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プロフィール
コメント数 1274
性別 男性
年齢 43歳
自己紹介 嫁・子供・犬と都内に住んでいます。職業は公認会計士です。
ちょっと前までは仕事がヒマで、趣味に多くの時間を使えていたのですが、最近は景気が回復しているのか驚くほど仕事が増えており、映画を見られなくなってきています。
程々に稼いで程々に遊べる生活を愛する私にとっては過酷な日々となっていますが、そんな中でも細々とレビューを続けていきたいと思います。

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【製作国 : アメリカ 抽出】 >> 製作国別レビュー統計
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21.  シンドラーのリスト 《ネタバレ》 マンハントシーンにおける容赦のない暴力、収容所所長アーモン・ゲートによる無秩序な殺戮。そんな極限状態における人の死の描写は異様にリアルで、頭に銃弾を撃ち込まれた瞬間、魂が抜けたように体が崩れ落ち、死体からはどす黒い血がドバドバ流れ出すというかつて見たことないほどの衝撃的な描写となっています。これら一連の描写はいかなるホラー映画でも勝てないほどで、不謹慎な言い方ですが、完成され尽くした恐怖映像の連続には目を見張りました。また、そんな恐怖演出の中に赤いコートの少女のような情緒的なアイコンをも忍ばせるのですから、スピルバーグの監督としての技術とカンはズバ抜けています。赤いコートの少女の扱いは残酷大将スピルバーグらしいもので、普通の監督であればユダヤ人の未来の象徴としてあの少女を描き、恐らくは少女を生かしておいて、クライマックスに再登場させるという演出をするはずです。しかしスピルバーグは少女を殺してしまい、観客が忘れたタイミングでその遺体を再登場させるという、実にショッキングな演出を加えます。ショックのツボをここまで心得ているものかと感心したし、人類史上稀にみる悪事を描くにあたっては、このくらいの力量を持つスピルバーグこそが適任だったと思います。。。ただし、問題もあります。スピルバーグはシンドラーという人物を理解できなかったのか、それとも彼を描写する自信がなかったのか、主人公であるはずのシンドラーの描写がかなり雑です。安価な労働力としてユダヤ人を利用することを考え、コネと賄賂で成功を掴む事業家としての前半と、私財を投げ打ってでもユダヤ人を救おうとする後半がまるで別人。特に、ヒューマニズムに目覚める後半になるとキャラクターとしての魅力がすっかりなくなり、空気のような存在となってしまいます。この不自然さこそが、本作が「偽善的」と揶揄される原因となっています。さらに本作が不自然なのは、迫害の対象となるユダヤ人が主要キャラクターに一人もいないということ。基本的にドイツ人キャラによって物語は展開し、ユダヤ人として唯一重要なポジションを担うイザック・シュターンにしても収容所所長から目をかけられており、迫害の渦中にいる者とは言えません。この辺りの構成のアンバランスさも、本作の評価を難しくしています。前半最高、後半まぁまぁ、ラストの演説が最悪というのが私の印象です。[DVD(吹替)] 7点(2010-10-28 20:05:06)

22.  16ブロック 《ネタバレ》 劇中では明言されていないし、レビュワーのみなさんも指摘されていないのであえて言いますけど、エディって知的障害のある役ですよね。つまりモーズリーは、タイムリミットまでにある地点へ到着しなければならないことと、フォレス・ガンプを連れて敵から逃げねばならないことの二つのプレッシャーと戦わねばならないわけです。主人公にタイムリミットを課すアクション映画は多くありますが、その相棒が知的障害者という設定が本作の新機軸。もしこれをマーティン・ローレンスやエディ・マーフィーのような面白黒人の一種だと勘違いすると、単なる鬱陶しい相棒になってしまうわけです。。。本作のようなタイトな作品においては、職人監督リチャード・ドナーの手腕が冴え渡っています。アクションには緊張感が溢れ、ドラマも手慣れたものです。妙に感動させたり、登場人物達に立派なことを言わせたりなどせず、基本はあくまでアクション、ドラマはその合間に差し込む程度。演出は変に欲をかかず、しっかりとしたサジ加減で仕上がっている点が好印象でした。。。リチャード・ドナーのフィルモグラフィーを振り返ると、本作の出現は必然だったように思えます。70年代後半から90年代前半にかけてはハリウッドトップクラスのヒットメーカーだったものの、90年代半ばに彼の転機が訪れます。「暗殺者」「陰謀のセオリー」という気鋭の脚本家によるエッジの立った作品を、立て続けに台無しにしてしまったのです。それ以来、彼はハリウッドの第一線から離れました。自分の感覚が時代に合わなくなったことを察したのでしょう。そして、本当に久しぶりの監督作がこの「16ブロック」でした。ド派手な爆破や銃撃戦のない引き締まった70年代風アクションに、80年代に絶頂を極めたコミカルなバディムービーの要素を追加。21世紀の作品としてはかなり古臭い内容なのですが、これこそドナーの手腕を最大限に発揮できる企画でした。企画の趣旨通り、ドナーはこれに21世紀風のムダな装飾や小理屈を挟まず、贅肉のないシャープな仕上がりとしました。結末にしても、モーズリーを殺して締めるのが妥当な落とし所ですが、安易に彼を殺さず温かみのある結末とした意図的な時代錯誤ぶりも心地よかったです。人生最後の作品と決めて本作を監督したのではないか?そう思わせるほどドナーらしい作品でした。[ブルーレイ(吹替)] 7点(2010-06-27 22:16:55)(良:2票)

23.  ジャッキー・ブラウン 《ネタバレ》 タランティーノ作品においてダントツで影の薄い作品ですが、彼の才能やクセがよく現れ、キャリアの分岐点となっている作品だと思います。とにかく長いこの映画。パルプ・フィクションも同じ155分でしたが、あちらは4つのエピソードを組み合わせているのに対し、こちらはワンエピソードで長尺を引っ張っており、本来B級の素材で2時間半は長すぎるように思います。しかしこれが絶対的な欠点でもないのが難しいところで、ムダに上映時間が長いのではなく、登場人物を丁寧に描いた結果がこの長さとなっています。タラのキャラ描写は独特で、ただテレビを見たり、ヤクをやってボーっとしているだけという「何も起こっていない」様子を映すことで、彼らの特徴を示します。そのため話は常に進んではおらず、完璧に止まっていることもあります。こうした、話全体にとっては何の意味もない描写により登場人物は特有の存在感を放っており、例えば同時期に製作されたアウト・オブ・サイトと比較すると、こちらの方がずっと印象に残るし、映画自体も楽しいものとなっています。問題は、タラが観客の生理に合わせた映画を作ろうという意思を持っていないことでしょうか。好きなキャラクター、好きな音楽、好きな場面をコラージュし、自分流の映画を作ることについては完璧。また、タラは変わった映画を作る監督として認識されていますが、ショッピングモールで紙袋をすり替えるシーンなどは、銃撃や追っかけが起きているわけでもなくただ紙袋をすり替えるだけなのに、ハンパではない緊張感に包まれており、正攻法の演出の才能もズバ抜けたものであることがわかります。しかし一本の映画としてのトータルのバランスはあまり意識していないようで、ショッピングモールで映画のテンションが最高潮に達した後に30分もダラダラと映画を続けてしまったことは失敗でした。一方でレザボア・ドッグス、パルプ・フィクションと初期作品はバランスのとれた娯楽作となっていることから、タラは娯楽ができない人ではなく、やろうと思えばできるけど、自分の描きたいものを優先して全体のバランスを犠牲にしてしまう人なのだと考えられます。本作以降はさらに好きなものに突っ走り、当初評価されていた抜群の構成力まで捨てつつあります。才能あるクリエイターが迎合しすぎず好きなことをやるのは良いのですが、最初の2本だけが傑作という状況はもったいないように思います。[DVD(吹替)] 7点(2009-06-11 17:25:38)(良:4票)

24.  ジャーヘッド 前作ロード・トゥ・パーディションがいかにも優等生的でつまらない映画になってしまったので、その反省とばかりにサム・メンデスは本来の持ち味である斜めの視点で本質をえぐり取るという皮肉精神を取り戻しています。ディア・ハンター以降、戦争映画と言えば主人公が「俺は殺人行為をやったんだ」と悩み、戦争で抱えた苦悩を背負う作品ばかりになってしまいましたが、この映画は四半世紀ぶりにその傾向に風穴をあけるような面白い姿勢で作られています。主人公が厳しい体験の中で成長するわけでもなく、悲惨な現実の中で何かの教訓を学ぶわけでもなく、「戦争行ったけど特に何もなかった」ということがテーマの変な戦争映画です。上官に向かって「俺の手で敵を殺させてくれ」と兵士が泣いて頼むという常識はずれのシーンまであります。監督も自分の試みに自覚的だったのか、ドラマ路線の戦争映画として最高の評価を受けるディア・ハンターのビデオにポルノまがいの不倫映像がダビングされてるくだりがあり、一方で「戦争映画としては非現実的だ」との批判を受ける地獄の黙示録を見て兵士が最高潮に盛り上がったりと、「『これが本当の戦争だ』と言ってた今までの戦争映画だって所詮脚色されたもんでしょ?」とでも言わんばかりの挑発ぶり。確かにこの映画の異色ぶりは相当なもので、これまでの戦争映画がどれも判を押したように「悲惨の連続」だったのに対し、この映画が描くのは「退屈の連続」。延々と退屈が続きそこに生死を分ける一瞬が突然やってくるというのが戦場の実態のようですので、「生死」並に大きな要素でありながらこれまで映画が取り上げてこなかった「退屈」という側面をはじめてテーマにしたところにも、この映画の価値はあると言えます。ただしこの監督、挑戦的な内容を扱いつつも映像や語り口に良くも悪くも「えげつなさ」がないという特徴を元々持っており、アメリカン・ビューティーにおいては過激な内容をうまくまとめてさらっと見せる手腕が良い方向で現れたものの、戦争映画においては刺激不足の原因となり、後半に猛烈な長さを感じさせられました。また最初と最後のモノローグは完全に蛇足で、何か意味ありげなあのモノローグは「何もない」がテーマのこの映画の本質をかえって見えづらくしています。[DVD(吹替)] 7点(2006-11-03 22:03:58)(良:1票)

25.  G.I.ジェーン 公開当時、「白い嵐」との併せ技で「リドリー・スコットも終わったな」と世界が確信した作品ですが、今になって見ると意外とおもしろかったです。フルメタル・ジャケットとトップガンをあわせたようなお話のため、硬派なドラマとして見るべきか娯楽作として楽しむべきかがわからなかったのが公開時の失敗要因でしょうか。しかし「グラディエーター」以降花開いた監督の残虐路線を念頭に置けば、この映画に大したメッセージ性はなかったであろうことが伺えます。リドリー・スコットという監督はスピルバーグと並んでサディズムを感じさせる監督です。↓のパブロン中毒さんもおっしゃってるように、表現手段としてあえて残虐性を選んでいるのではなく、個人的な趣向としてやっていることを感じさせられるのです。しかしその性向はグラディエーター以降にようやく判明したものですので、オニールに加えられる必要以上に凄惨な拷問の意味に観客は戸惑い、一転して普通のアクション映画になってしまったラストの救出作戦に素直に興奮していいものかがわからなかったのです。一般の作品に登場する凄惨な暴力には何か意味を感じなければならなかったのが公開当時の常識であり、そういう意識で見ればこの映画はさっぱり理解不能。また本作はフェミニズムの立場に立ったお話でもありますが、同様に監督は本当にフェミニズムを描こうという意思はなかったでしょう。この監督は「テルマ&ルイーズ」という女性映画も撮っていますが、こちらも表面的な主張にのみとどまっていました。監督の興味は虐げられるものを描くことにあり、その題材として社会的に受け入れられやすい女性問題を選んでいるのではと思えるのです。カラー・パープル、シンドラーのリスト、アミスタッドと、こちらもなぜか虐げられる者のドラマを作りたがるスピルバーグと似たような性質を感じます。そんな監督の作品ですので、この映画にも大した意味はないのです。ただひたすら目の前の映像を見てればよろしい。そう思って見ると、ラストの救出作戦なんてトニー・スコットの映画みたいで興奮しますよ。そうそう、トニー・スコットとリドリー・スコットの力量の差って、恐らく変態性の差じゃないですかね。どちらも最上級の技術を持ってるわけですけど、やっぱり変態パワーが芸術家としてのリドリー優位の根源ではないかと。トニーは変態じゃないから普通の映画しか撮れないんですよ。[DVD(字幕)] 7点(2006-04-30 17:23:36)(良:2票)

26.  ショウタイム なんと、DVD版はエディ・マーフィの吹き替えが下条アトムでした。かつてはエディといえば下條アトムの声でした。「エディ・マーフィのものまねやります」と言って、下条アトムのあのしゃべり方のマネをはじめる中学生も大勢いたほどメジャーだったあの吹き替えですが、最近では旧作ですらその組み合わせを見ることが少なくなってたところです。しかし、その素晴らしい組み合わせを21世紀になって突如見ることができるとは!感動しました。エディがしゃべり出すたびに爆笑してしまいました。下条アトムのあの心の入っていない、いかにも口先だけのしゃべり方が、エディのキャラに非常にマッチしているのです。その吹き替えのおかげか、今回のエディ・マーフィにはえらい笑わせてもらいました。カメラをチラチラ見ながら臭いセリフを言うシーンのヘタさ加減なんて、「エディ、やっぱりあんたはプロだぜ」と見直しましたよ。一方、デ・ニーロの演技とは思えないイヤそうな顔もさすがで、「さすがはアクターズ・スタジオ!」と見直しました。て、あれはリアルにイヤそうでしたけど。しかしまぁ、この映画は本当にふざけて作ったとしか思えない出来なのでいいんです。ウィリアム・シャトナーが出てきて、「あんな大根役者は見たことがない」とまで言うんですから。ホント、いかにもアメリカ人なおふざけなんですよ。敵のペラペラ加減にしたって「バッドボーイズ」を遥かに上回っており、添え物にすらなっていません。だいたいあんな特殊な銃を街中で撃ちまくっては、「私が犯人です」と言ってるようなもんです。そんな感じで、真剣に見てはいけないんですよ、これは。要するに、「リーサル・ウェポン」よりも「刑事ジョー ママにお手上げ」のつもりで見るべき映画なんです。そんな気持ちで採点をすると、下条アトム効果もあって7点を付けさせていただきます。7点(2004-11-18 22:05:58)(良:3票)

27.  ジュピター 当初よりフランチャイズ化を目論んで作られた作品であるため一本の娯楽作としては過剰なほど設定や伏線が多く、大して難しくないはずの物語がゴチャゴチャしすぎているために直感的な面白さを感じづらくなっています。また、宇宙規模の物語ながら、すぐにワープ移動してしまうために舞台の広さを実感できず、基本設定とは裏腹にこじんまりとした印象を受けました。肝心の物語にしても、スペースオペラの皮を被りながらも、その実態は金や相続の問題というギャップに面白みを感じるべきだったのでしょうが、そこも、それほど面白くありません。総じて、ディズニーが『ジョン・カーター』でやらかしたのと同じ失敗をしています。 ただし、ウォシャウスキー姉弟の作品だけあって美術やVFXの作り込みはハンパではないし、ギリギリで救援が駆けつける際のタイミングの取り方もよく、娯楽映画としては一定の水準に達しています。シリーズ化を見越していただけあって主要登場人物はほとんど死なず、鑑賞後の印象もスカっと爽やか。チャニング・テイタムとショーン・ビーンはカッコいいし、ゴチャゴチャした物語はこの際無視し、悪い奴からお姫様を救い出す冒険談と割り切って鑑賞すれば、それなりに見られる映画にはなっています。[ブルーレイ(吹替)] 6点(2015-08-29 00:06:05)《改行有》

28.  ジュラシック・パーク さすがはスペクタクルの巨匠だけあって、単なる最新技術の発表会に終わらせず、ちゃんとした演出が施されています。例えばブラキオサウルスをはじめて見た時、私達はグラント博士と同様の驚きと感動を味わいます。あのタイミング、盛り上がる音楽、「えらいもん見てしまった」という俳優たちのリアクション。CGの恐竜がノシノシ歩くだけではこの映画は成立しなかった、優秀なスタッフと優秀な監督あってのジュラシック・パークなんだなぁと感じるわけです。T-REXが暴れ出す場面でも、不気味な兆候を積み重ねていよいよ千両役者登場という演出の巧さには唸ります。映画としてやるべきことがちゃんとなされているのです。。。現在になってあらためて見返すと、むしろ技術がこの映画の制約となっているような気さえします。当時の技術水準ではさすがに恐竜を出ずっぱりにすることは不可能であり、またCG恐竜に演じさせられるアクションにも限界があったため、主役でありながら恐竜の出番は抑え気味。「ジョーズ」でも効果を発揮したスピルバーグの「見せない演出」と、恐竜をなるべく出さないで済むように工夫されたシナリオの存在を感じます。こうした制約のため特に中盤はほとんど見せ場がなく、はっきり言って中だるみしており、ひとつひとつの場面を取り出すと印象的である一方で、映画全体としては他のスピルバーグ作品よりは下の出来だと言わざるをえません。また娯楽に徹するためか、物語から難しい部分を意図的に取り去っていることも残念なところ。「ジョーズ」では大人のドラマをやったのに、本作はすっかりファミリー向けになったのは70年代と90年代の違いでしょうか?科学技術と生命倫理のバランス、娯楽のためにどこまで危険を冒していいのかという問いかけ、経営者ハモンドと、それについていけない部下達との関係等々、掘り下げると面白いネタは山ほど転がっていたのに、知的好奇心に訴える部分のほとんどが切られています。その割を食ったのがマルコム博士で、「何が起こるかわからんから新しいことはやるな」と言ってるだけの、頭が固くて空気の読めない人間にしか見えません。しかしクライトンは、心配性の母親みたいな主張をさせるためにカオス理論を出してきたのではないはず。自分達の力を過信しすぎるなという本作の核となる主張をカオス理論に託していたのに、映画版ではその主張がなくなっています。[映画館(字幕)] 6点(2009-12-29 20:19:16)

29.  将軍の娘/エリザベス・キャンベル 《ネタバレ》 まとまりは悪くないんですけど、どうにも残らない映画ですね。まずは監督のサイモン・ウェスト斬り。彼に大した演出力がないのは周知の事実ですが、とりあえず画面を見栄えよくまとめる技術は持っています。この映画においても、何かに驚かされたり、目を見張るようなシーンがあったわけではありませんが、2時間を退屈せず見れる出来にはなっていました。お次はトラボルタ斬り。トラボルタはどの映画でどんな役をやってもトラボルタ。つまり演技がどうのというよりも、彼はつねにトラボルタでしかないのです。この映画でもとくに演技に驚かされることはありませんが、当時の彼はまさに絶頂期にあり、スター・トラボルタはきちんと輝いていました。これまた見ていてとくにアラや欠点は気になりません。お次は脚本斬り。混乱を起こさないように丁寧に整理されたお話はよかったのですが、あまりに展開を滑らかにしすぎたために、謎説きをやってる気にさせられなかったのはサスペンスとしてマズイと思います。見ている側に推理させる余裕を与えないまま、話だけがサクサクと進んで行きましたから。それでも途中までは「どんなスゴイ陰謀が隠されてるんだ?」と期待してたんですけど、謎の正体が要するに親子ゲンカってのも、ちょっとガッカリですね。エリザベスのSM趣味や、心理研究班勤務(しかも人体実験中と思われる兵士の姿が一瞬映る)、地元警察との軋轢など、前半には面白くなりそうな伏線がいくつもあったのに、結局それらはネタふりにもなっていないし。それに、いくらツライ目に遭ったとは言え、外で素っ裸で大の字ってのは、やっぱりおかしいですよ。そこに「彼女は自分のトラウマを消すべく心理学に没頭し、そして人格が壊れていったんだ」みたいな理屈をつけてくれれば、まだスッキリとはしたんですけど。やっぱりサスペンスなら、伏線はきっちり回収しないと納得できませんよ。てなわけで、本当にヒマつぶし程度なら楽しめる映画なので、6点ってことにします。6点(2004-11-25 17:28:22)(良:1票)

30.  ジャンヌ・ダルク(1999) もったいないというか、なかなか深い映画なんですけどね。ジャンヌ・ダルクをテーマにしながら、神の意思や英雄物語の否定をやっちゃってるわけですよ。神の意志による戦争という矛盾、伝説ではないジャンヌの実態など、すごくいい視点ですよ。ジャンヌの抱く、美化された死や奇跡のイメージのビジュアル化、人格化された良心との対話など、素晴らしいアイデアもいくつかあります。ただし、全体的に切り口が短絡的なために、主題がかえってブレてしまってます。戦場に転がる死体にショックを受けるジャンヌ、愚直なまでに神への信仰を叫ぶジャンヌなど、ちょいとしつこすぎです。王位を得た途端に傲慢になるシャルル7世の描写も、あまりに単純すぎてガッカリでした。姉の惨殺、ジャンヌへのリンチなどの描写も、生々しすぎてかえってメッセージ性を削いでしまってます。この辺が、常にベタにこだわり続けるベッソンの限界なんですね。まぁ、戦場の迫力は大変なものだったし、「Follow me!」には燃えたし、アランソン、ジル・ド・レ、ライール、ジャン・ドーロンなど、ジャンヌの脇を固める男達はみんなかっこよかったし、娯楽性もそこそこ。悪い映画ではないと思います。6点(2004-07-31 16:29:51)

31.  ジェイソン・ボーン 《ネタバレ》 IMAXにて鑑賞。 『アルティメイタム』で綺麗に終わった話をどうやって再開するのかという点が鑑賞前の不安だったのですが、案の定、完成した作品は語るべき物語を見失って迷走していました。ジェイソン・ボーンのアイデンティティを探る話はまだまだ続くのですが、シリーズ継続のために捻り出された後付けの設定があまりにご都合主義的なので醒めてしまいます。『24』もそうでしたが、エージェントもので実は父親も陰謀に関わっていたという話を出し始めると、いよいよお終いですね。 国家が作り出した殺し屋というものを見たことがある人はほとんどいないため果たしてそれがリアルなのかどうかは分からないが、少なくとも「殺し屋とは、きっとこんな感じなんだろう」と思わせるような説得力ある描写こそがボーン3部作の魅力でした。地下鉄を脱線させろとか、大爆発を起こせとか言ってくるスタジオと喧嘩しながら堅実な作風を守ったダグ・リーマンが本シリーズの基本路線を作り、ポール・グリーングラスがそのスタイルを継承発展させることでボーン3部作は本物志向のアクション映画の太祖となったのですが、一転して本作は『ボーン・アイデンティティ』が登場する前の単純な爆破アクションに先祖返りしています。観客を楽しませたいというサービス精神は理解できるものの、ド派手になりすぎた見せ場にはもはや生身の人間が闘っているという感覚が残っておらず、見せ場が派手になればなるほど手に汗握らなくなるというアクション映画の典型的な衰退サイクルに入っています。クライマックスのカーチェイスなどは『ワイルド・スピード』の新作のような有様であり、本シリーズのファンが求める見せ場からはかけ離れています。そういえば、『ボーン・レガシー』続編の監督にジャスティン・リンが起用されたという話が一時期ありましたが、結果的にボツとなったその企画で考えられていたカーチェイスがそのまんま本作に流用されたのではないか。そんな邪推を生むほど、クライマックスのカーチェイスはシリーズ全体の雰囲気から浮いていました。 見せ場のインフレとともにジェイソン・ボーンはさらに超人化。パンチ一発で格闘家を気絶させるほどの格闘スキルに、プロのレーサーをも超える反射神経とドライビングテクニック、スリのような小手先の技に、電気配線に細工をする技術と、もはや何屋さんなのか分からないほどの多才ぶりを披露します。殺し屋みたいな潰しの利かない職業なんかにはつかず、何かひとつでも特技を極めていればその道で食えていたんじゃないかと思うほどの器用さであり、その多才ぶりゆえに殺し屋というそもそもの設定が没却してしまっています。これもやりすぎでした。 また、敵エージェントとの関係も変質しています。悪いのはラングレーのオフィスにいる上層部であり、現場のエージェントはただその指示に従っているのみ。命を狙われてもボーンは敵エージェントを恨んでいないし、殺し合いを演じつつも互いに敬意を払い合うエージェント同士の武士道のような関係性こそが本シリーズの熱さに繋がっていました。また、そうしたエージェント達の姿がエンディング曲”Extreme Ways”の歌詞と見事にシンクロしていたのですが、一方本作のエージェントは私怨剥き出しでボーンに襲いかかってくるため、戦いの意味合いがかなり変わっています。私としては、従前のエージェント達のプロフェッショナル道が好きだったため、この変更を良いとは思いませんでした。 国家によるSNSの監視や諜報機関OBによる機密情報漏洩などの時事ネタを出してきているものの、こちらもジェイソン・ボーンの物語とはうまく絡んでいなくて不発に終わっています。アクション映画としては及第点ではあるものの、待ち望まれた『ボーン・アルティメイタム』の続編としては期待外れな出来だったと言えます。[映画館(字幕)] 5点(2016-10-08 03:16:24)(良:2票) 《改行有》

32.  ジャッジ 裁かれる判事 《ネタバレ》 当て書きだったこともあってダウニーJrはハンク役に完璧にハマっているのですが、少年の心を持つ不良中年、芯の通ったひねくれ者といういつものダウニーJrなので、特に目新しいものはありません。娯楽作で活躍する彼が、プロデューサーも兼ねて小規模予算のドラマ作品に出演したからには、俳優として何かしらのチャレンジがあるのだろうと期待したのですが、そういうものは見られなかったので少々ガッカリしました。他方、ジョセフ役のロバート・デュバルは御年83才にして体を張っており、こちらの演技には目を見張るものがありました。磯野波平を10倍濃縮したような頑固オヤジぶりと、年齢に勝てず弱っていく老人ぶりを同時に見せるという器用な演技を披露しており、演技の幅の少ないダウニーJrをうまくフォローしています。 父と子の対立と和解が作品の主たるテーマであり、ソリの合わない父親を田舎に残している私としては、他人事とは思えないお話だったのですが、これがビックリするほど心に刺さりませんでした。この手のシナリオのテンプレートに当てはめて作ったようなお話で、あまりに無個性なのです。長めの上映時間も有効には活用されておらず、似たり寄ったりの話を何度も繰り返すのみなので、途中で飽きてしまいました。とどめはエンドロールに流れる音楽で、ご丁寧に本作のテーマをすべて歌詞にして歌ってくれます。「大丈夫、もうわかったから」と言いたくなりました。 法廷劇としても中途半端。いかにも出来るげに登場したビリー・ボブが主人公達を苦しめる強敵となるのかと思いきや、こいつがほとんど活躍しません。ハンクを阻む最大の敵は、容疑者であるジョセフその人。ハンクは、ジョセフがしらばっくれることで故殺の疑いからは逃れられるような導線を作るのですが、肝心のジョセフがこの作戦に乗ってこないのです。これにはさすがにイライラさせられました。ハンクは勝つために何でもやる弁護士であることは当初から分かっていたのだから、そのやり方に従えないのであれば、そもそもハンクを雇わず、心根の優しい田舎弁護士にでも頼んでいれば良かったのです。一度はハンクに弁護を任せながら、その作戦にうだうだと文句をつけてくるジョセフがめんどくさくて仕方ありませんでした。そして、容疑者自身に勝とうという目的意識のない裁判では、さすがに手に汗握れません。[ブルーレイ(吹替)] 5点(2015-07-12 01:23:22)《改行有》

33.  終戦のエンペラー 《ネタバレ》 アメリカ映画でありながら、トップシーンに原爆投下を持って来た勇気。本編中で何度も空襲による日本側の被害に言及した勇気には感銘を受けました。さらには、中村雅俊演じる近衛文麿に、「確かに日本は侵略行為を行ったが、では、同じことをしたイギリスやアメリカが裁かれたことはあるのか?」とまで言わせ、東京裁判の正当性に対する疑義を投げかけたという点でも、本作の製作意義はあったと思います。終戦前夜に日本国陸軍によるクーデターがあったという話はさすがにエスカレートしすぎでしたが、それでも、全体としては非常に丁寧に作られた作品だと感じました。いよいよ天皇が登場する場面の、こちらの背筋まで伸びてしまいそうな荘厳さと緊張感の再現も見事なものであり、よくぞここまで日本人の感性に寄り添った映画を作れたものだと感心しました。それと同時に、『硫黄島からの手紙』同様、本来は日本人の手で作られるべき映画を外国人に作らせてしまったという点が、何とも歯がゆくもありました。まだまだ、日本には言論の自由がないのだなと。。。 以上、本作の骨格部分は素晴らしいと感じたのですが、それが映画としての面白さにつながっていないというのが残念なところ。主人公に与えられた時間はわずか10日間であり、しかも、天皇ヒロヒトを処刑せよという本国からのプレッシャーや、そうした本国の動きに同調した同僚による横槍も入ってくる。そうした一連のシチュエーションが準備されていたのだから、それらを活かした激しい攻防戦でもあれば盛り上がったと思うのですが、実際には、主人公が気の向くままに人と会い、見聞きした内容をレポーティングすると上司のマッカーサーが納得して万事解決という、何とも平板な展開にとどまっています。また、主人公と日本人女性とのロマンスや、通訳男性との友情という一連のサブプロットも有効には機能しておらず、尺のかさ増し程度にしかなっていません。焼け野原となった終戦直後の東京の再現は素晴らしいのですが、そんなビジュアルの一方で話にはスケール感が伴っておらず、NHKのスペシャルドラマでも見ているかのような印象を受けたという点もマイナス。プロジェクト自体の志の高さに対して、監督や脚本家の能力が追い付いていないという点が、映画を物足りないものにしています。[ブルーレイ(字幕)] 5点(2014-03-03 00:01:47)《改行有》

34.  実験室KR-13 《ネタバレ》 ベースとなる設定はハリウッドで多く製作されているソリッド・シチュエーション・スリラーと同様のものなのですが、これを被害者の側ではなく、仕掛人の側から描いている点が本作の特色。視点を移動させただけで映画の印象には大きな変化がもたらされており、なかなか面白い切り口の映画だと思いました。科学者達が被験者を淡々と追い込んでいく様には、なかなか空恐ろしいものがあったのです。ただし、この切り口には大きな副作用もありました。厳しい状況からどうやって突破口を見つけ出すのかというサスペンスや、黒幕は一体誰なのかというミステリーが失われてしまうために、類似作とはまったく違う見せ場を準備しなければならなかったのです。。。 本作の監督を務めたジョナサン・リーベスマンは、『テキサス・チェーンソー/ビギニング』を、リメイク版第一作はおろか、トビー・フーパーのオリジナルをも凌駕する鬼畜ホラーの傑作に仕立て上げた人物。思えば『ビギニング』もまた、被害者が誰ひとり助からないことが明らかになっているという設定上の大きな制約条件を抱えていた作品であり、その点を考えると、彼は本作の監督についても最適任者であったと言えます。果たして彼は本作をどう料理するのかに注目していたのですが、残念ながら本作では『ビギニング』ほどの仕事を見ることはできませんでした。監督がスポットライトを当てたのはクロエ・セヴィニー演じる新人科学者であり、非人道的な実験を傍観する彼女の心境がどう変化するのかを映画のハイライトとしたのですが、この点がどうにも弱かったために、作品全体が締まらない結果に終わっています。彼女が抱えるジレンマを、もう少しわかりやすい形で観客に提示すべきだったと思います。。。 さらに本作を残念な結果に終わらせているのは、公開時期を完全に逃してしまったという点です。情報機関による米国民の盗聴や、グアンタナモやアブグレイブでの異教徒に対する拷問など、対テロ戦争に勝利するためには手段を選ばなかったブッシュ政権に対する批判が本作の根幹にはあると思うのですが、本作が公開された2009年にはすでに民主党のオバマ政権に代替わりしており、今さら感が出まくっています。[DVD(吹替)] 5点(2013-04-24 00:51:26)《改行有》

35.  処刑人 個人的に好きなジャンルの映画なのですが、本作は楽しむことができませんでした。街のウジ虫を退治して回る兄弟の物語でありながら、その出発点が社会正義なのか私怨なのかが不明確だったことがまず良くないし、暴力の深みにハマっていくことへの躊躇もないため、ドラマがまったく広がっていません。さらには、悪役となるマフィアたちの悪行の描写が決定的に不足しているために、全体としてエモーショナルな盛り上がりに欠けています。。。 兄弟の戦力設定もいい加減で、武器の扱いについては素人同然の彼らが、コテコテのマフィアとの撃ち合いで偶然勝ってしまうなど、都合の良い見せ場が多すぎました。派手なドンパチも少なく、見せ場は基本的にダイジェスト処理なのでアクション映画としての盛り上がりにも欠けます。。。 ただし、気のいいあんちゃんといった風情の兄弟の人となりには好感が持てたし、見せ場についてはボリュームに不満があったものの、個々の作りにはセンスの良さを感じました。映画ファンから愛されるに足る「色気」も存在しており、可愛げのあるB級映画だと思います。[DVD(吹替)] 5点(2013-03-10 02:11:47)(良:1票) 《改行有》

36.  ジェーン・エア(2011) 《ネタバレ》 1847年に出版された『ジェーン・エア』は、当時としてはかなりの衝撃作でした。美人ではない女性を主人公とし、財産や家柄ではなく自由恋愛を尊ぶという価値観が作品全体を貫いています、ラストでは女性が男性に愛を告白するという異例の展開までが準備されており、当時の社会をひっくり返す程の大ブームとなったとか。。。 しかし、今やそんな展開は珍しくも何ともありません。古典の難しさはここにあって、初登場時に人々の関心を引いた部分は完全に陳腐化しており、現在の観客が昔の読者と同様の感動を味わうことはほぼ不可能という状況にあります。さらには、映画化においては古典へのリスペクトも要求されるために、改変を加えすぎても批判が起こります。原作のままではダメ、変え過ぎてもダメという、製作側としては何とも厄介な代物なのです。。。 そこに来て本作では、原作をなるべく忠実に映画化するという正攻法のアプローチがとられています。美しい撮影、オスカーノミネートの衣装、見応えのある演技、回想形式をとることにより尺を詰めるという映画的工夫、、、『闇の列車、光の旅』で注目されたフクナガ監督は、要求された仕事を充分にこなしていると言えます。ただし前述の理由により、映画としては面白くありません。前半部分ではキャストや撮影を楽しめたものの、1時間を過ぎた辺りからは猛烈に退屈しました。[DVD(吹替)] 5点(2012-12-30 17:57:11)(良:1票) 《改行有》

37.  60セカンズ 《ネタバレ》 2時間は退屈しないので最悪な映画ではないものの、ストーリー展開及び作品の方向性について「なぜそうなるの?」という疑問点が多すぎて、決して良い映画とは言えません。。。タイトルの「60セカンズ」とは、たった60秒で車を盗んでしまうという盗みのプロフェッショナルのことを指しています。そんなタイトルである以上は、主人公が華麗な技を駆使して車を盗み出すことが作品のハイライトになると思うでしょ?普通。しかし驚いたことに、この映画では60秒で車を盗むという技が一度も登場しません。このことが象徴するように、本作は「車を盗み出す」という物語の芯の扱いが非常に軽く、そのために作品全体がまとまりに欠く結果となっています。盗みの場面における緊張感のなさは異常で、泥棒達が大声で喋るわ、車をボコボコぶつけるわとやりたい放題。警察に見つかるかもということは誰も気にしていないようです。「メルセデスのキー」など物語の前半部分で張っておいた伏線が主人公達を苦しめることもなく、驚くほどスムーズに、かといってプロらしい技を披露することもなく高級車50台を盗んでしまいます。窃盗団のメンバー達の描写も軽く、ヴィニー・ジョーンズやチー・マクブライドは訳ありげに登場したものの、彼らはどんな技を持っていて、作戦の中でどんな役割を果たすのかの説明は一切なく、ヒロインであるアンジェリーナ・ジョリーすら活躍の場を与えられていません。その一方で、ライバル窃盗団との抗争とかドラッグの隠蔽とか犬のフンとか本筋とはまったく関係のない描写が異様に多くて、贅肉ばかりで骨のない映画となっています。そして最悪なのがラストで、嫌な予感はしていたものの、本当にその通りにしてしまったプロデューサーのセンスには恐れ入りました。主人公は、物語の発端を作った悪党のボスを殺してしまうのですが、こいつを殺してしまったのでは車を50台も盗んできた意味がなくなってしまいます。最初からこいつを殺していればよかったわけですから。さらに、主人公達の犯罪がすべて見逃されるという都合の良すぎるオチには唖然。作品中にケイジと刑事が心を通わせたり、お互いを認め合う描写があったのならこんな展開にも必然性が生まれるのですが、そういった描写が一切ない中で、今までケイジを必死で追いかけていた刑事が、突如心変わりして彼を許すという展開は不自然にも程があります。[DVD(字幕)] 5点(2010-09-22 21:10:30)

38.  シャーロック・ホームズ(2009) シャーロック・ホームズについては原作を読んだことも、映像化作品を見たこともないため、少々厳しい鑑賞でした。「多分原作に絡めたネタなんだろうなぁ」という点はいくつか見つけたものの、原作を読んでないのでその面白さは分からず。また、ホームズとアイリーンの関係についての言及もなく、ルパンと峰不二子のような二人のやりとりも楽しめませんでした。こんな感じで原作を知らない人間は置いてけぼりにされるし、かといって推理小説のファンが喜ぶタイプの作風でもない。一体どんな客層を対象にした映画なのか、その製作意図がよくわかりません。古典の新解釈であれば、定石通りエピソードゼロから始めた方がよかったように思います。内容についても中途半端で、アクションメインの作品にしては見せ場が少ないし、かといって探偵ものとしては知的な部分が少々お粗末。観客もいっしょになって推理する形になっておらず、分かったような分からないような主張をする宗教組織の陰謀をホームズが少しずつ解明する様を外野から眺めるだけでは、探偵ものの醍醐味は味わえません。ホームズが推理力や洞察力を披露する場面は多くあるものの、本筋に関わる部分やいざという危機一髪の場面でその能力を発揮していないこともマイナスで(小手先のトリックは見破っても陰謀には気付かないし、常人と同じように敵の罠にかかってしまう)、ここぞというタイミングで彼の非凡さが活かされる場面があれば作品は引き締まったと思います。本作には5人もの脚本家がクレジットされていますが、それぞれの脚本家が得意とするパートを別々に担当しているうちに(ハリウッドではよくある脚本の作り方)、映画としての統一感が欠けたことが原因でしょうか。。。と弱点の多い作品なのですが、ホームズのキャラクターの作り込みは良く、主演にロバート・ダウニーJrを得られたことも幸運で、さらに19世紀ロンドンという異色の世界を舞台にしたアクション大作としての雰囲気作りも出来ているので、シリーズ化にあたっての基礎はかなりしっかりしています。続編はかなり面白いものが出来るはずです。[ブルーレイ(吹替)] 5点(2010-08-15 20:26:37)(良:2票)

39.  ジャスティス(2002・ブルース・ウィリス主演) 《ネタバレ》 法廷もの、人種問題、人格者の悪役、お坊ちゃんの成長物語、兵士のプライド、脱走計画、これだけの要素を一本の映画にまとめてみせた脚本の出来はなかなかのものです。すべての要素がきちんと関連し合っていて、ラストに向けてすべてが収斂するように物語が計算されており、これだけの要素を放り込みながら闇鍋状態になっていない辺りは見事なものです。娯楽性を保ちながら硬派な題材を扱うことに長けるテリー・ジョージ、本作でも良い仕事をしています。しかし監督がこの題材を扱いきれず、散漫で何が言いたいのかよくわからない凡作になり下がっているのが残念です。収容所に到着するまでの前半部分は、よく出来た見せ場もあってなかなか面白いのですが、本筋がはじまると途端につまらなくなってしまいます。収容所に入ると「脚本通りに撮ってるだけ」という状態になってしまうのです。さらに、地味な本作を興行面で支えるために配置されたブルース・ウィリスが、マクナマラ大佐にまったく合っていないという問題もあります。脚本レベルではもっと深みと威厳があり、知性も感じさせる人物だったと推測されるのですが、彼が演じたためにそれらが失われてしまっています。同時期の「ティアーズ・オブ・ザ・サン」におけるような現場部隊の指揮官役には抜群にハマるものの、指令系統の頂点という役柄にはあまり馴染まないようです。さらに悪いことに、本作で彼に対することとなるドイツ軍のビッサー大佐がよく出来ているために、ウィリスがより浮いて感じられます。[DVD(吹替)] 5点(2010-02-01 21:15:19)

40.  地獄の黙示録 特別完全版 本作がとっ散らかっていることは、この「特別完全版」を見ればよくわかります。映画の完全版といえば、見たことのない場面がいくつか加わる程度のものが大半なのですが、本作における復活シーンはかなりしっかりとした内容です。脚本上はそれなりの重要性があり、かつ手の込んだ撮影がされていたにも関わらずこれらの場面はオリジナルからは丸々削られていたわけで、このことから、撮影時にコッポラの中で映画の全体像が出来上がっていなかったことが推測されます。B級映画の帝王ロジャー・コーマンの下で修業したコッポラに無駄な場面(復活したフッテージはまるで本編に必要がなく、これらを切ったオリジナルの判断は正解でした)を山ほど撮らせることはなかなかの異常事態なのですが、その原因はマーロン・ブランドにありました。カーツ大佐は、神経症とジャングル生活で痩せ細ってはいるが眼光鋭く、得体の知れないカリスマ性に満ちた人物という設定であり、押し寄せる北ベトナム正規軍とカーツの軍隊の繰り広げる死闘が本来のクライマックスだったのですが、ブランドは契約違反とも言えるほどぶくぶくに太って現場に現れ、クライマックスの大アクションを撮れなくなってしまいました。オチが白紙になった状態で撮影を進めざるをえなくなったことで本作は方向性を見失い、その場のアドリブと編集で辻褄を合わせるという無茶なやり方によりなんとか完成。映画の製作過程そのものが、ウィラードの旅と同じく「混沌」に支配されていたのでした。普通なら企画が倒れるか、駄作が生まれるかのどちらかなのですが、コッポラの才能や優秀な現場スタッフの貢献、そして一周して映画のテーマと合致するという奇跡によって、本作は「映画として成立していないが、訳のわからん迫力に満ちた他に類を見ない作品」となったのでした。シナリオ通りのラストであれば映画としては面白くなったはずですが、傑作としての歴史的地位は得られなかったでしょう。禅問答で煙に巻くラストによって何か奥深いことを言っている雰囲気を作り、観客に映画を読み解く作業を与えたことも、結果的に正解でした。。。私?私は失敗作だと思います。ひとつひとつのエピソードは面白くても全体としては統一感に欠けるし、ラストもオチから逃げただけにしか見えません。しかし、失敗作ではあるが駄作と切って捨てられない魅力があるのもまた事実なのです。[DVD(吹替)] 5点(2010-01-24 07:50:56)(良:2票)

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