SCAT/くちずさむねこ(2007)

 

墨攻(2006年【中・日・香・韓】)

週末まで評価を一時保留。
《墨家》《儒家》を意図的にストーリーから除外している理由がわからなくなった。
そして、どうして薛併が登場しないんだ。
もう一度観てきます。

●再見するまでのメモ:
そうか。原作の革離の論理は猛烈にアルカイダの精神にかぶるんだ。ソ連のアフガン侵攻時代から同じ事を言ってる。明らかに劇中の革離の変節には意味がある。そして、薛併や田巨子の存在を匂わせるのはヤバ過ぎる…。
これは日中韓の極東アジアから、大混乱の中東に向けたメッセージなのかも。そして省みれば、自国のPKO問題にまで波及するメッセージだ。戦闘シーンよりも、タイミング的に地雷を踏みかねない危険なテーマを選んだ故の「論理に論理を重ねる古代中国らしい舌戦」の方が気にかかって来た。
おそらく高得点か、低得点。中途半端はないだろうな…。

●2010/2/1 の追記
ある点に気付いたため、補足を入れます。
あれからまだ2回目は観ていない。3年も経つのに…。

最近、思うところあって墨子について調べてるんだけど、いろんなサイトで毛沢東との類似点を指摘する文章があってですね。「なるほどなあ」と思うと同時に、本映画『墨攻』が原作を離れて大胆に脚色された理由がやっと明確に言葉にできるようになりました。
毛沢東下の中国共産党が、墨家の思想と(意識してか結果的にかは置くとして)同じ道にあったというのは、酒見版の原作を読めば何となく気付く。というか原作は、「原点の墨子思想から逸脱していく墨家」・「思想を忠実に守ろうとして孤立する革離」という対立軸の中にあるからだ。共産圏崩壊のタイミングで出版されたこの原作は、酒見的な「共産主義の自己崩壊現象のまとめ」という色合いが強い。
これから派生した森のマンガ版は、そこまで政治的にはできない理由もあるし、原作を超えて遥かに長い物語をこなさなければならなくなったため、墨家の技術立国的な側面に焦点を当てる。この世界観の下では「墨家=共産党」ではなく「墨家=日本」という扱いになり、まさにラストはそういう展開で終わる。

で、映画版。建前上は中国作品なので、当然というかどっちにも寄れない。
小説版をそのままやれば、「旧ソビエトで『動物農場』を映画化する」みたいな自己否定になってしまう。
一方マンガ版で行ったら、国民の不満を反日感情ムードで何とか凌いでる現政権のお怒りを買ってしまう(この企画を拾った事自体で、かなり勇気あると思うんだが…誰もソコを評価しないよね…)。
中国の立場でこの物語を描くとすれば、墨家に記号的な何かを付与してはイケナイのだ。危険すぎるのだ。
そこでスタッフは物語の根底をひっくり返す事にした…のだと思う。
戦争があったり前の春秋戦国時代にあっては、墨子の非攻思想は極めて平和主義だった。だがこれを現代の目で見てみるとどうか。平和維持の名目で部隊を派遣しているのが当たり前の国際状況が、墨子の説いた理想と言えるのか。
ぶっちゃけて言って、墨子思想が世界を呑んだ状況が、今の国際情勢なんじゃないか。
こう考えると、薛併を登場させる意味がないのがわかる。PKOが軍の当たり前のお仕事である現在というのは、薛併が語った「秦を呑んだ墨家」の姿と重なる。彼はもう過去の人間であって、登場する隙はない。
エキストラとして大量動員された人民解放軍の兵士がジャカスカ死んで行くのも、興味深い光景だ。彼らは「戦争が当たり前だった時代」を代表していて、当然ながらその背後には毛沢東の後光が差している。

これはあくまで想像を出ないわけだけど、でも、中国人の立場としてこの物語をどう扱うか、何を踏んで何を避けるか…その記号の扱い方にはとても慎重な、そして深長な感触があって、そこに本作の中国人らしい用心深い主張が覗くような気がした。
大味なようでいて、実は極めて繊細な部分があるんじゃないかと。それは中国らしい、論理と現実をバランスする政治的な熟慮という、日本の映画ファンにとっては実にどーでもいい部分にあるんじゃないかと。

というわけで、2点ダウンするけど思ったほど低評価ではない6点というところに調整しました。

余談。
演出的な妙味は他のサイトで書いたけど、とにかく全てが詩的かつ過剰である点だと思います。
遺恨の炎、落涙の洪水、全てが超過剰な心理描写を実写でやっていて、これを見るだけでも映画としてはかなり満足。というか今では、そこが本作のキモその部分なんじゃないかと思います。

墨子自体は学生時代に図書館に篭って読みふけった中の一冊。
その文体の雅致のなさ、かといって簡明でもない文体に「言ってる事は凄いんだけどなあ…」と嘆息した覚えが。らしいと言えばらしいんですが。中盤の幾何学の教科書みたいな部分がやたら長いのも、他の思想家と異なる側面ですな。
トルストイが日記で、墨子の再来がキリストだと書いたそうですが、やはり中国古代思想風味の「論理的宗教」というのが似合いそうな感じです。
簡にして要を好むオイラとしては酒見版の小説が、墨家の集約として一番面白いかな。
評価:6点
鑑賞環境:映画館(字幕)
2010-02-01 09:02:35 | 実写作品 | コメント(0) | トラックバック(0)