SCAT/くちずさむねこ(2007)

 

X-メン(2000年【米】)

アメコミには神話的な詩情がある。神話的な美学もある。他国に比べて圧倒的に若いアメリカ文化が必要とする、とてつもないものがいっぱいある。
本作ではミュータント各人の引きずる記号が、そういう素晴らしさを雄弁に示している。世界観は古代ギリシャ的であり、ヘレニズムでもあり、様々な異種が、いろいろなモノを背負って生きていく。

ウルヴァリンの骨格であるアダマンチウム。語源は聖書創世記のアダムから採られている事は明白で、つまり「アダムの骨」であるわけで、神がアダムの肋骨を引き抜いてイヴを産み出したエピソードを考えると、破壊不可能であるウルヴァリンは「イヴを産み出せない=ヒロインと結ばれる事の有り得ない」運命を負わされているのが、しんみりと沁みてくる。
このモチーフがシリーズ2作目のデスストライクとの死闘に、そしてシリーズ3作目のクライマックスに、効果的に使用されている点も注目したいところ。

このシリーズを他のアメコミと峻別しているマグニートーの存在も、極めてギリシャ神話的。ギリシャ神話に「悪」は登場しない。道教にも、古事記にも、インディアン神話にも、エスキモーの神話にも「悪」はいない。徹底した哲学で悪のシルエットを彫琢したローマカトリックに触れる前の文明は、ほとんどみんな悪神に対しても信仰の席を与えている。この世界観をダイレクトにアメコミへ持ち込むからこそ、Xメンは他のヒーローが存在するのとは違う次元で戦う事ができる。

神話には一見バカバカしいまでの悲恋も必要だ。これを最初の数分、ローグが目覚めるシチュエーションで描き切れたのが、長く続いたシリーズの導入部としての白眉だろう。彼女の存在は、物語を絶対に一軸へ集約させない、サイドストーリーの核として機能し続けた(3作目での軽い扱いはちょっと悲しいものがあるが…)。

石川淳などに言わせると『雨月物語』は素晴らしいが『南総里見八犬伝』は長いだけでグダグダの作品だそうだ。短くてビシッと決まった物語の方が文学者に好まれるのはまあ、仕方ないのかも。
だが、ダラダラと終わりなく続くシリアルの系譜は、神話時代に端を発する、とても長い歴史を積んだ文化だ。神話以後も騎士物語・講談・ロマン(いわゆる冒険小説)・新聞小説・連続活劇映画…そしてコミック・ブック。
きちんと、正しく原点回帰を目指した本シリーズは、意図的に企画された八犬伝のそれに通じる楽しみを与えてくれる。
マーヴェルからのニュースでは、この「メインストーリー」以後もウルヴァリンを中心に7作のサイドストーリーの映画化が企画されているとのこと。終わりのある物語構造ではないのだから、別に驚く事もない。
神が死ぬ事は、決してない。ブレット・ラトナーは盛大に殺したけどな…。
評価:7点
鑑賞環境:映画館(字幕)
2007-06-12 17:54:23 | 実写作品 | コメント(0) | トラックバック(0)