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Web www.jtnews.jp

プロフィール
コメント数 73
性別 男性
自己紹介 映画をいっぱい観るようになったのは、大学生になってから。
映画を創作できること自体とてもすごいことだと思うので、
なるべく誠意のあるレビューを書こうと思っています。
好きな映画のレビューだけ書こうと思っていたのですが、
ちょっと個性が埋没してしまいそうなので、おいおい酷評も
入れちゃおう。

☆好きな監督☆

黒澤 明
山中貞雄
溝口健二
エルンスト・ルビッチ
フランク・キャプラ
ビリー・ワイルダー
アルフレッド・ヒッチコック
ミロス・フォアマン
チャン・イーモウ

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【製作年 : 1980年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
評価順1
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1.  天空の城ラピュタ 宮崎ファンの間では「ナウシカ派」と「ラピュタ派」に分かれるそうで、もっとも何を根拠にそうゆう区分になっているのかは不明なのですが、どちらが好きかと聞かれたら、自分は明らかに「ラピュタ」の方かな。アニメーションの技巧についてはよく分からない事だらけなのですが、十分楽しめる仕上がりです。多くの人にお勧めできます。ワクワクドキドキで目が離せない展開は第一級の活劇アニメとして確固たる地位を占めていることを十分納得させてくれるものですし、テーマも解りやすくてストレート。到底反論できる余地はないです。この頃の宮崎アニメは余韻に乏しいところがあるものの、かなり気風がいいですよね。あれやこれやと詰め込み過ぎてないところがいいです。深みに乏しいと言ってしまえばそれまでなんでしょうが。ただ、この映画は自分にとって、完全に「恋愛ドラマ」。テーマそっちのけで、少年バズーと少女シータとの恋愛ドラマに気持ちが行ってしまいました。この二人のやり取りは大変奥ゆかしく、実際のところ、かなりノスタルジックな思いにかられてしまい、感動しきりでした。夜中に見張りについたバズーの後をこっそり追いかけるシータ。それを見守る大人たち。いつまでもこの二人の優しさにあふれたやり取りを観ていたい。映画が終わっても、またいつかこの二人に会いたい。そんな思いがしました。この映画の中には完全にロマニズムの要素があります。すでに青春時代を終えている自分にとってはこれがどうしようもないノスタルジックな思いへと変貌して胸が締め付けられる思いがしました。彼等が羨ましかったのかも知れません。あるいは嫉妬心なんでしょうか。まさか。でも、これは確かな思いです。こうゆう見方が正しかったのかどうかは解りませんが、何はともあれここまで引き込まれてしまっては傑作としないわけにはいかないです。9点(2004-03-28 23:20:36)

2.  影武者 仲代達矢も名演であったと思います。ですが、武田信玄といえば、イメージとしては仲代達矢より勝新太郎であるのは間違いありません。黒澤監督の絵コンテも勝新太郎のイメージそのままですし、まして降板という事実を知れば、なおさら勝新太郎でなければダメだという思いがするのは当然です。勝と仲代はどちらも名優であることは間違いないと思いますが、本作においては勝新太郎がより似つかわしいキャスティングであることは明白でしょう。もっとも脇を固めた新人や経歴の浅い役者の委縮したような演技はさらに困りものです。違和感がまともに画面に出てしまって、どうしても作品に入り込めないし、メッセージも弱い。黒澤監督のマルチキャメラにはとても耐えられるものではありません。この起用は完全に裏目に出ていると思います。ただ、夢のシーンとラストの長篠の合戦は秀逸。唯一、この作品のテーマが映像によって浮かびあがるのがここです。合戦シーンについて言えば、思う存分の活劇を見せてほしかった気もしますが、スローでつながれた編集によって強烈な「悲哀」がもたらされ、むしろ力のあるシーケンスに仕上がっています。おそらく活劇で見せることは可能であったと思いますが、この「悲哀」が哀れな影武者のクローズアップと相まって見事に無常観を演出しています。テーマを考えればこの選択は正解だったと思います。何しろ、馬が「名演」ですね。本作はカンヌでグランプリを受賞していますが、これは確かにネームバリューという見方もできます。往年の作品群に比べれば、プロットが圧倒的に弱い。ただし、もし、これを他の無名監督が作ったとしたらどうでしょうか。恐らくはそのスケールの大きさゆえに、やっぱり驚いてしまうのではないでしょうか。7点(2004-03-12 22:52:33)(良:2票)

3.  その男、凶暴につき 《ネタバレ》 説明的なショットが山積みになっている映画を、「いやらしい」という言葉で否定する北野監督独自の省略法が見事に成功している作品です。北野のスタイルは、既存の映画に対する彼の否定であったり、嫌悪感から自然に生まれてきたもので、恐らくは理屈ではなく、感覚的なものに起因しているのでしょう。「感覚的」=「行き当たりばったり」の演出というのは、いささか強引かも知れませんが、恐らくは遠からずといったところで、妥当な評価ではないでしょうか。ただ、この「行き当たりばったり」の演出が、明らかに計算され尽くしたものとは違う「戸惑い」のようなものを観客に与えるのは確かで、自分にとって北野作品の魅力はまさにそこにあります。違和感に等しい「戸惑い」。長い静寂と静寂の間に響く唐突で重い銃声。死ぬというよりは、むしろ動かなくなった人間。そして物体のように転がる死体。断末魔の声もなく、そばで泣きじゃくる人もいない。映画にしてしまえば、観るものを戸惑わせるこれらの演出も、実は北野のリアティ。そして、本作で何よりも恐ろしいのは、警察と麻薬組織の対決という、いわば非日常的な裏の世界を日常的な風景の中で描いていること。例えば、ガサ入れのシーケンスでは、刑事の一人が野球をしている少年の目の前で頭をかち割られる。しかも、凶器はその少年らが使用していたバット。たけしが殺し屋に襲われるシーケンスでも、たけしのかわした銃弾が何の脈絡もなく、そこに通りかかった関係のない通行人の頭を打ち抜く。見なれた風景をバックしたこの惨劇の恐さ。ただし、ラストシーケンスは明らかに蛇足でしょう。あれこそ、まさに「いやらしい」カットなのでは、と思いますがどうでしょうか。7点(2004-02-28 00:37:09)(良:6票)

4.  アマデウス 《ネタバレ》 劇場シーンでのキャメラポジションが全く同じで、多少単調な気がしたのですが、やはり、オペラはこの映画の見せ場の一つで、小細工なしが正解ということでしょう。圧倒的でした。また、この劇場シーンでの音楽は劇場の外、次のシークエンスまでまたがって続き、例えばドアを閉める音やペンを走らせる動作など、劇場外のアクションとシンクロさせることで場面と場面をスムーズにつなぐ役割も担っています。もちろん、こうした音楽の使い方は実に映画的で、珍しくはありませんが、わざとらしさがないところはさすがです。長尺なのですが、こうした編集を多用することで物語がスピーディに運んでいます。結果的に、映画全編にわたってモーツアルトの音楽が流れているような錯覚に陥りますが、この作品において、それは本望でしょう。また、サリエリを演じたマーリー・エイブラハムの表現力も素晴らしい。話自体も分かりやすく、途中、何度か回想が切れ、年老いたサリエリが当時の心情を神父に語りますが、これがむしろ説明的に感じるほどです。ただ、このサリエリの告白をほとんど言葉を発せず、時には頭を抱えながら聞いていた神父の唖然として、驚きに満ちた表情は実に心に残りました。この神父はほとんど台詞もなく、ただサリエリの告白を聞くためだけに登場する人物で、その意味ではまさに映画の観客と同じ立場にいます。モーツアルトは天才、サリエリはそれを見抜く天才だとすれば、観客のほとんどがそのどちらでもない、神父と同じ凡庸な人間に当てはまるでしょう。そして自分自身もモーツアルトやサリエリの心情などはおそらくは理解できない、唖然とした、驚きの表情で、ほとんど言葉を発することができない凡庸な人間なのです。自分にとって、この神父が印象に残るのは、まさに押し黙るしかないこの神父に自分を投影したからにほかなりません。そしてこの困惑した神父の存在こそが、作り手の天才2人に対する敬意なのではないかと思います。9点(2003-12-15 02:48:54)(良:2票)

5.   《ネタバレ》 楓の方が首をきられるシーンでの躍動感と凄み、大炎上する城、ラスト近くで三郎が矢に倒れるシーンでの衝撃など、見応えのある場面が点在していますが、途中で何回か息切れをしてる感があります。新人や素人の役者を使い、自然な演技を求めたというものの、逆にあまりにもお芝居が堅く、効果的ではない気がします。『影武者』にも言えることですが、違和感すら覚え、作品に入り込めない一つの要因になっているような気がします。また、秀虎が発狂する場面も「大殿が狂われた!」と衝撃的な演出で成功していますが、この後、この狂った様をピーターとの絡みで何度も繰り返し描かれるとさすがに流れが悪い。もちろん狂言の様式を取り入れた台詞のやり取りは往年の力量で、個々のシークエンスとしては評価できますが、あまりにも同じ要素を持ったシーケンスが次々と繰り返されるのは評価の分かれるところ。ただ、この作品は一文字家の家紋が「日」と「月」を象った、「明」であって、秀虎はまさに黒澤の分身との意が強い。その意味では、他の作品に比べて、特に個人的な趣向が直接的に作品に反映されている、いわばライフワークと考えてもよく、多少のしつこさは致し方ないところか。とにもかくにも、この作品は黒澤監督がやっと自分の為に映画を作れた作品であると位置づけたいのですが、こうした重要な作品に黒澤の最良の分身であった三船がいない、ということはやっぱり悲劇であったという気がします。往年の作品に比べて、何か悲壮感が漂うこの作品も、三船であったならば、何か違った演出を試みたのではないか、と思われてなりません。 7点(2003-10-28 00:52:56)(良:2票)

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