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プロフィール |
コメント数 |
253 |
性別 |
男性 |
自己紹介 |
直接的に「内容」に向かうのではなく、「スクリーンへの現れ方」を語る言葉(技法論的な言葉)をなんとかめざしたい。 |
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1. 運命の女(2002)
《ネタバレ》 ダイアン・レインの体当たり演技に感謝というような映画で、それにつきる。邦題がだめ。「浮気」なのである。「運命の女」なら、「家庭」を棄てるべきところ。白人有閑階級の退屈には同情できないし、ただただ「家庭」のために尽くす夫という設定も平板である。だから「家庭」という設定が聖域のように君臨するのが、アメリカ映画の基本中の基本。暴力・破壊が大好きなアメリカ映画は「家庭」を守るという大義名分のもと、なんでもするということ。[DVD(字幕)] 5点(2014-02-03 14:08:51)(良:1票)
2. 海辺のポーリーヌ
《ネタバレ》 バカンスの海をバックにカメラの前に横一列の人物たち、というのがまず良い。背後にウィンド・サーフィンのボードの帆が風に吹かれている。まったく内的繋がりのない人物たちをまずはウィンド・サーフィンが繋いでいる。じつに浅い関係、恋も?キャンディー売りの女(恋多き女)があの「海辺」を移動して(唯一のトラベリング移動撮影)、恋の相関図にちょっかい…嘘だらけなのだが、べつに嘘でもいいじゃん、しあわせならば、というラストの「名言」がシビレル味。
[映画館(字幕)] 8点(2011-03-22 20:27:56)《改行有》
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