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【製作年 : 2000年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
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1.  孫文の義士団 《ネタバレ》 前半義士団がそろってくる『七人の侍』的な部分で状況の雰囲気を描き、作品の革命百年記念的な義理を果たし、後半グイグイと香港アクションで見せましょう、という二段構成。だから前半は歴史上の香港の街かも知れないが、後半はアクション映画の街となる。襲撃が起きても人々はパニックにならず(パニック映画ではなくアクション映画なので)、露店はアクションに奉仕するために適宜配置されている。細かいとこはヘンでも、一気に駆け抜ける勢いを大事にする。このハッキリとした割りきりが気持ちいい。人物造形は類型的、でも暗殺団側もそれなりの憂国の情を持っており、青っちょろいインテリの革命では白人に国を奪われる、と危惧してるあたりに膨らみがある。師に対して最後まで尊敬の気持ちを忘れない儒教精神の持ち主でもある。アクションがつるべ打ちされていくと、有り難味が薄くなるのは仕方がない。それでも香港アクション映画だなあ、と思わされ、前半の「歴史」を忘れ見入っていると、“オデッサの階段”シーンがくる。オデッサの階段を真似た場面なんて、今までいくつもの映画で登場し、たいていは「ちょっと映画史に敬意を払ってます」ってことを言いたいだけのサインみたいなものだったが、本作の場合は、ここで前半の歴史が蘇ってきた。『ポチョムキン』ではその後にロシア革命が導かれた階段だった、本作は辛亥革命に至る階段だ。後半ですっかり「映画の街」になっていた香港が、人力車がカタンカタンと落ちていくことで、映画史を通してまた前半の「革命を準備している歴史の街」へと戻っていき、うまく全体がまとまった。[DVD(字幕)] 6点(2012-04-03 09:39:14)(良:1票)

2.  ゾンビランド かつてアメリカ映画は、心置きなく殺戮できる敵ってのを持っていた。西部劇ならインディアン、戦争映画なら相手国の個性のない兵士たち。しかしそれもベトナム戦争までで、自分たちの正義が疑わしくなってくると、どこからも文句を言われずに安心して殺戮できる敵は、宇宙人とゾンビだけになってしまった。今ゾンビ映画がやたら作られるのは、かつての大量殺戮の爽快感を忘れられないアメリカにとって、最後のテーマパークだからだろう。実際本作には西部劇の余韻が残っていて、登場人物たちは西部に楽土を求めていくわけだ(民芸品店で暴れたのは現実のインディアンを殺せなくなった白人どもの代償行為?)。ちょっと面白くなれそうだったのは、主人公の青年がいわゆる「引きこもり」で、他人をゾンビのように避けて生きてきたため、今回の災厄で生き残れたという設定。箇条書きされたマニュアルに沿い、用心に用心を重ねてきた。その彼が恋のために勇気を奮い立たせヒーロー的行動をとる、ってところでアメリカ映画の常道に戻ってしまうんだが、もっと彼の臆病を臆病として生かせなかったか。ゾンビランドとなったアメリカは、衣食住に関してそれほど困惑しているようでもなく、トゥインキーなるお菓子(?)を熱望するぐらい。ハリウッドの某俳優の豪勢な家で寝泊まりできるし、普段はよく停電していた西部なのにゾンビの国になってから電力事情は良くなったらしく、遊園地まで動かせる。やっぱり日常からちょっと立ち寄るだけの、テーマパークとしてのゾンビランドなんだな。まあ映画ってそういうものなんだけど。[DVD(字幕)] 6点(2011-07-23 10:10:37)

3.  それでも恋するバルセロナ 例のごとく、登場人物たちはふらつく。一つのキャラクターからはみ出そうと、反発と親和を織りなしていく。いつもだとそれがなんらかの着地点を見いだすのだが、今回はそのまま人間関係を広げていって、茫漠とした霧になって終わる。南欧的と言えば南欧的。アルモドバル的暖色が満ちる。ただひとつ残るのは、自分が「望まないもの」だけ、という話。ステレオタイプなスペイン人の描写は、ニューヨーカーの凡庸さの背景として意図したものかもしれない。観光名所的なロケとあいまって、誇張の効果。アメリカ人の会話にはうんざりだが、スペイン人のホットさにはついていけない、って。そのふらついていく一瞬一瞬には皮肉な面白さがあるのだが、一本の作品としては、とりとめなさの印象のほうが強くなってしまった。主要人物4ないし5人に、脇系の人が中途半端に絡んでくるのが、おい、本舞台に出るのか出ないのかはっきりしろ、といらつかされる。[DVD(字幕)] 6点(2010-04-07 11:59:07)

4.  その土曜日、7時58分 《ネタバレ》 この手の時間シャッフルものの趣向も珍しくなくなったが、でもやっぱり面白い。なんか映画ならではの面白さに根差しているようなのだ。舞台での芝居も映画も、客が座席に座って出来事を眺めるという点では同じなのに、芝居ではまず時間が順に進んでいくのに対し、映画は平気で逆に戻ったりあっちこっちする。不思議じゃないですか。時間を自由にあっちこっち出来るという発見が映画の文法をかなり豊かにしているはずだ。昔は回想は回想らしく画面をゆらゆらさせて入っていくというような決まりがあったが、もうそれも必要なくなり、こうキビキビとシャッフルそのものを楽しめるようになった。一度あったことが主観を替えて再び現われると、どうしてあんなにワクワクするのだろう。映画の秘密と関わっている気がする。それとこの映画のもう一つの手柄はフィリップ・シーモア・ホフマン。鈍感そうな外観とナイーブな内面の取り合わせの魅力なのか。上機嫌に弟に強盗話を持ちかけるあたりは、この人ならでは。このチグハグさがこの人が演じると納得いくんだな。『M:i:Ⅲ』のように完全な悪役になってしまうとあんまり面白くない。今回のように大物ぶりとナーバスさが同居している役だと、その大物ぶりのウツロさがひときわ生きて、いいのだ。この人のことを最初にノートに記録したのは『ブギー・ナイツ』だった。「小デブは『ビッグ・リボウスキ』の秘書か。いいな」となっている。やはり軽く生きているようでいて、自殺してしまう役だったと思う。[DVD(吹替)] 7点(2009-11-20 12:07:06)

5.  その名にちなんで 《ネタバレ》 人が異文化に溶け込んでいくさまを、ビーカーの水にたらしたインクが拡がっていくのを観察するように見つめていく映画。アメリカに渡ってもベンガル人だけのつきあいで閉じていた母の世代。でも子の世代になると、金髪娘とつきあい、親の決めたベンガル生まれの妻の心はフランス人に流れ、妹はアメリカ人と結婚、とゆっくり拡散していく。アメリカの寒さに震えた親の世代に対し、子の世代はインドの暑さがこたえる。アメリカ‐インドを両極とする軸に、もうひとつロシア人作家の名が絡んでくるところが膨らみになっていて、血でなく精神の受け渡しが描かれる。自分のアイデンティティを、血や土地と関係のないよその国の昔の作家に求めてもいいんじゃないか、と思えば、なんとなく気持ちもほぐれていく。見ている間は、ちょっと話があちこちしてダラダラしてるかな、という印象だったが、終わってみれば、言うべきことを言い尽くしていたのかも知れない。[DVD(字幕)] 6点(2008-11-03 12:12:27)

6.  それでも生きる子供たちへ 私は一番最初のアフリカの少年兵の話が良かった。たとえば青空の下の畑(?)での大人の敵兵との撃ち合いなんか、そこが遊ぶにふさわしいような場所だけに、その唐突さ・非現実感から現実感が生まれてくるジワッとした感じなどが迫ってくる。破壊するために訪れた教室で、学ぶ夢に誘われる少年を、スニーカーを脱いだ足で見せた。言葉は寡黙で映像が雄弁という理想的な作品だった。“学校の夢”はラストの中国篇とも呼応している。また中国篇は“ゴミ拾い”でブラジル篇と、アフリカ篇は“戦争”でイギリス篇とつながり、“盗み”でジプシー篇とイタリア篇が通じ合っている(あのイタリア篇、夜の遊園地が夢のようにきれいだと思ったら、カメラがヴィットリオ・ストラーロだったのか)。いま世界での苛酷な子供の状況を多元同時進行的に捉えることが出来るオムニバスでもある。[DVD(字幕)] 6点(2008-05-22 12:21:40)

7.  ゾディアック(2007) 《ネタバレ》 主人公の漫画家ギレンホールの言う「とにかく犯人の目を見てこいつだと確信したい」っていう気持ちに、こちらも同化する。最初の事件のなんともいやらしい車の動きぶり、あれだって覆面しているようなもので、それ以来ずっと、こういうことする奴はどういう顔してるんだろう、いう興味がつのっていく。容疑者リー・アレンに警察が会うシーンが、この映画で一番ドキドキした。やってることはどうってことないんだけど、こいつかもしれない、こいつでないかもしれない、そういう宙ぶらりんの気持ちのまま、こいつかもしれない容疑者の顔を見つめることの緊迫。こういうシーンで映画としての充実を覚えたのは珍しい。この映画、犯人の分析や事件の社会へ与えた影響などにはあまり関心を示さず、犯人に関心を示した人たちへの関心を持ち続ける。ラストに主人公が犯人(というか濃厚な容疑者)の目を見つめるシーンが置かれるのも、その流れだろう。首尾一貫してはいるが、これだけの長尺を持ちこたえるには、ちょっと物足りなくもあった。[DVD(字幕)] 6点(2008-02-05 12:23:35)(良:2票)

8.  それでもボクはやってない 《ネタバレ》 ひとたびベルトコンベヤーに乗せられると、もう執行猶予付きの有罪へ向けて一直線に進む安定したシステムが出来あがっているのが怖い。みんながよってたかってそのシステムに奉仕していて、それにちょっとでも抵抗すると、ほら反省してない、という証明になってしまう。この映画が現実をリアルに反映しているのなら、日本の裁判は証拠主義とは言いながら、かなり心証の勝負で決まっているようだ。より雰囲気づくりに成功したほうの勝ち。ならば、最初は乗り気でなかった女性弁護士瀬戸朝香の心証が変化していくあたりを、もっとくっきり描いてほしかった。具体的な証拠が彼女の心証の変化を導くさまを、一つ一つ対照できるように描くことで、裁判それ自体を実証的に裁いてほしかった。[DVD(邦画)] 6点(2007-11-09 12:13:44)

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