SCAT/くちずさむねこ(2007)

 

『エコール』の(ほぼ)すべて

なんか『エコール』のレビューページを開いてみたら、ほとんどの人間が「わからん」「ペド」とかの感想で済ませてる。『マルホランド・ドライブ』はみんなクドクド解釈を入れてる評者が多いってのに、猛烈に納得が行かん(ま、『アンナ・オズ』はもっと酷いですが…)。
そこで、簡単に読み解ける『エコール』解釈案内を書いておきます。まあ観てから半年経ってるし原作も東京へ来る際に処分しちゃったので、公園の案内板程度の内容ですが。
ていうかその前に、あの映画を観てる人、誰もこの記事の存在自体に気付かんだろうがな(苦笑)。

まず冒頭。
原作のタイトル『MINE-HAHA』はラテン語で「笑う水」という意味。作者自身が巻頭で「なんの事かわからん」とスットボケるあたり、流石シュールレアリスムの開祖と言うべきか。
ところが映画『エコール』の冒頭では、監督がこの「笑う水」を「空気の泡に満ちた水」という解釈で明確に描出します。これは原作を読んでる人間にとっては、主人公の幼少期、水辺で遊んだ記憶を彷彿とさせるワケですな。ある種、笑う水というモノが「薔薇のツボミ」的に機能しているように見える。
ところがその後に続く風景のモンタージュでは、水の流れ・石造りの狭い地下道・閉ざされた門・棺桶…と続いていて、生命の誕生を抽象表現したんだというのが何となくわかってきます。これは映画のラストシーンで、少女が手を差入れる街の噴水へカメラが寄って行き、最後には画面全体が気泡だらけ(=笑う水だらけ)になっちゃう、という仕掛けでエンドレスにループしています。噴水の比喩は明らかにセックスの意味なんで、まずは「気泡=笑う水=精液」というアナロジーが確定します。

最初、エコールに運ばれて来る少女たちは、みんな棺桶に入ってるわけですが、これもエンディングを観た段階で読み解けるようになります。この物語は輪廻を描いているわけですね。誰か個人の死と再生って意味じゃなく、ジンルイという哺乳動物種全体が記号化され、その生命が精子の姿になって次世代へ再生する姿を描いている。
ぶっちゃけ、シュールレアリスムの技法で描かれた『ベイビートーク』1〜3総集編みたいな造りですよこれ。
ここに気付くと、「なぜ少女だけの世界なのか」という疑問の答えも、3人いる主人公が人間性を薄く仕上げられている理由もわかってきます。

理科年表によれば、人類の発情期は通年。生殖に適した成熟時期は11〜16齢だそうで…そりゃ犯罪だってば(笑)。
ラリイ・ニーヴンの『プロテクター』からの引用ですが、生物は子供を産んだ後について遺伝子設計されていない。生命というモノは、親から子へ受け継がれて行く遺伝情報の目から見れば「子供が巣立ったらもう用済み」の存在である、という冷酷な真実があるわけです。みんな、そんな残酷な事を考えたくない。なのでいろいろと社会の複雑な仕組みを生んでは、高齢になるまで共同体から必要とされるようにしてるワケですけどね。
「エコール」は、その真実をズバリと突き付けて来る。ここが、この監督の語りのスタンスこそが本作の肝であり、恐ろしい部分です。
曰く「真の人生とは子供を産むまでの期間である」。
曰く「雄性は受精の時だけ存在すればいい。すなわち真の人間とは雌性の事である」。
曰く「このサイクルを守られる事が生命にとって最も重要。それ以外の全て(つまり社会)は、このサイクルを堅持するために存在している」
社会という概念、中心に置くべきモノ一気にがひっくり返ってしまう、この「真実」という名の元の、常識破壊。

原作者のヴェデキントは、キャバレーを発案した放蕩作家。なので原作『ミネハハ』ではこの世界観にもう一枚のベールをかぶせ、そういう「真実」が「社会」の側で「アイドル」を生み出す様や、少女を卒業した者たちの買春を揶揄するような、男性的で冷酷な視点が重なっています。この、意味の多重構造はこれはこれでかなりの凄みがある。というか日本語板は訳文も優れている事もあり、100年に一度の傑作レベルなのは間違いない。
映画では、監督がこういうヴェデキント風の視点を徹底排除しています(パンフで明確にそう語っている)。監督の鉄壁のガードでエコールの少女たちが安全に守られている。この映画世界に漂う安心感、無謬性、永続性が、それ自体で監督の主張です。
「少女の視点から世界を見ろ。今ある社会の姿を、生命の存在意義の面から解釈し直せ」。
これはアグレッシヴでまたプログレッシヴで、生命自身が観客へ自己主張している作品なんですな。
男性的な視点では、まさに自由意志を欠いた悪夢的なユートピアであるわけですが、人間も生物である以上、遺伝子たちの主張を無視する事はできない。

敢えて原作に背を向ける事で構造はシンプルになりましたが、力強い作品になったと思います。オイラは原作派なので評価は7点で止めましたけど、描かれているモノの意味が理解できれば、もっと点数を上げる人が出てもおかしくない。
だからこういう文をセッセと書いてるんですがね…。
2007-08-18 01:42:54 | 実写作品 | コメント(0) | トラックバック(0)