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681.  シークレット/嵐の夜に 《ネタバレ》 古典文学の偉大さは応用が利くということで、「リア王」の脇にスポットを当てればまた違うドラマが生まれ、しかし王の大きさはそのまま裏返されて残っているのが面白い。アメリカの農場を舞台にどう当てはめていくか、という、単純に見立ての面白さもある。ただ近親相姦話を持ち込んだために善悪がクッキリし過ぎてしまい、どちらが善でどちらが悪と割り切れない心理的な“合わなさ”を詰めたほうが面白かったようにも思う。また個人的な好みからすると、村の隣人たちとの交渉をもっとネチネチ見たかった。村人たちがふりかざす“正義”や“良識”の残酷さ、そういったものが“非人間的”なものを擁護してしまうシステムをあぶり出せたのではないか。追放とは、裏を返せば解放でもあるのだ。[映画館(字幕)] 6点(2009-01-26 12:14:50)

682.  ダイヤルM 《ネタバレ》 クールビューティ系が苦手で、苦手って言っても嫌いってわけじゃなく、スクリーンから見つめられると、ついオロオロドギマギしてしまうの。グウィネス・パルトロウも分類すればクール系の顔立ちで、オロオロしてもいいんだけど、でもこの人はなんか口元あたりに、不似合いな幼さというか、いたずらっ子のようなあどけなさが残ってて、そこらへんクールになりきれないチャーミングさという独自の魅力になり、けっこう大丈夫なんだ。『セブン』のときはあんまり印象に残らなかったが、ジェーン・オースティンの『エマ』やったのが良かった。で、この映画だが、考えてみればこのパルトロウ、けっこうアホな役で、亭主にも愛人にもだまされてて、しかもミステリーではよくあるんだけど、密室で証拠突きつけて殺されそうになる。身の危険ということをよく考えて行動してもらいたい。でもそれも、あの口元の幼さがあるんで、仕方ないなあ、って感じで納得できなくもなく、グレース・ケリーとはまた別の味が出てたんじゃないか。[映画館(字幕)] 6点(2009-01-24 12:18:08)

683.  トゥルーマン・ショー 《ネタバレ》 現実のリアリティの喪失という社会的な気分から、世界は実在するかってな大きな哲学的なテーマまでカバーできる設定で、こういう豊かな寓話を生み出せるのはハリウッドの強みだ。そしてハリウッドの伝統である自由への脱出ものにもなっている。実際現代社会のあれこれって何かセットみたいに薄っぺらになってるし。途中に入るCMがおかしい。待機しているエキストラたち。急に作られ解消される渋滞。群衆シーンのおかしさ。かなり笑えた。エレベーターのセットぐらいちゃんと作っておいてもらいたい。月が大きかったのはイメージじゃなかったのね。妻のローラ・リニーに変に不気味な味が出ていた、追い詰められつつココアのCMをしたり。この設定が怖いのは、有名になりたい、という我々の潜在願望も突つかれてるところがあるからで、あるいは、自分が主役であることを知り晴れがましさを感じて島にとどまり続ける、というさらにグロテスクなエンディングも有り得たな。[映画館(字幕)] 8点(2009-01-18 12:13:28)

684.  プライベート・ライアン 《ネタバレ》 冒頭、ノルマディ上陸作戦のシーンは文句なしである。戦争映画というより戦場映画とでも言うか。勝ち戦を描いていながらなんら勇壮さがなく、ただ恐怖とヒステリーが支配している狂乱の場としての戦場を描き切った。水上の騒音と水中の静寂の対比は『ジョーズ』のときと同じだが、ここでは恐怖は水上の音のほうにある。自分の片腕を探している兵や、戦友を引きずって逃げていたら上半身だけだったとか、エピソードが詰まっている。で主ストーリーの、軍作戦としての美談に狩り出される話になっていく。一人の命は地球より重い、ということの正しさと矛盾とがせりあう。兵の母親にしてみれば、どんなにきたない“美談”にもすがりつきたいという切実さがあるわけで、ここらへんの設定が緊張を生んでいた。これでライアンがつまらない男だったほうがドラマとしては正しいように思うんだが、これが好青年で、するとけっきょくこの“美談”を肯定する話になってしまってるようで、アレレ? となった。そういう映画だったのか。ここらへんがハテナである。[映画館(字幕)] 8点(2009-01-15 12:10:53)

685.  シン・レッド・ライン この監督はやっぱり草の映画を撮る。緑あふれる戦場。兵士がふとオジギソウに触れ、葉が閉じる、草にとっては相手が殺気にはやった兵士だろうと遊んでいる子どもだろうと同じ反応をするわけだ。細い葉に一瞬散る赤い血の線。風のように・なめるように移動するカメラ。草の視点から見た戦争映画ということか。この地に殺し合うために呼び寄せられた兵士たち、それをこの地にもともと生えている草たちが観察している。この草の迷宮感が素晴らしく、兵士たちを雑草になぞらえるという単純な比喩を越えて、もっと多義的な思いが次々と湧き上がり、「人と自然」といった軸の周りをめぐり出す。ストーリーはそれほど珍しいものではない(無茶を言う上官と下卒思いの司令官との対比とか)、この映画の眼目は、ガダルカナルを日本軍と米軍が向かい合っている島としてでなく、兵士たちと草が向かい合っている島として描いたことだ。[映画館(字幕)] 7点(2009-01-12 12:19:17)

686.  カンゾー先生 《ネタバレ》 少数意見だと思うが、私は晩年の今村作品の中ではこれが一番好きなの。60年代のこの人の気分が感じられて。カンゾー先生、和尚、モルヒネ医らの怪しい男集団に、初期の彼の作品の猥雑感が思い出されてくる。学究の徒となり中央で認められる成功話になりかけるところで、ニガみが湧き出してくる構成。せがれが生体解剖やってやせんかというためらい、顕微鏡探し回っててバアちゃんを死なせてしまう失敗、その葬式で聞こえてくる東京の拍手、ここらへん最後まで迷う医者なのである。周囲の連中も、なにやら道を踏み外していく。その踏み外させる元凶としての肝臓炎=戦争に焦点が絞られていく。そしてラストが『神々の深き欲望』を思い出させる舟に漂う男女。そりゃ最盛期のバイタリティーには及ばないものの、これ『復讐するは…』以後では、一番今村らしい作品になったんじゃないか。[映画館(邦画)] 8点(2008-12-28 12:17:36)

687.  犬、走る DOG RACE 《ネタバレ》 この監督は、話の展開を観客に理解させようという気はハナっからなく、とにかく新宿の気分をこそ描きたかったのであろう。女の死体を運んでいても誰も気にしない街。アジアの言葉が飛びかって。香川照之っていいなと思った最初の作品だった、シャブ打ったあとのところなんか。そして大杉漣ってやっぱりいいなと確信した作品で、あれはどういう役なのか、ヤクザの事務所にたむろしているけど構成員じゃないんだよな、ヤクザ関係者っていうか、ささいなことで分け前を恵んでもらってるのか、そういう曖昧な役を実にそれらしく演じ、後半、ヤクザを裏切ったことがバレて追われ、屋根づたいに逃げ、すんませんすんません、と屋根から頭さげて謝り続けながら、下のやくざに瓦を投げつけるあたりのおかしさといったらない。スタントなしのかなり大胆なジャンプも本人がやってたようで感心した。そして終盤は全員で新宿を走り回る。表の新宿も裏の新宿も。[映画館(邦画)] 6点(2008-12-14 12:20:49)

688.  大阪物語(1999) 《ネタバレ》 沢田研二が舞台で「夫婦善哉」やったときはちょっと驚いたが、そうだ、もう映画では“無能=スカタン”の役やってたんだ。さらにさかのぼれば『男はつらいよ』で動物園の気弱な飼育係をやったとこにまでつながるかもしれない。大阪には“しょうもない男の系譜”ってのが、近松以来ずっと最近の町田康(これに出演している)に至るまで、文化として継承されていて、それを自慢さえしている。これの沢田、女癖が悪く賭け事に手を出しては失敗し、「芸人は何でも知ってコヤシにせにゃあかんのや」と春団治みたいなこと言って「あんたそないなたいそうな芸かいな」と言われると、エヘラエヘラ笑ってしまう。別れた女房と腹ふくれた愛人とみんなでクリスマスパーティやって、「ええクリスマスやなあ」と悦に入っている。でも娘に「父ちゃんカスか」と問うと「カスや」ときっぱり返され、するとメゲて失踪する。娘が尋ね歩くと、なぜか誰にでも愛されている…。もうこの父ちゃんのスカタンぶりだけで嬉しかった。後段、トオル君が出てくるとつまんなくなる。少女の成長物語には男の子がなくちゃならないとでも言うのか。[映画館(邦画)] 7点(2008-12-12 12:19:09)(良:1票)

689.  永遠と一日 《ネタバレ》 この監督が紹介され出したころの作品は、叙事詩と抒情詩が拮抗しているようなところに魅力があったんだけど、どうもこのころから抒情詩のほうへ傾斜していっていて、なんかもう一つ固い芯がほしいところ。叙事詩的な部分の映像のほうがいい。横一列の車、横一列の警官。十名ほどの人がぞろぞろ歩くってのは、もうこの人のサインみたいなシーン。結婚式の場面などは、またかと思うがやっぱりいい(この人はミュージカル監督なんだと思ってる)。そして水辺ということ、海、川、港、ここらへんは抒情詩的な題材だけど。国境の金網にぶら下がる人々、死体置き場の階上から見下ろす人々、つまりどれも“人々”の映像がいいんだ。そもそも“無言の無名の人々”っていうのが、叙事詩的なんだろうな。いつも一縷の希望を託すようなラストだったのだが、今回の朽ちたテラスでの幻影のダンスってのは、この人にしては退嬰的な気がした。[映画館(字幕)] 8点(2008-12-10 12:13:05)

690.  39 刑法第三十九条 この監督は、トーンを前もって頭で作りすぎているのではないか。その分、映画が萎縮してしまっているような気がする。鑑定医がことさらおどおどしているのが、演出上の“発明”なのかもしれないけど、意味ありげな小細工という印象を持たされてしまい、ここらへんが萎縮感。たしかに精神障害だからすぐに責任能力がないというのは、裏返された差別であり、そこらへんを突くのはいいんだけれども、今度は一方的に被害者の側からのみ眺めるってのでは進歩がない。無垢でもバケモンでもない精神障害者像を描き出すのが芸術の仕事であろう。樹木希林が意外とよくない。[映画館(邦画)] 5点(2008-12-08 09:33:50)

691.  レッド・バイオリン 《ネタバレ》 古い器物が化け物になるという発想はもう今昔物語の昔からあり、いにしえの人が身近に置き愛玩していた道具に、なにやら執着が付き添い怪しい奥行きが出てくる、って感覚はよく分かる。まして楽器という精神性の高い道具ならなおさら。それぞれの時代で持ち主の不幸を奏でながら流浪するバイオリン、ってな話。怖いのは何話目だったか、パガニーニを思わせるような音楽家、その浮気がバイオリンの音色の変化で分かってしまうってやつ。で妻はピストル撃つのだが、それは女でも男でもなくバイオリンに向けられる。恋敵はバイオリンなんだな。我々が支配し切ったつもりになっている道具というものも、そっちの側からこっちを見る視線を感じれば、けっこう怖い材料になる。[映画館(字幕)] 7点(2008-12-04 12:13:54)

692.  菊次郎の夏 《ネタバレ》 この人は「母」よりも「男たちの遊び集団」にひかれてる。母のテーマを終えた後でも、ダラダラと男たちだけで遊び続ける。ヤクザや草野球も同じで、なんか暇そうな男たちの集団だった。監督はこういうのが好きなんだな、と思う。子どもに競輪を占わせるとこや、盲人のふりをして車を止めようとするとこなど、コント的に面白いところはあるが、どうも一本の作品として好きになれないのは、この人の映画では「自分らの集団」以外には迷惑をかけても平気ってとこがあって、小市民の私にはそこらへんがけっこう引っかかってしまうのだ。長距離トラックの運転手に無礼な口をきき撥ねつけられたからって、フロントガラス割ったり棒切れで殴ったりしなくてもいいであろう、彼は少なくとも労働してるんだぜ、と変に倫理的に見てしまう。いちおう後でやくざに殴られるからチャラになるという考えなのかな。[映画館(邦画)] 6点(2008-11-30 12:03:11)(良:1票)

693.  学校の怪談4 《ネタバレ》 冒頭の尋常小学校津波の場がなかなかいい。回転する舟、水を噴き出すポンプ、遠くの半鐘…。水がモチーフで、おっかない顔でおどかす妖怪は出てこないで、口承民話的な味で通す。その古いはずの味がけっこう新鮮だった、一人多い客、いつのまにか飲み干されているジュース…。亡霊は恨んではいなくて、中断された遊びをただ遊び続けようとする、そこが切ない。盆ちょうちんの町、ノートを並べただけのような小さな文房具屋、といった風物描写もいい。ラストの水没校舎のセットは作るの大変そうだったが、朽ちてないほうが私は好みだなあ。とにかくあくまで子どもたちの物語でありながら、子供だましではない仕上がり。[映画館(邦画)] 7点(2008-11-27 12:12:10)

694.  八月のクリスマス(1998) いわゆる難病ものではなく、病状でドラマを動かしてはいない。そもそも病名すら与えられてなく、特殊な悲しみにならなくしてある。焦点は死の準備のほうだ。主人公は去る者として社会を眺めてるんだけど、それが無責任になるわけでもなく、写真師として記憶の記録係を粛々とこなしながら、去った後の準備を進めている。その人生との距離感がいつも主人公をニコニコさせているのだろうか。老父にビデオの要領を教えるところが泣かせた(リメイクした日本版ではDVDになってた)。あとは野となれ山となれ、でなく、たつ鳥あとを濁さず、のほう。娘の、年上の“おじさん”に対する興味・からかいが恋に移ろっていく感じがなかなかよく、主人公も、禁じられた恋なんだ、と歯を食いしばるのではなく、人生への感謝になっていく。そう、これは人生への感謝を描いた映画。[映画館(字幕)] 7点(2008-11-23 12:41:59)(良:1票)

695.  運動靴と赤い金魚 《ネタバレ》 イタリアのネオ・リアリズムがこんなところにまで流れてきてたのか、とも思うが、あちらはしばしば社会から見た子どもが登場したのに対し、こちらは子どもから見た社会が描かれている。子どもだってけっこう気遣いするのだ。なくした靴のことで親に心配をかけないように心を配る。妹は妹で試験を早く終わらせたりする。兄の妹への負い目、妹の兄への気遣い、と兄妹の間での心の揺れに、また友だちとの間でも、同情やその同情があっさり捨てられるところが描かれ、とても豊かに子どもたちの世界が立ち上がってくる。お父さんの庭師訪問のさいの内弁慶ぶりがケッサク。お父さんがかわいく見えた。マラソンのシーンで音楽が入らないのも正しく、ふと前を見ると誰もいないカットがうまい。そうした演出の的確さは、金魚が寄ってきて赤い靴となるラストで最高潮に達した。[映画館(字幕)] 8点(2008-11-19 12:12:55)

696.  アイズ ワイド シャット 最初のパーティー会場の冷え冷えとしたまぶしさに、一番この監督らしさを感じた。あとは夫婦の会話が、切り返しの積み重ねで緊張を高めていくあたり。まあこれだけでもけっこう満足できたが、ただ肝心の仮面パーティーがどうも弱い。その死を抱えた弱さそのものを描いたのかもしれないし、冒頭の見知らぬ者のパーティーの陰画かもしれないが、イタリアの監督だったらもっとノリノリで見せてくれるところだなあ、と思ってしまう。ここらへんで歯車が狂ったまま、うまく乗り切れずに見終わってしまった。この人はずっと理性の外側の世界に興味を抱き続けてきたわけで、制御不能なものに取り巻かれ・あるいは制御不能なものを抱え込んで生きている人間を見つめてきた。本作もその線はあるのだけど、キリキリと絞り込まれていくいつもの力は感じられなかった。これ原作読んでみたけど、世紀末ウィーンという背景の中で生きる物語って気がしたな。だから『バリー・リンドン』みたいな、克明に時代を再現する種類の映画にした方が良かったんじゃないか。まあそれをするだけの体力がもうなかったんだろうけど。ショスタコーヴィチの物憂げなワルツとリゲティのピアノ曲、ワルツとリゲティって言ったら『2001年…』と同じ組み合わせだ。[映画館(字幕)] 7点(2008-11-18 12:05:50)

697.  ラン・ローラ・ラン 《ネタバレ》 昔は女が囚われてて男が助けに走ったものだが、いまは逆になってしまった。どちらにしろ人が走るってのは、見ていて気持ちのいいものだ。趣向頼りの映画ってしばしば薄っぺらになってしまうものだけど、ここまで徹底すればそれが全体の味になる。上映時間80分てのもちょうどよかった。『羅生門』に始まる変奏曲形式映画。ヤクザの車を回避したかと思った3回目で正面衝突してしまうのがおかしい。3回目では男も走り、そうするとメデタシメデタシになる。もちろん2と3は死にぎわのローラが見た束の間の夢かもしれないのだが。ただこのラストは物足りない。こんなつまらん男は捨てて、ローラは別角度を向いて走り出すべきではなかったか。[映画館(字幕)] 8点(2008-11-16 12:10:09)(良:1票)

698.  ホーホケキョ となりの山田くん ディズニーがひたすら縮小再生産しているのに対し、ジブリはあえて困難な企画で実験作品を手がける。この心意気を買いたい。冒頭の、イメージが次々と横滑りしていく感覚は見事だし(ボブスレーからウェディングケーキに至ったり、街を練っていくカタツムリとか)、エピソードによって画質を変えたりしている(暴走族のときは粗く)。夫婦のチャンネル争いや、遅く帰ってきてバナナをボソボソと食べるあたりの「演技」も的確、アニメにおける人物の演技がこれほど丁寧に為されるのは珍しい。ただ、一本の作品としてのウネリは当然ないわけで、そのぶん印象は希薄になるが、あくまで実験映画と思えば、健闘していたのではないだろうか。 [映画館(邦画)] 8点(2008-11-12 12:10:14)《改行有》

699.  マイ・ネーム・イズ・ジョー 《ネタバレ》 前半、若くもない男女が次第に親密になっていくあたりの丁寧な進行。壁紙、70年代ポップスの歌手あてゲーム、セーラの仕事場に行ったとき「ああ、ジョー?」と受付の女性にももう知られていることが分かる、なんて。で、ボーリングを経て、恋人を殴った過去を告白するまでに。いっぽう甥リアム周辺に不吉の影が立ち込め出し、ここらへんからドラマが動き出す。運び屋の仕事を引き受けてしまい、それがばれたときのセーラのせりふ「あたしを殴るの」がむごい。どこかエモーションは、仁侠映画に近いのではないか。主人公の回りをうろちょろするリアムみたいのって仁侠映画にもいるでしょ、殺され役。そして主人公の情感の爆発。ジョーがボスを殴るのは、健さんがドスを抜いたようなもんだ。リアムはジョーの分身でもあり、家庭を持てたジョーでもある。だからリアムが死んでジョーが再生し、ジョーの家庭がおそらく生まれるであろうラストになるわけ。主人公が殺されたり牢屋に入ったりしてこの社会から降りるという安易なラストにならない。地獄でも極楽でもないこの世界に踏みとどまる。いや、極楽ではないが地獄でもない、という順番かな。[映画館(字幕)] 8点(2008-11-09 12:15:30)

700.  ディープ・ブルー(1999) 《ネタバレ》 『ポセイドン・アドベンチャー』に『ジョーズ』をミックスしたような映画で、ただ基本のモチーフはしっかりSFを守っていて、予想していたより面白かった。アルツハイマー治療の目的で鮫の脳を膨らませたら鮫が高度な知能を持ってしまい、医薬品の材料にされてたまるかと鮫が自由を求めて反乱するって話。SF小説の古典「脳波」にも通じていく設定で、自然界で人間が優位に立っていられるその基盤の脆弱さ、ってなことに思いがいく。ただ肝心の発達した鮫の知能ってのが、強化ガラスを割るために“道具”を使ったりするぐらいで、もっと被実験物が何かを考えているという不気味さを、手を替え品を替え押し出してもらいたかった。けっきょく元からある鮫の原初的な獰猛さが恐怖のメインになってしまっていたような。半分水に浸かった部屋ってのが怖い。下半身が未知の世界に浸かっている、部屋の半分が確認できない、っていうどこか異次元につながっていくようなブキミさ。そして人があっさり死んでいくその唐突さ。ヒロインは償わねばならなかったからなあ。実業家ってのは食われてもいい部類に入るらしい。[映画館(字幕)] 7点(2008-11-07 12:15:05)(良:1票)

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