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地雷を踏んだらサヨウナラ - はなぶささんのレビュー
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Web www.jtnews.jp

タイトル名 地雷を踏んだらサヨウナラ
レビュワー はなぶささん
点数 5点
投稿日時 2004-10-13 11:40:41
変更日時 2004-10-13 11:40:41
レビュー内容
浅野忠信主演作。浅野自身が語っている様に、浅野には珍しいタイプの明るい役柄となっている。だが、率直に言って、当時の浅野には荷が重過ぎたと思う。写真家の一ノ瀬泰造が、アンコール・ワットに理由なく飛び込むことができるための、役者の身振りができていない。浅野は泰造を客観的に見る役柄を演じているかのようだ。それでいて、役柄は一ノ瀬泰造なのだから、どうしても違和感が残るのだ。

戦争シーンもどうにもならない位に退屈である。悲惨さを訴える必要はないけれども、リアルさは訴えなければならない。戦争がそこにあるような、ヴァーチャル・リアリティの感覚。それを紡ぎ出せない映画は、精神分析的な映画でない限り、瞠目されることはない。それと、戦争が個人的であるとする映画側の姿勢も感心しない。現代の戦争は、無名の兵士達が、数値に置き換えられて行く戦争であるという。個人のなした戦争での功績など、兵器一つで吹っ飛ぶ時代だ。そこでは、誰が功名を立てたかではなく、何人死んだかが目的となっている。文字通りの意味での無名の兵士しか存在しない。現代の社会一般のように、戦争も「匿名性」の顔をあらわにしてきているのだ。

一つ良かったと言えるのは、一ノ瀬が地雷で死んだ子供の写真を撮っているシーンである。その子供は、カンボジア人で、一ノ瀬が世話になった村の子供だった。その子供はついさっきまで生きていたが、死んだ。しかし、一ノ瀬はこの子供の死体を撮る。そこには、レンズを通して現実を創作する芸術家の指がある。だからそこを村のおばさんがついてくる。なぜ撮るのか、非常識だと。一ノ瀬は現実をこれだと思いこんでいるが、それは抽象に過ぎない。おばさんは、非常識を責めるが、ここでは一ノ瀬が現実を「共有する」人物として、同じ土地に立つことを要求されているのだ。

一ノ瀬は、レンズに映されたフィルム写真を見て現実を見た気になっている、ヴァーチャル感覚の人間の姿とも言える。それを映画の中でやることが、またシニカルな響きを持っていて、おばさんも所詮はフィクショナルな存在でしかない。フィクショナルな存在が、フィクションの中で「現実に戻れ」と諭す。これは私たちの誰をシンボライズしているのか?メディアに浸っている人間の群集がいるが、その中で蒙をひらかれた人間であろう。
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投稿日付邦題コメント平均点
2009-09-1320世紀少年55.04点
2007-02-25武士の一分75.98点
2006-09-03宇宙戦争(2005)55.89点
2006-08-29ババァゾーン02.87点
2006-08-13コラテラル46.11点
2006-02-02バットマン ビギンズ76.74点
2006-02-02電車男85.87点
2006-02-01オリバー・ツイスト(2005)45.55点
2005-11-21オールド・ボーイ(2003)67.03点
2005-11-20スチームボーイ STEAM BOY64.99点
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