みんなのシネマレビュー |
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ネタバレは禁止していませんので 未見の方は注意です! 【クチコミ・感想(8点検索)】
2.《ネタバレ》 私はつくづくマゾだ。ハネケ監督の作品は観たくなる。鑑賞後の心のざわつき、何ともいえない不安感は観る前から確実に分かっているのに、観てしまう。そして案の定、それらにじわじわ苦しめられる。圧倒的ではない。緩やかに、穏やかに、真綿で首を絞められるというのはこんな感じか。本当に、凄い。往々にして、ある監督の一番有名な作品は、その監督のカラーが色濃く出ていないことが多いように思う。ハネケ作を全部観ていない私の感覚だが、「ファニーゲーム」のように、分かりやすく不快感を提示する映画は、監督らしくない気がする。この映画は、身も蓋もない表現をすれば単なる一家心中の話である。だが、それだけではない何かを観客は確実に受け取っている。どこにでもあるからこそ、分からなくもない。分からなくもないから、怖い。誰にでもある「日常」から、破滅が生まれるということだから。そして、このタイトル。破滅は希望なのか、始まりなのか。いや、そんな筈はない。だから、哀しい。虚しい。ハネケ監督の作品はなかなかお目にかからないが、機会があれば全部観たいと思う。でも、他の作品を観れば観るほど、多分、この「セブンス・コンチネント」こそが、ハネケ映画なんだ、という思いが強まっていくような気がする。 【よーちー】さん [DVD(字幕)] 8点(2010-06-15 10:41:04)(良:1票) 1.この映画で描かれていないものが一番重要なキーポイントである、という騙し絵みたいな映画。 じゃあこの映画で描かれていないものは何か? …それは宗教(娘の就寝前の祈りのシーンがあるじゃないか! と言う方もいるでしょうが、最終章でそれは無効になったと見た方がいいでしょう)。 ミヒャエル・ハネケはロベール・ブレッソンみたいな(つまり無印良品みたいな)描き方をする監督ですが、ブレッソンのように宗教家ではなく哲学者です。西洋で「哲学者である」というのは何を意味しているかというと、それは「神の存在を疑う人」つまり論理が全てを決める人であるワケです。そういう彼が『セブンス コンチネント』という、こういう題材を選んだ。 なワケで、神が必要な場面に、この映画の中では頼るべき何者も描かれない。 じゃあこの映画で描かれているものは? 家具と日用品と車と洗車機。そして親父さんの職場であるでっかい工場。物質、機械ですな。学校の先生なんか、あんだけセリフがあるのにほとんど顔も出ないです。 この映画は物質文明の到達点を描こうとしているワケです。家族が力を合わせて文明(いや物質)から逃げ出そうとする映画。哲学者であり、主人公たちと同じように神の存在を重視していない監督は、それを肯定も否定もしない。行動を淡々と追っていく(同時に物質との関わりも描く)。洗車機の中で自分の「無力」を感じた事のある人間なら、この映画をポジティブに受け取る素養があるかも。 オイラはまだ、この映画に抵抗するだけの余力が残ってます(注:うーん。観てから一週間、実はけっこうダメージ受けてるかも…)から、この点数にしますが(注:2点UPしました)…神なき時代において、先進国の神なき人間の全てに、同じ立場の求道者として「生の意味」を問い掛けたすざまじい映画が、20年近く前に撮られていた事は間違いないのです。 【エスねこ】さん [映画館(字幕)] 8点(2006-08-01 01:49:52)(良:3票)
【点数情報】
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