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プロフィール
コメント数 1274
性別 男性
年齢 43歳
自己紹介 嫁・子供・犬と都内に住んでいます。職業は公認会計士です。
ちょっと前までは仕事がヒマで、趣味に多くの時間を使えていたのですが、最近は景気が回復しているのか驚くほど仕事が増えており、映画を見られなくなってきています。
程々に稼いで程々に遊べる生活を愛する私にとっては過酷な日々となっていますが、そんな中でも細々とレビューを続けていきたいと思います。

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121.  オールド・ボーイ(2013) 《ネタバレ》 ハリウッド版ということで独自アレンジが多く入るのかと思っていたのですが、意外なことにパク・チャヌク版のあらすじを極力変えないという方針で制作されています。改変が入ったのは、オリジナルのままでいくとあまりに無理がありすぎるという部分のみ。例えば、成長の過程を見ていないとは言え、主人公が目の前の女性を自分の娘として認識できないことは不自然。よって本作では監禁開始時の娘の年齢を引き下げ(4歳→3歳)、一方で監禁期間を延長(15年→20年)、主人公は娘の誕生日会にも出ないほど子育てに無関心だったという設定に変更し(オリジナルは子煩悩)、さらには別人を娘だと信じ込ませるための仕掛けを加えて、オリジナルでもっとも不自然だった部分をうまくカバーしています。こうした改変が功を奏して随分と見やすい作品になったという点で、リメイクの価値はあったと思います。 ぎらついた存在感にボテ腹というジョックスの成れの果てのような監禁前の姿から、禅の僧侶のような落ち着きとビルドアップされた肉体を見せる監禁後まで、振れ幅の広い役柄をジョシュ・ブローリンは見事に演じています。彼の演技や肉体の説得力が非現実的な物語に血を通わせており、その熱演は作品にきっちりと貢献しています。当初主演に予定されていたウィル・スミスが果たしてここまで出来たかどうかには疑問の余地があり、ブローリンという人選は的確だったと思います。 オリジナルにあった訳のわからんアクの強さは随分と薄まったものの、コンパクトで見やすい作品となったことで、これはこれで支持できるリメイクとして仕上がっています。[インターネット(字幕)] 7点(2016-10-13 20:05:32)《改行有》

122.  ジェイソン・ボーン 《ネタバレ》 IMAXにて鑑賞。 『アルティメイタム』で綺麗に終わった話をどうやって再開するのかという点が鑑賞前の不安だったのですが、案の定、完成した作品は語るべき物語を見失って迷走していました。ジェイソン・ボーンのアイデンティティを探る話はまだまだ続くのですが、シリーズ継続のために捻り出された後付けの設定があまりにご都合主義的なので醒めてしまいます。『24』もそうでしたが、エージェントもので実は父親も陰謀に関わっていたという話を出し始めると、いよいよお終いですね。 国家が作り出した殺し屋というものを見たことがある人はほとんどいないため果たしてそれがリアルなのかどうかは分からないが、少なくとも「殺し屋とは、きっとこんな感じなんだろう」と思わせるような説得力ある描写こそがボーン3部作の魅力でした。地下鉄を脱線させろとか、大爆発を起こせとか言ってくるスタジオと喧嘩しながら堅実な作風を守ったダグ・リーマンが本シリーズの基本路線を作り、ポール・グリーングラスがそのスタイルを継承発展させることでボーン3部作は本物志向のアクション映画の太祖となったのですが、一転して本作は『ボーン・アイデンティティ』が登場する前の単純な爆破アクションに先祖返りしています。観客を楽しませたいというサービス精神は理解できるものの、ド派手になりすぎた見せ場にはもはや生身の人間が闘っているという感覚が残っておらず、見せ場が派手になればなるほど手に汗握らなくなるというアクション映画の典型的な衰退サイクルに入っています。クライマックスのカーチェイスなどは『ワイルド・スピード』の新作のような有様であり、本シリーズのファンが求める見せ場からはかけ離れています。そういえば、『ボーン・レガシー』続編の監督にジャスティン・リンが起用されたという話が一時期ありましたが、結果的にボツとなったその企画で考えられていたカーチェイスがそのまんま本作に流用されたのではないか。そんな邪推を生むほど、クライマックスのカーチェイスはシリーズ全体の雰囲気から浮いていました。 見せ場のインフレとともにジェイソン・ボーンはさらに超人化。パンチ一発で格闘家を気絶させるほどの格闘スキルに、プロのレーサーをも超える反射神経とドライビングテクニック、スリのような小手先の技に、電気配線に細工をする技術と、もはや何屋さんなのか分からないほどの多才ぶりを披露します。殺し屋みたいな潰しの利かない職業なんかにはつかず、何かひとつでも特技を極めていればその道で食えていたんじゃないかと思うほどの器用さであり、その多才ぶりゆえに殺し屋というそもそもの設定が没却してしまっています。これもやりすぎでした。 また、敵エージェントとの関係も変質しています。悪いのはラングレーのオフィスにいる上層部であり、現場のエージェントはただその指示に従っているのみ。命を狙われてもボーンは敵エージェントを恨んでいないし、殺し合いを演じつつも互いに敬意を払い合うエージェント同士の武士道のような関係性こそが本シリーズの熱さに繋がっていました。また、そうしたエージェント達の姿がエンディング曲”Extreme Ways”の歌詞と見事にシンクロしていたのですが、一方本作のエージェントは私怨剥き出しでボーンに襲いかかってくるため、戦いの意味合いがかなり変わっています。私としては、従前のエージェント達のプロフェッショナル道が好きだったため、この変更を良いとは思いませんでした。 国家によるSNSの監視や諜報機関OBによる機密情報漏洩などの時事ネタを出してきているものの、こちらもジェイソン・ボーンの物語とはうまく絡んでいなくて不発に終わっています。アクション映画としては及第点ではあるものの、待ち望まれた『ボーン・アルティメイタム』の続編としては期待外れな出来だったと言えます。[映画館(字幕)] 5点(2016-10-08 03:16:49)(良:2票) 《改行有》

123.  [リミット] 舞台は棺桶、映る役者は一人のみと極限にまで切り詰められたシチュエーションにありながら、よくぞ90分やりきったものだと感心しました。この手の映画では外部の様子を写したり、回想場面を挿入したりといったインチキをされることも少なくないのですが、本作は本当に棺桶の中だけで全編を完結させているのです。この監督のストイックさには恐れ入りました。 ただし映画としての面白さはまた別の話で、素材の新規性への関心が薄れる30分過ぎ辺りから猛烈に退屈しました。やはり、視覚的な動きのない状況で映画を90分もたせるという試み自体に無理があったように感じます。また、登場人物と観客の両方に頭を使わせることがソリッドシチュエーションスリラーの醍醐味だと思うのですが、本作はそもそもそういった方向性で話が作られていないこともマイナスでした。誘拐犯の目的と正体はすぐに判明することから謎解きの楽しみはないし、主人公に脱出のための打ち手が残されておらずただ救援を待つのみであることから犯人との知恵比べもなく、さらにはほぼ交渉の余地のない犯人であることから加害者と被害者との間の駆け引きもありません。さらには、主人公の手元にあるアイテムが邦題に反してノーリミットであり、携帯のバッテリーやジッポのオイルが異常に長持ちで、棺桶内の酸素が底を尽くこともなく、タイムリミットサスペンスとしての山も作れていません。[インターネット(字幕)] 4点(2016-10-07 15:43:31)《改行有》

124.  完全なる報復 《ネタバレ》 『リベリオン』で中学生感覚溢れるフレッシュな感性を炸裂させたカート・ウィマーによる脚本作品ですが、当初監督に予定されていたフランク・ダラボンが手を加えたり、サスペンスアクションの分野で高名なデヴィッド・エアーが手直しをしたりと一流脚本家達による品質チェックを受けたことで、従来のウィマー作品とは毛色の違う大人の社会派サスペンスとしての体裁が整えられています。観客の先読みのさらに上を行く意外性ある展開で楽しませてくれるし、司法取引により正義の執行が妨げられているのではないかという問題提起にも深みがあり、娯楽性と社会性が絶妙なバランスでブレンドされた良作と言えます。あくまで前半部分に限った話ですが。 後半部分に入ると、一転していつものウィアー節に戻るのでガッカリさせられます。具体的にはシェルトンが独房に入って以降の展開なのですが、ロボットによる銃乱射+とどめのロケットランチャー炸裂や、検事達が乗車する車両の一斉爆破など見せ場はやりすぎの領域に到達し、さらには「シェルトンは政府の汚れ仕事の請負業者であり、良い仕事をすることで知られた暗殺者だった」というB級アクションならば燃えるのだが、社会派サスペンスでやられると笑ってしまうような中学生感覚溢れる設定が追加され、前半とはまるでテンションの違う作品へと変貌するのです。原題”Law Abiding Citizen(法を守る市民)”からの逸脱は甚だしく、さらには司法取引に係る問題提起もここで完全に途切れてしまい、これは一体何の映画だったのかが分からなくなってしまいます。一応は社会派サスペンスなのだから、観客がリアリティを感じられる領域に物語を留めておく必要はあったと思います。 ミステリーとして見てもイマイチで、中盤にて「シェルトンには外部協力者がいる」というネタふりがあるのだから、観客も一緒にその外部協力者を探すよう仕向ける演出をすべきだったのに、この点を軽く扱ったがために「シェルトンは夜な夜な刑務所の外へ出てテロの仕込みをしていた」という大オチが観客にとってのサプライズとして機能しておらず、それどころか「さすがにムリがありすぎて説得力がない」と作品の弱点にすらなっています。だいたい、暗殺の請負業者だったシェルトンがおかしくなって収監されたとなれば政府は彼を24時間の監視下に置くはずだし、あれだけの死者を出せば外部協力者への連絡手段があることを疑われて独房内の捜索を受けることも容易に想定されます。そんな前提条件があるにも関わらず、一度でも独房を調べられればアウトという計画を実行に移したシェルトンは、切れ者の暗殺者どころか運任せの愚か者にしか見えません。 また、シェルトンの人物造形も不安定です。観客に同情心を持って見て欲しい悪人なのか、完全にぶっ飛んだ異常者なのかが定まっておらず、観客としてはこの人物をどういう目で見ればいいのかが分からないのです。少なくとも前半部分では前者の性格を持つキャラクターとして描かれていたのですが、自身の計画遂行のため同じ房にいた囚人(さほど悪そうには見えない)を殺したあたりから、”やむにやまれぬ事情で悪に手を染めた人”ではなくなっていきます。中盤以降に彼がターゲットとした人物達は家族の不幸との関係性がかなり薄く、この人たちがなぜ殺されたのかが心情的にピンとこないことからも、目の前のドラマに感情が寄り添えなくなりました。[インターネット(字幕)] 4点(2016-09-23 18:25:57)《改行有》

125.  レッドクリフ Part II ―未来への最終決戦― 三国志の知識は皆無な状態での鑑賞ですが、本作冒頭には懇切丁寧な説明が付属しており、原作に対する理解どころかPART1の鑑賞すらしていなくても本編を理解可能という優しすぎる仕様となっています。洋画の興行成績低迷に老舗配給会社が対応できない中、多くの観客を取り込むための工夫をして驚異的な売り上げを叩き出した新参者・エイベックスの丁寧な仕事が光ります。 そんなエイベックスの頑張りとは裏腹に、肝心の映画は実に残念な仕上がり。憧れの小喬に茶をふるまわれただけでのぼせ上がり、軍隊の指揮が疎かになる曹操だったり、尚香に敵陣をスパイさせて疫病の蔓延を事前に知っていたにも関わらず、向こう岸から流された死体を引き上げて自陣営にも疫病を入れてしまう諸葛亮だったり、尚香と親しくなった瞬間に死亡フラグがぶっ刺さった後、誰もが予想したタイミングで死ぬ蹴鞠君だったり、「敵を欺くにはまず味方から」を実践しすぎて良い人なんだか悪い人なんだかよくわからなくなってきた劉備だったりと、とにかく全員ガッカリな行動が多くて萎えます。キャラクター劇として上々の仕上がりだったPART1に対して、本作は各キャラクターの動かし方が全然ダメです。 肝心の戦闘場面もイマイチです。曹操陣営の水軍を撃破した後、孫権陣営は曹操の陸軍との戦闘に入るのですが、そもそも人数の少ない孫権軍が、無数の矢が飛び交う古代のオマハビーチにロクな策もなく突っ込んでいってどんどん消耗していく様はバカにしか見えませんでした。両陣営の戦力差を考えると、数で圧倒する曹操軍が力押しで攻め、人材リソースを無駄にできない孫権軍が矢を使った効率的な攻撃を仕掛けるという動きとすべきところなのですが(そのために中盤で矢を調達したんでしょうが)、その逆をやってしまったがために戦闘場面全体から説得力が失われています。[ブルーレイ(字幕)] 4点(2016-09-21 20:06:25)(良:1票) 《改行有》

126.  レッドクリフ Part I お恥ずかしいことに三国志の知識は皆無に近く、国名と主要登場人物の名前を知っている程度での鑑賞です。物語の基礎知識を持たない状況での鑑賞には不安があったのですが、その点、国内での配給を担当したエイベックスは懇切丁寧な説明を冒頭にくっつけたり、場面転換の度に登場人物の名前と役職名をテロップ表示してくれたりといった親切設計で対応しており、一見さんにも問題ない鑑賞環境が整えられていたことは有難かったです。本作が劇場公開されたのは洋画に観客が入らなくなり始めた時期でしたが、そんな中で一般客をどうやって呼び込むかという点に配給会社が気を配り、結果として興行的に大成功を収めたのだから見事なものです。 有名な歴史ものには後世での自由奔放な脚色が含まれていることが常であり、これを素直に実写化すると「ありえねぇ」の連続となり(例『300/スリーハンドレッド』)、かといって説明可能な形にまとめようとすると「古典の面白さを台無しにした」とケチをつけられ(例『トロイ』『エクソダス』)、なかなかサジ加減が難しい素材だと言えます。そんな中で本作は基本的に”素直に実写化”路線に向いているのですが、かといって完全な歴史ファンタジーの領域に足を踏み込むこともなく、「昔、こういう戦争がありました」という歴史活劇として一定のルックスを作り上げることに成功しています。劉備軍の将軍たちはまさに一騎当千の活躍を見せるものの、物理的にまったくありえないというレベルに突入する手前のギリギリの描写で踏みとどまっており、生身の人間が戦っているという感覚を残せているのです。この辺りの演出は素晴らしかったと思います。 また、配役も絶妙なものでした。劉備軍の将軍たちの個性豊かすぎるルックスの再現度は高いし、超人的な頭脳を持つ諸葛孔明役にキャスティングされた金城武は、その浮世離れした個性により役柄に説得力を与えています。また、絶世の美女とされる小喬のキャスティングにも困難性が伴ったと考えられますが(見る人によって美醜の基準は異なるため、「誰の目にも絶世の美女として映る人」というキャスティングはかなり難しい)、そこに女優経験のないモデルのリン・チーリンを持ってきた判断も神がかっています。こちらもまた、国を動かすほどの超絶美女にきちんと見えているのです。また、彼女については難しい演技を要求される場面がなく、経験の少なさゆえのボロを出さずに済むよう脚本や演出レベルでも調整がとれています。 以上、本作のルックスは素晴らしいのですが、肝心のお話には面白みが感じられない点は残念でした。ジリ貧の劉備軍が、まだ戦禍に巻き込まれていない呉をどうやって同盟に引き入れるかが本作のスポットだと思うのですが、この交渉の困難な部分はどこにあって、どうやって呉を説得するのかという観客に対する情報の整理ができておらず、孔明と周瑜が弦楽器のセッションで意気投合したことで交渉が進み始めるという、なんとも面白みに欠ける展開となっています。弦楽器の件以外にも、馬の出産・虎狩り・牛泥棒などの面白みのないサイドストーリーの積み重ねにより本筋が進められていくため、中盤が本当に面白くありません。こうした中盤のグダグダの割を食ったのが孫権であり、これは優柔不断な孫権が為政者としての本分を発揮するまでの物語でもあったはずなのに、そこにあるべき感動が見事に失われています。熱い男を描かせれば天下一品だったジョン・ウーが男の成長ドラマでコケたことは意外でした。[映画館(字幕)] 6点(2016-09-21 20:05:48)(良:1票) 《改行有》

127.  LOOPER/ルーパー 《ネタバレ》 【1周目のタイムライン】何らかの理由で邪悪に育ったシドがレインメーカーを名乗って闇社会を掌握。過去にエイヴを送り込んでルーパー制度をスタートさせる→2周目へ 【2周目のタイムライン】エイヴが幼少期のジョーと出会い、ジョーがルーパーとなる。ヤングジョーは2044年にオールドジョーを処刑してループを閉じ、奥さんとの余生を楽しむが、2074年にレインメーカーの手下に奥さんを殺されたことで激怒。幼少期のレインメーカー殺害を目的として2044年へタイムスリップする→3周目へ 【3周目のタイムライン】処刑を生き延びたオールドジョーは2044年の世界で後のレインメーカーであるシド少年を探し始める。他方、ヤングジョーはオールドジョーに先駆けてシド少年と接触し、シドの人格形成に良い影響を与える。このタイムラインでは、恐らくシドはレインメーカーにならない。 ******************************************************************************** こうして書き出してみると、タイムパラドックスの処理はかなりいい加減です。平行世界の概念を採用するのであれば、未来からきたジョーが2044年で何をしたところで彼の生きるタイムラインは変わらず、レインメーカーのいない別のタイムラインが発生するだけなのですが、他方で過去の自分を傷つけられると同一タイムライン上にいる未来の自分も影響を受けるという描写があって、もうメチャクチャ。SFとしてはかなりの事故物件です。 ドラマ面においては、1周目のシドがいかなる理由でレインメーカーとなったのかが有耶無耶にされている点が問題であり(製作者のホンネとしては、オールドジョーに母親を殺害されたことがシドの人格形成に決定的な悪影響を与えたとしたかったのでしょうが、それでは理屈が通らなくなる)、因果の発端部分が曖昧であるためドラマの説得力が失われています。ルーパー制度の説明も強引であり、2074年の世界ではナノマシンが発達して殺人がほぼ不可能だから、殺したい人間を過去に送り込んで殺害させているということにはなっているものの、だったらオールドジョーの奥さん殺害は一体何だったんだとツッコミを入れたくなってしまいました。そんな感じで基本設定はかなりボロボロなのですが、その一方で妙に凝った設定も同時に存在しており(30年分のインフレを考慮してかルーパーへの報酬は貨幣ではなく金や銀で支払われている、時間軸への干渉を抑える目的でエイヴは地下の拠点で引きこもり生活を送っているetc…)、なんとも歪な作りの作品だという印象を受けました。 お話しはズバリ『ターミネーター』。ただし、カイル・リースに相当する役割を現在の主人公が、ターミネーターに相当する役割を未来から来た主人公が担うという点が本作の新機軸であり、この監督は突拍子もない話を思いついたものだと感心しました。ただし、若い自分と年老いた自分が対立するという一番面白くなりそうな点がさほど掘り下げられておらず、不完全燃焼に終わっています。例えば、ヤングジョーがシドを守ろうとしても、記憶を共有しているオールドジョーにことごとく先回りされてしまう等の展開を入れてもよかったと思うのですが、後半はただのジョゼフ・ゴードン=レヴィットvsブルース・ウィリスになってしまうので面白くありません。クライマックスにしても、暴力の連鎖を断ち切ることの難しさを描くのであれば、ヤングジョーも連鎖の一部にしなければならなかったと思います。ただの傍観者だったヤングジョーが死ぬことで問題解決では、ちょいとお手軽すぎるような気がします。[インターネット(字幕)] 4点(2016-09-12 21:36:53)(良:1票) 《改行有》

128.  ヴィジット 《ネタバレ》 『シックス・センス』の特大ホームランの反動からいまだ抜け出せておらず、新作リリースの度に観客や批評家から袋叩きにされるシャマラン。やまない批判に疲れたのか一時は雇われ監督に徹する方向性を模索したものの、『エアベンダー』と『アフターアース』が自前の企画をも超える批判を受けたことからその道も閉ざされ、製作・脚本・監督兼任というセルフ企画に出戻ってまいりました。ただし『レディ・イン・ザ・ウォーター』の15分の1、『アフターアース』の26分の1というローバジェットで製作されており、「要らん期待はなさらぬように!」とのシャマランの声が聞こえてきそうになります。 んで映画の内容ですが、これが抜群に面白く、製作規模を小さくして観客の期待値調整を図ったシャマランの戦略は吉と出たと言えます。そもそもシャマランの構成力や演出力は高いため、監督の能力がハッキリと現れる低予算映画ではその強みが十分に発揮されるのです。スリルとユーモアのバランスのとり方が絶妙であり、飛び上がりそうになるほど怖い場面の後では、全体の緊張感を壊さない程度のユーモアで観客を休ませるという緩急の付け方は名人芸の域に達しています。例えば床下のかくれんぼ。シャレにならん脅かし方で孫をドン引きさせたおばあちゃんが、「はっはっはっ、冗談よ冗談」なんて言っていつもの優しい表情に戻るのですが、後ろ姿を見ると半ケツ丸出しでまったくもって普通の状態ではないという、死ぬほど怖いんだけど笑うしかない演出は本当に見事なものでした。 もうひとつ特筆すべきは、明らかに異常なんだけど、場のメンバーが「良い祖父母と孫」を演じ続けることで辛うじて維持されている秩序がどこかで崩壊するのではないかという緩やかな恐怖が見事に演出されているという点です。かつてヒッチコックは、サプライズよりもサスペンスを重視するという旨の発言をしましたが、ヒッチコックを尊敬するシャマランもまた、異常者が暴れ回るというサプライズよりも、いつ異常者が本性を現すか分からないというサスペンスを作品の中心に置いているのです。結果、何気ない日常の光景にも緊張感が生まれ、観客は物語にグイグイと引き込まれることとなります。 一世を風靡したシャマランのどんでん返しも本作では健在です。ネタを明かされると「そりゃそうだよね」としかならないのですが、姉弟の母親と祖父母の間に普通ではないわだかまりがある様子であり、姉弟が彼らの秘密を探ろうとするという展開を入れることで、見事に真相を隠しているのです。観客をミスリードする技術についても、シャマランの腕前は鈍っていないようです。[インターネット(字幕)] 7点(2016-09-12 21:35:45)(良:1票) 《改行有》

129.  スーサイド・スクワッド 《ネタバレ》 IMAX 3Dにて鑑賞。3D効果を実感できる見せ場はほとんどなく、2Dで見ても大差ないと思います。 『マン・オブ・スティール』『バットマンvsスーパーマン』とシリアス路線で来ていたDCエクステンデッドユニバースですが、本作よりクリストファー・ノーランがプロデュースから外れたことの影響からか前2作品のような暗さはなくなり、けばけばしい原色系の色彩をベースとしたユーモラスな世界観が構築されています。タスクフォースXの面々が紹介される序盤の出来は素晴らしく、彼らがいかに優れた悪者であるかを手短に披露すると同時に、観客に対して各キャラクターへの愛着を抱かせるよう、彼らにも同情すべき背景があるという点もきっちりと描かれており(あくまで重くなりすぎない程度にですが)、本作の監督はなかなか有能だなと大いに期待させられます。序盤からバットマンの出し惜しみをしないというサービス精神にも嬉しくなりました。タスクフォースXが編成された理由についても、「スーパーマンを失った今、超常的な脅威に立ち向かう手段がなくなったから、それらしい連中で代用するしかない」と『バットマンvsスーパーマン』の展開を踏まえた上でのある程度合理的な説明がなされるので、変な疑問を抱かせられたりしません。なかなかよく出来ているのです。 ただし、面白いのは前半まで。いよいよミッションがスタートすると、「そういうことじゃなくて…」と首を傾げたくなるような方向へと進んでいきます。スーパーヴィランというわけでもなく一芸に秀でた犯罪者の集まりでしかないタスクフォースXと、大都市を余裕で破壊できる魔女・エンチャントレスでは戦力がまるで拮抗しておらず、どう見ても勝負になるレベルの敵ではないためかえってハラハラドキドキさせられないし、そもそもエンチャントレスの目的がなんだかよくわからないことも作品の温度感を下げています。また、中盤の居酒屋場面で人情話をしてしまったこともマイナスであり、この展開を挟んだことからタスクフォースXは不敵な犯罪者集団から情で動く仲良しグループに変質してしまいます。そのため、毒を以て毒を制すというそもそものコンセプトが失われてしまい、悪人ならではのダーティな戦いを見られなくなるため、これでは仮にジャスティスリーグが事にあたってもほぼ同じ顛末を迎えたのではないかと思います。 ジャレット・レト扮するジョーカーは、単体で見るとものすごく良いのですが、本編への絡ませ方が中途半端なので作品の面白さには貢献していません。ま、ジョーカーというキャラ自体が善でも悪でもなく秩序を乱す者という位置づけであるため、エンチャントレスによって無秩序状態にされた街に彼が登場したところで、何もやることはないわけです。だったらジョーカーなんぞ登場させなければよかったわけですが、『バットマンvsスーパーマン』同様に製作陣が欲張ってしまったがために、本来は不要な要素が加わってしまっているのです。[映画館(字幕)] 6点(2016-09-10 23:12:43)(良:2票) 《改行有》

130.  スティーブ・ジョブズ(2015) 私は新規事業立ち上げに当事者の一人として携わった経験があるのですが、人の話を聞いていると事業はまったく前に進みません。特に、今まで世になかった商品やサービスを開発し、供給により需要を生み出すというタイプのビジネスではあらゆる人からリスクばかりを指摘され、できない理由を朝から晩まで聞かされることとなるため、人の意見は聞かない、聞いても自分に都合よく解釈し、「成功するはずだ」と信じて一度決めた道をひた走るという資質が経営者には求められます。 本作で描かれるスティーブ・ジョブズは完璧なクソ野郎です。脚本を書いたアーロン・ソーキンは『ソーシャル・ネットワーク』と同様にカリスマ経営者の悪しき一面を描くことに関心を持っており、間違いなくジョブズに対する悪意をもった作品であると言えます。そのクソ野郎ぶりを眺めることが本作の一義的な楽しみ方だと思うのですが、それと同時に、ビジネスの世界で成功するためにはこれくらい極端な人格を持つ必要があるという勉強にもなります。自身のビジョンに絶対の自信を持ち他人の意見に左右されないこと、部下の事情など考えずにビジョンの実現のみにこだわること。凡人にとってここまで自分を貫き通すことは難しく、どこかで心が折れたり、目標や方法がブレたりするのですが、ベンチャーを成功させる経営者はメンタル面での圧倒的な強靭さを持っています。そして、経営者を間近で見ていると、そのような人物像は一種の才能であるかのように感じられます。 英語では才能をgiftと言い、神からの贈り物という含みがあります。劇中で相棒のウォズニアックから指摘される通り、ジョブズにはハードウェアを作る技術も、プログラムを書く技術もなく、後天的な努力をしてスキルを磨いてきた人物ではないのですが、他方で自身のビジョンを信じて突き進むという人格面での強靭さと、10年先20年先の社会を読んだ上で当たる商品コンセプトを思いつくという先天的な能力には恵まれており、まさに神からの授かりもので生きてきた人物だと言えます。人格面では最悪で多くの人から嫌われているものの、凡人がどれだけ努力しても身につけることができない才能を持っていることから、部下達は彼の元を離れることができません。努力で自分の価値を高めている秀才にとって天才とはズルくて憎たらしい存在なのですが、ジョブズとウォズニアックの関係はまさにそれを象徴しています。 作品は3部構成であり、それぞれ重要なプレゼン前のバックステージを舞台としており、膨大な量のセリフのみによって物語は進められていきます。そのような特殊な構成をとっているために視覚的にはやや単調なのですが、ジョブズという人物像がそもそも強烈である上にマイケル・ファスベンダーの熱演もあって、彼の最悪な発言を聞いているだけで2時間はもってしまいます。ただし、状況や人物に係る説明的な描写はなく、ジョブズの人生を知っていることが鑑賞の前提条件となることから、間口の狭い作品となっていることは残念でした。また、天才を突き放した視点で眺めた作品であるためか、鑑賞後に特に心に残るものがありませんでした。[ブルーレイ(吹替)] 6点(2016-08-18 18:21:36)(良:1票) 《改行有》

131.  ワルキューレ 《ネタバレ》 ヒトラー暗殺の物語をよりによってユダヤ系で同性愛者のブライアン・シンガーが撮るというトンデモ企画だったわけですが、意外なことにシンガーはナチス時代の様式美の再現にこだわっています。それは車両や航空機の独特な美しさであったり、パリっと決まった制服のかっこよさであったり、整然とした官庁街の建築美であったりするのですが、私はこれらの描写を眺めているだけでも楽しめました。本作はアメリカ人やイギリス人が主要キャストを占めることで多くの批判を受けているし、私自身もその点は気になったのですが、他方でナチス時代の様式美をこれだけ克明に描写した作品をドイツ人の手で撮ることは政治的に不可能。トム・クルーズという大スターが身元保証人を引き受け、ユダヤ系に監督させたアメリカ映画だからこそ可能となった作品であり、ドイツ人役が英語で演じられるという欠点を補って余りあるほどの存在価値はあったと思います。 内容は極めて禁欲的で、政治的な善悪や人間ドラマといった領域にはほとんど踏み込まず、ヒトラー暗殺計画とそれに続くクーデターの成り行きを描くことのみに集中しています。『ユージュアル・サスペクツ』で映画史に名を残すコンビは端正な語り口でその顛末を描いており、ハラハラさせられる優秀なサスペンス映画となっています。彼らは歴史的事実として結末がわかりきっていることを逆手にとって、計画の首謀者達はどこでミスを犯したのかという視点で物語を組み立てています。現場でのとっさの判断ミスや(シュタウフェンベルクは急なスケジュール変更に対応するため準備していた2つの爆弾のうち1つしか使用せず、ヒトラーに致命傷を与え損ねた)、計画そのものが抱えていた欠陥(官庁街占拠という重要な役割を首謀者自身が担わずヒトラーの忠臣だったレーマーを駒として使い、彼をどれだけ騙しておけるかが鍵という不安定な計画だった)、その他の人為的ミス(一度目の計画失敗からオルブリヒトが慎重になっており、暗殺実行後のクーデターが著しく出遅れた)を浮き彫りにします。この視点は面白いと感じました。それと同時に、暗殺未遂で不意を突かれた後にもヒトラー陣営は腹の座ったところを見せており、首謀者側とはまるで格が違うということも描写されています。そもそもこのクーデターは成功しようがなかったという、冷徹な切り口で描かれているのです。アメリカ映画がここまで突き放した描写をしてくることには驚かされました。また、そんな作風に合わせてか、時に演技を張り切りすぎておかしなことになってしまうトム・クルーズも、本作では熱演アピール控えめで渋めの演技を披露しており、名門貴族出身のドイツ軍高級士官にきちんと見えるのだから大したものです。 禁欲的、それが本作の問題でもあります。人類史上最恐の独裁者の首をとりにいくとなれば、仮に計画が発覚しただけでもすべての関係者は死を覚悟せねばなりません。それほどリスキーな計画になぜ参加しようとしたのかは当然に観客にとっての関心の対象となるのですが、残念なことに本作は各当事者の背景に係る一切の描写を切り捨てています。このあたりを充実させれば重厚な歴史ドラマになったかもしれないだけに、ブライアン・シンガーの潔すぎる采配も考えものです。[ブルーレイ(吹替)] 7点(2016-08-18 18:20:52)(良:2票) 《改行有》

132.  ドローン・オブ・ウォー 《ネタバレ》 『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』において、スパイ衛星で捕捉した敵を、常時航行しているヘリキャリアーからの攻撃により自動排除するというインサイト計画なるものが登場しましたが、「そんなもんはファシストのやり口じゃねぇか!」と激怒したキャップにより当該計画は豪快にぶっ潰されるのでした。 本作で主人公が従事するミッションは、まさにインサイト計画と同様のもの。テロリストであるとタレこみがあった人物の居場所にまでドローンを飛ばし、ミサイルで始末するだけの簡単なお仕事です。そして、キャプテン・アメリカの怒りを買ったインサイト計画と同様に、このミッションにも正義はありません。農夫にしか見えないアフガン人をテロ関係者として殺したり、ドローン攻撃で死亡した人物の葬儀に集まった人たちにもミサイルを撃ち込んだりと、もはや歯止めが利いていないのです。少しでも疑いをかけられた人物はクロと見做して殺す。たった一人のテロリストを殺すために無関係な一般市民を巻き添えにする。被害者と加害者の国籍が逆であればどれだけの非難を受けているだろうかということをアメリカはやっているのです。 そもそも戦争とは命の奪い合いであり、そこに良い殺し”Good Kill”などはないのですが、それでも従来の戦場には一定の掟や美学というものが存在していました。戦闘行為は兵士のみが行い一般市民は巻き込まないこと、相手の命を奪いに行く以上は自分も殺される覚悟をしておくこと。しかし、ドローンによる殺戮は絶対安全な場所でボタンを押すだけで片がつき、そこには最低限のモラルすらありません。主人公はF-16のパイロットに戻して欲しいと何度も上司に懇願しますが、それは一人の戦士として今やっていることに耐えられなかったためでしょうか。 昼間は遠隔操作での殺戮に手を染めながら、夜には帰宅して家族との時間を過ごす。そんな生活を送る中で兵士たちは次第に精神を蝕まれていきます。ある者は麻薬に走り、ある者は任務から離れていく。主人公もまた、大儀のない殺戮に順応するため他者への共感を絶たねばならなかったことから、家族との間で溝ができていきます。若い女性部下と何となく良い感じになっても不倫に走らず家へ帰るあたりからは、彼の中でも行動を制御しようとする意志が見られるのですが、それでも人格そのものが崩壊していくことは止められなくなっているのです。 以上、なかなか意欲的な姿勢で作られた作品ではあるのですが、物語はどこか牧歌的。主人公がウジウジと悩む様はある意味呑気であり、ミサイルを撃ち込まれる側からすれば、「発射ボタンを押す人だって苦しんでるんですよ」と言われたところで「それがどうした!」としかなりません。本作はより被害者目線に立った作品であるべきだと感じたのですが、これがアメリカ映画の限界なのでしょうか。[DVD(吹替)] 6点(2016-08-12 18:49:24)《改行有》

133.  コードネーム U.N.C.L.E. ナポレオン・ソロ役には当初トム・クルーズが予定されていたものの自前の企画『ミッション:インポッシブル/ローグネイション』を優先して降板し、代わってジェームズ・ボンド役の最終候補にまで残った経験のあるヘンリー・カヴィルが登板ということで、スパイ映画って意外と少ない人数で回してるのねということが印象的だったのですが、カヴィルのハマり具合は素晴らしく、次期ボンド役は彼でいいんじゃないかと本気で思ってしまいました。高級スーツがよく似合うし、スーパーマンも演じる肉体派だけあってアクションをやる時の身のこなしには説得力があります。さらにはユーモアのあるセリフをサラっと言えるため、どんな時にも涼しい顔をしていられる超人的な役柄にピタりとハマっているのです。 また、相手役のアーミー・ハマーは190cm超の巨体を活かしてソ連の堅物役になりきっているし、アリシア・ヴィキャンデルは『黄金の七人』のロッサナ・ポデスタのような魅力があって、60年代のおしゃれなアクションコメディの雰囲気を身に纏っているかのようです。『オースティン・パワーズ』や『オーシャンズ11』など60年代の娯楽作の復活を目指した作品はいくつかありますが、時代の雰囲気の再現度という点では、本作がベストではないでしょうか。 時代の再現度、それが本作の問題でもあります。いま時のスパイ映画に慣れてしまった身としては、結局事態は解決するのだろうという予定調和な雰囲気の中でいつでもヘラヘラと笑っていられる安心感により、スパイアクションに期待される緊張感を奪われている点が残念でした。主演二人は自らスタントをこなしており見せ場のクォリティは高いものの、それが見る側の高揚感には繋がっていません。ダウニーJr版『シャーロック・ホームズ』でも感じたのですが、ガイ・リッチーの作品は雰囲気ものの領域を出ないように感じます。他方、リッチーの元パートナーにして、元祖ナポレオン・ソロを演じたロバート・ヴォーンの息子だと言われていた(後にDNA鑑定で否定されましたが)マシュー・ボーンは、『X-MEN/ファーストジェネレーション』や『キングスマン』にてレトロな様式美と現代風アクションの折衷に見事成功しており、本作もその領域にまで達して欲しいところでした。[ブルーレイ(吹替)] 6点(2016-08-12 18:48:16)《改行有》

134.  ザ・ガンマン 《ネタバレ》 これまで娯楽作への出演を避けてきたショーン・ペンが、突如ジョエル・シルヴァー製作、ピエール・モレル監督というコッテコテのアクション映画に主演。しかも自分で脚本を書くほどの熱の入れようということで、事前にはどんな映画になっているのか見当もつかなかったのですが、雰囲気だけはメチャクチャによくできています。『ブラッド・ダイヤモンド』や『ザ・バンク』のような重い社会性を帯びた娯楽作であり、本編はB級アクションらしからぬ重苦しい雰囲気に覆われています。また、ひとつひとつの仕草にまでこだわり抜いたと思われるほどアクションシーンにおける主人公の行動は洗練されており、きちんとプロの傭兵に見えるだけの説得力があります。それを演じるショーン・ペンの肉体改造は凄まじく、体脂肪率の低そうなバッキバキの肉体を披露。『エクスペンダブルズ』の面々ですらここまで体を作ってきている者はおらず、御歳55歳にしてアクション俳優としてのキャリアが開花しそうな勢いなのです。 ただし、お話しの方がまるで面白くありません。主人公は8年前の暗殺事件を発端とした国際的な陰謀に巻き込まれて命を狙われ、その黒幕を探し始めるのですが、イマイチ観客の興味を引くような流れを作り出せていません。怪しい奴を捕えると、こちらが聞きもしていないことまでベラベラと話してくれる。本編はこれを何度か繰り返すのみなので、面白いわけがありませんね。ラストの展開などは噴飯もので、主人公が持つ証拠動画と、敵に囚われたヒロインを交換しようという取引がなされるのですが、いくらでもコピーできる動画ファイルをわざわざ受け取りに現れる敵一味が間抜けにしか見えません。また、犯罪を首謀した行為の隠蔽がそもそもの目的だったにも関わらず、追い込まれたラスボスは公衆の面前で銃を振り回して女性を追い駆け回すというアホな行動をとり始める始末であり、仮に過去の犯罪行為を隠蔽できたとしても、新たな罪状で逮捕されるだろと呆れてしまいました。 主人公とヒロインの悲しい恋愛や悪人との三角関係、主人公の重病設定も本筋のサスペンスを盛り上げることには貢献しておらず、無駄な枝葉になってしまっています。ショーン・ペンを含めてオスカー受賞者が3人もいるにも関わらず高いレベルでの演技合戦を楽しむことはできず、専ら不自然な展開を誤魔化すために彼らの演技力が費消されているという点も残念でした。[ブルーレイ(字幕)] 6点(2016-08-10 20:36:34)《改行有》

135.  ラスト・ナイツ 中世ヨーロッパと思われる国が舞台ではあるものの、アフリカ系、東洋系、中東系、果てはマオリ人までが入り乱れるという多国籍ぶりであり、リアリティとは一線を画した世界観で繰り広げられる時代劇。ただし、監督が日本で製作した2作品のような荒唐無稽な映像表現はなりを潜め、リドリー・スコット作品のような重厚な時代劇として仕上げられており、少なくともルックス面は完璧です。この監督さんは意外と引き出しの多い人なのだと感心しました。 問題は、キャラクターへの感情移入が難しいこと。モーガン・フリーマン演じるバルトーク卿は年齢の割には向こう見ずな性格で、ロクな策もなしに権力者に盾ついて家族も家来も不幸にするのだから、愚かにしか見えません。憎まれ役たるギザ・モットは分かりやすい悪役に徹しているものの、その人物造形にまるで深みがないために、なぜこいつが皇帝から一定の信頼を得て重職を担わされているのかがわかりません。両者には、もっと頭を使わせた方がよかったように思います。 また、日本人にとっては当たり前すぎて気にしたことのなかった忠臣蔵という物語の欠点も、設定と舞台を変えたことから露わになってしまいます。領主を失ったライデン隊長以下騎士団の面々は1年以上をかけて復讐の段取りを整えるわけですが、なぜそんなことに労力を費やしているのかが途中から分からなくなるのです。特にライデンは、残された主君の家族や部下達を不幸にしないよう新生活の構築に全力を挙げるべきなのに、復讐という後ろ向きな目的に突き進むものだから、次第にこちらも愚かに見えてくるのです。 序盤にて、主君と騎士との精神的な繋がりをもっと克明に描いておくべきだったし、騎士という立場を失えば彼らは生きる意欲までを失い、社会にとって有害な野良騎士になるおそれがあったことからライデンは彼らに復讐という目標を与え続けた等の合理的な背景も欲しいところでした。[ブルーレイ(字幕)] 5点(2016-08-10 13:26:46)《改行有》

136.  白鯨との闘い 《ネタバレ》 原作、メルヴィルの『白鯨』ともに未読です。 職業映画を撮らせるとピカイチのロン・ハワードが監督しただけあって、19世紀初頭の捕鯨船の様子が描かれる前半部分はかなり面白くできています。また、エリート家系出身ではあるが経験のなさゆえに見栄を張りたがる船長と、身分は低いものの叩き上げで船員達からの信頼も厚い一等航海士との対立などは月並みながらもよくできており、見せ場、ドラマ、ともに充実しています。 ただし、海難事故を経て漂流が始まる後半になると、作品のテンションは一気に落ちます。職人的な航海士達が知恵を出し合って難局を乗り切るのではなくただ潮に流されているだけなので、ロン・ハワードが得意とする職業映画という領域から外れてしまうのです。飢えの中で人肉に手を出すという展開も作り手が意図するほど衝撃的ではなく、これだけ何もなければ仲間の肉を食うしかないでしょとしか感じませんでした。もっと容赦のない描写ができる監督が撮っていれば後半パートの訴求力はより強いものになったと思うのですが、ロン・ハワードでは無難にまとまり過ぎたように感じます。[ブルーレイ(吹替)] 5点(2016-08-10 00:43:48)(良:1票) 《改行有》

137.  ブラック・スキャンダル 《ネタバレ》 元はバリー・レヴィンソンの企画だったものの降板し、代わりにメガホンをとったのがスコット・クーパー。この人はクリスチャン・ベール主演のクライムサスペンス『ファーナス/訣別の朝』を撮った監督さんなのですが、『ファーナス』は雰囲気こそ良かったものの、作品の要となるようなインパクトの強い見せ場や、2時間に渡って観客の関心を引き続ける強力なストーリーテリングを生み出せておらず、致命的な欠点はないものの、さして面白くもないという凡作に終わらせた実績を持ちます。この監督が、同じくクライムサスペンスである本作をどのように仕上げるのかについては不安が大きかったのですが、案の定、『ファーナス』と同じ傾向の作品となっています。各構成要素は悪くないのだが、2時間を引っ張るだけの強力なものがありません。 最大の問題は、監督が一体何を作品の主軸に置いているのかがよく分からないこと。ジョニデ演じるヤクザの成り上がり物語なのか、武闘派ヤクザの狂犬ぶりなのか、ヤクザとの癒着を暴かれそうになって背中に火が点いたFBI捜査官の転落劇なのか。元となった事件が10年以上に及んだだけに構成要素はパンパンであり、どのエピソードを落とすかという取捨選択が必要だったのですが、監督は乱雑にエピソードを詰め込んだ結果、個々のエピソードがぶつ切り状態で2時間を貫く大きな流れを生み出せていません。 そもそも、誰の視点で語られる物語なのかが不明確。FBIの事情聴取に応じる下っ端ヤクザが冒頭に登場するため、『グッドフェローズ』のレイ・リオッタのように彼がストーリーテラーになるのかと思いきや、冒頭を除くとこのヤクザは空気同然の存在感。その後、ジョニデの元右腕だった殺し屋が語り手として登場したり、ジョニデ自身の家族エピソードになったりと視点がめまぐるしく変動し、結局、感情移入の寄り代がないため物語に集中できないのです。せっかく豪華な出演者を揃えたのにこの出来は残念でした。スコット・クーパー、私の中の要注意監督の仲間入りをしました。[ブルーレイ(吹替)] 4点(2016-08-10 00:42:35)(良:2票) 《改行有》

138.  ファンタスティック・フォー(2015) 世評とは裏腹になかなか楽しめてしまい、自分の感性はどこかおかしいのではないかと気になってしまいました。 アメコミ映画ブームで様々な特性を持つヒーローが実写化されている昨今ですが、ゴム人間、透明人間、人間たいまつ、岩石男という冗談にしかならないメンツがチームを組む『ファンタスティック・フォー』実写化企画の難しさは際立っています。この点、2005年版は思いっきりマンガ寄りのおちゃらけ路線に振り切ることで娯楽作品としての体裁を作り上げてまずまずの興行成績を残したものの、まったく深みのない物語で批評家やファンからの敬意を勝ち取る事は出来ず、たった一本の続編が製作されただけで自然消滅となりました。対して仕切り直しの本作は徹底して暗く、荒唐無稽なキャラクター達を可能な限り本物っぽく見せるというリアル路線に振り切っています。アメコミヒーローのクロスオーバー企画が続々と製作されている中で、フォックスとしてはすでにブランドを確立している『X-MEN』とファンタスティック・フォーのクロスオーバーをどうしても作りたいという思惑があり、シリアスな『X-MEN』の作風との統一感を出すために本作もこの路線をとったのだろうと推測されます。 前作『クロニクル』にて「もし高校生が超能力を身につけたら、きっとこんな風になるだろう」というドラマを作り上げたジョシュ・トランク監督の真価は、本作の前半部分で見られます。テクノロジーへの憧れを持つリード・リチャーズの幼少期からの物語を見せることで、物質転送装置という非現実的なアイテムを違和感なく登場させているのです。後にファンタスティック・フォーとなる面々が被験者第一号となるまでのくだりもうまく説明されているし、超能力を身に付けた後の各キャラクターのリアクションや、現実世界との接点の持たせ方もよく考えられています。ヴィジュアル面においては、超能力を身に付けた者達が変異する過程がなかなかおぞましく、またドゥームが暴れる場面では過剰なほどの血が飛び散り、残酷描写からも逃げていません。あのメチャクチャな設定のヒーロー達で深刻なドラマを作れという要求にはきちんと答えられているのです。監督は作品をフォックスに取り上げられ、元は140分あったとされる本編をズタズタにカットされたり(予告編にあった場面のほとんどが本編に無い)、監督以外の者(噂によるとプロデューサーのマシュー・ヴォーン)が撮った追加カットを勝手に挿入されたりといった大変な目に遭わされたのですが、それでも作家性の片鱗を残せているのはさすがだと思います。 ただし、短い上映時間のほとんどは超能力を身につけるまでのドラマに費やされており、ドゥームとの決戦がやっつけで終わってしまうという点は残念でした。また、4人がそれぞれの能力を生かして強敵に挑むというチーム戦としての面白さも追求されておらず、見せ場については2005年版よりも劣っています。最終決戦の場所が無人の惑星というチョイスも悪く、ヒーローの活躍に必要不可欠なオーディエンス不在の舞台でラスボス戦をやっても盛り上がりません。そもそもファンタスティック・フォーはアメコミヒーローとしては珍しく素顔も本名も明らかにされている設定のヒーローであり、一般市民からの応援と尊敬が彼らの特徴のひとつだというのに、その一般市民が作品にまったく姿を現さないのではファンタスティック・フォーのドラマとして失格でしょう。 ま、肯定的に考えれば『X-MEN』の第一作や『バットマン・ビギンズ』だって見せ場の盛り上がらなさ加減はこんなもんだったし、本作については超能力を得る前のパートが作り込まれているので物語の基礎部分はしっかりとしており、続編を作ればちゃんとした娯楽大作になる可能性はあります。もし製作されればの話ですが。フォックスとの関係を見るに、ジョシュ・トランクの再登板は絶望的という様子ですが。[ブルーレイ(吹替)] 7点(2016-08-08 20:16:02)《改行有》

139.  ファンタスティック・フォー [超能力ユニット] 劇場公開時に一度見たきりのまま、私の心には特に何も残らず忘却の彼方に去っていた本作ですが、2015年のリブート版が良くも悪くも異形の大作となっていたことから、本作の出来がどうだったかが気になって10年ぶりに再見しました。 2005年当時にアメコミ実写化作品の成功作と言えば『X-MEN』と『スパイダーマン』くらいのもので、『アイアンマン』も『ダークナイト』もまだなかった時代。そんな時代に製作された本作には小難しい主張やリアリティへの目配せなどほとんどなく、高い再現度でコミックを実写化するという方向性のみで製作されています。顔だけはヨアン・グリフィスのゴム人間がびにょーんと伸びる様などは相当に素っ頓狂なのですが、お話しの方もマンガレベルなので一連の描写にも特に違和感を覚えず、物語とヴィジュアルがうまく調和しているものだと感心させられました。当時、世界一セクシーな女性だったジェシカ・アルバのお色気ギャグなども見事にハマっており、マンガ映画として求められるレベルには十分に達しているのです。 ただし、何かひとつでも大人の鑑賞に足る要素があれば良かったのですが、そうしたものが皆無であることが作品のリミッターになっています。手の込んだ仮装大会レベルにとどまっているために100分という上映時間が無駄に長く感じられるし、鑑賞後に何も残るものがありません。[DVD(吹替)] 5点(2016-08-08 20:07:44)《改行有》

140.  X-MEN:アポカリプス 《ネタバレ》 冒頭から見せ場の連続で「ありがとう、これだけ見せてくれたら満足です」と言いたくなるほどのボリュームであり、かつ、X-MEN特有の重苦しい空気は健在であるためバカっぽくなりすぎることもなく、夏の大作映画としては十分なクォリティにあると思います。2000年の第一作からシリーズに付き合ってきた身としては、クライマックスの新生X-MEN結成には血が騒ぎ、もっともっと続編を作ってくれという心境にさせられました(新3部作は本作で最後らしいのですが)。 ただし、大味な破壊がメインとなるためローランド・エメリッヒの映画とさして変わらないルックスとなっており、ミュータント達の能力を面白く見せるというこのシリーズの強みが損なわれている点は少々残念でした。また、新キャラ多すぎで行動原理が不明な人物が何人かいたり(エンジェル、サイロック、ストーム)、アポカリプスという明確な悪役を出したために理念vs理念という本シリーズの特色が失われたりと、娯楽性を全面に出すぎたためにじっくり作りこむべき部分が犠牲にされたという印象も受けました。また、個々のキャラクターに絞って見るとさらにキャラ造形の弱さが目立ち、『X-MEN2』や『ファースト・ジェネレーション』では達成されていた娯楽とドラマの抜群のバランス感覚が本作では失われています。 【プロフェッサー】敵の手に落ちて悪事に利用されるといういつものパターン。世界最強のテレパスという割にアポカリプスの復活やマグニートーの活動再開という大イベントを感知できなかったり、X-MENの総司令官でありながら最終決戦で敵に打撃を与えられなかったりと、いろいろとダサイ。 【マグニートー】何かに激怒して暴れ回るが、知り合いに説得されて改心するといういつものパターン。それでも今まではリーダーとしての威厳だけはあったものの、今回はアポカリプスの手下の一人になるため、小物感が出てしまっています。また、家族を失くした件で同情を誘うものの、若い頃にクィックシルバーとその母親を捨てていたという過去が判明するため、せっかくの同情が薄まってしまいます。「あなたにとって家族とは一体何なの?」クィックシルバーとの親子設定はオミットしたままでよかったのではないでしょうか。 【ミスティーク】ジェニファー・ローレンスがほぼ裸状態のボディスーツの着用を嫌がったのか、本作ではほとんどの場面で服を着ていて、しかも青くない。擬態能力もほとんど使わないため、本作のミスティークは一般人と変わりません。『フューチャー&パスト』での歴史改変を経て、彼女はミュータントと人類双方から英雄として支持され、プロフェッサー、マグニートーと並ぶミュータントの指導者ポジションにいるのですが、その2名のような明確な思想や目標を打ち出していないため、イマイチ何をやりたいのかわからない人になっています。 【アポカリプス】登場場面のインパクトは強く、「こいつには勝てないんじゃないか」という圧倒的な存在感を示すものの、オールマイティゆえに固有の能力がないため、バトルに入ると意外と地味。また、文明破壊の実行は基本マグニートー任せでアポカリプス自身は何もしないため、次第に文句が多いだけのめんどくさいおじさんに見えてきます。 【モイラ・マクタガード】お前のせいでアポカリプスが復活したのに、反省や謝罪はなしか。[試写会(字幕)] 7点(2016-08-03 18:59:33)(笑:1票) 《改行有》

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