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81.  かつて、ノルマンディーで 《ネタバレ》 この映画の成り立ちはけっこう複雑で、順を追って言うと、まず19世紀の昔にノルマンディーの農村で若者が家族を殺す事件が起こる→それを題材にしてミシェル・フーコーが本を書く→それを原作として30年前に、その事件の地元の人たちを使って映画が作られる→そのとき助監督だったニコラが、映画に登場した人たちを21世紀の現在再訪する、ってのがこの映画。振り返るメイキング映画というか、30年前の後始末映画というか。で、どういう作品になるのかというと、最初の殺人事件と、映画を製作するという田舎にとっての30年前の事件とが、奇妙な反復感によって重なって見えてくる。30年前に過去の文献を調べていた当時の製作者、その30年前の映画製作関連の文献資料を読んでいくこの映画の製作者、似たような手書きの文章の画面が反復され、鏡と鏡を合わせたように、人が芸術を創造し続けてきたそのつながりが一瞬垣間見えたような感動があった。元しろうと役者たちへのインタビューは、もっぱら明るい陽光のなかで楽しく語られるが、なかには娘が発狂したもの、動脈瘤の破裂で言葉が不自由になったもの、という歳月の影の部分もあり、そういうインタビューは室内になっている。行方不明になった主演男優がどうしているか、という謎が作品としての緊張になっていて、ついに彼が登場し人々と再会する場が、雨のせいもあり、変にドラマチックにならず、しっとりしていていい。[DVD(字幕)] 6点(2008-12-09 12:17:18)

82.  母べえ 《ネタバレ》 浅野忠信がいい。どんな役でもこなしてきた人だが、でもだいたい何か複雑さを秘めて、一緒にいると気が休まらなさそうな人物が多かった。今回はその正反対の、一緒にいると気が休まりそうな人物で、それに合わせて演技の質感そのものも変えてしまっている。今まではヴァイオリンでいろんな曲を奏でてきたが、今回はヒョイとクラリネットに持ち替えて吹き出したような。愛を秘めたインテリって「寅」でもいろいろ出てきたし、その前の『愛の讃歌』の有島一郎など繰り返し描かれた無法松型モチーフで、監督が一番感情移入しやすいタイプなのだろう。「寅」のヒロシにも通じている。鶴瓶に「かなりデリカシーを欠いた発言でしたね」なんていうセリフ、どこかでヒロシが寅に言ってなかったか。で作品だが、正論を言えない時代のつらさを描くのに、「嫌な世の中になりましたな」といった正論発言で話を進めていくところがあって困る。相互監視社会の息苦しさは、ハナっから悪役の特高より、その相互監視する庶民の描写を徹底することでしか描けない。描写もあるが、ときどきはいるナマなセリフが、描写を説明で打ち消してしまう。かえって差し入れの本の書き込みを黙々と消しゴムで消す作業のあたりに時代を一番感じた。ラストは母べえの持続していた無念を言いたかったのはよく分かるのだが、それが愁嘆場のせいで取って付けた印象になってしまい、かえって最期の言葉を淡々とナレーションだけで伝えたほうが、ザックリ迫ったのではないかなあ。山田監督作品では、エンディングで時代を飛ばし、それがどうもうまく着地できないものが多い。コミカルな一挿話と思わせた山ちゃんのアップアップが、あとで厳粛に反復されるあたりのシナリオ構成は、ほんとにうまいのだけど。[DVD(邦画)] 6点(2008-11-28 12:23:14)(良:1票)

83.  学校の怪談4 《ネタバレ》 冒頭の尋常小学校津波の場がなかなかいい。回転する舟、水を噴き出すポンプ、遠くの半鐘…。水がモチーフで、おっかない顔でおどかす妖怪は出てこないで、口承民話的な味で通す。その古いはずの味がけっこう新鮮だった、一人多い客、いつのまにか飲み干されているジュース…。亡霊は恨んではいなくて、中断された遊びをただ遊び続けようとする、そこが切ない。盆ちょうちんの町、ノートを並べただけのような小さな文房具屋、といった風物描写もいい。ラストの水没校舎のセットは作るの大変そうだったが、朽ちてないほうが私は好みだなあ。とにかくあくまで子どもたちの物語でありながら、子供だましではない仕上がり。[映画館(邦画)] 7点(2008-11-27 12:12:10)

84.  風が吹くまま 《ネタバレ》 例によってクネクネと道を行く車。子どもに導かれて近道の斜面をのぼると、またそこが上下左右がクネクネの迷路のような住まい。でもこれら迷路のようだけど、迷いこんだという感じはなく、言ってみれば豊かなヒダのよう。この風景というか風物というか空間が、映画のツボだ。ヒダのある豊かさ。丘の上が唯一外界と通じるケータイの聞こえる場所で、それが墓場の中でもある。死の近い老婆がいるが、あっさりとした出産もあり(すぐ洗濯物を干している)、猥談もかわされるし、顔は見せぬが若い恋人同士もいる。人生のさまざまな姿がヒダのように重なっている。死を待っていた主人公が、丘の上で人を救うことになり、その医者を老婆のもとに連れていく展開。天国のように美しい麦畑が映画を包み込んでいる。[映画館(字幕)] 7点(2008-10-20 10:02:00)

85.  河童のクゥと夏休み 《ネタバレ》 前半は『小鹿物語』『E.T.』の路線で、まあそうだろな、という方向に進んでいく。クゥの語り口が、なんとなく渡世人を思わせるので(「おめえさまたちにゃ世話になった」)任侠路線的に進んでも面白いのじゃないか、と思っていると、一家がマスコミに振り回され出し、おっ、一宿一飯の恩義で暴れ出すぞ、と期待高まり、怒りによって烏を爆殺し、さあいよいよ大魔神に変身か、空は曇りだし竜神は舞い、…しかしそれまでであった。かわいいクゥはかわいいままで保護され続けるのであった。自然はあくまで危険のないものなのであった。物足りない。どうもドラマとしても展開に雑なところが散見され、すぐに家族共有の秘密になってしまったり、手紙一枚で箱詰めにして送っちゃったり、ギクシャク。それでいてコンビニの店員との視線のドラマはていねいに描き込んでいる。なんか惜しい。まあ“オッサン”のシーンでは嗚咽してしまったけどね。[DVD(邦画)] 6点(2008-10-13 12:18:45)(良:1票)

86.  カサノバ(1976) 《ネタバレ》 おそらくフェリーニで一番ペシミスティックな作品。醜女が次から次へと現われてくる前半はいささかうんざり気味だが、昆虫みたいな衣裳を着けた貴族の屋内オペラあたりからか。思わず「待ってました!」とかけ声を掛けたくなるフェリーに顔の男で、クネクネしたその気味悪さが実に気持ちいい。ローマでの精力競争の馬鹿騒ぎぶり、芝居が終わった後の劇場の空漠、ドイツでのオルガンの狂い演奏(ここはニーノ・ロータの独壇場)と、名場面はいろいろあるが、どこか悲痛な気配が常に漂っている。カサノバは女性の人格を、口では尊重していた。おそらく貴族的に崇拝はしているのだろうが、しかしコトに至ると、女性嫌悪・女性恐怖としか思えない相貌に女は変わって見えてくる。そして精力競争で相手の女が浮かべた哀れな表情は、目にしていない。彼は人格としての理想の女性を求めすぎて遍歴を続け、最後にたどり着いた相手は、心を持たないものだった。乱痴気騒ぎの連続の果てに訪れた孤独の平穏、凍りついたベネチアでのラストダンスで悲痛は極まった。[映画館(字幕)] 8点(2008-10-10 12:13:20)

87.  壁あつき部屋 BC級戦犯の話。浜田寅彦って、単純な表現しかできない俳優と思っていたが、この映画では、とりわけ後半、素晴らしかった。申し訳ない。小沢栄太郎が「卑屈」とか「傲慢」を一対一対応で演じているのに対し、浜田はあらゆることを「思いつめる」人間を演じ、思いつめていながら、そこでは集中と茫然とが同居している。言葉で単純に表わせない心の状態を、体で表現する名演だったと思う。信欣三の壁にポコポコと穴が開く場もいい。あつい壁に穴が開いてもその向こうには自由ではなく罪が待ち伏せている、という追い詰められた感じ。戦争指導者もつまりは犠牲者だった、という現在もある粗雑な思考は、こんな頃からもうあったのだな(公開は56年だが製作されたのは53年)。[映画館(邦画)] 7点(2008-10-08 12:11:42)

88.  からみ合い なにせ『人間の条件』と『切腹』の間に作られた作品なんで、どんなかなあ、という興味があった。遺産をめぐりニセの跡取りを作ったりするだまし合いの話で、もっとコメディタッチにしたほうが収まりがいい題材だったかもしれないが、そこは小林正樹、そして重厚な大作の間の作品、正攻法で攻めてくる。これはこれでいいのだろう。重々しさというのも、そういうものがまったく尊重されなくなった現在から見ると、美点である。話のほうより、美術の戸田重昌の仕事が記憶に残っている。中央に水槽があり奥に二つ扉がある左右対称の部屋や、冒頭、岸恵子と宮口精二がはいる喫茶室など、セットを味わえる映画だった。戸田は以後も小林作品(『怪談』!)や大島渚作品(『儀式』!)で、重厚なセットの記憶を日本映画史に残していく。音楽が小林作品で初めての武満徹、本格的なジャズであった。[映画館(邦画)] 7点(2008-10-07 12:19:37)(良:1票)

89.  歓呼の町 どこに行っても日の丸の下ということで同じじゃないですか、だからみんな明るく疎開しましょう、という戦中の時局PR用映画。疎開を渋る四家族が「心を入れ替えて」疎開に応じるまでの話、あくまで庶民レベルで進行する。シーンが変わるときに人物の出入りを重ねて、スムーズに群像劇を進行していくあたりの手腕が見どころか。いいところのお嬢さんさえ郵便配達をして働いている時局だから、わがままはいけない、というあたりの論理に日本人は弱いんだ。事故死という犠牲者が出ても、だからこそ頑張ろう、になっちゃう。安部徹が、洟をかんでは顔を拭こうとするのを若妻が嫌がる、なんてスケッチが木下らしいと思ったが、脚本にはタッチしていなかった。町会長の勝見庸太郎って『秀子の車掌さん』の社長の人か、この役者さんいいなあ。[映画館(邦画)] 6点(2008-09-19 12:18:56)

90.  壁男 《ネタバレ》 ホラーの棚にあったけど、ホラーを期待して見るとがっかりする。一本の映画としても盛り上がりに欠けるが、でもなんか面白そうなとこの周辺を回ってはいるんだ。なんで小野真弓なんだよ、と誰もが思うだろうけど、いかにもテレビメディア的な人ってことでの起用で、これは理解してやりたい。テレビは非日常的なことを連日取り上げることによって、一番日常的な光景を作り上げている。それぞれの家庭が部屋の壁を厚くして閉じ籠もり、必要以上になれなれしく語りかけてくるテレビのレポーターに向かい合っている。私たちの日常生活はメディアと壁に挟まれて営まれてるんだなあ、という発見。なんか映画はそこらへんを巡ってはいるのだけど、も一つ焦点を結んではくれなかった。レポーターへの親しみが狂おしいまでに高まる青年もいれば、ノーマン・ベイツのお母さんみたいのもいて。[DVD(邦画)] 6点(2008-09-10 12:13:33)

91.  花様年華 メロドラマとしての格調の高さは大したものだ。狭さを意識した画面、その息をひそめている感じがいい。新聞社の無表情な大時計、赤いカーテンの揺れる廊下、と舞台もふさわしい。下の屋台へポットを持っての往復で、ちらちらと意識しあう男女。そのかすかな空気の揺れのようなものがメロドラマの味わい。ここぞというときに入ってくる憂鬱なワルツ、あるいはキサス・キサス・キサス。連れ合いが不倫をしている二人は、意地でも関係を結ばない。それが全編に緊張をはらませている。時代や社会やあるいは女の生き方についての思索など、余計なものを排除して純粋な織物を織りあげたって感じ。だからこそラストのカンボジアが引っかかる。あの時代の新聞社を舞台にしながらベトナム戦争に触れずに綴ってきて、ラストで竹の文化圏から石の文化圏のカンボジアに跳ぶあの画面の質感の急変、分からないからこそ、すごく引っかかる。[映画館(字幕)] 8点(2008-08-12 10:52:15)(良:1票)

92.  かあちゃん 私にとってこれがスクリーンで見た最後の崑の新作になったわけだ。晩年の志ん生の高座は、もう姿を眺めるだけで客は満足したって言うけど、ちょっとそれに似て、屋根瓦と路地を俯瞰する構図とか、着物の裾が襖にはさまれてスッと引っ込められるとことか、崑がサインをしているようなカットに出会えばそれで満足してしまうとこがあった。長屋の連中、小猫・コロッケ・梅雀・柳昇の顔が横に並んでいる図のおかしさなど、いいなあと満足する。落語的に語ったおとぎ話のような作品で、考えてみると、この監督はけっこう『つる』とか『竹取物語』とか『火の鳥』とか、そういったおとぎ話・ファンタジー系も好きなのだった。『ビルマの竪琴』だって、歌う兵隊ってある意味でおとぎ話だったし。晩年の諸作品ではうじきつよしがいい仕事をしていたが、このコンビぶりを大きく発揮する時間がもうなかったのは残念。[映画館(邦画)] 6点(2008-07-16 10:32:33)

93.  ガウディアフタヌーン なんかスリラーと紹介してる記事もあったけど、こりゃコメディ。ジュディ・デイビスがコミカルなのって珍しいか。あともクセモノ女優を揃えてある。ガウディを背景にしてるのが正解で、あの建築のそこはかとないユーモアと質が似ている。一見歪んでいるように見えて、これはこれで調和がとれてる、って話。直線ばっかじゃつまんないって話だ。男装する母と女装する父とが母性愛を競い合うんだもん。ヒロインのアパートの大家の騒々しい家庭が、マットウな家庭として対置されて、あれもあればこれもあると世界が広がっていく。スペインの明るさ。警察に“父親”の人相を告げるとこ「髪はカツラで肩まで、身長はヒールを履いて云々…」ってのがおかしかった。マジシャンの場、映画の中の舞台ってのは、なぜかワクワクさせる。[映画館(字幕)] 6点(2008-06-16 10:13:56)

94.  鏡の女たち この人のトレードマークである日傘=まぶしさが、本作の場合ヒロシマの六千の太陽のイメージに重なる。エンディングでは日傘もなく、自分の手をさしのべて光をさえぎろうとする。この監督の特徴として「こうであったかもしれない過去」へのこだわりがあり、これは歴史の不動性へのいらだちでもあるのだろうか。娘かもしれない、娘でないかもしれない、いくつもの有り得た過去を肯定することで、歴史に一方的に振り回されることへ抵抗しているよう。素手で原爆の熱光をさえぎろうとするような無謀な試みではあるのだけれど。[映画館(邦画)] 6点(2008-05-20 12:16:16)

95.  過去のない男 《ネタバレ》 考えてみれば、映画の人物ってのは、すべて過去を持たずに唐突に我々の前に登場してくるわけで、観客はその行動や言動から過去を類推していくしかなく、言ってみれば記憶喪失者に付き合っているようなものなんだなあ。この映画、名前がないと何も進まない法の世界と、隣人たちの親切の共同体とが対比されていて、けっこう社会派監督としてのカウリスマキを印象づけた作品。やむを得ず解雇することになった従業員へ、未払い給料をなんとか渡さんとする社長が光る。名前がなくても信頼や親切が優先する社会をはっきりと提示した。妻が見つかると、そっちもちょうど男が出来てて、っていう解決は、アステアの戦前のミュージカルにもあった手だが、いいよね。[映画館(字幕)] 7点(2008-05-19 12:16:41)

96.  ガートルード 昔、日本語字幕なし・あらすじの配布なし、という厳しい条件下で鑑賞した。この人の映画はいつもそうだけど、照明がまだらで、室内なのに木洩れ日の下にいるような奇妙な世界になる。人物は闇の中から立ち現われ、闇の中へ消えていく。幽明の世界とでも言うんでしょうか。そのなかで登場人物たちはなかなか目を合わせない。向かい合ったときは切り返しになって、同一画面の中では向かい合わない。一人が一人を見てると、見られているほうは正面を向いていることが多い。なんか小津みたいだが、ぜんぜん質感が違い、環太平洋の温帯と北欧の空気の差か、こちらははるかに冷たい。終わりのほう、実際は向かい合っていても、女のほうが鏡に映っているために、画面では二人が並んでいる格好になる。それぞれが相手を背景にしてしまい、孤立してる感じ。なにせ言葉が分からないので、そんなことばかり見てましたっけ。[映画館(字幕なし「原語」)] 6点(2008-01-30 12:17:56)

97.  悲しい色やねん 私の日記によると『小林薫と藤谷美和子のとこだけ面白い。藤谷がピューッとお酒とばしてビール瓶で殴られるところのみ唯一緊張してた。森尾由美の「そ~れ~ま~で~」でシラけちゃった(まったく似合わない彼女が緋牡丹まがいに賭場で仕切ってるシーンの記憶)。マットーな人が一人も出てこないってことで、かえって森田の世界が空回りしちゃったのか。繰り返される水面上を滑るカットが森田好みって気もするが、この人は基本的には室内シーンが多い映画のほうがいいのかもしれない。江波杏子(ヤクザの親分)は男に見えなかった』そうだ。[映画館(邦画)] 5点(2008-01-27 12:25:34)

98.  カンバセーションズ 青春時代から微妙な距離にある30代後半。やり直せそうな、もう遅すぎそうな。青春時代はもっと大胆で、行動にためらいがなかった。だけど30代後半の男女は、行動の代わりにカンバセーションで探り合わなければならない、なにしろ二人の間には縦にざっくりと画面を分割する境が生まれているから。男は太り、女の脚には知らない怪我の傷が残り、それぞれが互いに知らないヒストリーを刻んでいる。二つに切られた画面の片方に二人がうまく納まると、今度はもう一方に青春時代の記憶が入り込んできて、現在と過去との境を際立たせようとする。その記憶も、セーターの色が変わったりと不確かなのだが。分割画面という趣向、それがすべてで成功しているかどうかはおいても、目一杯使い切ろうとしたその姿勢を褒めたい。おそらくDVDで見た人は必ず、ラストシーンをもう一度目を皿のようにして見直したと思う。[DVD(字幕)] 6点(2008-01-26 12:19:59)(良:1票)

99.  化石 渋味だなあ。長い長い映画を見ながら、ときに「生きる」を思い起こし(おもに仕事について考えるとき)、ときに「野いちご」を思い起こし(おもに孤独について考えるとき)、ときに「ベニスに死す」を思い起こす(おもに夫人について考えるとき)。佐分利信の芝居は、その芝居くささが重厚さを生むのに、栗原小巻・滝田裕介・神山繁の芝居くささは、ただ芝居くさいだけなのはどういう違いなのだろう。枯れるってことの利点か、新劇俳優の宿命か。フランスでの想念と日本での結末との間にちょっとズレを感じる、日本に帰ってきて少し観念性が強まったような。でもおそらくそういうことを考える映画ではなく、老年の心象風景にひたることが眼目の作品なのだろう。[映画館(邦画)] 6点(2008-01-25 12:22:32)

100.  回転扉 日記によるとこの映画見ているのだが、その記述をいくら読んでも思い出せない。これだけきれいに記憶から抜け落ちる映画というのも大したものだと思うので、無責任ながら記述の要点を写して記念とする。『舞台はカナダ。サイレント映画伴奏ピアニストの青春と、その孫との2つ(過去と現在)の話が並行する。彼女のスクリーンへの憧れ、ハリウッドスター的衣裳を着て、スポットライトで銀幕の前を通っていく昂然としたところ。でもトーキーになってしまう(「雨に歌えば」のようなトーキー出現での失業話が、過去のほうのメインストーリーだったようだ)。金持ちの家との確執は新鮮味なし。孫のほうの話は離婚家庭で、母と子の愛がダブってくる。祖母から孫へ一つおいた遺伝(たぶん孫も音楽をやるのであろう)がしみじみ。』当時の自分なりの評価でCになってたので…[映画館(字幕)] 5点(2008-01-24 12:21:48)

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