SCAT/くちずさむねこ(2007)

 

パンズ・ラビリンス(2006年【米・スペイン・メキシコ】)

去年から待ちこがれていた超・期待ファンタジー。
予告や洩れ聞こえて来る情報からは、『ミツバチのささやき』の新解釈リメイクとしか考えられなかったんだけど、まぎれもなくそういう作品です。本作の凄い点は、アナ・トレントの視点が(スペイン内戦直後に生まれた)エリセ監督の視点に重なっているのを尊重し、デル・トロ監督の視点…つまり戦後生まれで、スペインの最悪の時代が「昔話」として伝えられている世代(エンディングの処刑シーンで示唆されてますが、史実を隠蔽され知らされなかったって事もアリかもね)の視点にシフトしたところ。

…腹が減ったので中断(笑)。

だが、それはあくまで「主人公の」「物語の」視点であって、登場する人物たちは全て平等に扱われているから、他の世代/他の立場の人間を排除しているわけではない。スペインに渦巻いた様々な思想や時代が混沌として一箇所に集まった、ある種のミクロコスモスの中で映画が展開していく。そこには王制もあればフランコ軍事独裁体制も、カトリックも、共産主義も、アナーキズムも存在する。当然そこで行われているのはレコンキスタで、ユグノー戦争で、スペイン内戦以上の幅をもってくる。
だが、主人公がそのカオスに見出すのは、文字を持たない有史前の文明の名残だ。女系にのみ伝わった魔術の秘技だ。主人公が目にしているモノはすごく狭い範囲のデキゴトを照射した心象風景なんだけど、この「魔術」というキーワードがガラリと風景を変えてくれる。個人的な小さなプレッシャーは、有史以前から続いて来た社会の傍系…魔女の視点に早変わり。この政治も歴史も宗教も知らない少女が、登場する人物の中で、最も広い意味世界を見つめているという、価値の逆転が起こってしまうのだ。

この錯綜する意味世界を味わうには、やはりラストシーンが美しくも示唆的だ。

レベル1)
政府軍のヴィダル大尉は「歴史に名を留めない」事を宣言されて処刑されてしまう。レジスタンスの手元には赤ん坊が残る。この子は何も知らされず、この村で育てられる事だろう。ファンタジーだったはずの物語は、まるで対になった鏡の像のように、現実のものになったのだ(同時に主人公は王国入りを許される)。

レベル2)
この映画の後数ヵ月で大戦は終りを向え、フランコ将軍は「第4の枢軸国・ファシスト」という事実を「世界が見なかった」事にして、国連に迎えられた。歴史もまた同様に、この物語と意味の鏡像対象を成している。

レベル3)
この映画を観ている我々を振り返ってみる(一応スペイン人と仮定)。こういう内戦の事実を、観客は親から知らされて来なかったはずだ。なぜならフランコは70年代まで生き延びて、スペイン内戦について表だった批判は許されなかったから。この映画は、まさにこういう記憶の封印を解く事を目的にしていて、だからこそファシストの暴力描写について逃げていない。こないだのテロによって政権が覆っちゃったスペイン。左派のサパテロ政権になってイラクからも撤兵したスペイン。1944年と同じように、今もまた新しい時代が生まれたばかりなのだ。「主人公」と「観客」。この2つの時代も、鏡像対象を成している。

最後のシーンで、森の深奥でひっそりと不死になれる花が咲く。
恒久的な平和を達成する方法はどこかにある(と信じよう)、と物語は説く。日本と違い、侵略と内戦だらけの歴史を持つスペインだからこそ、言葉は重い(追記:ネットで調べてて、監督がメキシコ人だというのを知る…なんか醒めるなあ…)。
本作はアカデミー賞受賞作の割に、国内での扱いは相当に寂しい。上映したくないんじゃないか、と勘ぐってしまうほどだ。でもまあ、スペインの目からすれば、日本はまだ歴史的に「フランコ時代後期」と映るかもしれないな。もしかすると本作の日本発のレビューは、読まれるか/読まれないかには関係なく、この映画にもうひとつの意味世界を付け加える事ができるかもしれない(一応蛇足ながら、フランコ将軍のクーデターは日本の226事件と同じ年に起こったのを付け加えておくか。右傾化から戦後処理まで、日本とスペインの歴史はこれまた鏡像のように正反対だ)。

自分は伝え聞いた歴史の中から、どういう世界像を見るのか。
誰の目の前にも、3つの試練が立ちはだかっている。
評価:9点
鑑賞環境:映画館(字幕)
2007-10-14 21:32:04 |  | コメント(0) | トラックバック(2)
『パンズ・ラビリンス』(かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY)
哀しみの色を帯びて輝くファンタジーの素晴らしさ。 1944年のスペイン。少女オフェリアは母カルメンと共に、再婚相手のヴィダル大尉の駐屯地に向かう。不思議の国のアリス系は大好き。少女が冒険をするというお話が好きなのかなぁ。赤ずきんちゃんとかオズの魔法使いとか。ダーク・ファンタジーの本作は、『ブラザーズ・グリム』世界に『ローズ・イン・タイドランド』をまじわらせた感じかなととにかくすこぶる好みの雰囲気を楽しみにしていた。少女が主人公のダーク・ファンタジーといえば、ジュネ&キャロの『ロスト・チルドレン』も大好きな1本だけど、そういえば、ロスチルに出ていたロン・パールマンを一足早く起用して、...
受信日時:2007-10-15 01:24:35 
パンズ・ラビリンス(映画通の部屋)
「パンズ・ラビリンス」 PAN'S LABYRINTH/製作:2006年、メキシ
受信日時:2007-10-15 19:26:38