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タイトル名 |
暮らしの残像 |
レビュワー |
かっぱ堰さん |
点数 |
6点 |
投稿日時 |
2025-03-01 21:33:58 |
変更日時 |
2025-03-01 21:33:58 |
レビュー内容 |
前に見た「ヤツアシ」(2021)と同じく、芸能プロダクション「テロワール」が主催する「短編映画ワークショップ」で制作された映画だった。監督はこれ以前に「電力が溶けるとき」(2021)などのショートフィルムを撮っていた人物で、この短編の直前から現在までに3本の長編も手掛けている。
基本的な発想としては場所の記憶というようなものかと思った。何が起きていたのか不明だが、例えばこの102号室自体が人格をもって想像力を発揮して、自分の記憶に残る住人をキャラクター化してドールハウス的に遊んでいたというなら面白いかと思った。住人は単身者が多かっただろうから、あえて多数集めて大家族にする趣向だったかも知れない。 あるいはそこまで変な発想でなくても、例えば現在の住人が昼寝していたところに場所の記憶が影響して、過去の自分が出る変な夢を見たということか。それだと単純な夢オチだが、目が覚めてから鍋に参加しないでしまったことを思い出し、仕方なく一人でカップラーメンを食っていたという考え方はできる。独り者上等と強がっていても、大家族の夢を見てしまったあとの寂しさをかみしめていたかも知れない。扇風機がスイッチを入れる前から首振り設定になっていたのは変だが、これで過去の住人にも風を送る形にはなっていた。 しかし一方、終盤でドアが開いた音がしたのが現在の住人=主人公の帰宅を意味するとすれば、やはり夢オチでもなく留守中に何らかの超常現象が展開していたことになる。その場合もカップラーメンは一人の侘しさの象徴ということになるか。ラストのピンポンは住人ではなく来訪者だろうから、今後の人間関係の生成発展を期待させるものかも知れない(不明)。
そのように、まともに考え出すと面倒くさいところもあるが、いろいろ想像が広がらなくもない映画だったとはいえる。とりあえず主人公が面接に落ちて彼女も取られて死んでから地縛霊になっていた、というような悲惨な事態(親が気の毒)ではなかったと思っておく。出て来た11人全員が地縛霊ならとんでもない事故物件だがそういうことはない。 |
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