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プロフィール
コメント数 731
性別
自己紹介 奥さんと長男との3人家族。ただの映画好きオヤジです。

好きな映画はジョン・フォードのすべての映画です。

どうぞよろしくお願いします。


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人生いろいろ、映画もいろいろ。みんなちがって、みんないい。


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【製作年 : 2000年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
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1.  男たちの大和 YAMATO 映画の中で、臼淵大尉による有名な言葉が語られる。「…敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか。俺たちはその先導になるんだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか。」 …そう、この映画の大和乗員たちは、宣伝文句にあるような「愛する人を、家族を、友を、祖国を守りたかった」から死地へと赴いたのではなく、あくまで「日本の新生」のために、未来のわれわれに<責任>を果たすために死んでいった。侵略戦争に加担した者の末路でも、戦争という「時代=政治」の犠牲者でもない、彼らは“死んでいくことで<責任>を果たした者たち”に他ならない。「日本の新生」を実現するために、未来のわれわれ(とは、もちろん、私でありあなたのことだ)への<責任>をまっとうするために、彼らは死んでいった。少なくとも脚本・監督の佐藤純彌は、大和の乗員たちをはっきりとそう描いている。だからこそこの映画は、これまでにうんざりするほど創られ続けた被害者意識たっぷりの自己弁護的「反戦」映画とも、過去の戦争を賛美・肯定する「反動」映画とも一線を画する、真に「倫理的」な作品たり得たのだと、ぼくは思っている。 もう一度言おう。これは「戦争」という情況下を人々がどう生き・死んでいったかを描いたものでも、右にしろ左にしろ何やら「思想=政治的」なメッセージを垂れ流す類のものでもない。60年前の人々が未来のわれわれに向けていかに<責任>をまっとうし、それをわれわれがどう受け止めるべきなのかを問いかける、そんな「倫理的」な次元で成立した映画だ。そして佐藤監督は、そういう「責任(レスポンシビリティ)」に対して、この映画を創ることで「応答(レスポンス)」した。そして、彼ら死んでいった者たちが果たした<責任>に、今度はわれわれが、私やあなたがどう「応答」するかを静かに問いかけるのだ。…この映画を見た者は、作品的評価とは関係なくその問いを、今を生きる者としての<責任>を、たとえ意識的であれ無意識的であれ否応なしに引き受けることになる。もちろんそれは戦争の是非ではなく、死んでいった彼らにとっての「未来」を生きるわれわれが、では彼らに対してどんな<責任>を果たし得るのか、と。 …技術的な完成度や、芸術的な価値、娯楽性の優劣などを超えた場所で、ただ「倫理的」な問いだけによって創りあげられたこの映画に、ぼくは深く敬意を表したいと思う。[映画館(字幕)] 10点(2006-01-19 13:42:04)(良:5票) 《改行有》

2.  お家をさがそう 《ネタバレ》 保険の仲介とイラストの仕事で、何とかしのいでいるらしい主人公のカップル。そんな彼らに、子供ができた。赤ん坊を産むための「理想的な生活の場所」を見つけるため、ふたりはアメリカ各地に暮らす知人や友人たちを訪ねる旅に出る・・・。 『アメリカン・ビューティー』以来、現代アメリカの家庭像とその崩壊するさまを、どこまでもシニカルに描いてきたサム・メンデス監督。人間の卑小さゆえの「悲劇」を突き放しつつ見つめ、むしろ“滑稽”なものとして浮き彫りにする。そこにあるのは、そういった「悲劇」すらも、笑えない「喜劇」にしかなり得ないという、苦い認識だろう。我々はそういう時代を生きているのだ、と。それこそが彼の作品の一貫したモチーフなのだった。 しかし、この映画では何かが決定的に異なっている。これまでは物語や人物に対して超越的な“観察者”としての立場をとってきたサム・メンデスの映画だが、ここでは、あきらかに主人公のカップルの視点に同調[シンクロ]しているのである。彼らの眼を通じて、現代アメリカの様々な家庭像を見つめようとするのだ。 そしてこの主人公たちは、純粋にお互いのことを愛している。その“まっすぐさ”において、彼らはほとんど「天使的存在」だといって良いだろう。そんな彼らがアメリカ大陸横断の旅で出会うのは、様々なトラブルや問題を抱えた家庭の光景だ。しかし、これまでなら家庭の崩壊劇のそれこそ見本市(!)となっていただろう展開を、この主人公カップルの存在が救済する。彼らがその光景に怒り・とまどい・呆れ・胸を痛めながら、そういったひとつひとつの反応や心の機微の“まっとうさ”が、これまでのサム・メンデス作品になかった「ぬくもり」を、この映画にもたらすことになった。 結局、自分たちにとって「理想の場所」とは最も身近なところにあった…という結末は、いささか安易かつ「保守的」なメンタリティにすぎるという気がしないでもない。けれど主人公のカップル、とりわけ男の方の、彼女のことはもちろん出会う人々のことを不器用ながら本当に思いやれるその“いいひと”ぶりに、ぼくは心から感動した。彼こそはフランク・キャプラ作品のジェームズ・スチュワートに連なる、アメリカ映画の“いいひと”路線の正統なる後継者だろう。 正直あまり好きになれずにいたサム・メンデス監督だが、この映画だけは、心から乾杯![映画館(字幕)] 8点(2011-04-22 10:48:22)(良:1票) 《改行有》

3.  おじゃる丸 約束の夏 おじゃるとせみら 《ネタバレ》 【梅】さんのレビューで小生の言いたいこともほぼ書き尽くされているのですが、ちょっとだけ・・・。 不思議な少年せみらを、いつもの丘の上の大きな木の下で待っているおじゃる丸たち。でも、せみらは現れない。ふと見ると、夏の終わりを告げるかのようにセミたちが死んでいる。その時、おじゃる丸の見開かれた瞳が、かすかにゆれるのだ。そして、「まろは、夏が少し好きになったでおじゃる」とつぶやく…。 一緒にいたカズマや金ちゃんたちではなく、おじゃる丸だけがせみらという少年の“正体”に気づく。それを台詞ではなく、ただ瞳の中の光のゆらめきだけで表現する繊細さに、ぼくという大人の観客は胸を打たれる。あるいは、映画の半ばで、トミーじいさんたちがせみらを見て、まだ子どもだった時の夏休みに出会ったことを思い出す場面。モノクロームの写真風に描き出されるそこでのせみらは、いかにも昔の少年らしくランニングシャツ姿だ。そんなささやかなディテールにひとつにも、上質のノスタルジーが香ってくるかのようじゃないか。 誰にでも、忘れられない夏がある。そしてそれは、いつも過ぎ去ってからはじめて気づかされる…。そんな、多分にセンチメンタルな、でもかけがえのない感情を思い起こさせてくれたこの作品。ぼくはとても好きです。 ・・・と、また例によって長くなりました。スミマセン![地上波(字幕)] 8点(2005-07-22 15:55:08)(良:1票) 《改行有》

4.  奥さまは魔女(2005) 1960年代アメリカ製TVシリーズの“魔女もの”では、あたしゃ断然『可愛い魔女ジニー』派であります。何と言っても、あのへそ出しスタイル! …もしこの映画が、『奥様は魔女』ではなく『ジニー』の方を取り上げ、なかんずくニコール.キッドマンにあのアラビアのお姫さま風コスチュームを着せ得たなら、迷うことなく満点献上したものを!(ああ、へそ出しルックのキッドマン・・・!)  とは言いつつ、小生はこの映画、なかなかどうして楽しかったですヨ。みなさんおっしゃる通り、ニコール・キッドマンがここまでカマトト演技を披露して、それが実にチャーミングだったのもうれしい誤算だったし。彼女と、相手役のなんとかいうコメディ役者(名前失念、失礼! …というか、思い出そうとも思わないが・笑)が、誰もいない夜の撮影スタジオではしゃぐ姿は、どこか『雨に唄えば』にも通じる心楽しさで、もはや演技を超えて、こんなにも嬉々としたキッドマンを見られただけでも小生には十分。 もちろん、これもみなさんご指摘のような欠点やら「問題」は多々あるだろうし、小生もあの男優だけは受け入れがたい(もっとも、どこかフレッド・マクマレーという往年の硬派スターに似ていなくもないこの男、戦争映画とか西部劇には意外とハマるかも)。何よりあのエンディングのあっけなさというか唐突さというか“投げやりぶり”には、ノラ・エフロン監督のストーリーテリングに対する才能と「誠実さ」の放棄を疑わせてガッカリだったものの、本作を見て以来、気がつけばピコピコピと鼻を動かしている小生にはやっぱりケナせませぬ。 …でも、やっぱり『可愛い魔女ジニー』にしてほしかったなぁ(笑)[映画館(字幕)] 7点(2005-09-03 16:54:39)《改行有》

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