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1. 奇跡の海
《ネタバレ》 生命の自己犠牲をも顧みず、愚直なまでに夫への愛情を貫く純粋な女の物語であり、同時に知的障害を持つ、信心狂いの女が病気の夫の妄想を信じて不幸になる物語である。社会通念からすれば非常識で非道徳的に見える行為が、実は夫の回復を願っての愛情と善意によるものだという意外性と矛盾の提示が本作の狙いだろう。女性を差別し、陋習の残る教会を批判的に描くことで、主人公ベスの正当性を強調している。しかし、どう考えても、ベスの行動は理解を越えるもので、娼婦になって誰とでも寝ることと、夫の回復とがつながるとは思えない。但し、両者を介在するのが神であるので、神を信じるものには真実となりうる。ここに難しさがある。実際、奇跡は起きた。危篤だったヤンが歩けるまでに快復したのだ。さらに、空で鐘が鳴った。この部分はヤンの妄想である、という解釈もあるだろう。悪意を持たない人の行為が全て善だということではなく、全てを相手に与えるという無償の行為が崇高であるということだ。常識的に行動することと、非常識ながら無償の愛に生きる無垢な魂と、どっちが尊いか。これは価値観に拠るだろう。ヤンは自分が性的不能なので、ベスに愛人を作って、その性交渉の顛末を話して聞かせろと懇請する。これが諸悪の根源だ。相手を思い遣っての言葉ではないだろう。ベスを死に至らしめたのはヤンだと断言していい。この人物が奇妙なのだ。脳手術をしたのに長髪のままだし、長期病気を患っているのに全然痩せず、つまり病人に見えないのだ。奇跡の快復の様子も描かれない。彼がベスの遺体を運び出し、教会の墓地での埋葬を拒否したのは、ベスを地獄に送らせないためだが、一方で、他の地に埋葬せず、遺体を石油掘削の穴に投げ込んだのはどうしてだろうか。冒涜のようにも思えるが。ベスや他の人の考えや行動は理解できても、ヤンの行動は理解を越える。不信心の彼に空の鐘が鳴って、どういう意味があるのか。ベスの魂の天国行を確信したとして、そもそもベスの死の責任はヤンにあるのだ。医者の言うように、単なる覗き見趣味の中年男なのではないか。冷静に考えると、結婚前から分かっていた夫の単身赴任が精神的に堪えられないような妻には、幸福な結婚生活は送れないのだ。それを宗教を絡めて、劇的に演出して見せている。二人は最高の夫婦であり、最悪の夫婦である。違う価値観が表裏一体であるということ。それが監督の意図だ。[DVD(字幕)] 5点(2014-11-28 04:30:34)
2. ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女
《ネタバレ》 探偵役は二人。社会派で温厚なジャーナリストのミカエルと天才ハッカーのリスベット嬢。彼女は過去のトラウマから人を愛せず、コミュニケーション障害者で攻撃的な性格という設定。この設定が十分活かされている。ミカエルは追っていた悪徳実業家の罠に嵌り、裁判で有罪となるが、リスベットが無実を証明するのが副主題。ミカエルはある大物実業家から40年前の少女失踪事件の調査依頼を受ける。少女とミカエルは実は顔見知りであるという設定が巧み。リスベットは仕事でミカエルの素行調査を行っており、彼に興味を持った。失踪事件のことを知り、彼に事件解明のヒントをメールする。こうして二人の交流が始める。失踪事件は謎が多く魅き込まれる。事故で交通止めの孤島、生死不明、一族の内部抗争、犯人らしき人物から送られる押し花、残された日記の暗号らしき名前と数字、これらから一気に未解明の連続殺人事件へと発展する様相は見ものだ。これに聖書、ナチス、ユダヤ人虐殺、性的虐待、父殺しといったおどろおどろしい要素が加わるのだから重厚さは増す。性的虐待と父殺しはリスベットとリンクする。女を嫌悪する犯人を男を嫌悪する女探偵が暴くという構図の妙もある。リスベットは交通転落事故の犯人を見殺しにする。そして最後のサプライズ。少女は生きていた!これで終わりではない。リスベットはミカエルを嵌めた悪徳実業家の悪事の証拠を突き止め、ミカエルの無実をはらし、隠し口座から大金を引き出すことに成功する。ダークヒロインとしての新鮮味。彼女は人を愛せなかったが、ミカエルとは心を通わせ、ベットを共にし、音信不通だった母との和解も果たした。彼女の従来の探偵役からかけ離れたぶっ飛びぶりと成長ぶりも見所。細部まで理詰めで練られた脚本には好感がもてた。だが不満もある。ミカエルは部屋を荒らされたり、ライフルで命を狙われたりしているのに、安閑としすぎている。緊張感が足りないのだ。真犯人は直球すぎる。もっとミス・ディレクションやレッド・へリングを配すれば老練なミステリー・ファンからも大喝采を受けただろう。それと聖書、ナチスは古臭くないか?いやしくも題名はミレニアムだ。少女は連続殺人事件の真相を知りながら何故放置しておいたのか?警察に匿名投書するくらいはできたはずである。毎年生花が贈られてきて、それが犯人からのものと思うか?リベリットの貧相なヌードは不要。[DVD(字幕)] 7点(2012-12-19 23:40:13)
3. ダンサー・イン・ザ・ダーク
《ネタバレ》 舞台は差別が残る60年代のアメリカ、共産主義国チェコからの移民という背景が強く影響している。セルマは無学・無教養で愚かしいほど不器用にしか生きられない。遺伝で失明する運命が影を落とす。「子供を抱きたい」という本能で子を産む(たぶん私生児)が、子も失明する運命。子に手術を受けさせたい一心で、好きなチェコを捨てアメリカへ移民。仕事と子育てに邁進する毎日。行動力はある。しかし現実は厳しく、工場勤めと内職に追われる日々。子の誕生日にプレゼントもしないほど禁欲なので、母子関係はぎくしゃく。子は愛情に飢え、学校をさぼるし、「どうしてくだらないことばかり聞くの」とうんざり。愛情の空回りで、つい子を殴ってしまう。周りに親切な人が多く、好意を寄せてくれる男性もいるが、子の手術という望みしか見えない。唯一の楽しみがミュージカルで、レッスンにも通う。しかし歌も踊りもヘタ。苦しい現実から逃れたいときはミュージカルを空想。空想でなら美しく歌い、踊れるのだ。失明が近いと悟った彼女はあせり、レッスンをやめ、深夜勤務までするが、失敗して失職。その日隣人と秘密を分かち合うが、これが悲劇の序章。結果的にお金を盗んだ隣人を「依頼殺人」。取り戻したお金で、病院へ行き、子の手術の段取りを決める。裁判では、自分が不利なのに真実を話さない。お金を取り上げられてしまうからだ。死刑判決で恐怖におののくが、再審請求の道が開ける。が、弁護士費用で手術費用が使われると知ると拒否。死を選ぶ。すでに盲目となり絶望していたが、ミュージカルを歌うことで勇気を得る。だが死は恐ろしく、処刑台で卒倒。そこへ子の手術が成功したのを知る。自分の命と引き換えた唯一の希望が叶えられた瞬間、歌が美しい声となってほとばしり始めた。空想のミュージカルが現実となったのだ。「ミュージカルの最後の歌は聞きたくない」の言葉通りに歌は途切れ、命も絶たれた。だが、途切れた歌は、オープニングの音楽となってループし、またミュージカルが始まる。魂は永遠に子を見守る。愚かな選択だが、無償の愛を貫いた!子もいつかわかってくれると信じて。セルマの空想するミュージカルは明るく、生の喜びそのもの。不幸な人間の心の中にこれほどの「希望」が存在することが、理屈なしに魂をゆさぶる。プロットのアラがなければ、金字塔にもなれた作品。ビヨークの鬼気迫る演技、歌に終始圧倒された。[DVD(字幕)] 9点(2009-04-10 01:10:26)
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