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【製作国 : 日本 抽出】 >> 製作国別レビュー統計
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1.  七人の侍 《ネタバレ》 我々が知る“映画”の次元を超えている。昔の映画は現代の映画に比べて、技術・演技・製作資金の面ではるかに劣っており、現代の映画の方が優れていると思っていたが、自分の間違いだと気付かされた。本作以上に素晴らしい作品は、現代の映画にも存在しないといっても過言ではない。セリフの聞き取りにくさはあるが、「字幕付」でカバーすればよい。 恐ろしいほどのリアリティを感じさせる映画だ。自分があの場所にいるかのような錯覚に陥らされる演出・撮影・演技には脱帽だ。3時間を超える映画であるが、これほど短く感じた3時間映画はないだろう。 撮影方法に関しても、あまりの素晴らしさに感嘆させられるシーンが多数見られた。カメラワークの巧みさや、面白いカットにも注目できる。 ストーリーとしても、単なる合戦モノに留まらず、「百姓」の表と裏を炙り出している点が秀逸だ。彼らは、単なる助けられるべき「可哀相な存在」というわけではなく、「談合を行うしたたかさ」「心の奥に秘める憎悪」「侍に対する不信感と信頼感」「自己の村を守った誇り」「百姓であることの喜び」などを描きこんでいる。決して「可哀相な存在」などではなく、どんなに踏みつけられても“生きようとする”強い存在だ。 主役は「7人の侍」かもしれないが、真の主役と勝利者は「百姓」ということが分かる仕組みになっている。 ラストのセリフは軽く口にしていたが、重みのある言葉だ。確かに、侍の戦には勝ち負けがないのかもしれない。形式的には勝ったとしても、ボロボロに傷つき、大切な者を失ってしまっては勝ったとはいえない。争いというものは、結局のところ負け戦でしかないというのが深みのある言葉だ。 また、各キャラクターがそれぞれ本当に存在しているかのような精彩を放っているのが素晴らしい。彼らの性格がそれぞれきちんと描かれているだけではなく、彼らのバックグラウンド、思想、生き様までをも感じ取れるようになっている。さらに、それぞれがそれぞれのことをどのように思っているかも分かるようになっている。 演技においても、志村、三船の存在感は異常に高い。他の俳優もかなりのレベルだが、彼らはずば抜けている。現在の日本の俳優に彼らのような演技ができる人がいないのは寂しいことだ。 リメイクしたいという話をよく聞くが、「完璧なもの」をどうして作り直す必要があるのかが分からない。[DVD(字幕)] 10点(2008-01-05 17:26:23)(良:2票) 《改行有》

2.  トゥモロー・ワールド 《ネタバレ》 10点をつけざるを得ない超絶神映画。 常人のセンスを遥かに越えた監督と撮影監督の手腕と想像力には脱帽せざるを得ない。 普通の映画とはまさに一線を画すモンスター映画だ。 本作を有楽町「日劇1」という1000人程度のキャパの映画館で観れたことは、自分にとって誠に貴重な体験となった。 映画の中の世界を、まさに「体験」したと言っても言い過ぎではないだろう。 終盤の8分長回しが話題になっているが、凄いのはその8分だけではなく、冒頭からずば抜けている。この映画のカメラの動きを考えながら観ていたら、武者震いが止らなくなった。あまりに凄すぎて圧倒されっぱなしで、観ている自分は終始半笑い状態だった。 まばたき一つするのが惜しいほどだ。少しでも油断したら「やべぇ、今どうやって撮ったんだ」と後悔してしまう。 監督に負けず劣らずクライブオーエンもよい演技をしている。 子どもが産まれなくなった世界で、アイロニカルながらもとても情熱的な男を演じきった。 ジュリアンが死んで木陰で泣き崩れる姿、ジャスパーが死んでミリアムに「触るな」と怒鳴る姿、怒鳴った後にキーに「大丈夫だ」という姿、ラストの船の上で「ゲップさせてやれ」とアドバイスを送って(自分の過去の経験が活きているのだろう)、「本当に良かった」とつぶやいて息を引き取る姿、どれも素晴らしいものだ。 そして何よりも本作の世界がクライブオーエンが知り得た情報のみで成り立っているのも面白いところだ。 情報不足・説明不足という批判を承知で、あえてそういうモノ作りを試みている。 「子どもが産まれなくなった理由」や「ヒューマンプロジェクトとはどういう組織か」などはあえて描かなくてもよい。むしろ本作ではこれらについても十分過ぎるほど情報が与えられていると思う。 ストーリーがないという批判を受けるかもしれないが、ストーリーも十分すぎるほど描かれていると思う。これ以上描いたら「蛇足」になってしまうかもしれない。 ストーリーにおいても、映像においても、メッセージ(子どもを観て皆戦いを止め、道を開けるシーンは映画史に刻まれてもよい)においても文句の付け所のない完璧な映画と思う。 映画の見方・作り方、映画に真摯に向き合う姿、映画の面白さを教えてくれた本作には感謝したい。[映画館(字幕)] 10点(2006-11-20 23:54:47)(良:3票) 《改行有》

3.  告白(2010) 《ネタバレ》 本屋大賞を受賞した原作は未読。本作について“語る”のは非常に難しい作品である。「とりあえず観てみろ」という言葉しか出てこない作品だ。 観る者によって感想はマチマチだろう。「人間の命の重さを説いたヒューマンドラマ」と捉えることもできる、「ガキたちに復讐する爽快なエンターテイメント作品」と捉えることもできる。解釈度が“自由”であり、観る人それぞれの心に何かを刻み付けた中島哲也監督の自在な手腕が発揮された傑作といえる。 「人間の命は脆くて軽いが非常に重いもの」「人を殺す際には、その人を愛する誰かがいることを考えてみろ」ということを教えるための森口先生による授業だったのではないかと感じたが、『なんてね』という言葉一つで引っくり返している。 結局「ガキたちと同類ではないか」とも感じてしまう一言だ。 確かに大人だろうが、子どもだろうが、人間である以上、変わりはないのかもしれない。クラスメートでも恋人でも母親でも誰かに自分を認めて欲しいという衝動、暇つぶしに誰かを傷つけたくなる衝動、復讐なんてしたくないけど復讐せざるを得ないという衝動、そういう短絡的で自己中心的な感情に支配され、人間は愚かな行動を走ってしまうものかもしれない。人間はバカで単純で弱くて脆いもの、悲しいけどそれが人間ということをも感じさせてくれる。人間というものの本質を感じさせてくれる点を評価したい。しかし、松たか子が泣くシーンを描くことで、罪の意識を感じ、人の心の痛みを知らないガキとは根本的に違うということだけは分かるようになっている。それでも溢れる感情を止めることはできないのだろう。 「パコと~」の際には、各キャラクターに感情移入できない点が気に入らなかった。本作も同様に感情移入することはできないが、感情移入できないことにより、本作には面白い効果を生んでいると思う。得たいの知れないという不気味な恐怖を感じるとともに、客観的な傍観者としてこの復讐劇をエンターテイメント感覚で楽しむことができる。中島監督が計算したかどうかは分からないが、非常に巧妙な仕掛けとなっている。 本作は問題作ではあるが、“人間の命の重さ”を真正面から捉えるよりも、本作のような切り口で語った方が反面教師的な役割を担えると思われる。R15指定作品だが、逆に子どもたちに見せてもよいのではないか。“何か”を感じ取ってくれることへの期待や希望はあるはずだ。[映画館(邦画)] 9点(2010-06-07 22:52:29)(良:1票) 《改行有》

4.  手紙(2006) 《ネタバレ》 原作未読。邦画も捨てたものではないと感じさせる傑作。映画を見て、ほとんど泣くことのない自分でも泣けた。特に減点すべきところもないので、10点満点と評価してもよい作品だ。ただ泣けるだけではなくて、『犯罪者の弟としての苦痛・苦悩』、『手紙のもつチカラ』がきちんと描かれている点を評価したい。作り物とは思えないほど、心に響いてくる作品だ。 “答え”のない難題にチャレンジしておきながら、一定の“答え”を出しているという非常に“深み”のある映画に仕上がっている。 「犯罪」というものは誰もが本能的に忌み嫌うものであり、「犯罪者」「犯罪者の家族」というレッテルを剥がすことは決してできないだろう。 我々としても、「犯罪者」に対して“差別”をするという意識がなくても、無意識的な“差別”なしに対応することはできないのではないかと思う。 ただ、本作を鑑賞することによって、そのような“差別”に対して、何かを感じ取ることや何かを考えることはできるという思いを強くすることができる。 結婚して子どもができたところで『これでエンドかな』と一瞬でも思ったことが、愚かともいえるほどの展開が待ち受けていたことが驚きだった。 本当のストーリーがここから始まるといっても過言ではない。 手紙を書くことで事件から逃げていた加害者、手紙を代筆させることで事件から逃げていた加害者の弟、手紙を無視(返事を書かない)することで事件から逃げていた被害者の息子、この事件はそれぞれの中では決して終わることはなかった。 自分の手による本音の手紙を書くことで事件に向き合う加害者の弟、手紙を書かないことで事件に向き合う加害者、たとえ読んでいたとしても半ば無視していたであろう手紙と本当に向き合った被害者の息子、事件から逃げずにそれぞれがきちんと事件に向き合うことによって、事件はようやく決着するのかもしれない。 『逃げちゃダメだ』という言葉は簡単に言えるかもしれないが、本当に逃げずに向き合うことはこれほど過酷なものとは思わなかったと感じさせるだけのパワーがあるラストだった。 事件は誰の心からも消えることはないのかもしれないが、繋がりを再認識して支え合うことによって乗り越えることはできるのかもしれない。 血縁者だからこそ苦しみも受けるが、血縁者だからこそ出来ることもある。[DVD(邦画)] 9点(2009-10-24 22:17:19)(良:3票) 《改行有》

5.  崖の上のポニョ 《ネタバレ》 宮崎駿という監督をそれほど高くは評価していなかったが、鳥肌が立つほど宮崎駿の恐ろしさを味わった。 本作を作ることができるのは、恐らく世界を探しても宮崎駿一人しかいないだろう。 ひょっとしたら子どもには作れるかもしれないが、大人には作れない映画だ。 何かを悟ってしまったかのような境地だ。 CGアニメが精緻にリアルに描かれた西洋の油絵ならば、手書きのアニメは日本の水墨画のような仕上がりだ。 CGアニメは画面から得られる情報しか与えてくれないが、手書きのアニメはシンプルではあるが、見たものの想像を駆り立てるチカラを持っている。 西洋の美術は全てを描こうとするが、日本の美術は全てを描くことをあえて止めて、「余白」を上手く利用して、見たものに奥行きを与えている。 どちらが優れており、どちらが劣っているという問題ではないが、本作は非常に日本的な味わいが感じられる作品に仕上がっている。 手書きスタイルだけではなく、ストーリーにおいてもこの「余白」的な仕上がりを感じられる。余計なストーリーを一切廃しており、恐ろしいほどのシンプルさが逆に凄みを感じる。余計なストーリーがないというよりも、ストーリーらしきストーリーも存在しないが、それでも全く飽きることがない。 そういう映画を作ることははっきり言って難しいと思う。 映画に毒されている人ならば、ソウスケとポニョを引き離そうとする父フジモトの悪だくみを描いたり、ポニョを人間にするためにソウスケに試練を与えようとするだろう。 そういったことをあえて描こうとしていないのが恐ろしい。 この描き方は、観た者の想像力を喚起させるのではないか。 本作に描かれているのは、ソウスケがポニョを想う気持ち一つだけだ。 宮崎駿は鑑賞してくれた子ども達に特別なことは必要ない、気持ち一つで十分とでも言っているのだろうか。 また、誰も死なない、誰も傷つかない(ソウスケがガラスで指を切ったのは除外)、人間の悪意がほとんど描かれていない(ゴミで汚れた海は描かれているが)、優しさに満ち溢れた映画である。 これほど澄んだ映画が、他にはあっただろうか。心が洗われる想いがした。 子どものために、子ども目線で作られている映画であり、宮崎駿はストーリーよりも何か別のものを重視したのかもしれない。[映画館(邦画)] 9点(2008-07-21 00:49:52)(良:3票) 《改行有》

6.  AKIRA(1988) 原作を読んでないので、勝手なことを書くけど、映画の世界は現在の世界を縮尺したようなものではないかと考えてしまった。 テツオの持ったチカラは「核」のようなもので、テツオや金田たちは一つの国と考えると分かりやすい。 金田のようにリーダーの国がいて、その同盟国としてチカラがない追従するしかないテツオのような国がある。 そのような弱い立場にあるモノがとんでもないチカラを持つとどうなるか、そういった世界を想像しながら観た。 立場が弱く鬱積していた感情が爆発し、徐々にエスカレートし、しまいには自分でもコントロール出来なくなり、破滅する。 ただ、自分のことを認めてもらいたかっただけだったかもしれないのに。 そのチカラが愛する人や友を殺すことになるともしれずに。 その他にもチカラの亡霊に振り回される人たちが上手く描けていた。 ただ、ケイの存在というか役割がイマイチ掴みづらい。 人間には世界を破滅へと追いこむチカラもそれを回避するチカラもそれぞれ持っている。 そのチカラをどう使うかいつ使うかは分からないが、もうそのチカラを使い始めているのかもしれない。9点(2004-06-25 14:14:05)(良:1票) 《改行有》

7.  たそがれ清兵衛 不器用な生き方だなあ。 貧乏で暮らしもままならず、最愛の女性の申し出も何かと理由を付けて断ってしまい、侍のくせに体裁のために刀を売って、刀もないのに藩命に背くこともできず剣豪に戦いに挑み、自分が死ぬかもしれないと感じた時にようやく自分の本心を打ち明ける。 そんな不器用な生き方でも、娘たちの成長を暖かく見守るのを楽しみに毎日の生活を送る。 時代を超えた日本人らしい良心を描いているから皆、共感できる傑作と言えるのではないでしょうか。 思えば朋江や善右衛門も不器用な生き方だった。 本心を打ち明けても時すでに遅く、それでもボロボロになりながらも自宅に戻ってきた時に朋江が待っていてくれたのは観ているこちら側としても何とも言えない嬉しい気持ちになれた。9点(2004-03-03 23:53:09)(良:2票) 《改行有》

8.  張込み(1958) 《ネタバレ》 50年代という自分が知らない日本が描かれているので、それだけでも映像に惹き付けられたが、それだけではない不思議な魅力をもった作品。 大して動きもそれほどない日常や、刑事が汗を拭うシーンが描かれているだけにも関わらず、なぜこれほど惹き付けられるだろうか。 清張の原作、野村の演出、橋本の脚本の見事な融合によって傑作に仕上がっている。 本作を観ると、“人間”というものが上手く描かれていると感じられる。 まず、『人間というものはよく分からない』ということが分かる。 7日間の張込みで人間の本質を理解できないのは当然のことではあるが、一緒に暮らしている夫の銀行員は何年一緒に暮らしても、さだ子を理解できないだろう。 ひょっとするとさだ子自身も自分のことを理解していなかったかもしれない。 自分の奥底に潜むパッションが爆発するということを彼女自身が分かっていたとは思えない。 何年も変わらぬ日常を経験したさだ子だからこそ、3年前のさだ子とは異なる決断ができたのだと思う。 ただし、“時間”というものがその決断を許さなかったようだ。 また、『人間というものは楽観的に解釈する』ということも本作の特徴かもしれない。 人間は、今この時に動かなくても、将来はきっと明るい未来が開けていると都合よく解釈してしまうものだ。 しかし、現実はそれほど甘くはないようだ。 将来を楽観視するのではなくて、行動するのは“今”なのかもしれない。 行動して失敗することもあるだろうが、行動しなくて後悔するよりも行動して後悔する方がマシだ。 急いで電報を打った柚木からそのように感じられた。 たとえ失敗したとしても、またやり直せばよい。[DVD(邦画)] 8点(2009-11-21 22:25:46)《改行有》

9.  ゼロの焦点(1961) 《ネタバレ》 “北陸”という場所が非常にマッチした映画に仕上がっている。 冬の北陸へは数度しか行った事はないので、個人イメージというところもあるが、鉛色の空が似合うちょっと寂しい感じの街だった気がする。 本作において、新婚旅行のときだろうか電車に乗っている際に、金沢への憧れを表す妻と金沢に対する嫌気を表す夫のやり取りが印象的に残っている。 夫にとっては、金沢という場所は想像以上に孤独で寂しい場所だったのではないか(鵜原だけではなくて、社長夫人や久子も含めて)。 ハイヒールを履いて雪の上を歩く妻の姿を見れば、その憧れは単なる憧れであり、現実が分かっていなかったこともよく分かる。 そのため、“北陸”という過酷な地において、それほど好きではない久子とその孤独のスキマを埋めざるを得なかったのかなと感じられた。 それがこの“悲劇”の始まりだろうか。 本社復帰を何度か断ったというセリフはあったが、いったん泥沼にはまると抜け出したくてもなかなか抜け出せないというのはよくあることだ。 パンパンという言葉を初めて聞いたが、当時としては相当な差別対象だったと想像される。 どんなに偽っても、どんなに誤魔化してもそういった“過去”というものは消えず、“過去”は付きまとい、“過去”という亡霊に怯え続けるざるを得ないのだと思い知らされる。 また、人を愛するということは、その人の全てを知りたいと願うことなのかもしれない。 妻はたった7日間の結婚生活だったけれども夫を愛していた。 社長は妻のことを愛していた。 人から愛される度に“過去”というものが浮かび上がってきてしまうもののようだ。 人を愛さなければ、人から愛されなければ“過去”というものは問題ならないのかもしれない。 “過去”というものが非常に厄介なものだということも思い知らされる。 “謎”自体はそれほど複雑で面白みのあるものではないが、それがまた何かを感じさせるものとなっている。 一瞬の感情や偶然によって、事件が複雑に絡まってしまっているだけであり、真実はそれほどドロドロしいものでもなければ、計画的な残酷性があるわけではない。 それが悲しみを引き立てる効果となっていると感じられた。[DVD(邦画)] 8点(2009-11-16 23:02:57)《改行有》

10.  CASSHERN 《ネタバレ》 元ネタについては一切知らず。 どうせクダらない作品だろうとタカを括っていたが、意外にというか相当に楽しめた。 もし、自分が映画を作ることができる立場にいれば、恐らく本作のような「訳の分からない作品」を作っていたのではないかと思えるほどのシンパシーを覚えた。 こういう批判覚悟のメチャクチャな映画を作れるというキリヤに対して羨ましく感じる。 原作ファンやアクション作品を楽しみにしていた観客から批判されるのを覚悟の上で、自分の描きたい世界観をデビュー作から見事に表現できたのではないかと思う。 邦画でもなく、もちろん洋画でもなく、自分独自のオリジナルな作品であり、誰かの人真似ではない作品だ。 そういう意味においても評価したいところだ。 何らかのメッセージを込めようと試行錯誤して辿り着いたものが、レベルが低くて単なる理想論だとしても、何も込めないよりはマシだ。 子どもレベルのメッセージであるが、自分自身それほど難しいことは分からないので、この位の低いレベルだとありがたい。 本作が言いたいことは面倒くさかったので、あまり深く考えないようにして鑑賞してみたが、それでも「憎しみの連鎖」というテーマを上手く表現できていると感じられた。 その辺にある“反戦映画”よりも、本作の方がまだ“反戦”というメッセージがストレートに伝わってくる。 「戦争がどんなものか知らない」「死んではいけない」という分かりやすいセリフの趣旨が上手く映像化されていると思う。 「青臭い理想論」かもしれないが、何を考えて作成されているのか分からない作品が多い中において、本作が目指した“志”は評価できる。 “映像”と“メッセージ”の両立に成功しており、本作の価値は高い。 多くの人に共感を得られるレベルではなかったかもしれないが、自分の理念にチャレンジした男の生き様を感じられる作品だ。[DVD(邦画)] 8点(2009-06-06 12:55:29)(良:2票) 《改行有》

11.  スカイ・クロラ The Sky Crawlers 《ネタバレ》 ビジュアルは文句なく、ストーリーも良く、しかも何かを考えさせるようになっており、非常に満足できる作品に仕上がっている。 世界や海外を意識したためか、自分の追求するスタイルを少々捨ててはいるが、自分のコアな部分はきちんと投影されている点は素晴らしい。 自分の世界観を分かりやすく伝えるのもプロの監督の仕事だ。 あまり彼の作品は観たことはないが、やはり押井監督はプロフェッショナルな監督だと感じさせる。 チカラを相当に注いだと思われるビジュアル面では他の追随を許さない圧倒的な美しさには驚かされる。 単に美しいだけではなく、空や雲の空気感・飛んでいるような感覚までをも描きこもうとしている。 ある意味では“芸術”ともいえる領域だ。 キルドレについては、現代の若者をイメージしているのだろうか。 空の多彩な表情とは変わって、能面のような表情が実にいいコントラストになっている。 感情的にならないドライな若者たちを非難しているようには感じない。 現代の若者を上手く捉えており、彼らに非常に分かりやすくメッセージを伝えたと思う。 本作ではキルドレの代わりがいくらでもいるという設定になっているが、現代の若者たちに対して「それでいいのか?」と問うているのではないか。 「オマエらは人形じゃない」「代わりなんていない」「この世界はゲームじゃない」ということを監督は伝えたがっているように感じた。 また、描くことが難解な微妙な部分を上手く演出している点を評価したい。 冷めているようで、ほんの少し熱い部分もある。 感情を表に出さないが、内面には秘めたる部分もある。 諦めているようで、何かを変えようともがいている部分もある。 逃げているようで、立ち向かおうとしている部分もある。 このような微妙な感覚を上手く演出しているのはプロの仕事だ。 菊地凛子の起用の成否の判断は難しいが、恐らく押井監督はギャンブルに出たのではないか。 彼女よりも上手い声優はいくらでもいたと思うが、彼女の下手くそさ(しっくりこない違和感)が良い意味で個性的な味わいが出たような気がした。 栗山千明のように悪くなくても印象の残らないよりも、冒険を犯して印象に残すということに主眼を置いて勝負したと思われる。 菊地凛子は好きではないが、そういう意味においては彼女の起用は当たった。[映画館(字幕)] 8点(2008-09-04 00:32:56)《改行有》

12.  クライング・ゲーム 《ネタバレ》 事前情報を全く知らずに鑑賞したため、かなり驚かされることとなった。 ファーガスがジョディ(ウィテカー)に「(ディルと)結婚しているのか?」と問い掛けたときのジョディの返答から、確かに違和感を覚えたが…。 鑑賞中は「写真よりも実物は意外と大したことないなぁ」と思っていたが、その直感は間違いではなかったようだ。 だが、単なる驚きを与えるばかりではなく、「性を越えた恋愛」、「人間の性(さが)」などをきちんと描いた傑作だ。 ジョディはファーガスが「カエル」だと分かっていたのだろう。 だからこそ、ファーガスにディルを託したのではないか。 ディルはまさに「サソリ」だ。 「カエル」がいなければ、人生という名の川を渡れない。 もし、ディルの秘密が分かったとしても、ファーガスは自分の背中からディルを振り落とすような真似はしないと、ジョディは分かっていたのではないか。 ファーガスは「カエル」だが、ただの「カエル」ではない。 「サソリ」に刺されても、「サソリ」とともに川の底に沈むのではなく、「サソリ」も生かして、自分も生きようとする「カエル」だ。 この「サソリ」と「カエル」のカップルは、肉体的には結び合えないかもしれないが、感情面においては、強く結び合っているのが、よく分かるラストだ。 誘拐した側と誘拐された側ですら、分かり合えたのであるから、ファーガスにとってはディルと分かり合うことなど難しいことではない。 それこそがファーガスの性(さが)だろう。 一番分かり合えなかったのが、自分の同志というのが、皮肉な結果となっている。 それにしても、フォレスト・ウィテカーが凄い。 「ラストキングオブスコットランド」でアカデミー賞主演男優賞を獲得できたのは伊達ではないようだ。 「ラストキングオブスコットランド」の演技よりも、本作の方がインパクトがあり、非常に印象に残る素晴らしい演技だった。[DVD(字幕)] 8点(2008-01-10 21:35:27)《改行有》

13.  影武者 《ネタバレ》 長すぎるシーンが多数あり、つまらない映画とジャッジされても仕方のない映画ではあるが、見事な作品でもある。 死んでいるはずの“武田信玄”という男をきちんと描き込めていると思う。 “武田信玄”という男は死んでおり、実際には描かれていないのに関わらず、本作によって“武田信玄”という男がどういう人間かを知ることができる。 描いていないのに描き込まれている、これを凄いと言わず、なんと言おうか。 「死せる孔明 生ける仲達を走らす」という三国志の有名な言葉があるが、まさにそれを描いている。 また、“影武者”の悲哀も見事に描きこまれている点も素晴らしい。 光を失った影の生き様、決して光にはなれない影の生き様が見事に光を放っている。 実際の息子勝頼よりも、赤の他人の影武者がより“武田信玄”という男を分かっていたのではないか。 勝頼自身はある意味で父“武田信玄”を理解しており、あえて父親という亡霊から逃れるために、父親とは真逆の戦法・生き方を選んだのかもしれないが…。 影武者が偽者だと分かるシークエンスがやや物足りないという欠点や、金と労力の無駄遣いとしか思えない長篠の戦い(迫力はさすがにもの凄いけど)が蛇足といえば蛇足であり、また史実と異なるらしいものではあるが、そういった欠点を補って余りある作品だ。[DVD(字幕)] 8点(2008-01-05 16:43:29)《改行有》

14.  東京物語 《ネタバレ》 世間的に評価されている名作という理由だけで高得点はつけたくないが、本作はお世辞抜きにして、素晴らしい作品であると感じた。 この歳になるまで、小津作品は一度も観たことなく、ようやく本作を鑑賞したのだが、鑑賞中、なぜか終始鳥肌が立つような感じで、悲しくはないけど涙が出そうになることが何度もあった。とても不思議な作品である。 第一印象として、非常に「緊張感」のある映画だと感じた。美しい「日本の心」と、失われていく「日本の心」が終始静かにぶつかり合い、せめぎ合い、衝突しながら、それが一本の筋となって、映画の根底を流れていく。だから、特殊な緊張感が生じるのだろう。 子ども達に会えることを楽しみにわざわざ尾道から出てきたものの、子どもたちから邪魔にされながら、決して直接文句も言わずに、逆に「幸せな方かもしれんなあ」と語り合う老夫婦。 子どもたちは、絶対いいはずだと熱海へ送り出し、厄介払いをして、母親が亡くなったら、「(死ぬ順番が父と母が)逆だったらよかったのに」と語り合う。 まさに「親の心子知らず」という言葉がぴったりだ。「あんな立派に育てられたのは誰のおかげだ」と問い詰めたくもなるが、自分には幸一もしげも否定できないと思う。 父母と子どもというのは、ある意味においては、一番近いようにみえて、一番遠い関係でもある。血が繋がっていれば、紀子のように自分の真の気持ちを素直に吐露できないものである。 そして、幸一もしげも最初はああではなかっただろう。しかし、父や母がいる故郷を離れ、東京へ出て、結婚し、子どもを持ち自分の生活というものが次第に形作られていくと、徐々に人間はみな変わっていってしまうのだろう。紀子や京子ですら、再婚や結婚をしたら恐らく変わっていってしまうのではないか。これはもう良い、悪いというよりも、人間としてやむを得ないことなのだろう。 大きな家に一人取り残された周吉の後ろ姿がとても小さく感じられる。彼の後ろ姿によって、人間が変わっていってしまうことのもの悲しさと、郷愁の余韻が残る。 本作を観て、親子の関係を少し改めてみないといけないなと感じられた。小津監督も失われつつある「日本の心」を描きつつ、そうした現状に対して少し考えさせて、いくらかの歯止めをしたいという趣旨を込めたのではないだろうか。[DVD(邦画)] 8点(2006-12-31 00:22:01)(良:2票) 《改行有》

15.  ゆれる 《ネタバレ》 この映画を観て正直面白かったとは思わないが、「いい映画とはこういう映画なんだな」とは思った。観終った後の余韻に浸れる感じがよい。しばらくの間、頭の中で様々なことがぐるぐるとかけ巡る感じがした。 特に、観終った直後から「あの後、稔はバスに乗っただろうか。それとも乗らなかっただろうか。」ということをしばらくずっと考えていた。 意見は別れるとは思うが、恐らく稔はバスに乗って、猛の元を去ったのではないかと思う。 稔はこの事件を通じて猛に対して兄弟の関係を問いたかったはずだ。稔は「智恵子が付けた爪の傷跡(無罪を立証する物証)」というカード(信頼)を猛に委ねて、猛に対して執拗に兄弟の関係をぐらぐらとゆらしてみた。その激しい揺れに耐えかねて、そのカードを切らずに猛は稔を裏切ってしまった。 しかし、ラストでようやく稔は「兄」の存在の大きさに気づかされる。「今、自分がこうしているのも兄のおかげだ」と。 稔と猛の兄弟は、兄弟という関係に初めて真剣に向かい合って、ラストには真の意味で昔のような兄弟に戻れたと思う。それは猛の叫びと、稔の笑顔が証明している。 確かに兄弟という関係には戻れたと思うが、以前のような生活には戻れないはずだ。 やはり、弟の裏切りには、責めを負わせる必要があるだろう。兄は、なにもかも奪ってしまった弟から、はじめてなにかを奪われる責めを弟に負わせたはずだ。稔は猛から「兄」という存在を奪ったのではないか。だから、自分は最後にバスに乗ったと思う。 また、稔自身もリスクだけを背負ったわけではない。もし弟がカードを切らなかったとしてもよかったと思ったはずだ。この事件がなければ、田舎町でしがないガソリンスタンドを経営し、ボケた父親とともに一生つまらない人生を送っただろう。いっそのこと有罪になることで、彼なりに「つまらない人生からの逃亡」を謀ったのではないか。 そういう点からももうあの家には戻らないだろう。 猛がカードを切って無罪となれば、猛に対して語ったようにガソリンスタンドを改修して、田舎町で人生を送るつもりだったのだろう。弟からの信頼があれば、つまらない人生に対しても意義を見出せると思ったのではないか。[映画館(邦画)] 8点(2006-09-02 02:48:59)(良:3票) 《改行有》

16.  嫌われ松子の一生 「人生終わった」が口癖の人間が、その人生が終わる瞬間まで“希望”を捨てていなかったという点がなんとも印象深い。完全に終わったような人生を送っていたとしても、「まだ、まだ行ける」と立ち上がろうとする姿には感動を覚える(階段から転げ落ちても、バットで殴られようと、なお立ち上がろうとする姿も印象的だ)。そのような彼女の姿を見続けると、“自分もまだまだ終わらんよ”とチカラが沸いてくるようだ。 また、「留まるも地獄、行くも地獄ならば、一人じゃない方を選ぶ」という生き方はなかなか共感しにくいところはあるが、彼女としては“孤独”からどうしても逃れたかったのだろうと強く感じさせる。“家族”という帰る場所を失い、自分の居場所を求めて彷徨った遍歴は、正しいか間違っているかは分からないが、決して悪くはない。 何かをしてもらうのではなくて何かをしたい、愛されるよりも愛したい、現代の“受動的”な人間行動を否定して、“能動的”に行動し続ける姿が心を打つ。 その他にも故郷を想起させる“川”なども、セリフは喋られないが、松子の気持ちを深く代弁している。父親に愛されたかったという強い思いから思いついた“変顔”も印象的に使われている。原作には盛り込まれておらず、監督のオリジナルアイディアと聞いたことがあったが、非常に高い効果を生んでいると感じる。さらに、人生の最後を迎えて、天国のような階段を登り、家族や妹の元へ帰っていく姿も非常に美しく描かれている。“嫌われ松子”は監督には非常に愛されていたと感じさせるシーンだ。 監督と中谷美紀の仲が非常に悪かったという噂だが、監督は松子というキャラクターに対して深く深く気持ちを込めていたのではないか。 女優に対してそれだけ多くの注文を付けることは、それだけこの作品に対して深く入り込んで、作品の質をより深めようとする努力みたいなものなのだろう。この作品を観ると、監督の強い意気込みを感じられる。 松子という女性の一生を描くために、“ミュージカル”形式を採用したことも監督の狙い通りに完全にハマっている。だらだらと断片的に人生を描くよりも、ストーリーがぐっと引き締まる。その時々の松子の内面を印象的に描き出すとともに、歌詞を通してもダイレクトにメッセージを伝えることができるような仕組みになっている。残酷なストーリーだが、これによって笑って明るく見られるような効果もあるだろう。[映画館(邦画)] 8点(2006-05-27 19:59:08)(良:2票) 《改行有》

17.  ラスト サムライ 勝元がなんのために戦い、なんのために死んだかを考えるとこの映画の良さが分かる気がします。 サムライの生き様とは全ては君主のために生き、君主のために死ぬ。それこそが名誉であり、戦場で死ぬことは誇りである。まさに勝元こそラストサムライだった。 サムライ的精神はパーフェクトに描かれてはいるけど、あまりに美しく描きすぎてて、死ぬことが誇りとはいえ、ラストあたりの悲壮感が全く感じられないのはどうなのかなあ。 美しく描くのなら、勝元の死に際に詩を完成させて欲しかった。 やや硬い話にいくつかの笑いを入れて中和させていたのも良かった気がする。タップするトムとスローで殺陣を再現させるトムには笑ったなあ。8点(2004-06-25 22:31:54)《改行有》

18.  イノセンス 題名と宣伝に惑わされて前作を未見で行く人とかいないんですかね。 少佐のことを知らない人が見たらとんでもないことになるので絶対前作を見てから行って下さい。 自分もこの映画を見るためにようやく前作を見たというレベルで原作も全く知らないし、押井監督作品も見たことなかったけど、映像技術や世界観は驚くべきものがありますね。 アニメという限界を知らない世界で現時点で辿り着いた最高レベルといって問題ないでしょう。また多くの人に影響を与える作品になったんではないでしょうか。 セリフについては言っている意味は全く理解はできないけど、雰囲気を感じ取ればとりあえず問題ないのではという気が、逆にストーリーは流れるようにスムーズに進むので難解さはそれほどない。 テーマとしては人間とは一体何か、人間の進むべき道・未来とは何か…というのを深く感じました。 最後のバトーの少女への怒りは、自分が本当に人間なのかどうかを悩んで消えてしまった素子同様に、バトー自身も自分が魂のある人形にすぎないと思っているからなんでしょうか。8点(2004-06-25 14:51:31)《改行有》

19.  ロスト・イン・トランスレーション ストーリーは特段大きな出来事はないけど、アメリカから日本にやってきて、知っている人も誰もいない世界で、話している言葉も生活も違う暮らしの中で一人孤独を味わう。 翻訳という会話の中に失われていく言葉があると共に、家族との会話の中にも行き違いやコミュニーケーション不足からどんどん言葉が失われていく。 孤独の中で自分自身や家族との生活に行き詰っている自分と向き合うことになる。 同じ境遇にいる人と出会い、お互いが支えあいながら、東京に来たことで、今までとは同じように見えて違う道を歩んでいくチカラを与えてくれた。 そんな成長をユーモアたっぷりの優しい視線で見せてくれた本作はやはり評価に値すると言っていいだろう。 アメリカ人から観た我々が気づかない東京、日本を描いているのも興味深い。 普段、気づかなかったけど、外国の人はこんなことを不思議がっているのかが分かる。[映画館(字幕)] 8点(2004-06-25 14:35:12)《改行有》

20.  スクリーマーズ 観た瞬間、B級だなと思わせるもすぐにディック独自の世界に引き込まれる。 タイプⅡは誰かというストーリーで進むのかと思いきや、「生きて二人で地球に帰るんだ」みたいな「えっ、そんなストーリーだっけ?」と思うほど、ラストでは一気に恋愛色が強まるし、あのメチャクチャ感がたまらない。脱出用の宇宙船を見て、やっぱりまぎれもないB級作品だったと再認識させてくれるのもいいね。B級としてはかなりレベルの高いB級でしょう。 一応の疑問は、メガネ野郎も出血タイプのロボということでいいんだろうか、あと少年タイプを最初に撃ち殺したり、連合の基地を占拠していたロボを一緒に大虐殺するのは仲間割れしているんことになっちまうが。8点(2004-03-16 19:57:44)《改行有》

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