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プロフィール
コメント数 3885
性別 男性
年齢 53歳

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【製作国 : 日本 抽出】 >> 製作国別レビュー統計
評価順12
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21.  大殺陣 《ネタバレ》 リアリティ重視路線と、この“大殺陣”なるコケオドシのタイトルとは、なかなか両立しづらいもんでして、実際、クライマックスの大立ち回りは、必ずしも効果的とは言えず、ほとんど収拾のつかないカオスと化しています。ほとんど『トランザム7000VS激突パトカー軍団』並みのカオスですよ、これは。と言う訳で、効果的であろうがなかろうが見どころには違いなく、よくぞこれだけのカオスを演出したものだ、と感心します(と、何でも褒めておく)。本作は、クライマックスに至るまでの物語も、単なる「主人公+その他大勢」ではなく、幾層にも編まれた群像劇になっていて、時代劇でありながら、まるで社会派の様相を呈しております。ここが本作のユニークなところでもあり、派手なタイトルの割に地味な印象を与える点でもあるのですが・・・。でまあ、何かとやりきれないエピソードが続いていく訳ですが、壮絶なクライマックスの後、平幹二朗がテロ完遂の役を買って出るというラストには、うーん私も、唐突な感じを受けました。何故、最後だけこんなサワヤカな作風にしてしまったのか。彼すらも“失敗”することでむしろ何かもっと大きな怒り、やりきれなさが“完成”するように思ったのだけど。しかも彼が向かっていくシーン、時代劇セットの向こうの方に近代建築が写ってしまっているように見えたのだけど・・・?[CS・衛星(邦画)] 7点(2011-10-13 23:16:07)

22.  大菩薩峠 完結篇(1959) さていよいよ完結篇。このすっかりイッちゃってる物語を完結させるために、龍之助と兵馬は、また大菩薩峠へと吸い寄せられていくのだけど、そればかりではなく、映画はますます超自然の世界へと踏み込んでいく。前作での鮮烈なロングショットなどにもその片鱗は見えていたけど、この完結篇ではいよいよ容赦が無い。特に、龍之助が炎上する屋敷から姿を現し、追手を斬って斬って斬りまくる、あの鮮烈な長廻し撮影。これはもう、異常です。この世の光景ではありません。そしてラストのスペクタクル。3部作を締めくくる、というより、ありとあらゆるものを葬り去ろうとするような、壮絶さ。イッちゃってます、やっぱり。[CS・衛星(邦画)] 8点(2011-08-10 21:38:03)

23.  大菩薩峠 第二部 で、第二部ですが、第一部ではもうひとつピンとこなかった龍之助のキャラが、ようやくつかめて、気分も乗ってくる。要するにこのヒト、人間じゃなくて、妖怪ですよ。千恵蔵が演じた甲斐があるというもの(相変わらず、多少エキセントリックなところがあるグータラ親父にも見えますが)。で、物語はというと、第一部を受け継ぎ、腰を上げて旅路につく竜之助と、これを海路追いかける兵馬。ついに運命の歯車が回り始める。と言いたいところですが、まあ、回り始めたとは言っても、空回りですね。この対決軸から離れて物語は別の方向にどんどん膨らんでいく。ラスト近くで兵馬が現れた時には、「ああそうそう、アンタもいたよね」ってな感じですよ。さあいよいよ対決も間近か、というところで第二部オシマイ。完結編を乞うご期待、って訳ですな。[CS・衛星(邦画)] 7点(2011-08-07 19:08:00)

24.  大菩薩峠(1957) さすらいの剣豪・机龍之助と、兄の復讐を誓い彼を追う青年・兵馬。ってことなんでしょうけど、どうも要領を得ない。というのも、何だか短編作品の積み重ねみたいなコマ切れの構成で、どうしても流れが滞ってしまうのです。正直、千恵蔵が演じる龍之助は、虚無的な感じというよりは、ただのグータラ親父に見えてしまい、いまいちキャラがつかめないままに勝手にノイローゼ気味になってしまうのは、どうもいただけない。しかしそれでも、クライマックスではついに2人が邂逅し、戦うべき2人の運命が強く印象付けられて、次作へと繋がります。実際、イイ感じに盛り上がったところで終わっちゃうんです。第二部を乞うご期待、ってな訳ですね。[CS・衛星(邦画)] 7点(2011-08-07 18:51:32)

25.  丹下左膳餘話 百萬兩の壺 百万両の壺をめぐる騒動。マンガのように大仰な大河内傳次郎の丹下左膳を始めとする、ヒト癖もフタ癖もある登場人物たちの絡み合い。っていうよりむしろ、妙な「噛み合わなさ」のオモシロさ。各自が互いの引力の影響をうけつつも、めいめい勝手な公転軌道で壺のまわりを周回し続けることで、不思議なまとまりを見せる。とにかく滅法面白くって、しかもコレ「歴史的な名作」なんだそうですから、もう観ない手は無いでしょ。[CS・衛星(邦画)] 9点(2011-04-30 23:27:59)

26.  単騎、千里を走る。 《ネタバレ》 映画の最初の方、寺島しのぶに呼び止められた健さんが振り返るシーンで、健さんはカットの切り替わりの直前に振り返っているのに、切り替わり後にまた振り返っている。いくらチョンボったって、これは編集してて気づかん訳ないでしょ、それともこれは恣意的な演出なのか(だとしたらその効果全く不明)。という訳で、開始早々、この映画、大丈夫かよ、と思ってたのですが・・・いや~~~結局、泣いてしまいました、はい。素人役者の中にベテラン俳優が混じっている構図、ってのは、例えば『萌の朱雀』なんかを思い出して、でもアレとは全然違うよなあ、と。『萌の朱雀』では、例えば村の会議の場面なんかが典型的だけど、演技をする気もない素人と、深刻な顔で演技しまくってる國村隼との間に、明確な“断絶”があって、でもその両者が同居しているということがミョーにオモシロかったのだけど、一方、本作にはそういう畸形性は無くって、ひたすら健さんが素人の中に溶け込んでいる。いや、その溶け込む過程の物語、とでも言いますか。そりゃま、どうせワタシは、「チャン・イーモウ×高倉健」というネームバリューに乗せられてる部分が多々あると思いますよ。でも、実際、これはそういう映画なんじゃないか、と。「あの」高倉健、しかも役柄は日本の「海」の男、その彼が、中国の深き「山」の中、4千年とも5千年とも言う歴史に培われた、超「いい味」を出しまくってる中国素人役者の中に入っていく、そして本当に溶け込んでいく。物語の発端は、父と息子の軋轢であり、また物語の途中にも何かかやと「すれ違い」が発生するのだけれど、そして最後に待っているのも、「息子の死」という大きなすれ違いなんだけれども、でも、そういったものすべてが、国籍、距離、生死までをも飛び越えて、ひとつに溶け込んでいく。健さんが、まさに単騎にて千里を駆け抜けることにより、それが成し遂げられていく。うーん。自分も子供を持つ身になって「親子」が関わるテーマに敏感になってきているのもあるのかもしれないけれど、やっぱりこの映画、泣けたなあ。[DVD(字幕)] 10点(2010-03-09 00:02:22)

27.  大日本人 《ネタバレ》 「“太”日本人」が成長して「“大”日本人」になるオハナシですね。。。それはともかく、こういう作品を「斬新」とか言われると、かえって誰しも、ムキになって前例を挙げたくなるもんだけど(インタビュー形式ってのは、『トレイル・オブ・ザ・ピンクパンサー』を思い出しちゃうし、おバカキャラを高度な特撮で表現するのは何と言っても『ゴーストバスターズ』が抜群のインパクト。等々。皆様の方がさらに適切な前例を挙げてくださることでしょう)、何よりもヤバいなーと思えてしまうのは、テレビ番組でやっているコントをそのまま映画に持ち込んでしまってることでして・・・これって要するに、「“テレビ番組”というレベルの低いものを、高尚な“映画”に持ち込む、という非常識なコトをやってみました、ホラ、インパクトあるでしょ」ってこと?みたいに受け取られる面があり、これではまさに、テレビタレントとしては自滅的、ということになってしまう。しかしその危険をおかしてまでも作られた本作はやっぱり、テレビの側からの強いメッセージ、いわば挑戦状、ということになるのかも。なぜなら、この映画を貫いているのは、ワタシも含めある世代が熱中した、テレビの(あくまでテレビの)特撮ヒーロー番組への憧れ、だから。そして、ヒーローになれずただのオジサンになってしまった現実への諦念、いわば現実の日常に対する“苦笑い”だから。オッサンがオッサンの姿のまま巨大化して怪獣と戦う、というこの映画は、昔、子供の頃にやってたヒーローごっこ、怪獣ごっこの、大掛りな再現であって、また同時に、あの頃子供たちの間に働いていた力学は、オトナ社会においてもその隅々にまで蔓延しているんだよな~、ということを改めて考えさせられる作品、でもあったかと。[DVD(邦画)] 7点(2009-05-17 15:08:53)(良:1票)

28.  大学の若大将 親の世代の映画ではありますが、この「何から何までチュート半端」なところが、昭和の良さってヤツですかね。そりゃまあ、過激なところもあった時代ではありますが、この映画のノホホンとした、はっきり言やあ「面白く無さ」ってのも、昭和らしさかもしれません。少なくとも現代のような“何でもゼロ/イチで割り切る(あるいは割り切ったフリをする)”時代では失われた味わいが、ここにはあります。過激さと言えば、唯一の過激さは主人公の極端なキャラクター、あとはまさに「何から何までチュート半端」な、どーでもいいオナハシ(映画に魅力があるからといって、オモシロイとは限らないのだ)。若大将と青大将のライバル関係が見所と言えば見所、湖上の決闘のシーンでは、つい、「あっ、若大将め、とうとう青大将を殺っちまいやがったな」と早とちりしてしまった私は、もはや平成の時代に毒されているのでしょうか(←そんなバカな)、まあ結果的には、盛り上がりも盛り下がりもない、大したことのない展開。そうですね、あとは、若大将の素晴らしい水泳フォーム「秘儀:腹から着水」でも、ご堪能下さい。[CS・衛星(邦画)] 5点(2008-03-01 08:17:13)

29.  大魔神怒る 《ネタバレ》 2作目のタイトルはなんと『大魔神怒る』。なんとなんと、1作目であんなに残虐に暴れまわったにも関わらず、あれでもまだ怒ってなかったのか? 何しろ今回は、武神像が木っ端微塵に爆破されちゃう。これじゃあ、怒るよね(でもまだ暴れ出さないのだ)。隣国からの弾圧は続き、何故か十字架にハリツケにされて火あぶりにされる藤村志保(魔女裁判か?)。そこに、バラバラになったハズの大魔神が湖から復活。十戒のごとく湖が割れ、憤怒の形相の大魔神が姿を現す。大魔神の両側を滝のように流れ落ちる湖水の映像、ん?大魔神両側で背景の映像がズレてるのは合成処理の甘さか? それはともかく、嵐の中、大魔神の怒りが炸裂する。銃で撃ってもびくともしない大魔神。石垣を突き崩し、錨攻撃(?)にもめげず、暴れまわる大魔神。待ち受けるダイナマイト(?)。変身前にはバラバラにされたが、今度はいかに?(一度は粉砕されたくせに、性懲りも無く火薬の山に足を踏み入れるとは、学習能力が無いというか、自身過剰というか。いいぞ大魔神!) ラストは湖上でミサイル攻撃まで披露する大魔神。カッコイイ・・・・・・いや、ちょっとやりすぎですね。大魔神のおかげで、平和が戻った村。湖に沈められた鐘の音が湖底から鳴り響く(ちなみに、琵琶湖の湖底では今でも謎の鐘の音がホントに聞こえるらしい、のだ。↓ワタシもあの島は竹生島だと思いました)。[地上波(邦画)] 8点(2007-04-28 22:36:01)(笑:1票) (良:1票)

30.  大魔神逆襲 3作目は『逆襲』と来たもんだが、実は逆襲指数は一番低かったりする作品。普通に困っている人々を助けてあげる大魔神、何をそんなに大暴れするのかと、やや唐突な感じも否めません。前半は子供たちの冒険の物語。まあスタンドバイミーの日本版と思えば当たらずとも遠からず、さりとて近からず。いや、演技は徹底してクサイんですけど、友情あり自己犠牲ありで、演技のクサさと内容のクサさがマッチして「懐かしさ」を醸し出しております。北林バーちゃんの存在感も忘れられない(今観ると、どうしてもあの「メイチャ~~ン」という哀しげな叫びがオーバーラップしちゃうのだ)。映画は途中から雪景色へと変わり、目を奪われます。この雪景色自体、なかなか効果的なのだけれど、クライマックスの大魔神大暴れのシーンでは、吹雪となり、壮絶なバトルシーンが展開される流れを導いてもいたりする。これは見応えあり、です。もしこのままシリーズが続けば、ゴジラやガメラ同様、コミカルな役回りが大魔神に課せられたかもしれないと思えば、この3作目が、引き際に相応しい作品と言えるのではないでしょうか。[地上波(邦画)] 8点(2007-04-28 18:54:16)

31.  大魔神 子供の頃から、やたら大好きだった『大魔神』。武神像が暴れるクライマックスはともかく、そこに至るまでの時代劇は、子供が観ててオモロイはずが無いようにも思うのですが、テレビで放送されるたびに、我慢して観ていたらしい、当時の私。えらいぞ(笑)。でまあ、なぜそんなに『大魔神』が気に入っていたのか、分析してみるに・・・・・・(1)大魔神のサイズの手頃さ。ガメラ等の怪獣モノ、あるいはテレビのウルトラマン等、確かに好きだったけど、いかんせんデカすぎる。ドラマ部分と特撮ミニチュア部分が、どうしても別世界になってしまっていて、身近に感じるという意味でのリアリティが希薄。しかし大魔神は、まさに実感できるレベルでの大きさ、なんだね。これがユニークで、怖さもあった。大魔神は、身近なヒーロー(笑)なのだ。 (2)物まねしやすさ。子供の頃は「ごっこ遊び」がつきもの。人間に似た体型で、ノシノシ歩くだけの大魔神。憤怒の形相もモノマネにはもってこい。しかも、「変身キャラ」であるという、子供が大喜びのツボも押さえているのだ! (3)印象的なギミック。ドラマ部分が子供には面白かろうハズが無い、と上で書いておきながら、実は、当時メチャメチャ強い印象を残したのは、杭を打たれた武神像が流血するシーン!だったりするわけで。しかもこの杭が後で重要な役割を果たすというのが、まさに絶妙な伏線、二重のギミック。さすがに神だって、あんなもん打ち込まれたら、痛いのだ。怒るのだ。ああ恐ろしい。 ・・・・・・そんなわけで本作、個人的には「屈指の一本」なのであります。いつになったらハリウッドでリメイクされるのだろうか?[地上波(邦画)] 9点(2007-04-28 18:04:55)(笑:1票) (良:2票)

32.  太陽を盗んだ男 街のど真ん中での大捕り物やカーチェイスという、実にダイナミックなシーンが目を引くものの、その反動か、細かい部分にはまーったく神経が届かず、腰砕けになった作品。原爆を手作りし国家を脅迫する中学教師、彼に見込まれ交渉の最前線に立つことになる豪腕刑事、そしてこれまたひょんな事から犯人と警察の間に立つことになるラジオの女性DJ、という三つ巴の関係が織り成すサスペンス・・・ってか?これがもう全然ダメで、この女性DJが、とにかくイモ。「先の行動が読めない」という魔性みたいなもの、があればサスペンスも盛り上がるだろうし、映画的なリアリティも充分に備わろうというもの。しかし、先が読めないどころか、いかにも「さあ今からアホな事します」「今からアホな事言います」と言わんばかりの、究極レベルの単細胞的言動の数々。ワカリヤスイにも程がある、深みも含みも一切無いキャラクター。唯一、ラジオを通して犯人を煽るため、本音を隠した発言をするシーンがあるかと思えば、わざわざ風間杜夫が横から出てきて「判った、犯人を挑発してるんだな」と注釈をのたまう。もー勘弁してくれ。肝心の、一連の犯罪描写についても、どうだろう?プルトニウム原料をドエラくあっさり盗んだり、プルトニウム抽出シーンがとにかくアヤシかったりするのは、この際、許せてしまえるレベルの話。とにかくおかしなシーン続出。中でも、現金強奪のくだりで、主人公の電話が逆探知されるシーンには、もう失笑を禁じえない(略して失禁)。主人公が使う公衆電話以外の回線が切断されていることで、警察が大規模な逆探知を行っていることに主人公は気付くんだけど、要するにこの場面、主人公以外のヒトたちは、回線が切れてから何十秒間も、揃いも揃って「もしもし!もしもし!」と受話器に向かって叫びつづけているワケですな。隣の電話の回線も切れてる&一台だけ回線が切れていない、というこの異変に、誰も気付かない(ってか、主人公より先に気付くわけにいかない。ストーリーの都合上。笑)。まさにマンガ以下の光景であり、ここまで来たら、社会派サスペンスではなくてむしろ不条理幻想映画(にしても中途半端だが)。主人公が刑事に抱く感情も、同性愛的なものなのか何なのか、結局コントのような格闘で終わってしまい、激しく消化不良。スペクタクルシーンはホントに良く撮ったと思う、それだけに、スペクタクルシーンが泣いてる。[CS・衛星(邦画)] 4点(2006-08-19 12:29:05)

33.  大怪獣ガメラ 先日行われた、亀田興毅選手の、ボクシング・タイトルマッチ。ボクシング(って言うより、格闘技全般)が好きな私としては、結構面白い試合だったと思うし、もともとこの業界に色々問題があることは感じていたし、ってなワケで、対戦前のマスコミのバカ騒ぎと、対戦後のマスコミのバカ騒ぎには、とてもじゃないが付き合いきれない。そんな中で、(私の目から見て)大変気の利いたコトをやってくれていた放送局が、KBS京都。亀田戦中継の裏番組として、あえて、この亀映画を放送するという快挙(しかし実際は、試合開始を21時頃まで引っ張るという暴挙のため、KBS京都で『大怪獣ガメラ』を最後まで観て、さらに中島貞夫さんの長い長い解説を最後まで聞いてなお、試合開始に間に合っちゃった、という顛末。渾身のギャグをかわされたKBS京都こそ、今回の最大の被害者かもしれない)。とまあ、それはともかく。ガメラ初登場の本作。ゴジラよりは10年以上遅れての登場ですが、いやこれがなかなかのもの、合成撮影によるガメラの巨大さのアピール、大規模なミニチュア撮影、これらが迫力をよく伝えております。が、その一方、大暴れする凶悪な大怪獣に対し、「仰向けにしちゃえば亀は自力で起き上がれないはず」、という超絶的にシンプルな作戦で立ち向かう、このワカリヤスサ。これがガメラシリーズの魅力ですかね(笑)。そして、何やら要領を得ないZ計画、従って釈然としない強引なラスト。確かにこれぞガメラ映画、かもしれない(笑笑笑)。ところで、この映画のセリフ中の“ガメラ”を、すべて“カメダ”に置き換えると、さらにわかりやすい、かもしれない(「カメダは本当はいいヤツなんだ!」「カメダは寂しがり屋だから、友達を捜してるんだ!」・・・・・・)。[地上波(邦画)] 7点(2006-08-13 23:09:30)(笑:1票)

34.  丹下左膳 百万両の壺 どっちかっつーと無口で大人しい役の方が似合いそうなトヨエツと和久井映見が、威勢よく啖呵を切りまくる! 見ててこんなに不安を誘うものもない。いや、二人とも堂々と役をこなしているんだけども、果たして映画の最後まで演じきれるのか、もしや途中で「もう限界です、こんな役、自分に向いてません」とギブアップするのではないか・・・。他にも、屋内シーンが、天井に蛍光灯が釣り下がっているのではないかと思うほど異常に明るかったり、子供のアタマが強烈なまでにカツラっぷりを示していたり、ロケのシーンでは異常なまでに「まとめ撮り」っぽかったり、不安な要素が次から次へと。オチオチ安心して映画を見ていられない、このスリル感。どうやらワザと変なテイストにしているらしい。らしいのはいいけど、引き締めるとこはちゃんと引き締めてくれないと、ただの手抜きに見えてしまう。だもんで、リメイクとしてもパロディとしても物足りない感じは否めません。ところで、変に大仰なバカっぽいシーンになると、つい「最近のチャン・イーモウっぽいなあ、うはははは」と心の中で笑ってしまいます。意外な映画同士が意外な接点を持っているものですな。うははは。[DVD(字幕)] 6点(2005-06-04 03:42:34)(良:2票)

35.  誰も知らない(2004) 実際の事件に基づいた映画です。でもあくまで、事件の「外面」をキッカケとし、「内面」を創作によって構築していく「フィクション」であります。特にここでは、実際の事件(としてマスコミが報道したもの)に対し重要な変更が為されています、それは「冷酷な人間が一人も登場しない事」。ここに本作の問いかけがあります。「実際の事件と異なり、冷酷な人間さえいなければ、彼らは救われたのですか?」答えは本作を観ての通り。事実通りの映画なら、観客は「義憤」を安心してぶちまけられる。「世の中ヒドイ奴がいるもんだね、信じられないね、許せないね(まあ我々には直接関係ないけどね)。」これじゃまるで「お昼のワイドショー」。本作は当事者を糾弾するのではなく、社会、そして社会に属する我々一人ひとりを問い詰める。「あなたは彼らを救うために具体的に何ができますか?何もしない傍観者ですか?ではあなた(=社会)も事件に『間接的に』荷担した当事者と言えませんか?」。ここに事件の奥に潜む本質を見抜いた本作の凄みがあると言えるのではないでしょうか。・・・などと言いつつ、実は私は全く別の意味で、観てて本当にたまらない気持ちになりました。むしろ彼らの立場、つまり彼らと同じ「現代を漂流する孤独な存在として」観てしまったのでした。確かに僕は定職につき、少ないながら一応給料をもらってる。でも? 金なんか幾ら貯めたってタカが知れてる。そもそも収入自体、明日にでも体壊したら、どうなる? 僕らもまた何の拠り所もないまま現代を彷徨する、名も無き漂流者だ。僕の事なんて、身近な人間を除けば結局「誰も知らない」んじゃないか。この映画の子供達に感じたのは「共感」、いや、そう呼ぶにはあまりに切実なものでした。リアルに描きこまれた、ひとつの小宇宙。やがては上映時間が終わり、彼らと別れねばならぬ、その事が辛くて、観ながら息苦しい思いにさいなまれました。それは「一期一会」という言葉がぴったりの貴重な時間でもありました。そして帰途、当時神経症気味だった私は、激しい吐き気に襲われたのでした。 <附記>しかし、本作のように、モデルとなった事件と我々の距離が、時間的にも感覚的にも近いケースでは、そこにある種の不快感を感ずる人がいるのも尤もな事なのでしょう。事件当事者も恐らくは存命であり、この映画が彼らを傷つけるのではないか。常に考えていかねばならぬ問題でしょう。10点(2004-11-30 01:50:33)(良:5票)

36.  タンポポ 日頃思ってる事なんですが、映画っつーのは「時間ゲージュツ」としての側面がある以上、「あのシーンがよかった」みたいに映画をコマギレに味わうのは邪道であって、やはり映画全体の流れや構成の中でのそのシーンの位置付けに着目すべきだと思う訳ですよ(そうでなきゃ、映画は単なる「思いつき」の集合体に過ぎない事になっちゃう)。でね、そう思っちゃいるんですが、それでもやっぱり「あのシーンが好き」とかって、つい言っちゃう訳なんですな。邪道だろうが何だろうが、やっぱり楽しいですからね、そういう話するのは。しかし、特に本作、コレに関する限りは、もう堂々とコマギレにでも何にでもして、「どのエピソードが好きか」語り合いましょうよ。盛り上がりまっせ。多分、それが許される映画じゃないですかね。え、私ですか? 井川比佐志が奥さんの最後の料理を食べるハナシですな。クダラナイのなんの、もうバカ受け。それから、エピソードについてではないですが、何とも仰々しい音楽の挿入が、これまたアホでよいですねえ(リスト作曲 レ・プレリュード =前奏曲。人生とは死への前奏曲に過ぎないんだそうだ。ラーメンと何の関係が。あっはっは。なかなか深いぞ)。8点(2004-11-23 03:00:52)(良:1票)

37.  大殺陣 雄呂血 バンツマの『雄呂血』には到底及ばない。【鱗歌】さん 3点  などと書けば話は早いのだが、そうはいかない。そんな事を書くのは私の役目ではない。私には、こういうヤンチャな映画を持ち上げねばならぬ使命と宿命がある(のかな?)。バンツマ&二川文太郎監督の方の『雄呂血』は、サイレントならではのデフォルメされた描写によって、実に活き活きとした迫力ある世界が築き上げられた、エネルギッシュな作品となっている。さて一方、本作はトーキー、同じ事をやっても新味が無いどころか、リアリティを著しく欠く事になりかねない。そこでまあ、ナンボか抑え気味なのがやや物足りないかも知れないのだが、どうしてどうして、よく見れば、ショットなどに(それなりに)工夫が見られ、なかなかの演出の妙である(---そろそろ話半分に聞いてください)。ストーリーも、サービス過剰な程、無情極まる展開、トテモよく出来た話なので、嫌でものめり込まざるを得ない。雷蔵の精悍そうで実は不健康そうでもある表情が、この荒んだ雰囲気に実にマッチしているんだな。そう、この砂埃に満ちた、荒んだ宿命の世界。シェイクスピア作品の完成度をグッと落としたような雰囲気とでも言おうか(何のこっちゃ?)。そしてラスト! ウム、雷蔵は何人の敵と戦ったのだろう?百人は軽く超えていそうだ。千人はいたか?いや私の記憶では、1万人くらい敵がいたのではないだろうか(←それは多すぎ)。とにかく、約15分にわたる、息もつかせぬ、いや、息も絶え絶えの、凄まじいノン・ストップ・チャンバラが展開! ほとんどランボーですよこれは。バンツマ版に対抗するには、このくらいやらねば到底かなわない、という誤ったリスペクトの結果でありましょう。でもね、こういうヤンチャさのある映画って、やっぱり好きだナア。やっぱり映画はベストワンよりもオンリーワンであって欲しいと思う。ところでこの映画、時代劇なのに、言葉遣いがちょっと現代っぽいところがあるのが気になったんですがどうでしょう。この当時「道路工事」なんて言葉あったのかなあ。9点(2004-04-17 00:40:37)(良:3票)

38.  大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス 《ネタバレ》 コレ、マジで大好きなんですよね~。「ガメラは子供の味方」という設定が前面に押し出され、いやはや、ボクのレベルにピッタリ。哀しいまでに、凶悪怪獣ギャオスと人類の戦いが描かれ、↓shakuninさん仰るとおり亀怪獣は戦いに参入するもヤラレまくり。超音波で腕半分くらい切られかけて可哀相なのよね。ギャオスは首の骨が2本あってこれが音叉の役割を果たし超音波を出す(そんなバカな)。が、そのせいで、首が回らず後ろを向けないという弱点があるらしい(じゃあガメラは首が回るとでも言うのか?そんなシーン観た事無いね。あ、平成ギャオスは首が回るので憎たらしい)。とにかく強いギャオス、足指を亀に食いちぎられても再生してしまう生命力。しかし、水に弱いバルゴンに引き続き、今度のギャオスには光に弱いという致命的すぎる弱点が!(後のジャイガーと言い、どうしてこんな情けない弱点が多いのか…)。さてさて、土地の値上げを画策する強慾ジジイの孫の少年が本作の主人公。↓へちょちょ星人さんは少年が勝手につけた名前が定着しちゃう安直さを指摘しておられるが、最近でも「多摩川のアザラシ=タマちゃん」という情けないフィーバーが日本中に起きたくらいだから、あながち無い話とは言えませぬぞ(←いやいや、無いってば)。さて件の少年、クソ生意気ながら結構泣かせてくれます。人類で始めてガメラの背に乗って飛行。「目が回らなかった?」「ガメラはグルグル回らず飛んでくれたから大丈夫だったよ」「グルグル回る?そうか!」とこんなクダラナイ会話からギャオス撃退法を思い付いてしまうオトナたち。案の定失敗。売り惜しみしてた土地が怪獣騒動のため売れなくなり、村民どもが強慾ジジイのもとに殺到、「責任取れ!」そこに少年、「オマエたちだって欲張ったんじゃないか!ジイチャンばっかり虐めるな!」とオモチャを投げ付け号泣(このシーン泣ける!)。一同解散後、画用紙にギャオス撃退シナリオを書きはじめる神憑かり的な少年。「山火事を起こせば、ガメラは火が好きだからきっと来てくれるよ」「山火事なんて簡単に起こせるもんじゃないのよ」「いや簡単だよ、ウチの山を燃やせばいいじゃないか!」それを陰で聞いていたジジイ、ついにある決断を・・・いやあ、泣けるじゃないですか! そんなわけで、怪獣と人類の対決をいろんな意味でドラマチックに仕上げた、希有の一本ではないかと。 8点(2003-11-16 01:46:21)(笑:1票) (良:1票)

39.  大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン そりゃまあ、初期の作品ですから、後のガメラと比べるのは当然オカしいのですが、それでも、「やっぱオトナだけでストーリーが進むなんて、ガメラ映画じゃないよー」という気持ちでいっぱい。一応、宝探しの冒険譚がハナシの発端ですが、ドロドロの欲望渦巻く展開に、何だかねえ。バルゴン急成長の原因が、誤って照射された水虫治療の赤外線、というのも実に夢がない。それに、赤外光はエネルギーが低いからねえ、突然変異するかねえ。紫外なら少しは説得力も・・・あんまり無いけど。さらにバルゴンは水に弱いという、動物とは思えない弱点が! 勝敗は目に見えてマス。この映画の見どころは、ダム破壊シーン、ですかね(つまり最初だけかよ)。5点(2003-11-16 01:41:24)

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