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プロフィール
コメント数 731
性別
自己紹介 奥さんと長男との3人家族。ただの映画好きオヤジです。

好きな映画はジョン・フォードのすべての映画です。

どうぞよろしくお願いします。


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人生いろいろ、映画もいろいろ。みんなちがって、みんないい。


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【製作年 : 2000年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
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1.  かいじゅうたちのいるところ 《ネタバレ》 スパイク・ジョーンズ監督の映画には、見かけの軽薄さや皮肉な笑いのなかに、いつも不思議なメランコリーがたゆたっている。見ているうちに、何だかこっちまでやるせないっていうか、切ない気持ちになってくるんである。それはたぶん、映画のなかで描かれる主人公の男たちが、誰もかれもみんな本質的に〈孤独〉でひとりぼっちであるからだ。 『マルコヴィッチの穴』のジョン・キューザックにしても、『アダプテーション』のニコラス・ケイジにしても、彼らは、誰かと一緒にいても、いや、一緒にいるからこそ〈孤独感〉がますます深まっていく。だから、懸命に相手のことを理解しようとしたりされたがったり、愛そうとしたりされたがったりする。逆に言うなら、愛や友情や思いやりとは、人が〈孤独〉だからこそ産み出され、育まれてきたものなのかもしれない。その、どこかウディ・アレンの映画をもっとキテレツ(!)にしたような神経症的なドタバタ劇こそが、「スパイク・ジョーンズ映画」の変わらない主調音なのだった。 この映画の少年マックスと、そのオルターエゴというか“分身”そのものである「かいじゅう」キャロルたちもまた、〈孤独〉であるからこそ、これ以上傷つくまいとして乱暴をはたらいたり、暴言を吐いたりしてしまう。そうして、余計に傷ついてしまうのだ。このあたり、原作絵本が“かいじゅう化していく少年マックス”を描くのに対し、映画の方は逆にかいじゅうたちの方があまりにも“人間的でありすぎる”ともいえる。みかけはオソロシクも愛きょうたっぷりなくせに、キャロルやその仲間たちは、ぼくやアナタのなかにもあってたぶん他人にあまり触れられたくない部分ーーそう“弱さ”そのものをむき出しにして、見せつけてくるのだ(ゆえに、見ていてけっこうツライ気分になってくるのも確かでは、ある)。 ・・・結局、「かいじゅうたち」と一緒にいることで、自分の内なる〈孤独〉に向き合うことを学んだマックス。センダックの絵本ファンや、年少の子どもたちにはいろいろ“不満”もあるだろうけれど、不思議な陰影に彩られた独特の映像のなか、高度に内省的だけれど実にピュアな寓意劇として、この映画は、凡百のファンタジーとは一線を画するものだ。断固支持。[CS・衛星(吹替)] 10点(2012-05-26 19:47:54)《改行有》

2.  華氏911 映像は、平気で嘘をつく。たとえ「事実」を写し撮ったものであろうと、編集ひとつでカンタンに白を黒と言い含めることができるのだ。 今日、そんな“映像の「嘘」”を最も確信犯的に使いこなし、文字通り「嘘」のように面白いドキュメンタリーを創り続けているのが、マイケル・ムーアという男であるだろう。彼の作品は、いつでも「事実」を撮った映像・・・それ自体は白でも黒でもない(あるいは、白でも黒でもある)「事実」の断片を、絵と絵のつなぎ方ひとつ、ナレーションひとつで、易々と「黒」にしか見えないものへとまとめ上げていく。そうやって彼(の映画)は、アメリカという国家と国民を“食い物”にする「巨悪」を暴きたて、白日の下にさらし出すんである。 彼は、建て前だけの「公正さ」を拠り所にするジャーナリズム的手法じゃなく、あくまで警世家(!)として、「正義」の側に立とうとする。この『華氏911』でも、彼は今まで以上に「正義の人」として、「悪党」ブッシュ政権を撃つのだ。 今まで以上に? そう、ここでのムーアの「怒り」は本物だ。そこに「嘘」はないだろう。彼は純粋にブッシュとその陣営を、彼らをとりまくエスタブリッシュメントたちの悪らつさを、本気で怒り、告発しようとする。それがこの映画の原動力となり、もはや大統領選挙の行方にすら影響を与えるほどの“力”となったことは、ぼくたちにも周知の事実だ。もしかしたら、ブッシュの再選を拒み、ムーアのこの映画は、現在のイラク状勢にも変化をもたらすかもしれない。それはそれで、あっぱれと言うべきなのだろう… しかし、すべてを「ブッシュ側」に押しつけ、彼らを「悪」に位置づけることで、本当にアメリカの抱える真の問題を捉えることができるんだろうか。むしろそれは、本当の問題を“見えにくくする”ことになりはしないだろうか? 単純に「悪」と「正義」を線引きするこの映画は、見る者を安易に「正義」の側に立たせ、権力を撃ったつもりにさせることでカタルシスを与える。けれどそれは、例えば大統領やCIA、FBIなどを悪役に仕立て上げたハリウッドの娯楽映画とまったく同じ(!)スタンスでしかない… ぼくはムーアの「怒り」の正当性を信じる。が、この映画の「安易さ」は、やっぱり否定したいと思う。ゴダールの批判した通り、それは結局「敵(アメリカ)を利するだけ」だろうから。 4点(2004-09-02 12:25:01)(良:2票) 《改行有》

3.  神の子たち ドキュメンタリー作品を見ていて、どんなに悲惨な情景であろうとカメラを向け続ける作り手たちの“勇気”や“覚悟”に感嘆すると同時に、心のどこかでそんな「他人の不幸」を直視することの“やましさ・うしろめたさ”を感じずにはいられない。ましてや、その「不幸」に涙することなんて、許されるのだろうか…と。 フィリピンの巨大なゴミ山でくず拾いによって生計を立てる3組の家族。だが、山の崩落事故によってゴミの搬入が止まってしまい、彼らは生活の糧を失ってしまう。 もともと貧しかった彼らを見舞う、さらなる困窮の日々。近所で米を分けてもらい、塩だけで食べる夕飯(父親は幼い娘に、「おかずがなくてゴメンよ」と詫びる…)。ゴミ捨て場の片隅にイモを植え、「泥棒するくらいなら、飢え死にする方がいい」とつぶやく少女。汚染された中で生活するゆえ障害児や未熟児も多く、せっかく産まれてもすぐ死んでいく赤ん坊になすすべもない両親。そして、水頭症で寝たきりの少年を、それでも懸命に育てようとする家族たち。 …そんな、あまりにも苛酷な日常を、カメラはただただ追い続ける。 それを、何て無慈悲な行為だと思うだろうか。カメラを向ける前に援助したらどうなんだ! と。 けれど映画を見ているぼくたちは、彼らが生死ギリギリの生活のなか、親がどれほど子どもたちのことを想い、子どもたちもそんな親の想いをしっかりと受けとめているかに、いつしか心からの敬意を抱くようになる。家族の、人間としての、真の尊厳と愛を彼らのなかに見出していく。 そして気づくのだ、このぼくたちの、彼らに対して抱く敬意と賛嘆の眼差しこそ、この映画の作り手たちのものだったのだと。監督やカメラマンたちがこの3組の家族を通じて、人間の本質がやはり〈善〉だったことを知っていく過程こそ、この映画の主題だったことを。 映画の最後、水頭症の少年アレックス君が、笑顔のままひと粒の涙を流す。その涙の美しさは、間違いなくぼくたちの魂こそを“救済”してくれるだろう。同情や憐れみだなんて、とんでもない! ぼくらの方こそが、彼らに「救われる」のだ。 こんな世の中だからこそ、ぜひこの映画をご覧になってください。10点(2004-07-14 19:35:20)(良:1票) 《改行有》

4.  カリスマ 「人は自然状態にあると自己保存の権利を行使しあい、果てしない死闘に明け暮れる」という、哲学者ホッブズの『リヴァイアサン』の定義そのままに展開する恐るべき寓話。何より戦慄させられるのは、この映画に描かれたようにこの現実の世の中が、絶えざる恐怖と暴力による死の危険に満ち満ちてきているってこと。「9・11」以後の世界をここまで予言した映画もないと思う。ただ、畏怖あるのみ。10点(2003-05-21 18:12:24)(良:2票)

5.  回路 黒沢清監督作品では、正直最高傑作とは言えないかもしれない。けれど、もっとも野心的な作品であることは間違いないと思う。とにかく、常に予測のつかないそのドラマツルギーとオフビート感は、やはり誰が何と言おうと凄い! と感嘆の念を禁じ得ません。恐怖の質が、心理や生理に訴えるありがちなもんじゃなく、見る側の想像力や意識裡に刷り込んでくるあたりに、彼の”天才”を感じます。出来ることなら、黒沢カントクに10倍くらいの予算を与えて、もう一度心おきなく本作をリメイクさせてあげたいっす!10点(2003-05-21 14:45:04)(良:1票)

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