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1. 野良犬(1949)
《ネタバレ》 十数年ぶりに観たが、やはり黒澤作品の中でも抜きん出て同時代の社会そして人間のスケッチが素晴らしい。闇市や復員兵もそうだし、共犯者を押さえるためにプロ野球の巨人-南海戦に刑事たちが張り込む場面では、現役時代の川上哲治の打棒が観られるのもお得感。
物語のタテ糸は、終戦からまだ間もない混沌とした時代、掏られた拳銃を強盗殺人事件に使われたことで苦悩する新米刑事が、拳銃と犯人の行方をベテラン刑事と協力してまさに「犬」のように這いずり回って追跡していく中で警察官としての責任意識、職業倫理を体得して成長していくというところにある。
そこにはまた「新米は先輩の言う通りにしていればそれでいいのだ」という儒教的なパターナリズムも見て取れるし、そして「戦争」によって人生を狂わされた者と、狂う寸前で踏みとどまった者との「モラルの持続」における対照性が色濃く投影されている。
ただ、三船敏郎が風格満々で新米刑事にみえないというのもご愛敬だが、やはり三船の精悍で雄々しい風貌と緩急自在の身のこなしは惚れ惚れする。
黒澤作品における犯罪サスペンス映画の金字塔として『天国と地獄』が挙げられるが、途中で犯人の顔が明かされる『天国~』に対し、本作は最後の最後まで犯人の顔を見せないところがひときわスリリングな演出でとにかく息を飲む。
そして主人公と犯人が対決する時に近所から流れる悠長なピアノの音色。犯人をようやく捕らえた時に犯人の放出する盛大な嗚咽。さらに被さるのが登校中の子供たちの天真爛漫な歌声。こうした「不穏」と「平穏」との絶妙なコントラストを表現する演出の妙。
そこには、苦難を乗り越えて陰鬱な連続殺人事件を片付けた後に訪れる、えもいわれぬカタルシスを感じさせる。
また、この時代の地道ながら綿密な犯罪捜査の過程についても行き届いた描写がなされていて実に面白い。
作品の設定と同じく、うだるような真夏に鑑賞するのも一興だろう。[DVD(邦画)] 10点(2025-02-26 05:23:33)《改行有》
2. のるかそるか
《ネタバレ》 競馬というと、大学生の時に3回ほど挑戦してみたが、一度も勝てずに終わり、自分なギャンブルには向いていないと悟ってそれっきりである。したがって、競馬を題材にした映画と聞いてもあまり気乗りしないのだが、本作は大好きな役者であるリチャード・ドレイフスが主演だから観ようと思ったにすぎない。これが大きく予想を裏切られる快作であった。
競馬好きだが家賃も10年溜めこんで妻に愛想をつかされている中年のタクシー運転手トロッタ―が主人公。彼はたまたま入手したデマさながらの勝ち馬情報に乗っかってみたら見事的中。そこから「今日はツキがある」と勢いづいて大勝負(といっても倍率的には大穴ではないが)に挑み続ける。
この作品はいろいろと型破りである。第一に、始めから終わりまで物語が一貫して競馬からそれることはない。舞台も9割以上が競馬場で、しかもレース日のみ。それなのに全く飽きさせないどころか、観ていくにつれてテンションが上がり、画面にくぎ付けになってしまう。それも脚本の冴えとともに、何かに取り憑かれたようで踏みとどまるところはわきまえるというドレイファスの緩急自在の演技のたまものであろう。
第二に、最後まで主人公は負け知らずである。通常なら、ツキまくって調子に乗り過ぎて「その辺でやめとけよ」という大勝負に挑んでスッカラカンになってバッドエンドとか、逆に外しまくって「神も仏もないのか」と自暴自棄になりかけながら最後に勝利の女神がほほ笑むとか、ギャンブルを題材にした作品はラストのインパクトを際立たせるために成功と失敗を適度に織り交ぜるものである。しかし、本作はそんなセオリーなど意に介さないかのように主人公のバカバカしいほどに神懸かった快進撃で幕を閉じる。このまさかの展開には度肝を抜かれてしまった。
最初はとんだ穴馬を選ぶトロッタ―を狂人扱いしていた周りの人々が奇跡の連続にご追従(尊敬の念も?)へと態度が変わっていくのも現金であるが、トロッタ―が意外に堅実な人間でもあり、取り巻きと適度な距離感を保っている(大金が入って皆に大盤振る舞いしたりはしない)ので安心感がある。また、トロッターが苦労ばかりかけながら自分を愛してくれる妻に恩返しができるとしたら、やはりギャンブルで勝つことしかない。最後の大勝負は金のためというより妻への愛の証しとして挑むのである。
つまりギャンブルを通して、大事なのは金と愛情、金と友情、どちらなのか?といった人生哲学を問いかけるところに本作の味わい深さがある。とことん観る者の裏をかくことで快楽を与えてくれるコメディの傑作である。[DVD(字幕)] 10点(2022-08-08 21:33:58)《改行有》
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