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エスねこさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 644
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ブログのURL https://www.jtnews.jp/blog/23593/
ホームページ http://kine.matrix.jp/
自己紹介 [2010年8月23日]
か…かわも…

(゚Д゚;)ノ

…映画界は今日終わった…。


[2017年7月16日]
猛暑の夜、amazonで映画ではなく『幼女戦記』を寝ないで通し鑑賞。
大局的な戦略から入って行くという、かつてない架空戦記アニメでありながら、その悪夢性を出し切った感がすごかった。
最終話はテーマ的にポエニ戦争から対テロ戦争まで、膨大な戦争のイメージを深く広く全面爆撃して吹っ切れる展開に。
スピルバーグの『宇宙戦争』はバクテリアに仮託してその地獄自体を救いと説いたわけだけど、このアニメはそんな所まで引いて俯瞰する気がサラサラないってのがスゴイです。

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81.  ツイスター 《ネタバレ》 
『秒速5センチメートル』を観てて、いまだ未見だった本作の空気の表現を観たくなった。 元々ハリウッドゴジラの没シナリオ(つまんないんじゃなく制作費がかかりすぎるので、という理由らしい)だったのをクライトンが拾い上げた…というエピソードも以前から気にかかっていた。  まさに怪獣映画だった。 演技は物足りない。ヘレン・ハントとビル・パクストンの掛け合いは、もう少しテレビドラマっぽさが欲しくなったが…いやストレートに行くならジェームズ・ウッズとデミ・ムーア呼んできてトルネードな怪演させるとかした方がよかったかもしれない。ともかく台本の狙いは《過激なスクリューボール・アクションコメディ》。頭の中で補完してやる事で、何とかこの路線の完全版を観れるようになる。男の愛情の、あの《急激な進路の変え方》はニヤニヤものだ。 映像面では、90年代に大活躍だった3Dソフト・プリズム(現在はフーディニだっけ?)がSGI機の上で所狭しと暴れる、フラッグシップ的な作品。この技術が後に『タイタニック』を生む礎石となるワケね。ジェームズ・クラークありがとう。この文もいま Mozilla で書いてるよ(意味不明)! ちょっと力不足の役者陣に比べ、雲の演技はナカナカ。『秒速5センチメートル』以降、空を観なければ気が済まなくなったオイラですが、大気の織り成す様々なドラマが鑑賞できて本当に楽しかった(実際のオクラホマの空がどうなのかはまた別だけど…行ってみたいねー)。 この二つの平面、天界と地上を繋ぐ橋として作用する竜巻ですが、そういう宗教的でシンボリックな面も「生死」「運命」などの面でしっかり織り込まれていて、物語がシンボライズするスケールは非常にデカい(つまり主人公から観れば個人的な愛の物語だが、ヒロイン側から観ると人類愛の物語に早変わり)。 そしてそれが、つまり竜巻の実体がゴジラだと思うと…怪獣映画最強の規模じゃないですか! ゴジラ、大天使級だよ! 東宝褒めすぎてるよ(笑)。エメリッヒ版くらいでちょうどいいって(再笑)。
[DVD(吹替)] 8点(2007-05-08 17:14:35)
82.  父親たちの星条旗
『ハンバーガーヒル』+『ランボー』の品格高い版。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』以上だと噂に聞いていた時間ジャンピングは、ジョイス文学やヴォネガット文学みたいなモンだと思って観てれば違和感はない。というか論理がよくわかる。個人的には『ラグタイム』の原作のような視点ジャンピングを使った方が効果的だったんじゃないかと思う(まあ読まないとわかんないでしょうが…『Xメン』のプロフェッサーⅩが書いた歴史小説みたいな感じで凄いんですよ)。 指摘しておきたい点として、砲撃のさなかの空撮シーンは、記録フィルムよりは圧倒的に宮崎駿アニメの方に近いね。画面に出るたび『未来少年コナン』を思い浮かべちゃって困りましたよ。おそらく硫黄島の地形が、ギガントを思い起こさせる形状になってるからなんだろうな。 観終わって、まず「マンハッタン計画がもう少し早く始まって、ここに原爆が落ちてりゃなあ…」と嘆息しました。エンリコ・フェルミが日本の都市で爆発実験したがってたのは事実だけど。平時には何の価値もないこの島に落ちてたら、戦後がどれだけ変わっていたことか…。  プログラム的に『蟹工船』と続けて観てしまうという結果となったので、残念ながらインパクトの弱さが致命的になっちゃいました(船から人が落ちるシーン、向こうはカメラマンが命張って撮ってるからなァ)。が、後日DVDで見直す事があればもっと正当な評価を下します。あー来月は『硫黄島からの手紙』対『麦の穂を揺らす風』なんだよなあ…これもクリント・イーストウッドが割りを食いそうなカードだぜ…。
[映画館(字幕)] 3点(2007-04-18 20:14:07)
83.  パフューム/ある人殺しの物語
こりゃオイラにゃ書きようがないよ(泣)! まいりました。 一応、原作持ってます。出版された時は大評判でしたからねー。途中でやめちゃった(まだ、なめし皮職人にもなってない時点でやめた)のが悔やまれます。家に帰ったら探して読もうっと!
[映画館(字幕)] 10点(2007-03-27 22:09:55)
84.  ハッピー フィート 《ネタバレ》 
これこそはネタバレできん作品。 魂を抜かれました。本当です。  でもま、完全に意味不明なネタバレは書いとくか。 社会生物学というジャンルがありまして、この中ではオイラはウィルソンは信奉するけど、リチャード・ドーキンスは嫌いです。そして科学的におかしい部分があったとしても、コンラート・ローレンツの生き方は凄いと思ってる。顕微鏡を生涯の恋人に決めたような、スティーブン・グールドもステキだ。 ああ、なんていう詩的なディスプレイ。詩的な歌。利己的な遺伝子が生き方を決めるんじゃないよ。誰かが発見した新しい生き方が社会に受け入れられる時、社会全体が変わるんだ。有機化学的にも、行動・文化の上でもね。 その意味では、新しい行動生物学の枠組みの中にありながら、既に葬り去られた今西説的な側面も持つ映画でした。これは生命の本質を描いた恐ろしく詩的なSF作品です。 大半の人は、そうは観ないだろうけど…。
[映画館(吹替)] 10点(2007-03-26 20:10:17)
85.  ショーガール
『ブラックブック』鑑賞の前哨戦として鑑賞。なにしろ主人公があの性格ですから、最後まで観終れずに挫折する事20回以上。オイラ映画鑑賞史の中で最多チャレンジ数を誇る雄峰の難路でした。いや〜今回ついに登頂できましたよ。感動ですよもう!  結果として、9点か10点かで非常に迷いましたがとりあえず9点にしておきます(満点にしたら、今まで見通せなかった自分が悲しすぎらァ)。 全体構成が巧みなのはバーホーベン監督の得意技ですが、この作品は本当に構成上の欠点が見当たらない。あえて挙げれば、ドレッドヘアのレゲエあんちゃんが前半出番が多くてバランス悪いかな、ってトコくらい。あと不必要感の高いチンパンジーは、ステージで滑べっちゃうネタの伏線の名残りと見ました(結局踊ってるシーンなかったし)。 ノエミという一個の無垢な、しかもいつ折れてもおかしくないくらいテンパってる精神が、ショービズ界の中で汚れるか汚れないか。物語はそれだけと言っても過言じゃないので、彼女の前に現れては去って行く人物たちの、整理のされ方が本当に心地いい。かつてのストリップ小屋の支配人が尋ねて来るシーンの挿入場所なんか完璧すぎです。過去の自分をふっ切る、後半戦突入の直前。あそこは泣けます。  まさにラジーを取るために生まれてきたような、ピュアでハレンチな大傑作。 なんか「わざとウンコの中にダイヤを隠しました」みたいな趣もないではないですが(笑)。
[DVD(吹替)] 9点(2007-03-25 21:19:11)
86.  シン・シティ
うーむ。 デヴォン青木は、この時点で既に《デヴォン青木》というキャラなのか。  ●追記:いや、やっぱちゃんと書く(笑)。 あれれ…? いろいろレビュー読んでみたけど、そんなストレートな話じゃないっしょ? 「愛」も「バイオレンス」もテーマじゃなくて、そういうモノで駆動する「男らしさ」が生む危険な狂気を描こうとしているんだけど、作り手側も既にその狂気に呑まれているんで公平にジャッジできる場所へ脱出できない、その身近な狂気とのナレアイ振りを正直に告白した「自分美学」なんじゃないの? そうであればこそ3人の主人公が全員、自分の正気を疑うシーンが出て来るわけでしょ(薬の切れたマーヴ、死体と会話するドワイト、メフィストフェレスもどきのイエロー・バスタードに出会うハーディガン)。これが3度繰り返されると、さすがに表面的には解釈できなくなります。もう、『深夜プラス1』のラストみたいな「若者に教訓を垂れる」という逃げ場もないので、泣きたくなるほどの惨めさですよ。 そして、最終話の(一番現実的な)決着のつけ方によって、「男らしさ」の美学が完成すると同時に、その「狂気」はどう扱われるべきかも描かれているんじゃないすかね。そういう、世間に対してへりくだる態度までが、現実には男らしい狂気の一部なんで救いようないと言えばないんですが。 きっと、中年になったらわかるよ。その頃にはある意味で、もう遅いんだけどね。『男』という社会的鋳型の内にある狂気は、『男』が完成してからでないとわからないモンですわ。  余談ながら、このテーマを「内側から」スタイリッシュに拡張したのがキューブリックの諸作(特に『博士の異常な愛情』)、「外側から」ジャッジできる地点まで引いて撮ったのがヤン・シュワンクマイエルの『男のゲーム』(まあ他の諸作もそうだ)。本作と観比べてごらんあれい。
[インターネット(字幕)] 5点(2007-03-23 23:21:27)(良:1票)
87.  ナショナル・トレジャー
お約束は絶対守るディズニー・ブランド&ホントあったま悪いなあ印のブラッカイマー映画。 テンプル騎士団、フリーメイソン…この中学生レベルのコテコテさが素敵でした。邦題もね、なんか『ナショナル・トレジャー』と聞くだけで「古代遺跡の中で山積みになった乾電池」を想像しちゃうんですわ。ブラッカイマー映画だから(理由になってねー)。 さてとりあえず、観たという記念に突っ込んでおくか〜! 二百年前のアメリカでは照明に鯨油を使っていたので、遺跡の中ではすっかり揮発してるはず。沈澱した蝋がワックス状になってたと解釈する事も可能だけど、あそこまで豪快に火はともらないでしょー。あれは絶対、乾燥した木材自身が燃えてるってば! それから、メルシャム・パイプを素手で触ると指紋が残るので厳禁ですゾ。血を吸わせるなんてのはもってのほかです。タバコの煙が染み込むほどの、微細な穿孔のあいた石なんだから。 他にもあるけど、ネタバレすると面白くない映画だからこのへんで。
[DVD(字幕)] 5点(2007-03-07 12:51:52)
88.  リトル・ミス・サンシャイン
高校時代の世界史の復習してるみたい。 トマス・アクィナスは天界を9層に分け、その上に神を置いた。 下ってマルティン・ルターが新教を起こした時「そんなの聖書に書いてねーじゃねーか」とローマへ突っ込み、「信仰心さえあれば、天国に行くチャンスがなくなる事はないぜ」と、因習的なカトリックの教義をツッパネた。 んで本作は、アレを現代の世情に置き換えて語り直してみました…っていうプロテスタント擁護映画(まあキリスト教の他に、ニーチェとプルーストがこの世界観へ組み込まれるが)。当然ターゲットの観客はWASPで、黒人の登場比率はとても低い。彼らが語る「世界」は白人世界であって、ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントさん以外はそもそも負け組ですらない。「問題外」なのだ。その監督の本音が、痛いぐらいに画面を覆っていて、観ていて辛かった。 雑誌ギャグは笑ったけどね。映画館でマジで腹が痛くなったのは久々かもなぁ。  ●追記: この映画が PG12 指定を受けている(アメリカは R、イギリスは R15)こと自体が、この映画を象徴してるわなあ。
[映画館(字幕)] 4点(2007-03-04 22:55:38)
89.  不都合な真実
ブログに長文の感想入れたんで、もういい、書くのしんどい(笑)。 ちょっとオイラが裏を取り切れてない部分もあるけど、昨今話題の捏造はありませんでしたよ。極めて科学的で、それがまた明快で、温暖化問題というよりアル・ゴアという一人の男の知的で熱い生きざままでドキュメンタリーにした感じ(でもなんかこの人、政治家には向かないような真摯さが…)。 補足するべき点として《一羽目のカナリア》で語られた事は、(超スケールアップしてるけど)『デイ・アフター・トゥモロー』で地球がああなっちゃったのと同じ現象です(一応アッチのあらすじ部で概略説明を書いといた)。つまり、あの映画の最初の15分くらいがもう現実に進行済み。このまま行けば、北京五輪の頃には竜巻大集合が、地上波デジタルが普及する頃にはオオカミ大襲撃が見れるはず(大嘘)!  この作品、あえてショッキングさを薄めて作られていると思います。シーンの繋ぎや論理展開やゴアのサワヤカ弁舌はけっこう癒し系。なので、肩肘張らずに観に行くのが正解かな。 今後十数億人が死ぬ事になるであろう事実を前に、不謹慎を覚悟で言えば「リラックスできる環境映像つきの癒しムービー」でした。
[映画館(字幕)] 7点(2007-02-14 10:03:23)
90.  トゥモロー・ワールド
映像は凄い。凄い映像にちゃんと意味を持たせてるのも凄い。だが、鼻息で飛んでしまうほどに世界が薄い。オイラは映画の観客である以前にSF者なんであって、そこから評価しなければ自分というモノが崩れてしまうのだ。 残念ながらP.D.ジェイムズはミステリ畑の作家なので原作はノーチェック。とはいえ、翻訳が出た時は意図的にスルーしているので、今回観た時も「しまった」という気はしなかった。この話なら『タイムスケープ』を原作にしたって似たような作品を作れるだろう。いやそもそも『緑色遺伝子』や『子供の消えた惑星』という、そのものズバリのブリティッシュSFがあるじゃんかよ…。 結局、現在の世界を舞台にするとヤバ過ぎるのでSFという枠組みを使ったんだろうけど、設定の割には思いのほか世界観が狭い。英国SFの味といえば確かにそうだが、設定から醸し出されなければならない、この世界ならではの「絶望」がどこにもないのだ…スタッフが頭の中で常に「現代世界」を意識していたための、悪く言えば「二枚舌」「手抜き」という事なんだと思う。他のSFのように曖昧に逃げを打てばいい部分でも、堂々と思索不足をぶちまけてくる。まあ仕方ない、これが映画業界の驕りという奴だろう。彼らは大資本を動かす勝ち組みだ。 この(未来への希望がない)世界で、どうして大量の労働者が必要な鉄鋼・銃器・弾薬・ガソリンが豊富に供給される? 科学と人道と民主主義は見直しを食らってないか? もっと大っぴらに植民地制度が復活してないか? …要するに、社会がこれまでやってきた事の、全体的な見直しがかかっているはずなのだ(『緑色遺伝子』を映画化していたら、もっとこういうポリティカルな面も入った複眼的な視野になったと思うんだけどネ)。 「子供を産むのは大変かもしれないが、世界を産むのは簡単だ」とか思ってたんじゃないかね、このスタッフたちは。『ブレードランナー』と同様に、この作品は認めません。  ●追記: 半日かけて頭の中で整理した。今は本作の評価を、もっと短く言える。 オイラが推すSFは、たとえ平和主義の強い理想に裏打ちされたモノであっても、優れた表現を駆使していても、間違いなく、こんな「画面がただひとつの思想に覆い尽くされたプロパガンダ作品」じゃない。 スタート地点が同じ『CODE 46』の方が、47倍くらい素晴らしい。
[映画館(字幕)] 0点(2007-02-04 12:49:51)(良:1票)
91.  サンキュー・スモーキング
こりゃ吹き替え版で観ないと正当な評価はできませんねえ。字幕がほとんど追いつけてないんだもん。DVDが出るまでは、とりあえずまあこの点数で。 途中、誘拐のくだりでの殺人方法はハウダニットとして久々にスマッシュヒットでした。 後半は編集の強引さが目立ちます(ナレーションに頼りすぎ!)。シナリオも2稿目くらいでOKが出た感じで、もう少し練り込めると思うな。ライターは意識してると思うけど、記者たちを前に自分をハメた敵へ反撃を宣告する辺りは主人公ドン底状態なんで、元通りにアガってくるのは公聴会の席での展開だと思う(既に隠し弾はあるワケですが)。このあたりのチューニングでもっともっと大傑作に持っていけるはず…まあここはテクニカルな部分なので、あまり減点対象にはしませんが。 あと、どうしても言っておきたいのはスモーカーである設定の主人公が、絶対タバコを吸わないコト。企画者の意地というか執念というか、「制約がどれだけあっても、絶対この作品はインディペンデントでは製作しないぜ」という心意気が見えて引きずり込まれます。出来はともかく、その姿勢は評価したいです。  ちょっとマジメに。 『スターシップ・トゥルーパーズ』の前半で、ジョニー・リコがラズチャック(マイケル・アイアンサイド)に向かって「先生、ボク卒業したら軍隊に入ろうと思っているんですが、親が反対してるんです」と相談すると、「私の考えではなく、自分で決めろ。自分の意思で選択するのが真の自由だ」と返される。 欧州人のバーホーベンは「自由」という言葉の持つ裏の意味を当然知り抜いていて、映画中ではネガティブな意味として使用してる(と、このシーンについてはパンフのインタビューで明確に答えていた)ワケですが、ハリウッドの文脈中では十分ポジティブに取れる(ように描かれている)。 このシーンを思いっきり引き伸ばし、90分で語りなおした本作は、目新しくはなくても、「自由選択」という教義に縛られたアメリカの裏側をしっかり抉っていた。このコンセプトが映画化できた事だけでも十分及第点を出せると思う。 本作の問題の半分以上は、その白と黒と灰色が入り乱れる華麗な弁論が字幕からは伝わってこない、この点にあると信じている。こいつに限っては、DVDに入るであろう吹き替え版こそが鑑賞の本命だ。
[映画館(字幕)] 7点(2007-01-22 01:02:53)(良:1票)
92.  トムとジェリー ワイルド・スピード<OVA>
Wikipedia の受け売りですが、『チキチキマシン猛レース』はアメリカではそれほどヒットせず、忘れられた作品なんだそうです。ハンナ&バーバラ作品では意外にも『スクービー・ドゥ』が一番人気なんだとか。いやそもそもアメリカで「レーシング・アニメ」と言えば『マッハGoGoGo』だそうですから…広川太一郎と野沢那智は世界のアニメ文化を捻じ曲げてしまったのかも(笑)。 で、原作者ジョゼフ・バーバラが関与する最後の作品となった本作なんですが、『トムとジェリー』の衣を借りて、『チキチキマシン猛レース』を語り直したという異色作。しかもノスタルジックな語り直しではなく、猛烈にスパイスを効かせて辛さ×20倍です。 作品が違うからキャラも流用してないとはいえ、ミルクちゃんはオバチャンになってるし、キザトトくんは嫌味なマッチョ男。ヒュードロ・クーペもファンタジーブームの煽りを受けてトレカ販売業を営んでおります。 そして重要な点は、本作はレーサーが一人づつ脱落する形式だということ。全員揃ってラストスパート…なんてお約束のノンキな展開ではありません。一人づつ事故って死んで行きます(まあカトゥーンだから悲惨な死に方じゃないですが)。  以下は、本作を楽しむために必要と思われるウンチク。 ハンナとバーバラは1940年代にMGMで『トムとジェリー』をヒットさせたアニメーター…ってだけじゃなしに、『トムとジェリー』の量産体制が整った段階でMGMを出奔、画のタッチを全く変えて『宇宙怪人ゴースト』やら『スカイキッドブラック魔王』やら『スーパースリー』やら、TVを土台に無敵の快進撃を開始します。やがて原点である『トムとジェリー』の権利も買い取って、TVシリーズ化する…と。 自分たちの作りたいものを作れていたMGM映画時代から、視聴率によって左右されるTVアニメへ。そして、うっかり人気が出ちゃった事による、終わりなき地獄…まさに本作のトムたちが進む道ですナ。 この作品が、最初からセルビデオ用アニメとして製作された事、当事者の最後の作品である事を考え合わせると、視聴者を楽しませる事だけに徹してきた職人アニメーターのハリウッドTV業界への本音が(辛~いスパイスと共に)大きく浮かび上がって来る作品。 オイラが知る限り、明確なメッセージを持ったハンナ&バーバラ唯一のスラップスティック・アニメです。
[インターネット(字幕)] 8点(2007-01-12 22:05:23)
93.  デッドマン(1995) 《ネタバレ》 
1月5日。 深夜の札幌で部屋の窓を開け放ち、酷寒の中を震えながら観た。 「そうやって観るのが正しい」と自分の映画アンテナが教えてくれたからだ。  …。 なんつー過激さ。《詩》で殺す男、ウィリアム・ブレイク。 「『草の葉』(米国文学の象徴)を持ってねーか」 「うるせーオレはホイットマンじゃねえ! オレの詩はッ!」ダキューン。 「サインを頂けませんか」 「コレが俺のサインだッ!」グサッ。 etc、etc…。 そもそも序盤のあたりで、やたら目立つボストン・バッグを抱えてる姿が既にカフカの『アメリカ』の第一章を意識させる絵だし(なので「いつカバンを盗られるんじゃあ!」と焦れまくってた)、たどり着いた《機械》町ではいきなり(エミリー・?)ディキンソンから「この西部にゃあ神秘主義者の仕事なんてねーよ! 俺たちゃゲンブツ扱ってんのよ」とお払い箱(だが意外にブレイクの似顔絵は巧く書く)。いろいろあった挙句に《誰でもない古代詩人》ヴェルギリウスに救われて、異界へ、地獄へ、天界へと『神曲』マニアックな放浪を開始。 こりゃ西部劇版の『薔薇の名前』ですな。多分ジャームッシュの脳内では、各キャラにそれぞれ対応する芸術家が割り当たっているんじゃないかな。 …するとね、気になってくるんですよ。途中で出会う、死んだ子鹿。『バンビ』(=ディズニー)なのかねーやっぱり…そこんとこ読み解いてみたいような、読み解いても所詮はしゃーないような…。  自分的にはやっぱり、ジャームッシュは面白いけどそれ以上のモノじゃないなあ。イメージが広がらなさすぎで。ヤン・シュワンクマイエル作品みたいに、無辺の記号空間に放り込まれるような、脳がマッシロにリセットされる感覚がなく、常に何かの記号がついて回る。それは別に悪い事じゃないけど、オイラが求めているモノでもないのれす。 これは映画そのものの問題じゃなくて、やっぱ相性ってコトなんでしょうね。
[DVD(字幕)] 6点(2007-01-05 11:18:04)
94.  敬愛なるベートーヴェン
期待してたのに期待してたのに期待してたのに~ッ! …あああああこの悔しさをどうぶちまけてくれよう。とりあえず、交響曲に史上初めて「言葉」が紛れ込んだ第九のオハナシが、原語のドイツ語じゃなく英語で語られるのはどーかと思うんですが。 これは音楽映画ではなかった。少なくともベートーベン映画ではなかった。恋愛なき恋愛映画。クローズアップと超クローズアップを切り替えつつ進行する画面の語法は全編濡れ場の一大ポルノだと思った。 あの時期のベートーベンが「神」を口にするのは構わない。だがそれは「疾風怒濤」や「革命」や「市民」という18世紀末を乗り越えた後にやってきた、彼なりの苦い、猛烈に苦い悟りなんだ。『大フーガ』が、神のみに聞く事を許された最凶の俗悪作品となったのも、希望や挫折を繰り返した彼の前半生があればこそなのだ。 全てを嘘っぱちで固めて無茶苦茶な音楽解釈をした《全編シャレ》の『アマデウス』は罪の程度としては軽かった(けどやっぱりオリジナルの独演舞台でこそ成立する仕掛けだと思う)が、今回のコレは中途半端に現物へ肉薄しているだけに、逆説的に薄っぺらい。 その大作曲家から薫陶を受け(?)た主人公が最後に到達する境地は、なんとベートーベン当人じゃなくマーラーがやろうとした事&ケン・ラッセルが『マーラー』でやってしまっている映像。 監督。時代を100年間違えてます。ベートーベンがインストゥルメントに「言葉」というメッセージを入れたのは、マーラーが和声を崩してまで異質な旋律を立たせたソレとは違うのです。ベートーベンの音楽には《自分》や《人間》や《生命》はあるけど、《自然》はないのです(キッパリ)。
[映画館(字幕)] 3点(2006-12-30 14:09:33)
95.  レディ・イン・ザ・ウォーター 《ネタバレ》 
最初のアニメで既に泣いてました。で、序盤のポール・ギャリコ風のリリカルな状況設定も素晴らしい。後半のスティーブン・キングっぽい展開も悪くなかった…でもね。 ポール・ジアマッティ起用は絶対ずるい。減点理由はほぼソレに尽きる。 現実を喪失する不安感が全然ない。かといって一直線にお話にのめりこんで行く快感があるわけでもなく、演技派ジアマッティのバランスに長けた巧演で、最後までとてつもない安定感がある。もうね、例えて言えばガブリエル・バーン主演で『宇宙戦争』撮っちゃいましたみたいな、ストーリーがブチ壊れるほどの安定感に満ちてるんですよ、彼って。この話の主人公はさ、クリストファー・ウォーケンとか、ビリー・ボブ・ソーントンとか、ああいう危うげな人にしようよ~。 とは言え後半、13Bの映画評論家が殺されるくだりで、監督は「いいか、オレはこれからの展開について批評家のレビューなんて気にしてないぜ。みんなそのつもりで観ろよ」と言い放っちゃってるワケで、コレをしっかりと受け止めて観た以上、オチに文句は言わない。あんたの心意気はわかったぜ、シャマラン。  童話作家の佐藤さとるがエッセイ『ファンタジーの世界』で書いたところによると、世の中のファンタジーは「ハイ・ファンタジー」と「エブリデイ・マジック」に分類されるとのコト。指輪物語とドラえもんですな。 本作はエブリデイ・マジックの枠組みにありながら、キャラクター達がハイ・ファンタジーを目指すという展開で、スティーブン・キング出現以降徐々に増えてきた物語形式になっている。この物語形式は、必ず、あるお約束のスタイルを使う。ホラーとして描かれるか、サイコノベルになるか、だ。本作の枠組で、いきなりハイ・ファンタジー風の魑魅魍魎を跋扈させても観客は物語の中へ入って行けない。オイラの見立てではあのモンスターはナシでもやれた思う。もしくはもっと後半に登場させるか。 「予言者」である韓国人のオバチャンの人間像も薄くて雑だ。ここは考え抜かれてああいう人物像になったと思うんだが、裏の裏を読みすぎ。ま、コレは彼女に限らず全部のキャラクターに共通だろう。後半の展開を考慮して、わざと人間性を薄くしたんだろうけど…それは悲しすぎじゃないか。 シャマランは、作品で言ってるのとは逆説的に、めっちゃ評論家の言う事を気にしてるのかも。人物設定をヒネリ倒しすぎっすよ。
[映画館(字幕)] 7点(2006-10-10 09:06:53)(良:2票)
96.  マッチポイント
うーん。うーん。うーん…。 『陽の当たる場所』ってのはまあ、そうかなあ。どっちかというと『死の接吻』みたいなドライさを期待してたんですが。あと序盤は、主人公の立場から猛烈にバラードのセレブリティ犯罪小説『コカイン・ナイト』を思い浮かべました。ソッチへ進んでくれると…ってウディ・アレンはやんないか。製作がBBCだけあって、ロケーションはいい場所押さえてます。そこは評価できる。スカーレット・ヨハンソンは何かダメだったなあ。熱演はわかるんだけどね。 結局、ラストのアレが政治的なメッセージになる点だけが評価ポイントになりますた。あえてイギリスで撮るからには言っておかねば、みたいな印象も受けますが…。 件の《運》については、あんまし…驚きがないからかなあ。コロンボが出てくれば吹っ飛んじゃう程度の、微妙な運でした。
[映画館(字幕)] 4点(2006-10-07 02:36:18)
97.  大列車強盗(1903)
過去のエジソン社のフィルムを漁ってみると、本作の「最初の劇作品」という評価が間違いなのがわかる。コレ以前に戦争映画もあったし、チャップリンの原型みたいな作品もある。処刑シーンを再現した残酷映画もあり、トリック映像もあり、1891~1901 という時代はアメリカ映画にとって百花繚乱、要するに何でもアリだった。 全ては過激な競争の結果である。ハードメーカーであるエジソン、リュミエール、ミュートスコープの三つ巴の戦いがあった。ソフトメーカーはこの三者以外にメリエス、パテ、ゴーモンらが加わった。加えてハードを販売したいエジソンは、安い興行料金でキネトスコープ上映を普及させたい興行主とも衝突した(一作25セントで覗かせたらしい…ニッケル=5セント)。 この泥沼の戦いの中から様々なビジネスモデルが立ち上がっては倒れ、それに沿った作品が生まれては廃れていく。どれほど熾烈な争いだったかは、百年後(1991~2001)のパソコン戦争を思い出せば理解できなくもない。ジョブズが敗退しビル・ジョイが下野しリーナスが理想主義に走る中で、全てをビル・ゲイツが握る結果になったのは、リュミエールと同じ視野だったからだろう。  全ての戦いが決着し、リュミエールのキネマトグラフが勝利を確定していた 1903 年。『映画』は安いお金で、誰もが楽しめるという姿になった。ニッケルオデオン時代の到来だ。ソフト側のあらゆる試みもここに決着を見る。客寄せのための、個人志向の強いケバケバな人体切断も映像奇術も役目を終え(ポルノは結局役目を終えないが)、エジソン社は新たな時代の幕開けとするために「観客」のための作品を作った。ハード競争での敗北を認め、「これからは上映の内容で勝負しよう」と宣言した。それが『大列車強盗』という作品の持つ、歴史的な意味だと思う。  この一連の流れは考察に値する。映画史は同じ事を繰り返していないだろうか。後のVHS対ベータの時代がスプラッタ映画ブームに重なる事。いまネット配信の熾烈な争いの中で、見るからにヤバいCG映画ばかりが出回り始めている事(いや『アンデッド』は評価してるよオイラは)。 『大列車強盗』を懐古趣味に走らずじっくりと鑑賞すれば、ブームに流されざる一本の竿とする事ができる。そうして欲しいと切に願う。10分だしね。 ●追記:いや、いつか改定します…本作の歴史的位置付けはそんなに甘いモンじゃないな…。
[インターネット(字幕)] 5点(2006-09-23 19:37:07)
98.  X-MEN:ファイナル ディシジョン 《ネタバレ》 
うわ、アリですかコレ! 原作・上田秋成! 思いっきり『雨月物語』第一話「白峰」ベースの戦闘。ウルヴァリンの台詞が西行の歌に重なり、すっげー泣かせてくれます。んでクライマックスの最後のシーンで、月をバックに雨を降らせたダメ押しには思わず拍手してしまいました(場内で一人だけでしたが…みんな雨月読もうよ面白いんだから…)。もちろん製作陣の「わかって引用してるんだよ~ん」っていうサインなんですな。  ちゃんとした評価としては、大黒柱の抜けちゃった作品&最終話という重責からか、監督は目立った仕事をしてません。推測ですが、マーヴェル社のスクリプターが描いた絵コンテをそのまま実写にしてる? アングルは今までの映画にないほどアメコミ的でした(作家性ゼロですが…)。実写とアニメの中間に位置するヒーローコミックとして観るべき絵作りですね。ただどうしてもアップが多くなっちゃうので息抜きできないのが厳しいところ。 テーマ的には、不運にもこのシリーズが背負ってしまった(だって1作目は2000年公開)「制御できないアメリカのパワー」についての様々なエピソードが積み重ねられ、コミックから少し深化した群像劇として、かなり劇的な語られ方をしていました。だからミスティークやマグニートーの「ケリのついた」後にほとんどセリフがなかったのが残念ですが、その分、活躍中に見せる演技が強烈。佳境を崇徳院発動(笑)でビシッと決める事を想定して、怨念を炙り出すシチュエーションが多かったのが、常連メンバーを一本芯の通った演技にしていました。 手にしてしまったパワーを捨てる事ができない弱さ、人間らしさが、観客の心を自然とX-メンたちから離します。ローグと、天使ボーイのエピソードが巧くそのあたりを括ってるかな。そして、今までは「敵」だったマグニートーの論理が、俄然と現在のアメリカ人にかぶってくる。人間から一歩離れた場所にいるスーパーマンとの立場の違いを(おそらく戦略的に)意識した結果の流れだと思います。これはアメリカ人の心象風景として培われてきたコミックの底力と言えるんでないかな(日本怪談で決着するけど)。 だからこそこの作品は、極めて正直に世界へ頭を垂れる結果になった。オイラには、「私たちが手にした力は、どうしても捨てる事はできません。ごめんなさい」と聞こえます。
[映画館(字幕)] 9点(2006-09-19 13:44:59)(良:3票)
99.  カルメン(1948)
初リタ・ヘイワース。いっやあ惚れますね~あのアバズレっぷり! いま GyaO で配信されてるんですが、動画特有の画面の暗さでちょっと残念。総天然色のテクニカラーなので、できればDVDが望ましい鑑賞環境でしょう。  …で。 とんでもねー映画です。『カルメン』を観始めたつもりなのに、途中から「なんじゃこりゃああ~っ!」ってひっくり返って悶絶するコト請け合い。だってスペインの話なのに、途中から風景がメキシカンになっちゃうんですよ! 後半はドン・ホセと追撃隊の銃撃戦なんかもあって、ほとんど西部劇です。豪快で爽快な翻案でした。 でもそこが『カルメン』の奥深さというか、どれだけ風景が変わっても物語の本質は同じ。史上最多の映画化数を誇るストーリーってだけはあります(リタ・ヘイワースは史上15番目のカルメンなんだとか…)。 リタが独立してプロダクションを起こした時の第一作ですから、顔ぶれは知り合いで固めたんでしょうか、ドン・ホセには盟友グレン・フォード。過剰に朴念仁なドン・ホセを演じ、リタとの相性は非常にシンクロ度が高いというか演技過剰なリタ版カルメンの魅力を引き立てるのに成功しています。 こんな凄いアレンジを施して壊れない物語ってのも凄いですが、確信犯的にそういう改変をやって、自分たちの魅力を最大限に引き出す脚本を手にしたリタ・ヘイワースの製作力も素晴らしいんじゃないでしょうか。  …余談ですが、フラメンコを踊る時のカルメン描く構図は、必ずパノラマ的なロングショット。群集に囲まれて踊り狂う彼女はなかなか絵になってます。でも足元が映らないんだなコレが。 リタ、怒らないから正直に言ってごらん。フラメンコ踊れないんだね…?
[インターネット(字幕)] 7点(2006-09-06 04:08:15)
100.  キートンのマイホーム(文化生活一週間)
不覚。初めて観るのに全てのネタを知っていた…有名すぎるんだよねコレ。 何も知らなけりゃ笑えたんだろうなあ。 相変わらずキートンとは巡り合わせが悪いみたいだ。
[インターネット(字幕)] 6点(2006-08-31 01:13:55)
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