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341.  チーム★アメリカ ワールドポリス 《ネタバレ》 「魁!クロマティ高校」があわや公開差止を食らうところだったのに、本作がアメリカで普通に公開されるというのは、やはりアメリカ人の懐の深さというか、表現の自由ということなんでしょうか。クロマティ自身はアメリカ人なんだけど。 しかし、パラマウントはよく公開したなあと思う。今回登場した人物プラスマイケルベイとベンアフレックは、パラマウントとの関係はおかしくならないのだろうかと心配してしまう。 この映画のなかで一番大爆笑できたのは、ゲロシーン。周りはちょっとヒキ気味だったけど。その他にも、手をバタバタさせるSOSシーンとパールハーバーのテーマにはなかなか笑いのセンスを見出せるが、個人的には「スターウォーズ」などヒネリを効かせた笑いや、ゲロや下ネタとは異なるもう少しハジケた感じの抜けた笑いももうちょい欲しかったというところ。 しかし、本作は人形劇にしたために映像の幅が広がったという利点を感じる。あの二人のベッドシーンは実写では到底無理だし、アニメでも無理だろう。人形だからこそできる微妙なリアル感がでた面白いシーンだと思う。俳優たちが吹っ飛ぶシーンや黒猫のシーンも人形劇だからこそというのはあった。憂いに満ちた表情など人形であることのギャップを利用することによって、なかなか良い効果が生じさせたのではと感じる。 【深いネタばれ】本作は、ぱっと見では①テロ撲滅を名に世界の警察を名乗るアメリカへの批判、②政治的な発言が目立つ俳優への揶揄、③テロ国家への非難を感じられる。 しかし、①については、実は最後には0.01秒差で世界を救うのはアメリカであるし、②についても、主人公自身が実は俳優であり、俳優が世界を救うというストーリーになっている。 非難する点と映画の結末が矛盾する形となっていることを考えると、制作者は案外、真意を悟られないように実は計算して創っているのではないかという気がする。③に関しては、どれも似たようなものだがチ〇〇がアメリカであり、マ〇〇がアメリカが内政干渉する国であり、ケツの穴がテロ国家という図式であり、世界がクソだらけにならないよう、ケツの穴を取り締まることは大事であり、チ〇〇のような世界の警察は必要悪なのかもしれないではないかというメッセージは一応込めていたような気がする。[映画館(字幕)] 7点(2005-08-07 23:54:49)(笑:1票) (良:2票) 《改行有》

342.  ハウルの動く城 《ネタバレ》 相当の期待感を胸に映画館に足を運んだが、見終わった後の率直な感想は何を伝えたかったのかが全く分からなかったという思いしか残らなかった。特に強いメッセージ性を要求しているのではない、単純なものでいい、何かを伝えて欲しかった。もっとも全編を通して伝えたかったのは「愛」だろう。それは理解できる。しかしそれを伝える手段としては疑問を感じざるを得ない。ハウルへの想いの強さによってソフィーは少女のようにも、老婆のようにも姿が変わる。この描き方は面白いと感じた。かけられていた呪いも二人の愛の力によって解いたのだと思う。その点も本来は感動的なはずだが大事なのは過程だろう。個人的には、もっと自分の身を犠牲にしてでも相手を守りたいという点を強調しても良かったと思う。「守りたいものが出来た。それは君だ。」ということを、もっとはっきりと大きなテーマにすべきではなかっただろうか。確かに、ハウルはソフィーのために身を呈して爆弾を防いだりしていたが、あれでは盛り上がりに欠ける。一方、ソフィーもハウルのために、火を恐れずに荒地の魔女から心臓を取り戻した。しかし、もっとドラマティックに演出することはいくらでも可能だっただろう。そもそも荒地の魔女とのやり取りをあんなにあっさりと終わらせるのはもったいなさすぎる。あそこは最大のクライマックスしても良かった。チカラを失っていたと思われた荒地の魔女が、我を忘れて異形に近いような姿になるのを、ソフィーが愛の力で取り返すという展開にした方がまだ面白い。荒地の魔女も本来の人間の心がまだ片隅にあり、ソフィーに親切にしてもらった気持ちやソフィーのハウルに対する愛情を感じていて、改心するという方が良かっただろう。そうすれば、荒地の魔女の存在意義も大きなものになってくる。はっきり言って荒地の魔女だけでなく、ハウル、ソフィー、師匠、ソフィー母等、キャラクターの描き方・存在理由に違和感も覚えざるを得ない。 そしてもう一点、戦争の描き方に対しても疑問を持つ。あそこまで不明確に描く理由があるのだろうか。大体は流れでなんとなく分かるが、誰が何のために争っていて、解決策があるのか、ハウルがその戦争にどのように関与しているのかは少なくても明瞭にすべきだったと思われる。そうしないと「かかし」の存在も意味がなく、「こんなくだらない戦争終わらせないと」のようなラストのセリフも生きようもない。3点(2004-11-22 22:39:45)(良:2票) 《改行有》

343.  エターナル・サンシャイン 《ネタバレ》 正直いってこの映画のレビューを書くのは止めようかどうか悩んだけど、やはり自分のポリシーから素直に感じたことを書こうと思う。 この映画を知ったのはアメリカで公開していた1年ほど前、自分も「頼むから俺の頭の中から出ていってくれ」と思い悩んだときがあったので、このテーマにはもの凄く惹かれ、日本公開を今か今かと心待ちにしていた。 アメリカでは恐ろしいほど評価も高く、アカデミー脚本賞受賞、大好きなチャーリーカウフマン脚本。どんなに感動できるか楽しみにしていた…しかし、この映画を観て自分の心が動かされることはほとんどなかった。以下、その理由を書きたい。 ①「ケイトが記憶を消した理由があまりにも捻りがない。」 「私は衝動的な行動をする女だから」というのはあまりにも酷すぎはしないか。 「不幸な生活から抜け出すため」のようなことを医者が言っていたので、ジムキャリーと何かボタンの掛け違いのようなことがあったのではないかと最初に考えていた。 一回失敗したから次は大丈夫だとは思うが、これでは次も大丈夫なのかと不安に思う。 ②「ジムキャリーが記憶を無くしたくないという必死な思いが伝わらない。」 キャラクターが地味で感情を表にしない役がらだったので、それに合わせたのかもしれないが、もっともっと必死になって欲しかった。 彼女と過ごした想い出を辿るとともに、彼女と過ごした楽しい時を思い出して、この記憶を絶対忘れてはいかないことに気付くという必死さがないと感じる。少し淡々としすぎている。 関係のない記憶にケイトを連れて行くのは話としては面白いが、脇道は脇道でしかない。 本道をきっちりと押さえるべきではなかったか。 ③「ラストに捻りがない。」 ケイトが記憶を消した理由に捻りがないため、この映画のラストでも充分納得はできるが、もしケイトにジムの記憶を無くすだけの納得のいく理由を設定するとすれば、ジムは自力で記憶を取り戻すものの、ケイトの記憶を消した理由を知り、あえて別れる選択(曖昧な別れをせずに、きちんとちゃんとした別れを告げる)をするというのもアリなのではないかという気がする。 ④前に進むためには「記憶を消す」ことが正しい道ではない。楽しかった想い出、辛い想い出、苦しい想い出などを糧に、また新たな想い出を創るために歩みを止めないことこそが大事なのではないかということを感じたかった。5点(2005-03-22 01:03:20)(良:1票) 《改行有》

344.  クローサー(2004) 《ネタバレ》 他のレビュワーの評価はあまり芳しくないけど、非常に楽しめた作品。四人の会話は非常に面白く、かつ深みもある。またそれぞれによって繰り広げられる恋愛模様は、痛々しくも、なにか心に突き刺さる感じを受けた。しかし、この映画の男女の関係がリアルとは思わない。むしろ少なくとも日本人の我々にとってみると、この関係は非現実的だろう。誤解や反論のある表現だとは思うが、我々は、男女の関係にある程度の嘘があることを知っており、嘘だと思っていても、一定程度、黙認し、許容している部分がないだろうか。したがって、修正不可能な場合でない限り、あえて真実を知ろうとして、それによって関係にわざわざヒビを入れようとしない。特に「過去」に関しては。しかし、この映画の世界がリアルでないとしても、ある意味「現実(リアル)」を抽象化し、それを再びモデル的に具象化したように思われる。この世界には、リアルではないものの「真実」が隠されていると思う。 特に自分が男だけあって、ジュードロウにはある意味共感できた(絶対にジュードロウのように「真実」をあえて探ろうとはしないが)。彼は男女の関係の中に「嘘」がない関係を「真実」の関係と捉えている点がなんとも痛々しすぎる。真実を知りたい、もしくは真実を知っていても、相手を信じたいという男の哀しい性を感じる。その性が二人の女性を失わせることになる。 一方、女性は全く違う行動を取っている。ジュリアロバーツは、自分からは「真実」を白状しないが、どことなく嘘のない関係を拒んでおり、態度で「真実」を醸し出して、相手に気づかさせ ている。ナタリーポートマンは、あえて現実の世界に嘘の世界を作り出しているように思える。彼女は、男女の関係に必ずしも真実は必要ないと分かっているのではないか。もしかすると、彼女にとっては、男女の関係が嘘の世界であり、ストリッパーの世界が現実の世界と感じているのかもしれない。ともあれ、4人の中で非常に大人の人間だ。 クライヴオーウェンは、GG賞を取っただけはあって、粗野で、自己中心的、かつ狡猾な男という性格を感じさせる演技をしていた。最初ジュードロウに手玉に取られていたはずが、最後には手玉に取っているあたりが人間観察に優れた医者という設定に合っていると感じる。 ある意味、これほど人間、男女関係を、軽くかつ深く描いた作品はお目にかかれない。[映画館(字幕)] 10点(2005-06-06 22:36:54)(良:1票) 《改行有》

345.  アイランド(2005) 《ネタバレ》 近未来を舞台にクローンをテーマに扱ってもマイケルベイにはお構いなし。相変わらずのベイ・ワールドが展開される。ある意味、凄えなと思わせるこだわりが彼にはあるようだ。本作は頭を空にしてアクションを楽しみたいという人に向く映画であり、クローンを扱ったアイデンティティや人間性をテーマにした映画を観たいとか、近未来の管理社会やクローンの危うさをテーマにした映画を観たいという人にはあまり向かない。そうは言ってもバッドボーイズとは違って、あまりおふざけなしの映画には仕上がっているので、なんとか観れる映画にはなっているとは思う。そして「バッドボーイズ」でもおなじみの激しいカーアクションは一つの見所になっている。「バッドボーイズ」では、クルマの上からクルマや死体を投げ落としていたが、今回もなにかを投げています(荷台から荷物が落ちて、後ろがとんでもないことになっているのに運転手は走り続けるところがマイケルベイらしいところ)。 以下ネタバレ【マイケルベイのここが嫌い】 ①「捕まえるのは無理だ!もう殺しちまえ」といきなり言ってしまうところ。一応、大事な「商品」らしいのだし、クローンの育成には恐らく莫大な時間と費用が掛かるのだろうし、サラ本人は死にそうな状態なのに、殺していいのか。契約とかもあるだろう。 ②「軍にばれたらやばいからオマエ達に頼む」というのが大前提。にもかかわらず、ブシェミを惨殺→(ブシェミカード使用により)警察の介入を許す→今度は警察を襲撃。そんなことしてたら、しまいには軍動くぞ。しかも、再度のカード使用では警察に動きなし。そもそも論を無視した激しいアクションには笑けてくる。 ③おもむろにジョーダンがパンツの中から拳銃を取り出すところ。セキュリティも何もあったもんじゃねえな。金属探知機か何かで調べられたら御仕舞のそんな無謀な計画が上手くいくと思っているのか。 ④全く途中のストーリーとは関係ない部分で、フンスーが裏切るところ。それは本当に勘弁して欲しい。ストーリーに多少絡ませるくらいできるだろう。汗かきすぎだし、そもそも銃持っているからって、リンカーンを撃ち殺すなよ。 ⑤ラスト大将一人で自らリンカーンに立ち向かうようなところ。あとから、いっぱい黒服も来たけど、その後、どっかに行ってしまっているようなところ。 ⑥「アイランドはあったわ。それはわたし達よ。」まじで意味分からねえ。[映画館(字幕)] 3点(2005-07-24 02:14:42)(笑:3票) (良:2票) 《改行有》

346.  女王陛下の007 《ネタバレ》 前5作と比較すると本作が映画としてのレベルが一番高かったように感じた。 リアリティを無視し、荒唐無稽さが目立ち始め、やや道を外しかけたこのシリーズを俳優交代を機に原点回帰させようとした関係者の熱意が伝わってくる。映画としては素晴らしい作品に仕上がったが、当時の観客には受けなかったのが残念で仕方がない。リアリティをとことん重視した本作(カジノロワイヤルへの対抗か)の興行的な失敗により、本シリーズの方向性は、最新テクノロジーをふんだんに盛り込んだ非現実的な路線へと進むことになったといえよう。 とにかく、本作のリアリティ度は目を見張る。ボンドが一発軽くぶん殴ったら、普通ならば、その名前のない者は即座に退場させられるのがシリーズの流れである。しかし、本作では5、6発ぶん殴っても倒れない。しばらく倒れたとしても、すぐに起き上がって、またボンドに向かってくる(ボンドは顔に傷を負う)。敵から銃弾を浴びせられれば、頬をかすめるほどのギリギリを通過する。スキー板は外れ、敵からは血も噴出す(血は意外と珍しくないか)。油を触れば、当然油まみれにもなり、役に立つのは特殊機械ではなく、ポケットの生地というこだわりだ。金庫を開けるために特殊機械を使用したとしても、数秒で開くことはなく、長時間を要する(これにより緊張感も生じる)。敵から全力で逃亡すれば、疲労までもする(スケートリンクで呆然としている)。仲間は役に立たず、拷問にあえばあっけなく白状するのもリアリティのこだわりだろう。 エンディングもシリーズを無視した挑戦ともいえるが、このエンディングはアメリカンニューシネマの影響を受けているのかもしれないとも感じた。 このエンディングを踏まえると、若さゆえの熱さ、青臭さ、脆さを感じられるレーゼンビーでよかったのではないか。コネリーやムーアでは本作の良さは半減しただろう。 ただ、もろ手を挙げて賞賛するわけにもいかない。①レーゼンビーのボンドは、ボンドとして何かが足りない。ボンドとしての魅力を出し切れていない(ただの若いスパイ)。②女王陛下の諜報部員としての自分と、一人の感情のある人間としての自分との葛藤がそれほど感じられない。③ラストの涙には愛する者を失った哀しみは十分感じられるが、「諜報部員っていったい何だ」という嘆き・重みに欠ける。逆にボンドからハットを受け取るマニーペニーの涙には重みがあった。[DVD(字幕)] 7点(2006-11-03 01:10:14)(良:3票) 《改行有》

347.  イーグル・アイ 《ネタバレ》 ストーリーに関してはリアリティゼロのトンデモ映画だが、リアリティを醸し出そうとしていない点によって救われている。 変にリアリティを出そうとすると、必ずボロが出るものだが、映画そのものが思い切りアクセルを踏み込んで突っ走っているため、もはや突っ込みようがない。 「どんなもんじゃい!」と高いテンションでここまでやってくれると、「はい、そうですか」とこっちは従わざるを得なくなる。 「アメリカ国家による監視・盗聴」「プライバシーの危機」といったテーマにはあまり触れずに、“アクション”に特化した戦略は功を奏したと思われる。 そのため、中身は薄っぺらい映画だが、個人的にはそれほど嫌いではなかった。 一言突っ込むとすれば、「あんな高度なシステムがあれば、テロリストなんて倒すのは簡単じゃないのか?」くらいか。 ラストのハリウッド的ハッピーエンドも怒りというよりも、呆気に取られてしまった。 「国家のために自分の身を挺する」なんて意外と立派なオチをつけるじゃないかと感心していたら、「おいおい・・・そんな訳ねえだろ!」というまさかの展開になってしまった。 「国家のために戦った若者は殺さない」というところがアメリカらしさを感じる。 この部分に関しても、もはや突っ込むのは野暮というものか。 製作総指揮のスピルバーグは何から何までハリウッドらしい娯楽映画という仕上りを目指したのかもしれない。 アクションのレベルや迫力、リアリティ度は高いので、何も考えずに頭を空にして見れば、鑑賞時間分はハリウッド大作映画をお腹いっぱい堪能できると思う。 まさにハリウッドアクション映画のお手本といっていい映画だ。[映画館(字幕)] 6点(2008-10-20 23:20:54)(良:3票) 《改行有》

348.  ワルキューレ 《ネタバレ》 けなしたくなるようなレベルの低い映画ではないが、個人的には面白みがほぼ皆無と思われた。唯一面白かったのは、ゲッベルスが青酸カリと思われるカプセルを口に含み、それを吐き出すまでだろうか。 肝心の緊張感や緊迫感に欠ける仕上がりとなっており、本作のような作品に必要な信念の深さや志の高さもそれほど感じられない。彼らが死んでも、正義は死なないというような熱い映画にはなっていない。 ブライアン・シンガー映画に精通しているわけではないが、彼の映画に多くみられる致命的な欠点は、テンポがほぼ同じということだ。盛り上がりが必要なところも、そうでないところも、ほぼ同じリズムで演出されている。血が通ったような映画ではなく、無機質ように淡々としている点が問題だ。ただただ事実と思しき現象を映像化しているにすぎず、ドキュメンタリー映画の再現フィルのような仕上がりとなっている。 一流の監督ならば、観客に対して「面白い」と感じさせる手腕があるはずではないか。 「ヒトラーの暗殺が成功していない」「ワルキューレ作戦が成功していない」という事実を知っている我々に対して、真正面から正攻法で攻めても成功するはずがないと思わないのだろうか。ワルキューレ作戦が成功しなかったのと同様に、本作の映画化作戦も致命的な失敗だったのではないか。 なぜワルキューレ作戦が成功しなかったのかをもっとクローズアップした方が面白かっただろう。 突然の会議場所の変更、予定の2つの爆弾を使えなかったこと、カバンの位置をずらされてしまったこと、何人かは死んだのにヒトラーはほぼ無傷だったというヒトラーの悪運の強さなどの偶然が重なったことをもっと丁寧に描くべきではないか。 本作でも、これらは完全に描かれているが、何もかもサラリと描かれすぎてしまっているのは勿体ない。 ワルキューレ作戦が遂行された後も、大きな混乱が描かれることはなく、知らず知らずのうちにこちらの方が追いつめられてしまったという感が強い。 これほど大掛かりなクーデターなのだから、双方において大きな混乱や焦りがあったはずである。双方の息が詰まるような攻防や展開を描いた方が盛り上がったのではないか。予備隊の少佐への電話一本、生存を伝えるラジオのみというのは味気ないところがある。 ただただ「ワルキューレ作戦」の表面をなぞったにすぎず、深みも重みもない映画を高くは評価しにくい。[映画館(字幕)] 4点(2009-03-21 02:12:10)(良:2票) 《改行有》

349.  フロム・ヘル 《ネタバレ》 改めて観てみると映画としてのレベルが意外と高いのかもしれないと感じさせる作品。当時の雰囲気はきっちりと伝わっており、製作者の熱意が込められている。アヘンや殺人など退廃的又はグロテスクなものではあるが、美的なセンスや映像に対する哲学もなかなか優れている。全体的に説明不足な感はあるが、画面によって大部分を上手く説明している。あまり押し付けずに、観客の解釈力などに委ねている部分があり、ハリウッド映画らしくない特異な作品に仕上がっている。 ラストではジョニー・デップ演じるアバーライン警部が死ぬシーンが描かれているが、なぜ本編と直接関係のないシーンをわざわざ描く必要があったのか当初は分からなかったが、今となっては少し分かった気がする。あのシーンは、あの事件のすぐ後ではなくて、デップの姿がかなり老けていることから、かなりの年月が経っているように思える。警部は孤独ではあるものの、彼なりのやり方でメアリと娘の成長を長年見守っているということが想像でき、必須のシーンであると考えられる。 アバーライン警部は訳の分からない特殊能力を備えているが、興ざめにならない程度に抑えられている点も悪くない。しかも、事件の解決というよりも、その能力を娼婦との恋愛に振っている辺りもなかなかセンスが良い。“海辺の家にいる君がみえる”というセリフだけで女が男に恋をする訳が分かる。また、娼婦でありながらも自分を卑下しないメアリに惹かれる警部の心理も感じられる。恋愛要素を過度に描く必要がない映画だが、“会いたいけれども命の危険に晒すこととなるので会わない”など、恋愛映画の要素も必要最小限の範囲できっちりと描かれている。警部と娼婦の恋愛を描くことで、王家の者が娼婦と恋愛に陥ることへの理屈付けの面もあるのではないか。なぜ王家の者が娼婦に対して本気になったのかということも一応納得できるだろうか(ただの女好きなだけかもしれないが)。 “切り裂きジャック事件”の真相についてはよく知らないが、大胆にユニークに脚色されている点が面白い。王室やフリーメーソンを絡めて、壮大な“復讐劇”として描かれている。実際の事件とは恐らく関係のないストーリーが展開されれているとは思うが、これはこれでフィクションとしてアリではないか。原作が「ウォッチメン」のアラン・ムーアによるグラフィックノベルとのこと。なかなか才能がある人物のようだ。[ブルーレイ(字幕)] 7点(2010-06-23 23:30:52)(良:1票) 《改行有》

350.  LOVERS 《ネタバレ》 「hero」好きだから結構期待してたけど、多少だが期待ハズレだった気もする。 恋愛をテーマにしているから「hero」ほどの衝撃やスケールの大きさはやはり無理かもしれない、恋愛モノでしかも一人の女性に対して二人の男が争うという展開から、この映画は男性よりも女性受けする映画かもしれない。 恋愛モノは別に嫌いではないけど、イーモウの描くラブストーリーはかなり青臭くて、しかも気持ちの悪くなるラブシーンには抵抗がある。 はっきり言って、オープニングの「踊り」のシーンとラストの決闘シーン以外に気に入ったシーンはなかったけど、ラストシーンには男の情念が溢れていた。 好きな人の気持ちを奪われた男と好きな人の命を奪われそうになった男のまさに死闘と言っても過言ではない戦いに二人の小妹に対するそれぞれの想いが伝わるし、何よりもボロボロになった刀と肉体が物語っていた。 ラウの最期の賭けにも、あきらめきれない男の気持ちが良く伝わってくる。自分の命を賭けてもその男が本当に好きなのかどうかという無言の問いかけと小妹が出したその答え。 あの答えを出されてはもう何も争う理由なんてない。惨めで肉体的にも精神的にもずたぼろになって歩いていくラウの姿にはいい意味で男を感じる。 金城は違和感は感じたが、そこそこには頑張っていたとは思う。 冒頭のちょっと嫌みのある余裕のある男から、徐々に本気になっていく真剣な表情への変化、結婚とか言われた時の照れくさそうな表情や、小妹と交わした笑顔とかいい表情もあったけど出来れば別の役者が良かったかな。 アクションは「hero」にはその必要性や色々な想い、意味が隠れていたが、今回は逃げ回るだけのアクションなのでちょっと飽きる上にそれほど目を奪われるほどのものでもなかった。 ストーリーとしてもちょっと弱いとは思う。小妹が風のような自由できままな生き方に憧れるという流れならば自分らしく生きれない束縛された人生を金城に語って欲しかった。 お互いがお互いをかばい合い、惹かれていき、必要としていくことを描いていかなければ感情移入は出来にくい。7点(2004-08-29 23:32:10)(良:2票) 《改行有》

351.  ターミネーター4 《ネタバレ》 大金が投じられたド派手なアクション作品なので、鑑賞時間分は楽しめるが、観てよかったと感じる部分は少ない。序盤は期待感があったものの、ありがちなストーリーに終始している。多くのSF作品からのアイディア流用も多く、オリジナル性が感じられない。不満な部分は以下の通り。 ①【中身のないストーリー】本作は基本的に中身がなさすぎる。コナーとカイルの出会いという意味はあるが、大して意味のあるものではなかった。本作がターミネーターの隠された歴史に何かが刻まれたとは思えない。タイムパラドックスという問題があるが、むしろ歴史が変わるようなことがあった方がストーリーは面白くなるのではないか。 ②【強力な敵の不在】T1000、TXという強力な敵がいるから、このシリーズは面白いのである。ターミネーター同士のガチンコバトルが本シリーズの見所であるが、本作には手に汗握るようなバトルが描かれていない。シュワの復活には心が躍ったが、盛り上がったのはあのシーンだけだ。せっかくマーカスという新キャラクターを盛り込んだにも関わらず、彼とT800のバトルに盛り上がりが欠いたのはもったいない。 ③【ラストの心臓エピソード】本作において「人間と機械の違い」について語られていたと思う。個人的には「人間には限りのある命がある」から、機械とは違うのではないかと考える。「心臓がもたない」から交換しましょうでは、機械の発想と変わりがない。このエピソードを盛り込んだ趣旨や意図が全く分からない。このエピソードのせいで、評価は下げざるを得ないだろう。これよりも、マーカスはコナーをかばってT800と相打ちになったり、T800のエネルギーを爆発させるためスカイネット本部に残って爆破させた方がよかっただろう。マーカスを機械としてではなく、より人間として描くこともできる。 ④【新シリーズへの期待感】本作を観て「続編が楽しみだ」と感じる者は多くないだろう。ヒットしなかったら、シリーズを打ち切れるように予防線を張ったとしか思えない中途半端なハッピーエンドで幕を閉じた。「おいおい、この後どうなるんだよ!」という衝撃的なエンディングを用意しないと、シリーズはもたないのではないか。スカイネットに主要人物が捕まるといった選択肢があるのに安易なエンディングで逃げたとしか思えない。 残念ながら、新シリーズは好ましくないスタートを切ってしまったようだ。[映画館(字幕)] 6点(2009-06-07 20:13:13)(良:2票) 《改行有》

352.  Mr.インクレディブル 《ネタバレ》 文句のつけようがない大満足の大傑作。 かなり練られた脚本とテンポの良さとそれぞれのキャラクターが生きている点が素晴らしい。 ストーリーは計算されつくされており、全てに繋がりがあり全く無駄がない。張ってある伏線も出来がいい。 インクレディブルとモードとの会話で「マント」ネタはどこかで使ってくると思ってたら、やっぱり生かされているし。 弟がジャングルで朝起きた時に姉ちゃんが近くにいてゲンナリするシーンがあったが、銃で襲われる姉ちゃんをカラダを張って助けるシーンに大きな効果を与えている。 普段は喧嘩をしたり嫌っているように見えても、実は内心大切に想っているという気持ちがゲンナリシーンがあったためより一層伝わる。 それが後半ではバリアで弟を逆に助けるシーンにも活きてくる。 またキャラクターにはそれぞれの長所や性格があり、その長所が存分に映像に活かされている。 特に体が伸びる奥さんが敵基地に潜入する場面は秀逸だろう。 弟の疾走感も見事に映像化されていた。 奥さんや弟などは、さすがアニメのチカラを感じる。 姉ちゃんも気持ちの変化というか成長は見逃せない。 始めは内気すぎてちょっと怖い感じがする上に貞子みたいだし、パワーも使いこなせないどうしようもないキャラクターだったが、前半のヘタレぶりが効果的だったために、後半での活躍ぶりは見事に感じる。 飛行機のシーンでは姉ちゃんがバリアを張れなかったため、奥さんがカラダを張って子ども達を助けていたが、あの時の陸にあがった時の疲労感も効果的だ。 疲労感がより描かれることにより、自分に疲労感があっても疲れた息子を誉めることを忘れないという奥さんの性格と子どもへの愛情が垣間見れる。 この映画は、家族愛が描かれているだけでなく、ヒーローモノとしても、スパイモノとしても、色々なタイプの映画を楽しめるように出来ている点も良く、子どもだけでなく大人も間違いなく楽しめるオススメの作品だ。10点(2004-11-28 03:15:38)(良:3票) 《改行有》

353.  SAYURI 《ネタバレ》 この映画を見る前、タイトルは「Memories of a Geisha」かと思って、会長か延さんに一人の芸者についての「記憶」でも語ってもらうのかと思っていたら、「Memoirs(回顧録)」となっていて、タイトルから考えていたストーリーとはだいぶ違う展開だったので、ちょっと出鼻を挫かれた想いがした。 人間ドラマ、ラブストーリーという観点からみると多少モノ足りないかなという気がするが、とてもハリウッドの監督が作ったとは思えない素晴らしい美意識の高さ、日本の古き美に対する憧憬が感じられる素晴らしく美しい映画に仕上っている。 日本人監督が作るのとは違う日本の美しさを感じさせる映画となっているので、この試みは成功だったのではないか。 この時代や芸者については、自分はそれほど知識がないためか、時代考証については全く 違和感はなかったと思う(違和感があるとすれば字幕の問題か)。 しかしながら、人間ドラマ、ラブストーリーはモノ足りないと感じたが、これこそまさに「日本人らしさ」が描かれたためではないかと思う。 延さんは、自分が好きな女がいても、その感情を自分の奥底に押し留め、最後の最後まで表には出さない。どんなに金があっても、自分の好きな女を金で買うことなんてしない。権威も利用しない、金を失って一人の裸の男になったときになってようやく、自分の気持ちをさらけ出すことができる。まさに「侍」的な気質が描かれていた。 また、会長についても同じく、自分の気持ちを押し留め、恩を受けた相手(延さん)に対する気持ちを察して、恩を受けた相手を裏切ることはできずに、逆に譲り渡そうとする日本人的、侍的な精神がしっかりと描かれていたような気がする。 そのため、自己主張しない男同士によってラブストーリーは影を潜めて、人間ドラマとしての女同士の争い、一人の女が自分の気持ちを叶えられずに、他の芸者同様、女としてではなく芸者として生きる決意を固める(ハンカチを海に投げ入れる)までが中心になったような気がするが、男同士の影のやり取りが見て取れるのも見逃せないところだと思う。 ラストの締め括りは、個人的には賛否あり微妙だなとは思うが、あれで良いのかどうかは今のところ結論は出せずにいる。[映画館(字幕)] 8点(2005-12-11 16:59:46)(良:2票) 《改行有》

354.  ナショナル・トレジャー 《ネタバレ》 ブラッカイマー+ディズニーという自分と一番相性の悪い組み合わせだったのでハズレだなと思っていたら、これが意外と面白い。 モチロンご都合主義は健在だが、話の根幹を覆すようなツッコミを入れたいほど酷いものはなかった。 ストーリーの流れが良く、頭に無理なくすんなりと納まる脚本の良さは評価できる。 「万引きでしょ」というのもただの笑いのネタかと思ったら、なかなか話を繋げて、オヤジを無理なく登場させるという無駄もなかった。 宝の謎を追うための手がかりをヒントにアメリカの名所のような場所をあちこちと進むのも面白いし、緊迫した駆け引き、深まる謎も飽きることなく観客を映画に引き込ますことができている。 銃をお互いに乱射して終わらせるようなところもないのも好感的だ。 残念なのは、ゲイツとアヴィゲイルとの関係を上手く描けていないこと。 ラストに近いところで突然キスをする場面があり、ラスト間際で「オレのこと信じられるか?」と言ってアヴィゲイルの手を離すシーンがある。 手を離すシーンは本来は盛り上がるシーンになるはずだったが、映画では全く盛りあがりが欠けるシーンになっているのが残念だ。 確かにキスシーンで二人の関係がより近いものになっているということは理解できるのだが、それ以前に二人の関係が親密になる過程がイマイチ演出しきれていないので勿体無い。 振りかえると、ゲイツがFBIに捕まったところでもっとアヴィゲイルの不安感を出しても良いし、二人が一緒に服を着替えるところでも利害関係が衝突するはずの二人の関係がより近づくのが分かるような演出は可能だ。 しかし、二兎を追うもの、一兎を得ずということか。緊迫感のある宝捜しにテーマを特化したために面白い作品になったのかもしれない。腕のいい監督ならさらりと描いたはずだと思うが。 <以下、完全なネタバレ>宝が見つかる直前に、実は宝がなかったというワンクッションを挟んだが、これが非常に心にしみた。宝なんてあってもなくてもいい、成功してもしなくても、本当に大切な宝は「夢」を持ちつづけること、「夢」を信じること、「夢」を追い求めることの美しさを描いていたと思う。たぶん、このワンクッションがなければ、ただの映画になっていたと思う。8点(2005-03-13 01:33:50)(良:1票) 《改行有》

355.  ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記 《ネタバレ》 “普通”という評価が妥当の作品。冒険映画なのに、まったく冒険していない映画だ。実際に現存するアイテムや実在人物、史実といったリアリティを重視しているのかもしれないが、世界観がかなり小さく感じられる。パリやロンドンに行ったからといって世界観が大きくなるものではない。もっと夢のある世界に広げられないものだろうか。 ディズニー映画だからなのか、主要キャラクターを誰も殺すこともできず(一人死んだエド・ハリスがかわいそうだ)、どんどんとパーティーが増えているのが見苦しい。 パーティーが増えた結果、最後に随行する悪役がエド・ハリス一人になってしまうのが強引過ぎる。そして、その肝心の悪役にも魅力が欠けるのが最大の失敗だ。なんだかんだで「結局皆を救ってくれた善い人」というオチがディズニー映画らしくもある。 そういうオチにしたいのならば、初めからそういう脚本にすればよかったのだ。 エド・ハリスたちは、宝探しを自分たちでできないくせに、銃や車を使って、ニコラス・ケイジ達を殺そうとしているのがあまりにもナンセンスだ。「彼らが探してくれる」とエド・ハリスはつぶやいていたが、言っている事とやっている事はメチャクチャだ。宝探しを妨害したいのか、宝探しを便乗したいのか、ゴチャゴチャになっている。自分ならば、エド・ハリスは優秀なトレジャーハンターという設定にして、ニコラス・ケイジのライバルという扱いにするだろう。そして、彼らの邪魔をする第三者を別にきちんと用意すると思う。ライバルであったが、最後に皆を助けて死ねば、オチとして盛り上がったことだろう。 また、脚本もイマイチよく分からないところがある。 “「ゲイツ家の汚名」を払拭するという目的”→“宝探しへという目的”にどうしてすり替わったのかがややピンと来ない。 脚本だけではなく、演出も分かりづらいところがある。 肝心のエド・ハリスとニコラス・ケイジの重要なラストシーンのやり取りの扱いが雑だ。 「俺が残る」「いや、俺が残る」「じゃあ、俺が残る」「どうぞどうぞ」という流れではなかったと思うが、いつのまにかニコラス・ケイジからエド・ハリスへとポジションが変化しているのを不思議に思う者がいるだろう。 “激流によってああなった”とだいたいの流れはなんとなく分かるものの、一言で言えば演出がヘタクソなのだろう。[映画館(字幕)] 5点(2008-01-07 01:43:15)(良:2票) 《改行有》

356.  ヒストリー・オブ・バイオレンス 《ネタバレ》 クローネンバーグ監督作品はほとんど馴染みがなく、代表作の「デッドゾーン」もあまりピンと来なかったので、自分に合うかどうか不安だったが、アメリカでも評価が高かったと聞いており、噂に違わず素晴らしい映画だった。 原作もあるらしいけれども、そんな余計な知識は要らない。96分という短い時間に、無駄な部分を省いて、適度な重み、観客へのメッセージや問いかけを残して、ボールを観客に投げ込む。 そのボール(問いかけ)にどう想うかは観客に委ねられるというラストはまさにプロの業の一言。中途半端なラストが多い昨今の映画の中でこの映画はベストに締め括ったといえよう。 個人的に気に入ったセリフは「なんでも暴力で解決しようとするな」ヴィゴが息子に語ったセリフ。この一言がとてつもなく重い、心に響いた。 恐らくヴィゴは、暴力で解決することへの後悔や無意味さを知り、暴力では何も解決できないということを自分が重々知っているのであろう。 だからこそ、ヴィゴはジョーイからトムへと生まれ変わったのである。生まれ変わり、家族を持つ事で解決しようとしたヴィゴだからこそ、あの一言が重く感じる。 そのことをなんとしてでも息子に教えたかったのだろう。だからこそ、暴力の連鎖が起きたときの彼の表情や息子への接し方に複雑な心境が感じられる。あれは見事な演技だったと思う。 ラストでヴィゴは「どうすれば償えるのか」とウィリアムハートに問いかける。しかし、暴力以外で解決したくても、暴力でしか物事を収束できないというもどかしさ、虚しさを湖面でたたずむヴィゴに感じずにはいられない。 また、この映画では家族や妻の役割の重さも感じずにはいられない。自分の素性が妻にばれたときの階段での二人の行為には「自分を信じて欲しい」という無言でのヴィゴの問いかけと「どうすれば信じられるのか」というマリアベロの反論、それぞれに開いた心の傷を埋めようとする言葉よりも何よりも必要な行為ではなかったか。 そして、傷つきながらも家族の元へと帰るヴィゴに何も聞かずに、皿や肉を差し出す息子と娘の姿が温かい。「なんで結婚なんてしたんだ」「いい女なんていっぱいいるだろう」というハートの問いかけの答えのような気がしてならない。[映画館(字幕)] 9点(2006-03-20 23:57:40)(良:3票) 《改行有》

357.  コラテラル 《ネタバレ》 ストーリーにサプライズがあることは全く期待せず、マイケルマンらしい質の高い熱い男の世界の映画を期待していた。 本作は嫌いではないが期待したほどの映画ではなかったと思われる。 トムクルーズの殺し屋役ではあるが、カッコイイのは中国系の男を殺すところだけ。 本来なら、人間をゴミとしか思っていなく他人を拒絶するような冷酷な非情な殺し屋であるべきだったはずだ。 マックスが言っていた「本来人間が持っているはずの大切な感情」を失っている人間には徹し切れてないという印象を受ける。 まだ軽い気がする、ジャズマンやマックスの母親とのやり取りは演技だとしても、ファニングとエレベーターを乗り合わせた時に「何階か?」や「今夜はどうだ?」とか聞くのには違和感を覚えた。 「人間なんて宇宙の中の小さな砂」と言っていたには、殺し屋としての哲学が伝わらない。自分も含めて人間なんて皆変わらんようなことを言っていたが、なんのために殺し屋やっているのか分からん。 ラストの死に様もイマイチだろう。人間をゴミだと言って、人間関係なんて無意味だと言っていた男が死ぬときは、もっと憐れで惨めな感じを出したほうが良い。 そうしないと何も伝わらない、本作の隠れたテーマは都会の人間関係の希薄さだろう。 かなりベタかもしれないが、親父から暴力を受けて感情を失い、地下鉄で人が死んでも6時間誰も気づかないような世界に嫌気をさしていたが、実は誰よりも温かい人間関係を欲していたというような設定でも良かったかなと思われた。マックスとの交わりで何かが変わっても良かった気がする。 アカデミーはよっぽど相手に恵まれないとノミネートすら厳しい、しかもこの映画の主演はジェイミーフォックスだし。 ジェイミー演じるマックスは良かった。 夢を抱きながらそれを実現できずに、時々一人島に逃げ込みながら、プロのタクシードライバーという現実に甘んじている男。 もう少し、自分が実は逃げているだけの男だと気づいて行動に移すシーンを丁寧に描いて欲しかった。 少し不思議に思った点があるので書きたいが、空港でカバンのすり替えをしているがこの男はヴィンセントの特徴が分かっているのにそれがフィリックスには伝わっていないのはおかしい。 そしてマックスの母親にリムジン会社の嘘をついているが、タクシー会社に何度も電話するというのは整合性がつかず、イマイチ分からん。7点(2004-10-24 03:30:11)(良:2票) 《改行有》

358.  インサイド・マン 《ネタバレ》 ストーリーのみを振り返るとかなりすっきりした気分になれる内容になっているはずである。しかし、映画を観終わった後にまったくすっきりした気分にはなれなかった。 社会への風刺が含まれていたり、人種差別などを盛り込んだりして、スパイク監督ならではの演出もあったかもしれないが、本作のような内容ならば、それにふさわしい人が演出した方がよかったのではないか。短期間で雑に仕上げられた印象もあり、監督の実績作りに利用された感も受けた。 個人的に一番気に入らなかったのは、途中途中で入る人質になった人たちの尋問シーンである。この手法自体は面白いアイディアと思うが、問題は中身である。「人質に対する事情聴取」というアプローチならばよいと思うが、どう考えてもあれでは「容疑者に対する尋問」である。 つまり、序盤にあの尋問シーンがあるために、すでにワシントンVSオーウェンの戦いはワシントンの負けということが分かってしまう。既に結果が分かっているゲームを眺めるだけである。序盤に大量得点が入って勝負が決した野球の試合をみるのにも近い。 あの演出に対する創り手の視点としては、ワシントンとオーウェンがどちらが勝つのかという激しい駆け引きを描くのではなく、いかにしてオーウェンが事を成し遂げたのかという点に重きを置いたからなのかもしれない。そうだとしてもこの手の映画には「緊張感」というのが重要であり「緊張感」をわざわざ減らす必要はない。そもそもこのゲームはワシントンに有利になることなく、オーウェン側のかなり一方的な試合展開になっているため、一層緊張感を欠く。 したがって、あの場面は「容疑者に対する尋問」ではなく「関係者への事情聴取」に留めておくべきだったと思われる。人質の口から、この計画の隙のなさを語らせるというのであれば、全く問題なかった。「スティーブ」「スティーブO」「スティービィー」と呼び合っていることを人質の口から語られることにより、オーウェンの手法の全貌を観客は知ることができる。 それにしても冒頭からもはっきりと言い過ぎではないか。 「狭いところと刑務所とは違う」というのは明らかネタバレしすぎだ。むしろ、冒頭において、オーウェンは刑務所にいるのではないかという誤解を逆に観客に与えてもよい。最初のインプレッションとは全く異なる展開が、緊張感や面白みを生むこともある。[映画館(字幕)] 6点(2006-07-09 17:48:04)(良:2票) 《改行有》

359.  トランスフォーマー 《ネタバレ》 元ネタに関しては知識なし。さすがはマイケル・ベイという映画に仕上がっている。派手さは超一流であり、期待感を煽っておきながら、中身はまるで大したことがない。変型シーンやバトルシーンは多少の見応えがあるが、基本的にはスピードでごまかされているような気もする。マイケル・ベイの映画だから中身は気にしなくてよいが、よく分からない展開が目立つ。きちんと説明されていると思うが、「ダムを捨てて市街地に向かう理由」や「サムがビルの屋上へ行って、ヘリコプターにキューブを持ち込む理由」がまるで分からなかった。「キミはもう立派な兵士だ」という一言で片付けてしまうところが、“さすが”といえるかもしれない(むしろ、このような展開がないと逆に面白さが半減するかもしれないが)。 その他の問題点としては以下のとおりか。 ①『オートボットの個性が中途半端』味方が5体もいるのに、存在感があったのが2体のみというのが寂しい限り。敵も何体かあったのだから、それぞれに見せ場を用意すべきではないか。ジャズが死んでも悲しみも何もないという状態に陥っている。ロボットがぶっ壊れたと思わせるのではなく、観客を泣かせるほどまで描いて欲しい。 ②『バトルが分かりにくく、盛り上がりに欠ける』何と何が戦っているのすら分かりにくい。リアルさを出したかったと思うが、もっと単純でいいのではないか。“良さ”を活かしきれておらず、味気がなく、爽快感がない。ラストのバトルももっとボロボロになるまで追い込まれないと面白みに欠ける。 ③『登場人物が中途半端かつ無駄に多すぎる』音声の分析官と友達ハッカーは、モールス信号などで存在感を示したとはいえ、敵側の弱点を発見するわけでもないので、存在自体をカットできる。タトゥーロも味方でも敵でもない中途半端なキャラクター。敵側に付くか、あるいはキューブのパワーを狙う第三者として、ストーリーをかき回す役柄を担うべきであった。存在感のある演技力をみせていたが、効果的な使い方ができていない。ジョン・ボイトとアメリカ軍の大尉もイマイチだが、そこまで求めるのは酷というものか。肝心の主役のラブーフについては、感情が伝わってこないので、あまり評価はできない。怒り、悲しみ、苛立ち、苦しみ、使命感などをもっと演技で観客に伝えるべきだろう。ミーガン・フォックスの方が、まだ怒りや苛立ちといった感情が伝わってくる演技をしていた。[DVD(字幕)] 5点(2009-07-05 22:54:13)(良:1票) 《改行有》

360.  ポセイドン(2006) 《ネタバレ》 「「ポセイドンアドベンチャー」という完成度の高い映画をリメイクなんてしてどうするんだろう。牧師がいなく評判もよくない上に、アメリカでも大コケ。これはさすがに見なくてもよいかなあ」という気持ちも高かったけど、ペーターゼン監督は自分の中ではかなり優れた監督であるということと、こういう映画は大画面と良い音響の中でこそだろうという理由で観てきました。 全く期待してなかったけど、いやぁ…これはいい裏切り方をしてくれた。ペーターゼン監督、脚本、俳優陣、どれも素晴らしい仕事をしたと思う。 転覆シーンのCGの出来がよいだけでなく、CGでは出せないセット内の撮影の迫力も凄い。この両者があいまって素晴らしく迫力のある映像が溢れている。 また、細かいながらもリアリティのある設定や仕掛けに観ているこちら側もパニックに陥りそうになる。とにかく手に汗握る展開の連続で、お金を払って観ても損はない映画だった。やはり「水」を扱わせたらペーターゼンにかなう監督はいないだろう。この俳優達を使って「ポセイドンアドベンチャー」をリメイクしろと言われたら、これ以上の映画は出来ないと思う。 映像の迫力の素晴らしさだけでなく、きちんと人間ドラマも描かれていたと思う。このような自分の命の危機に直面した際には、赤の他人の命を犠牲にしてまでも助かりたいと思うのもある意味では「人間」だと思う。そういう世界は意外と映画では描かれてなかった気がする。だから赤の他人であるマップを蹴り落としたとき、かなり驚かされた。 そして自分の命を省みずに他人の命を救いたいと思うのも「人間」だと思う。自分の愛する者、自分が愛おしいと感じた者を救いたいと願う行動の美しさも同時に描かれていた。人間の「醜さ」と「美しさ」の両者を描くことで、しっかりと「人間」が描かれていた。 自分は有楽町で鑑賞したのだが、映画を観終わった後エレベーターを待っていても自分がいる9Fで止らずに11Fに一旦登ってどのエレベーターも9Fをスルーしていく。どうやら時を同じくして「ダヴィンチコード」の上映も終わったようである。いくら待っていても一向に止る気配がない。「このままじっと待っていては駄目だ」と思った自分は11Fまでエスカレーターで上がって、そこでエレベーターに乗った。満員のエレベーターは当然9Fをスルーしていった。そういう意味で実生活でもなかなか役に立つ映画でもあった。[映画館(字幕)] 8点(2006-06-05 00:49:34)(良:1票) 《改行有》


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