を体現し、ぶっきらぼうであったり所在なさげであったりという佇まい自体がこの作品によく嵌っている事にもよる。特に夜のシーンが多いが、その暗がりの中に浮かび上がる眼の光、顔の艶光、硬く強張る表情だけで以って画面に強度を与えている。 【ユーカラ】さん [映画館(邦画)] 7点(2010-06-25 21:31:53) 7.《ネタバレ》 私は非常に好きだ。この映画。 【以下バレ】 登場する若者たちの顔がすべていい。その役柄にどんぴしゃりという顔立ちをしている。だが彼らを撮る撮り方は、なんというか徹頭徹尾イナタい。ギャグはメチャ寒いし司会の女はペチャパイだし、後藤の連れの恋人が登場して30秒で「うぃ」と言って去るのもショベルカーのパットンさんもラストのピンクレディーもなんか空虚だ。意味合いがありそうでない。リアリズムといえばその通りだが、しかしまるでギャグが空振りするような、「的を射なさ」という点で共通している。 (中略) 私の解釈はこうだ。まるで蜜のようなリンチの時間のように、濃密な時間というものはたしかにある。だが結局は、遊園地で家族と過ごすささやかな時間などと同じように流れ去るものなのである。なので一時的な、まるで自分が主人公になったような、映画的な時間のために何かをしでかしてしまえば、その後にずっと長く続く非映画的な時間に影響を及ぼすことになる。というか、辛い時間は死ぬまでずっと続く。「生き直させてくれよ」と福徳は後藤に懇願するが、それはじつは後藤の叫びでもあり、突っ走ってしまった登場人物全員の、またなにか取り返しのつかないことをしでかしてしまった者すべての叫びである。時間はいつも等しく流れるが、けっして巻き戻せない。だから若者よ、軽々しくヒーローになろうとするな、この監督はそう言いたいのだ。 たかが映画じゃないか。人生は映画的じゃない時間のほうがずっと長いのだ、気をつけろというメッセージ性。乱暴な若者言葉や、後藤によるたどたどしい恋人への独白などに見られるリアリズムの追求。ピンクレディーの曲に代表される「意味」の希薄さ。これらから見て、この映画は徹底して反映画を指向していると言っていい。しかしだからと言って、たとえばテレビや凡百の映画のようにつまらないということは絶対にない。むしろ私は、ダラダラと続く後半にこそどういうわけか映画を見ているという至福を多く感じた。かっこよさとは対局にある、イナタい事象をあくまでイナタく撮ることにこだわった監督が、ついにたどりついた結論的作品、と言ってしまっていいぐらいの出来栄えに、十分到達していると思うのである。 【アンギラス】さん [映画館(邦画)] 8点(2010-06-25 11:16:17)(良:2票) 6.《ネタバレ》 デパートの屋上を舞台にした青春コメディかと思っていたら、笑えるほど正反対。いや、笑うシーンなんて皆無に近い。色恋沙汰から始まった諍いがエスカレートして殺人に至る。この話の展開のさせ方が秀逸で、登場人物たちの日常の延長上に非日常がぽっかりと口を開けて待っていた印象だ。つまりはリアルってことなんだけど、集団心理に乗ったやり過ぎや、勢いでやったことへの怯えの描写がとても身近に感じられる。その非日常を包み込んでいるのは未熟な若さだ。漫才師を目指すユウキは、痛々しい空気に包まれている。受動的で主体性がない性格が誰からもリスペクトされず、その裏返しで相手によっては虚勢を張ったりもする。彼が発する言葉も受ける言葉も、全てが痛々しい。芸が寒いことも痛く、これはほとんど完璧なヘタレである。もう一人の勇気は、配管工をしながら石垣島でレストランを出すことを夢見ている。好きな女がいるが、バツイチの子持ちだったことが今回の騒動の直前に発覚し、その憂さが過激な暴力に繋がった。こちらは上手く流れに乗れない若者の典型と思える。後半はこの二人が連れ立って行動することになるが、二人の情けない現実を再確認する以上に意味のある展開がない。希望の欠片も見えず、閉塞した状況を連ねたまま終わる。その終わらせ方は潔いが何も解決していない。この二人だけでなく登場した男どもはみな半端で、見習いたい奴など一人もいない。どうも井筒監督は彼なりのリアリズムと物差しで同世代の若者を写す鏡を作ろうとしたようだ。「お前らは、こんなもんだ」という具合に。そして「お前らの晴れ舞台=ヒーローショーは、こんなケンカのことかい?」と。乱暴だけどこの監督なりのエールと思えば納得はする。若気の至りって奴は昭和からあまり様変わりしていないようです。 【アンドレ・タカシ】さん [映画館(邦画)] 6点(2010-06-14 00:05:45)(良:1票) 5.私はジャルジャルの芸も顔も知らなかったし、その他の役者もほとんど知らない、選挙運動をしてるのが「ガキ帝国」のあしたのジョーだなーぐらい。 だが、この映画にとって役者の知名度は全く意味が無い、意味があってはならないのだ。 かなり好みの「ガキ帝国」だったが、あのころ井筒も若かった。私も若かった。映画へぶつける思いが観ているこちらにビシビシ伝わって、かなり体温を上げて原宿のシネマプラセットを出た思い出がよみがえる、しかし井筒がその後に撮った映画は体温の上らないものばかり、つまらなくは無いが・・・程度。 そしてパワーを取り戻すべく「ヒーローショー」に挑んだのだろうか。監督としての腕は上り、演出は秀逸。しかし昔と違うのが重ねた年齢なのか、うまいのだ。「ガキ帝国」で楽しげだった殴り合いが「ヒーローショー」では痛い。「バカだけどしょうがねーなー」だったガキ共が「バカでどうしようもねーなー」となり。「そんな事、本当にあるのか?」だったシーンが「あるよな、今時こういうの」になり。「ちょっと笑えるシーン入れとくか」の間合いが「このまま押しで十分」などなど。それなのに昔以上に体温を上げて映画館を送り出してくれた。いろんな意味で本当に心に残る映画だ。 復讐劇の顛末などちゃんと回収ない所は、予定通りの演出だろうし気にならない。 今後活躍するだろう全ての役者に、そして「S・O・S」と警報を発して幕を引いた凄腕監督に敬意を表します。 ただ問題は集客力、私の行きつけのシネコンでは公開1週目の木曜18時で私含め5人、2週目には1日1回上映に変更と、この作品が多くの人の目に触れず消え去るのかと思うと残念でならない。 【カーヴ】さん [映画館(邦画)] 8点(2010-06-07 13:31:30) 4.《ネタバレ》 前半は、執拗に生々しく、気持ちの良くない暴力シーンがひたすら流される。 ヤンキーの登場人物達も下手にイケメンばかりだったりせず、リアルな顔つきしているのが良い。イカレタ兄弟の眼つきはホンマモンのキ●ガイのそれだった。 有名キャストで固めていない事で、より生々しさが強調される。 ジャルジャルの二人も、特に違和感なく、この映画の住人として溶け込んでいた。 さて、しつこい暴力シーンがこのまま最後まで繰り返されると思いきや、後半は割と静かになり、人間ドラマになる。圧倒的な暴力の象徴だった男の人間的部分が見せられることになる。さっきまで、「ひどい!こんなヤツ死んだ方がマシだ!」って思っていた対象が見せる人間らしさにこちらは戸惑う。悪人が、愛情の対象により、人間味をみせるという展開は南アフリカの映画「ツォツィ」を思い起こされたが、「ヒーローショー」での暴力にはバックボーンがない。別に貧困でも何でもない。 若者なんて悶々として、ただの日常や自分の未来に絶望したりして、無理矢理夢とか探そうとしちゃったりして、また絶望したりする。そんな当たり前の絶望が安易に暴力に向いてしまう人間は、彼女や子供に優しいからといって許されない。 そんな人間の末路は結局悲劇。暴力の結果はこんなにも醜悪なんだよっていう事を突き付けてくるような作品と言えるかもしれない。 監督の味が濃厚に出ている良い作品だったと思う。 【すべから】さん [映画館(邦画)] 8点(2010-06-07 11:42:06)(良:2票) 3.《ネタバレ》 爽快さが一発で伝わるようなタイトルとは全く違く、映画全体は重く痛ましい空気が最後まで支配されます。容赦のない暴力描写はちゃんと暴力の痛ましさを十分に伝えていると思います。そして主演のジャルジャルの二人はプロの役者では出せない味わいがあり相当、健闘していました。あと暴力の連鎖が起こす決定的、悲劇も誠実と言えるほど描いていてそこも好感を持ったので、私はこの映画はそれなりに評価したいです・・が、不満も多いです。ヒーローショーで使う素材は中盤以降、マスクを都合のいい時に利用したりするだけで別にそれ以上の意味が物語で絡んで来ず、上辺だけのヒーローショー設定としか思えません。そして主役の芸人を目指すユウキですけど・・この人が芸人という設定でなければいけない必然も特に感じず、このキャラをただの『フリーターの陽気なバカ』でも済みますよ。芸人の設定をわざわざ出すなら、ユウキは芸人ならではの決着、もしくは成長を見せるべきなのでは?彼の成長自体もあやふやでラストの余韻もピンときません・・あと二次元女子が好きな設定もまるで物語に生かしてないですし何だかな・・。もう一人の勇気は冒頭は粗暴が見え隠れするキャラクターで期待していたのですが・・自分の彼女と話すシーンでは不器用だけど元来の人の良さが見えたシーンに思え、彼の凶暴性の発露の出し方がちょっと性急過ぎると思いました。もうちょっと相手側が勇気がそれだけの暴力を振るってしまう動機を見せた方が良かったと思いました。後半は人の良さが滲み出る所が多々出ていたので、やっぱりあんな暴力する人とは思えない、悪い意味でのギャップがあり困惑しました。ラストの暴力の連鎖が及ぼす悲劇には納得しました。あと元々の原因を作った連中の結末はちゃんと描いて欲しかったかな・・全体的に設定とテーマが話に上手く絡み合っていないのですが、それなりに魅力的な作品ではあるのでもったいないと思いました。 しかし二回目の鑑賞以降、各キャラのどうしようもないキャラの魅力さがより伝わって来て好きになってしまいました。後半の冗長さも受け入れられるようになりました。しかし万人にはお勧めしがたい不思議な映画であります。 【まりん】さん [映画館(吹替)] 8点(2010-06-06 20:51:43)(良:1票) 2.《ネタバレ》 うーん!殺人までは良かったんだが、その後がなあ、、、。最後、議員の息子たちの末路にはふれてないのかい?前半の怒涛のごとくの流れが非常に、私的にはきいていた為、どんな最後で幕切れスルカーーーーッ!??!ってなもんで、期待ばくばくだったのだが。(わたしてきには、なんかミスティックリバー風の最後になるのではと?)後半、なんか?・?スジも流れも、あれれ?ってな感じで終わってしまい、しばし、考え込んでしまいました。しかも、時間長げーよ!!しかしまあ、まったくこの作品の暴力描写ははっきりいって、その辺の(?)ハリウッドの戦争映画よか怖い。実際、ああいうゴキブリみたいな生命力の悪党と係わり合いになったら、それこそ、生きるか死ぬかって状況になるよ。まあ、当然、世から暴力も戦争もなくなりませんし永遠に。おーーーコワ!まーしかしよ!イー線いってるぜ!!監督!!(力也ふうに) 【男ザンパノ】さん [映画館(邦画)] 6点(2010-06-01 18:27:48)(良:1票) 1.《ネタバレ》 ◆現在の邦画界には、綺麗な部分を強調する映画、汚い部分を強調する映画の二種類が存在すると思う。そしてそれらは何らかの形で落ちがつき、観客にカタルシスをもたらす。観客にとって、映画の内容はカタルシスによって完結し、映画館の外に出た瞬間に消化される。◆そんな昨今の映画の内容どころか、映画の風潮、ひいては現代の風潮に挑戦した作品が本作であると思う。劇的に感動的なシーンや、最高にカッコイイ主人公のシーン、涙が溢れ出て止まらないシーンはこの映画にはあまり見られない。しかし、現状に対する鬱屈とした感情を登場人物の誰もが持っており、観客はそれを追体験する。友人の死を看過するどころか、逆に手を貸してしまったり、M-1の賞金目当てに親の金で養成所に入った挙句寒いギャグしか言えなかったり、成り行きで知り合った人の家族事情を知り、手を貸すと思いきや次では裏切ったりする主人公は、今までの映画には中々居ない存在でありながら、現実には腐るほど存在するし、自分もまたその一人であったりする。◆映画は現実を忘れ、カタルシスを得るためにあるものだという考え方は当たり前で、もっともである。しかし、現実を浮き彫りにし、見つめなおすきっかけとなる映画もまたあってしかるべきである。(井筒監督が最高のカタルシスを観客に与えることができる監督であることは、『パッチギ!』で証明済みであると思う。それなのにあえてこの映画を撮った所の意味を私は考えたい。)◆この映画は、何年か経って見返したときに、映画館で感じた体験を追体験することができる現代を表現するにおいて最も適した作品である。 【もりたろう】さん [映画館(邦画)] 10点(2010-05-30 00:31:07)(良:4票)
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