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1. コン・ティキ
《ネタバレ》 南米のペルー辺りのから、ペルー海流にのってイカダ船で移動植民したのがポリネシア人の成り立ちであるとの説を唱え、立証のため実施に航海実験を行ったノルウェー人、トール・ヘイエルダールの「コンチキ号漂流記」を映画化したのが本作。もっと早い映画化があってもよかったのに意外と遅かった。この人の書いた「コンチキ号漂流記」や、葦で作った大型船「ラー号」に関する本もかなり昔読んで、細部は忘れてしまったが大変面白かった記憶はある。映画は本と違って情報量が少ないなと感じた。
映像で見せる映画が文字情報より素晴らしいと思えるのは、青く神秘的に光る発光プランクトンや夜の天界に広がる天の川の描写、巨大なジンベイザメと遭遇するシーン。独特の美しい斑紋を見せながら水中を進む姿の神々しさ、それを見てパニックになった乗組員の一人が銛を打ち込む暴挙に腹立たしく呆れる限りだが、別の場面で可愛がっていたペットのオウムを捕食したサメに怒り、果敢にそのサメをイカダに引き上げ、激した感情のままサメの頭部に何度もナイフを突き立て、オウムの敵討ちした男の行動が何とも凄まじい。温暖でサメがうじゃうじゃいる海域らしく、彼等が終始サメの脅威を気にし怯えているのが、海洋全般に大して詳しくない様子がそこに窺える。
バルサ製のイカダが、海水を吸い込み浮力を徐々に失っていく不安は、本の記述ではかなりの分量で触れていたが、しきりに不安を訴える乗組員の視線を受け止めず、映画の中のヘイエルダールが、船長でありかつ立案者の立場として、その事実に関心がないように振る舞い、超然と構えている様子に、人間心理として、そうならざる得ないというリアリティがある。原作で航海記と成らないのは、一応帆はあるものの、自力で自在に操船コントロールができないからで、結果的に願った通りの海流に乗り、目的達成、大成功となるが、ポリネシア人が南米インディオ由来だとこれで立証された事には成らないと思う。あくまで冒険譚として評価する。[インターネット(字幕)] 6点(2017-03-12 09:56:35)《改行有》
2. 処女の泉
《ネタバレ》 米、映画『ヴァイキング』を観ていて興味深いのは、彼等ヴァイキングが暴れ廻っていた頃の10世紀前後のスウェーデン人は未だ、神オーディンの名を高らかに唱えているのに、時代背景が16世紀である、この映画の中で密かに神オーディンの名を小声で唱える者は、召使女のインゲリが只ひとりという少数派に転じている事。
カリンは父テーレと母の愛を一身に受け、美しい無垢な娘として成長。その愛娘を、遠くの教会にまで寄進の品物を届けさせる使いに出す程の敬虔なキリスト教信徒。その道筋でカリンは他所者に無残にも殺されてしまう。神は何もしてくれず、真実、神は存在するのかとする、テーレの信仰心の揺らぎを描く。
一方、オーディンを信じるインゲリが生き残るという不条理に混乱する。横溢するキリスト教への不信、だがカリンの遺体の頭があった、その箇所から泉が湧き出すという奇跡で神の存在を再び確信し、信仰への迷いを吹っ切るというラストは、神の不在、信仰への疑念をテーマにして、如何にもイングマール・ベルイマンらしい作品である。テーマとは別に、映像のセンス、特に照明が優れる。光と影の劇的効果、今日的視点で見直しても力強く、美しい作品であるのは確か。[映画館(字幕)] 7点(2016-07-23 09:54:48)(良:1票) 《改行有》
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