みんなのシネマレビュー
なんのかんのさんのレビューページ[この方をお気に入り登録する

◆検索ウィンドウ◆

◆ログイン◆
メールアドレス
パスワード

◆ログイン登録関連◆
●ログインID登録画面
●パスワード変更画面

◆ヘルプ◆
●ヘルプ(FAQ)

◆通常ランキング◆
●平均点ベストランキング
●平均点ワーストランキング
●投稿数ランキング
●マニアックランキング

◆各種ページ◆
●TOPページ
●映画大辞典メニュー
●アカデミー賞メニュー
●新作レビュー一覧
●公開予定作品一覧
●新規 作品要望一覧照会
●変更 作品要望一覧照会
●人物要望一覧照会
●同一人物要望一覧照会
●関連作品要望一覧照会
●カスタマイズ画面
●レビュワー名簿
●お気に入り画面
Google

Web www.jtnews.jp

プロフィール
コメント数 2336
性別

投稿関連 表示切替メニュー
レビュー表示レビュー表示(評価分)
その他レビュー表示作品用コメント関連表示人物用コメント関連表示あらすじ関連表示
コメントなし】/【コメント有り】
統計メニュー
製作国別レビュー統計年代別レビュー統計
要望関連 表示切替メニュー
作品新規登録 / 変更 要望表示人物新規登録 / 変更 要望表示
要望済関連 表示切替メニュー
作品新規登録 要望済表示人物新規登録 要望済表示
予約関連 表示切替メニュー
予約データ 表示

【製作年 : 1990年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
評価順123
投稿日付順123
変更日付順123

21.  阿賀に生きる 遠藤さんの感覚麻痺による火傷、おそらくこんなにも「水俣病的」映像から離れた地点で水俣病を生々しく感じられる映像はないだろう。怒りも叫びもない、淡々とした描写。暮らしや技術を破壊した近代がパッと眼前に大きく感じられる。映画のテーマの一つは技術の伝承でしょう。舟作りとカギ漁という川の生活の基本が軸になっている。生活とは技術なんだ、という小川紳介の流れが感じられる(小川が死んだ年の映画)。その技術の伝承を破壊した水銀中毒としての新潟水俣病。その伝承の断絶と対比されるように、老夫婦のいる光景ってのは安定している。同じ暮らしが未来へ延びていきそうもないことと、同じ暮らしが繰り返されていること。餅つきの加藤さんのとこ、囲炉裏端から席を譲らぬお婆さん。長谷川さんのとこで、喋りながらトロトロと寝入っていくとこ。風に敏感でないと舟が危ない、という自然と暮らしの関係。若干ナレーションが語りすぎるような気がしたが、そのぶんカギ漁のシーンは対岸からのロングで慎ましい。加藤さん夫婦が冗談で、首を絞めようか、というあたりに厳しさがにじむ。遠藤さんが舟作りを断念した絶望の深さもある。でも新しい舟を一つこしらえたことの希望の大きさ、この振幅の中に阿賀で暮らすということがスッポリ納まっているのだろう。監督佐藤真。[映画館(邦画)] 7点(2012-02-07 10:08:41)

22.  愛の風景 《ネタバレ》 「合わない」男女は、いかにして愛し合えるのか。慈悲と無慈悲、寛容と不寛容といったモチーフがいろいろ変奏されていく。アンナとの出会い、「まず欠点から言おう」なんてあたりにベルイマンの空気が香る。母の祈りもすごいよ。「あの女を愛せない私をお許しください。どうかあの二人を引き離してください」って。父の死、結婚、から第二部と思っていいのかな、ちょっとトーンが違ってくる。慈悲なり寛容なりのテーマは一貫してるんだけど気分に段差があり、一本の作品としてはやや完結性に欠けた。少年ペトルスのエピソードがいい。慈悲のつもりが裏返されて無慈悲に転じていく痛ましさ。良くも悪くもベルイマンから出られてない映画だ。「人と人とはしょせん“合わない”のであり、だからこそ愛は素晴らしいのだ」ってな結論ということにしておきましょう。ラストは、二人別々のベンチに座ったままやり直そうと言ってる。[映画館(字幕)] 7点(2012-01-09 10:10:51)

23.  アメリカン・ハート アメリカ映画はだいたいセンチメントを嫌うんだけど、なぜか父と息子になると許されるみたい。『キッド』とか『チャンプ』とか。『ステラ』あたりまで視野に広げると、同性の親子では許される、ってなる。同性だと近親相姦的にならないから、センチメントもサバサバ出来るってことか。まず家族写真などで、話がスタートするまでの来歴を語ってしまう。つきまとう少年と働こうとするパパ、ちょっと『自転車泥棒』の匂いもあるか。息子の存在がワルの道へ戻るのを止めてるような。もちろん刑務所暮らしはもうごめん、ってのが大きいんだけど。少年の親への最後の甘え、というか切り札が「グレてやる」なんだよな。また実際金がない。J・ロンドンのアラスカへの夢。少年院脱走のイメージが重なってくるあたりはけっこうしんみりしたが、アメリカ映画ならもうちょっと、センチメントに残酷さも欲しいところ。[映画館(字幕)] 5点(2012-01-02 10:24:58)

24.  赤い航路 私がそういうことに詳しいんじゃなくて河野多恵子の小説から得た知識で言うんですが、SMってのはぶったりぶたれたりの肉体的嗜虐被虐だけじゃなくて、どこか演じる要素が入ってくるんだそうですな。騙し合いつつ、その底で共演している悦びを得る。ここまで裏切り合えるんだ、という信頼が一本強く張りつめていく。屈折と言えば屈折だけど、愛の本質を突いている気もする。ついに旦那が不能になって完成する性愛、ってのも屈折の極致。この女優さん、うまいんだか下手なんだか、美人なんだかブスなんだか分からなくなるんだけど、なんか「そういう世界っぽさ」は感じられた。愛の倦怠を怖れるの、拡大再生産していかないと不安になる、そしてもう愛だか憎しみだか分からないところまで、社会や友人たちへの憧れを残しつつ二人だけで閉じていく。こういう話の舞台となるともうパリだ。さらにタイ料理・アジア行きの船・インド人、と非キリスト教的装置で飾り付けると、キリスト教徒は安心して乱れることが出来る。でもこの監督、こういうドロリとしたのはあんまり得意でないのではないか。空気がも一つ淀まない。[映画館(字幕)] 6点(2011-12-04 09:43:25)

25.  IP5/愛を探す旅人たち ちょっと離れたとこからだと好意的な感想をいくらでも書けそうなんだけど、もひとつ心の中心点に刺さってくれない。手応えが茫漠と広がってて、つまり物足りない。小人の人形なんか、もう一回出てくるのかと思ったが、おとぎ話への導入の役割りだけだったのね。老人の妖精に出会うおとぎ話。少年、青年、老人と社会の中心にいない者たちの、つまり社会と切り結ばない旅。解放としての森でなく、閉じていく森になってしまった。立ち聞きで心が伝わるってのも、テレビドラマ的。ミケランジェロといたずら描き画家との違いは、天井に描いたか壁に描いたかだ。実際イヴ・モンタンが死んでしまうとなると、年寄りの冷や水なんて茶化せなくなってしまった。[映画館(字幕)] 6点(2011-12-03 10:12:28)

26.  ア・フュー・グッドメン 冒頭の規律正しい動きの美しさと気味悪さで、すでに作品の雰囲気が決まる。「軍はもうキューバを撤退するよ」というジョークを何の疑いもなく打電に行きかける兵士のエピソードなどでも「軍隊」を垣間見せる。ほかにも正装して自殺する軍人や、無罪になったのに除隊処分される兵士など、軍隊というものをじっくり観察していく演出。殺された兵士の視点に密着させなかったことで(邦画だったら彼の側にもっと情緒的につくだろう)、乾いたトーンが出た。殺した側の弁護でスタートさせるとこが憎い。T・クルーズが成長していくときのD・ムーアの役割りは、恋人というより正義の女神みたいなもん。前半は旗を振り、後半は後押しをする。キューバでJ・ニコルソンがテーブルで若造をコケにするあたりの「常軌を逸した社会での権力者」って感じが、やはりうまい。人間関係の調節などにまったく気にせずにやってこられた男とその環境。その尊大さ・横柄さだけなら、たぶんM・ブランドのほうが一つ上だろうが、その興奮しやすさ・馬鹿さもくるめて「軍人」という人種を嬉々として演じるとなると、ニコルソンだ。アメリカ映画でいいのは「超人」の正義でなく「僕たちの勇気」によって光りだす正義を描くとこ。法廷もの映画が流行る国には、それなりに正義を追求してきた歴史がある。[映画館(字幕)] 7点(2011-11-23 12:48:29)(良:2票)

27.  アラジン(1992) 小さな猿と巨人の吊り合わせなぞ、いかにもディズニーの好み。ただこのエノケン似の猿は後半象になってキャラクターを生かしきってはいない。巨人ジーニーの変身ギャグはあまり好きではない傾向のものだが、そのヘンにはしゃぐ「朴直な大男」ぶりは悪くない。陽気にはしゃいだ後、でも自由じゃない、とショボンと変化するとこは笑えた。ランプの住まいは窮屈だ、って。洞窟で登場する「魔法のじゅうたん」の擬人化のうまさはディズニーのお得意のとこ。飛行シーンは宮崎のほうがうまいけど。世界中を飛び回り、スフィンクスの顔が欠ける。エジプトも中国も「オリエント一般」でひとくくり。西洋には飛ばないのだ(おそらく魔法圏外の文明地ということなのだろう)。ランプが悪玉ジャファーの手に渡って次々と力を得ていくあたりの畳み込みぶりがいい。心ならずも命令をきくジーニーの打ちひしがれぶり。ダンボやピノキオなど旧作へのオマージュもある。「世界一の魔法使いになっても自由を奪われたらおしまい」という教訓付き。私にはちと目まぐるしすぎた。[映画館(字幕)] 6点(2011-10-21 09:58:58)

28.  嵐が丘(1992) なんでもドキュメンタリー出身の監督ということで期待したのだったが、いやそれゆえか、情緒過多の弊。それにヒースクリフ君がいい男でツルッとしてて魅力に欠ける。全部の話を105分に納めているので、ダイジェスト版的。ブニュエルはエッセンスだけをまとめて90分以内で描いたぞ、などとブツブツ言いながら観てたが、観終わって昂ぶってしまうのは、やはり原作の強みか。もう愛と憎しみの二つしかない世界、みな恨みつつ憎みつつ死んでいくの。狂ったヒースクリフが少女時代のキャシーを目にする一瞬(その後の手のアップ以降はダメ)は感動した。宿命の愛だなあ。こういう一代目のストーリーに二代目のストーリーが続いて因果が巡るって、思えば我が国の「源氏物語」と似た構造で、女流作家の得意技かとちょっと思ったが、そんなの男のでもあるだろうな。川も花もない荒涼として風景は、数ある映画化のなかでも一番原作に近そう。[映画館(字幕)] 6点(2011-10-01 12:51:40)(良:1票)

29.  アサシン(1993) 『ニキータ』のシナリオ上の不満が、アメリカ映画の合理主義によっていくらか解消されるかと思っていたが、ほとんどそのままであった。恋人を隣室において、プロポーズされつつの暗殺シーンは、やはり滑稽。歌舞伎の、世話ものふうの中に「実は」で時代ものが見えてくる、みたいな感じで観賞すればいいのかな。組織ってこんなに甘くないと思うよ。主人公の設定は面白いものを生み出せそうなのに、けっきょく「組織」を描けてないので、個人のほうもヘンテコリンになってしまう。こんな個人を組織が泳がせるとは思えない。女のほうだって、レストランのあと、本部へノコノコ帰ってくるのがヘン。それでも役者はおおむね良く、ガブリエル・バーンはアホな役なのに、いい味。掃除人のハーベイ・カイテルも不気味に殺伐としている。アン・バンクロフトは、アメリカのジャンヌ・モローであった。[映画館(字幕)] 6点(2011-09-17 10:01:57)

30.  赤い薔薇ソースの伝説 《ネタバレ》 家庭料理は怖い、いう話。家に縛られた女の情念が凝り固まって料理となっていく。食べることのおぞましさの映画としては『最後の晩餐』などがあるが、これは調理のおぞましさ。大量の涙(塩)を流しつつ生まれた娘、ティタ。彼女の涙が一滴料理に入ると、食べたものがみな泣き出してしまうんだな。娘は、家の料理人であり子守であり家事一般を生涯にわたって受け持つよう母親によって運命づけられているの、それと交換されるのが彼女の料理なんだ。彼女が唯一キッチンにいながら社会に作用できるもの。ソースで興奮させて上の姉は革命党へ走っていく。そういった現実と伝説が混交しているような設定自体は、いかにも中南米的で面白い。憧れる男がそれほどのものに見えないとか、画調が暗すぎるとか、音楽がうるさいとか、後半ヒロインが狂って焦点が揺らぐとか、不満はあるけど。[映画館(字幕)] 7点(2011-09-01 09:42:40)

31.  あひるのうたがきこえてくるよ。 奥会津の風景がワイドスクリーンに広がる。桃源郷としての田舎。導入は爽やか。6時の時報に走る娘っ子から卒業式、柄本明からヒヨコへと、自然に話を広げている。アヒルを教育し卒業させることで回復していく主人公。ヤマナシ夫婦の回復。町おこしによる町の回復と、自然に包まれた世界はいいことづくめ。いや、別にいいんです。桃源郷をあくまで桃源郷として描くのは。でもそれならもっと地元の顔で埋めて、ゲスト出演を絞るべきじゃないかなあ。東京の垢が溜まったような顔をズラリ並べられると、桃源郷が痩せた都会人の妄想に見えてきちゃうのよ。小沢昭一は少しやりすぎに見えるが、「漢字自慢」という設定がおかしい。方角狂いの友人妻は、鬱陶しかった。[映画館(邦画)] 5点(2011-05-08 09:47:42)

32.  青い凧 《ネタバレ》 凧というのは、中国人にとって自由の象徴なのだろうか、このころのチェン・カイコーの作品にも、よく使われてた。笑顔笑顔の結婚式で始まるが、ジワジワと嫌な感じが迫ってくる。行進や集会や。けっきょく何人か「右派」を作り上げねば「整風運動」に反したことになってしまう空気。トイレに立ったすきにやられてしまう怖さ(PTAの役員選挙でもそういうことがあるそうだが、怖さが違う)。どこかいじめの構造ともつながってますな。そして家族を覆い出す病い。眼疾、旦那の胃病、次もふらつき、三番目も心臓病。直接の危害の前に、病いとして敗北していく人々。その中でだんだん成長していく子ども。校長をつるし上げるので生き生きとなる少年が描かれる。ここらへん、もしかすると継父も母も裏切って「正しい紅衛兵」となっていく結末を夢想してしまった。中国映画の文革反省ものって、被害者の視点が多かったでしょ。あの鉦や太鼓鳴らして、生き生きとした自分を手に入れた連中の側の物語ってのも欲しかった。日本の戦後の反戦映画も、庶民はみな被害者づらして、あの当時ハチマキ締めて生き生きしてた部分が、主体として描かれることが少ない。その視点からの点検がないと、愚行は何度でも繰り返されるんじゃないかと思ってて、中国も同じだなあ、と感じてたもんで、ちょっと期待しちゃった。でもなかなか描けないんだよね、そういうカタストロフは。カタストロフじゃないと、受け取られてしまう心配があるからか。ま、文革反省ものの定番的な展開になったが、定番を確定するのも大事なことだ。三番目のお父さんなんか、いい役だった。冷たそうでいて、最後に思いやりを見せる。そのぶん母親のキャラクターは、いまいち明確さに欠けた。お正月、花火と提灯の中でかくれんぼするあたりのリリシズム。[映画館(字幕)] 7点(2011-02-04 10:26:14)

33.  愛と精霊の家 長編の映画化は本当に難しい。総集編になってしまう。弟たちをカットして女系の線でまとめたのは仕方あるまい。それでもエステバンという人物の複雑さは出せなかった。いっそエステバンだけに絞るという手もあっただろう、「『愛と精霊の家』より」、として。メリル・ストリープは、まったくの死に役、グレン・クローズに負けた。風土は南米でも監督の北欧の気配がところどころある。空気の濃密さが感じられないとか、少女たちは北欧っぽいとか。大河ものってのは忘れたころに人物が再登場するところにドキドキがあるんだけど、この時間だとそのタメが足りなくて、ドキドキにまで至らない。私生児はまだしも、あの娼婦なんかオッという感じがまったく出ない。まあ豪華配役陣を眺め回す楽しみはあった。[映画館(字幕)] 6点(2010-12-03 10:27:10)

34.  アリゾナ・ドリーム 何となく『ガープの世界』を思い出した。ああいう「半ファンタジー」系の作品。亀が犬の世界と魚の世界をつなぐ。ニューヨークの現実からアリゾナの田舎に戻ると幻想味が増してくるの。幻想としての故郷。自動車の墓場にドアを持って立つ人なんか、寺山修司的だし。笑いはややヒステリカルで、なにかというとアコーディオンを持ち出してきて、ラシドーシーラー、ラシドミシドラー、とやる娘の胆汁気質がおかしい(全体の音楽はゴラン・ブレゴヴィッチ、冒頭の11拍子からいい)。けっきょく青年の成長もの、ってジャンルになるのか。どこか南米寄りのファンタジーの気配があり(椅子がフワフワと浮き出したり)、東欧と南米って、どこかでつながってるのかな、と思った。全体のとりとめのなさを、許せるかどうか、観たときの気分で評価が変わる映画だろう。[映画館(字幕)] 6点(2010-11-02 10:45:20)

35.  青いパパイヤの香り 前半が素晴らしい。漂い続けるカメラは、家の霊というか地の霊の視点というか。したたるパパイヤの汁、したたるロウ。なんらの恨みがましさも叱責の声もない家。熟し終わった家庭の匂いが、画面に立ち込めている。静かに静かにしゃべる。悪い時代の前の静けさ、いやこのころだってインドシナはちっとも平穏じゃなかったはずで、でもそのなかで家の静けさを維持し続ける緊張のようなものが、空気を濃密にしている。フランスでセット組んで撮ったって言うんだけど、細部のアップもあり大変だったろう。まあ20世紀末のベトナムで撮っても、同じ苦労があったかもしれないが。前半に比べると後半は、少女の初恋が成就されるということで黙劇的な緊張はあるんだけど、話が狭くなった感じ。けっきょく、女は弱しされど女は強し、っていうような話に落ち着く。みな影のように生きている独特の感じ。[映画館(字幕)] 7点(2010-10-06 09:54:08)

36.  あなたに降る夢 キャプラタッチかもしれんが、どうも流れが澄み切ってくれない。主人公がチップの約束を守る、いうとこにいかにリアリティを与えられるかが勝負どころだろうが、成功してるとは言いづらい。妻の反応も、すぐ悲鳴を上げるのではなく、最初は笑い飛ばしてて、しだいに、本気なの、と変わっていくべきでは。ウェイトレスのほうにしたって、もっともっとからかわれてると心配すべきで、アイスクリームを振舞うのは早すぎる。その最初の仕掛けの部分の説得力が弱いので、しっかりと話が根付いてくれなかった。後も、もっと善意の行為に絞るべきであって、地下鉄をタダにするのはイヤミでしかない。この手の映画は好きなんだけど、ピタリと決めるのは難しいんだなあ。[映画館(字幕)] 6点(2010-08-07 09:50:27)

37.  アブラハム渓谷 ナレーションに語らせる、つまりこれ弁士付き映画として徹底された世界。ま、ポルトガルに弁士付き無声映画はなかっただろうが。そこで登場人物すべてが何者かによって見透かされている感じになる。真正面から捉えるが、実体のない影のような人々。音楽も徹底して流す。一楽章まるまるとか。徹底すると言えば、みながエマに惹かれていくってのも徹底していて、下男や執事さえも。なんか『テオレマ』をちょっと思った。ヒロインの持っている軽蔑、男社会へ対してなのか、もっと広く現実すべてに対してなのか。ただそれを深い謎として展開するには、彼女若すぎた。表情も一本調子で、長い作品を持たせるには弱かったと思う。[映画館(字幕)] 6点(2010-07-25 09:46:47)

38.  愛・アマチュア 《ネタバレ》 ゴタゴタを全部切り捨てて一からやり直せたら、っていう再生への夢は、記憶喪失願望になっていく。酷薄だった男もイノセントになれる。イザべルのほうも「修道院ではどうも違う」と15年間思い続けポルノを書いてるってのも、なにか一種の記憶喪失的断絶を経た再生を待っているようなもの。この二人がやや受け身の転身願望なら、ソフィアは自分で男を突き落としてるんだから積極的。金を騙し取ろうとするのも、転身への準備ということか。それらの邪魔をするのが、悪の組織・あるいは警察ってところが物足りない。それは本来「世間」そのものであるべきで、それを相手とするのが大変なので、悪として処理しやすいものを引き出してきた、って感じ。つまり、はっきりした悪を相手とすることで、三人の連帯がたやすくなっちゃう。そこでドラマが弱まる。ラストは『ラストタンゴ・イン・パリ』の裏返しのような感じで、あちらは究極無名同士の関係を見事に語ったのに対して、こちらは認知する。「名前はトーマスよ」なんてセリフでもよかった。[映画館(字幕)] 6点(2010-07-12 12:03:26)

39.  アイ・ラブ・トラブル 《ネタバレ》 20世紀末、アメリカ映画は一本の作品を一つのジャンルだけで統一できないようになってきつつあり、ブン屋の取材合戦もの、というアメリカ得意のジャンルが、後半ドンパチに移る。そこにどうしても断層を感じてしまう。前半はいいのよ、だまし合いの楽しみ、リフレッシュとフレッシュと。でも観客ももうこういうのだけでは物足りなく思うようになっているんだろうなあ。サービス精神と思って納得しよう。この手の映画は後から考えると犯人の側の行動にヘンなところ・つまりもっと簡単にやれそうなのに大袈裟にしてしまってる、ってのがいっぱい見えてくるもんで、なにもわざわざ列車を転覆するまでも、とか、わざわざエレベーターを停めたり面倒なことしなくても、とか思ってしまうもんだけど、これもみんな親切なサービス精神と思って感謝しつつ観よう。[映画館(字幕)] 6点(2010-07-07 11:55:43)(笑:1票)

40.  哀戀花火 ちょっとの火も危険と靴を履き替えさせられる花火工場、なるほど、ここぐらいメロドラマの舞台にふさわしいスリリングなところはあるまい。女主人は視線をそらして絵描きに話しかける。愛の火花が散っては危険だからだ。でも番頭との間には摩擦熱も生まれつつ、あぶないあぶない。恋愛映画はスリリングなのである。恋の発生の危険が現実の発火の危険と重ねられる舞台設定が秀逸。しばしばメロドラマが戦争を舞台にするのも、危険が満ちているからだろう。でも無粋な爆弾工場より花火工場のほうがロマンチックである。ちょっと役者(とりわけ男のほう)が物足りなかったか。黄河の両岸からの花火合戦よりも、そのあとの煙のたゆたいが美しかった。[映画館(字幕)] 7点(2010-06-30 11:57:25)

全部

Copyright(C) 1997-2024 JTNEWS