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プロフィール
コメント数 202
性別 女性
自己紹介 閲覧&良票を入れて頂いた皆様ありがとうございます(*^-^*)
良票を頂けると励みになります!作品に対する意外なヨミと、読んでいて楽しいレビューを心がけています。楽しんでいただければ幸いです☆

ジャンルを問わず鑑賞していますが、ホラーを観るときは手で目を覆って指の隙間から観ますw

★好きな俳優★
M.ファスベンダー、E.マクレガー、J.ロウ、D.クレイグ、O.ブルーム、ジョナサン・リース=マイヤーズ・・・・・はい、そうです。イギリス俳優好きですw
さらには、ドナルド・サザーランド、S.ブシェミ、M.フリーマン、フランコ・ネロ、B.ウィリス、H.ジャックマン、C.イーストウッド、女性では、ユマ・サーマン、M.ジョヴォビッチ、C.セロン、A.セイフライド・・・などが好きです。

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【製作国 : アメリカ 抽出】 >> 製作国別レビュー統計
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61.  トレヴィの泉で二度目の恋を 《ネタバレ》 シャーリーマクレーンの、口のまわりのシワシワとか、もともとちっちゃかったオメメが、年を重ねてますますちっこくなってるとか、「甘い生活」の再現シーンで見せる、がっつり太くてでも枯れ木のようにシワシワで水分のない二の腕とか、とにかくもうシャーリーの姿が痛すぎて、そればかりに気がいってしまった。 おいらくの恋を描いた作品はいろいろあるが、男性については何歳になってもダンディ度が上がるだけであまり痛さを感じない。 実際のところ、アラ還俳優でいえば、ジョージクルーニーは17歳下の女性と結婚しちゃえるくらい魅力は衰えてないわけだし、ブルースウィリスは23歳年下、アレックボールドウィンは26歳年下、70歳前後の俳優でいえば、ハリソンフォードは23歳年下、リチャードギアは34歳年下の女性と結婚できるくらいイケ続けてる。(ギアなんて68歳で子供まで生まれるとかどういう肉体) しかし女についていえば、60を超えてしまえば、お年寄り同士の当人達がよければすべてヨシみたいな恋愛はもちろんあるだろうし否定はしないけど、やっぱりシャーリーおばあさんの水分の抜け切った枯れ木の二の腕や、スリットからのぞく枯れ木のような太い足を見て、寒気がゾワゾワしないではいられない。 「ジュリエットからの手紙」という私が好きな映画でも、60超えのおばあさんの恋が描かれているが、こちらはフィジカルな面をいっさい前面に出していないため、とてもすがすがしく見られた。 しかしながらこの映画は、シャーリーの肉体やら、イチャイチャを、おりゃおりゃと画面上で見せられて、まるで水分が抜け切ったマドレーヌを皿に乗せて目の前に置かれ「さぁどうぞ」とニコニコされているような、とにかく”受け付けない感”が半端なかった。 シャーリーのかわいらしさは健在であることは認めるから、ここまで肉体をさらさないでも彼女の魅力を引き出せるいい台本が作れなかったのかなと思う。 あと、プラマーにとっては彼女が二度目の恋かもしれないが、シャーリーにとってはプラマーは二度目の恋じゃないことは間違いないと思う。日本語タイトルの不覚。[CS・衛星(字幕)] 4点(2019-02-13 10:11:00)《改行有》

62.  女と男の観覧車 《ネタバレ》 ヒロインの女性、元3流舞台女優という設定だが、そこがすごくウマイと思う。 芸術に関わる人間っていうのは、人間として魅力的だが、同時に”わがまま”で、”自己中心的”で、”感情的”で、そして、”倫理観に乏しい”。 でも、それが実は魅力でもある。 芸術家たちに破天荒なひとが多く、同時に異性のエピソードが多いのはそのせいだろう。 (ピカソとか、ゴーギャンとか、クリムトとか、・・・) ヒロインは、最初の結婚時に、不倫をして、夫を悲しませて子連れシングルマザーとなった。 釣りなんて興味なんてないのに、今の夫と結婚するために興味あるふりをして再婚した。 そのようなムリのある結婚がうまくいくわけもなく、彼女は海のライフセーバーの男が劇作家志望だと知って、あっというまに年下男に打ち解けて、将来の再婚相手とさえ妄想に走ってしまう。 夫への罪悪感なし。 ライフセーバーが夫の娘に気があるのを知ると、彼女に嫉妬の炎を燃え上がらせる。 彼との再婚を望む気持ちが前のめりになり、高価な誕生日プレゼントを渡して引かれてしまえば彼の前でブチギレる。 息子の放火グセを治そうとカウンセリングに通わせるが、そのお金は夫のお金を盗んで使う。 ライフセーバーとのデートの約束優先で、息子をひとりでカウンセリングへ行かせちゃって、息子は二の次に。 こうして整理してみれば、この映画の中でヒロインはどうしようもないほどのクズっぷりであるが、なんだろう、この女性像の悲壮感。 これだけダメダメ女房なのに、ケンカしたあとに自分から折れてやった夫は彼女に「今度釣り一緒いくか?」と声をかける。 彼女は、いろいろもがいてきたけど結局このパっとしない話しも合わない中年夫とうまくやっていくのが残された唯一の道なんだと悟って「YES」と答えるのかと思いきや、それでも「NO」とつきつけて、この映画は幕を閉じる。 「あぁ、こうして彼女はこの狭い土地の中で、これからもずっと、話しの合う若い男性と出会って不毛な関係を結んでは、また相手を失って偏頭痛とお酒とヒステリーを繰り返すんだな・・・」と、なんともいえない閉塞感。 でも、とても現実的な話で、彼女の家の前で来る日も来る日もグルグルと回る観覧車のように、こういう出会いと別れのパターンをグルグルと回り続ける無限ループに囚われもがき続ける人たちはこの世界にたくさんいるのだろう。(特に芸術家タイプ) だからからこそ、このような作品が生み出され、共感する人も多いのだと思う。 ウッディ・アレンのリアル恋愛劇は、いつもヒリヒリさせる。[ブルーレイ(字幕)] 6点(2019-02-10 18:32:24)(良:1票) 《改行有》

63.  メリー・ポピンズ リターンズ 《ネタバレ》 正直いってつまらない。 「シカゴ」で名声を得た監督だったが、材料が偉大すぎてどうしても「メリーポピンズ」と比較して「つまらない」という結論になってしまう。 終盤で「メリー、時間を戻せる?」と言われて「もちろん!」とメリーが余裕ぶっこいた顔を見せるも、その方法は特に魔法を使って世界の時間軸すべてを過去に戻すのではなく、街灯係の男どもに 「おい、君たち!ビッグベンの時計の針を、手動で5分前に戻してこいや!」 と命じるという超アナログ(しかも他力本願)な方法。 さらには、街灯係の男たちにハシゴで命がけの作業をさせたあげく「時計の針に手が届かないよー」となげくジャックを前に「しょうがないわね」と傘を使って空を飛ぶメリー本人が針をひょいと5分前に戻すという「だったら最初から自分でやれよ」とツッコまないではいられない、しょーもない台本というありさまである。 それ以上にしょーもなかったのは、ジャック役の俳優だ。 エミリー・ブラントはツンツンしたメリーポピンズのイメージは継承できているとして、バートと同等の立ち位置といえるメリーの相棒ジャックを演じる男優があまりにも華がなくショボショボでイモっぽい。 ビジュアル的に洗練度に欠け、表情も乏しく野暮ったくて見るに耐えないのが、この映画を根底から台無しにしていると感じた。 「メリーポピンズ」の世界観を壊さないよう、随所に配慮が感じられるのは評価できる。 たとえば冒頭のジャックの登場&歌唱シーンは、そのまま「メリーポピンズ」でバートの登場&歌唱(チムチムチェリー)のシーンを踏襲したものだと一見して分かる。 しかしその肝の場面で、バートが完璧にやってのけてたように”冒頭からイッキに映画の中に観客を引き込むパワー”があったかといえば、ないと言わざるを得ない。 もし彼がかつての「メリーポピンズ」でバートを演じていたディック・ヴァン・ダイク級の イケメンかつキュートで洒脱で、表情豊かで生命力あふれる俳優だったら・・・と返すがえす口惜しい。 ディック・・・ディック・・・やっぱりディックがいなくちゃメリポピは成立しない・・・ そんな私の気持ちを察してくれたのか、「メリーポピンズ」で登場した銀行家のミスタードースじいさんの息子という設定の、 ミスタードースジュニアを演じていたのが、なんとそのディックだったという! それがこの映画の唯一の見所だと言えるだろう笑 デスクにヒョイとお茶目に飛び乗り、オントシ92歳の彼がおどけた少年のようにタップを踏みながら歌う。 その数分のためだけになら、この映画は見る価値があると思う笑 ところで今さら知ったのだが、ディックはメリーポピンズでバートだけでなく、ミスタードース爺さんも一人二役で演じていたという衝撃。 どれだけ素敵な人なんだディック・・・[映画館(吹替)] 5点(2019-02-07 11:47:46)(笑:1票) (良:1票) 《改行有》

64.  イングリッシュ・ペイシェント 《ネタバレ》 この映画がアカデミー賞に値するかという意見については「当然」と主張したい。 なぜならほら、よく思い出してほしい。 戦争という背景、そして夫のいるヒロイン・・・夫とは燃えるような愛情ではなく情の延長線上にあるような関係、ヒロインに恋するアウトサイダーな香りのする男・・・ そう、あのハリウッドの不倫映画の名作「カサブランカ」臭がするのだから。 カサブランカの舞台は北アフリカのモロッコ。 そしてそのモロッコは、マレーネ・ディートリッヒ主演の不倫要素も含んでいたハリウッドのレジェンド的作品「モロッコ」の舞台でもある。 今やアカデミー会員の中身も、多様性を主張する声に押されて女性や有色人種の割合も増え、新しい価値観の風が吹き荒れている。 しかしちょっと前までは、大多数派である高齢の白人の男たちが牛耳る、高齢の白人の男たちのお祭りであった。 となれば、今から20年以上も前のこの「イングリッシュペイシェント」という往年の名作の香りを漂わせる不倫映画が、不倫のひとつやふたつはしてそうな昔のアカデミー会員のオジサマ&オジイサマ達に 「なんて懐かしい世界観!ワンダホー!」 …と思わせ、彼らの心にロックオンしても何の不思議もない。 アカデミーでこのような古典的な香りのする不倫映画がオスカーを受賞できたのは、まさに当時の”時代がそうさせた”ともいえよう。 そして「不倫なんてけがらわしい!作品にするなんてありえない!」と頭ごなしに否定しそうな、厄介すぎるフェミニストの人数が増えた現代のアカデミーにおいては、もう二度とオスカーを受賞することはないであろう(ゆえに、作ろうとする監督やプロデューサーもいないであろう)、貴重な類(不倫)の作品でもある。 劇中でアルマシー伯爵は、ひとりの女性を愛したことで、結果的には仲間をピストル自殺においこみ、あるいは飛行機での無理心中においこみ、さらに無関係だった人間でさえ敵軍にとらえられ指をはねられる運命へと引きずり込んでしまう。 「彼女以外の事はどうでもよかった」と、関係者だろうと無関係者だろうと彼らが死のうが体の一部を失おうが、彼女のもとに行くための飛行機とガソリンを手に入れるためだけに敵国に味方の地図を渡すアルマシー伯爵。 そこまでしても彼女を死なせてしまい、一番の目的であった彼女を手に入れることはできなかったアルマシー伯爵。 彼女に指輪を贈りたくても、彼女の左薬指にはすでに別の男の指輪。 でもシンブルなら贈っても夫の目に不自然ではない。 バザールでボッたくられながら買って彼女にプレゼントした、それはとても何気ないものだったけれど、彼女にとっては指輪以上の意味を持っていたのだろう。 アルマシー伯爵が瀕死の彼女の胸にペンダントにして身に付けられたシンブルを見つけて、初めて堰をきったように泣き崩れた場面では胸がどうしてもしめつけられた。 洞窟で死んでしまった彼女の、彼が好きだったという首の付け根(アルマシー海峡)に、そのシンブルの中にあるサフランの粉をこぼし、それで彼女の顔に化粧をほどこして、彼女を白い布で覆いお姫様だっこで洞窟から現れた彼は、まるで教会の中から花嫁を抱いて出てきた花婿のように錯覚した。 しかし彼女は死んでいて、彼女を飛行機に乗せて死に場所を求めてふたり旅立つ光景は、未来のない新婚旅行に見えてやるせなくなった。 どんなに愛しても、結婚して祝福されることのない関係・・・。 不倫は、愛情の深度と現実に起きる出来事とのギャップが 通常恋愛よりも大きいからこそ、見るものに、人間のやるせなさや、もどかしさ、やりきれなさ、どうにもならい閉塞感と悲壮な感情をこれでもかというほどに、かきたてる。 そういう意味で、けして映画のテーマとして否定してはならない、外せないカテゴリーであることは間違いないと思う。 (エロシーンばかり売りにした安っぽい不倫映画はダメだけど) アルマシー伯爵の不倫からの安楽死という悲しい結末(闇)の後に、”私と関わった人は必ず死ぬ”というジンクスを破ったインド人彼氏との未来に希望を抱くジュリエット・ビノシュや、 積年の恨みを手離し恋人との未来に心弾ませるウィレム・デフォーというサイドエピソード(光)を描くことで、 「闇のあとには光が現れる」「闇夜の後には必ず夜明けが訪れる」 というイメージが、往年の名作のオマージュに感じられるこの北アフリカの自然と溶け合い、これだけアルマシー伯爵を起点に大勢のひとたちが悲しい運命をたどったというのに、最後はなぜかすがすがしい気持ちにさせる・・・ 不倫のように複雑な味わいのある映画であった。[CS・衛星(字幕)] 8点(2019-02-07 11:10:33)(良:1票) 《改行有》

65.  ドリームハウス 《ネタバレ》 一家惨殺事件が起きた家で起きる怪しげな出来事の数々・・・前半までは特に目新しい展開もなく、淡々と過ぎてゆく。 しかし、ダニエルクレイグが精神病院の録画映像で自分が写っているのを見てガクゼンとした場面を皮切りに、イッキにジェットコースターが加速し始めた。 右へ左へ振り回され、スピンだツイストだ、これでもかこれでもかと、複数のプロットが高速でぶち込まれ、遠心力でこっちの思考回路が吹っ飛ばされそうになっていく。 ダニエルが録画映像の中に自分を見つけたときは「あ、シャッターアイランド形式ね?」と思い、「ダニエルが犯人じゃん!」と思いきや、どうやら彼ではないと分かってくると、まともに見えていた奥さんが急に狂気の人に見えてきて「あ、アザーズ形式か?」と思い、「奥さんが犯人じゃん!」と思いきや、結局そうではないという展開。 過去の名作のデジャブ感を鑑賞者に与えつつ、どれでもないという、なかなか油断ならない脚本。 しかし一方では、ダニエルが地下室で一家惨殺討論会をしていたパリピたちを追い出したときに「空き家じゃんよ!」と言われたのが実際その家にダニエル一家が住んでないからだということや、ダニエルの家にスープを持ってきた向かいの家のナオミワッツが階段にいたダニエル妻をシカトして立ち去ったのが、ダニエル妻がそもそも幽霊でそこにいないからだという「あ、シックスセンス形式ね?」と思わせる場面もちょこちょこ出てきて、これについてはシックスセンス同様に”二度目の確認作業を入れた鑑賞が楽しい”系のつくりになっていて、好意的に楽しませてもらった。 殺す相手の家を間違えるという、ある意味”狙われて殺される”よりも悲劇性の高い事件を発端にした悲劇の連鎖が続くが ●殺す相手間違われて殺されるダニエル妻子 ●失意のもと自縛霊となってダニエルの前にしつこく現れるダニエル妻子 ●事件がトラウマとなり現実を受け入れられず精神疾患になるダニエル ●妻子への愛着がトラウマとなり幽霊依存になるダニエル というダニエル側のメイン悲劇に ●離婚の真剣争いで夫に命を狙われているナオミワッツ ●両親のピリピリ感に挟まれて、空気読むのが大変な娘 というナオミ側の難儀がからんでくるわけだが、そのカラミからの~、家燃やされて呪縛霊の居場所がなくなることによってダニエルの幽霊依存が強制終了!と、家燃やそうとしたナオミ夫が焼け死んでナオミ側の問題も強制終了!という、両家の問題を数分でかたづけちゃうスピーディーなオチづけにはのけぞった。 ところでこれは私の想像なのだが、ナオミとダニエルはプラトニック不倫だったのではないかな?ダニエルは妻子にも優しいけど、誰にでも優しいのだと思う。夫との不和で悩んでいたナオミに対してもそうで、一線は越えずとも、普通のお向かいさん以上の気持ちを抱きあってたと思う。 そうでなければ、精神病院みたいな荒くれた場所にわざわざダニエルの付き添いで来たりもしないし、もはや”友達づきあい”していたダニエル妻がいないのにわざわざスープを彼のところに持ってくる理由も思い浮かばない。 何かとダニエルの身の上を心配し、何かと彼の行動を見守っている。そして、ナオミ夫が本性を表す直前でふたりは抱き合ってもいる。あのナオミの髪をクシャっとさせるように抱くハグは、通常のハグより何かがあると、女のカンで感じた。 ナオミ夫が、自分ちの離婚騒動とは関係のないダニエルを階段から蹴り落とすにしても、そこには「嫁を寝取られた」と思っている男のイライラを感じさせるのだ。 不倫プロットまでぶち込んでくると、もうまとまりがなくなりすぎてしまうので、ニュアンスだけを漂わせる形にしたのだろう。 でもこの二人の関係性があってこそ、ダニエル一家と、ナオミ一家が深くリンクし、そして、最終的に両者同時に問題が強制終了というスッキリとしたまとめ方ができたのだと思う。 さてそれでは二度目の鑑賞をしてこよう。[CS・衛星(字幕)] 8点(2019-01-17 15:36:46)(良:1票) 《改行有》

66.  シュガー・ラッシュ:オンライン 《ネタバレ》 すばらしい!の一言。 前作で構築された、アーケードゲームというミニマムなエリアで構築された子供向けの幼稚な世界観を、まさにラルフのセリフがごとく 「ぶっこわしてやるー!」 と来た今作。 オトナによるオトナのためのオトナの映画だと断言できる。 バネロペ像は、前作でもかなり”短気”、”ヒステリック”、”直情的”、”人をふりまわす性格”で”コナマイキ”、”マイペース”で”自分本位”、”すかした言動が好き”で”困った時だけラルフ頼る”という、かなりひどい性格であった。 だから今作で、シュガーラッシュのレースで一緒に走る子を追い抜くときに寝たふりをして嫌味を言ったり、スローターレース(殺戮レース)という野蛮なオンラインゲームにターボしたがるヴァネロペは全くブレがない。 そしてラルフも前作どおり”ヴァネロペだけが唯一の友(依存症レベル)”、”すぐなんでも信じる素直バカ”であり、ブレる所はない。 前作でも、ヴァネロペはドライ系で、ラルフはウェット系。ヴァネロペが自由奔放にふるまい、ラルフが彼女の後を追いかける構図。 恋愛においては愛す側が弱いというが、まさにラルフはこの愛する側で、それこそが彼の弱点でウィルスのかっこうの的となってしまうわけだ。 それをやれ「キャラが変わった」とか「関係性が」とか、ごちゃごちゃ文句を言う人たちのなんと多いことか。(←NHKのチコちゃんのナレーション風) 前作から自然な流れとして成立できている今作では、ビルのてっぺんに美女を片手に登ったキングコングのパロディと受け取れるあのgooglelのビルのてっぺんにヴァネロペ片手に登った”集合体ラルフ”の場面といい、ディズニープリンセスをセルフパロディしてプリンセス像をぶっこわすくだりといい、擬人化されたポップアップ広告が「人妻がまってるよ~」などとアシュレイマディソンみたいなニオイがぷんぷんする場面をブっこんできたり、とことんオトナの遊び心をちりばめたものであることも特徴だ。 私は普段からよくe-bayは利用していて、アンティークの英国の椅子の”背もたれ部分だけ”みたいなマニアックな買い物もやってたので、そこのシステムがそのまま映像化されているくだりも非常に盛り上がった。 オークションのシステムをよく分かってない二人が、一緒に同じ値段で入札するだけでいいのに、交互により高い値段を入札し合って、無駄に値段が釣りあげちゃってる場面も苦笑できた。 他にも、終盤でプリンセスたちが落下するラルフ救出するシークエンスで、最終的に「ロイヤル・マットレス」のビルの屋上にある「ロイヤル・マットレス」と書かれたベッドにラルフは寝かされるが、実際アメリカに「ロイヤス・マットレス」というメーカーがあるので、そういうコッソリとしのばせてくるジョークもオトナの映画として小気味がよい。 そもそもインターネットという世界は、危険と闇が蔓延する世界。怪しいポップアップ、裏操作でアクセス数アップを狙うサイト、ウィルス置き場、匿名をいいことに当り前のように誹謗中傷が乱れとぶ世界、ユーザーたちを燃やして殺すゲームに、価値のあるゲームアイテムを裏でカネでやりとりする現実・・・いろいろな”闇”を描ききってくれているのも楽しい。 さらに、スパムリーがウィルスを作ってる知り合いがいると言って、ラルフを彼のもとにつれていくが、その知り合いがスバムリーに「おまえだれだ!!」とどなると「ほら、SNSでしゃべったことあったでしょ?もうそのSNSなくなっちゃったけど・・・」と答える。 この、SNSでしゃべっただけで簡単に知り合い扱いしちゃう思考回路とか、怪しいもの同士がつながるようなSNSはいきなりなくなるとか、細かいセリフひとつひとつにも、インターネットの”闇”部分がちりばめられており、完璧なシナリオだと感じる。 しかし完璧なシナリオだと言い切れるのは、前作のドリーミーな世界観を「ぶっこわしてやるー!」と同時に、前作で問題放置になっていた”友達たった一人に完全依存”なラルフの性格も「ぶっこわしてやるー!」に成功したからだと言えよう。 さらにアラジンや美女と野獣といった、ロマンティック系ディズニーの音楽担当として名高いあのアラン・メンケンが、今作では「In this Place」という、ロマンティック系ではなくこれまでにないテクノポップなミディアムナンバーを提供していることも要注目である。 くしくも、ディズニー映画になくてはならない重鎮ジョンラセターが、セクハラ問題でディズニーを去る前の最後の仕事となった今作。 彼にとってディズニー映画での最後の”遺作”であるだけの価値は十分にあると断言したい。[映画館(吹替)] 9点(2019-01-16 18:30:05)《改行有》

67.  テイキング・ライブス 《ネタバレ》 終盤のアンジーとイーサンの対決場面での、静かな対話から次第に緊迫感を増加させ、ハサミの奪い合いからのイーサンを刺したあとに妊婦ハリボテを見せつけるというシークエンス。 脚本書いた人は「うん、なかなかいいデキ!」と思っていたのかもしれない。 だが私は、イーサンがお茶を入れてる背後から妊婦ハリボテで頭をバチコーンッ!して倒しちゃえば1分で話しは済むのにと思った。[CS・衛星(字幕)] 5点(2018-12-12 14:33:10)《改行有》

68.  セルラー 《ネタバレ》 キムベイシンガー母さんは、先生で頭もいいし度胸もあるって設定により、ぶっ壊れた電話でも電話かけちゃうし、襲い掛かってきた強靭な悪徳警察をも何かの破片で1分で80リットルの失血を呼ぶ急所を一箇所突いて倒しちゃうし、運転席の犯人を背後の席から手錠でクビしめちゃうし、けっこうやらかしてくれます。 それはそうとムーニー巡査部長。彼は「ミザリー」で好きになった俳優ですけど、「ミザリー」でも保安官みたいな役で、孤軍奮闘してる主人公に”何かを察して助けてやろうとする”キャラがとっても似合いますね。 でも一番ツボったのは、最後のエンドロール場面。監督やキャストの名前が、劇中で出演者が手に持っている携帯電話の画面の中に表示されていく演出です。 特に、ジェイソンステイサムが携帯電話をさっと見るとその電話の画面に「ジェイソンステイサム」って書いてあったのにはクスって笑えましたw[CS・衛星(字幕)] 8点(2018-12-10 16:36:20)《改行有》

69.  ドント・ブリーズ 《ネタバレ》 主人公とおじいちゃんとの攻防の流れは、いたってありきたり。 あともうちょっとのところで、おじいちゃんに捕まってアアアアア・・・とかもう見飽きる。 最初の1名はけっこう早めに死んだけど、残り2名とおじいちゃんはストーリーをひっぱるためにほぼ不死身という設定もなんかキツイ。殺されたと思っても「ま、どーせまた起き上がるんだろ」ってなる。 これじゃまるでゲーム版「バイオハザード7」のジャックおじさん。(分かる人だけ分かる) 屋外に出るのに、いちいちカギでどうにかしようとしないで窓ぶちやぶって出ろやとか、突っ込みどころがテンコモリなのだけど、その中でも特に、おじいちゃんが、赤ちゃん産ませたら開放するとか言ってるけど、あんなボロ家で盲目の1人暮らしでいつクタバってもおかしくないキチガイジジイがどうやって1人で子供育てるんだ? シンプルに謎。 殺戮シーンもぜんぜん怖くないからホラーって感じでもないし。 サムライミが製作してても、ハズレはあるんですね。[インターネット(字幕)] 1点(2018-09-27 11:50:40)《改行有》

70.  エルム街の悪夢(1984) なんなんだろう、この超有名なホラー作品に、とてつもないB級臭しか感じられない脱力気分は。 レビューを眺めてみても、ジョニデが出てるね、とか、3分クッキング、もとい10分トラップ、とかについてはよく触れらているが、それ以外のホラー映画レビューのキモであるはずのホラー要素やストーリーについては意外とあんまり熱く語られていないところが、この映画って有名だけど実はツマンナイっていう証拠じゃないのか。 怖くないホラー映画はもはやホラー映画のくくりじゃなくてコメディ映画のカテに引越ししたほうがいい。[CS・衛星(字幕)] 2点(2018-08-16 11:23:50)《改行有》

71.  ライフ(2017) 《ネタバレ》 いつからだろうか、SF映画で、宇宙空間内にある宇宙船内部を無重力状態で描くようになったのは。 よく引き合いに出される「エイリアン」の宇宙船内は、重力があった。それは、当時の映像技術として、無重力状態を撮影することが難しかった・・・という現実があったわけだ。 しかしいつからか、映像技術が宇宙船内を無重量状態で描けるだけのものに進化して、それを利用してリアルでユニークな宇宙空間を描く映画もいろいろ生まれた。 そんな中でのこの映画。キャラクターたちにあまり個性もなく、感情移入できるエピソードも薄く、没入感が驚くほどない作品なのだが、無重力状態でエイリアンにヤられたり、事故が起きると、どんな景色になるか・・・を、いろいろ描いてくれたところは良かったと思う。 口から血がドバドバと吹き出る場面も、無重力なら血が出るそばから四方に分離して空中に散らばって、死体のそばを漂い続ける・・・なんて、非日常的な光景にちょっと気持ちが高揚した。 船外活動で、ヘルメットの中に冷却材の液体がブワブワと顔の目の前に侵入してじょじょに増水していくというドS水攻めシーンも、ちょっぴり興奮した。 そしてふと、以前見たSF映画(つまらなすぎてタイトル忘れた)のある場面を思い出した。豪華客船仕様の宇宙旅行船に乗っている女性客が重力発生装置によって地球上と同じように保たれているプールで、優雅に泳いでいる。ところが、装置の故障で突然プールの大量の水が宙に浮き、表面張力によって超巨大なまんまるの水の塊に!彼女はその塊になった水中で、パニックになりながら必死でもがく。(でも水の塊が宙に浮いていて、もがけど泳げど、つかまるものがないからさぁ大変) そうだ、「ライフ」は、その塊の水中でもがく女性の景色のように、ストーリーとかどうでもよくて、現代の視覚効果技術で、”無重力状態でトラブルが起きた際に起きる、記憶に残る場面”の1つや2つでも、鑑賞者の心に残せればいい、そんな謙虚なSF映画なのかもしれない。 ところであの宇宙生命体。ただでさえ未知のもので、どういう性質なのかも分かってないのに、「アメリカの小学校の生徒たちからお名前募集~♪」って、その企画担当者、ISSの乗組員以上に馬鹿ですか?wパンダの赤ちゃんじゃないんだからw そもそも知らない怪しいものに、名前つけちゃダメでしょ。「モンスターズインク」でも、サリーが危険生命体である人間の女の子をブーと名づけて呼んでいたら「名前つけたの?だめだよ、名前なんて付けたら愛着わいちゃうでしょ!」って厳しく叱咤したじゃないですか。「ミス・ポター」でも、ピーターラビットの作者の女性が近所の家畜農家のおじさんに「この牛はなんていう名前なの?」とたずねたら、彼は「名前はつけません。愛着がわいてしまうんでね」と答えた。 あの宇宙生命体をペットとして楽しむならともかく、得体もまだ知れていないのに、なぁにがカルビンだ! そもそも、焼いても不死身なんじゃ、カルビンのくせに、カルビ焼きにもならねぇし! でもあのクリオネみたいな生命体、ネコみたいじゃなかったですか?すばしっこくて、つかまえようとしてもつかまえられない。でも気づいたら、足元にすりよってきたり。ラスト近くで、酸素キャンドルに飛びついてギュゥゥゥってキャンドルを抱きしめて「わぁいわぁい」みたいな顔してましたけど、普通においでおいでしてもツンってそっぽ向くくせに、ネコグッズをチラつかせたら、キーンって飛んできて飛びついてくるネコかいw 抱きしめたキャンドルのライトの明かりが、半透明のカルビンを、まるで間接照明のように美しく、薄暗い脱出ポッドの中で浮かび上がらせていて、この姿は<SF映画の印象的なエイリアンの姿>で上位5位以内に入りました。(ちなみに1位は「エイリアン2」でクイーンがにゅるにゅると卵を産み落としている姿)[CS・衛星(字幕)] 5点(2018-08-03 08:30:46)《改行有》

72.  ブロークバック・マウンテン 《ネタバレ》 ジェイク・ギレンホールが大好きなので、彼が出ているからという理由で鑑賞。 序盤でジャックが、イニスに「ひつじを撃って食べちゃおう」って誘った場面を見た瞬間、「ジャックがウケで、イニスがセメだな」と直感で分かりました。ルールを破ることをそそのかす、まるでそれはアダムとイブのイブのよう。ゲイはどちらも男だけれど、やはり男役を受け持つ側と女役を受け持つ側がある。ジャックはあきらかに女のほうだと思った。 その後テントで初メイクラブのときも、最初はジャックから襲いかかったものの、すぐさまジャックがウケの態勢に・・・やはり直感どおり。 さてそんな目線(ジャック=女、イニス=男)でこの映画を見ていくと、まことに男女の恋愛そのものである。 ジャックの言動を見ていれば、まるで女そのものだ。 世間体とか気にしないで「一緒に農場やろ!」って無邪気に何度も誘うところといい、イニスが離婚したとわかったら車すっとばしてかけつけて「引越し先さがしてきたよぉ~!」ってニコニコうれしさ200%な表情を見せるところといい、イニスとなかなか会えないことを愚痴って「アタシ、もっと一緒にイチャコラしたいっ!」ってキ~ってなるところといい、イニスに冷たくされて帰りの車でクスンクスン泣いてそのあと誰でもいいから抱かれたいってなって路上の男を拾って抱かれるとことといい、いやまさにジャックの女っぷりがその女そのものな微妙な表情の演技によって痛いほど伝わる。 一方イニスはまさに男であり、いかにも女な感情的なジャックに対して、無口なくせに実はツンデレな男を見事に演じきってくれた。 私の中では、同性愛映画というと、どちらかといえば「モーリス」や「アナザーカントリー」のように、登場人物のイケメン俳優がからむ場面で萌えとか、そういう需要のためにあるというイメージだった。しかしこの映画は、そんな既成概念をふっとばすような、内容ありきな、すばらしい映画だったと思う。 この時代におけるゲイに対する偏見が、不倫という障壁と共にふたりの前にたちはだかり、「そんなの気にしないモン!」っていう無邪気なジャックと「いやそれやっぱむりでしょ」という現実主義のイニスの、お互いへの想いは本音であっても、どこまでも交われない平行線の建前が、心をしめつける。そう、この映画は男女のロマンス映画では描ききれない、ゲイだからこその苦悩を、それぞれの妻、あるいは恋人、仕事先、実家の家族・・・あらゆる関係者を巻き込んで、これでもかこれでもかという勢いで、完全に描ききった作品なのだ。 それを証拠に、この映画の受賞歴はおびただしい数。ゴールデングローブ賞作品賞、監督賞、脚本賞、アカデミー賞でも脚色賞、監督賞・・・やはりこの映画、だたのゲイ映画というククリでは終わらない、深いものを持っていることは確実。 ところでジェイク好きでジェイクのいろいろな作品を見てきた私の意見だが、ジェイクがイニスを見つめるときの色っぽい目つき、これ、女優相手の普通のラブシーンで見せてきた演技のどれよりも色っぽい。その他にも、イニスがらみで見せる、いろいろなシチュエーションでの喜怒哀楽やそれがにじみでるようなとても繊細で美妙な表情・・・すべてが色っぽい。ゲイの女サイド・・・という立場を演じているから、特に意識しているからだと思うけれど、とにかくイニスがらみで見せる表情がドキドキすぎて、ジェイク出演作品の中で一番ジェイクの”艶”が出せている作品だと思う。[CS・衛星(字幕)] 9点(2018-07-25 17:36:17)《改行有》

73.  日の名残り 《ネタバレ》 ニュアンス。そう、ただひたすら、ニュアンス。英国のお屋敷の、執事やメイドたちがあくせく働く姿、お金持ちたちの晩餐風景、だだっぴろい生垣迷路のお庭でのあれやこれや・・・。 ストーリーは ”仕事人間だけどプライベートはぶきっちょな執事と、感情的で我が強いメイド長が、惹かれあってるかんじだけど、コクれなくって、お互いに何も起きずに終わるお話” にすぎないが、その不完全燃焼なストーリーを2時間近くかけて消化させるために、上記の<ニュアンス>場面が延々と続く。 ご主人がナチ寄りだとか、お屋敷にアメリカ人が住むことになったとか、ヒューグラントがパパラッチだとか(ちょい違う)いろんなエピソードを盛り込んだところで、「いやいやそういうことじゃなくって、二人の恋愛にもっとグリップしろや!」と机をドンドンっとたたきたくなるわけである。 二人が惹かれあう理由がそもそも、そういう<英国ニュアンス>場面に尺をとってるせいで、描ききれていないところも問題だ。 執事が、感情を殺して仕事に専念し、見事な采配ぶりを見せるという姿はアッパレではある。 サイボーグアイドルのようにスキャンダルはいっさい起こさず見事にアイドルを貫いたAKB48まゆゆが引退後に 「いろいろなことが起きるからいちいち感情を動かしていたら身がもたなくなる。10代の頃に感情は捨てた」と言っていたが、つまり仕事を完璧にこなす人間は私情だの感情だのにふりまわされないこそ、そうあれるのだろう。 だからといっても、執事とメイド長が惹かれあう理由を描ききれておらず、説得力にかけることの言い訳にはなるまいぞ。 二人が再会し、そして永遠に別れるバス乗り場での場面も、エマが顔をシワッシワにさせて泣きじゃくってはいるものの「ん~なんでそこまで泣ける?そこまで好きになれる?」って、心がゆれることはなかったですよ。 それで悶々としたあとに切り替わった最後の場面では、お屋敷の暖炉にハトが飛びこんできちゃったので、執事とアメリカ人が一生懸命外に出そうとして、ワタワタする様子が描かれている。そしてハトは無事、屋外へ。めでたしめでたし・・・the end。 ・・・って、ぜんぜんめでたくないわっ! 何が言いたいのかサッパリ。屋敷に入ってきたハトみたいに、キョトンとした顔をするしかないではないか。[CS・衛星(字幕)] 4点(2018-07-14 20:33:45)《改行有》

74.  きみに読む物語 《ネタバレ》 ええいっ、なまぬるい!なまぬるいにもホドがある! 恋愛映画では、思い合う二人は運命によって引き離されなくては、味わい深くないのだぞ! 十歩譲って、もし結ばれるとしても、いったん引き裂かれたうえで、老後に結ばれる形ならまだ許せる。(そういう映画をいくつか知ってるがネタバレになるのであえて伏せておく) あるいはどうしても、二人を結ばせたいなら、コメディ要素を入れれば許せる(ようは軽いノリならご都合主義で調子のいい結末でもOK) だがなんだこの映画! 私はてっきり、アリーとノアはお互いを激しく愛しながらも、不本意ながらセカンドベストな現段階のパートナーとそれぞれ一緒になったのかと思っていましたよ。 そして、夫も死んで老人になったアリーが施設に入り、一方ノアは、そこまで身寄りがないわけじゃないのに、彼女が施設にいることを知って、たとえ痴呆にかかっていても彼女のそばにいたいたという理由だけであの施設に入所して、”朗読係”のふりをして、これまで彼女といっしょに過ごせなかった人生を取り戻すべく、彼女のそばに寄り添っているのかと思いましたよ、ええ。 あの施設に入れば、もはや今となっては誰にも干渉されることなく、若い頃みたいに二人きりになれると、たとえ痴呆でもいいからと、そんな切ない理由で、ノアは入所していたのだと思いましたよ。それなら全然感動的ですよ。 でも結局これ、二人は結婚できちゃったってことですよね?え?なにその安定しちゃって全く色気のないトーリー。 アリーは婚約者の気持ちをボロボロにさせ、父母をガッカリさせ、ノアは彼の気持ちに寄り添ってくれていた未亡人をサクっと捨てて、二人そろってジコチュウ全開で一緒になったっことですよね!?!?!? なにそれ全然感動的じゃないんですけど!!! 自分達の好き放題やってきて、まわりを泣かせてワガママ貫いて、真実の愛だなんだとわめきちらして。 そして最後の最後で「いっしょに死にたい!」だと?アリーがそう言えばノアはノアで「私達なら奇跡を起こせる!」だと!? ほんとこのふたり、中2病ですか?なにさまですか?さっさと死んでこい。(死んだけど)[CS・衛星(字幕)] 1点(2018-07-05 12:39:50)(良:1票) 《改行有》

75.  マッチポイント 《ネタバレ》 非常に後味の悪い作品。 クリスも、最初は手堅いテニスがうまくて誠実そうなイケメンだと思っていたのに保身保身・・で最後は人殺しまでしちゃうし、その嫁も、品のいいお嬢様かと思いきや 金持ちなパパの力をチラつかせてどこまでも強気でクリスを「さぁ子作りよ」と追い詰め、ようやく出産したら「次は女の子よ」ってせっついてくるようなカワイゲのない女だし、ノラも妊娠してしまえば当初の神秘的な魔性の女から一転、「おくさんとわかれてよー!」と、よくあるパターンで騒ぎ立てるやかましいねーちゃんに成り下がるし、後半になればなるほど、誰一人メインキャラに感情移入して「がんばれよ!」って言いたい人物がいなくなっていくという、ガッカリな展開だ。 個人的には前半のあの、クリスとノラの駆け引きで盛り上がってからの、二人によるこれまでの婚外交際を描いたどの作品にもないような意外な展開でのハッピーエンドを期待していたのだけど。 飲食店でノラとクリスが語り合っている場面で、ノラが「男は私に夢中になるの」「私は特別な女なの」「後悔させないわ」とノタまった場面では思わず「確かにその通りだけどそれを自分で言っちゃうとかスゴイな」ってクスって笑ってしまったが、クリスもそれを利いて苦笑いしていたので、「うわ一緒に笑っちまったw」って、普通に面白かった。 クリスが何かにつけて嫁の目を盗んで彼女に電話したり会ったりするコソコソ感とか、その時の複雑な表情とか、「ひょっとしてジョナサン・リース=マイヤーズ自身、こういう経験あるんじゃないの?」って思うくらい演技が秀逸で、食い入るように彼の動きにみとれもした。 それだけに後半のグダグダサスペンス(警察のツメ甘すぎ)には、しらけてしまったし、メインキャスト総悪役化というビックリなシナリオにもガッカリさせられた。[CS・衛星(字幕)] 1点(2018-07-04 15:43:33)《改行有》

76.  セブンティーン・アゲイン 《ネタバレ》 ザックエフロンが好きだから見た。 結論からいえば、ザックエフロンだから最後まで見れたw 舞台がハイスクールということで、いやというほど見てきたザックの「ハイスクールムービー」シリーズを見ているようで食傷気味だし、出てくる高校生のキャラといい先生といい、なにもかもが”型”どおりで、目新しいものは感じられない。 さらに言えば、ザック推しとしては、中年になった父親が、まったく違う俳優が演じている(あきらかに魅力のなさげなサエない顔と体型の男)時点でアウト。 せっかくのラストシーンも、中年のドラマ俳優と女優の、陳腐な再会場面のようだ。 ザックに特殊メイクなりCG加工を施して、体も増量でなんとかして、ザック自身が父親役を演じてほしかった。それがそうにならなかったのは予算の問題なのか。 いくらなんでも”冴えないオヤジ”を演出するためといったって、あれだけのイケメンなザックが、ここまでしょぼくれた冴えない顔になるか?って、素直に受け止められない内容である。 内容アウト、ザックの数十年後の表現方法もアウト。2点は、ザックが出ていたから加点されたもので、ザックが出てなかったら0点である。[CS・衛星(字幕)] 2点(2018-07-03 13:23:54)《改行有》

77.  スリー・ビルボード 《ネタバレ》 個人的に「月に囚われた男」で1人芝居かつ1人二役をやってのけたサムロックウェルが好きだったので、この映画で彼がアカデミー賞の助演男優賞をとったこともうれしく期待値高め設定で鑑賞。 結論からいえば「そうだね、うん、サムロックウェルの名演技が見れてよかったよ」程度の映画である。 特にサムロックウェルが、ヤケドして入院した病室で、窓から突き落とした男にオレンジジュースをおごってもらってシクシクするところは印象的だった。 でもそれ以外に何かグっとくるものがあるかといえば特になく期待値を大きく下回った。 イライラしている人たちをこれでもかこれでもかと見せ付けられて、胃もたれするな映画。上映時間の8割はイライラしてる人たちのイライラしてる場面ばっかりである。 「広告出したのはオメーか!」 「ホモはむかつくんだよー!」 「このウサギの置物ぶっこわしたるわ!」 「車かしてくんないならいいわよ!」 「あの娘、くさいわね!」・・・・ 見てるこっちも 「さっきからイライラしてる人間ばっかで、いい加減飽きるわ!」となり、オチのフワっとした終わりかたに「もっとエッジはっきりさせぇやゴルァア!」 ってイライラする映画だった。[CS・衛星(字幕)] 2点(2018-06-29 20:52:18)《改行有》

78.  シェイプ・オブ・ウォーター 《ネタバレ》 半魚人という極秘実験動物が置かれた実験室に、なんのセキュリティチェックもなく、警備員ひとりなく、掃除婦がヒルメシ食べに気軽に入れて、半魚人にユデタマゴをおすそわけできるという、ゆる~い環境にまず萎えた。 ソ連のスパイの科学者が、半魚人を逃がすとき、「これを水に混ぜてだな、これくらい割合の塩分で満たしてだな・・・」と、細かく保存水の作りかたを教えていたのに、掃除婦はバスルームの水を出しっぱなしにしてバスルームを水で満たして半魚人とイチャイチャ遊ぶことに夢中で、水の量が増えた分の塩分割合とか全然考えてなかったり、かと思えば「なんか元気ない!そうだ!塩いれよう!」ってクッキングソルトを目分量でドバドバいれるという、半魚人の彼氏に超テキトーで雑な扱いをするもんだから「おいおい、そこに愛はあるんか!」とツッコミをいれたくなり、さらに萎えた。 (んな雑な扱いするから、彼氏のウロコがハゲまくるんだよ・・ったく) とりあえず、エロ・グロ・ファンタジー・ミュージカルスパイものロマンス映画というゴタマゼ作品で観客をビビらせた勢いでアカデミー賞の作品賞をかっさらう手法が通じるのはこれが最初で最後であろう。 ・・・にしても、サリーホーキンスの全裸&オナシーンって誰トクなん(笑)[CS・衛星(字幕)] 1点(2018-06-28 15:58:56)《改行有》

79.  恋におちて 《ネタバレ》 私は、<子供のいない妻>の不倫作品がダイッキライである。 なぜなら、そこに何の苦悩も生まれないからだ。 不倫映画はあまた見てきたが、妻側に子供がいないというのは”逃げの設定”だと断言する。それは軟弱者の設定だと、はっきり言わせていただく。 男は女より母性が薄い。だから夫が妻や子供を捨てることは夫という人物の性格を多少マイナス評価にさせても、そこまで下がることはない。(子供や妻はかわいそうだが、子供にとっては絆の深い母との生活は充足したものになるものだ) しかし妻が、夫はさておき、子供を捨てることになるような不倫に走るというのは、母性の欠落、母より女という選択、となり、それはヒトとしてアウトになる。 母性不足のアウトなヒロインは、なかなか、まっとうなキャラとしては描きがたい。 だから子供を傷つけるという代償を払わないですむ、”子ナシの妻”を簡単に採用する。このヒネリのない設定が断じて許せない。 この映画にしても、メリルには子供がいない。日本の作品だが「失楽園」といい「昼顔」といい、ヒロインに子供がいない。だから、ヒロインは母という責任を背負いません。なんてイージーで、なんてずるい設定だ。 それでも世間には、”子ありの妻”という難解な設定に力強く挑んだ、優れた映画がある。 私は「マディソン郡の橋」は、子供のある妻の苦悩と最後の選択に、わたしは激しくこころ揺さぶられ、あの助手席のドアをあけようかどうしようか迷ってあけられなかった場面で号泣した。 「ピアノ・レッスン」では、子供のある妻自身がまるで子供のように、自分の子供を不倫のメッセンジャーとしてパシリに使い、ときに子供に「こんなことしたらだめよ」と諭されながらも、本能に従い欲望に向かって突進するという、いかにも芸術家的な気質に、圧倒された。 だから、この映画は何も胸を打たない。 そもそも、なんでメリルの友達もロバートの友達も、どっちも不倫やってて、「不倫いいよ~やってみぃ~」ってそそのかし役になってるんだ。 理由はわかっている。 メリルとロバートが惹かれあう理由がとぼしいからだ。 「ピアノレッスン」のように既婚者側のパートナーに、決定打的な、婚姻生活崩壊の原因があったとわけでもない。 「マディソン郡の橋」のように既婚者側が胸に秘めていた夢や備えている知性を理解してくれた男に出会えたというわけでもない。 普通にやってれば普通に続けられたそれなりの婚姻生活を、特に惹かれあうところもなさげな二人が、婚姻生活を終了させてまで付き合う相手なのか?さっぱり説得力がない。(そして、妻側は子なしという”逃げの設定”というオマケつき) この映画を楽しむとしたら、不倫のうしろめたさに葛藤するときのメリルの表情と、カレに会うための服のコーデを時間かけて選んでいてワクワクしているメリルの表情と、カレとついにベッドで抱き合って恍惚の顔をしてるメリル表情くらい。 でもそれを見たいなら「マディソン郡の橋」でも同じものが見られるので、そっちを見ればいいじゃんということに。[CS・衛星(字幕)] 0点(2018-05-19 13:53:51)《改行有》

80.  ゆりかごを揺らす手 《ネタバレ》 ソロモンの冒頭からの登場によって、彼が最後に救うであろうことが読めてしまうことは、まったく問題ではない。 クレアが行きずりのペイトンをすんなり乳母にさせてしまうことも、まったく問題ではない。 なぜなら「ゆりかごを揺らす手」は、ペイトンによる”お手紙ビリビリ工作”、”マリーンのライターで浮気工作”、”お誕生日サプライズの場で赤っ恥工作”、”ソロモンの工具いれにオパンチュ工作”、”吸入器の中身ヌキヌキ工作”といった、陰湿さの湿度が非常に高い楽しいシークエンスをひたすらただ楽しむことに尽きる作品だからだ。 特にクレアの性格設定はきちんとできている。 「乳母って信用できないわ」といいつつ、3歩歩いたらモノを忘れるニワトリのように、道で出会った女性を乳母として家に入れてしまうヌケ感がきちんと描かれているからだ。 命にかかわるくらい大事な吸引器も、家のあちゃこちゃの引き出しに、乱雑な中身の間にテキトーに放り込んであるだけのヌケ感がきちんと描かれているからだ。(容量の残りの確認もこれでは把握しずらいだろうに) 子供をペイトンにまかせっきりで、自分は庭のお手入れや植物園でのボランティアに精を出し、3人でいるときさえ赤ん坊にかまわないのも、彼女が親として、子供を敵(ペイトン)から守ることがまともにできない、頼りない女であることを、しっかりと描きこんでいる。 だからこそ、産婦人科医はセクハラの相手としてクレアをターゲットにしたというプロットにも説得力が生まれる。 電車内でチカンでも、”しっかりしていない”、”甘い”・・・といったオーラが出ている女性ほど、チカンの対象にされやすいが、まさにクレアがそのタイプだろう。 ペイトンの工作にも、まんまと次々とひっかかっていく単細胞っぷりをひたすら楽しむ。それが鑑賞者のたしなみだと言っても過言ではない。 最後にペイトンが、それまでの地味な陰湿工作に反して、力技でカタをつけようとする姿勢についても、違和感はない。 手紙ビリビリ工作を植物園のトイレで行った際、ビリビリしながら次第にブチギレで、トイレのバッコンで壁やドアをメッタメタにし、バッコンのさきっちょが吹っ飛ぶほどたたきまくっていた様子から見て、ペイトンは <ホントは力技でクレアをこの世から抹殺したかったが、グっとこらえて、工作活動に専念していた> ということがありあまるほど分かる。本来は力技でいきたかったペイトン。 ペイトンが、温室の屋根を開けてクレアを抹殺しようとしたり、最後にクレアを屋根裏で叩き殺そうとするといった、力技を行使するときは <窮地に立たされて、ワレを忘れた時> であることもポイントだ。すなわち温室作戦のときは、家族が自分だけ置き去りにして旅行に出て自分の処遇を勝手に話し合われてしまうと知ったとき、屋根裏作戦のときは、クレアが自分がモット夫人であることを知ってしまい追い出されてニッチもサッチもいかなくなったときである。 力技で来た敵には力技しかないわけで、クレアがペイトンを窓から吹っ飛ばしたプロットについても、特に意義はない。 最後にひとつ。 ソロモンが、柵を立てててくれるように頼まれたときに一家にたずねたセリフ 「それは、家の人が外に出ないようにですか?それとも外の人が家に入らないようにですか?」 は、実に絶妙である。 実際ペイトンにトドメを刺したその柵は ★家の人が外に出ないようにする→ ペイトンに家庭を乗っ取られて、クレアが家を出るハメにならないようにする ★外の人が家に入らないようにする→ペイトンが家庭を乗っ取って、自分の家にしてしまわないようにする という意味で、非常に有効な働きをしたからだ。 ソロモンの質問に対して、笑いながらクレアが「どっちもよ」と答えたが、ソロモンに功労賞を送るなら、ギア付きの自転車どころか、ブリジストンの20万くらいする電動機付き自転車をあげないといけないくらいだね。[CS・衛星(字幕)] 7点(2018-04-14 09:53:24)《改行有》

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